July 20, 2020

フィンランド シベリウスHALLにおける11.1CH Immersive レコーディング


フィンランド シベリウスHALLにおける11.1CH Immersive レコーディング

GENELEC and UNAMAS Label by Immersive Audio Music Production






Mick Sawaguchi C.E.O UNAMAS Label

1 プロジェクト実現の背景と目的

GENELCの創業者Ilpo Martikainen氏とは同世代でもあり度々情報交換や2008GENELEC創業30年セレモニーに参加した後、彼にガイドを依頼してボートに乗って町の周辺でフィールド録音を行った思い出があります。2017GENELCチームが来日した際に息子であるJuhoさんも同行しシンタックスJapanの村井さんが視聴室でDolby Atmos BDディスクからUNAMASのアルバムUNAHQ 2009に収録されているF.S Death and Maidenを視聴しました。

彼は、コントラバス奏者として活躍していますので曲を聞いてすぐに村井さんに(これはオリジナルスコアで演奏していないがどこのスコアですか?コントラバスが参加している珍しいスコアなので私も演奏してみたいのでスコアを入手できないか?)と打診があり筆者へその依頼が来た次第です。

その後、私の方からアレンジしたスコアを彼に送付しフィンランドでもそのスコアでの演奏を行ったそうです。Juho氏は、コントラバスにスポットを当てたアルバムを多く制作しているUNAMAS LABELのポリシーを大変気にいってくれ以降お互い意気投合した次第です。

さらに2018年8月東京で開催されたAES INT CONFERENCEで筆者は、IMMERSIVE MUSIC RECORDINGの音楽性とハイト・マイキングのアプローチ例としてUNAMAS Labelの手法をワークショップで講演し、同時に期間中GENELEC DEMO ROOMでもUNAMAS LABELの様々なIMMERSIVE AUDIO音楽を11.1CHでデモしました。

期間中にGENELEC C.E.O "Siamäk 氏からGENELECでユーザーの参考になるようなIMMERSIVE AUDIOリファレンス音楽を作成するプランがあるのでその時にはUNAMAS Labelも音源協力してくれないかという打診がありました。私からは、喜んで協力しますが、GENELECにはJuhoという素晴らしいベース奏者がいるので彼がプロデューサーになって新規にレコーディングをするのはいかがですか?そうすれば音楽レーベルとの原盤使用権などの拘束無しで自由に使える音源を持つことができますよ。と提案しました。

その後GENELECではいくつかのImmersive Audioアルバム制作を行っているレーベルに音源提供を打診したそうですが権利契約や費用面で実現を断念。本Projectがスタートしディレクターを担当したJuho氏がCbを入れた編成にふさわしい曲目とメンバーを人選し録音会場もいくつか検討した結果最終的にヘルシンキ郊外の湖畔にあるLahtiのシベリウスHallで2019年7月27−28日機材準備29−31日でレコーディングを行うことになりました。レコーディング・チームは日本から機材をまたチームは日本とドイツのメンバー編成を行って実現したものです。
           




2 楽曲と演奏メンバー

Juho氏が選んだ楽曲とメンバーは以下のようになります。

Franz Schubert
Piano Quintet in A major, D. 667 Trout

MOV-01 Allegro vivace (A major) time: 13’41” 
MOV-02 Andante (F major) 07’04’
MOV-03 Scherzo Presto (A major) 04’11”
MOV-04 Andantino Allegretto (D major) 07’44”
MOV-05 Allegro giusto (A major) 09’51

 Juho Quintet 
Joonas Pohjonen Apf
Petri Aarnio Vn
Ezra Woo Va
Sami Mäkelä Vc
Juho Martikainen Cb


Giovanni Bottesini
Elegy for double bass & piano No. 1 in D major   04’22”
Joonas Pohjonen Apf
Juho Martikainen Cb

Jean-Baptiste Barriere 
Sonate No10         09’59”
Sami Mäkelä Vc
Juho Martikainen Cb


3 録音システムと録音の実際

いつもは軽井沢にある大賀ホールをベースにアルバム制作を行っている筆者には初の海外録音となりました。シベリウスHallはどんな環境なのか?写真だけでは予測できずどうしようかと思案していましたがタイミングよく2019年5月にシンタックスJAPAN村井さんがドイツへ出かけることになりその帰りに下見をしてくれました。その時のビデオを手掛かりに以下に示すような構成としました。楽曲も今回はピアノと弦楽4の編成のため適切なバランスと演奏、コミニューケーションすべてを満足するメインマイクの設定が最大のテーマでした。



メイン機材は、すべて国内からの搬入のためカルネ申請や通関手続きなどでシンタックスJAPANの皆さんに大変お世話になりました。
7月27日午後にヘルシンキのGENELEC OFFICEにて機材を開梱し機器チェックを行い、無事トラブルのないことを確認し28日に備えました。




 このホールは、ヨーロッパに見られる典型的なShoe box形状で響の減衰が早いホールでしたのでハイト・マイクのゲインは極力大きめに設定しました。またその話をホールのエンジニアとしているとここでBISレーベルが録音するときは側面反射板を開けて響きを補強しているので今回もそうしてみてはどうかと反射板を開けてくれました、4CHのハイト成分をソロで聴くと真ん中の2CHは豊かなのに比べ両端2CHは側面を向いているためか確かに減衰が早い響きでしたのでこの補強はとても有効で彼の話では、ここでヨーロッパのクラシックレーベルの録音が頻繁に行われているとのことでした。




  ピアノQuintetSpider Tree 7.1CHマイキング
TroutApfVn Va Vc Cbの編成でヨーロッパ等の録音ではApfからのかぶりを嫌い弦楽器にはSpotマイクを多用しApfも蓋をあまり広く開けない方法でレコーディングしています。今回は、UNAMAS Labelのポリシーである7.1CH+4CHをメインとするための工夫をしました。Apfにはカスタムのピアノ突き上げ棒PROP STICKを製作して持参し逆にホールに拡散させまた、メインマイクは弦楽を重点にしていつもより高さも距離も狭いマイキングとしました。





ApfにはSpotマイクがありますが、これはハイトのFL-FRへ配置するマイキングで映画のAtmos mixサウンドデザインとしてハイトのFL-FRをうまく使っている例などを参考にしました。

  4CHハイト・マイクはS/Nの良いオーストアラリアン・オーディオの
OC-818にしました。事前プランでは大賀HALL録音で使用して良い結果を出していたSONY C-100を検討していましたがカタログスペックや聴感テストでS/Nの良かった本マイクを使うことにしました。カプセルが2WAY設計は、どうしても2つを結合している分だけ自己ノイズが加算されてしまいます。


参考に筆者が候補としてまとめた自己残留ノイズ特性と価格リスト例です。

Model
Self noise
Price
C-100 SONY
18dba
¥ 1550kHz
OC 818
9dba
¥ 1420kHz
EHRLAND her-m
7dba
¥ 3050kHz
MKH 800 TWIN
12dba
¥ 3050kHz
UM-900
16dba
¥ 6020kHz Tube

● CbVcにはウルフと呼ぶホール床面からの反射を低減しサウンドがマイクに飛ぶように金井製作所KaNaDe The strings1インシュレータを設置しています。これまでもJazzCb録音などで使用し良い結果を出しているので今回も採用しました。



  ヨーロッパの電源電圧は230Vですのでこれに対応した機材は230V
で使用し100V対応機器は、230V-100Vステップダウン器を持参し対応しました。電源のドライブ能力の大切さは、国内でも痛感していますが、230Vのドライブ力は、最初にスピーカから音が出た瞬間でわかりました。
録音時にスペアナで100KHzまでのノイズを見ましたが国内に比べて大変綺麗な波形でした。



4 レコーディング余話

本レコーディングもメインの7.1CHSpider Treeと呼ぶマイキングで設置しアーティストはメインマイクロフォンを取り囲むような配置でこれを私はSubjective Surround と呼んでいます。録音という行為はマイクロフォンをツールとした録音芸術であるからです。Juho氏にはあらかじめ何故円周配置で録音するのかをメンバーへ事前に話しをして録音当日に戸惑うことがないように依頼しておきました。

ステージからの天井高は11.1mピアノのCキーは443KHzだそうです。
以下に最終3タイプのマイキングを示します。






録音当日からGENELEC関係者やウイーン、ビデオ撮影チームなどの参加者が集まりましたが、その中にはクラシックの録音をよくやっていたという人もいました。彼らが我々のマイキングを見てみんなで話している会話が耳に入ってきましたので紹介します。(初めて見たが、こんなマイキングで録音できるのか? 大丈夫なのか?)と話しています!内心(後で結果をお楽しみに・・・)と一人でニンマリしていました。


録音はTroutに2日間を当て残り1日の午前・午後でduo2曲を録音というスケジュールで計9曲と曲数が多いのでかなりタイトでしたがディレクション担当の金井さんの的確な指示もありなんとか3日目の15:00で終了することができました。音源は金井さんが持ち帰って編集後、Juho氏の確認を経て筆者の元へサーバー経由で送り、DLWAVデータをもとにFinal Mixを進めました。


5 Final Master 完成まで
Final192-24 2CH 5.1CH11.1CH48-24 MQA44.1-16 WAVも制作しました。今回Pyramix DAWの中にあるアルバム・パブリッシング機能で32BIT FLOAT マスターを作り(現状は5.1CHマスターまでしかこの機能が対応していませんが)そこから再度192-24 WAVを作ってみましたが、ダイレクトに192-24 MIXを行った音源と比較して響きが豊かに保存されておりとてもクラシックには有益な機能だと思いました。


クラシック音楽のディレクションは大変重要で今回はドイツ語・英語と堪能なTetsuro Kanaiさんにドイツから参加してもらい、大変スムースな進行と編集ができたことを感謝します。VaEzra Wooとはドイツ・デトモルトの同窓だとわかり、休憩時にはドイツ語の会話が弾んでいました。




4 チーム編成

Executive Producer Siamäk Naghian: GENELEC 
Producer Juho Martikainen: GENELEC
Production Coordinator Seiji Murai: Synthax Japan
Music Director Tetsuro Kanai
Recording/mix/mastering Mick Sawaguchi: UNAMAS Label
Assistant Engineer Jin Itoh: Synthax Japan
System Engineer Takeshi Mitsuhashi: Synthax Japan

Rec. Date 
At Sibelius Hall in Lahti
29th-31stJuly 2019 Finland.


MADI Rec by DMC842/Micstasy/MADI face XT
 (Synthax Japan Inc)
Digital Mic KM-133D as Main Mic and Apf 
Mic Cable: The Chord Company
DAW: Pyramix V-12 192-24 Rec-Master (Merging Technology)
      Magix Sequoia V-13


終わりに

アルバムを試聴していただき、ライナーを書いていただいた麻倉氏から有益なコメントをいただきましたのでみなさんに紹介します。

●イマーシブ・サラウンドの実用化と高臨場感化のアルバム制作を数多く行ってきた沢口氏はこう振り返る。「レーベルがクラシック・ジャンルの制作を始めた思いは、ポスト5.1チャンネルであるイマーシブ・オーディオが、音楽としてどんな表現の可能性を持つのかを研究ではなく実際に制作して確かめたいと思ったからでクラシック演奏の持つ豊かなアンサンブルや響きの空間性はそれにふさわしいと思ったからです」

「鱒」プロジェクトでは、イマーシブの全チャンネルは7.1.4。メインの5.1Spider Treeと呼ぶ蜘蛛のように全周に拡がるマイク配置で収録した。大賀ホールで201812月に録音した「四季」で初めて採用した方式だ。

このやり方について、沢口氏は「これを私はSubjective Surround と呼んでいます。録音という行為はマイクロフォンをツールとした録音芸術であるからです」と述べている。
このコメントは要注目だ。

Subjective Surroundとは、現実の音場をそのまま再現するという規範を一歩進め、「録音家が、新しい音場を作る」ことに踏み込んだ。客観的に音場をそのまま切り取るのではなく、こう聴いて欲しいという配置に、楽器を定位させるのだ。ステレオ音場の時代では、こうしたアイデアがあっても、実際に2チャンネルの中で、創造的な音場づくりは不可能だった。ところが、イマーシブ・サラウンドが実用化され、「録音現場の音場をそのまま届ける」ことから進んで、録音家のセンスと芸術性を活かして、単なる生音場の再現ではなく、全周的に音を配置することにより、新しい、より感動的な、文字どおりIMMERSIVE(「没入する」)な音場をつくりだすことが可能になった。まさに新しい技術を活かした、新しい録音様式といえよう。マスターは、11.1CHになるわけだが、ここから新たにMIXした5.1CH2CHも豊かな情報を温存しており同一音楽を比較試聴できる醍醐味もある。

以下は、GENELEC NEWSリリースに掲載されましたJuho氏の感想です。

Producer Juho Martikainen
“It was a very natural process and there was a lot of freedom for me to decide with whom I would like to play and which type of repertoire we would record,” “Mick really loves the sound of the double bass and wanted classical performances, because he felt this type of music really suits the immersive audio format. 

“I went through many options when choosing the pieces but decided to play it safe and go with Franz Schubert’s Trout Quintetfor the first piece as it is an all-time favorite for me, also, we then chose Jean-Baptiste Barriere’s Sonate No: 10which is a Baroque piece, originally composed for two cellos, but we played an arrangement for a double bass and cello instead. And then of course I had to play one piece composed by Giovanni Bottesini as I think he was a true master of the instrument. So I chose maybe his most famous piece, Elegy.” 


“I think in general nowadays, many recordings are too polished and end up losing the vibe and the atmosphere of the actual moment”. “For us, it’s all about the music and this is the point we were trying to make. It’s about the creativity and to be there to help inspire the best possible level of musical ability. I was very happy when I heard the tracks and I think the system has captured this vibe brilliantly!” 

Looking back fondly on the experience, “Working with Mick Sawaguchi and Tetsuro Kanai on this project was a once in a lifetime opportunity. As a musician, it was a great thing to be a part of, and I feel incredibly lucky to have played with great colleagues in a great hall with great equipment - it doesn’t get any better than that!” 





音源は、2019年8月の北京で開催されたBIRTVImmersive音響制作イベントとの一環としてGENELEC CHINAが開催したセミナー、10月のAES N.YでのGENELECデモそして国内では11月のInterBEEでのGENELEC ROOMでのデモを皮切りに順次イベントやGENELEC SHOW ROOMなどで使用される予定です。()

「実践5.1ch サラウンド番組制作」 Index
「サラウンド入門」は実践的な解説書です

July 19, 2020

2016年第89回音響効果賞受賞作 ArrivalのDolby Atmos Mix分析


Dolby Atmos MIXで仕上げられた
2016年第89回音響効果賞受賞
Arrival」のサウンド・デザイン

                   Mick Sawaguchi 沢口音楽工房
                   Fellow M. AES/ips
                UNAMAS-Label・サラウンド寺子屋塾主宰




はじめに

2016年のアカデミー音響効果賞を受賞した斬新なSF作品Arrival(邦題:メッセージ)を取り上げます。本作の特徴は、難解なテーマを楽器、声、などアコースティックな素材をテープ・ループというクラシックな方法で制作したアンビエント風のスコアリング音楽とカナダ、ニュージーランドとフランスの音響チームがこれまた自然素材をもとに作り出した宇宙人の声や動作音、様々なアンビエンスなどが渾然一体となったImmersive Audio音響デザインにあります。

監督のDenis Villeneuveは、本作後2017年に名作Blade RunnerをリメークしたBlade Runner2049も担当したカナダ、モントリオールをベースにした新時代のディレクターです

1 制作スタッフ

Director: Denis Villeneuve
Sound Design: Sylvain Bellemare
Vessel sound: Olivier Calvert
Heptopod vocal sound: Dave Whitehead. Michelle Child
Final Mix: Bernard Gariépy Strobl,
Music: Jóhann Jóhannsson
Music Sound design: Simon Ashdown
Scoring Recording: Daniel Kresco
Scoring Mix; Paul Corley
Foley Artist: Nicolas Becker. Greg Vincent
Foley Rec: Yellow Cab Poly Son Post
Production Sound: Claude La Haye
Sound Recordist: Steve Perski Justin Wilson
7.1CH Final Mix; MELS Post at Montreal Canada

Dolby Atmos Mixはパリのスタジオですがクレジットは見つかりませんでした。





2 ストーリーと主要登場人物

未婚の言語学者、ルイーズ・バンクスは、娘の誕生から難病により死に至るまでの様々な光景をデジャブのように経験する。授業の途中で世界12ヶ所に飛来した謎の宇宙船のニュースを聞き世界中が騒然となる。アメリカ軍ウエーバー大佐が彼女の研究室に持参した録音を再生し、その意味をルイーズに質問するが、現地に行かないとわからないと返答し、結局物理学者のイアン・ドネリーと共にモンタナに飛来している宇宙船を警戒している基地へ向かう。

2人の任務は、2体の地球外生命体(「ヘプタポッド」)の飛来の目的を探ることだった。試行錯誤の末、墨を吹き付けたようにして描かれるヘプタポッド文字言語の解読がはじまる。その途中でも娘との生活がフラシュバックされ、その原因に悩みながらもヘプタポッドとの交流を実現しヘプタポットが、地球に来た本当の理由を知る。彼らは3000年後に人類から助けられるため贈り物をするのだという。ルイーズはヘプタポッドが時間を超越していることそしてフラッシュバックしていたのは自分の未来であることも知る。
宇宙船が、消滅し、任務を終えた基地でイアンがルイーズに結婚を申し込む。その後イアンとの離婚や、娘ハンナが早逝する運命を避けられないと知りながらルイーズはプロポーズを受け入れる。

一見するとお決まりのSFアドベンチャー映画とみられるが、メインテーマとして扱っているのは、“時間の流れは過去だけでない、死を迎えるまでの未来も人は、認識できる力がある”というテッド・チャンの短編小説「あなたの人生の物語」をベースにした哲学的なテーマである。







3 起・承・転・結・毎の特徴的なサウンド・デザイン

3−1起00h00’00”-15’18”

ルイーズの娘と過ごした日々のフラッシュバック映像にメインテーマが静かに流れ、冒頭の大学に数人しかいないクラスルームで徐々に鳴るPCや携帯音そして大学構内から避難する人々、アラーム、救急車、L-Rに大胆に飛行するジェット音と徐々にダイナミックレンジを広げ、宇宙船の飛来という緊張感が表現されます。成分としてはハイトCHと水平5CHLsRsでアンビエント風の音楽が包み、残りのCHに効果音というデザインです。また会話がメインのシーンは、大胆にハードセンターのみとし逆に空間を表すシーンでは、ハイトCHを使って柔らかく包むという基本デザインコンセプトが示されます。


自宅に戻ったルイーズが居間で母と会話するシーンや次のルイーズの教授室内でのウエーバー大佐との会話など会話が重要なシーンは、ハードセンターのみです。


起のラストで登場するのがウエーバー大佐一行がイアンを迎えに自宅の庭にヘリコプターで到着するシーンです。

ベッドにいるイアンは、TVニュースを聞いています。ここもハードセンターのみの潔さで、突然フロントハードセンターからリアに向けてヘリコプターの飛来音がフライオーバーで広がり、レンジを一気に高めると、次の居間から外を見るイアンのワイドショットでハイトCHからヘリコプターのホバリングが盛大に響きます。『出発だ!』ウエーバー大佐とともにヘリコプターへ乗り込むワイドショットになると完全なフロントL-C-Rのみとなるといった一連の音場の展開はテンポ感もある素晴らしいデザイン例です。






3−2承15’18”-23’09

 ヘリコプター機内シーンもハイトCHの有効性が表されています。シンプルですが、水平5.1CHだと、お互いがマスキングされてしまう各種機内音をBASIC CHとハイトCHを分離することで密閉閉塞空間を表しています。その後ルイーズと物理学者イアンが『言語は、文化だ!』『言語は、科学だ!』とヘッドセットで会話する場面になるとハイトCH成分はなくなり水平5.1CHのみで進行します。

PS:同じようにヘリコプターで島へ向かう機内シーンの展開がある1993年の第66回受賞作Jurassic Parkと是非比べてください。ハイトCHの有効性が理解できます。




3−3転23’35-1h1615

テント内で世界各地の基地と交信する司令室シーンが何度も登場します。ここもテント内に反響する司令室のざわめきがハイトCHにもひそやかに配置されテント内という閉塞空間を表しています。一方の隣接したルイーズとイアンチームの分析ルームは、セリフの意味に集中するべくハイトCHアンビエンスは、ありません。




3回目となる宇宙船SHELL内に入ったルイーズは、突然防護服を脱いで顔を見せ自分の名前を言います。それに応えるかのようについにエイリアン・ヘプタポットの2人がガラス壁に現れ声をあげます。このエイリアンVOICEは、BASIC CH全てとハイトCHを駆使した壮大なVOICEです。ここで一体となって流れる音楽は、サウンドデザインチームが制作したVOICEの素材を送ってもらい相互がマスキングしないように帯域を棲みわけて作曲しています。



3−4結 1h1615“—1h5630

中国軍がヘプタポットに戦いを布告し、世界12ヶ所の基地は、撤退を始めモンタナの基地も撤収命令が出て慌ただしいシーンとなります。

ここも上空を旋回するヘリコプターと地上で撤収を始めている様々な状況音が立体的な空間を形成しています。



4 スコアリング音楽

スコアリングを担当したのは、アイスランド出身で現代音楽や民族音楽、POPS演奏、作曲で活躍をしているポストクラシック作曲家と言えるJóhann Jóhannssonです。彼は、台本を読んでから直感的にテープ・ループをメインにしたアンビエント風音楽のイメージを持ち、撮影に入る前に幾つかのサンプル制作を事前に監督に送り、そのサウンドが気に入った監督は、撮影中それを流しながら撮影したと語っています。



テープ・ループと言っても半端でなく、Studer A-16アナログマルチ・テープレコーダに2インチテープをループにして様々な音源を録音・再生するという手法で作り出した音楽です。間やサイレントを重視したコンセプトでサウンドデザインチームとも協力して純スコアリングというよりもME風の仕上がりになっているのが特徴です。

音楽のデザインは、以下に示すようにサウンド・デザインの有無によって4パターンに変化しています。これもステムMIXで用意してFinal Mixで調整した結果だと思います。






音源は、プラハ、SMECKY MUSIC STUDIOで録音した65人編成のオーケストラやVOICE ロンドンのコーラスグループ、Apfの余韻のみ、ドラムの16ビート音などを使用しています。




このため録音メイン・マイキングは、正調DECCA TREEでなくモノーラル、またはステレオ録音で、出来上がった音楽も基本2CHを別々のステムとしており、最終的な配置やバランスは、Final Mix時に行ったと述べています。BDディスクの特典映像にその舞台裏が紹介されていますが、16トラックのStuder A-16のテープ・ループが回る様子は、迫力があります。



彼のフルオーケストラ正調スコアリングの作品例としては、ホーキンス博士の生涯を描いたイギリス映画「Theory of Everything」で堪能できます。

音楽が占める時間は、62‘で作品に占める割合は、53.4%と控えめです。

彼は、監督の次回作Blade Runner2049も担当する予定だったそうですが、惜しくも2018年初頭にベルリンで急死、48歳の生涯を閉じてしまいました。

5 Foley.効果音 素材録音



効果音の制作は、主にフランスのYellow CabスタジオとPoly Son Postで録音しています。





2013年の受賞作{Gravity}Foleyもパリのスタジオを使用していますが、パリはこうした録音に適したスタジオやFoley Artistが多いのかもしれません。

もう一つの場所は、ニュージーランド・ベースのサウンド・デザインチームで彼らが、エイリアン・ヘプタポッドの声をデザインしました。

これに使った素材もまさにアナログ・素材でニュージーランドの野鳥、マオリ族の笛の息、ラクダの喉声、バグパイプの収縮音、そして紙パックの箱に水を入れて収縮させたり、ストローで息を吹き込んだ素材から2人のキャラクターに合わせた声を作り出しています。

宇宙船のサウンドも専任で制作しており、この素材には、Tpやホルンといった楽器が使われています。

シーンには、TVニュースやヘリコプター機内ヘッドセット会話、防護服会話、携帯電話といった会話が登場しますが、これらもこだわって実機の送受信機を入手して、実際にその機器を通じて送信〜受診した音声を使ったそうです。

モントリオールを活躍の基盤とするサウンド・スーパバイザーのSylvain Bellemareがインタビューの中で「通常こうした加工は、プラグインツールを使いますが、我々は、それぞれのリアルさを求めてこうした手間をかけた」と述べています。


彼が、モントリオールの芸術大学で講義したvideoがありますが、彼はその中で
サウンド・デザインに必要なスキルとして以下をあげています。

   音楽との関係を大切に

   映画そのものを勉強し歴史を学ぶ

   最新のテクノロジーを貪欲に吸収しておく

   自由な発想でサウンドを捉える

   耳で見る集中力

これは筆者も大いに同感です。最近は目で音を見る人々が多くなりすぎました!

終わりに

カナダのモントリオールを基盤としたDenis Villeneuveは、それぞれの特技を組み合わせるために各国を横断していくまさに今日的な制作スタイルが特徴といえ「脱ハリウッド」監督の一人といえます。アメリカで本格デビュー作と言える2015年『Sicario』も機会があれば是非鑑賞してください。

本作サウンド・デザインの特徴は、一般的なSF映画とは異なったサウンドと映像にあると言えるでしょう。主軸で展開しているエイリアンと地球の危機管理というストーリーは、ハラハラ・ドキドキで観客を引き込んでいきますが実は脇役であり、フラシュバックとして挿入されるイアンの記憶を主軸とし原作の持つ『時間と記憶』という哲学的テーマを表すためにDolbyAtmosのハイトチャンネルを使い全体をふんわりと包み込むようなデザインが貢献した作品です。