February 17, 2024

2002年第75回アカデミー音響効果賞受賞 ロードオブザリング「2つの塔」のサウンド・デザイン

Mick Sawaguchi 沢口音楽工房

                   Fellow M. AES/ips

                UNAMAS-Label・サラウンド寺子屋塾主宰


はじめに

2002年第75回アカデミー音響効果賞を受賞しベストサウンドMIXINGにもノミネートされたニュージランドの作品「ロードオブザリング」シリーズの2作目「2つの塔」を取り上げます。ピーター.ジャクソン監督率いるニュージランドWeta -DigitalのCG技術と映画製作の力量を世界に知らしめた3時間にも及ぶ大作です。



 

1 スタッフ

Director: Peter Jackson

Sound Design: David Farmer/Ethan Vander Ryn/Mike Hopkins

Final MIX: Christopher Boyes/Michael Semanick/Michal Hedges 

at Park Road Post Production N.Z

Foley Artist :Narelle Ahrens/Les Fiddess/Phil Heywood/Paul Huntingford

/Carolyn McLaughlin at Redline Sound Studio

Sound Recordist: Malcom Cromie/Ken Saville

Production Sound: Hammond Peck


Music: Howard Shore

Music Rec: John Kurlander at Watford Town Hall etc

Music MIX: Peter Cobbin at Abby Road studio London



2 ストーリと主要登場人物

ホビット庄のフロドとサム2人は、「リング」を消滅させるべくモルドールの「滅びの山」への旅を続けています。フロドは、悪鬼バルログと戦って奈落に堕ちたガンダルフの夢を見て目覚めますがまた旅を続けます。荒涼としたエミン・ムイルの荒野を行く2人を指輪の前の持ち主ゴラムも追っていますが2人に見つかり捉えられます。決着をつけようというサムを制してフロドは、モルドールへの道案内をさせ、やがてモルドールの入り口「黒門」へと辿りつきます。


一方2人と離れ離れになったアラゴルンとレゴラスとギムリの3人は、オークとウルク-ハイにさらわれたメリーとピピン探すため彼らの痕跡を追いながら太古の森ファンゴルンへとたどり着きます。そこで白の魔法使いとして復活したガンダルフと再会を果たすとアイゼンガルトのサルマンに狙われている人間の国ローハンの危機を救うべくローハンの都エドラスに向かいます。



都であるエドラスの王セオドンを復活させた4人は、1万人のウルク-ハイの軍団が攻撃してくることを告げセオデンは、国民と共にヘルム峡谷の石の要塞「角笛城」で決戦を行うことを決意します。しかし戦える味方は、300人しかいません。ガンダルフは、白馬にまたがり、「5日目の朝日が昇る頃に援軍を連れて戻る」と言い残し出かけます。一方フロドとサムは、ファラミアの軍隊に捕らえられオスギリアスの砦へと連行されます。

進軍してきたサルマン1万の軍勢は、角笛城前へ到着し戦いの火蓋は切られ、もうこれまでと覚悟したみんなの前に到着したガンダルフの援軍により奇跡的な勝利を得ます。


森の木の巨人エントに助けられたメリーとピピンは、彼らとアイゼンガルドのオルサンクを襲撃しダムの決壊によりサルマンの拠点を崩壊させます。


一方ゴンドールでは、ファラミアがフロドを父に引き渡そうとしていましたが、ナズグルが現れ指輪を狙いフロドに襲いかかります。ナズグルを追い返したファラミアは、サムとフロドの死を覚悟した「リング」消滅の使命に共感しフロド達を解放します。こうしてフロドとサムは、再び「滅びの山」を目指して旅を続けます。

3 起承転結と特徴的なサウンド・デザイン例

3−1 プレオープニング 4’05”

ロゴからタイトルまでの40”は、メインタイトルMUSICのメロディパートをブラスが受け持ちメインタイトル登場カットをキューにしてストリングスのメロディになり、ラストはコーラスという構成で3’40”のプレオープニング全体を包んでいます。

このシーンは、1作目の「The Fellowship of the Ring」のラストに登場した闇の宮殿の回想場面です。山のロングから闇の宮殿、洞窟内までは、4CHで薄く風音がありガンダルクの声も最初は、響を伴った不鮮明な音質から洞窟内の闇のモンスターとの戦いにズームインして実音となります。本作では、ホビットであるフロドたちと人間や怪獣、怪鳥と大きなサイズの違いがあることをFoleyでも強調するために従来、ハードセンター定位が基本のFoley音は、L-C-Rのフロント3CHに分配してFoley自体も巨大さを出しています。闇のモンスターのしっぽの動きは、サラウンドのFly-Overを活用し大胆な動きとなっています。

音楽も同様ですが本シリーズは、LFE CHが活用されておりモンスターとの格闘シーンもフルビットレベルになるLFEが使われています。ガンダルフがモンスターに止めを刺し地底へ落下するロングのカットをキューポイントにScoring MUSICは、オーケストラからコーラスへ変化しフレーズ終わりのタイミングを受けて雷鳴と風音になりフロドとサムが岩場で寝ていて夢を見ていたという現実のシーンに「Just a Dream」という台詞で転換しています。

回想シーンでほぼ使い切ったダイナミックスと夢から覚めたフロドたちの岩場の静かな風音の対比により見事なレンジ感が設定されています。

3−2 起 47’32”


滅びの山を目指して旅を続ける2人のカットでタイトルが登場し2作目が始まります。ここは、2人が道に迷いながら旅をしている一般的な設定ですが、滅びの山の不気味さを表すため全面サラウンドで展開しその余韻が、R-CHに残ります。


ゴラムの追跡とフロドたちによる捕捉、そしてもうひとつの展開であるアラゴルン等3人の動きや、オークによる村の襲撃、ピピンとメリーを誘拐したオークの行動といったこれからのストーリ展開に必要な情報部分は、全てSCORING MUSICで包んでいます。

ウルクーハイ軍団が休憩するシーンで彼らの蠢きには、多くの動物の声が使われていますので紹介します。

オークとピピン等一行をローハンの騎士たちが攻撃し殲滅した場所へアラゴルンたちが探しにくる場面では、ピピンたちが生きていると推測するカットバックシーンがあります。ここは、低域成分のみの風音がサラウンドで回転するデザインで現実との対比をつけています。

オークから逃れたピピンとメリーは、ファンゴンの森に逃げ込みますが、ここで出会う森の巨人エントの台詞は、巨大さを出すために以下のようなデザインにしています。

L-Rは、ノーマルピッチでレベルは、低めに定位

ハードセンターは、オクターブ低めの台詞を大きなレベルで定位+木製キャビネット内で再生した台詞の共振付加

LFEは、ハードセンター素材を使用

LS-RSは、ノーマルピッチの台詞をL-Rより小さいレベルで定位


フロド達がモルドールに行くために近道して死者の沼を横断するシーンでは、水中に沈んでいる死者がフロドを水に引き込んでしまう場面が登場します。


ここは、

水中アンビエンス音が4CHで定位

死者の叫び声が回転

低域の衝撃音アクセント

というデザインです。ゴラムに水中から助け上げられるとこの全面サラウンド空間は、静かな4CHアンビエンスのみとなり音場のコントラストを明確に出しています。

沼地で一夜を過ごすフロド達にリングを探しているナズグルが怪鳥にのって登場します。この怪鳥のデザインは、2h35’10’にも登場しますが、 




羽音が全面4CHに定位

羽ばたき音の低域がLFE

鳴き声が回転

という構成です。ナズグルの巨大な羽音の素材は、ニュージランド、ウエリントンの公園の芝生に広げた幅広のシーツを操作した素材が使われ飛翔音素材は、チーズのブロックを糸で結んで回転させた空気音が使われています。

アラゴルンたちは、ピピンたちを探してファンゴンの森へ踏み込んできますが、ここで地底に落ち行方不明となっていたガンダルフと再開します。どうやって再び戻って来たのかを説明するガンダルフのモノローグは、ハードセンターをメインに4CHにもやや小さめのレベルで定位させることで「音の壁」を作るデザインです。 


3−3 承 105’26”

モルドールの入り口黒門まできたフロドたちは、強固な守備に驚愕します。門を守るオークの軍勢の行進や地鳴りといった効果音素材も、ウエリントンで静かな夜に録音したFoley素材が使われています。

ローハンの城へ到着したガンダルフ達4人とそれを迎えるセオデン王のシーンでは、城のモティーフとしてHARDANGER FIDDLEというノルウエーの民族楽器がソロをとるオーケストラが活躍します。音楽パートで述べますが、ロード オブ.リングの音楽は、随所に多用される特定の人物や、場所等に応じたライトモティーフ満載なのも本作の特徴といえます。


フロド達は、黒門からの侵入を断念し、別の迂回路から滅びの山をめざします。洞窟で一夜を過ごすゴラムが、フロド達を助けようとする善のゴラムースメアゴルとリングを取り戻そうとする悪のゴラムが内心で争うシーンも、ゴラムのモティーフが登場しハンガリーの民族楽器サンツールに似た打弦楽器が活躍しています。



峡谷で最後の戦いを行う決意をしたセオドン王たちは、角笛城へ到達します。ここならどんな敵も防げると豪語するセオドン王をあざけるようにアイゼンガルトのサルマンが1万の軍に向かって攻撃命令を出します。

これに応える軍団の声は、サラウンド音場定位で迫ってきます。この素材録音は、ウエリントンのウエスト.パックスタジアムで開催されたクリケット試合のハーフタイムを利用し2万人の観客に監督自ら指示をだし録音した群衆素材が使われています。加工合成による群衆ではない本物の迫力は、実にリアリティがあります。参考にスペクトルも紹介します。 








3−4 転 155’46”

ローハンの騎士ファラミアに捉えられたフロド達は、禁断の池で野営し、そこでフロドがリングを持っている事を知ったファラミアがリングを奪おうとします。ここでリングのモティーフが登場します。第一話でリングが床に落ちるスローモーションカットがありました。この時は、軽いリングに似合わない重たい金属が床に落下する物理音が使われました。

2部以降のリングのモティーフは、ボーカルスキャットやコーラスをもとにしたイメージ音が使われています。これは、魔力をもったリングの存在をどう表すか検討したサウンドチームの結果のひとつだとインタビューで述べています。

角笛城では、武器を持てる兵と老人、子供合わせて300人でオーク軍1万の攻撃をむかえます。






バトルの山場となるこのシーンは、城壁の上で守りを固めたセオドン軍のロングショットでかすかな甲冑のきしみ音と風音という微少ダイナミックスを設定し、やがて4CH定位で遠雷が轟き、甲冑に当たる雨音が聞こえます。オーク軍は、たっぷりのLFEを含んだ地鳴りを伴って進軍、声や息のアップが聞こえ始めます。

この進軍の重低音を含んだ迫力は、サウンド・デザイン担当のDavid Farmerが、火山で吹き出しているゴボゴボという素材を録音し、多重合成した上で、マニュアルフェーダーコントロールでリズムを作りだしたそうです。オーク軍の声やウルクーハイ、怪鳥やモンスターといった素材は、様々な動物の声を録音し素材にしています。

転シークエンス内の戦闘シーンは、2ブロックあり、

効果音がメインで音楽がUNDER SCOREのバランス

音楽メインで控えめな効果音バランス

という構成です。これは2つの戦闘シーンをどちらも同じようなサウンドで構成すれば観客が飽きてしまうことを避けた結果だと思います。効果音メインの9’44”戦闘シーン01では、

地鳴りの重低音 L-C-R+LFE

雷鳴 群衆 サラウンド

剣刃音/弓/足音/倒れる/はしごタッチ/爆薬セット ハードセンター

アップの刀の動き/矢の飛翔 サラウンド

石落下/木落下/正門破壊 ハードセンター+LFE

城壁爆発崩壊 サラウンド

といった各種効果音がデザインされています。参考にスペクトラムも紹介します。







もうひとつ6’00”の戦闘シーン02は、音楽が中心で派手な効果音は、あまり登場しません。



リングを父の執政官へ届けようとゴンドールの一画へ到着したファラミア部隊の前にリングがリングの創造主サウロンを呼び、その使いであるナズグルがやってきます。「奴らがやってくるぞ」というフロドの予告は、4CH全面を使った台詞のサウンド.ウオールと怪鳥なズグルの羽音低域成分がLFE CHのみという構成で、次に実際にナズグルが登場すると羽音が全面サラウンドで展開するデザインです。


意識を失いそうになるフロドにサムが声を掛けます。「しっかりして!」そして息が印象的にこれも全面サラウンドで登場し塔がくずれて川に落ちた石の音をキューに意識が、現実に戻っています。


3−5 結 171’37”


城の正門を破る破砕機のアタック音から結パートになります。覚悟を決めた王とアラゴルンのカットに破砕機のカットがインサートされますがここは、象徴的に破砕機が門を砕くアタック音だけでリアルな軍勢アンビエンスや攻撃音はありません、これにより緊迫感を印象的にあらわすことに成功していると思います。参考にスペクトラムも紹介します。 






角笛城のシンボルである角笛が全面サラウンドで吹き鳴らされ、いよいよ最期かと思う時に援軍がやってきます。

ナズグルと対峙したフロドは、リングを渡しそうになります。ここも印象的に全面で羽音が不気味に響くだけで回りの戦闘音は、ありません。

サムが、2人の行動と意義をモノローグで語る38”のカットは、静かな風音だけでノンモンに近いレベルとなり、これまでの一大戦闘シーンの迫力を観客からワイプアウトする働きをしています。

フロドとサムそして2重人格のゴラムが、再び滅びの山を目指します。



 3−6 エピローグ  179’00”

山を目指す3人のカットから流れているオーケストラUnderscore Musicが継続しエンドクレジットになると音楽は、リアCHを強調したコーラスがメインとなり3時間の長編が終わります。

4 デザイン上の特徴

アクションの多い映画は、いきおい全編ラウドなバランスになりがちですが、本作では、静かな部分から始まりバトル.シーンに展開するといったレンジの設定が良く検討されています。チーフ.ミキシングを行ったChris Boyesは、「パール.ハーバー」や「タイタニック」といった作品を担当しており、こうしたスペクタクル.アクション映画でのレンジの設定に経験が豊富なことも貢献していると思います。シーンの転換は、殆ど音楽にゆだねられていますのでサウンド・デザインの点から特別工夫したところは、見られません。デザインの点で工夫したのは、

物語の大きな役割をする「リング」の存在

ウルクーハイやオーク、ナスグル、エント、サウロンといったキャラクターの設定

1万人にも及ぶ大軍団の迫力、行進や戦闘とLFE

Foley素材の綿密な録音と制作

ではないかと思います。リング.シリーズを撮影したウエリントンのスタジオは、隣が飛行場という場所で同録音を使うことは出来ず、ほぼ100%ADRしていますが全編ADRと感じない自然な台詞MIXも、地味ながら大きな貢献をしています。

5 音楽

作曲を担当したHoward Shoreは、1946年カナダ.トロント出身で、当初は、オカルト作品に多くの音楽を提供していましたが1991年のアカデミー作品賞を受賞したJonathan Demmme 監督「羊達の沈黙」の音楽で大きなチャンスをつかんでいます。 



ロード.オブ.ザリングでは3作全てを担当、その続編となるホビット.シリーも担当し100名を超す大規模なオーケストラと英語以外の言語による合唱や様々な民族楽器を取り入れたモティーフを作曲しています。

『余談ですが、2005年制作で同じくアカデミー賞を受賞したピーター・ジャクソン監督作King Kongも彼が担当する予定で、Howard Shoreは、事前にヨーロッパでレコーディングを進めて80%完成していたにもかかわらず公開3週間前に突然James Newton Howardに変更しています。』


本作では、特定の人物や場所の設定にそれぞれモティーフを設定して表現しています。

音楽録音は、Abby RoadスタジオをメインMIX拠点にしてWatford Town Hall .CTS .Air-Lyndhurst .Henry Wood Hall等で平行して録音が行われるという過密スケジュールで音源をまとめるために3TBのストレージを持ったA/V SAN PROというファイルベース.ネットワークを構築し、MIXした音楽は、ニュージランドのFinal Mixにもネットワークで送るというシステムを構築し制作しています。





 6 効果音 Foley

音響効果チームは、半年かけて素材を用意したそうです。映像とのシンクが必要なFoley素材は、Redline Sound というFoley stageで録音していますが、新たに作り上げなくてはならない素材については、音響効果チームのDavid Farmerが中心となって、ウエリントンの各地で素材録音をしたことが彼のビデオから分かります。興味ある方は、You-TubeでDavid Farmer Channelで検索してください。一例を上げると以下のような素材です。

◎ ナズグル怪鳥やオーク、ウルクーハイといった生き物には、オーガニックな素材を使うという手法で、トラ.ライオン.セイウチ.サイ.ロバといった本物の動物のなき声と彼ら自身の声(Vocalizing)を使用。

◎ シンクが必要ない剣.ナイフ.倒木.矢の着地.飛翔音.石.羽音.炎等は、屋内外で録音。戦闘集団の刀は、フェンシング.クラブで録音、行進は、夜に集団で歩いてもらうなど地道に素材を集積したことが分かります。

◎ 素材をスピーカ再生し録音するというアナログ手法(Worldising)も取り入れ森の巨人エントの台詞は、木のキャビネット内で再生し共振したサウンドを使っています。空間の響きが必要なシーンもリバーブでなく、実際のトンネル内でスピーカ再生した響きを使う等、有機物のテーストを取り入れています。












おわりに

それぞれ3時間にも及ぶ3部作を3年で制作するためにかなり過酷なスケジュールがどのセクションでも求められたとインタビューで述べられていますが、音楽制作時もHoward Shoreとサウンドチームは、お互いの音源をネット経由でやり取りし相乗効果のでるサウンドをめざしたそうです。監督のPeter Jacksonも、Final Mixと平行して行われた音楽制作の立ち会いでロンドンにいましたのでFinal Mixをサウンドチームだけで行い完成したMIXクリップをネットでロンドンへ送りホテルに設置したプロツールズと5.1ch再生システムで監督がチェックし、その結果をニュージランドのサウンド・チームへフィードバックするというやりとりをしながら進行したと述べています。

1970年代「地獄の黙示録」を制作していたコッポラ監督の場合は、ホテルにVHSテープ素材が送られ、それを見ながら編集の指示を出していました。そんな時代からみれば、現在は、まさにデジタルとネットの時代だということが実感できます。