December 6, 2021

第84回アカデミー BEST Mix /音響編集/ ノミネート「ドラゴンタトゥーの女」のサウンド・デザイン

Mick Sawaguchi

               UNAMAS-Label・サラウンド寺子屋塾主宰

はじめに

本作は、2009年スエーデンの同名作品をリメークした2011年ハリウッド版「ドラゴンタトゥーの女」です。2012年の第84回アカデミー賞BEST MIX/音響編集賞をM.スコセッシ監督のHugoに譲りましたがデザイン・コンセプトがとても秀逸なので紹介します。

サウンド・デザインと音楽は、David Fincher監督の2010年作品Social Networkでコンビを組んだチームが再結集し、サウンド・デザインと音楽が融合した内省的なサウンドを形成しています。また2009年のスエーデン・オリジナル作品「ミレニアム1・2・3」とのサウンド・アプローチの相違についても比較してみました。


 

1 スタッフ

監督:David Fincher

Mix: David Parker/Michael Semanick /Ren Klyce/Bo Persson (Skywalker Sound)

Sound Supervisor: Ren Klyce

Foley Artist: John Roesch/Alyson Dee Moore

Sound Recordist at Sweden: Rune Palving

Production Sound: Mark Weingarten

Music: Trent Rezner/Atticus Ross


2 作品の起承転結と特徴的なデザイン例

ハリウッド版は、158分と大作です。(オリジナル版も153分あります)

プレオープニング 55“

今回のメイン舞台は、ストックホルム郊外ヘーデスタ。ここにバンガー・グループの本拠があります。冒頭冬のシーンから始まりバンガー・グループ会長のヘンリックへ毎年クリスマスに届けられる送り主不明の押し花の額。彼は、「今年も来たが送り主の名前はない」と携帯電話で元警官のモレルへ連絡します。壁には、これまで毎年送られてきた額が、全面に飾られそしてオープニングタイトルへ。

MGMのタイトルロゴから音楽が始まり、メイン舞台となるヘーデスタのワイドショットに冬の風音がさりげなくリアで流れています。そこへONで携帯電話の呼び出し音がフロントで登場します。この2つの素材音を聞いただけで、質の良い素材が使われていることがわかります。会話の後、オープニングタイトルは音楽で占め(オリジナルは、Led Zeppelin's "Immigrant Song)、タイトルが終わると法廷シーンとなり、主人公ミカエルに敗訴の通告が行われます。

 


起 3‘20“

 


今回の主人公ミレニアム社の記者ミカエルが、裁判所で敗訴を言い渡され、失意の中クリスマスを迎えます。そこへバンガー・グループ会長の弁護士フルーデからヘーデスタで面会したい旨電話がはいりヘーデスタで会長のヘンリックと面談し40年間、謎の失踪事件で迷宮入りしている孫娘ハリエットの捜索を依頼されます。彼は、一族の中に事件に関与した人物がいるのではないかと考えていたのです。


 

ミカエルの今後ともう一人の主人公リスベットの紹介

ミカエルが、報道陣に取り囲まれ上訴するかどうかと言った緊張感をリアチャンネルに定位したドアの閉まる音で区切りをつけています。音楽もここで自然に消えています。法廷を出てミカエルが行きつけのカフェでタバコを買い1本だけ火をつけ後は捨ててしまいます。店のTVのニュースでは、彼の敗訴と勝訴した大物実業家ベンネル ストレームの「ジャーナリストは、これで横暴な記事は、書かなくなるだろう」というコメントが流れます。失意の中にいるミカエルの心情を、ロングの救急車のサイレンで表しています。


 

本作のもう一人の主人公 天才ハッカー リスベットがオートバイで勤務している調査会社へ現れます。バンガー・グループの会長ヘンリックの依頼でミカエルにある事件の解明を依頼するうえで、それに値する人物であるかどうかをリスベットが調査した結果を提出するためです。ここは、さりげない町音アンビエンスと移動シーンをつないでいくトラッキング音楽という標準的な構成です。彼女は、ミカエルは優秀な記者で勝訴した実業家ベンネル・ストレームには、不審な点が多いことを指摘します。

アパートに戻ったリスベットは、興味を持ったミカエル、そしてベンネル ストレームに関するデータをハッキングして入手します。この背景には、部屋で流れているソース音楽がさりげなく流れていますがハッキングしてデータを入手した場面でアパートのドア外で聞こえる派手な笑い声がリアCHで配置されています。今後も出てきますが、本作では、登場人物の心情表現やストーリ展開のアクセントを音楽が受け持つのではなく、さりげない効果音が受け持っているのが、特徴です。同様に、ミカエルがミレニアム社を休職してバンガー・グループの会長の依頼でヘーデスタへ出向くシーンの変わりでは、ミカエルが使っているノートブックパソコンの蓋をしめる小さな音で区切りをつけヘーデスタ行きの列車のシーンへ転換しています。

承 25‘40“

ミレニアム社を休職したミカエルは、ヘンリックの依頼に応えてハーベスタの島へ滞在します。ハリエットと親しかったというアニタ(実は、失踪した孫娘ハリエット)をロンドンへ訪問し、ハリエットの情報を聞き出す等バンガー・グループ・ファミリーの関係を調べ始めますが本格的な捜査のため優秀な助手の要請を会長の弁護士に依頼します。彼は、背中にドラゴンの入れ墨をした天才ハッカー、リスベットを紹介します。

密やかなFoley

サウンド・デザインを担当したRen Klyceがインタビューで述べていますが、本作では、密やかなFoleyが随所で活躍します。

会長ヘンリックの部屋で皮張りの椅子に相対して事件捜査の内容を話すシーンでは、2人の動作に伴った皮のきしみ音が、丁寧な音質でFoleyされています。

謎の失踪事件をおこした孫娘ハリエットの背景を紹介するシーンでは、随所にアクセントとしてLFE音がスポット的に登場します。

約束の16:00をすぎても事件の詳細を話し込んでいると会長ヘンリックから捜査を引き受けてくれれば敗訴した相手のベンネル ストレームの弱点となる資料も提供しようと申し出るシーンでは、この言葉を強調する意味で本作では、珍しいアタック的な音楽が短く加えられています。(StingerとかBumperとよばれる使い方です。)

ミカエルが、ヘーデスタで捜査を開始。新発見で助手が必要に。

いよいよ、ミカエルが、ヘーデスタの湖畔の別荘を拠点として調査を開始します。外のアンビエンスは、寒さを表す風音や吹雪がリアへ定位。会長のヘンリックが、一族の住む屋敷を案内していると遠くで猟銃の発射音がします。

Swedenの独特のアンビエンス を表すために地元で活躍しているRenの友人でサウンドレコーディストであるRune Palvingが録音した素材が活躍します。

これは、後の転(95‘30“)でミカエルが銃で狙われ負傷するシーンの伏線として銃声を強調したものです。

ミカエルが、これまでの資料を調査している中に、ハリエットの手帳を見つけます。一番後ろのページに書き残された4人の名前と数字に興味を持った彼は、当時の事件を担当し、今は退職している警官モレルをたずねその意味を知ろうとします。「迷宮入りだよ」というモレルとその手帳のアップに遠くで列車の警笛が響きます。これも前述したさりげない効果音でのアクセントデザインです。後にこの数字と名前が事件の解決の大きな手がかりとなるからです。

39‘のシーンは、後に猟奇殺人犯人と分かるマーティンの居間でミカエルと香港からきた女性客と食事をしているシーンです。この背景にドアに吹き込むすきま風が鳴っていますが、これも110’から始まる「結」でマーティンが猟奇殺人の犯人へとつながるミカエルの家宅捜査時の背景音を先行予告するものです。

次のシーンは、リスベットが地下鉄構内でバッグを奪われてバッグ内のパソコンが壊れてしまうスリル感のある場面ですが、ここでも音楽でなくロケーション録音した地下鉄の列車のレールが軋む高域をアクセントに使っています。






 

 リスベットに新しい後見人が付きますが彼は、その立場を利用したセクハラを繰り返しているという人物で、リスベットもその餌食となります。このシーンでも彼のOFFICE前で床を掃除している掃除機のキンキンとした音と不気味なアンビエンス中心の音楽が混沌としたムードを作り上げています。音楽というよりも両者の合成によるMEといったほうがいいでしょう。両者は、同じピッチで作成されお互いが違和感なくオーバーラップするのに貢献したとRenが述べています。

          

音楽の定位を効果的に使ったシーンとしてミカエルが湖畔の別荘で資料を読み込んでいるシーンを紹介します。シーン冒頭は、場所を示すハーデスタの島へわたる橋のロングショットから始まります。この部分では、宗教音楽が画面全面でBGMとして流れていますが、次の別荘内ミカエルのアップになるとその音楽は、彼のi-podから聞こえている音質でセンター定位に変化し、このシーンを終えて次のシーンでリスベットが、後見人の部屋から彼女のアパートへ戻りシャワーを浴びるまでを、逆にi-podでの音質から再び本来のBGM音楽となり全面で定位してこのシーンをくるんでいる構成になります。同一音源のScoring MusicとSource Musicの典型的な使い分けの例として参考になる例だと思います。

● 転 75‘30“

2人で調査開始、そして発見したのは!

ミカエルが調査を進めるうちにハリエットが残した手帳の最後にある4つの文字と番号の謎が彼の娘のことばをヒントに聖書の一説「レビ記」に関係していることをつかみます。助手が必要だという彼の依頼からいよいよリスベットとチームを組んで謎の4件が未だ迷宮入りの猟奇殺人事件であることをつきとめます。この転のシーンの捜索シーンは、全編音楽の曲想を変化させながら包んでいく構成です。

殺人事件の起こった場所とVangerグループの関連を突き止めた2人は、当時の記録を平行して調べます。この2人の調査シーンは、資料室のリスベット側を時計の秒針をモティーフにしたサスペンスBGMで進行し、ミカエルの調査シーンは、39‘で先行させた隙間風と葉のそよぎ音という効果音でサスペンスを強調するという対比をつけながら真犯人を突き止めていきます。

「Hello  Martin!」という決め台詞を区切りにして転の40‘に及ぶシーンは、終了です。

結 115‘55“

 


真犯人の謎解きそして孫娘ハリエットとの40年ぶりの再会、

デザイン上の山場と言えるのは、真犯人マーティンがミカエルを拘束しこれまでも猟奇殺人を行ってきた地下室でのシーンです。ミカエルの地下室への移動シーンでは、39‘で先行登場しているドアの隙間風が全面サラウンドとなり、ゆっくりと回転し、緊迫感を表しています。そして地下室へ…

マーティンは、ミカエルを椅子へ拘束した上で、これまでの猟奇殺人の経緯を語ります。6mmテープレコーダを回しENYAのOrinoco Flowが地下室いっぱいに鳴り響きます。このSource Musicを大胆に使ったデザインは、単なるサスペンスBGM以上に緊迫感を表現した手法です。もうひとつ本編で唯一のサラウンドデザインを有効に使った箇所があります。マーティンが、ポリ袋をミカエルの顔に被せ、ミカエルが窒息状態になるカットです。ミカエルの口のアップから映像がフォーカスアウトし彼の苦しい息がフロントからリアへ流れるという部分です。短いカットですが、大胆なサラウンドデザイン例としては、唯一ここだけです。

翌朝ミカエルとリスベットは、ロンドンにいるアニタが、実は失踪したハリエットだと解明しロンドンへ向かいます。ロンドンの会社の隣にある公園に腰掛けてこれまでのいきさつを話すハリエット「私もあなたも人に助けられたのね」という彼女のカットに公園にいる他の人の笑い声が入ります。これもこの台詞にアクセントをつける効果音としてこれまでにも使われた手法といえますが、どれもさりげなくしかし有効なアクセントになるセンスあるデザインといえます。ハリウッド人は、こうした控えめで印象を引き出す手法より派手にドーンと表現することを好む傾向が多分にあると筆者は、考えておりそのため受賞を逃しノミネートになったのではないかと推察しています。それは2002年作品「Road to Perdition」でも見られた傾向だと筆者は感じています。

エンドロール158‘

ミカエルの反撃、敗訴相手ベンネル ストレームの失脚とミレニアム社の復活

結の部分で一件落着ですが、エピローグは、敗訴相手ベンネル・ストレームの不正マネーロンダリングをリスベットが解決するというシーンがあります。

リスベットがスイスの銀行へ出向き彼の不正口座の金を全額引き出すシーンで彼女が飲んだティーカップについた口紅を拭き取る「キュ」というFoley音のすばらしい音質に注目してください。

名誉を復活したミカエルとミレニアム社、そして再会した2人の街角にはクリスマスソングが流れています。ここで1年の時が経過したことが分かります。

そしてクレジットとともにエンド音楽となり158‘の大作は、終了。

3 デザイン上の特徴

 


本作の特徴は、効果音がアンビエンスで状況説明を行い、所々ポイントでアタック音や爆発といった山場を担当し感情のリズムや状況の変化は、Underscoreと呼ぶ音楽が受け持つという通常のD-M-Eの役割分担を逆転させたサウンド・デザインにあると言えます。

これはサウンド・デザインを担当したRen Klyceの考えなのか、あるいは、監督のDavid Fincherや音楽のTrent Rezner/Atticus Ross等との話でそうした方向性を見いだしたのかは、分かりませんが、Underscore は、あまり主張も、Cueによるアレンジの変化もなく淡々とBGMに徹し逆にメリハリやCUEとなる音を効果音が担っているのが、最大の特徴と言えます。Trent ReznerとAtticus Rossは、インタビューの中で「監督からは、あまり明快な方向性が示されなかったのでたくさん素材音楽を作りサウンド・デザイナーのRenと両者が渾然一体となった音響を作った」と述べています。

 



派手なサラウンド・デザインと言った見せ場は、唯一 山場となるマーティンの家の地下室でミカエルが顔にポリ袋をかぶせられて窒息状態になるときの彼の緊迫感をサラウンド・デザインしたくらいです。それを除けば、極自然で品質の良い素材がさりげなく、しかし絶妙のバランスでデザインされているといえます。一見「ヘタウマ」風にも聞こえますが、そこには、予算やスケジュールの制約で手抜きした結果でなくデザインされた結果が出ていると言えるでしょう。



 

4 音楽

作曲を担当したTrent ReznorとAtticus Rossは、インダストリアル・ロックと言われるNine Inch Nailsというバンドで活動しています。彼は、80年代クリーブランドの音楽スタジオで働きながら空き時間に作曲したデモテープにレコード会社が注目してデビューしたという経歴です。映画のスコアリングを担当したのは、2010年の「Social Network」でいわゆるスコアリングが専門ではない音楽家です。彼の音楽は、典型的なスコアリング作曲技法である、映像とのタイミング・マッチングやストーリ展開に合わせたCueは、重視せずライト・モティーフやテーマといったメロディラインもなくアンビエンス音が基本4CHで構成されています。推測ですが、元々2CHで基本楽曲が出来上がっており、これにセンターやリア成分を追加したような構成ですので、一般的な臨場感重視でオーケストラがサラウンドを支配するといった音場ではなくドライな音場です。音源には、効果音がうまくサンプリングされており、とてもユニークな構成で本作の猟奇ミステリーの雰囲気をうまく反映していると思います。そうした音楽制作アプローチの結果だと思いますが、アカデミー音楽賞には、ノミネートされていません。きっとアカデミーの会員は、伝統的なスコアリング・サウンドが好きなのでしょう。

オープニングタイトル曲は、2CHの楽曲にハードセンターにリズムパートを入れて3CHとし、リアのLS/RSには、フロントL-Rをコピーしたという構成です。

エンドクレジットの曲は、逆に最初はハードセンターのみでVOが登場し、徐々にL-Rでバックラインが追加され、さらにLS/RSが追加されたサラウンド空間になるという構成をとっています。典型スコアリング作曲のように映像の尺を計算して音楽制作がなされていないためだと思いますがBGMとして使う場合音楽が先行してフェードインし、終わりも次のシーンの冒頭へこぼしてフェードアウトといった使い方が多く見られます。


ドラマの中で使用されたSource Music

リスベットのアパートBGM

ミカエル クリスマスParty BGM

ハッカーの相棒の一室に流れるBGM

ディスコクラブダンスのBGM

マーティンの家での食事GBM

町のタトゥー店内BGM

カフェBGM

等です。

BGMをドラマティックに使った、秀逸な使い方

マーティンの殺人現場である地下室でミカエルを同様の手口で抹殺しようとするシーンに流れるENYAの代表作「Orinoco Flow」のBGMをあげたいと思います。彼の父親と彼自身の猟奇殺人事件の謎解きをする本場面は、通常であればENYAの曲であったとしても、Scoring Musicにして使うところを6mmテープレコーダから再生する汚れた音というアイディアが秀逸です。(マーティンの部屋には、B&0の高級オーディオシステムが置いてあることからかなりのオーディオマニアであることが伺える設定でもあります)

音楽は、全部で30ヶ所 計89‘で、全体に占める割合は、56.33%と最近の音楽過多な傾向とは異なりポイントを絞って的確に配分されていると思います。

5 効果音 

Foley

全体に非常に質の良い素材が使われているのが特徴です。低レベルの音が多いですが、どれも音質的に大変自然で丁寧な素材が録音されたことが分かりす。スコアリング音楽が、通常の扱いとは異なりアンビエンス風にフラットなレンジ感で使われている分を効果音でメリハリをつける役目を随所ではたしています。

ロケーション録音

ロケーション現場から監督のメッセージがあり「ここは独特のサウンドがあるのでSweden の気候を生み出すため現場録音素材を集めて欲しい」と言われました。そこで私の友人SwedenのサウンドレコーディストRune Palvingにあらゆる音を録音してもらいました。彼は、地理に詳しいので必要な音がどこにあるかを熟知しているからです。

森の銃声やドアの隙間風、電車のブレーキ音や笑い声、汽車の警笛 風 Snow アンビエンス カフェ 人々 電話 Ice 風に揺れる木々などこれらは、我々がハリウッドで使う効果音素材では得られない風土を作ることに大いに貢献しています。とRenは、述べています。

彼が気に入っているシーンは、

レイプシーンのデザイン

● 地下鉄のファイトシーン 

● メディアの取材シーン

シーンの転換点や、人物の感情表現、予告として記憶に残しておきたいカットでは、これらが、大げさに強調されるのではなく、さりげなく自然なレベルと音質で、あたかも同録に入っていたのかと思わせる扱い方である点が、感心させられる点だと思います。

空気感をたくさん取りいれた自然な音質

従来のFoleyは、非常にONで録音し、かつ低レベルでもマスキングされないよう中高域を強調した音質にしていますが、本作のFoleyは、空気感をたくさん取りいれて自然な音質で制作されているのが、特徴だと思います。

これは、数年前からSkywalkerのサウンドデザイナー、特にBen Burt等が、コメントしていますが、今後FoleyをドライなFoley stageで録音するのではなく、Open空間やシーンに合った場所でその場の空気も一緒に録音するアプローチをやっていきたいと述べています。本作もSkywalkerで制作されているので、そうした思想が反映されているのではないかと想像しました。

HONDAバイクの素材録音

リスベットが載っているHONDA 350-450(1974)は、ONからOFFまでを計10トラック録音し、そこから編集し使用したと述べています。6トラックは、バイクのメカ音を残り4トラックは、ラベリアマイクでライダーのジャケットやヘルメットに装着しています。 



6 スエーデン・オリジナル版「ドラゴンタトゥーの女」のデザインの特徴

2009年制作のオリジナルも、153分となかなかの大作です。クレジットを見るとNiels ArldというMIXERが一人で担当していますが大変すばらしい仕上がりだと思います。

ハリウッド版と比較した大きな特徴は、

Scoring Musicは、正調オーケストラのScoringで、さらにシンセサイザーとの組み合わせなどもあり、大変凝った音楽制作でリア成分もLFEも大胆に活かしたバランスです。

ライト・モティーフとなる3音で構成したフレーズが、随所で活躍し、音楽のタイミングも計算されています。使用したCueは、43ポイントで、総計104分あり全体との比率は、67.97%とハリウッド版にくらべ多めの音楽となっています。

台詞のMixでは、キーとなる大切な台詞部分は、レベルもあげて強調しています。ハリエットの回想となるモノローグが3ヶ所でてきますが、それぞれ異なったサラウンド処理と定位を行うなど工夫しています。

アンビエンス関係は、地味な扱いでFoleyも典型的な音質でタイトな作りをしています。

サラウンド・デザインとして参考になるのは、112‘から始まる「結」パートのラストです。ハリウッド版でもマーティンが地下室でミカエルを拘束しているシーンですが、このラストでマーティンは、自動車で逃走し道路から転落し車内へ閉じ込められて動けません。エンジンルームからガソリンが漏れだし電気系統からは、パチパチとスパークが出始めついに大爆発となりマーティンは、命を落としてしまいます。この密閉空間をONの電気系統の線がこげる音やガラスの破片、ガソリンの滴り音、煙の充満する空気など全面サラウンド定位させ緊迫した閉塞感を表現しています。



  

サラウンドのデザインで広い空間をデザインするのは、比較的容易ですが、こうした小さな密閉空間のデザインは、参考になると思います。

音響関係のスタッフは、

MIX: Niels Arld

SE: Niels Arld

Foley Artist: Andrea King

Studio: Nordik Film Audio

Music Mix: Peter Schiotz

スロバキア ラジオコンサートホール録音 Mix: Takt&Tone  Studio

終わりに

密やかなアンビエンスなど効果音が主役を務める作品で筆者が気に入っているのは、2002年第75回アカデミーで6部門にノミネートされ音響効果賞とベストMIX、ベストスコア音楽にもノミネートされたSam Mendes監督Road to Perditionです。

サウンド・デザインを担当したのは、Scott Hecker(Foley ArtistのGary Heckerとは兄弟)です。これも後々紹介したいと思います。


November 19, 2021

自然界におけるノイズの性質とRestorationの実際

By Mick Sawaguchi UNAMAS Label



はじめに

音楽を始めとして様々な素材に含まれる不要ノイズ修復技術―Restorationは、音声解析技術の飛躍的な進歩とデジタル技術の貢献により格段の進歩を遂げ現在は、目的別・価格別・DAW・ハード機器対応別に多くのRestoration製品が登場しています。

筆者は、2000年以降国内外でフィールド録音を行いUNAMAS Label からUNAHQ 4001-4014まで14作品をNatureシリーズとしてリリースしてきました。


その過程で毎回Restorationした個々のノイズ源をデータベース化してきましたので本稿では、Restorationソフト自体の使い方に重点を置くのではなく各種ノイズは、どんな振る舞いとスペクトラム構造で構成されているかに重点を置いて紹介しますので参考にしてください。


1Restorationの基本機能

Restorationの原理と機能は、現在のどのような製品でもほぼ同一で修復したいノイズの性質と目的に応じて最適な製品やプラグインが選択可能となっています。すなわち不要なノイズを選択し、それを除去するのにノイズの無いエリアから分析したスペクトラム構造を移植するという仕組みで写真の編集で使われるRe-touchと構造は同じと考えればわかりやすいかと思います。

筆者は、Restorationソフトのデファクト・スタンダート言えるRXシリーズ-3から始めましたが、扱う素材が自然界録音素材で4CH、音楽ではメインマイクの8CH(7.1CH)を同時に修復する必要があるのと各種パラメータを追い込んで最適な結果を出すワーク・フローになじめず現在はPyramixに特化したCEDAR-Retouchを使用していますので本稿ではこの機能を使った分析データを紹介します。


1-1 Restorationを効率的に行うためのヒント

● 修復したいノイズ源を画面のセンターにして前後にノイズの無いエリアを選択しキャプチャーする。

● ノイズ源がたくさんなければ取り込む時間軸は30秒くらいまで可能

● ノイズ源が密に集中した音源では、視認性の良いノイズ・フリーエリアを確保するために10秒くらいでキャプチャーします。その分修復には忍耐と時間が必要です。

● 画面でノイズとノイズ・フリーのエリアを見極めてノイズ源の左右で極力広いノイズ・フリーエリアを確保し解析精度を高めます。デファクトでは、ノイズ源の左右均等に補完用エリアができますが、キャプチャー画面内でどちらかにより多くのノイズ・フリーエリアがあれば均等に拘らずそちら側を広めにすると精度が向上します。

● 1ステップで修復がうまくいく場合は、稀ですので修復機能をうまく組み合わせて追い込みを行うと綺麗な修復が完成します。


1-2 Retouchの基本機能

Retouchには、現在8つの修復機能がありますが、筆者が使っている機能だけを紹介します。

Interpolation

Erase

Repair

Patch

Cleanseです。

 


ここでは、上記の機能と特徴をパルス性ノイズを例に紹介します。


                  

●Interpolation

補完修復という名前のようにノイズのある前後のノイズフリー範囲からノイズを修復する機能でRestorationの80%くらいはこの機能が活躍します。デファクトでは、図の点線のように左右均等に選択され修復後の前後のつながりもスムースなのがメリットです。弱点は、ノイズ源の持つエリア以上のノイズ・フリーエリアがないとうまく解析・修復できない点とあまり広いエリアを欲張って選択すると解析NGとなることです。




●Erase

この機能は、ノイズの前後から分析して修復するのではなく、いきなり選択範囲を更地にしてしまうやや強引な機能ですがノイズの前後に有効なノイズ・フリーエリアが見つからない場合に有効です。しかし図に見られるように選択エリア以外も更地にするので、この部分を改めてInterpolateやPatchで補完しなければなりません。


                                                   Patch

この機能は、パルス性ノイズではなくブロードな範囲でノイズを修復したい場合に有効です。まずノイズフリー・エリアを確保し、それを元にノイズ源にコピーし差し替え修復するという方法になります。注意点は、コピーを繰り返した場合、境界部分でベースノイズに違和感が出ることがあります。その場合は、境界線前後で短いInterpolateを再度行って滑らかにします。



●Cleanse

細かいランダムノイズが広い範囲で分布し上記の機能では修復できない時に有効です。例えばランダム・ノイズエリアとノイズの無いエリアが断続してあるといった場合に使えます。分析と修復にかなり時間がかかり自然界音にはそうした状況が見られないので筆者は、あまり使いません。



Repair

Eraseの改良版と言え選択範囲内のノイズを分析して修復します。特徴は、ノイズゲインをo-から無限大まで可変できることで、自然音よりも楽音ノイズなど前後にノイズ・フリーエリアがない場合には有効です。


2 3タイプ別ノイズのスペクトラム構造とrestorationの実際


基本機能を紹介しましたのでここからは、3タイプ別にデータ・ベースから20種類ほどを選びノイズが持つスペクトラム構造とRestorationの実際を紹介します。


2-1スパイク・短時間パルス性ノイズ


パルス性のノイズは、楽器などでもよく起こりますが、ほぼInterpolate機能で修復できます。短いパルスですが、選択範囲は極力ノイズ周辺だけを選択しないとノイズの無いエリアも修復の影響で音が変化しますので限りなくノイズ源エリアを狭く選択してください。


この例は、条件が良かった森で録音した雨音がいくつかマイクにあたったノイズです。これくらいノイズの左右にフリーエリアがあれば、Interpolate一回で修復できます。

 



                             


これは、風に揺れて枝が折れた時に出るパチンというノイズで意外に音が目立つので修復した例です。


                               

 

これは、どこか遠くで家の戸板が閉まる音ですが、反響して前後にエコーも出ています。

 

 



これは、渓流の録音時に気泡が弾けて生じたノイズです。単発なので簡単に修復できます。こうした低域中心の吹かれPOP音は、InterpolateよりもEraseでノイズ源を選択した方が綺麗に修復できます。


 

これは、山道を歩いてきたハイカーの足音で少し複雑なスペクトラムです。

フリー・エリアを確保するためにキャプチャーの時間軸は、極力短くして足音の前後にフリー・エリアを確保しInterpolateとEraseを組み合わせ細かくフリー・エリアを広げていきます。一定範囲が確保できれば最後にPatchでコピーしていくことで効率を上げられます。




2-2 時間経過を伴ったブロード・ノイズ


2つ目は、パルス性でなく時間経過を伴いながら周波数範囲も広めのノイズ源になります。

風の通過でマイクが吹かれたボコボコ音、草原で録音すると必ずマイクによってくるブヨなどの羽音、カラス、ハイカーの話声やストリートでの人々のお喋り、子供たちの遊び声などに見られます。







これは、難物のノイズで録音中に突然雷と夕立に見舞われマイクがズブ濡れになった時の音源です。時間軸を見ればわかるようにほぼ1秒に一回の頻度でボタボタと水滴が落ちていますが貴重な音なので一つ一つ細かくEraseとPatchを組み合わせて修復した例です。


 


カラスの声は、特別な目的でもない限りあまり気持ちが良い声では無いのでInterpolateまたはEraseでデリートすれば予想以上に綺麗に消すことができます。

 



 

人の声は、低域から高域まで階層構造のスペクトラムなので前後にフリー・エリアがあればInterpolateで修復できますが、ベースノイズが多いところではEraseで各階層ごとに細かくデリートします。

         

 子供たちの声は、非常にランダムなスペクラムをしていますので一つ一つ細かくEraseし、ほぼ綺麗になったら仕上げにInterpolateで編集点を整えます。



この例は、森の中でバード・ウオッチ中のカメラマン数人がお喋りしているスペクトラムです。この素材には、鳥の声やバックグランド音も混在していますので時間軸は拡大して細かくEraseしていきます。



2-3 定常持続性ノイズ


時間経過とともにスペクラムが変化しない定常音は、時間も長くなかなか厄介なノイズになります。遠くの高速道路の走行音、朝夕時間を知らせるチャイム放送、小型飛行機、電車の走行、漁船エンジン、チェーンソー、など。これらは基本細かくEraseでデリートし編集点部分は、PatchやInterpolateで補正します。

これは、海岸で朝6時を告げるチャイム音です。

 


 

これは森でヒグラシを録音中に遠くで聞こえる伐採チェーンソーの金属音です。



 

車やバイク等通過音はスペクトラムが階層構造になっていますので細かく区切ってEraseでデリートし、フリー・エリアができればそこをPatchではめ替えていきます。



これは救急車がサイレンを鳴らして走行しているスペクトラムです。


           


これは早朝港から漁船がエンジンをスタートして海上へ出かける音になります。



 

上空を飛行するジェット機は、なかなか修復できにくい音源の一つです。

この例は比較的低空を小型のジェット機が通過したスペクトラムで意外に狭いスペクトラム分布でしたので修復可能でした。




 

2-4 勝ち目のないノイズ

Restorationは、万能というわけではありません。明らかにノイズが広範囲、かつレベルも大きい場合は、諦めるのが賢明です。この例は、大型のジェット機がはるか高い上空を飛行しているスペクトラムでホワイト・ノイズのオンパレードですので勝ち目はありません。


終わりに

楽器やVoのノイズ低減、昔の貴重なマスターのヒス低減やドロップアウト修復、ロケーション・セリフ同録の整音・残響の低減などは皆さんも馴染みがあり既に多くの経験とノウハウも積み上げておられると思います。

ここではハイレゾ、Immersiveアルバムに適応した品質をもつ自然音に見られるタイプ別ノイズの特徴とRestorationの実際を紹介しました。