April 4, 2010

第65回サラウンド塾 自然が奏でる驚きのメロディ サラウンドロケから制作まで 土方裕雄、宮川亮

By. Mick Sawaguchi
日時:2010年4月4日
場所:三鷹 沢口スタジオ
講師:土方裕雄、宮川亮(NSL)
テーマ:WOWOWドキュメンタリーW-地球の音楽 〜地球が奏でる驚きのメロディー〜 サラウンド制作

沢口:WOWOWは会員制の利点を生かし独自の素晴らしい番組があります。今回は、ドキュメンタリーWシリーズ作品の第一弾をユニークな観点からサラウンド制作した作品です。それでは、ロケから担当した土方さんと音響デザイン担当の宮川さんよろしくお願いします。
土方:土方です。(拍手)WOWOWで音楽と自然音を融合し、自然音を音楽の中に取り組んで作曲するという企画が制作されました。作曲家の服部隆之さんは、撮影現場のハワイでも作曲においても意欲的に取り組まれ、今まであまり見たことがないような番組に仕上がったのではないかと思います。この番組が企画されるきっかけは宮川さんから始まっていますので、その辺を宮川さんから解説していただきます。

宮川:今回の作品の前に、クエスト〜探求者たち〜と言う人物にクローズアップにした番組のMAの最中に、WOWOWのプロデューサー宮田さんに、ドキュメンタリーのサラウンドに対する考えを聞いたところ、非常に意見が合いまして、どんなドキュメンタリーでも普通にサラウンドで作りたいとのことでした。私が以前、音風景をテーマに地上波のステレオで作った番組があり、それをサラウンドにする企画を提案しました。それから一年間音沙汰がなかったのですが、突然依頼が来たわけです。いつも言っていますが、ちょっとしたことから企画が始まるので、普段からサラウンドを作っていく意識が大切だと思います。

制作スタッフ
構成      上野耕平
撮影      江藤恭真
録音      土方裕雄
編集      伴圭史
EED     大地裕介
MA      中村和弘
CG      小林岳史
音響効果    宮川亮
        土方裕雄
宣伝      渡辺蕗子
WEB     備後一治
顧客      松田浩一
技術協力    J−crew
        三研マイクロホン株式会社
スタイリスト  PLANY A. O
コーディネート Katsuhiko Uto
ディレクター  飯塚裕之
プロデューサー 宮田徹
        富田茂
        天野裕士
演出      谷知明

制作スケジュール
ハワイロケは10日間ですが、移動日除くと実質8日です。
仕込みは、帰ってきたら合間見ながら音源だけは整理していました。
国内ロケ2日
音楽録音1日
MA1日
土方:それでは、70分間の本編を御覧ください。

(デモ)

では、具体的な制作内容について説明します。

● 「場所はハワイ島に決定」
最初、出演者の服部隆之さんから氷河が砕けて海に落ちる音が聞きたいとリクエストがありましたが、最終的にハワイになりました。ハワイでどんな音が聞けるかとなると、野鳥の声、ハワイ島は火山の島なので固まった溶岩の上を歩く音、溶岩が1年中流れ出していてボートに乗って海に流れ込む音を聞きに行きました。ハワイ島は大きな島で生態系が豊かで滝などの水音が聞くことができます。火山性の洞窟のがありその中を歩いてみる。マウナケアと言う4000メートルは遥かに超える山があります。その山に登って外界を見下ろすとどうなるのか、そんな旅に出ました。

● 「サラウンド用マイクロホン」
現場収録機材
SOUND DEVICES 442(ミキサー)
SOUND DEVICES 744T(ポータブル・フィールド・レコーダー)
SANKEN CUW-180 & CS-1 & CO-100K(サラウンド集音システム)
SENNHEISER MKH-30,60,70(サラウンドマイク 双指向性、超指向性、狭指向性マイクロホン)

収録機材ですが、レコーダーは4トラックのSOUND DEVICES 744Tを2台連結してSOUND DEVICES 442のミキサーを組みあわせ使いました。SOUND DEVICES 442にはダイレクトアウトがありプリフェーダーでレコーダーに送ることができます。カメラに送るステレオ音声はミキサーでミックスしながら、それと同時に音量調整していないものをレコーダーに収録することができます。出演者の声は、RAMSA MKE-2Rのピンマイクを使いました。背景音には、サンケンとゼンハイザーのサラウンドマイクロフォンシステムを選びました。サンケンCUW-180のステレオマイクを2つと、センターにわりと緩やかな指向性のガンマイク サンケンCS-1、それに加えてこれはまだ実験段階ですがサンケンCO-100Kを使いLFEの収録もしています。

CO-100Kは本来、音楽収録用ですがかなりシャープな低音が録れるので、実験収録を続けてします。もう一つが、ゼンハイザーMKH-70のガンマイクロフォンとMKH-30の双指向性の組み合わせで、フィールドの空間は大変広いものですから、遠くの音が収録できるガンマイクロフォンが意外と有功です。収録には10トラック使っています。フロントのMKH-70が超指向性マイクロフォンで、MHK816の後継機種として出てきましたが、シャープすぎずマイルドな感じです。これでハードセンターを作りながら、MKH-30のサイドの音をミックスし、正相側でL、逆相側でRを作ります。ただ、MKH-70だけですと指向性が狭すぎるんじゃないかなと。これも思いつきで、MKH-60を加えてみたんですね。これが、私自身は効果があったと思っています。本来はMKH-30とMKH-60、あるいはMKH-50とMKH-30でステレオマイクをつくりだすのがゼンハイザーのメーカー推奨のやり方です。ただMKH-70を加えることによって得られる恩恵というのが素晴らしいんですね。すごく微細な音とかすごく繊細なニュアンスが入ってくるんですよね。あとこれは音量は同じにして収録しているんですけれども、ミックスする時に色々探ってみると音源によって色々変わってきますのでこれが面白いところなんですね。ガンマイクを使うと、奥行きや深みを得られると思います。それが音響空間に創造性をもたらすと考えています。
接続図は上図のようになっています。これは私のやり方なので、色々工夫は出来るとは思うのですが、今はこれにLFEをチャンネル3に入れています。LFE は、すべてのシチュエーションに必要なわけではありませんが、アタックの強い低音の再現やスケール感を持たせたいときに低域に強いマイクで収音したものをLFEに送ると効果があります。

● 「オープニングの自然音でステレオとサラウンドを比較する」
土方:ディレクターから色々相談を受けていくつか提案させていただいた中で、滝の音を取り上げましょうということになりまして。サンケンのCO-100Kというマイクロフォンを入れて全指向性のマイクロフォンをつかってみたり、指向性のあるマイクロフォンをつかってみたり、色々なシチュエーションで録音しています。MS方式のミックスの仕方で指向性を狭めたりとか広げたりとかも出来ますので。ミッドマイクの音圧を上げていくと、映像がズームで寄ったときにマッチした音になります。

● 「民族音楽ヒアイカの歌の収録 」
土方:番組で民族音楽というか、女性が歌っていた歌ヒアイカの歌が紹介されています。ペレという火山の女神を讃える歌なんですね。メインのシンガーにはピンマイクを付けて、女性のコーラスは私の手持ちのサンケンCUW-180でサラウンド録音しました。ひょうたん型の太鼓の役割をしている物にはShureのSM57をカメラから見えないように隠して録音しました。MAでミックスしていると時間がないので、事前に私の方でエフェクトを施しミックスをしています。

● 「溶岩が海に流れ込む音」
土方:これがディレクターからリクエストがありまして、水中の音を録りたいということで、私自身水中の音を録ったという経験が水中ブリンプに付いているマイクで拾った音しか収録したことがなかったのでまず沢口さんに相談しました。それで方法としてはダイナミックマイクにコンドームを被せて収録するという、これはよく音効さんが効果音を収録する時に使用する手法なんです。今回は海の中に沈めるというのはすごく怖かったので980円で買えるダイナミックマイクを使ってステレオでやりました。

● 「野鳥の声は夜明け前からスタンバイして狙った」
土方:野鳥の声を収録するというのは、フィールドで録音している人には当たり前のような話なんですけれども、薄暮の時間帯が一番にぎやかなんですね。この時も服部さんと一緒に現場に行きまして、テレビカメラが回る前から私が録音しました。だいたいほんとに白々し始めた頃から鳥は鳴きはじめますのでこの間15分ぐらいが勝負になりますね。

● 収録素材と作曲の関係
作曲家の服部隆之さんからのリクエストは、当初はサンプリングしてアクセントに使えるようなはっきりした音が欲しいということだったんですけれども、収録音はベースノイズみたいなものが中心で、音響空間の土台になるようなものですので作曲家の欲求を満たすものが録音できるのかという不安はありました。ディレクターも色々アイディアを出してくれまして、溶岩の音というのが一つインパクトのある音として収録することが出来まして、服部さんもこれに関してはかなり喜んでいました。帰国後早い段階ですべての音を聞きたいと言うので急いで音源を整理して服部さんに渡しました。また音楽を聞いていただいたと思うんですけれども、あのメロディーの中のいくつかはもう現地の印象から頭の中に浮かんでいたそうです。特にオヒアレフアのテーマ、オヒアレフアという溶岩のところから芽吹いてどんどん成長していくすごく生命直のある花なんですけれども、あのメロディーはとてもほっとするような優しい音色だったと思います。

● 「音楽録音」
音楽録音は、アバコクリエイティブスタジオで収録することになりました。当初は制作の方からシンプルな編成での曲がリクエストされていたらしいんですが、服部隆之さんの思い入れがかなり深く、自費を投入して編成を増やし大掛かりな編成の交響詩となりました。現場の録音に関しては、弦楽セクションにフロントとリアにB&K4006を2本ずつ合計4本立てて、センターはU87でした。あとはミックスの時に色々工夫してサラウンド化したんだと思います。
録音風景のドキュメントの部分は、私がサンケンCUW-180のセットを持ちながら、カメラと一緒に動き回るという感じでやっていました。フィールドと同じようにLFEにサンケンCO-100Kを使って収録しました。ティンパニーの音なんかは結構迫力が出たんじゃないかなと、生々しく伝えられたんじゃないかなと思います。

● 「SEの仕込み作業」
本編集終了後、制作に用意してもらうもの
編集済みの映像(Quick Time)
音声(WAV)
エディットシート(Avid)

土方:SEの仕込みは私がやりました。現場で録音した者がやると現場の感じが再現できるのではということです。仕込みの作業を念入りにすると作品のグレードが上がると思っています。現場音は映像と一緒に先ほどのマルチトラックのレコーダーにほとんど同時録音しています。その同時録音の音と別に録った背景音を組み合わせながらDAWに貼付けていっています。その貼付ける為の目安になるのがこのEDITシートです。本編集が終わってから本編集済みワークとして今はQuickTimeで書き出したファイルをもらっています。それから本編集済みの音声は、ハイビジョンなので4チャンネル分あるんですね、それをWAVに書き出してもらいました。そしてAvidのEDITシートですね。この3点セットを仕上げの貼付け作業に入る前に制作の方からもらいます。貼付けたあとに最終的にABロールに分けてProToolsのセッションファイルに書き出します。MAスタジオは今ほとんどProToolsです。私はNuendoで作業をしているんですけど、ProToolsにしたほうが後々作業効率がよいということでやっています。音響的により臨場感を豊かにするために、多重のレイヤー構造を築いて遠くのほうに海の見えるような映像の時には、遠くで波の音がしているような感じの音を足して多重構造にしています。固まった溶岩を歩くシーンでは、カメラマンと私の後ろについている人間の足音が入ってしまうということで、フロントサラウンドだけ活かして後ろのほうは別録りのベース音等を加えています。

[ Q&A ]

Q:収録時のタイムコードのEDITシート通りにつないでいましたが、収録ではタイムコードはどういう形で収録されたんですか?
A:レコーダーにタイムコードを収録する機能がありまして、マルチのケーブルを自作で製作してカメラから常に有線でタイムコードをもらえるようにしています。

Q:有線だとカメラからあまり離れられないのでしょうか?
A:同録のときはそうです。

Q:サラウンドを録るときは8トラックを使うということですが、MCなど録る時はそのほかに追加でトラックを設けているということですか?
A:サラウンドは6本のマイクで収録して、残りの2チャンネルをMCに使っています。

Q:それらのMA時のバランスの取り方はやはりサラウンド側と単独で録ってる側とのバランスを細かく変えていくようなイメージなんでしょうか?
A:そうです。時々サラウンドマイクが近すぎて両方足すと音が濁ってしまうことがあり、いくつかそういう場面出てきたと思うんですけどそういう時はちょっと困ります。

Q:すごくバランスをとるのが難しい部分もあるのでしょうか。収録時当然サラウンドマイクにもMCの言葉がかぶってきますからその位相とか、どういう風に処理をされていますか?
A:位相というか、ピンマイクと少し離れたマイクで拾ってるものはディレイがあります。それをサンプル単位で波形上で合わせています。

Q:服部さんがずっと溶岩を歩いていた部分で、あの時にサラウンドの音場があってMCがありますが、その時はLFEチャンネルはどのようになっていますか?
A:LFEの扱いっていうのは難しいと思います。ほとんどの人が必要ないだろっていう考えがあって、この番組を担当している整音を担当している方も当初は一切要らないとのことでした。私は、録れるものは試してみたいというのがあり、効果的な時もあります。例えばアタックの強い音とか爆発的な音。花火なんかは今までやってみて非常に効果的だったんですが、録れたものは全て最後の整音にお渡します。

Q:この作品は、通して録られているLFEは、ずっと入っている感じですね?LFEをずっと使い続けているとまず麻痺してしまい使おうと思う時にその威力を発揮できないということはないですか?
A:多用はしないほうがいいと思っています。本当に例えば花火がバーンとかね、そういうときぐらいに。あと最初はそういうアタックの強い音が効果的なんだと思っていたんですけど、波音なんかの量感のあるようなね、ああいったものはベースにあってもスケール感が出てよかったですね。今まだ色々調べてるとこです。映像通信のMA-Cというスタジオでミキシングしてるんですけど、今日ほど低音は出ていませんでした。そのスタジオごとのチューニングの違いとか、実際MAスタジオで調整するしかないので、その辺は課題ではないかなと思っています。

Q:LFE用にCO-100Kを使ってますね。今回使われてるLFEの音っていうのはすべてその音を使ってるんですか。
A:そうです。 LFE専用にちょっと贅沢な使い方です。だからもちろんローパスで100Hzより上はほとんどないはずで。80Hzからなだらかに落としています。花火の音を録りにいったときに沢口さんからRE-20というエレクトロボイスのバスドラ用でよく使われるマイクをお借りして、音源との距離は遠かったんですけど、結構いい音で拾えて効果がありました。空間が広いとこだったらやっぱりコンデンサーだろうなというので色々調べてみたらたまたまCO-100Kがいい低音が出ていました。シャープというかスピード感あると感じたので、今ちょっと実験をずっと続けている段階です。

Q:水中で収録した音に関して、その後、その加工とか編集っていうのはどういった形でアレンジされたんですか?
A:以前に高木さんがパンダフルライフという作品ででステレオで録った音声をサラウンド化するというのを、聴講していたのでその学んだ技術を応用しています。WavesのS360°Surround Imagerを使って後ろにもこぼす程度のサラウンドです。番組がサラウンドなので、なるべくサラウンドにしたいと思いましたが、5本マイクをそろえたりマイクツリーを仕立てるのって結構大変で、しかも海の中のなので折れちゃったりしたら大変だし、船のシーンは相当揺れてましたので(笑い)

Q:マイクの位置っていうのは実際あの、さっき船がこう揺れてたあの場所から録った音なんですか?
A:そうです。

Q:熱による機材トラブルとか無かったですか?
土方:運良く今回はなかったです。最後の方で、片方のチャンネルのコンドーム破れていました。ただあれだけの音が拾えるんだったらもっと良いマイクでやったらどうかなとかって、すごい興味が湧いてくるんです。

Q:服部先生にはどんな形でファイルをお渡ししたんですか?やっぱり5.1(ch)になったものを渡されたんですか?
A:2パターン渡しました。オーディオファイルにCD-R AUDIOと、5.1(ch)のサウンドファイルになっているDVD-Rで、データDVDにして渡しました。

土方:自然音の場合はあまり突拍子のない発想がなくて。まあ、自然のまま録るっていう事に終始しています。
参加者:気持ちいいですよね。ここで聴いていても気持ちよかったです。
土方:そうですか、ありがとうございます。
参加者:いい体験させて頂きました。

土方:どうもありがとうございました。この後音響効果部分のサラウンドコラージュの制作について宮川さんから解説します。
宮川:NSLの宮川と申します。選曲効果をやっております、宜しくお願いします。

宮川:僕が仕込みにいただいた時間は1日しかありません。聴かせる音というのは決まっていました。土方さんが録ってくれた現場の音をメインに聴かすって事は多分一番にくるだろうと。その次に作曲家の先生の曲を聴かせるというのがくるだろうという事で、音響効果としては、ブリッジから作っていくことを決めました。

(再生)

このアテンションどのように作ったかって簡単に説明します。Logic Studioに付いているシンセサイザーを利用してサラウンド制作しています。Logic Studioってこういう現場でよく言われるんですよ、キーンっていう音がない?って。ボーンって音だけで良いんだけれどって言われた時にそんなのいちいち持ち歩くの面倒なので、Logic Studio 1台あればいつでも取れる。(笑い) この2つさえ作ってしまえば、もう番組が出来たと同じだと僕は思っていまして(笑い)聴かせる前にアテンションとして、そのタッチ音でサラウンドの音を聴かせるのもそうですが、聴かせる前に必ず素のカットとか音楽のないカットとか、ナレーションだけのカットっていうのが入っています。僕が耳休めのためにそうしろという、変な話、映像が動いていても、映像に音を入れるなという構成の仕方をしました。基本的にCDが音源なので作業としては44.1kHzのステレオ素材です。これを基本的にはフロント定位でそれに対してディレイなり、エコーなりをつけて、つけたもののリターンがサラウンド定位のセンター定位という組み合わせです。この利点としてもうひとつあるのはダウンミックスにしたときに、音楽の質が変わると言う事がない点です。先ほども言ったようにフルサラウンドで行ったときに、耳が慣れてしまうことにだけ注意して、カットの前で音を終わらせるとか、それぞれ細かい工夫はしています。実際にちょっと作ったものを聞いてみましょう。たとえば一番分かりやすいのは、ハワイの頭(BGM)だと思います。

(デモ)

宮川:サラウンドの番組を制作するにあたって、制作会社は必ず間に入ってくると思います。制作会社の方がどれだけサラウンドを知っているか、という部分があります。今回、アバター見た方いらっしゃいますか。ぼく見てないのですけれど(笑い)アバターは凄く良いきっかけで、話によるとアバターの立体映像というのは飛び出すことよりも臨場感を大切に持って来たという。我々はやはりずっとサラウンド=臨場感で走っていまして、フライオーバーみたいな、音が移動するという、ゲームの方には申し訳無いですけれども、そっちの『作った』サラウンドではなくて、「いつ行っても現場には音がある。その音の風景はいいんだよ。」ということを言いたかったがために、サラウンドをやっているというのがありまして。今回、アバターは良いきっかけで、やはり居酒屋トークですけれども(笑い)「アバター見ましたか?」と質問しますと、「やはり3Dはいいですね」とみんな言うのですよね。そして、「映像の3Dはあるけれど、音の3Dはどうなんでしょうか」と聞いてくるのですよ。今まで散々5.1チャンネルサラウンドの企画を出している人間なのにも関わらず、3Dとサラウンドというのが結びついていない方が多くて、「実は5.1チャンネルサラウンドというのは立体なのですよ。3Dなのですよ。」という話です。「でも5.1チャンネルだとスピーカー5つ必要じゃないですか。それでは数字もあれですし、みんな持っていないからだめですよ。」と言われるのですよ。そうすると、こっちは「アバターだって眼鏡つけないとみれないじゃないですか。」と。実質これから立体の受像機が売られることになって、テレビ局自体が何本か立体(音響)を作らなくてはいけないときに、われわれがサラウンドを少しでもやっていないと表に出せない。まして、本来ならお金と時間をかけてきっちりとしたものを作りたいのですが、やはり、今の世の中ですから「予算は無い、時間は無い、でも良いものが欲しい。見た目だけでも良くして欲しい」と言われるのが現実なのですよね。今回は非常に、アバターは良いきっかけだと思いますので、僕はその事を『アバター効果』だなんて言ってますが、みなさんも周りの方にそう言って頂けると。「サラウンド作ろうよ、サラウンド作ろうよ、サラウンド楽しいよ」というふうに飲み屋でも喫茶店でも何かの機会に言えば必ず実現するのではないかなと、非常に感じています。

[ Q&A ]

Q:今回使われているプラグインを教えて下さい。
A:Logic Studio内蔵のものです。リバーブはスペースデザイナーで、それと、ディレイデザイナーです。それ以外に一切使っていません。逆に言うと、僕はそれを使うとハマってしまうのと、時間をかけてしまいますので、ディレイとスペースデザイナーだけです。ふたつあれば大体空間というのは表現できるのではないかと思っています。あとはリターンの位置です。

Q:(エフェクトリターンの位置は)全部センターですか?
A:全部センターにしています。もうひとつロジック・スタジオの面白いところは、バイノーラル(パンニング)というものがあります。これは2スピーカーでの立体感を作れるので、エコーの成分を2スピーカーの立体の状態で出して、うしろでちょっと引っ張るとかね。わざと位相のズレを感じさせるというのはやります。結構便利です。

Q:2チャンネルのソースで後ろから出していたものがありましたか?
A:ギミックな表現がいる時は、そうしています。必ず前の方に意識と言いますか、(第53回サラウンド寺子屋塾報告で)耳線という言い方をしました。耳線が前にあるときに、後ろから出るとびっくりしますよね。耳の意識が前にずっとあるときにポーンと後ろから出ると、サラウンドを感じるじゃないですか。そういうチャンスは逃さないようにしています。ワンカットしか無いので、そういう作り方をしています。だから、2曲、3曲を混ぜるときにはそれに注意しています。

Q:バイノーラルパンなのですけれど、上を表現することはできますか?
A:あまり上が出ないですね。音が狭くなります。

Q:ナレーション(の定位)はファンタムですね。センタースピーカーは使わないのですか?
A:使わないです。放送の問題なのですけれど、2チャンネルにダウンMIXするとセンターかなり下がるのですよ。それと、ひとつだけ「聞いてみましょう」というイメージのナレーション。あれはおそらくサラウンドセンターとファンタムセンターを混ぜて、ずらしています。それはわざとそうしています。

Q:「聞いてみましょう」というMCの部分は位相の違う空間になりますね。
A:逆に言うと、昔だったらそれにエコーをかけて心のイメージではないけれど、イメージ部分の声という事をしましたけれど、定位を少しずらして位相を変えるだけでイメージに持って行きやすいというのがサラウンドの特徴だと思います。映画でこれをやったらおそらく怒られると思いますけれど。(笑い)テレビなのでトライしています。

Q:放送でのサラウンドのLFEの使い方について工夫があれば、教えて下さい。
A:音楽に関しては、ほとんどLFEを送ってない状態です。たとえば、低音を強調したいときは送ります。過去に実はサラウンドを探っている時期に、LFEに送って広がりを出したことがありました。確かに広がるのですが、その前に元の音がすごいぼけます。それからもうLFE使わないという方向になりました。その分、加工したものをサラウンド定位に持って行ったほうが、すっきりするし表現しやすいかなと思います。だから、ステレオの音源を広げるときはいつもそういうふうにやり方をしています。

Q:なぜハードセンターを使わないのですか?
A: 2チャンネルにダウンMIXを考えると、その方がいいのではないかという。MAミキサー中村さんの考えです。

Q:5.1(チャンネル)のミックスを作られて、2チャンネルは作られないのですか?
A:この番組では作りました。

Q:同時に作られたのですか?
A:別に作りました。サラウンドが終わった後に作りました。

宮川:(2010年夏に公開予定の)3D屋久島の話を少し宣伝させて下さい。
土方:SONYがスポンサーで3D映像を精力的に制作しています。ひとつは科学未来館で上映されており、それはSCアライアンスの山本さんが仕上げをされました。こないだ私、3Dの映像の現場初めて行ってみたのですけれど、本当に機動力が無くてびっくりしました。映像の撮影をするときは必ずジェネレーターがまわっているのですよ。だから同録は一切無理で。これに見合う音を録ってきてくださいみたいな感じなのですね。屋久島あちこちまわりまして、録ってきたのですね。それをこれから仕上げようかというところです。
その映像は実際、赤坂サカスの地下になると思うのですけれど、3D映像を見せるブースが夏にできるというお話です。
宮川:夏になるそうですが、是非、赤阪サカスへお越しの際はご覧下さい。
土方:本当に少しずつですけれど、サラウンドの環境ができて来ていますので、みなさんこれからも頑張ってやっていきましょう。

沢口:土方さん、宮川さん、どうもありがとうございました。(拍手)

[ 関連リンク ] 
ノンフィクションW 地球の音楽 〜地球が奏でる驚きのメロディー〜 WOWOWオンライン番組紹介
51回サラウンド寺子屋塾報告: 倍音豊かなフィールド サラウンドを目指して by 土方裕雄
53回サラウンド寺子屋塾報告: ドキュメンタリーサラウンド音響表現 by 宮川亮

「サラウンド寺子屋報告」 Index にもどる
「サラウンド入門」は実践的な解説書です

April 1, 2010

第69回 北陸朝日放送・日本プロ音楽録音賞受賞:実践5.1ch サラウンド番組制作


By Satoshi Inoue 井上 哲 + 北川 嘉市郎氏(北陸朝日放送)、 秋田 裕介氏(株 放送技術社)



“応募した楽曲はソロ曲がメインでしたが、5.1chサラウンドの利点を活かし、オケの位置関係を壊さないマイクポジションとミキシングに気を使いました。ソロのクラリネットが前に出すぎても、沈みすぎても不自然なので、いかにリハーサルやゲネプロで聞いた環境に近い形で表現できるかミキシングに注意しました。(秋田氏)"

“置きマイクにして本数を増やしてしまうと、どうしても音の回り込みが増えてしまい、シンプルな収録ができなくなってしまいます。置きマイクは、各楽器の定位を出すために加えているため、マイクは必要本数にとどめ、ナチュラル感を大切にしました。(北川氏)”
月刊FDI 2010/4(PDF)より


第49回サラウンド塾 実践サラウンドマイキング

「実践5.1ch サラウンド番組制作」目次へもどる
「Let's Surround(基礎知識や全体像が理解できる資料)」
「サラウンド入門」は実践的な解説書です

サラウンド入門:実践的な解説書です


著者:沢口真生、中原雅考、亀川徹

本書は、映画、DVD、デジタル放送などにおける新しい音響フォーマットとして採用されている「サラウンド制作」について書かれた実践的な解説書です。サラウンドのサウンドデザイン(沢口)、サラウンドスタジオの音響設計(中原)、そしてサラウンドの収音手法(亀川)といったサラウンドに関する様々なノウハウを、それぞれの専門分野で活躍している3人の著者がわかりやすく解説しています。
基礎的な理論から実際の制作現場で役に立つ実践的な例まで、幅広い内容を平易にまとめており、学生の教材としてだけでなく、実際の制作現場で働くエンジニア向けとしても大いに役立つ内容となっています。

[ 目次 ]
1章 2チャンネル vs サラウンド
2章 サラウンドの歴史
3章 サラウンド再生環境の構築
4章 サラウンド音場のデザイン
5章 サラウンド収音手法
6章 将来の研究動向
付録1 制作の実際
付録2 知識から実践へのヒント
付録3 <機材>ポータブル マルチチャンネルレコーダー

「サラウンド入門」は実践的な解説書です