June 10, 2015

第90回サラウンド寺子屋 ヘッドフォン再生での自然な定位を再現するHPLテクノロジー


             by Mick Sawaguchi サラウンド寺子屋塾主宰

テーマ:ヘッドフォン再生での自然な定位を再現するHPLテクノロジー
講師:久保 二朗    ( 株式会社アコースティックフィールド )
期日:2015430日(木)1500 - 1800
場所:シンタックスJAPAN 赤坂OFFICE 5F mEx-Lounge

 


沢口:90回のサラウンド寺子屋塾を始めたいと思います。
今回のテーマは、急速に市場を確立しつつあるハイレゾ.モバイルユーザーむけの自然な定位をヘッドフォンで実現するHPLコーディングです。これを開発したアコースティックフィールド代表の久保さんからその背景とコーディング技術の解説、そしてHPLデモ音源を用意していただきましたので、みなさんで体験していただきたいと思います。


今回は、初参加のみなさんが多いので、始めにサラウンド寺子屋塾とは何を目的に活動しているかを紹介します。
このサラウンド寺子屋塾は、名前のようにサラウンドの勉強をしたい、またサラウンド制作をやってみたいがきっかけが分からない、といったプロの方々のために2002年から開催している勉強会です。
毎回実際にサラウンド制作を行った方を講師に迎え、その制作の内容や実際、そして課題や成果などノウハウを全て開示してもらおうという趣旨で開催してきました。

海外では、プロがプロのために新しい動向やノウハウを勉強するという風土が当たり前のようにあります。しかしここ日本では、プロになった途端そうした勉強や知識を吸収する場が大変少なくなってしまいます。また自分が得たノウハウを他人に公開するという気風もなく、「俺が得た知識は俺だけの物。他人に仕事を取られては大変だし」といった狭い考え方も多く見られます。

例えば、海外ではAESといった組織のセミナーで最新制作技術がデモも含め公開されますし、グラミー賞受賞プロデューサーやエンジニアが受賞アルバムをどういったコンセプトで制作したかを、レコーディングからマスタリングまで解説するパネルもあります。同様に映画音響ではアカデミー受賞作品のMIXや音楽録音、サウンドデザイン、編集といった専門分野別で話し合う場がプロ向け、あるいは映画学校の学生に向けて公開されます。ヨーロッパも同様で、特にドイツはトーンマイスターの団体が、こうしたセミナーや発表会を企画し、多くのプロにノウハウを共有する機運があります。

彼らに共通しているのは、プロは毎日研鑽しなくてはならない。ルーティン・ワークだけやっているのはプロではない。という明確な意志と「One for ALL, ALL for One」というボランティア意識です。

私もこうした場に参加するにつれて日本でもプロが勉強する場の必要性を痛感し、「サラウンド寺子屋塾」を運営している次第です。勿論手弁当ボランタリーですので、講師の方々の費用もまた参加費も無料です。

では,早速。今回のテーマに沿って久保さんから解説していただきます。今回も会場と多数のヘッドフォンモニター機材を提供していただきましたシンタックスJAPANの皆様に感謝申し上げます。

久保:みなさん、こんにちは。アコースティックフィールドの久保です。
本日は、HPLというヘッドフォンリスナーに自然な音場を楽しんでもらうために開発したコーディング技術の開発背景と実際、またすでにリリースしているハイレゾ音源やLIVE音源なども再生して見たいと思います。


HPL音源は、201412月からUNAMASレーベルとRMEプレミアムレコード等からリリースしており、予想外の反響もリスナーからいただいています。そのきっかけは、私が2014年の春にFacebook にこのエンコードした音源のサンプルをいくつかアップした時、UNAMASレーベルの沢口さんからこれをハイレゾ音源で、しかもステレオだけでなくサラウンド.マスターでもコーディング可能か?という打診をただき、プログラムをそのように改良して、各地のヘッドフォン.イベントでマーケットリサーチしたところ、ヘッドフォンリスナーの方々からの反応が大変良く、是非このHPLで音楽ソフトを出して欲しいという声に押されて、12月にタイトルをリリースしたという経緯があります。


   HPLコーディング開発のきっかけ

私は、タイムロードという輸入代理店に在籍していた時にオーストラリアのLAKE社という空間音響コンボリューション処理技術に優れたメーカと付き合いがあり、空間音響のプログラミングを習得する機会がありました。またタイムロードは、ULTRASONEというヘッドフォンも扱っていましたが、48万円もするヘッドフォンが音楽リスナーに受け入れられるという現実を見て、では、制作側はこうした現実を意識しながら制作しているかという視点で見た所、必ずしもそうではなかったわけです。スピーカでMIXした音楽をヘッドフォンでもバランスチェックしてみるといった意識は、当時あまりありませんでしたし、数種類のヘッドフォンを用意してバランスチェックしてみるといった環境もありませんでした。
私は、スピーカで聴く音源の他にヘッドフォンで聴くための音源があってもいいのではないかとそのとき考えたわけです。近年音楽配信ビジネスが始まりましたので、音源として2CHステレオやサラウンドに加えてヘッドフォンリスニングに特化した音源を用意してもいいのではないかと思ったわけです。


世の中には、バイノーラル技術を使ったサラウンド.ヘッドフォンもすでに多くの製品が出ていますが、音楽を自然に再生できる製品は、私が検証した範囲では見当たりませんでした。これらに共通しているのは、音源はそのままで、エンコードをユーザー側の機材で行うという方法です。この問題点は、再生側のソフトウエアやハードウェアのDSPにおいて、ヘッドフォン再生に十分な処理能力を与えてもらえておらず、どうしても一定の妥協をしなければならない点にあります。リアルタイム処理ならなおさらです。


では、音楽制作側でスピーカ再生用とヘッドフォンリスニング用を別々に用意するかといえば、制作コストの面から難しくなってきます。
そこでスピーカ再生用にMIXした音源からヘッドフォンリスニングに最適化できるコーディングを行って、それを提供しようというのがHPLの考え方です。

   スピーカ再生音場とヘッドフォン再生音場の相違とは?
図で示すように通常スピーカモニターしながらMIXすると、イメージした音場はこのようになります。これをそのままヘッドフォンで聴くという事は、あたかも両耳のそばにスピーカを持っていったような配置で音楽を聞いていることになります。これはスピーカモニターでMIXした時の意図が正確にヘッドフォンに反映されていないことにほかなりません。HPLコーディングは、これをヘッドフォンでもスピーカ再生と同じ音場を再現しようという技術です。





   コーディングシステム

バイノーラルプロセスには、HRTF(頭部伝達関数)とERTF(環境伝達関数)という2つの関数があります。HRTFは無響室でのパラメータを、ERTFは私が考える理想室内音響のパラメータを反映しています。この2つの要素から最適なインパルス.レスポンスを作っていくのがHPLコーディングです。具体的には、図に示すような構成になっています。



キモになる部分は、16ch IN-16ch OUTSIRButterFlyというコンボリューションプラグイン(http://www.siraudiotools.com/Butterfly.phpで、これに音源制作用のDAWStudio Oneを使用)と最終的な音質調整用のリニアフェイズ.イコライザーというシンプルなフローです。
インパルスレスポンスは当初45種類のプリセットを作りましたが、最近はAB2つのプリセットでほぼ対応できるとこまで追い込みました。イコライザー部分は、音作りというよりもヘッドフォンで聞いた時に低域がオーバーな場合や、高域がきつ過ぎると言った場合の補正です。



   HPL2音源のデモ
ここからは皆さん、ヘッドフォンを装着して進行いたします。ご自分のヘッドフォンを持参された方はそれで、お持ちでない方はここにいくつか用意していますので、お好きなヘッドフォンで試聴してください。



まず2CHステレオ音源でオリジナル、そしてHPL2コーディングした音源を2曲再生しますので、音場の違いを確認できると思います。オリジナルの音場は、頭内定位というか、少し後ろ側にべったり張り付いた音場に聴こえたと思います。HPLコーディングでは、それが頭から離れて前方に自然な音場で聴く事が出来たのではないかと思います。

   既存バイノーラルヘッドフォンとHPLコーディング比較デモ
ここに某社のサラウンドヘッドフォンでコーディングした音源とHPLコーディングした音源を用意しましたので聴き比べてください。音源はサラウンドの定位を案内するナレーションで、その方向からの声を聞くことが出来ます。その声質と定位感を2つで比較していただきます。前者は、定位はよく再現していますが、音質は少し鼻つまりで不自然だったと思います。HPLでは、定位もまた声質も大変自然だったと思います。音楽のヘッドフォン再生では、この自然だという事が重要なのです。


   HPL5音源のデモ

HPL5コーディングは、マスター音源がサラウンドの場合に付加しているロゴになります。それでは、すでに配信している音源と今回は、POPS LIVEJAZZ LIVE音源を用いて映像を見ながらのリアルタイムコーディングを行ってみます。


サラウンドの制作をしても日本の家庭事情でなかなかスピーカを設置できない、といったユーザーにむけて、HPL5のコーディングは手軽にサラウンド音楽を楽しめるツールになるのではないかと思います。現在の仕様では16chまで可能ですが、今後CPUパワーが大きくなれば22.2chサラウンドもリアルタイムコーディング可能となります。


   今後にむけてHPL9音源のデモ
これはまだ実験の段階ですが、次にHPL9を聴いてください。
昨年あたりから映画や音楽BDソフトでハイトチャンネルを利用した3Dサラウンドが注目され始めました。映画では、いち早く劇場からAVアンプまで再生環境が整いつつあります。では音楽でのハイトチャンネルの可能性はどうでしょうか?
海外では音楽対応のBD-MUSICソフトも制作されデコーダもありますが、国内AVアンプメーカはそこまで対応していません。しかし、音楽でもハイトチャンネルを使った3Dサラウンドは、大きな可能性があると思っていますので、HPL9というコーディングも現在検討しています。ここでは昨年UNAMASレーベルでリリースしました「四季」が9CHを前提にしたマイキングを行っていますので、特別に9CH MIXの音源を提供してもらってHPL9を制作しましたのでお聴きください。
HPL5での四季はすでにリリースしていますので、ここでもHPL5HPL9を比較してみます。同じ音源ですが、私はHPL9の方がより音場の密度が向上したように聞こえました。


これは、入交さんから提供していただいた1万人の第九を再生します。

入交:これは、メイン7.0CH+ハイト4CHの計11CHMIXしていますが、今、聴いてみてオーケストラとソリスト、そして会場を囲む男女の合唱の位置関係がとても正確に再現できていると感じました。HPL11(仮)も期待できる方式だと思います。

   参加者持参音源のリアルタイムHPLコーディング試聴
最後に、参加者が持参した音源をリアルタイムでコーディングして試聴。




まとめ:


HPLは、ヘッドフォン再生でとても自然な音場が再生できることが実感できたのではないかと思います。参加の皆さんで原盤をお持ちの方々は、テストサンプル.コーディングを無料で行いますので、何曲かお送りください。

配信サイトの聴取ユーザー分布調査に寄りますと、現在モバイル.ヘッドフォンユーザーは全体の30%あるそうです。これは決して無視できない数にまで成長していますので、ヘッドフォンで自然な音場が再生できることは、大変重要なサービスだと考えています。 

沢口:久保さん、たくさんのデモ音源とヘッドフォンを用意いただき、どうもありがとうございました。参加者全員がヘッドフォンを装着してのサラウンド寺子屋塾は、今回初めてです! ヘッドフォンでも制作側が意図した音場を再現させたいという久保さんの熱い想いが、HPLという技術に結実したことは、すばらしいと改めて思いました。長時間ありがとうございました。(拍手)


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