October 1, 2021

11.1ch Immersive recording at やまびこHALL 八ヶ岳

八ヶ岳 やまびこホールにおけるImmersiveレコーディング

Air-Mei 制作レポート

                       Mick Sawaguchi  沢口音楽工房


 

はじめに



Immersive Audio Musicを真摯に制作してきたシンタックスJapanのPremium RecordsがPicnic Recordsと合同で2021春に新作Air-Meiというアルバムを制作しエンジニアとして参画したので技術面を紹介します。

                 

Vocal  Mei Piano 中村朱里 Violin Moe

作詞・作曲 坂牧恵

編曲 中村朱里

 

アルバムは、2CHでの配信とMQA-CD 11.1CH MIXやバイノーラルHPL 2CHなど多岐に渡りますが、ここでは主に11.1 CHでのレコーディングとMIXについて紹介します。Premium Recordsが2017 年10月にレコーディングした12作目のアルバムが今回の編成やコンセプトと似ていますので両者を比較しながらImmersive Audioへのアプローチを紹介します。


1目的

今回は、アルバム制作以外にいくつかの目的がありましたので以下に紹介します。

1-1 シンガー・ソングライターとして都内LIVE活動をおこなっているMeiさんのオリジナル楽曲10曲をVo-Apf-Vnの編成でレコーディング。

1-2 シンタックスJapanが扱っているMADI ・AVBといった伝送規格によるマイクプリ新製品でどのような音質の違いがあるのか検証し、合わせてその結果をデータとしてユーザーにHPで提供。

1-3 やまびこホールでのImmersive Audio録音に適したハイト・マイキングを検証するスタートとする。

1-4 従来の2CHモニタールームに加えて11.1CH モニタールームも併設し関係者がImmersive Audioを現場で体験する。

2レコーディングの実際

レコーディングは2021年4月13日−15日で北杜市のやまびこホールで行われました。このホールは、FIG-03でみるように木組み構造のホールでとても柔らかい響きをしています。ここで以前Premium Recordsが入交氏によって録音された音源を聞いたときにとても弦楽器や生音に合う響きだという印象がありました。筆者には、初のホールですので、現場に入ってから最初にピアノの位置を決め、それに合わせてVnとVoの立ち位置を検討しました。3人がお互いに呼吸を合わせて目線も合わせられるように3角形の配置という2017年と同様の配置となりました!

         

FIG-04にはレコーディング系統図を示します。3機種のマイクプリアンプを音質検証するためメイン楽器は、3系統に分配してそれぞれ3台のDAWに192kHz−24bitで録音されました。


FIG-05は2CHモニタールームを紹介します。Genelec同軸モニターは、2019年のフィンランド・シベリウスHALLでのレコーディングで初使用しましたが自動キャリブレーションGML Ver4.0で76dB/CHに設定、アコースティック楽器のモニターに最適です。



FIG-06には11.1CHモニタールームを示します。

 マイキングは以下のようです。規格の異なる3種類のマイクプリに信号分配するのでセッティングの時間を考慮してシンプルな構成としました。演奏の皆さんには、ホールでの空間を感じながら演奏をして欲しいのでモニターは、ヘッドフォンを使わずVOにFB専用のOC-818を独立設置して小型MIXER経由でFB-SP設置でモニターとしました。

 


FIG-07/ 08に今回のマイクプリ設置を示します。


 

Voは、Vanguard V-13 TUBE

Apfは、Austrian Audio OC-818-L-C-R

Vnは、Sontronics Appolo X-Yステレオ リボン

SL-SRは、Sanken CO-100KX2

ハイト用4CHは、Sanken CUW-18- XYX2

FIG-09-14参照







3 Immersive mixと最終マスター

前回のPremium RecordsのレコーディングPROJECTは、2017年10月5−6日で三鷹芸術文化会館「風のホール」にてVOX-Apf-Vcという編成でしたのでその時のアプローチと比較しながら今回のMIXについて述べます。FIG-15 にJKをまたこの時のImmersive Audio MixのデザインをFIG-16に示します。

          

このデザインでは、Apfを実音としてフロントとリアに配置し、SL-SRには、Sanken CO-100K としています。またハイトCHに実音を入れたかったのでVoにパラ設置したUM-900をハイトのFL-FRへ、Voのリバーブは、ハイトの4CHとしています。Vcは、この時モノーラル録音を前提にしていましたのでフロント定位になっています。


***余談になりますが、サラウンド対応のリバーブを192-24で使用した経験がある方々の悩みは、Immersive Audioとして8CHくらいのリバーブをVST3プラグインなどでインサーとするとそれだけでDAWのCPU 負荷が70%くらいになり再生だけなら問題ないのですがMIX DOWNにすると途中でノイズやフリーズする経験があるかと思います。そのため2CHリバーブの複数組み合わせや外部ハードウエアー・リバーブに負荷を切り分けするなど苦労します。

筆者は、妥協の産物として4CHモードでベースCHとハイトCHに切り分けてCPU負荷を50%程度に抑えてMIX DOWNでもフリーズを何とか防止していますが***

 

FIG-17 18にホールとボーカルマイキングを示します。FIG-19 20にはその時の録音系統図を示します。

 



 




FIG-21には今回のサウンド・デザインを示します。

 

マイキングとそれぞれの定位は、ほぼ1:1の関係になりますので、Pyramix DAW上で11.1CH MIX PROJECTを作ると各トラックを3Dパンナーで振り分ければ後は、微調整くらいです。今回は、Vnをステレオ・リボンマイクで録音しましたのでLs-Rsに配置しました。FIG-22からFIG-24までにMIX画面を紹介します。1:1なのでとてもシンプルなことがおわかりになると思います。








 

マスターprojectの表示を紹介します。トラック・アサインは、ワールド・スタンダードアサインで上から順番に

L-R-C-LFE-SL-SR-Ls-Rs-Top FL-TopFR-Top rl-Top rrの12CHです。

4 Dolby Atmos配信用やSONY 360RAレンダーデータの作成

Projectを48-24ファイルに変換

ProjectファイルをDolby Atmos レダラーに接続してレンダリングし.ATMOSなど3つのファイルができますのでそれをまずADM-BWAVファイル形式にエキスポートします。最終的には、これをさらに配信用の軽い形式である.mp4というファイルを作ります。

360RAでは、同様に48-24ファイルからArchitectと呼ぶレンダラーでファイルを作成し、さらにこれをエンコーダーでエンコードして配信用の.mp4フォーマットにします。扱えるCH数は、10-24CHまでの3Dオーディオになります。

これ以外にもAuro3Dや最大64CHまでを扱えるHOA- Ambisonicsなど各種ありそれぞれで運用の上でのメリット・デメリットや扱えるOSの相違もありますので市場とユーザーの動向、さらに5Gをターゲットにしたストリーミング・プラットフォームの動向などを調査分析して次の一手を準備するのが日本の文化ガラパゴスを回避する方法だと思います。

終わりに

2014年来11.1CHでのアルバムをUNAMAS Labelで制作してきた筆者にとって2021年にApple MusicやSONY 360 RAが新たに加わり、国内でも制作してみようかという動きが出てきたことを歓迎したいと思います。個人的には、過去のマルチトラック音源Re-Mixや2CHマスターをプラグイン頼みでアップMIXしたような音楽に3D MUSICと言った看板をつけてリリースして欲しくないと切望しています。

第84回アカデミー音響賞「HUGO」のデザイン分析


                    Mick Sawaguchi

               UNAMAS-Label・サラウンド寺子屋塾主宰


はじめに

本作は、2012年第84回アカデミー賞で音響賞・BEST MIXも受賞した2011年の名作です。1900年代初頭に意欲的なフィルム制作を行ったフランスの映画制作者Georges Méliès(1861-1938)へのオマージュと映画表現の可能性を謳ったマーティン.スコセッシ監督の「HUGO」のサウンドデザインを取り上げます。

我々の年代にとって監督のM.スコセッシは、1973年「Mean Street」1976年「TAXI DRIVER」1980年「RAISING BULL」等イタリア移民とギャングをテーマにした名作が印象的です。

撮影スタジオは、イギリスがメインで、ロケーションはパリというヨーロッパのテーストは、ハリウッドとはひと味違う深みを見せているところを、サウンド・デザイン面から分析してみたいと思います。

 


1 スタッフ

監督:Martin Scorsese

Production Mixer: John Midgley

MIX: Tom Fleishman

Sound Editor: Philip Stockton/Eugene Gearty

Sound Desgin: Eugene Gearty

Foley Artist: Marko Costanzo

Music Compose: Howard Shore

Music Rec/MIX: Simon Rhodes at Abby Road Studio

Sound Postproduction: Soundtracks F/T. C5 INC N.Y

ポストプロダクションを行ったSOUNDTRACKスタジオは、ボストンとN.Yにスタジオがあり、本作のMIXは、N.Yです。サイトからスタジオの風景を紹介します。N.Yの南側に位置する128W 22nd stにあるポストプロダクションで音楽録音も可能。Dubbing Stageは、ユーフォニックスS-5で写真を見るとスクリーンは、200インチくらいです。他に我々が知っている映画では、アビエーターやKings SpeechがMIXされています。(http://soundtracksgroup.com)


 

2 ストーリーと主要登場人物

第一次世界大戦が終わった1930年代のフランス、パリ駅が主要舞台です。今は、ひっそりとおもちゃ修理で生計を立てている、かつての天才映画制作者パパ.ジョルジュとその妻、養女のイサベラ一家。駅の時計台の中で暮らす主人公のヒューゴといった人々が駅を中心に暮らしています。今は、身寄りの無いヒューゴは、父が復元させようとした機械人形(トマトン)を父が遺したノートをたよりに復元するのが、生き甲斐でした。そのための部品は、パパ.ジョルジュの目を盗んで店から補充していました。ある日その現場をパパ.ジョルジュに押さえられ、上着の中にある持ち物を全て取り上げられてしまいます。その中には、大切なトマトンを復元させるために父が書いたノートも含まれています。このノートをぱらぱらとめくったパパ.ジョルジュは、その形を見てハッとします。それは、かつて自ら機械人形として作りあげ、この世に残しておくために博物館へ寄付した機械人形だったからです。

パパ.ジョルジュは、両親と死別した身寄りの無い少女イサベラを養女としてかわいがっていますが、決して映画だけは、見せないという主義でした。

ヒューゴとイサベラは、同じような境遇から意気投合しイサベラと映画館へ侵入して初めての映画を鑑賞します。その帰り駅構内でイサベラが踏み倒されようとしますが、ヒューゴは、イサベラがハート形のキーペンダントをしているのを見つけます。機械人形の復元の最後のパーツが、このハート形のキーだったのです。2人は、ヒューゴの屋根裏部屋で、機械人形に命を吹き込み、トマトンが、静かに描き始めた紙には、なんと1902映画の傑作といわれる「月世界旅行」のタイトルとGeorges Mélièsの署名が描かれたのです。

    



パパ.ジョルジュの家にいきその絵の謎とパパ.ジョルジュの関係を知った2人は、古本屋の主人から教えてもらった映画アカデミーの図書館で当時の資料を探します。それは、ルネ.タバーンが書いた「夢の発明」という本でGeorges Mélièsと今のパパ.ジョルジュがむすびつきました。そこへ背後から突然声がかかります。Georges Mélièsを尊敬して止まない本の著者です。彼が生きている事を2人から聞いたルネは、この偉大な映画制作者を再び評価すべく努力します。多くの人々の再評価とアカデミー会員としてのパパ.ジョルジュの復活は、人生の希望と夢を持ち続けることの大切さを人々へ投げかけてハッピーエンドとなる2時間6分という大作です。

 3 作品の構成 起承転結とは?

オープニング 13’10”

GK FILMという制作ロゴからストーリーの主要なサウンドとなるパリ中央駅の時計のセコンド音、列車の汽笛が360度で展開します。パリの町の大ロングショットから、カメラは、どんどんズームインして駅中をトラッキングすると大時計へフォーカス。駅の中にどんな人々が生計を立てているかをカフェ、花屋、新聞スタンド、古本屋、義足の公安と相棒の犬、そしておもちゃ修理屋と養女イサベラを紹介し、主人公のヒューゴと彼がどこに暮らしているかをここで全て紹介します。13分のイントロの後にタイトル「HUGO」がクレジットされ、いよいよストーリーが始まるというながれです。ここでほほ全ての登場人物が背景を含めて紹介されていますので次からの展開を理解し易い構成です。

起 41’20”

通常に比べて起パートが、長い構成です。

第一次世界大戦で映画人生を奪われ、今は妻と養女のイザベルと慎ましく世捨て人のように暮らす彼には、映画とその時代にまつわる思い出は、タブーなのです。一方駅の屋根裏で駅の時計を調整しながら孤独に暮らすヒューゴの生い立ちと彼がなぜこの機械人形を復元しようとしているかの背景、同じくパパ.ジョルジュの養女になっているヒューゴと読書好きだが一度も映画は、見せてもらっていない同世代の娘イザベルの背景が語られます。この部分で、機械人形トマトンを完全復元するのにあとひとつ大事なパーツとしてハート形のキーが必要な事、イザベルとヒューゴが同じ境遇下で友達になることが理解できます。

●承 77’00”

映画館へ忍び込んで初めて見た映画に興奮するイザベルと追い出された2人は、セーヌ川岸で映画の話をします。「パパは絶対映画はみせないの。」そして後の伏線となる1902年制作の「月世界旅行」の話がさりげなく出ます。駅に戻った2人は、孤児狩りをしている義足の公安警察ギュスターフに追求され逃げ惑います。その時にイザベルが首からかけているハート形のキーを発見した二人は、ヒューゴの暮らす時計台の屋根裏部屋にある機械人形を復元しようとします。機械人形が紙に描いた絵は、セーヌ川岸で話していた「月世界旅行」の有名なシーンと「ジュルジュ.メリエス」の署名でした。パパの名前だと気づいたイザベルは、2人で絵を持って家にいき確認しようとします。パパ.ジョルジュが帰宅し2人は、別の部屋へ隠れます。そこにある古いタンスの上から小箱をみつけ、奪われたノートが入っていないか確かめようと下ろそうとした弾みに台にしていた椅子が壊れ、小箱の中身が部屋中に散乱。その中には、パパ.ジョルジュが映画製作していた時の思い出がたくさん残してありました。「私は、何者か?なんの目的があって今を生きているのか?」自問するパパ.ジョルジュ。

不幸せな背景を持つ2人は、パパ.ジョルジュを機械人形のように復元しようと決意します。パリ映画アカデミーの資料室でさがした一冊の本「夢の発明」その中でパパ.ジュルジュはかつての天才映画制作者ジョルジュ.メリエスとして紹介されていました。そして興奮する2人の背後に現れたのは、この著者でジュルジュ.メリウスの功績を高く評価しているルネ.タバール教授でした。彼の研究室で現存している1巻のフィルムを2人に見せ「It is a Master Peace」という台詞を残します。

転 113’00”

屋根裏部屋に戻った2人は、復元した機械人形を前に「どんなものにも不必要なものはない。パパ.ジョルジュの人生もそうしてあげよう」とヒューゴは、ルネ教授とパパ.ジョルジュの家を訪問します。体調が良くないので寝込んでいるので帰って欲しいと訪問を拒絶する妻に「あなたは、今も変わらぬ美しさです。ここにあの当時のフィルムと映写機を持参しましたのでご覧ください」とルネ教授が説得します。居間で上映会が始まるとやがてパパ.ジョルジュが現れます。「映写機の音は、寝ていてもわかるよ」そしてもうこの世には、いないと考えていたジュルジュ.メリウスとルネ教授は、奇跡の再会を果たします。

結 120’00”

会場は、フランス映画アカデミーの劇場です。ルネ教授が、会場の人々に「ジュルジュ.メリエスの波乱にみちた足跡と功績、そして今再び名誉あるアカデミー会員としてみなさんに紹介します」という言葉でこれまでの失意に満ちた人生から再び生きる目的を見いだしたジュルジュ.メリエスが登場します。[Come and Dream with Me]その言葉は、彼の偉大な映画製作にかけた歴史を表しています。我が家に戻ったみんなは、駅中の人々とお祝いの夕食です。パパ.ジュルジュの人生が無事復活したのです。そしてヒューゴもイザベルも一人ではないことを感じていました。

エンドロール 120’06”

屋根裏部屋で薄明かりの中に浮かび上がる機械人形のアップからエンドロールとなります。

4 特徴的なデザイン分析

4−1 プレオープニング

GK FILMというロゴの後、サラウンドで汽笛と駅のアンビエンスが登場、続いて360度サラウンドで時計のセコンドが登場します。時計のセコンドは、後で分かりますが、パリ中央駅にある大時計のセコンドですので、とても存在感のあるサウンドです。針を中心にした時計メカのCGにOLして全く同じ構造で針部分がパリの凱旋門となり、そこから360度放射上に延びるパリの夜景に転換するアイディアは、映像モンタージュとしても秀逸です。パンニングし冬のパリ中央駅からカメラは、クレーンダウンし、駅中央の大時計まで移動していきますが、ここは、全編スコアリング音楽が中心で駅の人々のシーンでは、パリの雰囲気をアコーディオンがメロディのスコアリングへ自然に転換します。

主人公ヒューゴの目線で駅中の人々が紹介されますが、公安警察官ギュスターフのカットでは、相棒のドーベルマン犬が、彼が第一次大戦で失った左足の義足金具をなめるFOLEYが強調され、彼の人物像を印象つけます。やがておもちゃ屋のシーンとなり、主人であるパパ.ジョルジュが居眠りを始めたのを見計らいヒューゴは、おもちゃの部品を盗みに店へ忍んできます。お目当ての机の上においたネズミのおもちゃに手を出したとたんパパ.ジョルジュの手がヒューゴをつかみます。このFOLEY音にシンクロして紹介音楽は、カットアウトします。

捕まえた後の2人のシーンは、台詞メインですが、駅構内という環境を強調しサラウンドの響きが、大胆に付加されていますし、Foley音も大胆にサラウンドの響きが使われています。本作は、95%以上が駅構内でのストーリーで構成されているのが特徴で、様々な空間表現が使われているのも参考になると思います。

ヒューゴのポケットから古びたノートが出てきます。パーツのゼンマイを取り上げるFoleyやノートをめくるFoley音は、密やかなレベルですが、とても品質の良い音です。音楽は、ヒューゴがポケットからノートを取り出すアクションをきっかけに始まり、ノートに描かれた人形の顔のアップでカットアウト、そしてパパ.ジョルジュが「亡霊だ…」とつぶやく台詞が印象つけられます。

ノートを机にドーンと置くと隣のおもちゃがガタンと音を発し、それをきっかけに音楽が始まります。「出て行けコソ泥!出て行け」と興奮したパパ.ジョルジュの声は、駅構内のPAスピーカからも大きくサラウンドで反響します。これをきいた公安ギュスターフは、事件だと相棒のドーベルマンとヒューゴを追跡、音楽はチェースシーンにふさわしいテンポに変化します。駅構内をチェースし様々な騒動がおきる流れは、S.スピルバーグがインディー・ジョーンズ シリーズの冒頭に使う一連のチェースシーンを彷彿させますが、効果音や音楽は、アメリカンサウンドとは、異なりインパクトは、強調せず、またスコアリング音楽のカットにタイミングを合わせたキューポイントも見られません。汽笛の音をきっかけにチェースシーンは、転換しヒューゴは、無事大時計のある屋根裏部屋へ戻ります。ここでは、ヒューゴの日常である大時計2つの調整、点検のようすを様々なクロック音とメカニカル音、モーター音などを駆使してサラウンド空間を形成しています。サウンド・デザインを担当したEugene Geartyは、N.Yやパリなどで昔の機械式時計の録音にかなりの時間をかけたと語っています。確かの現在は、ほとんどクオーツ時計ですのでこうした地味な素材録音が作品の質に貢献しています。


ヒューゴが、時計台の窓から眺める駅中の光景には、駅のカフェの雰囲気を出したバンド構成のスコアリングが使われています。オーケストラ構成のスコアリングとバンド構成のスコアリングという2つの対比でシーンの意味を使い分けている例です。ここで、HUGOというタイトルが登場し、プレオープニングが終わります。ここまでで13’10”とやや長いアバンタイトルです。

4−2 起 

夕方おもちゃ屋が扉を閉めるFOLEYからこのシーンが始まります。ノートを返して欲しいヒューゴが店の前に立ち、無視するパパ.ジョルジュの帰宅シーンへ同行します。駅から広場〜路地〜墓場〜家までの移動は、典型的なトラッキング音楽でフォローしています。ドアの閉める音で一度音楽は、止みますが2階にいる養女イザベルの気付きとともに音楽が再開します。ここでは、同じ年代で同じような境遇の2人の出会いを印象つける音楽です。

効果音は、町のアンビエンスがサラウンドで定位し、家の近くでは、道路から吹き上がる蒸気が流れ冬の夜の雰囲気をサポートしています。

屋根裏でマッチに火をともすとそこには、父との唯一の思い出であるゼンマイ仕掛けの人形トマトンが浮かび上がります。音楽は、転換しヒューゴと父との楽しかった昔の回想シーンとなります。時計職人で博物館のゼンマイ機械の修理もしている父は、博物館で眠っていたゼンマイ仕掛け人形トマトンを譲り受け、なんとか修復しようとパーツを作りヒューゴもそれを手伝っている幸せな日常が思い出されています。ここでは時計工房内で様々なメカ音やセコンドが配置されていますが、バランスとしては、リア側を強調したバランスです。

ある夜博物館で修理をしていた父の背後で不気味なドア音と炎が燃え盛る音がします。不審に思ってドアをあけると猛烈な炎がフロントからリアへフライオーバーし、父の死が印象つけられます。音楽は、この炎のワイプアウトにシンクロして終わり、時計工房のドアの開き音でアル中のおじムッシュ クロードが登場し孤児となったヒューゴを時計台へと連れて行きます。ヒューゴは、唯一残った父の形見としてトマトンを持って新たな生活を始めます。孤児となったヒューゴには、復元のためのメモを書いたノートがヒューゴの唯一の生きる支えなのです。

翌朝再びヒューゴは、大切なノートを取り返すべくおもちゃ屋へ行きます。パパ.ジョルジュは、彼の手にハンカチを渡します。それを開くと灰になったノートが手から舞落ちていきます。この効果音は、360度サラウンドでサラサラと舞う灰の音に飛翔する音楽という構成で表現しています。途方に暮れるヒューゴの前に養女イザベルが登場します。実は、灰は、パパ.ジョルジュのトリックでノートは、家のどこかに保管してあることを告げようとしたイザベルは、駅構内にある懇意にしている古本屋ムッシュ.ラビスの店に案内します。店内の台詞は、本作ではめずらしい大変ドライな台詞で駅構内の空間との対比を出しています。

壊したネズミを直したヒューゴは、「コソ泥した分をここで働いて返せば、ノートは返してやろう。」ということばで働き始めます。駅構内では、カフェでダンス音楽が演奏されています。屋根裏へ戻ったヒューゴが、トマトンに最後のパーツを作って取り付けるシーンと駅構内がカットバックで構成されていますが、ここの音楽の扱いは、駅構内では、リアルなバンド演奏風に、屋根裏部屋では、リアのOFFで聞こえるという切り返しをしています。

また、トマトンのメカ音は、大変すばらしい音質で様々なゼンマイやメカ音で構成されており、大時計の大規模なメカ音と対称的でありながら、どちらもすばらしいFoleyです。完全に復元するには、最後のパーツである「ハート型のキー」が必要なことがここで印象つけられます。

翌日古本屋で2人は本の話や映画の話、お互いの境遇などを語っていますが、イザベルが映画をみたことがないという話から映画館への冒険が2人で始まります。

4−3 承 

映画館のただ見が見つかり追放された2人は、パリの夕方の町からセーヌ川岸まで歩きながらヒューゴがよく見た映画のことを話し、イザベルは、パパ.ジョルジュが映画だけは絶対見せない…と2人は、だんだん仲良しになります。この背景には遠くの教会の鐘、町のアンビエンスがさりげなく流れ、屋外シーンなので数少ないドライな台詞となっています。

駅に戻った2人は、孤児狩りに執念を燃やす公安ギュスターフとドーベル犬の尋問にあいます。難を逃れた後、イザベルはヒューゴがどこに住んでいるのか興味がありますが、ヒューゴは拒否して逃げ出し人ごみの中に紛れます。追いかけていたイザベルは、人垣のなかで危うく踏みつぶされそうになりますが、ここを強調しているのは、音楽でなく汽車のきしみ音です。それを助けたヒューゴは、イザベルが首にかけているハートのキーを発見、「COME」という台詞をきっかけに屋根裏部屋へ案内します。

屋根裏部屋へ上がっていく途中で様々な大時計のメカ音と蒸気音がサラウンドで配置され大きな山場が来ていることが感じられます。屋根裏部屋で初めて見るゼンマイ仕掛けの機械人形トマトンに触れるFoley音は、本作で最も密やかなレベルですが、機械の存在感を強調しています。ハートのキーの差し込み音、やがてメカが様々に連動して動き出す効果音の構成は、緊張感と期待感を高める上で、実に効果的です。いよいよ紙に何かを描き始めたトマトンは、ヒューゴが父と見た「月世界旅行」を描き、最後の署名でパパ.ジョルジュの本名を書き上げます。ここまでの一連のメカ音や紙にペン先が走るFoleyも大変すばらしいタッチと音質です。音楽もダイナミックスを十分使い、高品質な効果音との相乗効果で第一の山場をサウンドとしても表現した場面です。音楽は、この人形とパパ.ジョルジュの関係を知るために家に出かけるシーンまでをくるんでいます。

本作でブリッジ音楽として使われる場所が2ヶ所ありますが。この家でヒューゴは、トマトンが描いた月世界旅行の絵を妻のママ.ジャンヌに見せるカットに33”のバンパー音楽として使っています。過去のことは話したくないと追い返すうちにパパ.ジョルジュが帰宅します。2人は、ある部屋に隠れますが、そこでタンスの上にある小箱を発見し、そこにノートが隠してあるかもしれないと取り出しますが、乗っていた椅子が壊れて中からパパ.ジョルジュの名作のスケッチが散乱します。このシーンでは、360度に次々と散乱するスケッチが印象的に全面サラウンドで構成されます。時間にすれば33”という長さですが、一枚一枚の動きを丁寧に音でフォローした気合いの入ったサウンド構成部といえます。

これに気づいて部屋へ入ってきたパパ.ジョルジュの失意の台詞「私は何者か、あまりにも残酷だ…」は、台詞のみがしっかりと訴えかけています。大事なシーンは、シンプルにという考え方の良い例だと言えます。

パパ.ジョルジュの歴史と功績を調べるため2人は、フランス映画アカデミーの資料室へ向かいます。2階の4列目第3セクションにある「夢の発明」という本を読むためです。ここもBGM音楽主体ですが、本のなかで1895年初めて汽車を撮影といった映画の歴史が登場するシーンでは、リアでプロジェクター音が定位しトーキー映画風の楽曲に変化し「月世界旅行」のシーンでカットアウトしています。

本の中では、ジュルジュ.メリエスは第一次世界大戦で死亡と記述されていました。「パパ.ジョルジュは生きているわ!」この言葉にリアからこの作者ルネ.タバールが問いかけます。2人が生きているというと彼は、大きな笑い声を立てますが、それを制する階下の閲覧者の「シー」という声は、台詞部分がフロントLからそして反響はリアから流れています。

COME with MEという彼の台詞をきっかけに音楽が始まり、当時の資料を保管した彼の研究室へ案内されます。そして当時のフィルムやパパ.ジョルジュとの初めての出会いを回想し当時のスタジオの制作風景が登場します。ここで現場の制作ノイズがリアからカットインします。いかに彼がジョルジュ.メリエスと映画を尊敬しているかが熱心に語られ「It is a Master Peace」という彼の台詞で締めくくります。

4−4 転 

転の導入は、汽笛の音で転換しています。大時計の部屋に戻った2人が時計の調整をしながら、パパ.ジョルジュにあの映画を見せれば又元気になる、という計画を相談しています。ここでは時計台の内部のメカ音がサラウンド空間を構成しています。「機械も人も不必要なものはなにもない、何にでも目的があるのだ」というヒューゴの信念が音楽とともに語られています。

サウンドデザインの山場の2つ目が、登場します。ヒューゴの夢のシーンです。R.トムというサウンドデザイナーも「サウンドが果たす役割を大胆に使えるシーンは、非現実のシーンである。」と述べているようにこの夢の中では、ヒューゴが線路内で父の時計店のキーをみつけ、拾おうとして列車が大暴走するという夢とヒューゴ自身が機械人形に変身するという2つの夢が登場します。

列車の大暴走シーンは、リアルなサウンドで構成していますが、2つ目の機械人形に変身する夢のなかでは、時計のセコンドが360度回転をしながらヒューゴの変身を示し、変身後は、360度時計のメカの中で叫んでいる恐怖がやはり360のサラウンド空間を大胆に使ったメカ音で充満させています。

パパ.ジョルジュに、いよいよ映画を見てもらうために夜ルネ教授を待っているヒューゴのシーンでは、ロングで教会の鐘が響きシーンが転換します。しかし、パパ.ジョルジュは、体調を崩し寝込んでいました。

昔の事には触れないで欲しいというママ.ジャンヌの言葉であきらめようとしますが、ルネ教授は、ママ.ジャンヌがかつて名女優としてパパ.ジョルジュの映画を飾った人であることそして彼を偉大な芸術家として尊敬していることを告げ、あなただけでもフィルムをみませんかと提案します。ここには、気付きと感動を表す優しい音楽がくるみ、いよいよ居間でフィルムが上映されるシーンでは、「月世界旅行」が登場する場面から音楽が流れます。この音楽は、オーケストラにアコーディオンがメロディーを演奏し定位は、リア側にあるという大胆な配置をしています。意図が変化せず再現できるというデジタルシネマになった恩恵だと思います。ママ.ジャンヌの当時の美しさに見とれているイザベルに「彼女は、今でも美しいよ」というパパ.ジョルジュの言葉がリア側から聞こえます。

そして第3の山場であるパパ.ジョルジュの映画人生が当時の再現とともに彼のモノローグで語られます。このモノローグは、5CHを使い、ハードセンターが7割、他のCHが3割というバランスです。サウンドデザインの一つである天井からの降り注ぎ効果を出す場合は、全チャンネル均等バランスにしますが、今回のデザインは、ハードセンター中心で残りのCHにもこぼすというデザインです。

ルミエール兄弟がサーカスで動く写真を興行しているシーンの転換点では、大胆なメリーゴーランドと遊園地のアンビエンスが360度のサラウンドで構成され、動く写真を上映しているテント内の閉鎖空間との対比を出しています。彼のスタジオ制作風景では、撮影現場のアンビエンスをサラウンド空間で、逆に完成した映画の上映シーンは、フロント3CHのみトーキー風音楽でそれ以外のサラウンド音楽とコントラストをつけています。

回想が終わると、パパ.ジョルジュの「ハッピーエンドは、映画の中だけだった」という台詞で現実に戻りますが、ここはハードセンターの台詞だけで、それまでの空間表現を一度リセットする役割をモノーラル音で果たした例と言えます。3つ目の山場である回想シーンをサウンド面でもよく考えてデザインしていることが分かります。

ヒューゴは、完成した機械人形をパパ.ジョルジュに見せようと駅へ戻ります。ここでもうひとつの山場が登場します。孤児狩りをしている公安ギュスターフに逮捕され、牢屋からの脱出劇が繰り広げられます。しかしハリウッドの派手なアクションシーンのサウンドに馴染んでいると少し控えめな音楽と効果音の使い方に物足りなさを感じるかもしれません。本作では、効果音でLFE成分は、使われておらず、音楽でも結のラストで登場するオーケストラでティンパニー演奏部分にだけLFEがわずかに使われるという構成にも要因があると思います。

逃走中のヒューゴシーンでは、機械人形が彼の手から空中へ投げ出されるスローモーションカットにME音楽が登場します。本作でのMEの使われ方はここだけです。

先の夢に登場した線路内で列車に轢かれそうになるリアルな場面では、動輪や蒸気、レバー、ブレーキ音などが効果的に構成されています。線路から引き上げられたヒューゴの前にパパ.ジョルジュとイザベルが登場し、「その子は、孤児ではない、今からうちの子だ」と公安に告げます。ここは、台詞だけで回りは、密やかな駅構内のアンビエンスだけです。大事なシーンは、シンプルにというデザインがここでも効果をあげています。駅を去る3人のワイドショットに2つ目となるブリッジ音楽が30”流れて締めくくりです。

4−5 結 

ルネ教授がフランスアカデミー劇場でパパ.ジョルジュを紹介する劇場内の空間を意識した声から始まります。いよいよ本人が登場という一瞬にノンモンが使われ観客の期待感と本人登場の緊迫感を表しています。本作で、ノンモンを使ったのは、ここだけです。そして彼の[COME and Dream with Me]のかけ声とともに500本のなかから復元した80本のフィルムが上映されます。ここは、トーキー風の音楽で全編を支え、連続して曲調が変化しアコーディオンがメロディの曲となったところで成功裏に終わった上映会からパパ.ジョルジュの家で開催されているお祝いのPartyシーンになります。このシーは、Steady Cam長回しの映像も素晴らしいと思います。駅中で暮らすこれまで登場した人々が集いそれぞれのハッピーエンドを迎え、ラストには、夜の明かりに照らされた機械人形トマトンがヒューゴの部屋で満足そうに座っているカットで終わります。


4−6 エピローグ

音楽は、結から連続しますがボーカルと軽いリズムが加わった編成になります。ボーカルとリズムは、ハードセンター定位でボーカルのリバーブはフロントL-Rのみです。これで2時間6分の長編が終了します。 


5 デザイン上の特徴

秀逸なサラウンドアンビエンス

本作では、駅構内シーンが90%あり、それ以外にも劇場やアカデミー資料室など空間の情報が有効に使える作品でもあることから、サラウンド.アンビエンスの品質と包まれ感(エンベロープ感)が秀逸です。こうした場合2CHステレオ録音素材を使って擬似的なアンビエンス空間を作るのが一般的ですが本作は、素材をサラウンドロケ録音したのでないかと思います。

山場−1のデザイン

山場となるシーンが4つあります。承の部分でイザベルとヒューゴが機械人形トマトンに復元に必要な最後のパーツ「ハートのキー」を差し込んでついにパパ.ジョルジュが描いた「月世界旅行」の絵と署名を発見するシーンです。ここで活躍したのは、丁寧なゼンマイやメカ音の秀逸さです。トマトンに関連したメカ音がアップでセンター定位しヒューゴの屋根裏を表す大時計や蒸気音がOFFで周囲を囲むという空間のコントラストデザインは、参考になる例だと思います。

山場−2のデザイン

転のシーン冒頭で登場するヒューゴの夢のシーンです。ここでは、大胆なセコンドの360度回転をきっかけにヒューゴが機械人形になるという悪夢を、時計の機構部に入り込んだヒューゴという設定でONの様々なメカ音が独立した音で360度に配置されるというデザインです。この独立した音を360度に定位できるというのもデジタルシネマになった恩恵のひとつです。これを全編控えめなBGM音楽が包むというデザイン例です。

山場−3のデザイン

やはり転の終わりのシーンに位置するパパ.ジョルジュがこれまでの映画人生を回想するシーンです。ここでは音楽がメインで使われますが、その楽曲の構成とサラウンドとフロント3CHのみというコントラストが参考になると思います。またここでパパ.ジョルジュがモノローグとして語る声の定位をハードセンター+ドライな4CHという滲んだ声質で表現しているのも参考になります。こうした場合のデザイン方法としてはいくつかの方法が作品によって作られています。一例は、C.イーストウッド監督のマンデラ氏とフットボールをテーマにした「インビキタス」のなかでフットボールチームがかつて投獄されていた刑務所の部屋を見学しているシーンにマンデラ氏の「運命は自分で決めるのだ」という詩が朗読されます。この表現には、全CH均等のドライな定位が使われています。どこから聞こえるかわからないが、重みを感じるというデザイン例です。

山場−4のデザイン例

同じく転のラストシーンです。ヒューゴが公安に捕らえられ牢屋から脱出し、それを追いかける公安との時計台チェースシーンと線路へ投げ出された機械人形、そこへ到着する蒸気機関車、線路内でたじろぐヒューゴといった緊迫シーンです。ここでは、時計台の内部で響きわたるメカ音や蒸気そして機関車のメカ音が活躍し、初めてMEが機械人形のスローモーションで使われています。

台詞のサラウンド定位

原則、ハードセンター定位ですが、本作では、

アカデミー資料室でのルネ教授のかけ声

パパ.ジョルジュが昔の映画に気づいて部屋へ入る

2ヶ所がリア定位です。また駅構内でのアナウンスPAもサラウンド空間を使用しています。

6 音楽

映像のカットにタイミングを合わせたスコアリングの典型であるキューポイント重視の作曲ではなくレオナード・バーンスタインが行なったような大きくシーン毎で曲調をスムースに変化させていく構成が特徴です。通常のオーケストラ編成の音楽以外で使われたのは、

駅構内ダンスができるカフェのバンド演奏ソースミュージック

駅構内でどこからともなく聞こえるパリの音楽ソースミュージック(殆どモノーラルセンター定位)

オーケストラ編成は、通常編成でのスコアリングと小編成+アコーディオンという2パターンです。

今回のライトモティーフとしては、ゼンマイ機械人形と関連つけたフレーズが使われています。音楽のLFEは、結のラストで登場する大編成音楽でティンパニーが登場するパートにだけLFEが付加されています。メーターをみていると本当にティパニーが出る部分にだけLFEが振れますので、まるで効果音のような扱いのようです。多分ティンパニーが登場するパートが少ないので、LFEへのかぶりなどによる音質変化を避けるため切り分けたのではないかと思います。

作曲のHoward Shoreは、カナダ出身の音楽家で代表作には、The Load of Ringsがあります。録音もMIXもロンドン アビーロードスタジオです。


これまでのフロント3CHメインでリアはアンビエンスという録音から全CH均等バランスという配分もやはりデジタルシネマになってからの傾向だと言えます。特に本作は、3D映像で7.1CHMIXも行っていますので、サラウンド情報を意識したバランスにしていると思われます。使われた音楽の総時間は、1時間26分36秒で、全体に占める割合は、68.25%です。最近のアメリカ映画と比べると過剰にならず適切な比率ではないでしょうか。

7 効果音 Foley

先ほども紹介しましたが、アンビエンスに使われた音素材は、大変自然で空間情報も秀逸だと思います。Foleyに関してもS/N比がよく、音楽とMIXした場合でもしっかり存在感がある音質です。

本作はゼンマイや歯車といった小さなメカ音から時計塔の大時計のメカ音まで丁寧に制作しています。最少レベルは、イザベルが、初めて機械人形トマトンに出会った時の機械に振れる金属のタッチのイズとパパ.ジョルジュの部屋で聞こえる時計のセコンドです。


興味深かった効果音は、公安のギュターフが、恋い心を抱く花屋のリゼットに話かけようとして彼の義足の金具が絡まり突然止まって駅構内へ響きわたるというシーンです。金属の響きが駅のアンビエンスとうまくバランスしサラウンド空間を一瞬形成する場面は、観客に強い印象を与えることができる使い方だと思いました。

駅構内がメインという事で、効果音も汽笛や蒸気音、列車のきしみなどが随所で主役級の役目を果たし単なるアンビエンス効果音ではないところも良くデザインされていたと思います。

撮影現場の同録は、セットが常時水蒸気などの背景音があるため仕込みマイクをメインにしたと語っています。

 




おわりに

監督のM.スコセッシは、G.ルーカス F.コッポラ S.スピルバーグ B.デパルマと同世代の名監督の一人でこれまで20作以上でノミネートはされてきましたが、本作でアカデミー賞5部門を受賞した事は、ようやくという感じです。彼が東海岸N.Yを拠点にしているからかもしれません。本作でサウンドデザインを担当したEugene Geartyの経歴をみるとM.スコセッシと多くの仕事をしており、ギャング オブ ニューヨークでは共にアカデミー賞にノミネートされています。