By. Mick 沢口
テーマ:PART-01 CBCテレビ開局60周年記念番組
「伊勢神宮・命あふるる神々の森 ~五十鈴川を行く~」
4K・HDR映像収録、HD・5.1chサラウンド音声制作手法
制作ディレクターから見る番組の概要とコンセプト
講師:担当ディレクター 増田達彦氏 (有)中日本制作所
サラウンドデザインの手法
講師:斉藤 元氏 ・澤田弘基氏 (株)東海サウンド
サラウンド音楽録音の手法
講師:音楽録音担当 長江和哉氏 名古屋芸術大学 准教授
PART-02 スペシャル・トークセッション
10年を迎えた名古屋のサラウンド制作と今後をキーマンが語る
期日2018年8月28日(火曜日) 18:30 ~21:00
場 所 : 中京テレビ放送 MAスタジオ
安藤:みなさんこんにちは。CTV MID ENJINの安藤です。名古屋でのサラウンド勉強会も10年目を迎えました。きっかけとなったのは2006年にYAMAHAが名古屋でサラウンドセミナーを開催した時に講師で参加しました現塾長の沢口さんと出会い名古屋でも新しい表現を勉強しようと始まった会です。
今回は、シカゴ映像フェスティバル・ニューヨーク映像フェスティバル、国内ではJNNネットワーク協議会、徳島4K映像祭やJPPA-AWARDなどを受賞しましたドキュメンタリー制作の舞台裏を4人の講師の方々からお話を伺うことにしました。また特別セッションとして10年を迎えた名古屋のサラウンド制作を推進してきましたキーマンの方々によるトークセッションも企画しましたので最後までお楽しみください。
PART-01
安藤:最初にお話ししていただくのは、本作の総合プロデューサを担当しました(有)中日本制作所の増田達彦さんです。今回は、制作の立場からどう言った取り組みで制作されたのかを紹介していただきたいと思いお願いしました。
増田:皆さん初めまして。私からは2つの特徴について紹介したいと思います。
1 約1年半の制作を一貫して担当できた。
2 レポーターや案内役といった人は、登場せず伊勢神宮の神事と
1点目の一貫して担当できたという点では、通常局制作ですと局からプロデューサが出て各専門分野別にプロダクションが分担するという形が一般的で相互の情報共有といった連携はあまり行われません。今回は、撮影は私とアシスタントの2名、ドローン撮影を名古屋学芸大学の森さんに、4K編集はZaxxで音声は、東海サウンドというチームを最初に組んでコンセプトやスケジュールを共有しながら進めたことが大変良い結果を生んだと思います。
ロケーションは、毎週1−2日出かけて延べ76日間行いました。森の自然という環境ですので機動性を重視し、4Kカメラは民生機LUMIXのカメラにキャノン100mmマクロ、音声はいませんので現場音は、カメラ内蔵マイクで記録しました。虫や鳥など近接撮影が多かったので結果的には、ブームマイクよりしっかり音も捉えることができたと思います。4K編集は、2Kに比べて時間がかかり大変だという経験がありましたので一貫してZaxxにお願いしました。
またドローン撮影シーンがありますが、これは音響が専門の名古屋学芸大学の森先生にお願いしました。
森:音響でなくドローン撮影で参加しました。元々ドローンのプロペラ音を低減する研究目的で始めたのですが、撮影にも興味が出て今回イントロや五十鈴川のトラックショットそして貴重な内宮の森のワイドショットなどを撮影しました。イントロの鳥居からのショットや川のトラックショットでは、看板やツタヤ枝といった障害物に触れないようにドローンを飛ばすのに苦労しました。
内宮の森は神宮の広報の方がドローンで森を収録できる貴重な機会なので是非収録して欲しいという依頼を受け早朝に準備し太陽が昇り森に霞がかかる絶好のタイミングで撮影できたシーンです。
増田:森さんありがとうございました。
2点目の自然が、メインという点で、以前私の自主制作映画「田植唄」でサラウンド制作を担当していただきました東海サウンドに依頼し、サウンドデザインを斉藤さん、そしてFINAL MIXを澤田さんに、また2次利用も考えてスコアリング音楽もオリジナルでサラウンド制作するのが良いと考えこれは名古屋芸大の長江さんのチームにお願いしました。サウンドデザインの斉藤さんからは、放送の2ケ月前には、映像を仕上げて欲しいというリクエストが当初からあり、それに基づいて計画を立てました。フィールド録音は、斉藤さんが独自に3回ほど森の中で実施しています。
当初全体予算が決まっていない中でのスタートで私としても1年半をこれに専念するというリスクがありましたが、結果的には多少赤字が出た程度で完成でき、様々な賞もいただけたことが良かったと思っています。どうもありがとうございました。(拍手)
安藤:次に斉藤さんからサウンドデザインについて紹介していただきます。
斉藤:現在はBe Blueに所属しています斉藤です。東海サウンド時代は、澤田さんとコンビを組んでサラウンド制作を行ってきました。
テーマとなった伊勢神宮は、広大な森林を所有しており、移り変わる四季の模様と森に生息する小さくても命ある生き物達を1年間にわたって取り上げたドキュメンタリーです。
1制作のコンセプト:
• サラウンドによる現場の臨場感の再現
• 音楽制作も収録からサラウンドでのアプローチ
2ワークフロー:
2−1全体計画:
● 1年間の四季をタイミングよく捉えるための録音計画の設定
● 編集とタイミングを合わせた音楽制作ワークフローの策定
このために映像編集は、放送2ヶ月前には、完成させてそれを基に作曲を開始
● 事前計画に沿った担当の確定
フィールド録音、サウンドデザイン:斉藤元
サラウンド音楽制作:原田裕貴(作曲)長江和哉(録音・MIX)
Final Mix: 澤田弘基
伊勢神宮神事:CBC撮影チーム
● 事前計画に沿った各担当のワークフロー策定とチームプレー
2−2フィールド録音(Field Recording)
フィールド録音機材は、サラウンドアンビエンスを4CHで、スポット音源は、ガンマイクとしコンパクトな機材です。
これは現地での録音が、時間、コスト、環境等の制約が多く、
短い期間でも多くの場所でバリエーションのある音を収録出来る様に機動性を重視しました。広大な森林内は、手つかずの自然なので虫やヒル、マムシからの事故対策と遠方の飛行機等の交通音のタイミングを見ながら録音しました。森の中は、携帯も通じませんので、安全対策で2マンチームでの行動を原則としました。
フィールド録音を成功させるには、
● 作品に必要な音が何かを把握し、重点的に録音する計画を事前に立てる
● 距離感や響きに注意して録音場所やマイキングを決める
● ライブラリー音と融合する素材を録音し限られた時間を有効活用
3編集(Sound Edit)
現場の臨場感を再現する為に、細分化された音素材のレイヤーを重ねて、L,C,R,Ls,Rsの5CHのステムで作成し、ジャンル別(川、森林の空気音、葉の擦れる音等)で色わけしています。
ジャンル別にまとめる事により、細かい調整を自在にコントロール出来、
映像、演出に合わせ現場以上の臨場感を表現する事が可能になります。
その為には、素材整理(ライブラリー化)を事前に丁寧に行っておく事で、音素材を探したり、編集する時間を圧倒的に短縮し、最も重要なクリエイティブな作業(演出)に多くのエネルギーを投入する事ができます。
4Pre Mix
私は、Pre Mixが作品の音響面での精度を最も大きく左右する作業のひとつだと思っております。この行程では、まず、一つ一つの音に対して定位、音量、響き等の処理を、映像、演出に合わせて調整します。
そして、膨大な音素材のトラックのままではFinalMix時に管理しきれないので、カテゴリー別でトラックをまとめシェイプアップをする必要があります。
Fild Recordingで収録した時からの全ての素材音を、ライブラリー化、SoundEditで整理され、PreMixでさらにカテゴリー別のシェイプアップをする事によって、すべての音が管理しやすく、高い精度が保たれるFinalMixを目指します。そのためにはSound Edit時の緻密かつ分かりやすい作業がPre Mixの精度、作業効率の上昇に大きく影響します。
最終行程であるFinalMixの成功の80%はPreMixの精度に掛かっています。
5Final Mix
Final Mixは、澤田さんが担当しました。Mix時のポイントは、
● SoundEdit時にそれぞれの音によるマスキングに気を付け、素材ごとの帯域、定位を整理しているので、FinalMix時には音量を適切に調整します。
● 視聴環境に合わせたミックスを行う。
今回はTV放映なので、ラウドネス(サラウンド、ダウンミックス)に注
意しました。
● 一番大事なNAに合わせそれ以外を演出にあわせて調整します。
澤田:Pre-Mixが明確なコンセプトで用意されているとFinal MIXは、ほんの微調整だけで済みます。いかに入念なPre-MIXが必要かが実感出来る例だと思います。
マスキングを避けた使用例として以下の水中シーンの構成例を紹介します。
帯域の相違による例
● NA,音楽、効果音全ての音が全て聞こえる必要があるので、帯域が被らないような、音楽アレンジ、楽器の選定、奏法、SEのイコライジング等の処理を行っている例です。
安藤:どうもありがとうございました。次に音楽のサラウンド制作について長江先生からお願いします。
長江:私から本作のサラウンド音楽制作フローを紹介します。まず編集がロックした映像を見ながら必要な音楽とそのイメージをディレクターの皆さんと作曲を担当した原田裕貴氏が共有し、原田氏によりMIDI音源を用いた音楽のデモが制作されました。その後、それを基に生楽器であった方がふさわしい楽器を検討し、チェロ、尺八、篠笛、ソプラノ、クラシックギターといったメロディ楽器とピアノの録音を、クラシック音楽に特化した響きが得られる愛知県碧南市にある、碧南エメラルドホールで行いました。
1 制作コンセプト
● 空間や響きが重要と判断したのでホールで録音
● ナチュラルさを重視しマイキングやメインマイクとスポットマイクのタイムアライメントを実施
● スポットマイクはモノーラルでなくステレオペアとした。
(モノマイクに入ったアンビエンスはふさわしい響きにならないため)
● ステージに設置したマイクプリからMADI伝送でDAWまでを伝送
2 録音機材
ホールで使用した機材の構成とホールでの楽器別マイキングを紹介します。
音楽パートのサラウンドMIXステムは以下のようになっています。
PART-01スペシャルトークセッション「名古屋のサラウンド制作現場と今後」
PART-02は、斉藤が司会進行を務めさせていただきます。名古屋でのサラウンド制作が10年という節目を迎えましたので、これを機会にこれまでを振り返りながら、今後の取り組みについてみなさんを交えてトークセッションを企画しました。パネラーの皆さんは東海サウンドでサラウンドMIXの実績を積み重ねてきました私の先輩にあたる澤田さん、CTV でサラウンド制作に取り組んでこられ、新会館内の音声設備更新も担当しましたCTV MID ENJINの日比野さん、そして名古屋芸術大学の長江先生です。(拍手)
まず澤田さんから現在までの取り組みと今後についての考えを紹介してください。
澤田:なんでも同じだと思いますが、最初は、どうやっていいのかとか何が必要なのか?など先輩もいませんので全くの白紙でした。でも私自身は、ステレオの音響では物足りないと感じていましたし、映画などの5.1CH作品を視聴するととても自然で大きな表現の可能性があると感じていました。
社内でも「そんな音をやっても名古屋でビジネスになるのか?」と言った疑問の声もありましたが、ポスプロの仕事が早く終わった時などの時間を見つけて自分なりに5.1CH MIXを作ってみてこれをクライアントの皆さんへ聞いてもらいながら、予算を無視して5.1CH 制作を行ってきました。そうした積み重ねが10年ともなりますと、当初は、年間で1本もなかったサラウンド制作依頼がだんだん増え最近は、年間で3−4本ベースとなりシネマ作品も担当するようになりました。昨年で大きく飛躍出来たと言える仕事は、名古屋に設置されたLEGO LANDアトラクションのサウンドデザインを最大で15.1CHで制作できたことです。私は、こうした海外のメーカーは、海外の専門スタジオが担当するものと思っていましたので大変良い機会でした。これも今後継続して担当することになっていますので名古屋のチームが全力で取り組んでいきたいと思います。
最近は、Dolby Atmos音響を聞いて、平面のみならず没入感のある立体音響に大いに刺激されましたので、東海サウンドのポスプロの更新にあたり思い切って7.1CH+4CHのImmersive Surround制作環境を構築することにしました。これは2018年11月頃には完成予定ですのでその時は、是非みなさんで見学会を企画したいと思っています。名古屋で7.1CH+4CHをどうするのか?という声も聞こえてきますが、10年前に始めた5.1CHサラウンドの時と同様にまず行動すれば新たな機会もできると信じて取り組んでいます。
斉藤:ありがとうございました。ではCTV MID ENJINの日比野さん、いかがでしょう。
日比野:私もこの会に参加して良い刺激を受けましたし他の局の参加の皆さんの持つ知識やノウハウを共有できたのが良かったと思います。メーテレ(名古屋テレビ)がいち早くサラウンド放送を行っていましたので私は、それに負けないサラウンドをなんとか中京テレビでも作りたいという気持ちで取り組んできました。ただ反省点は、一人で独走してしまうもので若手がとてもあれにはついていけないと敬遠する状況を作ったことです。(笑)
広いキャンパスをどう使えばいいのか日々悩みですし、良い音楽サラウンドソフトなどを再生するとますます焦る毎日になっています。
今後は、今映像チームがテストしている360度カメラに適応した360度MIXに取り組んでいきたいと思います。家庭で危うくカミさんにリアスピーカが邪魔だと言って捨てられかけましたので、周囲の理解活動も重要です。
斉藤:では長江先生いかがでしょうか。
長江:私もサラウンドの勉強を始めてから逆に2CHステレオ録音を新たな視点で見ることができるようになったのが良かったと思います。現在世界中で使っているツールは、ほとんど同じ状況ですのでそれを使って如何に魅力あるコンテンツを名古屋から作り出せるのか?がキーポイントだと思います。
名古屋芸大のMIXルームもこれまでの5.1CHモニター環境から5.1CH+4CHハイトを追加しました。学生とホール録音実習でも色々なハイトマイキングをテストし、それをMIXルームで検証することを始めました。これからの人には、新たな表現ツールとして有益だと思っています。
斉藤:名古屋の強みと課題はなんだと思いますか?
日比野:私は良い意味でゆとりがある仕事ができているのが強みだと思います。東京などはプロダクションも含めて専門集団の縦割り構造でスケジュールもタイトな中で日々仕事をしているので中々「次のSTEP」に取り組みゆとりがないのではないかと思います。名古屋人は、自我が強いのでそれがプラス方向に出るようにすれば良い結果が生まれると思います。
澤田:一人で始めから最終仕上げまでを担当できるワークフローが名古屋では一般的です。これはそれぞれの専門家がいないということも原因ですが、逆にこのことでロケーション収録や効果音制作、PRE-MIXやFINAL MIXでは何が必要かを習得できますのでトータルの作品の方向性が絞れると思います。また大学も含めて横のネットワークがライバル意識だけでなくお互いのメリットを補完しあう共同作業もフランクにできるのがいいと思っています。
斉藤:私も8月のAESコンファレンスに参加して感じましたが、CREATIVE WORKとそれを実現するためのSCIENCEの融合が課題だと思いました。サウンド制作に関わる全てのスタッフがお互いにストリーテラーとなるにはどう言ったコンセプトでどのようなサウンドを作っていけばいいのかを考え実行するということです。本作のサウンドデザインを担当してみてそのことを大変強く感じました。
安藤:沢口塾長は今回が名古屋芸大での最後のワークショップとなりました、これまで「名古屋・音やの会」の我々を応援していただきありがとうございます。塾長からも今後の名古屋に向けて応援メッセージをお願いします。
沢口:PAERT-02は、名古屋のこれまでと今後に向けて大変有益なトークセッションでした。ではこの機会に幾つかコメントしたいと思います。
◉ 是非自主勉強会を継続してください。これまでは安藤、澤田、長江、夏原さんを中心にテーマ設定や運営を行ってきましたが、次世代の若手も交えて運営していただければ継続性も高まると思います。
◉ 名古屋の優位性は東京や大阪に比べてキーマンとなる方々がそれぞれの分野で実績を積み重ねてきたというのが最大の強みです。このことは参加の皆さんも大いに誇りにしていただきたいと思います。
◉ 名古屋というローカル仲良しクラブで終わることなく次に目指していただきたいのはアジアのコンテンツのハブになるんだという気概だと思います。最近は中国、韓国のコンテンツに限らずベトナムやタイ、インドのコンテンツが世界でも注目されそれを制作しているスタジオやスタッフ、スター、監督も注目されています。その始めの一歩は、やはり語学力ですので若手の皆さんは英語の勉強を仕事として身につける学習を是非行ってください。