October 21, 2007

第49回サラウンド塾 実践サラウンドマイキング 亀川徹

By. Mick Sawaguchi
日時:2007年10月21日
場所:芸大千住キャンパス スタジオ A
講師:亀川徹(東京芸術大学 音楽環境創造科 準教授)
協力:音楽環境創造科 生徒のみなさん
音楽演奏:ソプラノ 小高深雪(声楽修士2年)ピアノ伴奏 山田哲広(やまだあきひろ)(音楽音響創造修士2年)
テーマ:実践 サラウンドメインマイキング


沢口:10月は、実践編の2回目として「体験サラウンド・メインマイキング」というテーマでここ千住にあります、芸大キャンパスのスタジオAをお借りして実施したいと思います。日ごろ文献で読んではいるが実際のセットアップはどうするのか?また様々なサラウンド メインマイクのサウンドの特徴は?など参加者が体験しながらマイキングの知識を肌で経験してください。本日は、講師の亀川さんと学生の皆さんにもご協力いただきました。また演奏を録音するために今回は小高さん、山田さんのお二人にも協力していただきました。大変ありがとうございます。それでは、亀川さんよろしくお願いします。


亀川:皆さんこんにちは。千住の芸大キャンパスへようこそ。最初にこのスタジオの概要と機材についてお話したあとで、現状どんなサラウンド用のメインマイクがあるのかについて解説します。そしていよいよ実践編ということで今回用意したマイクロフォンを使って可能な限りのセットアップを行ってみたいと思います。芸大手持ちのマイクに加えてサンケン小林さんからCO-100kマイクを、エレクトリ境沢さんからノイマンKM-130-140シリーズをお借りしました。スタジオ-Aは、音楽家が演奏しやすい空間を提供することを第一のコンセプトにソナ中原さんに設計してもらいました。以下に仕様を紹介します。


東京芸術大学千住キャンンパス スタジオA
スタジオA 
横幅:11.7m 奥行き:14.8m 高さ:7.3m
残響時間:0.96秒(500Hz)
NC値:15以下

録音調整室 
横幅:6.9m 奥行き:7.6m 高さ:3.9m
NC値:15以下
*主要機材一覧
コンソール:Trident S80
モニタースピーカー:Musik Electronic RL901K×5(L,C,R,Ls,Rs)、BASIS 4K×2(LFE)、Genelec 8040(ステレオニアフィールド)
DAW:degidesign ProTools HD3(192I/O×4)
エフェクタ:YAMAHA SREV1、Lexicon PCM-91、Urei 1176、TubeTech CL1B、AMEK 9098Comp
マイクロホン:DPA4006×2、CMC64×2、CMC66×2、CMC68、U87Ai×4、C414×2、C38B 、MD421
スタジオ工事
建築基本設計:(株)日総建
音響技術検討・音響建築工事:(株)ソナ
音響システム工事:(株)スタジオイクイプメント

コントロールルームはアナログコンソール32CHで、このダイレクト出力がプロツールズへ32CHそのまま録音できます。モニタースピーカはムジークエレクトロニクスでフロントのL-C C-R間にLFEが2台はいっています。本日の録音は48KHz/24bitで192-IOを経由して録音します。では、各種サラウンド・メインマイキングの現状について解説したいと思います。

● デッカ ツリー
これは、イギリスのデッカ レコードでステレオ録音用に使われていた方式のひとつです。オリジナルのマイキングではノイマンのM-50というマイクをフロント3本に使用することを前提にしています。このM-50というマイクは、当時として大変ユニークな特性をもっており、2KHzまでは全指向ですがそれ以上では指向性を持ったマイクです。現在はDPA4006などを使っていますが、本来はこうした指向特性を前提としていました。L-C-Rの間隔は1.5-2mでオーケストラに向かってLがVln にRがchelloへ向いています。これにアウトリガーと呼ぶLLとRRという広い間隔のLとRが加わり5本でフロントを形成します。これにリアのサラウンドマイクを適宜付加するという考え方です。通常サラウンド録音で呼ぶデッカツリーは、このフロント5本の組み合わせを総称しています。ハリウッドなどアメリカの映画音楽サラウンド録音でのメインマイクとしても良く使われています。


● FUKADA-TREE
これはNHKの深田さんが1997年に考案してAESで発表しその後沢口さんなどと世界的に紹介してきたマイキングです。オリジナルのFUKADA-TREEはフロントL-C-Rに単一指向性を、リア用も単一指向性を使いアウトリガーのLL,RRに全指向性を使って計7本でひとつのマインマイクを形成するという考え方です。そしてこのフロントとリアのマイクの中間部をホールのクリティカル ディスタンスと呼ぶ直接音と間接音がうまく融合する場所へ設置するというのがポイントになります。ちなみにここのスタジオのCD値は2.2m付近です。深田さんは、いつも前進する人なので2006年の大阪シンフォニーホールでのサラウンド収録実験のときは、すべて全指向性マイクとしてリア用には、APEというアダプターを取り付け高域に指向性を持たせています。また全指向性としたことでマイク間隔も広くなっています。深田さんは、演奏される音楽の内容や演奏会場によってオリジナルにこだわらずに様々改良を重ねていますので、みなさんもこれにこだわらずにいろいろ改良してみてください。



● ポリフェニア ペンタゴン
これは元フィリップス レコードの人たちが立ち上げたポリフェニア レーベルで採用している方式です。マイク配置はITU-R BS775の配置をそのままマイク配置にした方式です。ですから理論的にどうしてこうしたのかといった細かい理論はないのではないかと思います。


● INA-5
これはオランダ語で理想的単一アレイという言葉の頭文字から命名された単一指向性5本によるマイキングです。ホールなどの天井からつりマイクでも設置できます。このマイクの角度と間隔はM.ウイリアムスという人が考えたレコーディングアングルという考え方をサラウンドへ発展させて決められています。


● OCT
これはドイツのIRT研究所 G.タイラー が考案した方式です。彼は同一音源がL-C C-R L-Rの間でできるファンタム音像の不一致で音が不鮮明になることを避けるためLとRは指向性の鋭いマイクを使いセンターは単一指向性という組み合わせを考え、これで不足する低域を補うためにL Rと同一位置に全指向性マイクを設置してLPFで100Hz以下のみをフロントL.Rへ付加するという方式です。OCT-バーという専用のバーを使えばリア用のサラウンドマイクも設置できます。ヨーロッパでは使われていますが日本ではあまり実績がありません。


● オムニ8亀川方式
先ほど述べたINA-5やOCTは基本的に単一指向性マイクを使用していますが、実際に録音した音の傾向として定位は向上するが広がり感が不足するという印象です。私はフロントのメインマイクは、全指向性が適していると考えておりそれに基づいて私が2006年にAESで発表した方式で最適距離を検討したところL-Rで2mという結果がでました。これでセンター成分をいかにセパレーション良くするかということでセンターを両指向性としています。リアは、ホールにもよりますがフロントマイクから4-6mにペアマイクを配置しています。


● W-M/S
これはステレオのM/S方式を拡大してフロントの単一指向マイクに加えてリア側にももうひとつ単一指向性マイクを加え、計3本を使う方式です。これをデコードすると4CHのサラウンド出力が得られますし、専用のデコーダを使うとセンター成分も取り出すことができます。マイクが3本で済むというメリットをいかして機動性重視のサラウンドロケなどに活躍しています。


● IRT-X
これも先ほどのOCTと同様にIRTのG.タイラーが考案した方式で、25cm距離で90度に配置したクロスバーの先端に単一指向性マイク4本が取り付けられています。これもコンパクトなのでサラウンド ロケなどで活躍しています。


● Hamasaki SQ
これはNHK濱崎さんがもともとフロントに5本の指向性マイクを使いリアのサラウンド用として考案したマイキングです。両指向性マイク4本で2m間隔の正方形を作ります。両指向性のプラス側を外側に向けて設置し、フロントからの直接音のかぶりを減らしています。


● オムニSQ
これは先のHamasakiSQが使用している両指向性マイクを全指向性にした方式で大阪MBS放送の入交さんが考案したマイキングです。全指向性ですのでステージに近いと直接音が多くなりますが、ホールの響きが豊かでステージよりも遠くに配置した場合は有効な方式です。


ではこれ以外の製品化されたサラウンドマイクについても紹介します。
● アンビソニック方式
● km-360
● ホロフォン
● ダイマジック
● トリノス オーディオ

実践編PART-01
スタジオへ移動して実際のセットをはじましょう。
今回用意したのは、
● オムニ8+リア2ch
● デッカ3ch+アウトリガー
● hamasaki SQ
● INA-3(フロントのみ)
です。
 参加者からDPA-4060を持参したのでセットしたいというリクエストがありこれも設置することにしました。

まずソプラノの小高さんにスタジオ内で一番気持ちよく歌える位置を決めてもらいます。
(小高さん歌いながら前後左右移動してもっとも気持ちよく歌える位置を決める。)


次にピアノの位置を決めます。スタジオ-Aの床はネダという格子状の梁が十字にはいった床材ユニットを組み合わせています。みなさんたたいてみるとお分かりだと思いますが堅い部分と共振する部分が音でわかると思います。ピアノの足はこの堅いネダの部分において不要共振のでないようにします。逆にチェロやコントラバスなど豊かな響きを欲しい場合はこの共振面を使います。次にピアノの蓋の開閉を行って2人のバランスを決めます。今回は、全開で良いようですので全開でやります。つぎにスタジオ側面の吸音パネルを調整して演奏者がやりやすいコンディションを作ります。ここまでで演奏側のベストな条件が決まりましたので、いよいよマイクをセットします。ここのつりマイク用BOXは6回線まで使えるようにしていますのでワンポイントサラウンドマイクなども見栄え良く吊ることができます。各マイクの高さや距離の測定には建築現場で使う伸縮自在のスケールを使っています。それぞれセット、レベルチェック後第1回目の録音が開始です。

1回目にセットしたマイキングは
オムニ8
デッカツリー
INA-3(リア無しメインのみ)CMC-64
HAMASAKI SQ
DPA-4060ミニチュアペア


コントロールルーム側で再生

実践編PART-02
2回目に使用したマイクは
KM-130/131をメインにしたデッカツリー
U-87Ai3本によるINA-3
オムニスクエアー CMC-62/CMC-66
リア ペアKM-140

再びコントロールルームで各種組み合わせを再生。その後メインマイクだけや、各種リアマイクの組み合わせ、そしてリア単独のみの、メーカの違いや指向性の違いなど比較取聴を行いサラウンド音場を堪能しました。



沢口:質問や感想があればどうぞ。
Q01:たとえば7本のマイクを使った場合に5CHのサラウンドMIXを作るにはどうするのか?
A01:メインの5本はそのまま各チャンネルへ定位します。LL/RRといったマイクはフロントのLとRに振り分けてメインのL/Rとバランスをとります。

Q02:同じようですがアウトリガーのLL RRはどこに定位させるかの?
A02:Q01と同じです。これもフロントのL/Rへ定位させます。
Q03:中間定位といった方式はないのか?

A03:フロントとリアの中間へ定位させるという方法も行われてはいますが、十分注意しないと聞いている位置によってサイドのバランスが異なってきます。テラークレーベルのM.ビショップなどそうした方法を実施してオーケストラをサラウンド収録している例も見られます。

Q04:次世代方式として7.1CHが提案されているが制作側の配置は検討されているのか?
A04:現在どこに定位をするのが良いのかは制作側ではまだ統一した規格になっていません。5.1CHの延長としてリアや側面の補強として使うとか、水平面は5.1CHのままで高さの情報として使うとかといったアイディアが出始めた状況です。映画など制作スタジオの設備もまだそうしたところまでは設備の対応がなされていません。

Q05:各マイクの感度設定はどうするのか?
A05:本来は小型のピンノイズ発生器などをセットし各マイクの前で再生して全てのマイクの感度をあわせるという事をやります。またあらかじめ感度校正用の発信器をマイクに取り付けて感度を校正しておくと言った厳密な方法をとっているクラシックのレーベルもあります。今回はそこまでやっていませんのでメーターと聴感であわせただけです。

Q06:クリティカル・ディスタンスを現場で手軽に判断する方法はあるのか?
A06:ではじっさいにやってみましょう。これは我々が耳で聞いたのでは、わかりませんし、片耳できいてもよくわかりませんので、モノーラル マイクで録音しながらそれを聞いて判断するのがいいと思います。ステージ上で聞き慣れた歌などを歌ってもらいながらモノーラルマイクで録音しながらだんだん客席側へ下がっていくと直接音と残響音が1:1になったように聞こえる場所があります。その付近がその会場のCD値だと検討をつけてみることができます。(一同納得!)

沢口:残りの時間でコマーシャルのサラウンドデモ素材の評価を1991永田 北村さんから実施。貴重なアンケートデータも得られました。




第1回目のサラウンド マイキング


第2回目のサラウンド マイキング


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