LINE UP誌2001-01月号
By SIMON HANCOCK 抄訳:Mick Sawaguchi 沢口真生
[ はじめに ]
通称PROMSと呼ばれる夏の8週間コンサートは、1927年から開始され、今回で106回を迎えるに至った。当初は、QUEENS HALLで開催されていたが、第2次大戦の空襲で崩壊して以降1941年からここRAH(ROYAL ALBERT HALL)で開催されている。しかしこのホールの音響は悲惨で2重のエコーを発生する独特の音である。60年代にホール中央にマッシュルーム吸音体が取り付けられ、改善は見られたが・・・・
私はBBC-RADIO-3の音楽バランサーと言う立場で、このコンサートをリスナーがまるでそこにいるような、自然な音でミキシングすることを第一優先としギミックな定位などは考えずにホールのベスト席で聴いている感じを再現するように努めた。しかし、プログラムの多彩な内容や生放送そして音場の補正をする必要からいくらかの補助マイクとリバーブの付加はやむを得なかった。
マイキングはメインマイクと補助マイクの組み合わせでメインマイクは、かつての同軸ステレオから全指向ペアに変化している。これはステレオの正確な定位以上に自然な豊かさと空間の奥行きを感じる点で最近の傾向である。
サラウンド収録用マイキング
家庭におけるホームシネマの期待と増加に見られるように、今日サラウンド音声制作への新たな取り組みが放送、レコードを問わず行われつつある。
BBCもそうした流れに無縁でいられるわけではなく、我々の新たな取り組みが模索され始めた。プロムスコンサートはその内容、質およびアーティストの技量を含めサラウンド録音を試みるには最適のイベントである。ホールを埋めた聴衆の歓声やメインステージから離れた場所での演奏や合唱などサラウンド音場を実験するには最適の環境が整っているからである。
実験録音は、BBCのオーケストラ演奏を主体にマルチトラックで録音しポストプロダクションで様々な検証ができる手法とした。従来からステレオ収音用に行ってきた配置は、フルオーケストラから弦楽4重奏まで様々な編成を柔軟に対応できる配置である。サラウンド用は、この基本配置をもとに以下のマイキングを追加している。
* アリーナ席客席の頭上にかなり離して全指向性ペアを配置。
* メインステレオペア
今回は単一指向性ペアをORTF方式で配置。
* メインアレイ
3本の全指向マイクをツリーとして設置。
* カーテン部分
ステージ全面より少し前に5本の全指向性マイクを配置。
* 指揮者位置
指揮者の位置より、やや手前に近接収音用として同軸ペアを配置。
これはソロ演奏や小規模アンサンブルの収音が目的である。
* ステージ補助
オーケストラのストリングセクションをカバーする3本の単一指向性マイク。
* 木管・コーラスマイク
木管セクションの補助マイク。
* 合唱用補助マイク
* 補助マイク
使うか使わないかを別にしてバランス補正用の補助マイクを用意。
これ以外にサラウンド録音用として3本の全指向マイクを天井の吸音体下部に設置、さらにPAUL SEGARが考案したサラウンドマイクアレイを設置した。
このアレイは5本の全指向マイクをマウントしたマイクアレイである。
近年サラウンド録音用のメインマイクとして、どういった方式が最適なのか様々な議論が起きている。なかでも指向性についての議論は活発であるが、私は、全指向性でも単一指向性でも録音の条件によって、最適な組み合わせを採用すれば良いと考えている一人である。このアレイは5本のDPA-4060マイクが設置されそれぞれの距離や角度、間隔は、厳密な研究の成果を採用した寸法と成っている。隣接したマイク同志のカバーエリアは、ちょうど均一に収音できるよう設計されたアレイである。この5本のマイクはホール内の自然な音響再現を主目的として設計されており、特にホール側壁からの第1次初期反射音を有効に捉えることができる。このアレイを会期中様々な場所に設置して実験した。
サラウンドVsステレオ
サラウンドMIXでは天井に高く設置したマイク出力をサラウンド用にしたが、メインマイクに比べて僅かに生じている遅延が効果的であった。また4チャンネルタイプのリバーブも付加してみたがこれも効果があったと感じている。
センターチャンネルの扱いであるが、ツリーのセンターマイク出力をセンタースピーカへ送ったが、リスナーが中心軸にいなくても明確な定位が維持されるメリットがある。しかし、あまりレベルを大きくしすぎるとフロントの音場が狭くなるので適度なレベルが良い。LFEいついては、低音楽器の補強程度であれば効果的であるが、あまり使いすぎると音を濁してしまうので注意しなければならない。いくつかの課題も発見したがそのひとつは、サラウンド情報が加わることで音場の定位が安定しない点と、左右真横の定位は抜けるという点である。さらに心配のタネは、家庭でどういった環境でサラウンドが聴かれているのか?である。多分ITU-R推奨の配置で聞ける人は限られているのではないか?という懸念である。
サラウンドマイキングの比較
今回のプロムスコンサートの期間中我々は、3種類のサラウンドマイキングを同一の演奏で比較録音する機会に恵まれた。演奏はベルリオーズのレクエイムでこれはメインステージ以外に4カ所の異なった場所での合唱とブラスの演奏がある。
まずマルチマイクで収録した素材をサラウンドにMIXした音源を制作した。
これは音楽的に満足出来る内容でスポットマイクをパンニングで振り分けることで定位の再現も明瞭であったがリバーブがやや多すぎた感じがする。音質的には近接マイクを使わずOFFマイクを主体としリバーブを付加したので5.1CHマイクアレイの音に比べやや甘くなった。拍手に関しては、スイートスポットから後ろへ異動するにつれて位相の変化を感じたのが気になる点である。
この原因として考えられるのは、アリーナ席の収音マイクをフロントとリアの中間へ定位させたため頭部伝達関数の変化が生じたためではないかと思う。
全指向性5.1CHマイクアレイで録音した音は、まるでロイヤル アルバートホールにいるような臨場感を再現し素晴らしい空間を現出した。このサラウンドCHから得られる音は、すばらしくアレイのフロントとリア用の間隔が短いことが好結果を出していると思う。音楽的なバランスに関しては悪くはないが、全てに満足できるわけではなかった。特にオフステージに配置したブラスセクションが大きな音で演奏した場合は、バランスがくずれてしまう。また今回のセッティングでは、少し前に設置しすぎたので次回はもう少し後ろに設置すればバランスも向上すると考えている。フロントとリアのレベルバランスも微妙で最終的にはフロントにくらべリアを2dB落としたバランスが良い結果であった。拍手が予想に反してサラウンド感を出してくれなかったのは、今回のアレイの設置位置が前過ぎた結果であろう。しかし、マルチマイクのサラウンドMIXに見られたような位相の変化や不連続性は無く大変安定した音場がアレイ方式では得られた。
まとめ
マルチマイク収音方式と5CHアレイ方式のどちらも、実験としては有意義な結果を我々にもたらしてくれた。パンニングを多用するマルチマイク収音とワンポイント的なサラウンドアレイで捉えた、時間差によるサラウンド空間も、いずれも効果的である。我々の印象で言えばサラウンドアレイマイク方式は、マルチマイク方式以上にホールの音場が再現できる方式ではないかと感じている。それは、アレイの方がホール内の複雑な反射音響を正確に捉えているからであろうと考えられる。一方でアレイ方式の欠点は、どこに設置するかの選択に非常な注意と経験がいる点である。今後の課題は、アレイ方式にいかに融合してスポットマイクやマルチマイクを使えるか?にある。こうすれば生放送でダイレクトにサラウンドMIXを行わなければならない音楽バランサーにとって機動性を加えることが可能となる。こうした実験の積み重ねがさらに新しい発見とすばらしい可能性を見いだしていくことを願っている。(了)
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