フィンランド シベリウスHALLにおける11.1CH Immersive レコーディング
GENELEC and UNAMAS Label by Immersive Audio Music Production
Mick Sawaguchi C.E.O UNAMAS Label
1 プロジェクト実現の背景と目的
GENELCの創業者故Ilpo Martikainen氏とは同世代でもあり度々情報交換や2008年GENELEC創業30年セレモニーに参加した後、彼にガイドを依頼してボートに乗って町の周辺でフィールド録音を行った思い出があります。2017年GENELCチームが来日した際に息子であるJuhoさんも同行しシンタックスJapanの村井さんが視聴室でDolby Atmos BDディスクからUNAMASのアルバムUNAHQ 2009に収録されているF.S Death and Maidenを視聴しました。
彼は、コントラバス奏者として活躍していますので曲を聞いてすぐに村井さんに(これはオリジナルスコアで演奏していないがどこのスコアですか?コントラバスが参加している珍しいスコアなので私も演奏してみたいのでスコアを入手できないか?)と打診があり筆者へその依頼が来た次第です。
その後、私の方からアレンジしたスコアを彼に送付しフィンランドでもそのスコアでの演奏を行ったそうです。Juho氏は、コントラバスにスポットを当てたアルバムを多く制作しているUNAMAS LABELのポリシーを大変気にいってくれ以降お互い意気投合した次第です。
さらに2018年8月東京で開催されたAES INT CONFERENCEで筆者は、IMMERSIVE MUSIC RECORDINGの音楽性とハイト・マイキングのアプローチ例としてUNAMAS Labelの手法をワークショップで講演し、同時に期間中GENELEC DEMO ROOMでもUNAMAS LABELの様々なIMMERSIVE AUDIO音楽を11.1CHでデモしました。
期間中にGENELEC C.E.O "Siamäk 氏からGENELECでユーザーの参考になるようなIMMERSIVE AUDIOリファレンス音楽を作成するプランがあるのでその時にはUNAMAS Labelも音源協力してくれないかという打診がありました。私からは、喜んで協力しますが、GENELECにはJuhoという素晴らしいベース奏者がいるので彼がプロデューサーになって新規にレコーディングをするのはいかがですか?そうすれば音楽レーベルとの原盤使用権などの拘束無しで自由に使える音源を持つことができますよ。と提案しました。
その後GENELECではいくつかのImmersive Audioアルバム制作を行っているレーベルに音源提供を打診したそうですが権利契約や費用面で実現を断念。本Projectがスタートしディレクターを担当したJuho氏がCbを入れた編成にふさわしい曲目とメンバーを人選し録音会場もいくつか検討した結果最終的にヘルシンキ郊外の湖畔にあるLahtiのシベリウスHallで2019年7月27−28日機材準備29−31日でレコーディングを行うことになりました。レコーディング・チームは日本から機材をまたチームは日本とドイツのメンバー編成を行って実現したものです。
2 楽曲と演奏メンバー
Juho氏が選んだ楽曲とメンバーは以下のようになります。
Franz Schubert
Piano Quintet in A major, D. 667 Trout
MOV-01 Allegro vivace (A major) time: 13’41”
MOV-02 Andante (F major) 07’04’
MOV-03 Scherzo Presto (A major) 04’11”
MOV-04 Andantino Allegretto (D major) 07’44”
MOV-05 Allegro giusto (A major) 09’51“
Juho Quintet
Joonas Pohjonen Apf
Petri Aarnio Vn
Ezra Woo Va
Sami Mäkelä Vc
Juho Martikainen Cb
Giovanni Bottesini
Elegy for double bass & piano No. 1 in D major 04’22”
Joonas Pohjonen Apf
Juho Martikainen Cb
Jean-Baptiste Barriere
Sonate No10 09’59”
Sami Mäkelä Vc
Juho Martikainen Cb
3 録音システムと録音の実際
いつもは軽井沢にある大賀ホールをベースにアルバム制作を行っている筆者には初の海外録音となりました。シベリウスHallはどんな環境なのか?写真だけでは予測できずどうしようかと思案していましたがタイミングよく2019年5月にシンタックスJAPAN村井さんがドイツへ出かけることになりその帰りに下見をしてくれました。その時のビデオを手掛かりに以下に示すような構成としました。楽曲も今回はピアノと弦楽4の編成のため適切なバランスと演奏、コミニューケーションすべてを満足するメインマイクの設定が最大のテーマでした。
メイン機材は、すべて国内からの搬入のためカルネ申請や通関手続きなどでシンタックスJAPANの皆さんに大変お世話になりました。
7月27日午後にヘルシンキのGENELEC OFFICEにて機材を開梱し機器チェックを行い、無事トラブルのないことを確認し28日に備えました。
このホールは、ヨーロッパに見られる典型的なShoe box形状で響の減衰が早いホールでしたのでハイト・マイクのゲインは極力大きめに設定しました。またその話をホールのエンジニアとしているとここでBISレーベルが録音するときは側面反射板を開けて響きを補強しているので今回もそうしてみてはどうかと反射板を開けてくれました、4CHのハイト成分をソロで聴くと真ん中の2CHは豊かなのに比べ両端2CHは側面を向いているためか確かに減衰が早い響きでしたのでこの補強はとても有効で彼の話では、ここでヨーロッパのクラシックレーベルの録音が頻繁に行われているとのことでした。
● ピアノQuintetとSpider Tree 7.1CHマイキング
TroutはApfとVn Va Vc Cbの編成でヨーロッパ等の録音ではApfからのかぶりを嫌い弦楽器にはSpotマイクを多用しApfも蓋をあまり広く開けない方法でレコーディングしています。今回は、UNAMAS Labelのポリシーである7.1CH+4CHをメインとするための工夫をしました。Apfにはカスタムのピアノ突き上げ棒PROP STICKを製作して持参し逆にホールに拡散させまた、メインマイクは弦楽を重点にしていつもより高さも距離も狭いマイキングとしました。
ApfにはSpotマイクがありますが、これはハイトのFL-FRへ配置するマイキングで映画のAtmos mixサウンドデザインとしてハイトのFL-FRをうまく使っている例などを参考にしました。
● 4CHハイト・マイクはS/Nの良いオーストアラリアン・オーディオの
OC-818にしました。事前プランでは大賀HALL録音で使用して良い結果を出していたSONY C-100を検討していましたがカタログスペックや聴感テストでS/Nの良かった本マイクを使うことにしました。カプセルが2WAY設計は、どうしても2つを結合している分だけ自己ノイズが加算されてしまいます。
参考に筆者が候補としてまとめた自己残留ノイズ特性と価格リスト例です。
Model
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Self noise
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Price
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C-100 SONY
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18dba
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¥ 15万50kHz
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OC 818
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9dba
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¥ 14万20kHz
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EHRLAND her-m
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7dba
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¥ 30万50kHz
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MKH 800 TWIN
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12dba
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¥ 30万50kHz
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UM-900
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16dba
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¥ 60万20kHz Tube
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● CbとVcにはウルフと呼ぶホール床面からの反射を低減しサウンドがマイクに飛ぶように金井製作所KaNaDe The strings1インシュレータを設置しています。これまでもJazzのCb録音などで使用し良い結果を出しているので今回も採用しました。
● ヨーロッパの電源電圧は230Vですのでこれに対応した機材は230V
で使用し100V対応機器は、230V-100Vステップダウン器を持参し対応しました。電源のドライブ能力の大切さは、国内でも痛感していますが、230Vのドライブ力は、最初にスピーカから音が出た瞬間でわかりました。
録音時にスペアナで100KHzまでのノイズを見ましたが国内に比べて大変綺麗な波形でした。
4 レコーディング余話
本レコーディングもメインの7.1CHはSpider Treeと呼ぶマイキングで設置しアーティストはメインマイクロフォンを取り囲むような配置でこれを私はSubjective Surround と呼んでいます。録音という行為はマイクロフォンをツールとした録音芸術であるからです。Juho氏にはあらかじめ何故円周配置で録音するのかをメンバーへ事前に話しをして録音当日に戸惑うことがないように依頼しておきました。
ステージからの天井高は11.1mでピアノのCキーは443KHzだそうです。
以下に最終3タイプのマイキングを示します。
録音当日からGENELEC関係者やウイーン、ビデオ撮影チームなどの参加者が集まりましたが、その中にはクラシックの録音をよくやっていたという人もいました。彼らが我々のマイキングを見てみんなで話している会話が耳に入ってきましたので紹介します。(初めて見たが、こんなマイキングで録音できるのか? 大丈夫なのか?)と話しています!内心(後で結果をお楽しみに・・・)と一人でニンマリしていました。
録音はTroutに2日間を当て残り1日の午前・午後でduo2曲を録音というスケジュールで計9曲と曲数が多いのでかなりタイトでしたがディレクション担当の金井さんの的確な指示もありなんとか3日目の15:00で終了することができました。音源は金井さんが持ち帰って編集後、Juho氏の確認を経て筆者の元へサーバー経由で送り、DL後WAVデータをもとにFinal Mixを進めました。
5 Final Master 完成まで
Finalは192-24 ・2CH ・5.1CH・11.1CHで48-24 MQAと44.1-16 WAVも制作しました。今回Pyramix DAWの中にあるアルバム・パブリッシング機能で32BIT FLOAT マスターを作り(現状は5.1CHマスターまでしかこの機能が対応していませんが)そこから再度192-24 WAVを作ってみましたが、ダイレクトに192-24 MIXを行った音源と比較して響きが豊かに保存されておりとてもクラシックには有益な機能だと思いました。
クラシック音楽のディレクションは大変重要で今回はドイツ語・英語と堪能なTetsuro Kanaiさんにドイツから参加してもらい、大変スムースな進行と編集ができたことを感謝します。VaのEzra Wooとはドイツ・デトモルトの同窓だとわかり、休憩時にはドイツ語の会話が弾んでいました。
4 チーム編成
Executive Producer Siamäk Naghian: GENELEC
Producer Juho Martikainen: GENELEC
Production Coordinator Seiji Murai: Synthax Japan
Music Director Tetsuro Kanai
Recording/mix/mastering Mick Sawaguchi: UNAMAS Label
Assistant Engineer Jin Itoh: Synthax Japan
System Engineer Takeshi Mitsuhashi: Synthax Japan
Rec. Date
At Sibelius Hall in Lahti
29th-31stJuly 2019 Finland.
MADI Rec by DMC842/Micstasy/MADI face XT
(Synthax Japan Inc)
Digital Mic KM-133D as Main Mic and Apf
Mic Cable: The Chord Company
DAW: Pyramix V-12 192-24 Rec-Master (Merging Technology)
Magix Sequoia V-13
終わりに
アルバムを試聴していただき、ライナーを書いていただいた麻倉氏から有益なコメントをいただきましたのでみなさんに紹介します。
●イマーシブ・サラウンドの実用化と高臨場感化のアルバム制作を数多く行ってきた沢口氏はこう振り返る。「レーベルがクラシック・ジャンルの制作を始めた思いは、ポスト5.1チャンネルであるイマーシブ・オーディオが、音楽としてどんな表現の可能性を持つのかを研究ではなく実際に制作して確かめたいと思ったからでクラシック演奏の持つ豊かなアンサンブルや響きの空間性はそれにふさわしいと思ったからです」
「鱒」プロジェクトでは、イマーシブの全チャンネルは7.1.4。メインの5.1はSpider Treeと呼ぶ蜘蛛のように全周に拡がるマイク配置で収録した。大賀ホールで2018年12月に録音した「四季」で初めて採用した方式だ。
このやり方について、沢口氏は「これを私はSubjective Surround と呼んでいます。録音という行為はマイクロフォンをツールとした録音芸術であるからです」と述べている。
このコメントは要注目だ。
Subjective Surroundとは、現実の音場をそのまま再現するという規範を一歩進め、「録音家が、新しい音場を作る」ことに踏み込んだ。客観的に音場をそのまま切り取るのではなく、こう聴いて欲しいという配置に、楽器を定位させるのだ。ステレオ音場の時代では、こうしたアイデアがあっても、実際に2チャンネルの中で、創造的な音場づくりは不可能だった。ところが、イマーシブ・サラウンドが実用化され、「録音現場の音場をそのまま届ける」ことから進んで、録音家のセンスと芸術性を活かして、単なる生音場の再現ではなく、全周的に音を配置することにより、新しい、より感動的な、文字どおりIMMERSIVE(「没入する」)な音場をつくりだすことが可能になった。まさに新しい技術を活かした、新しい録音様式といえよう。マスターは、11.1CHになるわけだが、ここから新たにMIXした5.1CHや2CHも豊かな情報を温存しており同一音楽を比較試聴できる醍醐味もある。
以下は、GENELEC NEWSリリースに掲載されましたJuho氏の感想です。
Producer Juho Martikainen
“It was a very natural process and there was a lot of freedom for me to decide with whom I would like to play and which type of repertoire we would record,” “Mick really loves the sound of the double bass and wanted classical performances, because he felt this type of music really suits the immersive audio format.
“I went through many options when choosing the pieces but decided to play it safe and go with Franz Schubert’s Trout Quintetfor the first piece as it is an all-time favorite for me, also, we then chose Jean-Baptiste Barriere’s Sonate No: 10which is a Baroque piece, originally composed for two cellos, but we played an arrangement for a double bass and cello instead. And then of course I had to play one piece composed by Giovanni Bottesini as I think he was a true master of the instrument. So I chose maybe his most famous piece, Elegy.”
“I think in general nowadays, many recordings are too polished and end up losing the vibe and the atmosphere of the actual moment”. “For us, it’s all about the music and this is the point we were trying to make. It’s about the creativity and to be there to help inspire the best possible level of musical ability. I was very happy when I heard the tracks and I think the system has captured this vibe brilliantly!”
Looking back fondly on the experience, “Working with Mick Sawaguchi and Tetsuro Kanai on this project was a once in a lifetime opportunity. As a musician, it was a great thing to be a part of, and I feel incredibly lucky to have played with great colleagues in a great hall with great equipment - it doesn’t get any better than that!”
音源は、2019年8月の北京で開催されたBIRTVのImmersive音響制作イベントとの一環としてGENELEC CHINAが開催したセミナー、10月のAES N.YでのGENELECデモそして国内では11月のInterBEEでのGENELEC ROOMでのデモを皮切りに順次イベントやGENELEC SHOW ROOMなどで使用される予定です。(了)
「実践5.1ch サラウンド番組制作」 Index
「サラウンド入門」は実践的な解説書です