January 11, 2008

第6回 関西サラウンド勉強会報告 ネットワークを活用したポスプロ作業の事例、CMのサラウンド制作の今後の展望

By 三村 将之(関西サラウンド勉強会主催)
「関西サラウンド勉強会」は関西の各局・プロダクションを中心としたメンバー構成で2006年春から活動を開始し、年数回の「勉強会」の開催の他、メーリングリストによるサラウンド番組などの情報交換などを行っています。2008年最初の活動として、1月11日に「第6回関西サラウンド勉強会」を、大阪のポスプロスタジオ「三和ビデオセンター」にて開催しました。今回は東京のポスプロスタジオの「株式会社1991」より永田さんと北村さんを講師にお迎えし、1991におけるネットワークの活用の実例紹介や、北村さんがパネリストとして登壇された2007-11のInterBEE音響シンポジウムの内容(CMのサラウンド制作の今後の展望)について、デモを交えてプレゼンして頂きました。

また、アメリカNeural-Audio社が「Neural-THX」のブランドで展開しているサラウンドエンコーダー・デコーダーの評価デモの機会も設けました。
参加者は講演者含めて22名と、会場が人で溢れかえるほどの盛況となりました。
さて、勉強会の様子についてレポートします。

メインテーマ:InterBEE2007音響シンポジウムを振り返って~サラウンドCMの展望、他
プログラム内容
(1)ネットワークを活用したポスプロ作業の事例 :プレゼンター 1991 永田氏
(2)InterBEE2007音響シンポジウム報告     :プレゼンター 1991 北村氏
(3)Neural-THXのサラウンドエンコーダー・デコーダーの実力を探る!(デモ視聴)



準備中の永田氏・北村氏と、三和VCの筒井氏


1 ネットワークを活用したポスプロ作業の実例(1991 永田氏)
永田)1991ではAPTのISDNコーデックを用いてナレ録りなどを離れたスタジオ間でやっているが、次の段階としてIPコーデックも早くから利用してきた。映像素材・Protoolsセッションなど大容量ファイルを、社内でサーバーを設置し、インターネットを介して効率良い素材受け渡しをしている。
さて、今日はIPコーデックを使って東京とやりとりのデモをしたい。実は現在、東京の1991のスタジオとこの会場(三和ビデオセンター)を22.5kのステレオ双方向で繋いでいる。双方にプロツールスのデモ用のセッション(映像込み)をスタンバイしている。

(ここで東京の1991にスタンバイ中の桐山氏・伊藤氏(1991)を呼んでクロストークし、遠隔ナレーション録音のデモを実施。→東京でナレーションを読み、大阪で収録・ディレクション。パンチインなどの作業も行った)
永田)ハリウッドなどでは台詞の吹き替え(ADR)をロス-東京、ロス-香港などを繋いでやっている。最近はDigiDeliveryなどを使うケースも増えている。IPの場合はベストエフォートなので、ある程度速度保証されている回線の使用がベター。


質疑応答
参加者)事前にProtoolsセッション、映像素材などをftpを介して渡しておけば良いのか?
永田)そうです。今回のデモも、今朝ftpに上げたものを取り込んでやっている。
参加者)セキュリティ上は大丈夫なのか?
永田)ファイアーウォールなど設定。当然インターネットなので、100%安全とは言い切れない。DigiDeliverlyでは暗号化されている。
参加者)ネットで音を仕上げた後、別の場所で映像に貼り付ける作業をするのだろうが、同時に確認をしないで作業することになると思う。この場合の最終確認は?
永田)最終確認はテープになった時点で必ずやることになる。ただステレオのインターリーブで音声ファイルを送っての作業であり、これまでに特に問題無く行っている。
※この他、8万アイテムものSEライブラリを構築し、社内スタジオからアクセスして利用している例もご紹介いただいた

2 InterBEE2007音響シンポジウム報告 :プレゼンター 1991 北村氏

InterBEEシンポジウムのプレゼンと、CMのサラウンド制作について
北村)今のCMは、CGなど映像が凝ってきている中、サウンドデザインも多彩な表現が求められるが、ステレオでは満足に表現しきれなくなってきている中で、サラウンドは表現の幅が大きく拡がる。しかし、日本ではサラウンドCMは殆ど無い。InterBEEでは、実際にステレオで制作された日本のCMから、デモ用にサラウンドMIXしたものの再生デモを交えてプレゼンした。
(素材のプレイバック)
北村)サラウンドの魅力の一つは「空間・臨場感の表現」であると思う。立体的に包まれる音によって、CMのような時間の短いシーンでも一瞬にして「雰囲気」に引き込ませることができる。
また前後の移動感、低音の表現、ハードセンターの定位の輪郭、フロントの定位感(LCRの間の定位)など、豊かな表現が可能となる。余韻や先行音による状況・ストーリーの表現が、ステレオより自然である。
CMは商品を視聴者にどれだけ印象を与えられるかが鍵なので、サラウンドのメリットを使うことで、人間間隔に訴えかけるような、もっとハイクオリティで訴求力のあるCMを作成することができると考える。

デモ作品の制作について
サウンドデザインが最初の作業として重要だ。それに基づいて、(例えばニッカのコマーシャルでは)暖炉の炎の2秒ちょっとのカットに対して、包み込まれる臨場感の表現を、定位を明確にするモノやステレオの素材も組み合わせて試行錯誤した。「一瞬のきらめき」「シズル感」をサラウンドで表現することが効果的。
企画段階から監督・撮影チーム、その他全てのスタッフがサラウンドに理解を持ち、映像・音声を一体として考えることが重要だと感じた。
サラウンドSEのライブラリ化について
サラウンド音素材は、現場での発音体の位置がはっきり収録されてしまうと、多用途に使いにくい。ライブラリ的な汎用性の高いものは、エアノイズやガヤなど、包囲感があるものを中心にデータベース化していくことになるだろう。管理はやはりファイルベースなので、容量が大きくなる懸念はある。一番問題になるのは、検聴作業の部分。どのチャンネルを検聴するのか、波形を見るレビュアーがどのようにサラウンドに対応するのか、などが課題。

今後のサラウンドCM製作の展望
昨今のインターネット普及によって、CMは分散化し、テレビCMの位置付けが変わってきている。地上デジタル放送へのリプレースを切欠に、今までよりワンランクもツーランクも上の「ハイクォリティCM」という訴求力によって、テレビCMの価値の復活を目指すことができるのでは、と感じている。
※この他、他のパネリストの発表内容についてもご紹介いただいた。

ダウンミックスの検証
InterBEEでのデモ素材は、サラウンドミックスのみに特化して制作されているため特にステレオダウンミックスを意識してはいなかったそうだ。勉強会での話の流れから、デモ素材のダウンミックスと、オリジナルのステレオミックスとを比較してみた。

参加者)デモ作品はオリジナルのものに対して付加した音があるし、違うサウンドデザインで作成されているので、オリジナルと違った要素のものがありますね。
北村)そうですね。アプローチが違うので。例えばHolophoneで独自に収録したベースノイズをサラウンドMIXで使用したり・・。
参加者)レベルメーターを見ていたが、ダウンミックスのVUの振り切れがあった。こういう場合は放送局として納品できるのか?
参加者)今の段階ではアナログ放送があるので、ダウンミックスがアナログの放送規準に準拠する必要があると思う。ただしデジタル放送オンリーになったときはどうなるか、注意していかなくてはならない。
また、ステレオの別ミックスを(5.1ch+ステレオの形で)送出しても、デジタル視聴者が受動的に聴くのは5.1ch(の受像機ダウンミックス)のほうになってしまう。つまりCMのステレオ別ミックスをしても、デジタル放送では日の目を見ないかもしれない。いずれにしても、今後の動向を注目する必要があるだろう。

質疑応答
参加者)派手なサラウンドCMが当たり前になった時、CMはどういう方向になるか?
北村)(現在のCMのような)音圧競争ではなく、サラウンドCMでは音の大きさ以外の「空間表現」などで視聴者に印象付けるような価値観を打ち出すことが理想。
参加者)そんなに良い方向にはならないのでは?
北村)プロデューサー教育などが今後重要になる。エンジニア・スタッフからサラウンドの(本当の)価値に気付いてもらい、それがスタンダードになってくれれば。聞いた話で、代理店・プロデューサーは「サラウンドといえば重低音」とか「サラウンドは金が掛かる」とか、変な固定観念を持っているそうだ。そこらへんを変えていかなくてはならない。

3 Neural-THXのサラウンドエンコーダー・デコーダーの実力を探るデモ

アメリカのNeural社がTHXと提携して展開しているNeural-THXブランドの製品がデモで届いた。「Downmix」と「Upmix」という、マトリクス系のエンコーダー・デコーダーである。今回はこれを直結して、オリジナルの5.1ch番組を「Downmix」でステレオエンコードして、「Upmix」で5.1chに戻したものを試聴する。オリジナルとの比較だけではなく、今回はDolby-PLII(デコード:Movieモード)とも比較した。
オリジナルソースは某局のスポーツ中継(ボクシング中継)を使用。オーディエンスマイクはL/R/LS/RSの4chで構成され、8本のオーディエンスマイクが、それぞれの隣接ch間にABステレオペアを配したようなマイクアレンジである。

(A)エンコード→デコードして5.1chに戻したものの比較(オリジナル→Neural→PL-II)
A-1) 選手入場のシーン(場内音楽、湧き上がる歓声)
・PLIIは、この素材の場合、あまりステアリングの影響を受けず結構固定されている印象で良かった。Neuralは、自分が経験上知っているSRSのものと同じで、音像が移動したり定位が引っ張られる感じがあった。
・処理の遅延については、エンコード・デコードでNeuralのほうがかなり多く、映像と合わない。往復で2フレ程度になっている。PL-IIはそれに比べるととても少ない。
A-2) 試合のシーン (パンチ音、セコンドの声、観客の声援)
・オリジナルとの音質の差が気になってくる。両者とも別方向で違う。好みが分かれるかもしれない。
(B)エンコードされたステレオの視聴(オリジナルダウンミックス→Neural→PL-II)
・比較すると、PL-IIのほうがスッとしているが、位相感が違う感じ
・PL-IIは低域がちょっと減っているのかな、という気もする。Neuralのほうはステアリングに意識が行くが、低域は減っていないかも。
・ただ、音質・キャラクターは両者で結構違いがある。

デモを終えて
・マトリクス方式なので、5.1chを「完璧」に再現できる類のものではないものの、例えば「道具」としての使用方法に大きな可能性がある。
・日本テレビではPL-IIを「ひと工夫」して用いることで、追っかけ放送やハイライトVTRなどでの良好なサラウンド再現をして放送しているそうだ。サラウンド放送をやろうと思えば、いろんなアプローチがあるという良い事例である。
・サラウンド番組制作の可能性と機会を拡げる意味でも、今後検証していきたいハードだ。

まとめ
複数の演目での実施で内容・ディスカッションも多岐に渡った勉強会となりました。北村さんのプレゼンは、シンポジウムを聞き逃した人が殆どの今回の参加者にとって非常に有意義でした。ディスカッションではCMのレベル競争問題にまで話題が及び、デジタル放送の今後を考えさせられるものとなったと思います。また2次会「サラウンド夜会」でも魚ちり料理屋にてサラウンド談義に花を咲かせました。

今回、講師を快諾して下さりわざわざ東京よりお越し下さった1991の永田さんと北村さん、そして何より会場提供と事前の設営に多大なご尽力を頂いた三和ビデオセンターのスタッフの皆さんに、この場をお借りして感謝いたします。

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