Mick Sawaguchi
UNAMAS-Label・サラウンド寺子屋塾主宰
はじめに
2009年第82回アカデミーでKathryn Bigelowが初の女性監督賞を受賞し計6部門を席巻した作品です。音声では、BEST SOUND EDITIONGとBEST SOUND MIXの2部門をスエーデン出身のPaul N.J.Ottossonが受賞。なんとサウンド・デザインもFinal Mixも一人で完成させた素晴らしい音響を分析します。
ドキュメンタリー・タッチの緊迫感ある映像は、SUPER16mmカメラ4台での同時撮影で作品性も非常に高い131分の映画です。
1 制作スタッフ
Director: Kathryn Bigelow
Sound Design: Paul N.J.Ottosson
Final Mix: Paul N.J.Ottosson
Music: Marco Beltrami Buck Sanders
Foley Artist: Alex Ulrich
Production Sound: Ray Beckett
Sound Recordist: Ray Beckett Paul N.J.Ottosson
2 ストーリーと主要登場人物
イラク戦争中の2004年、バグダッド郊外。アメリカ軍の危険物処理班EODユニットは、路上に仕掛けられた「即席爆発装置(IED)」と呼ばれる爆弾の解体、爆破の作業を進めていましたが彼らが退避しようとした時、リモートコントロールの起爆により突如爆発、リーダーのトンプソンは、命を落とします。後任に、これまで873個もの爆弾処理を行ってきた「命知らず」のウィリアム・ジェームズ軍曹が着任しますが彼の行動にチームは、唖然とします。
ある日任務の帰途イギリス人をリーダーとした傭兵4人と遭遇しますが、彼らは、1km先の家からスナイパーに攻撃を受け3名が死亡していました。ジェームズとサンボーンは、協力して敵を撃退しチームは、お互いを信頼し爆弾処理を継続するようになります。そして無事任期を終えたジェームズは、故郷へ戻り家族と暮らしていましたが悲惨な報道を聞くにつれて、『誰かがやらなくては』という思いが強くなり再び1年間の任務へ赴きます。
3 起・承・転・結毎の特徴的なサウンド・デザイン
アバンタイトル 00’00”-09’39”
2004年のバグダット市内。ブラボー中隊の爆発物処理ユニットEODユニットが仕掛け爆弾を処理するシーンです。
コーランの祈り、人々の喧騒、風、車、ヤギのなき声、などでバグダッドの街のアンビエンスが、大変立体的に構築されています。ハードセンターを占めるのは、爆発処理リモコン・ロボットの動作音です。
もう一つ今後も登場する防護服を着用した人物からのP.O.Vショットとサウンド・デザインを紹介します。
画面全面がヘルメットから見たショットになり呼吸音がサラウンド全面で展開、同時に微かな防護服内のエアコンが広がるというデザインです。
このP.O.Vと街の客観ショットとのカットバックで見事なコントラスが表現されています。
もう一つは、本作のサウンド・デザインで力を入れた爆弾の爆発音です。Shock Waveと言われる爆発後に起きる風圧感をデザインしたデザイナーPaulの労作です。
3−1起 09‘39“−26’30”
死亡したトンプソン軍曹に替わって着任した主人公Jamesが爆弾処理の初仕事を行うシーンです。ここでも街のアンビエンスが、大変丁寧に構築され電線に絡まって風に揺れるカセット・テープやゴミの中を歩く地雷により怪我をした猫、見物する子供たちの声といった細やかなFoleyが見事です。
緊張感を高めるためにバンパーの役割として本作の随所にヘリコプターとF-14ジェット戦闘機の飛行音が短く使われますが、このタイミングが素晴らしいと思います。
Jamesが、いよいよ防護服を装着します。この細やかなFoleyも丁寧です。またここでもヘルメットを着けたJamesのP.O.Vと街のコントラストが登場します。
爆弾を地中から探し出し、信管を外し、また別のワイアーをたどるとなんと6発が連結していることを発見するまでの細やかなFoleyと全体を流れる風音のデザインで初仕事が無事終わったことを表しています。
3−2承 26‘30’—1h8’43”
UNビルの庭先に、自動車爆弾が仕掛けられJamesのユニットが2回目の処理に出向くシーンです。燃えた自動車内を捜索するJamesの様々な動作音が丁寧なFoleyで表現され、車内という閉塞空間のデザインVs国連ビルを取り巻く風音との空間コントラストが素晴らしいと思います。
全体を砂漠の風が流れ、ハードセンターでスナイパーに照準を合わせるサンボーン軍曹の息とバレット・マシンガンのメカ、発射音があり、時折Jamesにまとわりつく虫の羽音、最後に敵に命中した薬莢が地中に舞う印象的なデザインです。特にメカ音のリアリティは、素晴らしいと思います。参考にメカ音のスペクトルを紹介します。金属感が出ているのは、5KHz—12KHzのピーク成分ではないかと思います。
3−3転 1h8‘43“—2h01’00”
タンクローリーに仕掛けられた爆弾が市内で爆発し、チームは、4回目の出動となります。すでに大規模な爆発が起こった現場は、阿鼻叫喚の混乱状態です。
匂いや温度を感じるようなデザインだと思います。
除隊2日前。市内では、体に仕掛け爆弾を身につけさせられた男が助けを求めています。
周囲には、それを見守る人々。Jamesが爆弾を見ると時限タイマーが設置され猶予は、あと2分。しかも鋼鉄製の鍵がたくさん取り付けてあり、Jamesは、時間切れで断念。このシーンは、これまでと違って音楽もバンパーも一切なく静かな風とハードセンターのセリフ中心という構成です。ついに時間切れとなり大爆発に巻き込まれます。このシーンのShock Waveが最大の山場となっています。
参考に爆発シーンのスペクトルとLFEのみのスペクトルを紹介します。
3−4結 2h01’00”-2h06’20”
エンドロール 2h06’20”-2h10’00”
家庭に戻ったJamesの日常と再び前線へ出向くJamesのシーンをほぼ全面曲想を変えた音楽でエンディングまで構成します。前半は、アラブ風のボーカリーズとロックのリズム、2h08’19”からメロディを二胡が受け持ちしっとりとした音楽で終わります。
4 スコアリング音楽
冒頭から流れる1’51”の音楽を聴けばわかるように従来のオーケストラを主体とし様々な映像のカットやテンポに同期したCueを駆使したハリウッド・スタイルのスコアリング音楽ではないことがわかります。また明確なライト・モティーフやリフもありません。
音楽を担当したのは、Marco Beltrami ・Buck Sandersで彼らは、サンタモニカの海岸部にプライベート・スタジオ- Pianella Studioを所有しここで共同音楽制作を行うというスタイルで映画音楽作曲者として成功している典型的な制作フローと言えます。
作品に応じて伝統的なオーケストレーションも行うと思いますが、本作では、個々の楽器を録音し、それらを加工して組み上げていくといった手法で制作した2人は、音楽制作ついて以下のように述べています。
監督のKathrynからは、ハリウッドの伝統的なスコアリングスタイルではなく、戦場の恐ろしさを潜在意識として表現して欲しいとリクエストがありました。
このため、音楽は、
● 歪んだ感じ
● 中東楽器のダリシーマをイメージした音色
● サウンド・デザインと一体化した音楽
をコンセプトにし用意した楽器は、
● Apfの弦をアクリル板で弾く素材
● ギリシアのアーティストが持参した笛民族楽器と声
● AGtをハイピッチで演奏
● 二胡
● Vn Vc Cbx3 ミュート・ドラム
を用いて抽象的なイメージを加工して作っています。
気に入っている音楽は、
● イントロでのトンプソンが爆弾処理に行くシーンで使ったApfの無限音階手法「Sheppard Tone Effect」
● Jamesが初仕事で処理した6個の砲弾が埋まったシーンでの
Cb Vn Vcx3にApfとAGtの弦を擦った音に二胡をメインとした音楽
● 二胡を素材にPaulが作った風音
● 砂漠のロングショットに流れる弦楽器+二胡で構成したトラッキング・音楽でなどです。
本作では、サウンド・デザインのPaulとの共同制作により一体化したサウンドを作り出すためにお互いが同じことをやらないよう(clashed)、それぞれが作った素材をQT-Videoでやり取りして制作したのが成功の鍵だった。と述べています。
5 Foley.効果音 素材録音
サウンド・デザインを担当したPaulは、スエーデン生まれで、これまでに「スパイダーマン2」「ゼロ・ダークサーティ」でオスカーを受賞しています。
本作では、低予算ということもあり全て一人で担当していますが、その緻密で多彩な素材をデザインし、MIXした手腕は、まさに受賞にふさわしいと感じます。
シーンのポイントを強調するバンパーの役割にヘリコプターやF-14ジェット戦闘機がテンションを増幅する役割となり、ダイナミックスを生かすためのノンモンもうまく配置しレンジ感が表現されています。
ヨルダンでの撮影でProduction MixのRay Beckettと共に様々な素材を録音しておりコーランの祈り、街のアンビエンス、車、人々の声、動物と言った現場の雰囲気がよく出ています。Foleyのスタジオ・クレジットがないのでどこで録音したかわかりませんが、細々としたFoleyも大変丁寧です。また登場する武器のGun Shotや爆風は、ラスベガス郊外の砂漠で録音したと述べています。特に爆風の録音では、爆発した後に体で感じるShock Waveの風圧感が出るような素材を録音したと述べています。
登場するEODユニット3人のキャラクターもFoleyで区別したと述べており、
●気弱で不安げなエルドリッジの足音や動作音Foleyは、息を強調
●強気のJamesは、自信のある明快な音でそれぞれの性格を現したそうです。
ステムとなるPre-Mixは、行わないで全て素材で維持しD-Eトラック300トラックと音楽M-60トラックを一人でMIXしたそうです。Final Mix Studioは、クレジットがないので不明です。
終わりに
サウンドは、全て一人で完結という苦労とタフさを微塵も感じないサウンド・デザインだと思います。音楽のチームとも実によくコラボし、その成果は、随所に現れています。
参考資料編:映像についても少し紹介します。
撮影監督DPのBanny Ackroydは、監督のKathrynから臨場感のある映像でドキュメンタリー撮影を行っているようなイメージにしたいというリクエストがあり、「ステディカムやクレーン、ドリーといった収まりの良いショットでは無く手持ちカメラで機動的に撮影できるメリットを生かしてSuper16カメラ4台を常時マルチ・アングルで撮影し、そこから編集でストーリーを表現した。」と述べています。カットの途中でズーム・インしたりグラグラ揺れる手持ち感や荷台に乗せてドリーしたりと、伝統的なハリウッド式の撮影をやらずにTVドキュメンタリーの雰囲気で撮影したことがリアリティ表現につながったと思います。
爆発のスローモーションは、2K HDカメラで500f撮影です。使用したカメラは、
● Aaton A-Minima/XTR ProdにCanonレンズ
● ハイスピードカメラはREDLAKE 2K Video
です。デジタル・カメラ世代にはSuper-16というフィルム・カメラをしらないかもしれませんので普通の16mmとSuper-16mmの画角の違いを紹介します。
音声記録部分を無しにして横へフレームを拡張し、これをブローアップすると35mmの画角と合うため低予算制作でよく使用されます。例えば2001年John Moore監督制作の「Behind Enemy Lines」にその例を見ることができます。
「サラウンド入門」は実践的な解説書です。