October 12, 2025

Immersive Audio Productions 2025を俯瞰する

Mick Sawaguchi 沢口音楽工房
Fellow M. AES/ips
UNAMAS-Label・サラウンド寺子屋塾主宰


イントロ

放送技術から2025年時点でのImmersive Audio制作を俯瞰した記事を依頼されました。筆者は、UNAMAS Labelを基本にホールでの自然空間をとらえるクラシックとスタジオでのJazz制作が中心ですので本項では、他のジャンルや海外を含めたImmersive Audioの現状も紹介します。ここで扱うImmersive Audio musicは、基本ベースチャンネルが、7.1CH+4CHハイトCHにより構成する11.1CH音楽とします。


1 Immersive Audioへの道のり

1-1 5.1chサラウンドは笛ふけど市場は踊らず---しかしDolby Atmos空間音楽は、なぜ市場で弾みがついたか?

筆者は、Dolby Matrix時代を含めて1985年代から各種のサラウンド制作、およびmix room設置などに従事してきました。1990年代半ばから少しずつ5.1chサラウンド制作が行われるようになり音楽分野ではDVD-Audio SA-CDサラウンドソフトが台頭しましたが、市場には、受け入れてもらえませんでした。


2000年初期に、ハイレゾ配信ビジネスがスタートしソフトウエアーベースでの5.1CHサラウンドの配信も可能になりましたが2ch主体のユーザーには歓迎されませんでした。Dolby Atmosを初めて採用した映画作品は、2012年に公開されたディズニー/ピクサーの「メリダとおそろしの森」で翌2013年に「Gravity」が登場しその360度サウンドデザインは、アカデミーBest Soundを受賞します。振り返れば1993年にDTS Cinema soundが登場したインパクトを20年後のDolby社がImmersive Audio Cinema soundとしてランクアップしたことになります。Dolby社は、この技術を音楽分野にも展開すべく手軽なレンダラーをソフトウエアー・ベースで開発しDAWメーカやApple music配信とタッグを組んで『空間音楽』という名称で市場形成を行なったわけです。普及の要因は、


Dolby社の汎用エンコーダ・デコーダツールの開発とADM-BWFフォーマットの制定による制作環境の普及

PTをメインとしたImmersive Audio制作対応DAWの開発・普及

独立スピーカ設置でなくヘッドフォン・リスナーを対象にAppleが空間を楽しむというコンセプトが受け入れられた。


という制作から再生環境構築までをワンストップで作り上げた戦略によるところが大きな要因だと言えます。Immersive Audio制作は難しい・・・と思われる制作者も多くいることは事実ですが、大胆な提案をすれば


-これまでの2CH制作にハイト情報となる4CHの情報を加えれば成立—


といっても過言ではありません。以下に3つのパターンに分けて制作の実例を紹介します。


2 ホール録音とmiking -自然な響きをハイト4CHで捉える

クラシックや映画音楽に代表されるオーケストラのホール録音は、ステレオ制作の時代からほぼ普遍的な録音手法が定着しています。すなわちL-C-Rメインマイク+アウトリガーと呼ばれる両端のL-R(Ext-L Ext-R)に加えて補正が必要な楽器別のSpotマイクの追加で総計20CHくらいとなります。これが5.1CH対応となった場合は、リア用のLs-Rsのマイクが加えられます。これが11.1CH録音となった場合は、新たにハイト情報を捉える4CH分が加わるだけですので、煩雑になるといった工程ではありません。実際のマイキング例をいくつか紹介します。

2−1New Year Concert

 

毎年新年に放送されるウイーン・学友協会からの放送や・ソフトは、眉をしかめていかにもクラシックを聞いているといった内容でなく、毎年著名指揮者がワルツを演奏する世界でも大変人気のプログラムです。これまでは、5.1CH制作が行われてきましたが2018年からハイト4CHを加えて収録を行うようになりました。



 

参考:世界の放送用Immersive Audioのマスターは、現在大規模スポーツイベント(サッカー・オリンピック・スーパーボールなど)を中心に5.1CH+4CHハイトの9.1CHマスターが推奨されています。

Live会場では、基本9.1CHマスターを送出し、受け放送局は、その国の状況に応じて2CH-5.1CH-9.1CHから選択して放送ということになります。


2-2 2L-CUBE 11CHワンポイントマイキング


ノルウエーに拠点を持つ2Lレーベルは、モートン・リンドバーグが独自に開発した2L-CUBEと呼ぶタワー型のマイキングを使用して数々の優れたアルバムを制作しています。 


 GRACE Design社からは、このユニットが販売されており現在20ユニットほどが世界で活用されています。






このマイキングが登場し、アルバムとしても注目を集めた頃モートンは、ヨーロッパのAESやトーンマイスター会議などで盛んに講演を行っていましたが、ある時期からやめてしまいました。その理由を語ってくれたエピソードが面白かったので紹介します。いかにもヨーロッパの学者・研究者Vs音楽制作者の構図が見えてきます。(彼らは、制作したサウンドを聞かずに2L-CUBEの配置や寸法を決めるのにどんなパラメータで導き出したかの理屈を優先した質問ばかりするので、辟易したのでやめた)というわけです。





2000年初期に5.1CHからImmersive Audioが注目され始めた頃AESを中心に多くの(これこそがbest、マイキングだ!これこそが理想的な再生配置だ!)といった論文が吹き出してきました。研究者には、自分がいかに多くの論文を書くかが評価でしょうが、制作側にとっては、最も汎用性がありかつどこでも統一した制作・フローを確立する方が普及という点からも重要です。事実5.1CHメインマイキングで現在まで使われてきているのは、デッカ・ツリー方式がメインです。


* 参考文献として学術的な資料の一つとしてイギリスのH.Leeがまとめた最近の3D MIC overviewという資料を紹介します。この全文は、AES E-Libraryから入手することができます。

J. Audio Eng. Soc., vol. 69, no. 1/2, pp. 5–26, (2021 January/February). 

* 同様にさまざま提案されているマイク方式をピアノ録音で同時収録して評価パラメータごとに測定した実験結果も以下に紹介します。

3D MICROPHONE ARRAY RECORDING COMPARISON (3D-MARCo) 

Hyunkook Lee and Dale Johnson 

Applied Psychoacoustics Lab (APL)

Centre for Audio and Psychoacoustic Engineering

University of Huddersfield


2-3 最近の海外録音例

A:アメリカの制作例です。Metcalf-Treeと称したマイクアレイです。メインが、5CHで構成し、後方には、4CHハイト用マイクがセットされています。




b: Willy Porterカルテット


これは、2005年1月のスタジオ録音でVo+Gt01-02+Vcという編成です。UNAMASレーベルのスパイダーTreeのようにマイクを取り囲んで演奏者が配置されています。

ユニークなのは、スタジオ空間なので楽器の響きが豊かではないのでそれを補強するためにPAスピーカでそれぞれの音をスタジオ内にフォールドバックさせて擬似空間を作り取り込んでいる点です。




 c:映画音楽

ハリウッドでのスコアリング音楽録音では、まだImmersive対応の録音例が見つかりませんでしたが、ウイーンにあるSynchron stage Viennaでは、いくつか行われています。従来のデッカツリー方式に加えてハイト用マイクを近傍に追加したりオーケストラの側面上方に設置した例が見られます。





  Hans Zimmerのハイブリット制作例

彼が担当したDune part-01 -02は、素晴らしいサウンドの壁がImmersive MIX表現されています。音源は、シンプルなBs Gt Vn El-Vcに笛とシンセサイザーとコーラスというシンプルな音源で特にハイト用マイクを設置したわけではありません。Immersive mixを担当したAllan Meyersonは、空間を作る各種プラグインを駆使しここから100トラック以上の空間の壁を作り出しています。その基本デザインは、以下のようです。  









d:国内制作例

国内例もいくつか紹介します。


UNAMAS-LABEL SPIDER-TREE方式

これは、筆者が採用している7.1CHメイン+4CHハイトマイクの方式です。




 ハイト用のマイク設置は、一定ではなくホールの状況や音楽に対応して近接から2階バルコニー席や、2階側面などに設置しています。

 


Omni-Crossハイト用アレイ

これは、入交さんが考案したハイト用アレイでかなり大掛かりなマイキングになりますが、ホールでの豊かな響きを捉えることができます。 




オーケストラに付加したハイト用マイキング

名古屋芸術大学の長江さんは、学生によるImmersive制作活動に取り組み、昨年から独自のレーベルでApple music-Atmos音源を制作しています。こうした活動は、学生にとってより実践的な経験になると注目しています。

もう一つの活動として飛騨高山のオーケストラの演奏を記録していますが最新作からオーケストラのメインマイクに加えてハイト用マイクを追加してやはりDolby Atmosでのmixをリリースしています。ハイトマイクは、ペアの2CHですが、リア成分は、mix時にリバーブを付加することで透明感を維持したハイト成分を作り出しているそうです。



3  スタジオ録音とmiking・2ch録音に何を加えておけば意図したimmersive mixができるか?

豊かな響きを捉えるという制作とは、異なるアプローチになるのがスタジオ録音ですが、これも一言で言えば『従来のステレオ録音に加えて楽器別のアンビエンス成分が必要な楽器にアンビエンス用マイクを追加する』ということになります。基本マルチトラック録音ですので、mix時にそれらをどのように使えば意図した音楽が一層浮き出るか?を考えてアンビエンス成分を取りこむということになります。


3−1Hiromi Uehara『OUT THERE』に見るアンビエンス

200504リリースされた新作は、当初からDolby Atmos Mixもリリースという企画でスタートしました。筆者は、mix・マスタリングを受け持ちましたが、録音は、Power Station N.Yにてアンドレアス・メイヤーさんが担当。事前打ち合わせの結果メインフロアーには、彼の所有する2L-CUBEアレイを設置し、DrumsとTpブースは、それぞれアンビエンスマイクを追加しました。以下にアンビエンス設置のみの配置図を紹介します。






3-2 スコアリング音楽例

これもHiromi Ueharaさんが担当した映画のテーマ音楽例です。本作品は、Dolby Atmos上映が企画されていましたので録音-mixを担当したTylerさんと打ち合わせの結果楽器別のアンビエンスマイクを以下のように設置しています。



またソロピアノの録音がありましたが、これは、スタジオの素晴らしい壁面を生かしてここに4CHのハイト用マイクを設置しました。



4 打ち込み。コンピュータでのImmersiveデザイン

筆者は、打ち込み音楽は、従来から最もImmersive制作に適していると述べてきました。

その理由は、作曲の段階から空間の360度を意識した音源と配置や移動をデザインして制作できmixの自由度も高いからです。数年前から日本プロ音楽録音賞Immersive部門で受賞している作品は、まさにこのことを具現化した好例といえこうした作品が登場してきたことを大いに歓迎する一人です。

これは筆者が、フィンランドCb奏者の打ち込み音源をImmersive mixした例ですが約60トラックの音源をベーシックトラックには、リズム系を配置し、ハイトCHには、ソロやコード、コーラスなどの楽器を配置した例です。




特別な原則は、ありませんので結果的に素晴らしい360度立体空間が作れれば成功と言えます。

終わりに

2025時点でのさまざまなジャンルについてのImmersive Audio制作の現状を筆者の知る範囲で紹介しました。ここでは、あくまで新規に制作している現状を主体とし、ビジネスとして、大きな比重を占めている昔の名盤アナログマスターからのup-mix手法やre-mixについては触れていません。


 


April 11, 2025

2025年第97回アカデミーBEST SOUND受賞「Dune part 2」のサウンド・デザイン

               Mick Sawaguchi 沢口音楽工房
                   Fellow M. AES/ips
                UNAMAS-Label・サラウンド寺子屋塾主宰


はじめに

2021年 第91回アカデミーで6部門を受賞したDune part-1の続編が、2025年第97回アカデミーBest Soundを受賞しました。今回のサウンドチームは、アクション作品で素晴らしいデザインを行なってきたベテランRichard Kingとニュージーランドのサウンドチームが結集しています。音楽は、前作に引き続きHans Zimmerのチームにより現代的なサウンドでほぼ全曲ハイト・チャンネルも使ったMEの世界を構築しています。

本作では、砂漠のサウンドが重要なデザインとなるため各地の砂漠にフィールド録音チームが出かけ多くの素材を録音、また膨大な砂によるAction Foleyもきめ細かく行われているのが特徴といえます。

前作に比べて大量の各種低域成分が使われておりそれをどのように整理して仕上げたかも聞きどころです。


1 制作スタッフ

Director: Denis Villeneuve

Sound Design: Richard King 

Final Mix: Ron Bartlett. Doug Hemphill

Music: Hans Zimmer and 4 composers

Music rec and mix: Allan Meyerson at Remote CTL Production

Foley Artist: Dan Connell/Jhon T. Cucci at One StepUp studio

Production Sound: Gareth John

Sound Recordist: Eric Potter/ Charlie Campagna/George Vlad

Pre-Mix at Park Road Post N.Z

Final MIX at W. Brothers stage-9


 

2 ストーリーと主要登場人物

惑星アラキスでは、皇帝シャッダム4世により謀殺されたレト・アトレイデス公爵の愛妾レディ・ジェシカが、世継ぎの息子ポールと共に星外へ落ち延びようと考えていましたがそれに反発するポールは、惑星アラキスの住人フレメンの人々とハルコンネン家による香料メランジ採掘を妨害し皇帝に挑戦します。




ジェシカは、お腹に妹を妊娠しながら「教母」を継ぐとポールこそフレメンが待望する救世主「リサーン・アル=ガイブ(外の世界から来る救い主)」だという教えをフレメンに広め、一方のポールは、皇帝やハルコンネン家と戦うため「命の水」を飲み全ての過去と未来を予知する力を得ます。



フレメンのリーダー、スティルガーやチャニの力も得てポールがサンド・ワームを乗りこなしフレメンの人々も彼が砂漠で生きる素質があることを認め彼こそが我々の救世主だと認めます。


 

ポールは、皇帝シャッダム4世に挑戦状を送り、数百万のフレメンの戦士を率いて皇帝とハルコンネン軍を追い詰め、ついには、皇帝に決闘を挑みます。


 

皇帝の代理として決闘に名乗り出たハルコンネン家のファイド・ラウサを死闘の末に倒したポールは、勝利を収めます。現場にいたポールと恋仲のチャニは、父皇帝シャッダム4世の助命と引き換えに結婚を承諾し、ポールを次期皇帝と認めるイルーラン姫の行動を理解しつつも、苛立ちを隠せず立ち去ります。



         


それぞれが惑星を治め爵位を持つ大領家連合は、急な展開によるポールの皇位継承を認めずポールとフレメン軍は、大領家連合と戦うために、宇宙船で飛び立っていきます。ここで次作Part-03があるという予感がなされています。

          

 

3 起承転結毎の特徴的なサウンド・デザイン


本作のサウンドは、前作以上に効果音と音楽が混然一体となったデザインが多くを占めているのが特徴でそのため音響効果単独で秀逸なデザインというよりもME構造の中でのそれぞれの位置付けに注目しました。特にハイト・チャンネルは、基本音楽が受け持ちサウンド全体でAtmos Mixを行っているのが特徴だといえます。


3−1起 00h00m00sec-00h34m48sec


⚫️ 冒頭で登場するモノローグ「スパイスを制するものは、全てを制する」

男性の声ですが、冒頭で観客にインパクトを与えるためにオリジナルのモノローグをハードセンターに、ややピッチを落としたセリフをL-Rに配置しさらにピッチダウンしてリバーブ付加した成分がLS-RSに定位され、大きな音像でインパクトを強めた例です。スペクトラムも紹介します。



  


⚫️ 聖なる山でジェシカが教母になるため命令する教母の声


フレメンの教母が、ジェシカに命の水を飲むように促す言葉です。「Drink it」という短い言葉ですが、インパクト与える上でオリジナルのセリフに加えてスラップ・ディレイとコーラス・エフェクトをかけた成分をLS-RSに配置しています。 



⚫️ポールが、本当に砂漠で生きていく能力があるのかをフレメンの人々が、試すシーンです。



昼間は、暑さで息を潜めていた虫や鳥といった生き物たちが夜になると目を覚まし活動するという密やかなデザインです。ここで使われた素材は、フィールド・レコーディストのGeorge Vladが、アフリカの熱帯雨林で録音した素材が使われています。参考にスペクトラムも紹介します。




 

3−2承 00h34m48sec-00h58m00sec

⚫️ ポールとフレメンが香料採集車を攻撃、それに上空から反撃するオーニ・ビーの銃弾を避けるために滑り込んだシャベルに飛び跳ねている銃撃音がハイト成分で展開しています。このシーンでの爆発LFEスペクトラムも紹介します。






⚫️ サウンド・チームが最も力を入れたと述べている巨大なサンド・ワームを乗りこなすポールのシーンで4m35secあります。前半は、効果音中心で展開し、乗りこなしてからは、音楽が浮き上がってくる構成でドラマ性を高揚しています。


まずサンド・ワームを呼ぶための振動器―サンパーが低域で響き、サンド・ワームが登場します。ポールがその背中に飛び移り鉤のついたワイアーでワームを操ろうと格闘します。砂嵐と風切音、そしてワームの走行音といずれも低域成分のオンパレードですがシーンに応じて帯域を仕分けたMIXが見事です。これもスペクトラムを紹介します。

                                    




  3−3転 00h58m00sec-2h06m17sec


⚫️ ハルコーネンが住んでいる星ジェディ・プライムで開催された姪フェイド・ラウサの誕生日を祝う闘技場内の格闘シーン。



ハルコーネンは、アラキス星で香料採取に手間取っている短気で攻撃的な司令官ラバンをこのフェイド・ラウサに置き換えようとその資質を見極めるための一大式典をコロセムで開催します。相手は、アトレイデス家の生き残り兵3名です。競技場では、360度観衆とPAが鳴り響きハード・センターでは、両者の短剣の金属音が鳴り響いています。密やか音なので聞き取りにくいですがハルコネンの隣にいる教母マーガレット・フェンリングが競技を見ているオペラグラスの倍率を切り替える金属音が丁寧にFoleyされています。


この素材は、ニュージーランドのサウンド・チームが地元のパンク・ロックグループの叫び声を録音し多重合成し完成させたたそうです。

-----以前2002年受賞作の[Road of the Ring Two Towers]の中で大軍団の雄叫びをウエリントンのウエスト.パックスタジアムで開催されたクリケット試合のハーフタイムを利用し2万人の観客に監督自ら指示をだし録音した群衆素材が使われた例がありこれも徹底した素材録音例といえます。------


このシーンのスペクトラムは、以下のようです。



⚫️教母ジェシカが「Let’s him try」と下女に命令するセリフ


教母のセリフは、短くもインパクトを求められますのでMIXを担当したRon Bartlettは、各登場場面で表現を工夫していますが、このセリフは、なんとジェシカ本人の声でなくRon Bartlettが、自宅で自分の声を録音しこれをやや歪ませた上でピッチを下げLS-RSには、リバーブの低域成分を付加したそうです。



⚫️ サンド・ワームに乗り南へ向かうフレメン一行とジェシカが遭遇する砂嵐


 

ポール一人北へ残り他は、全員で南のフレメンの人々と合流すべくサンド・ワームに乗って南へ向かいます。途中で自然の防御壁と言える巨大な砂嵐の中を進むシーンです。砂嵐などは、ハイトも使ってデザインするかと予想しましたが、ハイトは、基本音楽に任せ効果音パートは、5.1CHでデザインしています。

サンド・ワームの進行音は、ハードセンターのFoleyと巨大LFE、全面を囲んだ砂嵐は、フロントが低域成分中心で、LS-RSには、高域成分中心の砂嵐がデザインされています。砂漠各地でフィールド録音した素材が有効に活躍しています。これも全体とLFE成分のスペクトルを紹介します。  






3−4結 2h06m17sec-2h36m46sec

⚫️ ポールとフレメン軍がハルコーネンと皇帝軍に総攻撃

 


ポールたちは、3方向に別れて攻撃を行います。まず拠点の背後にある山にミサイル攻撃を行いその爆風が流れ落ち、爆風の余韻は、宮殿内にいる皇帝部隊の天井にまで響きわたります。これも全体のスペクトルとLFE成分のスペクトルを紹介します。





4 効果音素材録音とFoley

Part-01が終了後すぐにPart-02の撮影に取り掛かったこともありサウンド・チームが制作に取り掛かったのは、Final mixの2.5ヶ月前という大変厳しい制作期間で素材を用意するpre-mixまでは、全員がフルにエネルギーを費やしたことがインタビューからも想像できます。-- There was a lot of working from the gut----




 サウンド・スーパバイザーとデザインを担当したRichard Kingは、監督のDenis Villeneuveのドキュメンタリーのような現場のリアリティをという要望を実現するためにいかに迅速かつ効率的なFinal mixを行うか検討した結果、専門分野別の効果音制作を主にニュージーランドのサウンドチームが分担作業を行ないpre-mixステムは、ロードオブザ・リングシリーズを制作したPark road postで行っています。ここでは、以下のデザインについて紹介します。


4−1-aアラキス星の主役である密やかな音から膨大な砂塵までの砂の素材制作

砂漠のフィールド録音を2チームで実施。Eric Potter/Charlie Campagnaが、デス・バレーやKelso砂丘などで数週間かけてあらゆる可能性を見据えて素材録音を実施。


 

もう1チームは、George Vladが、単独でサハラ砂漠にて静かな砂風から砂嵐までを録音しています。素材は、総計100トラックほどになりましたが、これを4−5トラックのステムに整理してFinal Mixに持ち込んだそうです。





使用した録音機材は、Zoom F6 and Sennheiser MKH8090 and 8060 と地中埋め込みマイクにAquarian Audio H2a hydrophonesが使用されています。




 


4-1-b 砂音Foley

砂の足音や歩行音も膨大で、Foleyを担当したDan Connell/Jhon T.Cucci は、 One StepUp studioに、さまざまな種類の砂を何トンも持ち込みFoleyが実施されました。


4−2 サンド・ワーム

アラキス星の住人サンド・ワームの動きや声も砂漠で素材録音しています。

巨大な肉の塊であるワームの重量感を出すために重量のある物体を持参し、マイクの頭上からや、地中に埋設したマイクの上を移動させるなど素材を録音し、これらを多数のピッチ加工したレイヤーに構成しています。

従来モンスターの声には、動物の声を加工して作る手法が一般的ですが、今回は、フィールド録音素材を加工したそうです。現場録音を聞くと砂が、実にさまざまな表情をしており、あたかもうめき声に聞こえたりLFEに聞こえたりと大変豊かな表情であることがわかります。

 



4−3 フレメンの言語チャコブサ語からコロッセム群衆・オーニ-ビー等の加工

独特の言語を作り出したのは、ニュージランドのサウンド・デザイナーDavid Whiteheadと同僚のMichelle Childです。この名前を覚えている読者もいるかもしれません。そうです。彼らは、2016年第89回アカデミーでBest Soundを受賞した同じ監督の作品「Arrival」でエイリアンのヘプタポットの声を作ったチームです。またコロセムでの群衆もMatin Kwokがパンク・ロックグループの叫びを素材に多くのレイヤーを重ねて作っています。



5 スコアリング音楽



スコアリングを担当したのは、前作に続いてHans Zimmerとそのチームです。サウンドの構成は、前作を受け継ぎベーシックは4CHでLFE CHは、効果音に委ねています。ハイトは4CHで、これら4+4の8CHでほとんどのスコアリングが制作されました。作品に占める使用率は、予想よりも少ない1h38m16secで59%です。 

 Mixを担当したAllan Meyersonは、オーケストレーションではなくユニークな楽器演奏者の独立したユニークなサウンドをいかに広がりのある音の壁に仕上げるかがポイントだったと述べています。




今回は、ユニークなサウンドという点でカナダのキーボード奏者2人が加わり彼らがオリジナルで制作した連続音を出せるシンセサイザーがアンビエンスのベースを作るのに活躍しています。


終わりに

砂漠という過酷な気候と温度変化の中でプロダクション・サウンドを録音した努力は、受賞にふさわしく、数百トラックに及ぶPre-Mix素材から的確に仕上げた2人のFinal Mixも見事だといえます。Mr. Reductionと呼ばれる彼らは、いかに大切な要素のみをバランスさせるかの名手といえ、Richard Kingと40年来のサウンド仲間というのも大きな要素だったのではないでしょうか。





ポストプロダクションで仕事をしているみなさんには、おなじみかもしれませんが、参考にFinal Mixで加工に使用したプラグインをいくつか紹介します。

⚫️ ピッチ加工に活躍したElastique Pitch V2 



⚫️ 教母の声に使用した8chマルチスラップ・ディレイ The Cargo Cult Slapper



 

⚫️ ポールがサウンド・ワームを乗りこなすシーンで活躍したHP-LPF