はじめに
2021年 第91回アカデミーで6部門を受賞したDune part-1の続編が、2025年第97回アカデミーBest Soundを受賞しました。今回のサウンドチームは、アクション作品で素晴らしいデザインを行なってきたベテランRichard Kingとニュージーランドのサウンドチームが結集しています。音楽は、前作に引き続きHans Zimmerのチームにより現代的なサウンドでほぼ全曲ハイト・チャンネルも使ったMEの世界を構築しています。
本作では、砂漠のサウンドが重要なデザインとなるため各地の砂漠にフィールド録音チームが出かけ多くの素材を録音、また膨大な砂によるAction Foleyもきめ細かく行われているのが特徴といえます。
前作に比べて大量の各種低域成分が使われておりそれをどのように整理して仕上げたかも聞きどころです。
1 制作スタッフ
Director: Denis Villeneuve
Sound Design: Richard King
Final Mix: Ron Bartlett. Doug Hemphill
Music: Hans Zimmer and 4 composers
Music rec and mix: Allan Meyerson at Remote CTL Production
Foley Artist: Dan Connell/Jhon T. Cucci at One StepUp studio
Production Sound: Gareth John
Sound Recordist: Eric Potter/ Charlie Campagna/George Vlad
Pre-Mix at Park Road Post N.Z
Final MIX at W. Brothers stage-9
2 ストーリーと主要登場人物
惑星アラキスでは、皇帝シャッダム4世により謀殺されたレト・アトレイデス公爵の愛妾レディ・ジェシカが、世継ぎの息子ポールと共に星外へ落ち延びようと考えていましたがそれに反発するポールは、惑星アラキスの住人フレメンの人々とハルコンネン家による香料メランジ採掘を妨害し皇帝に挑戦します。
ジェシカは、お腹に妹を妊娠しながら「教母」を継ぐとポールこそフレメンが待望する救世主「リサーン・アル=ガイブ(外の世界から来る救い主)」だという教えをフレメンに広め、一方のポールは、皇帝やハルコンネン家と戦うため「命の水」を飲み全ての過去と未来を予知する力を得ます。
フレメンのリーダー、スティルガーやチャニの力も得てポールがサンド・ワームを乗りこなしフレメンの人々も彼が砂漠で生きる素質があることを認め彼こそが我々の救世主だと認めます。
ポールは、皇帝シャッダム4世に挑戦状を送り、数百万のフレメンの戦士を率いて皇帝とハルコンネン軍を追い詰め、ついには、皇帝に決闘を挑みます。
皇帝の代理として決闘に名乗り出たハルコンネン家のファイド・ラウサを死闘の末に倒したポールは、勝利を収めます。現場にいたポールと恋仲のチャニは、父皇帝シャッダム4世の助命と引き換えに結婚を承諾し、ポールを次期皇帝と認めるイルーラン姫の行動を理解しつつも、苛立ちを隠せず立ち去ります。

それぞれが惑星を治め爵位を持つ大領家連合は、急な展開によるポールの皇位継承を認めずポールとフレメン軍は、大領家連合と戦うために、宇宙船で飛び立っていきます。ここで次作Part-03があるという予感がなされています。
3 起承転結毎の特徴的なサウンド・デザイン
本作のサウンドは、前作以上に効果音と音楽が混然一体となったデザインが多くを占めているのが特徴でそのため音響効果単独で秀逸なデザインというよりもME構造の中でのそれぞれの位置付けに注目しました。特にハイト・チャンネルは、基本音楽が受け持ちサウンド全体でAtmos Mixを行っているのが特徴だといえます。
3−1起 00h00m00sec-00h34m48sec
⚫️ 冒頭で登場するモノローグ「スパイスを制するものは、全てを制する」
男性の声ですが、冒頭で観客にインパクトを与えるためにオリジナルのモノローグをハードセンターに、ややピッチを落としたセリフをL-Rに配置しさらにピッチダウンしてリバーブ付加した成分がLS-RSに定位され、大きな音像でインパクトを強めた例です。スペクトラムも紹介します。
⚫️ 聖なる山でジェシカが教母になるため命令する教母の声
フレメンの教母が、ジェシカに命の水を飲むように促す言葉です。「Drink it」という短い言葉ですが、インパクト与える上でオリジナルのセリフに加えてスラップ・ディレイとコーラス・エフェクトをかけた成分をLS-RSに配置しています。
⚫️ポールが、本当に砂漠で生きていく能力があるのかをフレメンの人々が、試すシーンです。
昼間は、暑さで息を潜めていた虫や鳥といった生き物たちが夜になると目を覚まし活動するという密やかなデザインです。ここで使われた素材は、フィールド・レコーディストのGeorge Vladが、アフリカの熱帯雨林で録音した素材が使われています。参考にスペクトラムも紹介します。
3−2承 00h34m48sec-00h58m00sec
⚫️ ポールとフレメンが香料採集車を攻撃、それに上空から反撃するオーニ・ビーの銃弾を避けるために滑り込んだシャベルに飛び跳ねている銃撃音がハイト成分で展開しています。このシーンでの爆発LFEスペクトラムも紹介します。
⚫️ サウンド・チームが最も力を入れたと述べている巨大なサンド・ワームを乗りこなすポールのシーンで4m35secあります。前半は、効果音中心で展開し、乗りこなしてからは、音楽が浮き上がってくる構成でドラマ性を高揚しています。
まずサンド・ワームを呼ぶための振動器―サンパーが低域で響き、サンド・ワームが登場します。ポールがその背中に飛び移り鉤のついたワイアーでワームを操ろうと格闘します。砂嵐と風切音、そしてワームの走行音といずれも低域成分のオンパレードですがシーンに応じて帯域を仕分けたMIXが見事です。これもスペクトラムを紹介します。
3−3転 00h58m00sec-2h06m17sec
⚫️ ハルコーネンが住んでいる星ジェディ・プライムで開催された姪フェイド・ラウサの誕生日を祝う闘技場内の格闘シーン。
ハルコーネンは、アラキス星で香料採取に手間取っている短気で攻撃的な司令官ラバンをこのフェイド・ラウサに置き換えようとその資質を見極めるための一大式典をコロセムで開催します。相手は、アトレイデス家の生き残り兵3名です。競技場では、360度観衆とPAが鳴り響きハード・センターでは、両者の短剣の金属音が鳴り響いています。密やか音なので聞き取りにくいですがハルコネンの隣にいる教母マーガレット・フェンリングが競技を見ているオペラグラスの倍率を切り替える金属音が丁寧にFoleyされています。
この素材は、ニュージーランドのサウンド・チームが地元のパンク・ロックグループの叫び声を録音し多重合成し完成させたたそうです。
-----以前2002年受賞作の[Road of the Ring Two Towers]の中で大軍団の雄叫びをウエリントンのウエスト.パックスタジアムで開催されたクリケット試合のハーフタイムを利用し2万人の観客に監督自ら指示をだし録音した群衆素材が使われた例がありこれも徹底した素材録音例といえます。------
⚫️教母ジェシカが「Let’s him try」と下女に命令するセリフ
教母のセリフは、短くもインパクトを求められますのでMIXを担当したRon Bartlettは、各登場場面で表現を工夫していますが、このセリフは、なんとジェシカ本人の声でなくRon Bartlettが、自宅で自分の声を録音しこれをやや歪ませた上でピッチを下げLS-RSには、リバーブの低域成分を付加したそうです。
⚫️ サンド・ワームに乗り南へ向かうフレメン一行とジェシカが遭遇する砂嵐
ポール一人北へ残り他は、全員で南のフレメンの人々と合流すべくサンド・ワームに乗って南へ向かいます。途中で自然の防御壁と言える巨大な砂嵐の中を進むシーンです。砂嵐などは、ハイトも使ってデザインするかと予想しましたが、ハイトは、基本音楽に任せ効果音パートは、5.1CHでデザインしています。
サンド・ワームの進行音は、ハードセンターのFoleyと巨大LFE、全面を囲んだ砂嵐は、フロントが低域成分中心で、LS-RSには、高域成分中心の砂嵐がデザインされています。砂漠各地でフィールド録音した素材が有効に活躍しています。これも全体とLFE成分のスペクトルを紹介します。
3−4結 2h06m17sec-2h36m46sec
⚫️ ポールとフレメン軍がハルコーネンと皇帝軍に総攻撃
ポールたちは、3方向に別れて攻撃を行います。まず拠点の背後にある山にミサイル攻撃を行いその爆風が流れ落ち、爆風の余韻は、宮殿内にいる皇帝部隊の天井にまで響きわたります。これも全体のスペクトルとLFE成分のスペクトルを紹介します。
4 効果音素材録音とFoley
Part-01が終了後すぐにPart-02の撮影に取り掛かったこともありサウンド・チームが制作に取り掛かったのは、Final mixの2.5ヶ月前という大変厳しい制作期間で素材を用意するpre-mixまでは、全員がフルにエネルギーを費やしたことがインタビューからも想像できます。-- There was a lot of working from the gut----
サウンド・スーパバイザーとデザインを担当したRichard Kingは、監督のDenis Villeneuveのドキュメンタリーのような現場のリアリティをという要望を実現するためにいかに迅速かつ効率的なFinal mixを行うか検討した結果、専門分野別の効果音制作を主にニュージーランドのサウンドチームが分担作業を行ないpre-mixステムは、ロードオブザ・リングシリーズを制作したPark road postで行っています。ここでは、以下のデザインについて紹介します。
4−1-aアラキス星の主役である密やかな音から膨大な砂塵までの砂の素材制作
砂漠のフィールド録音を2チームで実施。Eric Potter/Charlie Campagnaが、デス・バレーやKelso砂丘などで数週間かけてあらゆる可能性を見据えて素材録音を実施。
もう1チームは、George Vladが、単独でサハラ砂漠にて静かな砂風から砂嵐までを録音しています。素材は、総計100トラックほどになりましたが、これを4−5トラックのステムに整理してFinal Mixに持ち込んだそうです。
使用した録音機材は、Zoom F6 and Sennheiser MKH8090 and 8060 と地中埋め込みマイクにAquarian Audio H2a hydrophonesが使用されています。
4-1-b 砂音Foley
砂の足音や歩行音も膨大で、Foleyを担当したDan Connell/Jhon T.Cucci は、 One StepUp studioに、さまざまな種類の砂を何トンも持ち込みFoleyが実施されました。
4−2 サンド・ワーム
アラキス星の住人サンド・ワームの動きや声も砂漠で素材録音しています。
巨大な肉の塊であるワームの重量感を出すために重量のある物体を持参し、マイクの頭上からや、地中に埋設したマイクの上を移動させるなど素材を録音し、これらを多数のピッチ加工したレイヤーに構成しています。
従来モンスターの声には、動物の声を加工して作る手法が一般的ですが、今回は、フィールド録音素材を加工したそうです。現場録音を聞くと砂が、実にさまざまな表情をしており、あたかもうめき声に聞こえたりLFEに聞こえたりと大変豊かな表情であることがわかります。
4−3 フレメンの言語チャコブサ語からコロッセム群衆・オーニ-ビー等の加工
独特の言語を作り出したのは、ニュージランドのサウンド・デザイナーDavid Whiteheadと同僚のMichelle Childです。この名前を覚えている読者もいるかもしれません。そうです。彼らは、2016年第89回アカデミーでBest Soundを受賞した同じ監督の作品「Arrival」でエイリアンのヘプタポットの声を作ったチームです。またコロセムでの群衆もMatin Kwokがパンク・ロックグループの叫びを素材に多くのレイヤーを重ねて作っています。
5 スコアリング音楽
スコアリングを担当したのは、前作に続いてHans Zimmerとそのチームです。サウンドの構成は、前作を受け継ぎベーシックは4CHでLFE CHは、効果音に委ねています。ハイトは4CHで、これら4+4の8CHでほとんどのスコアリングが制作されました。作品に占める使用率は、予想よりも少ない1h38m16secで59%です。
Mixを担当したAllan Meyersonは、オーケストレーションではなくユニークな楽器演奏者の独立したユニークなサウンドをいかに広がりのある音の壁に仕上げるかがポイントだったと述べています。
今回は、ユニークなサウンドという点でカナダのキーボード奏者2人が加わり彼らがオリジナルで制作した連続音を出せるシンセサイザーがアンビエンスのベースを作るのに活躍しています。
終わりに
砂漠という過酷な気候と温度変化の中でプロダクション・サウンドを録音した努力は、受賞にふさわしく、数百トラックに及ぶPre-Mix素材から的確に仕上げた2人のFinal Mixも見事だといえます。Mr. Reductionと呼ばれる彼らは、いかに大切な要素のみをバランスさせるかの名手といえ、Richard Kingと40年来のサウンド仲間というのも大きな要素だったのではないでしょうか。
⚫️ ピッチ加工に活躍したElastique Pitch V2
⚫️ 教母の声に使用した8chマルチスラップ・ディレイ The Cargo Cult Slapper
⚫️ ポールがサウンド・ワームを乗りこなすシーンで活躍したHP-LPF
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