November 29, 2023

2004年第76回アカデミー音響効果賞受賞 「Master and Commander」のサウンド・デザイン

Mick Sawaguchi 沢口音楽工房

Fellow M. AES/ips

                UNAMAS-Label・サラウンド寺子屋塾主宰


はじめに

2003年オーストラリアの監督P.Weirの作品です。1800 年代のイギリスとフランス帆船フリゲート艦による航海やバトルをドキュメンタリー・タッチでサウンド・デザインしたRichard Kingにとって初音響効果賞受賞作品になります。



彼のアクション作品における貢献は、ここからスタートしたと言えます。当時の大砲や銃器、ホーン岬で荒れ狂う嵐や風のデザインを中心に紹介します。

 

1 制作スタッフ


Director: Peter Weir

Sound Design: Richard King

Final Mix: Paul Massey D.M Hemphill

At 20c Fox John Ford theater

Music: Iva Davis Christopher Gordon Richard Tognetti

Music Rec and Mix :John Kurlander 

At Village Recorders Studio 20cFox Newman scoring stage capital studio

Foley Artist: Gary Hecker Nancy Parker

Production Sound: Arthur Rochester

Sound Recordist: John P.Fasal Eric Potter


2 ストーリーと主要登場人物


ナポレオン戦争中の1805年、イギリス海軍のフリゲート艦サプライズはラッキー・ジャックこと名艦長ジャック・オーブリー指揮の下、フランス海軍の新鋭艦で捕鯨船などを急襲し略奪を繰り返すアケロンの拿捕命令を受けていました。しかし、アケロン号は旧式のサプライズ号に比べ速度もまた艦の規模も勝っており、アケロン号との最初の戦いではサプライズ号側は甚大な被害を被ります。


オーブリー艦長は下士官たちのイギリスへの帰国希望をものともせず、さらにアケロン号の追撃を続けますが、嵐、それに続く無風状態など気候によるダメージによって船員たちの士気は低下の一方となります。また、オーブリーの部下に対する態度は、無二の親友であり、サプライズ号の医者、そして博物学者でもあるマチュリンとの間に、激しい口論を引き起こしてしまいます。こうした様々な不利な状況を乗り越え、オーブリー艦長以下サプライズ号の乗組員は知略を活かしアケロンと戦います。


3 起承転結毎の特徴的なサウンド・デザイン

3−1起

●当番兵が船内の各部屋を巡介して全体像を観客に紹介するシーンです。特別手の込んだデザインがおこなわれている訳ではありませんが、ここで紹介したのは、後述します船内のフィールドロケがDEVA-4CHで行われた大変自然な空間を紹介したいと思ったからです。ハリウッド流だとモノーラルかステレオアンビエンスを組み合わせてこうした空間を作る場合が多いのですが、実際の4CH素材が持つ自然な軋みや空間のつながりが大変すばらしい例です。この後も船室でセリフがメインのシーンでは何度も登場します。






フランスの私掠戦アケロン号から不意打ち攻撃されたシーンです。

砲弾が船側に当たり作列、その威力で船側や後壁の木の壁が木っ端微塵になり部屋中に散乱します。砲弾が飛んでくるときの低域ブーム音が大変印象的ですが、これは弓を弾いた音を近接マイクで録音した素材を加工して作ったそうです。16“の短い部分ですが全体の周波数分布と砲弾炸裂時のLFEも併せて示します。見事に全周波数帯域をバランスして使っていることがわかります。





国旗のはためき全面

帆や旗の素材は、モハビ砂漠にパーツを持参して録音しています。これもサウンド・デザインというにはシンプルですが、サラウンド全面を使った国旗のはためき音も存在感があって素晴らしいので紹介します。

3−2承

この部分は、主に将校室や船員の会話がメインで進行しますので特段のデザインは、ありません。


3−3転

●ホーン岬での荒れ狂う暴風雨デザイン

このデザインとラストに登場するアケロン号との壮絶なバトルシーンで音響効果賞が受賞されたと思います。実際に天候の悪い日を選んで帆船を海上に出して録音した波とバハのタンク特撮時に使った大量の放出水素材と彼らが考案した風音発生器による強風素材がデザインされ全面サラウンドの嵐がデザインされ低域から高域までバランスの良いMIXがなされています。特に風音には、原作を読んで動物が唸るような音がするというくだりを参考に様々なサンプリングVOICEを加えて生き物の感じを出したと述べています。




このシーンのスペクトルを見てもバランスの良さがわかると思います。


 ●船員から不吉を呼び込む将官と思われ無視されることに悩んだホロムは、当直の夜に砲弾を抱えて自殺してしまいます。甲板でしめやかにおこなわれる水葬儀式の背景になる波とはためく帆音という大変静かなダイナミックスのシーンです。



●ガラパゴス島の自然なアンビエンス 

失意のうちに帰国を決意した艦長一行は、休養と医者の動物調査のためガラパゴス島に立ちよります。そこで動物の収集や測定をおこなっている自然の何気ないアンビエンス です。作品のほとんどが船上シーンなのでこうした自然環境のアンビエンス は、観客にも気持ちを変える良いデザインだと言えます。



3−4結

●捕鯨船に偽装したイギリス艦船サプライズ号とフランスの私掠船アケロン号のバトルシーンです。トータル6‘43“あり前半がお互いの砲撃、後半はアケロン号にのり込んでのマスケット銃や刀による戦闘場面です。





このスペクトログラムを前半の砲撃中心と後半の小火器中心で示してみました。



小火器になると高域成分が高まっているのがここからもわかると思います。


4  Foley.効果音 素材録音

サウンド・デザインを担当したRichard Kingは、制作の一月前から原作を監督と読み、監督の全編過大なレベルの連続なる作品にはしたくないのでどこにどんなサウンドが必要かを検討してほしいとリクエストを受けデザインを検討したと述べています。以下は、彼がインタビューを受けた内容から参考になりそうな部分を中心に紹介します。


Gun

映画の主任歴史コンサルタントであるゴードン・ラコと私は、24ポンド砲と12ポンド砲を所有するミシガン州のコレクターを見つけ録音に協力してもらいました。私と、ラコ、およびサウンド・レコーディストのJohn Fasal. Eric Potterとミシガンに行き、近くのMichigan Army National Guard州兵基地で録音しました。 



1月のミシガン州の雪の中で、Zaxcom Devaの24ビット4チャンネルレコーダー、ステレオNagra、DATなど計6台で大砲の発射を記録しています。武器のような大きな音では、アナログの歪みがよい結果を生み出してくれるので、Nagraと2台のDATマシンを銃の近くに設置し、さまざまなマイク(大型ダイアフラムマイク、PZM)をさまざまな距離に設置しました。




私はポータブルDATとNeumann190ステレオマイクを備えたスノーモービルに乗り大砲のローエンドを得るために走り回わりました。近くのマイクからの亀裂音から、飛翔音、大きくて深い低域ブーム、頭上に向かっているショットそして、砲弾でなくガラクタ類の素材を詰めた発射音が空中を駆け巡る音などを録音することができました。 


Pre-mixの段階で大砲に、まだ十分な低域飛翔音が足りないと思い弓矢を引いたときの風切り音を追加録音しこれを素材に弾丸が飛んでいく低域空気音を作りました。

さらに砲撃を受けたときの散乱音のディテールが足りないと思い私たちは2、3日かけて、さまざまな木片(接合用ダボ、木片、ギザギザの木片その他のオブジェクト)で満たされたパチンコをマイクの前で発射し録音しました。これらから以下に示すような素材別の20−25のPRE-MIX素材を整理しました。

●大砲のショット

●空中を通過する音

●船弾着打撃音

●破片

●破片が床の表面に落ちる音

などでトータル32チャンネルのProToolsが6台動くことになりました。

マスケット銃の録音は、ロスアンゼルス郊外のサンタクラリタにある峡谷で録音しています。私たちはこの小さなマスケット銃のセッションをいくつか行いましたが、銃口からのフレア、7バレルのボレーガン、小さな大砲のようなホチキス砲を備えた小火器の録音を行いまた.75口径と.45口径の黒火薬マスケット銃の実弾発射も記録しました。



レコーダーは、5台用意し峡谷のさまざまな場所にマイクを設置。その中でもSchoepsのペアマイクを丘に向けた録音はとても素晴らしいサウンドでした。

ある録音では、素晴らしい低域ブームが記録できておりそれがどんな配置であったかをチェックしたところ、なんとスタンドが倒れて地面に横たわった状態での録音でマイクが地面に沿って伝わる音を捉えていたのです。平均的に良かったのは、銃器から46m以上離れた場所からのものでした。近接火薬の煙硝とアッタクのディテールには近接マイクをまた低域ブーム音は遠くの録音から得ています。



風音

私は、印象的な風音を得るために木製のフレームを考案し1インチと0.5インチの麻を上下に並べ、ターンバックルで締めトラックの床から20cm上に載せてそのトラックを48km/hの風が吹くモハベ砂漠で時速112km/hで走行しDevaに録音しました。レコーダーは、毛布と発砲スチロールで保護しマイクは、近接設置したのでトラックの音はまったく聞こえませんでした。また、楽器「ウィンドハープ」も設置し風切り音を録音しました。

そこで得られた素材とバーベキューや冷蔵庫の音などをmixし船上を通過する風のさまざまな音を作成しました。

ホーン岬での嵐のシーケンスをミックスしたときに、サンプリングされたボーカル要素をいくつか追加しました。 原作オブライアンの本の説明を読むと、嵐は「千匹の動物が拷問されている」ように聞こえるかもしれないと書かれておりそれをヒントにしたのです。

「また、撮影が終わってから数日後のメキシコ・バハのオープンセットは、巨大な水タンクがあり索具やデッキ、船全体を模倣した2つのフリゲート艦モデルに数トンの水を投棄しますがこのときの音も有効な素材となりました。



船がホーン岬を回るときに、さまざまな低域から高域までの素材を使用しました。普通の雨だけでなく、着氷性の雨でもあるので、その刺すような雨音が必要で課題は、すべてを有機的な全体にMIXすることでした。特定の瞬間ではなく、大きな単一のモンスター嵐です。この時は、監督のピーターが以前私にくれたアドバイスを思いおこしました。それは『細かいことにこだわりすぎると結果は、小さくなる』と言うことです。これが嵐のパラダイムです。詳細を聞きたいときに何かに集中する場合もありますが、全体をより印象的にする方法は、細部から離れて全体を俯瞰することでより印象的なものにすることです。」

帆船

船上素材音は、エンセナダ沖のローズ号とLAからの2隻の大型帆船で必要な船のきしみや揺れなどを3日間で録音しました。風が強い日に出かけたかったので、10mの高波と小型船の就航禁止警告がある日を選びました。海上では、大きな雷が鳴り響き、波が船の側面にぶつかりとても危険な天候でした。帆のドロップや揚げと取り付けをなど帆船操作素材に加えてデッキの下に設置した4CH-Devaで録音した部屋の空間は、実にリアリティのあるサラウンド空間が得られ多くのシーンで活躍しています。




 砂漠での帆と船上の動き

ロサンゼルス北部の砂漠で個別の帆の動きと帆上の風を記録しました。 「私たちはローズ号からいくつか帆を借りて、砂漠でマストを装備しました。」また映画の嵐のシーンのために異常な風の音を録音するために非常に長い時間を費やしました。多くの人間が動き回る船上騒音については、撮影終了後のローズ号が利用可能になりデッキを歩いたり、走ったり、動き回ったりする乗組員の動きをDevaに4CH録音しました。」


ADR

プロダクション・サウンドは「巨大な扇風機エンジンやタンクを使用して風と水を流すシーンといった特撮が大部分だったのでほとんどダイアログは、ロンドン、バンクーバー、オーストラリアでADRしています。「イギリスでは、12のガヤグループで様々な戦闘シーンのガヤを録音しています。この作品は、非常にフォーリーを多用する映画であり、ゲイリー・ヘッカーがFoleyを行い、戦闘シーンでの剣の戦いFoleyは、ロサンゼルスのソニーで録音しています。


5 スコアリング音楽

音楽は、大きく3タイプ+船員、将校の合唱、そして医者と艦長のVc-Vn演奏のソース・ミュジックに分類されます。トータルで43‘21’作品に占める割合は、31.5%と大変控えめです。

音楽スーパーバイザーのサイモン・レッドリーは、LAのザ・ビレッジで伝統的なハリウッドスコアリングと異なった型破りなスコアを録音することに取り組みました。メンバーは、オーストラリアのバンドIcehouseにいたIva Daviesがいます。彼はクラシックを勉強後ポップスターになりました。もう一人は、映画音楽の常連であるクリストファー・ゴードンと、オーストラリア室内管弦楽団の芸術監督であるリチャードト・ネッティがいます。これらの3人の異なる思考がコラボーレートされました。心象音として扱ったパートがたくさんありますが、これらは、シンセサイザーと高域中心の弦楽器、パーカッション、太鼓やベル、さまざまな金属サウンドなどで構成されています。

「監督のピーターは、従来のスコア音楽を望んでいませんでした」「緊張と精神を伝える何かを望んでいました。そのため、戦闘配置に着く前には、「ウォー・ドラム」があります。人々は戦闘映画にある種の音楽を期待していますが、ここではその期待を裏切っています。」いくつかクラシックの名曲を使用しましたが、これはFoxのNewman scoring stageで録音しました。





オーケストラを使用する代わりに、尺八と太鼓、リチャード・キングの作った奇妙な風があり、音楽を使わない長いシーンもあります。「ピーターは、映画を呼吸させるために十分なスペースを確保したかったのです」「これは、観客が絶え間ない効果と音楽の弾幕に埋め尽くされる映画ではありません。監督は、観客にその映画の中に同化しその世界の一部になり、一種のドキュメンタリー風のスタイルになり、船に乗って日常生活を送ることを望んでいる映画です。」とFinal MixのP.マッセイが述べています。


終わりに

サウンドには関係ありませんが、海上シーンの特撮を行ったメキシコBajaの巨大特撮シーンスタジオに興味がりましたので紹介したいと思います。

                                                 


 建設は、1996年で翌年J. Cameron監督のTitanicで世界的な評価を獲得しました。

2001年のPearl Harborでも大活躍し2003年本作に至っています。規模の大きさで現在世界最大級のWater tank-01を備えた特撮スタジオです。



October 30, 2023

2005年第77回音響効果賞受賞 「The Incredible」のサウンド・デザイン

                   Mick Sawaguchi 沢口音楽工房
                   Fellow M. AES/ips
                UNAMAS-Label・サラウンド寺子屋塾主宰


はじめに

2004年制作のPIXER ANIMATION『The Incredible』第77回アカデミー音響効果賞受賞作のサウンド・デザインを分析します。現在Sky-Walker Soundの音響部長になっているRandy Thomがサウンド・デザインを担当しています。彼は、マネージメント担当になってからは主にアニメーションのサウンド・デザインを担当することが多くなり後身に活躍の場を継承しています。2004年はもう一つのアニメーション『Polar Express』でもノミネーションされました。

彼は、駆け出しの1970年代にWalter Murchに師事し多くの勉強をした背景が彼のデザイン哲学に反映されていますので後述したいと思います。


1 制作スタッフ


Director: Brad Bird

Sound Design: Randy Thom Will Files

Final Mix: Randy Thom Gary Rizzo 

Music: Michael Giacchino

Music Rec and Mix: Dan Wallin

At Sony Pictures scoring Signet Sound and Abbey Road. Air Lyndhurst

Foley Artist: Jana Vance Dennie Thorpe Ellen Heuer

Dialogue ADR: Doc Kane

Sound Recordist: Jan Hessens


2 ストーリーと主要登場人物


1960年代に活躍したスーパー・ヒーロー達も近年訴訟を起こされるなど風当たりが強まり政府は、全てのスーパー・ヒーローを引退させ彼らは正体を隠して普通の生活を始めます。15年後その一人であるMr.インクレディブルことボブ・パーは、保険会社に勤務、一方妻となったイラスティガールことヘレンは生活に適応していますが長女ヴァイオレットは、能力を隠そうとするあまりネクラになり長男ダッシュは窮屈な生活にストレスを感じています。ボブもかつてのヒーロー仲間フロゾンとこっそり人助けをしてストレスを解消していました。


ある日、上司と口論となり会社を解雇されたボブのもとへ、謎の女性ミラージュからメッセージが届きます。彼女の依頼は「絶海の孤島にある政府の極秘研究施設から脱走した高性能戦闘ロボットを捕獲してほしい」という内容です。指定された孤島にてロボットを捕獲し自信を取り戻したボブに待ち受けていたのは更に強化されたロボット・オムニドロイドと、かつて自分が邪険に扱った少年バディ・パインことシンドロームでした。彼は、オムニロイドを強化し大都市を攻撃させそれを自分が倒すことによって、彼自身がヒーローになる計画を持っていたのです。ボブはシンドロームと対決しますが囚われてしまいます。一方、ヘレンはボブのスーツが修復されているのを発見しデザインしたエドナに相談しますが、逆に彼女が開発した新たなスーツを受領し探知装置からボブが孤島にいることを発見しジェット機で救出に向かいます。


ヘレンは、シンドロームの基地に潜入しボブと合流、こっそりついてきた子供ダッシュとヴァイオレットもシンドロームに立ち向かいますが全員囚われてしまいます。暴走を続けるオムニロイドに立ち向かうボブ一家は、スーパー・ヒーローに復帰したフロゾンと協力しオムニロイドを倒して街を救います。


家に戻ったボブ達の前に、再びシンドロームが現れますが一家の活躍でシンドロームは、爆死、一家も平和な生活を過ごすようになりますしかし今度は、地底からアンダー・マイナーと名乗る悪人が出現し彼らは、再びヒーローとして活躍することを暗示します。


3 起承転結毎の特徴的なサウンド・デザイン


3− 1起

●イントロは、ストーリーの紹介と主な登場人物の紹介がメインですので派手なサウンド・デザインはありません。ここでは女性のバッグを奪った泥棒を捕まえたボブと警官たちが街にいるワイドショットのアンビエンス 、次のヘレンとの結婚式へ向かうボブの車のリア移動のシーンを紹介します。ひそやかな素材ですが、とても奥行きが表現されていると思います。

3−2承

●15年後ボブは、平凡な保険会社員となっています。広いOFFICEに個々に仕切られたスペースがたくさんあり、粛々と仕事がおこなわれている雰囲気のデザインです。OFFICEの空調アンビエンス が4CH、リアで鳴るひそやかな電話のベルが広さをあらわしています。



●毎週水曜日にかつてのスーパー・ヒーロー仲間フロゾンと車の中で警察無線を傍受して事件があれば救援することで平凡な日常のストレスを発散しているとビル火災の一報を傍受しビルの室内で人々を救出するシーンです。

全面で燃え盛る炎、フロントでは、高域を含んだ落下する柱、燃える柱から吹き出る水蒸気、立ち上る炎のONが、リアでは低域中心の炎や軋みで包んでいます。シーンのラストでビルが崩落するカットのみ落下LFEがありますがビル内には使われていません。このシーン全体のスペクトラムも参照してください。







3−3転

●かつて邪険にしたインクディブル・ボーイは、今や強大な力を持つシンドロームとなりこれまでのスーパー・ヒーローたちを彼が開発したロボットにより次々と抹殺しています。そしてボブを倒すべく新たに開発した最新鋭オムニ・ロボットに乗ったシンドロームが、ボブと対決するシーンです。シンドロームの『It’s Bigger and Better』という声がリアから誇張されて響きロボットの大きさを表し、ロボットのファイト各種メカ音がフロントに、アタックLFEも強力です。




●シンドロームの司令室クロノスに侵入したボブは、巨大画面に現れたロボットの大都市攻撃まで残り時間8H10M41SECとの表示を見て脱出し救助に向かいますが、部屋を出ると四方が壁で粘着スティッキー砲弾を全周囲に構えた広場に出ます。



走り抜けようとするボブとリアからのアラート、全周囲から打ち込まれる砲弾の嵐という全面サラウンド定位で、砲弾は前後からFly-Overする迫力あるデザインです。このシーンのLFEスペアナも参照してください。



3−4結

●エドナが作った探知機でボブの居場所を発見したヘレンがジェット機で島へ救出に向かいますが、シンドローム側からミサイルが発射されてファイトする1‘38’のシーンです。ジェット機のファイト・シーンで筆者が印象に残っている作品の一つに1986年Tony Scott監督のTop Gunがあります。このジェット機のサウンドは、実際のフィールド録音で収集したそうですがこれだけではドラマティックにならなかったので動物の声を様々に加えたそうです。

本作では、素晴らしい飛翔音を聴くことができます。


●Velocipod円盤とダッシュ・ボブファミリーとの戦いシーンも全面サラウンドデザインで移動感も迫力たっぷりのデザインです。Tomは、この円盤がどうやって恐怖を観客に与えるかを検討しF-1レースの各種素材をベースにナイフ・金属片の高域成分で構成したと述べています。このシーンのLFEも参照してください。





4 スコアリング音楽


 

音楽は、Michael Giacchinoが担当です。彼は、1977年最初のビデオゲーム用フルオーケストラ音楽『The Lost World -Jurassic Park』で注目され、その後2004年本作が映画音楽デビューという経歴です。監督のBrad Birdからは、1960年代の雰囲気が欲しいとリクエストがあり、Scoring MixerのDanに相談したところこの時代は、アナログ録音で同時演奏同時録音だったので今回はそうした方法でやったらどうかとアドバイスをもらい、その方法でレコーディングしたと述べています。写真でもわかるように24TRKアナログレコーダー3台を同期して録音しマイキングにも多くのリボン・マイクロフォンが使われています。 



 

10秒の短いバンパーから結パートの25’11’の組曲までトータル78‘13“の音楽で作品に占める割合は、67.8%になります。 




レコーディングは、Sony Picturesのスコアリング・ステージです。ここは映画音楽に適した響きがあり一度も改装せずにそのまま現在も使っている歴史を持つスタジオです。




Scoring MixerのDan Wallinの名前は、2006年のLetter from Iwo-JimaでスコアリングMixerを担当したRobert Fernandezが私の師匠だとインタビューで語っていたのを思い出し、彼の経歴を調べてみました。1960年代から延べ500作品を60年にわたって活躍、2013年のStar Trek- Into Darkness を86歳で担当後現役を引退し現在は、ハワイで余生を楽しんでいます。


5 Foley.効果音 素材録音


Foleyは、Sky-Walkerのスタジオで録音したと思われ3人のFoley Artistが活躍しています。

ダッシュがVelocipodに追いかけられ超スピードで走る足音は、こんな具合で録音されています。



 

どんな素材がどのように使われたのか?想像してみるのも楽しいと思います。





Tomがインタビューで述べていた主なサウンドの素材は以下のようになります。


ベロシポッド

最初ジェット機を素材に考えましたが、この音は、どの映画でもすぐに思いつく素材でよく使われますし同様にロケットも同じです。ベロシポッドは時々ホバリングもしますのでそれにも対応できる素材を検討し最終的に私はF1レースカーをメインに使用しました。「ハイテク」な音ですし走行時だけでなくピットにいる間のアイドリングもホバリング用に適切と思いました。聴衆が「私は空飛ぶ円盤を見て、車を聞いている」と思わないように音を加工する必要がありました。最終的には、F1レーシングカー、ジェット通過音、ナイフの切れ味、鋭い金属片の摩擦音を組み合わせ観客は、ベロシポッドから危険を感じることができるサウンドにしました。


ボブの車

エンジンの回転は、さらにハイテクに聞こえるようにプロセスされたジェットタービンから作りました。


バイオレットが使うシールド

主要なコンポーネントの1つは、サンタローザとメンドシノの中間の山頂にある高圧送電線にぶつかる宇宙線と無線周波数信号の録音素材です。こうしたエキゾチックな音は特徴がありすぎてあまり役に立たないことがよくありますが、ここでは見事にはまりました。


バイオレットのシールド飛翔音

これに決まるまで多くのCUT&TRYがありましたが最終的に巨大なエクササイズボールをバウンドさせた素材を弾道音に使用しました。


エラスティック・ガールの着ているスーツの伸縮音

彼女の伸縮性のあるサウンドを作成するのは特にトリッキーでした。シルクのシーツを見つけてきたフォーリー・アーティストは、シルクのシーツに指をかけ非常に滑らかなシューッという音を作り出してくれました。


シンドロームが開発したロボット

以前から、カリフォルニア大学バークレー校のロボット工学研究室で実際の小型ロボットを録音してアーカイブしていました。ある生徒は、クラスプロジェクト用にロボットを設計および構築していました。彼の設計したロボットがお披露目になる1、2日前に、私はたまたまロボットの素材を録音したいと思い再び訪問し私が部屋に入ったとき彼のロボットはトラブルから電子フィードバックが発生し揺れ動いていました。これは使えるサウンドになるとすかさずレコーダーの電源を入れ録音したのがこの素材です。


終わりに


筆者は、2002年に兼六館から『サラウンド・ハンドブック』を出版しましたが、その時にもRandy Thomのサウンド・デザイン哲学を紹介しました。彼のサウンド・デザインがとても自然で、かつ大胆なところが印象に残っています。


例えば

⚫️ 1991年のBackdraftでの地を這う炎、

⚫️1994年Forrest Gumpの仲間にいじめられて走り義足が外れるスローモーション・シーン、

⚫️1997年Contactの冒頭のシーンで事故かと思うほどの長いノンモン、

⚫️2000年Cast Awayで音楽を使わないで表現した島の生活での風と波音などです。

彼の経歴は、1970年代バークレーでKPFA局のプロデューサーをしながら映画にのめり込み編集者であったWalter Murchに心酔、直接コンタクトして彼の仕事を後ろで見学する機会を得、彼から『ここで学んだことをまとめてみなさい。』と言われたことに始まっています。その後Walter Murchがフランシス・コッポラの『Apocalypse Now』のサウンドを担当することになりRandyも後ろで見学する機会を得て、そこで得た結果が今日の彼の考え方の土台になっていると回想しています。写真の左後ろにいるのが彼です。


 言われたことを問題なくやれば十分といった受け身でなくチャンスを自ら掴む行動力の賜物だと思います。