May 25, 2015

第89回サラウンド寺子屋 〜 3Dサラウンド制作から家庭再生までを考える


by Mick Sawaguchiサラウンド寺子屋塾主宰

開催日:2015年220()
時間:13:0016:00
会場:ヤマハミュージックジャパン デモルーム


講師
再生側:
加納 真弥(ヤマハ株式会社 AV開発統括部 AVR1グループ)
湯山 雄太 (ヤマハ株式会社 AV開発統括部 AVR1グループ)


制作側:
入交 英雄(毎日放送)
沢口 真生(沢口音楽工房/UNAMAS


池田:みなさんこんにちは。ヤマハ プロ音響 空間音響部の池田と申します。今回は、3Dサラウンドという新たなフォーマットを制作側と再生側でどう考えながら取り組んでいけばいいだろうか?という観点から相互の考え方やデモを共有する場があればいいね。ということで実現しました。
3Dサラウンドのデモも出来。かつ解説の場もある会場ということで今回は、高輪にありますヤマハ ミュージック ジャパンの協力を得まして開催することが出来ました。最初に会議室で解説を行った後、2グループに分かれてデモを聞いてください。よろしくお願いします。

沢口:池田さん、色々お手配ありがとうございました。第89回のサラウンド寺子屋塾を始めたいと思います。「没入感」というキーワードが、研究段階を経て20014年あたりから実用域の表現として注目され始めています。映画音響では、Dolby社のAtmosWFS、音楽ではAuro3D、また2020年の東京オリンピックやアメリカATSC 3.0規格では、22.2CHまでの3Dサラウンドが検討されています。こうした3Dサラウンドの普及にはコンシューマサイドでの再生機器の普及がキーとなります。今回は、ヤマハ(株)の協力により、同社の3Dサラウンド対応機器の解説とデモを交えながら、コンシューマサイドでの再生環境の今後と3Dサラウンド制作の現状をテーマに開催しました。
サラウンド制作側では、ポスト5.1CHノウハウについては、今から始まるという段階です。会場を提供していただいたヤマハ(株)の池田さんはじめ担当のみなさんにもお礼申し上げます。それでは、再生側のサラウンドに対する取り組みと技術の進展について加納さんと湯山さんにお願いしたいと思います。

加納:みなさんこんにちは。AVレシーバー機器の開発を担当しています加納とDSP処理技術のソフト開発を担当しています湯山から始めたいとおもいます。


ヤマハは、「感動」をキーワードに楽しい/心が動く/リアルさの実を意識し,多くのお客様にコンテンツを楽しんでいただける商品開発に取り組んでいます。

そのためにHDMI/ネットワークでのDolby/dtsFLACを始めとした各種音声コーディック再生への対応や品質と使い易さ、さらにデジタル音声処理技術を活用して幅広い顧客ニーズに合った商品を生み出しています。





2013年モデルのAVセパレートレシーバの例でいえば、
「臨場感の再現」をキーワードに
◎ デジタル音声信号のクロックジッターの改善
◎ ハイレゾ対応
◎ D/Aコンバーターの品質改善
◎ 全チャンネル均一回路
   環境補正技術や音場創成技術、音場効果調整アプリケーションの提供により、ユーザーの環境と嗜好に合わせた顧客価値を提供しています。

湯山:それでは私のほうからは、最新AVレシーバーに搭載しましたDolby Atmos技術とヤマハが取り組んできたDSP技術の歴史と現状について紹介したいと思います。


◎ Dolby Atmos
Dolby Atmosの技術は、映画音響の制作/再生技術としてDolby社が提案しすでに映画音響では、普及が進んでいる技術です。この技術をコンシューマー機器にも取り入れたAVレシーバーが2014年から各社でリリースされ始めました。この技術の特徴は、従来のサラウンド音響が各出力チャンネルに固定されたフォーマットであった事に対しオブジェクトと呼ぶ空間位置情報をメタデータとして加えることで再生環境に応じた正確な空間再現が構築できる点にあります。コンテンツも現在のBD-ディスクに収録可能な音声コーディック技術が開発され、映画館再生だけでなくコンシューマー環境でも楽しめるようになりました。



コンシューマー機器用のフォーマットではBedsと呼ぶ水平方向の5.1CH-7.1CHメイン部分と高さ方向を再現するトップ(ハイト)CHの構成となっています。トップCHは、最低2CH配置から可能で、水平/トップ合わせて最大34CH3Dサラウンド再生が可能です。コンシューマー機器としては現在7.1CH+4CHでトータル11.1CHに対応したAVレシーバーを製品化しており天井のトップCHは、フロント2CH/リア2CHを推奨しています。また、天井に設置が難しい場合の対応として天井に向けたスピーカーを使って天井反射を利用しトップCHを再現するDolby Enabledスピーカーにも対応しています。


◎ ヤマハの音場創成技術(DSP-Digital Sound Field Processing
ヤマハは、高さ方向を含めた音場創成技術に30年近く前から取り組んできましたので、ここでその歴史を振り返ってみたいと思います。

1986年:DSP-1というモデルをリリースし、2CHメインに音場情報をハイト4CHから出力して臨場感を作り出すというコンセプトを実現しました。この臨場感のリアルさを作り出すため、実在する世界中のコンサートホールで音響データを収集しました。
1990年:AVX-2000DSPというモデルで映画用フォーマットDolby ProLogicとヤマハDSP技術を組み合わせ、映画館の臨場感を家庭で実現する製品をリリースしました。
1995年:5.1CHディスクリートのDolby Digital サラウンド音声に対応しヤマハDSP技術も3音場CINEMA DSPを初めて実用化しました。
2007年:BD-ディスクの本格普及に伴いDolby/dtsのロスレスコーディックに対応し、音場の密度感の向上や高さ方向を正確に描写する3次元音場技術CINEMA DSP HD3DSP-Z11というモデルで実現しました。またこの頃には、視聴環境の自動補正技術による正確な再生も可能になりました。
技術トータルコンセプトは、このような要素技術で構成されています。



◎ 音場創成技術(CINEMA DSP
映画館の音響の特徴は、面音源の再生にありますが家庭ではスピーカーの数が少ないため点音源再生となります。この差を補正する技術として仮想音源定位技術を開発し面音場の再現に取り組みました。この技術は、1980年に近接4点法という音場測定により得られた音場データをもとに仮想音源分布データを創成するものです。製品としては「シネマDSP」と呼ばれ、映画におけるD-M-Eの3要素に最適な音場分布を再現しようという技術です。




◎ 再生環境の補正技術
お客様の環境でマルチチャンネルコンテンツの正確な再現をするためには、正しいスピーカーのセッティングが不可欠です。それを簡単に実現するためにお客様が付属マイクで自動測定するだけで環境を最適化する自動音場補正技術が提供されています。これは、以下のような構成となっています。



この技術は、AVレシーバーでは、顧客環境での壁からの不要反射の影響を軽減するYPAO-R.S.Cとして、またデジタル.サウンド.プロジェクターでは、IntelliBeamという名称で機能が提供されています。

◎ 設置支援技術
家庭での物理的な制約をDSP技術で支援するための機能で、実在しないサラウンドスピーカーや高さ方向のスピーカーをバーチャル再現する技術も積極的に搭載しています。



   デジタル.サウンド.プロジェクター技術
ヤマハ独自の壁反射を利用したリアルなサラウンド技術であるデジタル.サウンド.プロジェクターについてデモを交えながらご紹介いたします。


ヤマハ ミュージック ジャパン企画室の佐藤です。この部屋では、ヤマハのフロント.サラウンドの代表のひとつであるデジタル.サウンド.プロジェクター「YSP-4300」によるサラウンド音場を聞いていただきます。デジタル.サウンド.プロジェクターの開発コンセプトは、TV前に設置した1台のスピーカーだけで本格的なマルチチャンネルサラウンド音場を楽しみたいというユーザー向けに11年前から商品を提供してきているシリーズです。

これらは、市場で「フロント.サラウンド」と呼ばれるジャンルになります。この実現技術は現在大きく2つの方式があります。ひとつは、人間の聴覚特性を利用したバーチャル技術と、もうひとつが音をビーム化し壁反射させてサラウンドを創出するデジタル.サウンド.プロジェクター技術による方式です。




前者は、人間の聴覚の錯覚を利用するためにスイートスポットが狭く、多人数の視聴では、サラウンド感を得られにくい場所が出来ますが、後者は、波の性質を利用して音の収音.拡散を経ることで部屋全体が包まれるような広いスイートスポットの音場を楽しめます。ではいくつかデモ再生します。

デモ−01デジタル.サウンド.プロジェクター効果のデモクリップ
デモ−02映画コンテンツ再生
デモ−03圧縮不可逆音源の広帯域復元技術(Music Enhancer)のデモ
     TV内蔵スピーカーとエンハンサーによる音楽再生比較
デモ−04 2CHコンテンツをマルチ化したサラウンドデモ

デジタル.サウンド.プロジェクターの商品は、内蔵しているスピーカーの個数と設置条件によりいくつかのモデルがあります。今後は、高さ情報の再現にも取り組んでいきたいと考えています。

◎ デモルームでのヤマハ音源デモと解説
湯山:デモルームで今回用意しました機材は、B&Wのスピーカーをフロアー7CH配置とし、加えてハイト4CHとした計11CHスピーカーとAVレシーバーRX-A 3040です。


デモ−01 Dolby Atmosデモ
映画のクリップから、トップチャンネルを効果的に使ったシーンをデモ
デモ−02 シネマDSPの効果デモ
192-24 2CH音源を使って
   ダイレクト モード
   教会、コンサートホール、LIVEハウスをシミュレートしたモード

デモ−03 バーチャルプレゼンス スピーカー(VPS)デモ
メインの7.1CHスピーカーにバーチャルでトップCHを作り出したデモ

【 制作側より 】
入交:みなさんこんにちは。入交です。私からは、最近取り組んでいる3-Dサラウンド制作について紹介します。88回のサラウンド寺子屋塾を神戸で開催した時の部分と少し重複する話もありますが、今回は東京の皆さんへ改めてお話できればと思います。こうしたノウハウは、まだどれが正解といったものはありませんが、私の考え方でこうやっていますという現状を紹介できればと思います。

サラウンドの歴史を眺めてみますと、映画音響での取り組みは、確実に新しい技術革新を取り入れ、それが市場でも受け入れられる環境も形成してきました。では、音楽では、どうかといえば残念ながら1970年代の4CHステレオブームからは、殆ど技術革新がなされていません。では、音楽にサラウンドという表現は、必要ないのか?といえば、私は、大いに可能性を持った表現方法だと感じています。ではなぜ映画音響のようなビジネスモデルが形成されないのかといえば、私が考えるに、制作から配給.再生までの一貫した流れが作れておらずそれぞれが、独立した思惑で進んでいきた結果ではないかと思います。

ポスト5.1CHの再生メディアを見てみますとBD-ディスクが、96-24までで最大8CHの音声を入れる事ができます。私の検証では、メインの5.1CHに最低トップCHCHを付加すると、臨場感は、大変向上するという感触を得ています。
しかし、BD-ディスクで記録するチャンネルレイアウトは、現状映画音響で考えた7.1CH配置のみが検討されとり、それ以外の7.1CH配置は、検討されていません。実は7.1CHの配置規格というのは、世界的に規格化されておりそのなかには、6タイプの配置が規格としてありますが、日本のBD-ディスクでは、1タイプしか検討していません。ここにも、制作から再生系までの齟齬があるわけです。地上D-TV AAC規格でも7.1CHのフォーマットが規格化されていますが、TV受信機側での対応は、未定です





◎ 3D-サラウンドの優位性
以下のような優位性があります。
● 臨場感。空間再現の立体的な向上
● スイートスポットの拡大〜リスニング位置によってステージ側や客席側で聞いているような音場を楽しめる
● スピーカーを意識しない
● 方向性マスキングが少ないので音源分離が良い。特にオーケストラと合唱といった形式では,有利。

◎ デモ音源解説とマイキング
デモ−01 名倉実BACH BEATより



私のアプローチは、演奏している音場を切り取るというコンセプトです。そのためのマイキングを検討し現在は、デッカツリーによる5CHメインアレイ+そこから78m後方に設置した4CHオムニスクエアーというマイクの組み合わせをメインとして、予備にいくつかスポットマイクを配置します。デモする音源のひとつは神戸女学院の教会での録音ですが、ここは、高さが16mと高く平行壁面により残響が上昇していく、ヨーロッパのホールに近い響きをしています。
この残響の上昇という考え方は、ステージで演奏した音が客席内で滞留することなくメイン音源と立体的に構成されますので、明瞭度がよく、豊かな響きも得ることができます。残念ながら国内のホールでは、こうした設計を行っていません。



デモ−02 冨田勲さん作曲の源氏物語
録音は座間のホールです。語りはPAしており、また途中で生き霊のサウンドがホール内を動き回ります。録音は、192-24で計42トラック録音ですが、大変コンパクトなシステムで実現しています。








デモ−03 一万人の第九
これは、大阪城ホール内で1万人の合唱が一階のオーケストラを取り囲む配置のMBS好例の年末イベントです。この例では、トップCHに位置する合唱パートが大変明瞭に再現できている点に注目してください。




           


デモ−04 恵比寿ガーデン LIVEコンサート
P.バラカンさん主催のコンサートから沖縄のバンドをお聴きください。LIVE会場の雰囲気がよく再現できていると思います。




   まとめ
機会を見て,色々な3Dサラウンドを検証してきましたがここから以下のようなことが現時点でいえるのではないかと思っています。

沢口:それでは、私の方からUNAMASレーベルの四季9CH MIX Verと今回の寺子屋塾開催のために2Lのモートンが送ってくれました音源をデモします。
UNAMASレーベルは、私が制作運営しているハイレゾに特化したレーベルで,2007年にスタートし2CHとサラウンドの制作を行いe-onkyo musicHQM-storeから配信しています。

デモ−01 Four seasonsより
初クラシック制作として取り組みました「Four Seasons」をAURO-3Dのフォーマットで制作しました。録音した軽井沢の大賀ホールは、ステージ上部に3つの反響ドームがあり,今回はこの天井からの反射を利用してみました。AURO-3Dのフォーマットは、音楽サラウンドには、向いているのではないかと思い、さてどうMIXしたものかと思案している時に2014年11月PYRAMIX DAWのメーカMerging Technology社から2015年春にリリース予定のあらゆるサラウンド フォーマットに対応したVER10のテスト版がきましたので、これを使ってAURO-3D MIXを実現しました。









デモ−02 2L MAGNIFICATより
ノルウエーのレーベル2Lは、音楽内容に合わせた楽器配置を360°で行いその中心に独自のサラウンド アレイを設置して録音を行うというユニークな制作コンセプトを一貫して維持しているレーベルで作品は全て5CHから7CHそして最近は9CH AURO-3D制作を取り組んでいる野心的なレーベルです。近作MAGNIFICATから聞きます。



   まとめ
ITU-RSMPTEでは、最大22.2CHまでのフォーマットが国際規格として勧告されました。では、3D-サラウンドでどんなビジネスの可能性があるのかは、まだ未知数ですが、わたしの感触では、
● 大型イベント
● ホーム
● モバイル サラウンドヘッドフォン

等で応用できるのではないかと思います。特にバイノーラル技術を使ったモバイル環境での3D-サラウンドのヘッドホン再生は、日本のみならず、世界的に大きなニーズがでるのではないと思います。このためには、マスター音源が3D-サラウンドで制作しておく必要があります。


トップCHの使い方には、
● 演奏会場の臨場感を向上させる高度臨場感型デザイン
● より積極的に立体空間を作る高度創造型のデザイン

もあると思います。個人的には、まず、ネットワークプレーヤのアナログサラウンドOUTを設けて欲しいですね。ハイレゾ配信という流れはパッケージ制作にくらべフットワークよく制作可能です。しかし肝心の最終再生側に取り出し口がない!HDMIがればいいでしょう。という発想では、音楽リスナーに対応できないということもコンシューマー側で是非検討して欲しい課題かと思います。

池田:みなさん、グループ別でのデモも楽しまれたと思います。制作と再生側のパイプを今後とも密にして新しい3D-サラウンドを着地させたいと考えていますので、今後ともよろしくお願いします。


[ 関連リンク ]
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「実践5.1ch サラウンド番組制作」
「Let's Surround(基礎知識や全体像が理解できる資料)」
「サラウンド入門」は実践的な解説書です
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