July 16, 2024

2000年第73回アカデミー音響効果賞 「U-571」のサウンド・デザイン

Mick Sawaguchi 沢口音楽工房

                   Fellow M. AES/ips

                UNAMAS-Label・サラウンド寺子屋塾主宰


  


               
はじめに

潜水艦映画の名作と言われるのは,古くは,1957年の「The Enemy Below」に始まり、「U-ボート」「レッドオクトーバーを追え」等が上げられ近作で素晴らしいと筆者が感じたのは、2018年「Hunter Killer」です。U-571は、2000年第73回アカデミー音響効果賞を受賞しBEST MIXにもノミネートされた潜水艦をテーマにしたアメリカ作品でサラウンド音響も静寂から水中での爆雷攻撃まで広大なダイナミックレンジ表現と台詞の明瞭度を確保するためにSONY SDDS 8CHサラウンドで制作されたのも大きな特徴といえます。


1 スタッフ

Director: Jonathan Mostow

Supervising Sound Editor: Jon Johnson

Sound Design: Keith Bilderbeck/Angelo Palazzo/Sandy Gerdler/Tim Gedemer

Foley Artist: Edward Steidele/Jerry Trent at Sound Satisfaction 

SFX Sound Editor: Keith Bilderbeck

SE Sound Editor: Bruce Stubblefield

Production Sound: Ivan Sharrock

Sound Recordist: Charles Maynes/Migunel Rivera/Keith Bilderbeck 

Final MIX: Steve Maslow/Gregg Landaker/Rick Kline at Universal Post

 



Music: Richard Marvin

Score rec/mix: Dennis Sands at O’Henry Sound St Burbank


2 ストーリと主要登場人物

1942年北大西洋上で輸送船団を攻撃、撃沈したドイツ潜水艦U-571号。しかし、イギリスの駆逐艦に発見、攻撃され航行不能となり救難信号を発信します。  信号送出に使われている暗号機「エニグマ」これが,本作のメインテーマとなります。救難を傍受したアメリカ海軍は、帰港中の潜水艦S-33をUボートに偽装し救援を装ってU571号からドイツの最新暗号機「エニグマ」を奪取する作戦を開始します。

 



 S-33の副長タイラーは、潜水艦艦長への昇進を申請していましたがS-33の艦長ダルグレン少佐から「全員の命を預かり一人で決断できる覚悟がまだ出来ていない」と却下されます。休息を楽しんでいたクルーに突然命令が出され港へ集合するとS-33は、ドイツのU-ボートに偽装され直ちに出向命令が出されます。 


S-33には、海兵隊特殊部隊のクーナン少佐・ハーシュ大尉が機材とともに乗船し出航後、クーナン少佐から「今大西洋を漂流しているU-571を救出すると見せかけて艦内に乗り込みエニグマ暗号機を奪取する」と知らされます。

嵐の夜に作戦は、無事実行され、「エニグマ暗号機」を抱えて奇襲チームがS-33へ移動しようしたところへU-571号の救援に駆けつけたUボートによりS-33が撃沈され艦長もそしてクーナン少佐たちも海に沈んでしまいます。


U-571に取り残されたタイラー副長らは、ドイツのUボート571号を操縦しドイツの潜水艦や駆逐艦と立ち向かいながら、最後に残った1発の魚雷発射に全てをかけ作戦を実行します。この戦いのなかでタイラー副長は、クルーの命を預かり一人で決断する真の意味を体得し、エニグマ暗号機とともに帰還します。


3 起承転結と特徴的なサウンド・デザイン

プレオープニング 8’41”

カットは、一転して眼のクローズアップとなり、ズームアウトするとそれは、艦長が潜望鏡でイギリスの輸送船団を狙っているU-ボート内と分かります。ここから、何かが始まるという予感を感じるスコアリング音楽が始まり、3’20”続きます。静かに高域のFoley音で潜望鏡が回り魚雷を装填し発射するまでの潜水艦内のメカ音が丁寧なFoleyで表現されます。本作でのポイントとなるU-ボート内で発生するあらゆるメカ音は、サンフランシスコ湾に博物館として係留、展示されている1942年建造の「USS PAMPANITO」号内のメカ音ロケーション素材が活躍しています。 



魚雷が発射され艦内に爆発音が響きます。ここは、フルビット近いLFEをメインに低域中心の爆発音がリアCHへ、少し高域を含んだ爆発音がフロントCHという設定が大変リアルにデザインされています。この魚雷装填から輸送船の爆発までのシーンは、サラウンド感たっぷりのデザインです。



爆雷投下から爆発までは、ハードセンターに主要な台詞とソナー音、L-Rに乗組員が爆発等で反応する叫び声やため息、密やかな水滴音が定位し爆雷の爆発がモノーラル音源の独立素材4CHで構成されています。この独立爆発音によって艦内を取り巻いていろいろな場所で爆雷が爆発している広さが表現されています。


爆雷攻撃フルビットMIX ALLのスペクトラムを紹介します。






 

爆雷攻撃LFEのスペクトラム

                                       

 

爆雷は、だんだん近くなり、それに伴って爆発音も巨大で高域成分とLFEを活用した最大レベルで爆発します。U-ボートは、被弾し機関室は火災発生、エンジンも停止に追い込まれます。状況報告を受ける艦内は、一転して水滴音とエンジンノイズ、そしてときおり不気味に響くきしみ音に変化し、被弾シーンとの大きなレンジ感を表現しています。浮上しベルリンへ救援の打電を艦長が指令するとここで本作の主要キャラクターとなる「エニグマ暗号機」による打電が始まり夜の広大な海とエニグマ打電音が広いサラウンド音場に響きます。この夜の海のサラウンド音場にスネアドラムがスネークインし、アップサイズでシャンパンの開栓音がカットインしてイントロは、終了です。

このイントロ部分で、本作の音響効果主役となるリアルなメカ音と魚雷や爆雷の攻撃、爆発音が勢揃いします。これをどう静寂と構成するかが本作の聞き所ではないかと思います。


 起 33’28”

U-ボートからエニグマ暗号機を捕獲するアメリカの潜水艦S-33と乗組員、行動目的を紹介しています。先行したスネアーのロールは、つかの間の休息を楽しんでいるクルーのPARTY会場で演奏しているビッグバンドのスコアリング音楽だったことが分かります。会場の雰囲気は、フロント側でバンド演奏が定位、リア側で人々のにぎわいやダンスに興じる声が大きく強調されサラウンド空間がはっきり提示されます。コントラストをつけるようにレストラン屋外の車中で海軍司令部からの昇進却下文を読むタイラー大尉のシーンは、バンド演奏スコアリングが、小さくハードセンター定位となり、会場から漏れ聞こえるアンビエンスがL-Rに定位することでPARTY会場とはっきりしたコントラストを表しています。楽しいPARTYは、突然入ってきたMPの吹く笛音でカットアウトしS-33クルーは、ドッグへ急遽帰投します。

S-33は、U-ボートに偽装し大西洋上で被弾、漂流しているU-ボートから「エニグマ暗号機」を捕獲する緊急指令を実行することになるのです。そのための偽装工事音や機材の移動、車両移動音や人々のざわめき等が、サラウンド空間にちりばめられて夜のドッッグの雰囲気を秀逸に表現しています。



 

本作のライト・モティーフとなっている行動開始で用いるスコアリング音楽とともにS-33は、出航します。S-33の潜航シーンは、艦内で艦長の指令がハードセンター定位にあり、響きがリアに定位し潜航開始のベルがリアに定位するデザインです。続く海中シーンでは、潜水艦が潜航する俯瞰ショットに左右フロントからリアに潜航水音が明確な移動感を表すフライオーバー.デザインです。艦内では、艦長ダルグレン中佐からタイラー大尉へ「艦長になるには、迷わず決断しなければならない」という忠告が告げられます。この起シーンでは、大切なきっかけを強調するために5曲のアンダースコア音楽が使われています。

 



承 46’21”


夜の荒波を進むS-33のワイドショットは、4CH構成で雨と波が定位し潜水艦にぶつかる波音の低域振動がLFEで大胆に表現されています。



 

次のカットは、艦長以下士官クラスが大荒れのなかで食事をしています。4CH定位で艦内のきしみ音が単発的に響きテーブルに並んだ食器は、揺れるたびに360°揺れ動き、狭いテーブルがサラウンド全面で表現されるというデザインです。

レーダーが、U-ボートを発見し作戦開始です。荒波の夜にU-ボートに向かってゴムボートを漕いでいくシーンは、定番の雷鳴と波音と雨が4CH定位しフロントには、ボートにあたるクローズアップの波音でリアルな音場を作りだしています。注意して聞くとリア側には、攻撃チームの緊張した息がかすかに聞こえます。

乗り込んだチームは,艦内でドイツのクルーと戦闘になりますが、このデザインは,閉空間を表すためにハードセンターで機銃音があり、反響音がリア側に定位するデザインです。無事エニグマを捕獲し、艦内で証拠の写真をとるためのカメラのフラッシュでシーンを収めています。

転 85’32”

エニグマ暗号機の捕獲に成功したと思いきや逆転劇が始まります。救援にきたドイツのU-ボートからS-33めがけて魚雷が発射され大爆発とともにも沈没してしまいます。この大爆発も360°のサラウンドとLFEたっぷりの音場です。U-ボートに残ったタイラー大尉以下8名のクルーは、相手のU-ボートと魚雷戦となります。水中戦素材は、水中マイクで録音した各種素材が使われています。

今後の方針をクルーで話し合うシーンと機関長チーフがタイラー大尉に「艦長は、迷ってはいけない決断するのです」と忠告するシーンは、戦闘とコントラストをつけた静かな4CHエンジン.アンビエンスだけです。この静けさと戦闘シーンのダイナミックスの差の使い分けは、本作のMIXを担当したチームも慎重に検討したと述べています。

U-ボートを沈めたS-33に今度は、ドイツの駆逐艦が現れます。 

 





駆逐艦の底をくぐって潜航したU-ボートと駆逐艦の知恵比べが開始されます。駆逐艦の巨スクリュー音が全開すると360°のサラウンドで気泡と水音が回転します。  





駆逐艦からの爆雷攻撃シーンは,遠くで爆発する爆雷シーンとU-ボートを直撃した爆雷音の2タイプです。頭上で遠く爆発するシーンのデザインは、距離感と頭上という空間が素晴らしいデザインです。




まずLFEだけで爆雷音が登場し、それにフロントとリアでの爆発が徐々に加わることで駆逐艦から落下してきた爆雷という動きを表し爆雷爆発の前に必ず予感としてきしむアクセント音が付加され緊張感を出しています。爆雷直撃シーンは、まさにフルビット全CH全開のサウンドでレベルメーターを見ると均一フルビットです!!  



ここもMIX ALLとLFEのみのスペクトラムを紹介します。 






損傷を受けたU-ボート内は、一転して艦内のうめき声と水音などがかすかに響く事でコントラストを出しています。タイラー大尉が機関室のタンクへ問いかけする「魚雷を発射できるように直せるか?YESかNOで答えろ!」という台詞でタイラーが,本物の艦長になったことを示すアンダースコア音楽が印象的です。 


結 109’32”

タイラー大尉が、最後の魚雷で駆逐艦を攻撃する計画に沿ってU-ボートは、160mまで潜航します。そして被弾したと見せかけ燃料やゴミ,死体を放出し駆逐艦の動きをソナーで探索します。このシーンは、遠くで爆発する爆雷が低域のみで響き、4CH定位でクルーのため息がかすかに感じられるデザインで閉塞空間と頭上という音場を表しています。被弾していない事が分かった駆逐艦は、再び攻撃態勢を取り始め,このためさらに200mという限界深度まで潜航していくU-ボート艦内の緊張感は、クルーのため息、水音、そして徐々にレベルが高まるきしみ音で構成しています。

このシーンのスペクトルも紹介します。 





カメラが海底からU-ボートを見上げたアングルとなる爆雷のカットは、フロントCHで先行発火音がかすかに響き、遅延した爆発音がリアで響くという構成です。200mまで潜航しまだ水圧に耐えているU-ボートのきしみ音と同じピッチからストリングスによるアンダースコア音楽が始まり猛烈な浸水が始まります。水音ときしみ音は、最大となり緊張感のピークを表します。


海上に出たU-ボートは、最後の1発となった魚雷を発射します。駆逐艦の大爆発のピークの後は、生き延びた7名のクルーが、今や尊敬すべき艦長になったタイラー大尉への忠誠を誓い共に船を離れます。このシーンは、一転してかすかなきしみだけの静かな展開で轟沈シーンとのレンジ感を出しています。 




エンドロール 116’00”

海上を漂流するボートのロングショットからエニグマ暗号の解読が、いかに戦況を助けたかのクレジットが登場した後エンドクレジットが6’32”続いて116分のストーリが、終了です。


4 デザイン上の特徴

監督のJonathan Mostowは、インタービューの中で「U-ボート」「レッッドオクトーバーを追え」「Crimson Tide」といった潜水艦の名作にあるストーリを全て盛り込んで潜水艦という密閉空間内の恐怖を表したかったと述べています。

これをサウンドとして表すためにチーフ.サウンドエディターを担当したJon Johnsonは、制作1年前から台本を検討し監督と意見交換しながらサウンドの方針を決めたと述べています。

 

限界深度での爆雷。魚雷の攻撃音の効果的な表現

音圧が115dbにもなるエンジンルームの再現と15cmの鋼板が水圧できしむ恐怖

ストーリの瞬間瞬間を補強する短いアンダースコア音楽の多用

爆発シーンのピークレベルと対比した静けさの表現

通常のシーンは、5.1CHサラウンドとしバトルシーンでは8CHサラウンドを使うためにSDDSフォーマットを採用

Final mixで用意された素材は、

アンビエンス トラック:100

ステレオ効果音 トラック:250

魚雷、爆雷関連 トラック:75

撮影時 production sound担当Ivan Sharrockの苦労

撮影は、イタリア・ローマにあるCinecitta Studiosでおこなわれました。セットも閉空間なのでブームマイクでセリフを捉えられないのでセット内に仕込み・マイクをあらゆる場所に置いてそれで収録したと述べています。


 

5 音楽

 

Richard Marvinは、TVドラマやゲームでの音楽制作が多く、映画の近作では、「サロゲート」を担当しています。



本作の音楽使用時間は、72’48”で作品に占める比率は、62%です。ライト・モティーフは、行動開始時に流れる旋律が各所で使われていますが、それ以外は、オーソドックスなスコアリングです。レコーディングは、1993年に夫婦がプライベートで建設したというバーバンクにあるO’Henry Sound Studiosです。



6 効果音 Foley

サウンド・デザインを担当したKeith Bilderbeck, Charles Maynesを中心に、新規録音素材のリストを作成して以下のようなロケーション録音を行っています。

ディーゼル エンジンの臭いを感じる素材録音

潜水艦内で発生するあらゆるメカ音。このためサンフランシスコ湾に展示してある1942年建造のUSS -PAMPANITO号内で素材録音。レコーダーは、SONY/TASCAMの2CH DATを使用。(今となっては、懐かしい機材)

ロスアンゼルス港の貨物ドッグで発生する移動音、コンテナの積み降ろし、タンク

水音の水上と海中素材。水中音録音は、モノーラルで行い、使用マイクは、SM-58/PZMマイクを工業用ゴムでカバーして防水しています。水中素材をモノーラル録音としたのは、水中でステレオ感を感じるためには、L-R間を15m以上開け無くてはならず、労力的に無理だったためと述べています。魚雷の泡は、Foleyスタジオでドライアイスの気泡を録音したそうです。









おわりに

潜水艦という密閉空間と水中での爆雷攻撃という巨大空間を見事にデザインした労作といえ密かなサウンドとフルビットを使い切ったレンジの使い分けも大変参考になる作品です。