By. Mick Sawaguchi
日時:2007年2月27日
場所:三鷹 沢口スタジオ
講師:George Massenburg
テーマ:サラウンド寺子屋スペシャルセッション「ジョージ マッセンバーグを迎えて」
はじめに
ジョージさんとは、AES(Audio Engineering Society)でともに技術委員会TCのなかのスタジオ制作委員会(SPAPTC)を担当しています。1998年にはAES N.Yで当時はまだ新しかったPOPS音楽サラウンドミキシングのワークショップを運営したときのパネラーとして深田晃、エリオット シャイナーとともに参加してくれました。またサラウンドコンファレンスやコンベンションでもテーブルを同じにしてきました。アメリカ人としてはとても誠実でなによりもアコースティック サウンドを愛するエンジニア・プロデューサでもあります。彼が2007年2月末に一週間来日するというのでサンケンマイクの小林さんから寺子屋でやらない?とオファーがあり彼も寺子屋のことは、エリオットやAES仲間からも聞いており若い人々に色々話しもしたいということで実現しました。
G:みなさんこんにちは。あとから来た人は遠慮せず中へはいってください!サラウンド ショーグンMICKの寺子屋に招待していただき大変嬉しく思います。日本のみなさんと話をするときは私の優秀なアシスタント、彼女は日本人でバークリーの卒業生ですが彼女にヘルプを頼むのですが今日はminoruにサポートをお願いしました。ちゃんと通訳してくれることを希望します!今日はいつものスタイルと違って「アメリカ式」のワークショップでやりたいと思います。それは私の話のなかで聞きたいことや疑問が起きたらその場ですぐに発言していくという方法です。このやり方は講演側すれば話の腰を折られるというデメリットがありますが、一方参加者が何を必要としているかを即座に知ることで話の内容を深めることができるというメリットもあります。質問だけでなくジョークもどんどん発言してください。ではまず私の背景からお話します。
私は45年間音楽業界で働いていますがいつもやんちゃ坊主でした。エンジニアの役割はアーティストのPassionのぶつかり合いから生じるMagicを伝えることにあります。毎回音楽をコミュニケーションの手段としてどうしたらその質をあげることができるかを考えています。その意味では私もみなさんも同じ土俵の上に立っているわけです。10代のころ学校は嫌いでした。しかし今は3つの学校で教える立場になりました。教えるにあたってはcome aliveをモットーにいつも役に立つ新鮮な話題を提供することに心がけています。若い人々からはいつも難しい質問を受けますがそのたびにわたしが共通の応えとしているのは「音楽を全身全霊で聴く」という態度です。
私はアコースティック音楽が心に響くという意味で好きなのですが、それはアーティストが心を一つにしてお互いに影響しながら演奏することでその瞬間にしかできない「Magic」が生まれるからです。この+α、予期しない力がすばらしい結果を生み出すことに充実感を感じているからです。多くのヒットレコードも手がけましたが私が担当するアーティストでは、今までにどんなヒットを出したかは気にせずに仕事をすることにしています。大切な役割は、音楽的なアイディアをサポートすること。音が大きいことを自慢する音量競争をするのではなく音楽の持つStory 文化 誠実さといった心が伝わるようにサポートすることが重要です。私にとって毎日が前進であり、機材やアレンジ、スタジオ環境、録音、プログラミング、DSPの設計と様々な角度から検討していかなくてはなりません。しかし「Get Sound Right」が最終目標なのです。設計者の観点でいえば、新しいことが思い浮かぶとすぐに試してみたくなります。アナログ回路設計からアッセンブラー言語 プラグインの設計そしてそれらをサポートするホスト機器のデザイン・・・等々こうしたことが全てうまくひとつに統合できるためのマネージャー役が私の立場でもあります。それは私がユーザーでもあり設計者でもあるという両方の知識が有効に生かせるからで何か問題が起きたときにどうすればいいかを的確にフィードバックできるからです。
音楽との関わりでいえば私は現在4つのタイトルで仕事をしています。プロデューサー・教育者・設計者そしてスーパバイザーです。このスーパバイザーという役割は人々に一層のエネルギーを少ない給料の中で与える役目です。(笑い)プロデューサーとしてはアーティストの演奏をそのまま形に収めたいと考えています。そのための機材やスタジオそして記録フォーマットなどを研究しています。私の新しいスタジオ ブラックバードスタジオのスタジオC で録音したデモを聞いてみましょう。スタジオの詳細については後ほどお話します。この曲は、ストリングスクインテットにAgtx2そしてVoという構成です。スタジオに円周上に配置してすべて同一空間で演奏しその空間をサラウンドで捉えました。
デモ
ではこれのストリングス用サラウンドマイクだけの音を聞いてみましょう。
デモ
次にストリングスの個々の楽器にセットしたピックアップマイクだけの音を聞いてみましょう。
デモ
次にピックアップマイクに段々サラウンドマイクを付加していきます。こうすると定位や音色が向上していくことが分かると思います。サラウンドマイクはストリングスから1.5mくらいの高さです。このスタジオのコンセプトはコントロールルームがなく全て同一空間で演奏と録音、モニターしています。このコンセプトをアメリカ音響学会で発表したとき93才になる音響界のベテランであるL. ベネディクトは「そんなことは考えられない!」と反論してきましたが。私は使うマイクの音は十分分かっているのでモニターしなくてもスタジオで演奏をきいていれば今どんな音が録音されているか分かります。
Q-01:ピックアップマイクとサラウンドマイクの位相関係はどうやってチェックしていますか?
A:私は絶対位相以外個々の位相関係は気にしていません!システム全体の入り口から出口までの位相は全て同一にしてあるので録音にはいれば演奏にのみ集中しています。マイキングとパンニングに注意を払いますがあとはストレートに録音するだけです。
Q-02:サラウンドマイクの定位はどうしていますか?
A:スタジオで演奏を注意深く聴いてそこで鳴っているサウンドが忠実に再現できるようなパンニングを行います。友人のアル シュミットも言っていますが「音楽がそこで聞こえるのと同じようにノブを回す」ということだけです。音楽をスタジオで聴くとみんな頭の中にイメージができますね。それをリラックスして忠実に再現すればいいのです。特別のマジックはありません。
Q-03:ボーカル録音も同時ですか?
A:私は基本的に全て同一録音を希望します。リハーサルでアレンジやテンポ キーなどを確認し同一で録音することが全体のスムースな流れを作る上で大切だと考えるからです。しかし場合によってはそれが出来ないこともありますのでその場合はオーバーダブということになります。この場合VOのアンビエンスが無くなるのでMIXの時は一度スピーカにだしてアンビエンスを付加します。
ではもうひとつ聞きましょう。これはカントリーです。ナッシュビルはアメリカの伝統的な音楽の中心地ですのでカントリー音楽は大変盛んです。これも全員同時演奏でお互いの音を聞きながら演奏しています。キューBOX からの送り返しを聞いて演奏すると大概自分のパートのレベルを大きくして聞いているのでお互いが相互作用するMagicは生まれません。一般的なpops録音スタジオは一人一人ブースに入って演奏しキューBOXでモニターしていますがこれでは言い音楽は生まれないと考えていますので。
Q-04:昔のリンダ ロン シュタットの録音も同じ方法でしたか?
A:彼女とは35年間やっていますのでいつも同じとはいえません。ネルソン リドル オーケストラとのアルバムでは同一録音 一部差し替えそしてオーバーダブと3つの方法でやりました。
Q-05:パンニングの注意点は?
A:基本はどれだけシンプルにできるかにあります。今はドラムに多くのマイクをセットしていますがあれもトップのペアマイクでシンバルとタムの良いバランスになるポイントを動かしてさぐれば見つかります。イコライザーやプラグインに手を出すまえにやることはマイキングなのだと言うことを再認識してください。これは古いやり方だというかもしれませんが・・・例えばスネアのマイキングにしてもリムを中心に上から下まで移動して録音すれば様々な音色が得られます。過去の多くの録音の経験からはたくさんの要素があることが分かります。しかし最後には「これだ!」という気概でマイクをセットするのです。競馬でどの馬に賭けるか?を決めるまでの過程を考えてみましょう。朝起きて新聞を読むところから競馬場にいって実際の馬のお尻のしっぽをつまみ上げて体調を見るまでじつに多くの要素があります。その中から「これだ」と決めるのはBRAIN-HEART-そして決め手はGATSです!
Q-06:先ほどのレッドツェッペリンのドラムのサウンドはアルバム毎 毎回違って聞こえますが?
A:同じマイキングでも、異なるのはドラマーが人間だからでそこがエンジニアとは違います(笑い)。良い音楽と腕の悪いエンジニアの組み合わせは問題ありませんが、悪い音楽と腕の良いエンジニアという組み合わせは何もうみだしません。みなさんもいいアーティストを見つけてください。音楽がダメなら一言「NO」といえば良いのです。エンジニアが向上するポイントは常に何か新しいことを試みる時間を惜しまないことです。セッションが終わっても一人残って良い音楽のために工夫する努力「Nothing stop for good music」の継続です。
Q-07:ベースのマイキングは?
A:これだけでテーマになるほど奥が深いので、一言では難しいですね。まずベースプレーヤーにどこがいい音を出しているか聞いてみるのも方法です。使えるマイクは、どれでも使えます。そしてベースから出る音を注意深く聞いて見ることです。全てに共通しますが出ている音を色々な場所で聞いてみることです。私の場合クローズマイクにSM-57をオフにR-121をセットし音色を決めています。
Q-08:最終イメージを考えてマイキングするのか、録音した後で考えるのか?
A:これも以前述べたようにスタジオで聞いてそのイメージに近いようにモニターSPからサウンドが出るようにしています。ノブを動かしているときは全ての要素が調整されているのでどれがどれと一概にいえないので。私の愛読書にTAO CHINの本がありますが、この中には「細かいことに囚われずに全体を見よ。複雑にいじるな」といったことが書いてありますがミキシングも同じだと考えています。
Q-09:同じスペースで録音も演奏もするというのは大変リスクがあるのでは?
A:私は顔を合わせたコミュニケーションが大切だと考えています。同じリクエストをするにもトークバックマイクではなくその場で身振りを含めて話しをする方がいい演奏につながります。スタジオは命に関わるような危ない事態がおきるような所ではありませんのでリスクはないでしょう。
Q-10:LIVEコンサートなどでのサラウンドマイキングの注意点は?
A:オーディエンス収録で大切なことは楽器収録以上に高品質マイクを使用することです。それはオーディエンスという音源は楽器とは異なった過渡特性をしているため広帯域特性が必要なためです。収録もできればDSDやハイビットなど高品質フォーマットをお薦めします。こうすれば会場のエアー感が拾えると思います。
Q-11:色々なフォーマットがありますが好みは?
A:好みはDSDフォーマットですね。ただし現状の44.1KHZの64倍でなくさらに高い周波数がマスター録音には必要だと思います。最近コルグからでたDSDで現状の倍のサンプリングができる方式やPyramix の384khz DXDフォーマットには注目しています。今日はMr.西尾さんも来ていますので、少し解説してください。
西尾:我々も開発段階からDSD録音のサンプリング周波数を高くしたかったのですが、現状のCDとの整合性を検討したSA-CDを考えた場合に64倍の周波数というところに落ち着いた経緯があります。開発当時テスト機材をアメリカに持ち込んで実験しましたがその時もジョージさんには大変協力して頂きましたし、その時の音源はいまでも我々のリファレンス音源でもあります。
Q-12:デジタル放送での音声フォーマットは48KHZだが、これ以外に高品質化は?
A:高品質化を計るメリットのひとつに定位情報の向上という点があります。現在大学などでその証明のための研究が行われていますが、まだ我々の耳以上の測定結果は出ていません。
それでは、次にナッシュビルに建設したブラックバード スタジオとその中の私の専用スタジオCの概要をお話します。
このスタジオはカントリー界の大物でもあるJ.マックブライド氏が夢のあるスタジオを作ろうということで巨費を投じて建設されました。スタジオは私がロスで1985年に設計したコンプレックススタジオのコンセプトを反映しています。良いスタジオを作る条件に会計士が介入しないという点があります!彼らがはいると良い音楽をつくるよりも収入と支出の計算が優先され音楽は犠牲になるからです。ですからこのブラックバードスタジオも会計士はいません。
スタジオのポリシーは「ノリのいいロック」でいまやこれだけのスタジオを建設運営できる大手レコード会社はないでしょう。
スタジオは個性を持った大小10のスタジオで構成されています。楽器や機材、マイクもすばらしいですし、コンソールもスタジオ毎にオールドから最新までが導入されています。スタジオCのコンセプトは、自然の空間にいるように楽器から出た音はどこにも反射されず無限大に吸収される音場を作ることでした。残響時間は0.3msecですが、その特性は反射音レベルが直接音より30dB小さい、まさに自然の無限大空間に似た音響特性です。これを実現するために様々な長さのブロックを作り部屋のなかにハリネズミのように配置しています。天井も高さも変えて低域のモードが起きない構造としています。
Q-13:演奏するミュージシャンの反応は?
A:音響的には山頂にいて音を出すとそれに少し響きがつくといったイメージを想像してください。この空間は位相も周波数特性もフラットです。このスタジオに盲目のピアニストがきたことがありますが、彼は通常反射音を聞きながらピアノまで歩いていくのですがここでは壁の境目が分からず壁にぶつかってしまいました。またミュージシャンはここで録音した音やCDを聴きに来ます。それは大変居心地が良いからではないかと思います。
Q-14:図面ではスタジオのコーナーは露出しているように見えますが低域の処理などはどこでおこなっているのですか?
A:コーナーには金属製で穴のあいた半円周型のトラップがおいてあります。これはB.A.DとうJ.アンガスが考案した30-50HZを吸音する方法です。
Q-15:モニタースピーカが2種類ありましたが、どう使い分けしていますか?
A:私は3タイプ設置していますが、スタジオでは2種類でラウンジにベースマネージメントの入った小型サラウンドを。そしてiPodでも聞きます,聞いたからといってこれようにミキシングを変えることはしませんが。これらどれで聞いてもいい感じのバランスを心がけていますね。
Q-16:LFEは?
A:LFEは場所の制約でコーナーの隅に置いてあります。チェックしたときはスタジオの横が良かったのですがこれでは演奏の障害になるので。再生帯域は80HZ以下を再生しています。
Q-17:家庭での再生環境はアメリカでもバラバラだと思いますがMIXの時はどんな配置を想定していますか?
A:MIXの環境としてはITU-Rを基本にしています。しかしこれはヨーロッパ主導で決めた規格なので我々はリアの角度についてはこれよりも奥にいった130-150度といった配置でもサラウンドMIXをしています。
[ 最後に ]
現在チームで取り組んでいるプロジェクトのひとつにiPod等の携帯で個々人のHRTFに最適化されたヘッドフォンでサラウンドが楽しめることを検討しています。2年前のCESショーでプロトを聞いて我々がとても興味をもった考え方でしたので。これは従来のサラウンド ヘッドフォンよりも一層自然なサラウンド空間を作ることを目指しています。
MICK SAWAGUCHIはサラウンド制作の先駆者として我々より先を歩んでいる点を高く評価していますが、今後のアメリカでの音楽制作は3年後くらいにこれに追いついてサラウンド制作をやりたいと考えています。こうしたソフトが増えればサラウンドヘッドフォンも需要があると考えているからです。今日は日本の若いみなさんとこうしてお話できたことを大変感謝します。ナッシュビルに来る機会があれば是非ブラックバード スタジオにお寄り下さい。どうも有り難うございました。
沢口:今回は朝の通勤ラッシュなみの大入り満員で、17:00からの恒例wine partyはついにアメリカ式の立ち飲みになってしまいました。
日本の音楽制作がコスト至上主義主義になり良い音楽が少なくなり、結果リスナーの購買意欲も少なくなり、それがまた制作コストの圧縮になるという負の連鎖を断ち切るためにもジョージが考えている音楽のmagicが生まれるような環境とアーティストが必要だと改めて認識しました。
日頃の彼の哲学が十分参加者にも灯をともしたのではないかと思います。今回は初参加の皆さんも多く。また遠く広島からも参加してくれました。段々輪が広がるといいですね。(了)
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