November 10, 2004

InterBEE2004国際シンポジューム サラウンドセミナー

By Mick Sawaguchi 沢口真生(シンポジュームコーディネーター)

今回は、初の中国からのPOPSエンジニアの参加や我が寺子屋のメンバー野尻さん、そして伝統的なクラシックサラウンドさらにPOPS音楽制作で頭を悩ます、センター成分の使い方と幅広い分野をカバーしました。寺子屋の大きなテーマでもあります、最も入り口へパワーシフトという点からも、作曲家やアーティストがこうした場で様々なサラウンド創作の考え方を発表するのは、業界にとってもいい刺激だと思います。夏のソナで行ったサラウンドデモで紹介した中国SA-CD POPS サラウンドのエンジニアSTEPHEN LIM と遭遇できたのも、本寺子屋メンバー リエさんのネットワークがあったからです。彼からはシンポジュームで来日できることを大変喜んでいるという快諾がきて嬉しい気持ちでした。


[ モスクワ ボリショイ劇場でのオペラ サラウンド制作について ]
ジーン メリー Polyhymnia

我が社はフィリップス レコーディング センターが前身で1998年にその全てを移譲し独立したクラシック制作会社となった。ここでは、SA-CD CD DVD-AUDIO/VIDEOなどクラシックでの高品質ソフト制作を行っている。
スタジオは5室、4式の屋外録音システムを持ち1996からサラウンド録音に取り組み始め、現在はすべての録音をサラウンドで行っている。
今回紹介するオペラ「RUSLAN&LYUDMILA」は全5幕でモスクワのボリショイ劇場でライブサラウンド録音した。

1 収録機材


図-1に示すのが今回の機材系統で出力はDSD8チャンネルで録音。マスターにはピラミックスDAWを使用している。これは音質、価格、安定性と音楽編集が実にバランスしているDAW であるという理由で使用している。
バックアップとしてTASCAM DTRS3台で24チャンネル録音、5KWの電源もスタンバイしている。(ロシアは電源事情に難があり不測の事態に備えるためである)
使用するマイクの回路はすべてオリジナルに改修してありコンデンサーやトランスをすべて取り外し、出力インピーダンスは8オーム以下、全ての感度は同一に調整してある。マイキングは永年の実験結果からアンブレラ形式のITU-Rレイアウトを模した、つり下げ方式のメインマイクを使用している。(彼らの録音手法はフィリップス伝統の方法でとにかくミキシングフェーダーをいじらないで済むように、原音場でベストな状態を作ることに努力し、そのためマイクの感度もいつ交換しても無調整でいいようにそろえてあります)

2 収録
この劇場は大変響きの少ない会場でかつ初期反射音は大変多い客席とステージの音響も大変異なるという特徴がある劇場である。観客は常に携帯電話を鳴らし収録には多くのノイズがはいる状況であった。特にオペラに使用したスモークマシンの騒音には悩まされて、このためリハーサル前日にステージ照明が大幅変更された。
録音はリハーサル、3夜の公演に加え3時間の手直し用素材を録音。

3 ポストプロダクション
編集は2週間、ステレオのMIX DOWNに3日、サラウンドに2日をかけ3枚組のSA-CDハイブリッド盤に仕上げた。
クラシックオーディオ業界からのコメントは賛否両論で今までで最悪の録音だ・・・というものからオペラの録音でも秀逸の作品である・・・まで多様なコメントをいただいたが評価は是非みなさん自身で確認してほしい。
写真 収録機材1/2
写真 メインマイク
写真 マイキング全体
写真 SA-CDソフト

[ 中国におけるPOPSサラウンド制作 ]
ステファン リム Mica Productions

彼の会う以前は、かなりベテランのエンジニアを予想していましたが、なんと30代前半独身の若者でした。滞在中は池袋・渋谷・上野そして秋葉原と地図を片手に飛び回っていました。

POPSにおける録音段階のフローは、ステレオ録音と大差ないマルチトラックで録音している。
すなわち個々の楽器が独立で録音されるわけである。
中国本土および香港の音楽制作はプロツールズやデジタルパフォーマ、ロジックといったコンピュータベースでのホームレコーディング制作が多いという特徴がある。(彼に寺子屋メンバーのデモを聞かせたところ、これがデモ!とその仕上がりの高さと音の良さをほめてました。中国のデモは簡単なメロディーと伴奏くらいだそうです)こうして完成したマスターはピラミックスでDSDに変換しSA-CDとしてリリースしている。それは中国の沿海都市部は大変経済的に裕福となり耳の肥えたリスナーが高価なサラウンドオーディオ機器を購入し始めているという現実があるからである。難点は、サラウンド収録のためのマイキングテクニックの知識は極めて少ないといえる。


1 ステレオVsサラウンドミキシングの特徴
2チャンネルという極めて限られた音響空間のなかでいかに音楽のエネルギーや勢いを出すかに工夫を必要とする。そのために多くのエフェクターやプロセッサー、リミッターなどの機器を必要とし、無理矢理空間のなかに閉じこめなくてはならないという制約を生じる結果となる。(彼は音を押し込めると言う意味でSQUEEZEを連発!)
一方のサラウンドミキシングでは、多くの空間を使うことができ、結果としてむりやり音楽を押し込めるといったことを考えなくても良い。
その結果エフェクターやプロセッサー、リミッターといった機器の使用頻度は少なくなりより自然な音を作り上げることができる。逆にいえば、録音素材段階ですばらしい音はよりすばらしく、だめな音はそのまま出ることになるので録音段階での音楽性が最も重要となる。

2 サラウンドミキシングでのポイント
私がサラウンドでミキシングする場合は、強調したい、あるいはキーとなる楽器をセンターとしている。サラウンドの音場は2つのアプローチで使い分けている。ひとつは音楽の海の中にリスナーが浮かんでいるような感じのサラウンド、もうひとつは、楽器のリアリティを感じるような空気感を作り出すことである。ダイバージェンスというチャンネル間へ音をこぼす機能があるが、これは楽器の大きさを変化させたい場合に使用している。サラウンドリバーブとしては、TC-エレクトロニクスM-6000やプロツールズのプラグインリバーブ例えばWAVES R-360等と通常のステレオ機器も組み合わせて使う。
LFEは、あくまでエフェクトチャンネルとして扱っているので全ての音源をここに送ることはしていない。
サラウンドのトータルデザインを行っておくことも重要である。リスナーにどんな音楽として聞いてもらいたいか?空間を包んだ感じなのか?あるいは、目の前で演奏している感じなのか?しかし大事なことは常に音楽にフォーカスをあわせてもらうことでこのためには、特別の決まりはない。まさにThere are no ruleである。

[ センターチャンネルの使い方 ]
JEFF LEVISON DTS エンターテイメント

映画の世界では、ダイアローグがハードセンターチャンネルにくることによって劇場の広いエリアでも安定したバランスを提供してきた。一方のPOPSを中心とした音楽制作では、今日どういったセンターの表現法が適切か?について模索している段階である。ここではこうした点に注目してPOPS音楽サラウンド制作における様々なセンター成分の表現方法と特徴についてデモを交えながらお話したい。本日のデモ制作にあたっては以下の方々から音源の提供を受けたことに感謝したい。
本日講演の3名の方々に加えN.Kunkel G.Mraz S. Parr Mack R.Prentである。

● ポリフェニアの録音にみられるITU-R 配置を近似したフロント全指向性L-C-R録音で得られる正確なセンター定位とリスナーの聴取位置による音色の濁りの改善

● ソロボーカルのハードセンター+L/R への大幅なダイバージェンス

● これも同様なアプローチを様々なセンターの使い方でデモする。
まずファンタムセンターのみ。次にハードセンターのみ、次はフロントL-C-R に等分のレベルで配分した例、そして次はハードセンターをメインとしてほんの少しL-Rにもダイバージェンスした例。これらを聞くことでみなさんは明確なセンター定位とリスナーが頭を移動した大きさによって生じる位相シフト歪みの影響を知ることが出来る。

● 次のグラハム ナッシュのサンプルは、VoとAgt の弾き語りの例で
ステレオMIX で問題となるのはお互いのマイクにあるかぶりが干渉して音色が変化してしまうということにある。このサンプルでは、ギターをL-Rに定位させ、Voをハードセンターとすることで滑らかな音場が出来る例を、さらにファンタムセンターだけの場合、そしてギターとVoの時間軸を合わせてセンター定位した例、最後は当初の配置、すなわちAgt はL-RでVoをハードセンターとした例で音色が濁らずいかに自然な音場を得るにはどうするかの例といえる。

● 次の例は野尻氏のペトリューシカで用いられたセンターの例である。
ここでは、純粋なハードセンターとそれにアンビエンス効果として加えたわずかながらの響きがL-Rに加わった場合の相違をデモする。
もうひとつの例は、音場の中におけるモノーラル音場の効果的な使用例である。ここではサラウンド空間の広がりとモノーラルの音場のコントラストが実に効果的に表現されている。

● この例はR.Prent のアプローチ例である。メインのボーカルはハードセンターに明確に定位しているがリバーブは無い極めてドライな音である。しかし残りのチャンネルにリバーブを定位することで明確さと心地よさを両立している。

● 最後の例は、J.Mack が行ったヘビーメタル Gtサウンドをいかに大きな音場にするかの例である。通常Gtアンプは一台しか使わないがここでは計6台のアンプを分散配置し音圧レベルも均一とすることで大きさと音圧をサラウンド空間に創出した例である。

●  そのほかにもステレオ音源からプロセッサーを用いることでセンター成分を抽出しそれを加えることでフロント音場の安定性を創出したり、ドラマ的な要素を加える上でファンタムセンターから少しづつハードセンターへ変化させるといった使い方の例を示す。

* サンプル素材をDVD-V DTS エンコードしたディスクをJEFFから10枚もらっていますので勉強したい方はMick へ申し出てください。

[ 作曲者からみたサラウンド音楽制作の魅力 ]
野尻修平

野尻氏は2004年音楽大学を卒業、在学中のサラウンド作品がDVD-Aでリリースされるといった、サラウンドを前提に作曲創作活動を行う次世代若手クリエータのひとりである。今回は最も入り口となる作曲者の立場からサラウンド音楽制作への取り組みを講演していただいた。

1 サラウンド音楽制作
在学中に冨田勲氏に師事しサラウンド音楽制作に触発されたが、当初はどれくらいのリスナーが5.1CH という多くのスピーカで楽しんでもらえるか悩んだ時もあった。しかしステレオでは表現できない音楽をサラウンドというツールを使って音場構成することで、より魅力的な音楽表現が可能であると感じて以来積極的な創作を行えるようになった。
私の場合は、シンセサーザーを多用したホームレコーディング制作をメインとしており、モニター環境は、かつてのクオドラホニック4CHを基本にセンターとLFEを加えた5.1CHセットアップである。このことでリスナーは、どこで聞いても良いという前提ができあがる。この手法は、「パノラマ作曲」と名付けているが音楽表現の中でも原音場再現型サラウンドではなく音場クリエイト型のアプローチである。

2 デモと具体手法例
ではその一例として レスピーギ 交響詩 ローマ3部作から聞いていただきたい。私はこのスコアをみたとき、大変立体的な楽器の構成に感動しサラウンド化したものである。ここに描かれている壮大なローマの世界を表すにはサラウンドという表現がもっとも有効であると感じて作った音楽である。創作の段階からサラウンドという音場を考えながら組み立てていくことが重要で単に色々な楽器がばらまかれているだけでは説得力のある音楽世界とはならない。ステレオの方が返ってインパクトを持つといった現象になったのでは失敗である。
私の場合は、大まかな構成をステレオで組み上げて、それをDAW上でより詳細にパンニングなどの定位を決めていくが、音場構成が不自然だと感じた場合は、その音楽がどのような演出を求めているのかを考え直し理想的な音場が構成出来るように組み上げている。今日のパーソナルコンピュータで構成できるDAWの出現は、こうした世界を身近に実現できるツールとして実に有用である。

以下ガラパゴスシンフォニーとバレエ音楽ペトリューシカをお聴き頂きたい。
ここで試みたのは、立体的な情景をサラウンドという表現でいかに実現するかであった。作曲の段階からこうしたサラウンド表現を念頭におく手法は古くからあったとはいえ、より積極的な創造性を加えたアプローチは今後の大きな魅力のひとつになると考えている。ペトリューシカでは、市場の雑踏風景から主人公の人形の心理描写まで、サラウンドの音場が有効に機能した例ではないかと思う。リスナーの皆さんがテーマパークの中に足を踏み入れ、そこで体感する自由な音楽世界、いわば音楽アトラクションといったより、聞き手の側の波長を重視した新たな音楽の愉しみ方を提示できるツールとして、私はサラウンド音楽表現にあらたな魅了を見いだしている。

Q&A
会場の参加者とのパネルディスカッションででた質問項目は、以下のような内容である。
Q-1:ホームレコーディングでシンセサイザー制作する場合、サラウンドパンニングの方法は?
Q-2:オペラなど観客がいるLIVE録音後のノイズの除去方法
Q-3:センターチャンネルの使い方を放送界HD制作者へ普及啓蒙するには
Q-4:中国ではどんなサラウンド制作が行われ、どんな反応か
Q-5:クラシック サラウンド制作時のポストプロダクションの詳細
Q-6:家庭環境と制作でのモニター環境でSWEET SPOTをどう考えているのか
Q-7:スピーカのリアの高さはどれくらい許容度を考えればいいか

2005年7月に東京科学技術館で開催されるAES TOKYO CONVENTIONでも様々なサラウンドへの取り組みがテーマになる予定です。またご参集ください。(了)

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