September 21, 2022

2009年第81回アカデミーBest Mix受賞作「スラムドッグ.ミリオネア」 のサウンド・デザイン


Mick Sawaguchi 沢口音楽工房
    Fellow M. AES/ips
                UNAMAS-Label・サラウンド寺子屋塾主宰

はじめに

第81回アカデミー賞で、作品賞をはじめトータル8部門受賞したイギリス制作「スラムドッグ.ミリオネア」を取り上げました。そのテーストは、映像/音響ともに鮮烈で、インドの熱気や猥雑さ十分感じることができる作品です。

インド国内向けのヒンディー版が、2005年に制作され、そのヒットを受けてワールド・ワイド版を2008年イギリス制作で実施、インドで人気の「億万長者に挑戦」というクイズ番組で次々と賞金を獲得するムンバイのスラム街生まれの孤独な少年ジャマール.マリクの人生と初恋のラ.ティーカそしてムンバイの今を伝える作品です。音響効果賞は受賞しませんでしたが、筆者は、イギリスでSound24を運営しているGlenn Freemantleのデザイン・センスに敬意を表して分析しました。(彼は、Gravityで第85回アカデミー賞Best音響効果を受賞しました。)またBest Original ScoreとSongを受賞したインドの音楽家A.R Rahmanについても紹介します。

 

1 スタッフ

監督:Danny Boyle/Loveleen Tandan

Sound. Design: Glenn Freemantle/Tom Sayears

Foley Artist: Jack Stew/Andrea King/Andi Dewick/Peter Burgis

Foley Studio: Anvil Post (London)

Final Mixer: Ian Tapp/Richard Pryke

Final Mix: Pinewood Studio (London)

 

Music Composer: A.R Rahman

Recording Studio: AM Studio/Panchathan Record INC/KM Music Studio/NIRVANA     

                 Studio

Recording Engineer:H.Sridhar/Viviane Aditya Modi

Music Mix: Andy Richards at Out of EDEN (London)



2 ストーリーと主要登場人物


大きく3つのシーンで構成され、

●クイズが行われているTVスタジオ

●取り調べ室

●クイズの解答に関連したジャマールの回想

がリンクしていく展開です。


年代は、2006年のインド ムンバイ。アジア各国でも人気の視聴者参加番組「億万長者に挑戦」というクイズ番組に参加したムンバイのスラム育ちジャマール.マリックが次々と正解を回答しついに後1問解けば1000万ルピーを獲得するとこまで来ました。番組の司会者Drem Kumarは、きっとインチキをしていると警察へ彼を引き渡し、厳しい尋問が、始まります。

どうやって次々と正解を応えたかを、ジャマールのスラム街での生活から現在の電話会社のコール・センターのお茶汲みとして働いてきた18年間に起きた苦難の道が偶然にも関係し正解につながったと警官に語ります。


 彼が、5歳の頃のムンバイ、スラム街の母と兄との生活、1992年−1993年1月に起こったボンベイ争乱により兄弟は、同じ孤児となった少女ラ.ティーカを連れ3人は、固い結束をしながら放浪の生活を始めます。18歳で少女ラ.ティーカの行方を探しにムンバイへ。兄は、ギャングの仲間として働き、ジャマールはコール・センターのお茶汲みをしながら電話検索で兄の電話番号を検索し再会します。兄が働いているギャングJavedの家まで兄を追跡したジャマールは、そこにいるラ.ティーカと再会し、「もう離さないよ。毎日17:00に駅で待っているので一緒に逃げよう」と説得します。 


監禁されたラ.ティーカとどうやって連絡すればよいかを考えたジャマールは、インドで人気のクイズ番組に出れば見つかるかもしれないと考えクイズ番組に出たと話すと警官は、彼はインチキをやっていないと確信しジャマールをスタジオへ戻します。そして最後の2000万ルピーという頂点の賞金獲得問題がだされます。それは、ジャマールが5歳の時に学校で読んでもらい、3人が固い絆と愛情を分かち合うきっかけとなった三銃士物語の3人目の名前は、誰か?という問題です。インド中の視聴者が見守るなか、ジャマールは、見事2000万ルピーを獲得。そして毎日17:00に待つと約束した駅でラ.ティーカと再開、永遠の愛を誓います。


3 代表的なサウンド・デザイン例

3−1 プレオープニング 6‘06“

冒頭からサラウンド全開の作品で、デザインを分析するには、期待の持てる始まりです。ロゴの冒頭からリアでリズムがSR-SLへ移動して始まります。2006年ムンバイという時代背景のテロップからは、蒸し暑さをあらわすサラウンドのアンビエンスと息苦しい息が、密やかに始まり、取調室とクイズを放送しているTVスタジオがそれぞれカットバックされますが、そのきっかけがシーンごとに『先行・残像効果』が活用されており本作のテンポ感表現する基本手法となっています。本作でそれが使用された例は、後ほどまとめて紹介します。

取り調べ室の中では、ジャマールがバケツの中に顔を突っ込んで尋問されL-Rでバケツのアタック音。LS-RSで水中のショック、アクセント音、ジャマールの喘ぐ声は、CからLS-RSへフランジングがかかった加工音で構成され時間でいえば3秒のアクセント音ですがバンパーの役目を構成しています。

スタジオで司会者が「では次の問題を始めましょう!」という声が先行しスタジオに転換しスタジオ終わりで尋問室のドア音開閉と警部の足音が先行し、尋問室へ転換していきます。

「インチキはやってない、僕は知っていたんだ」というジャマールのセリフで、プレオープニングの6分が、終了です。アクセント音のサラウンドやLFE、さりげないサラウンドアンビエンスと派手な音楽サラウンドというデザインで十分観客を引きつける役目を担っています。

3−2 起 20’31”

時代は、ジャマールのスラム街の子供時代へ回想されます。空き地でクリケットをして遊ぶジャマール達、タイトル名がかかれたT-シャツ姿の男の子がボールを投げると頭上を勢い良くジェット機がフロントからリアへフライオーバーします。テーマ音楽は、まずRSからLSへリズムがパンニングし、フロントL-RにVO、リアLS-RSにもVOで、全体をPERCが乱舞、LFEもタッブリというこってり味の音楽で典型的なハリウッド・スコアリング音場と異なり明快なモノーラル音源定位が特調です。

監視員がオートバイで現れ子供達は、スラムへと逃げ、監視員とのチェースシーンが次々と展開します。母の元へ逃げ帰ったジャマールと兄のサリーム「母ちゃん!」というかけ声のタイミングで音楽は、カットアウトしますが、なんとLFEだけの余韻が残っています。

2人が通う学校で先生が「三銃士」を読み聞かせる場面は、台詞中心で殆どハードセンターです「早く本を開きなさい!」と先生から頭を本で殴られるカッットのアクセントは、大胆なサラウンドで本のアタックがCにありL-Rにその余韻が、そしてリアに長めの余韻がありますが、センターのアタック音にはムンバイ名物3輪車タクシー(リクシャ)の警笛がシンクロしています。


こうしたアクセントのデザイン手法は、「1997年ピースメーカ」や「1990年レッッドオクトーバーを追え」、等でも見られます。LFEの余韻は、次の現在のムンバイ取り調べ室へこぼれて場面が転換します。一転してここは台詞中心のCのみです。

本作のデザインでは、大胆なサラウンドデザインを使った後は、C中心の点音場にするというコントラストを随所に使っているのも特徴です。取り調べ室にあるTVからジャマールが出演しているクイズ番組のビデオが流れます。カメラは画面へズームインし、場面はリアルなスタジオとなりますが、この転換も画面がズームインするにつれてモノ〜ステレオ〜観衆の歓声入りのサラウンドと音場を拡大していきます。


最初の問題「1973年の映画 鎖の主演俳優の名前は?」という質問からジャマールの回想へ入ります。この転換音は、ジャマールが河原のトイレにいる閉空間をリアで飛ぶ「ハエ音」を強調して転換します。 


ヘリコプターが空き地へ着陸し登場した人物がこのクイズの回答になるボリウッド映画の人気スター「アミターブ」だったのです。彼のサインをもらったジャマールは、大喜び、しかしそれを兄は、映画館主に売り払ってしまいます。このシーンは、ムンバイの夕景にサラウンドで街のアンビエンス、リアでオートバイの通過音をアクセントにして取り調べ室へ戻ります。

ここは、Cの台詞中心で進み、ビデオではジャマールが次の問題へ挑戦しています。「インドの国章の下にかかれた言葉は?」これも正解し「4000ルピー獲得」という司会者の声をきっかけにスタジオへ場面は、戻ります。ここは、歓声、拍手などでサラウンド音場とし前の取り調べ室のC中心音場とコントラストをつけています。「では次の問題。ラーマ神が右手に持つ物はなにか?」の問いかけをきっかけにスラム街へ回想しますが、このきっかけは、スラム街の横を通過する列車の轟音で転換です。


LFEも十分含んだ通過音は、カメラがスラム街へパンニングするとRSへのみ残ります。通過した列車の後ろからは「イスラム教徒を倒せ!」というかけ声とともに暴徒がスラム街をおそいパニックになります。世に言う1992年暮れにおきたボンベイ騒乱です。ここは、様々な襲撃シーンが、派手なアクションシーンとしてサラウンド全開で3分間展開されます。


「答えは、知らない方が良かった」というジャマールの台詞のアップで、取り調べ室へ、「弓と矢だ」というジャマールの回答でスタジオへ転換します。 



3−3 承 60’00”

スタジオのジャマールの顔アップへリアCHからカラスの声が先行し、場面は、襲撃を受けて燃え上がるスラム街のワイドショットで転換します。燃える炎は、LFEのみで遠景でも燃える迫力を加えています。不安げな兄弟二人にサラウンド全開の雷がとどろくとシーンは、夜の街へ。雨が降る中でトタン屋根のバラックに雨宿りしている2人です。ここでの雨音は、屋根に落ちる雨音がリアを強調してデザインされ、フラッシュバックで母が撲殺されるアクセントがサラウンドで一瞬インサートされます。一緒に逃げ出したラ.ティーカが雨宿りできず、路上で雨に打たれながら道路に絵を書いているシーンは、逆にフロント3CHのみで、雨宿りしている兄弟のサラウンドシーンとのコントラストを大胆につけています。ジャマールが、兄を説得しラ.ティーカを雨宿りさせ「3人はいつも一緒」という後半は、愛のテーマ音楽と静かな雨音となり、シーン前半のダイナミックなサウンドとの対比を出しています。


スタジオへの戻りかたは、これまで普通の声が単に先行するという方法ですが今回は、司会者の声がぼけた音質からだんだん明瞭な声に変わることで再びスタジオだという転換を使っています。次の問題「クリシュナの神の歌を書いた詩人は?」という質問が次の回想シーンである3人がゴミ山で生活している画面へこぼれ回想がはじまります。ストリートチルドレンを誘拐しては、街で稼がせるギャング・アマンが近寄ります。「暑いね、」といって差し出したコーラの栓を開けて渡すFoleyは、大変印象的です。このシーンは、ゴミ山とロングのムンバイのアンビエンスがサラウンド空間を丁寧に作っています。 



子供達を誘拐したアマンの隠れ家は、夜の虫.トリにロングの汽笛がさりげなくサラウンドアンビエンスを作りしずかなシーンです。ジャマールの目をつぶして盲目の歌い手として金を稼がせようと企むギャングは、ジャマールにクイズででた「クリシュナの神の歌」を歌わせます。ギャングの考えを見抜いた兄は、2人で逃亡し少女ラ.ティーカも後を追います。駅にたどり着いた3人は、夜行列車に飛び乗り逃走しますが、ラ.ラティーカは、手を離した兄のせいでギャングに捕まってしまいます。ここは、ダイナミックな音楽主体で、後半残されたラ.ティーカを思うジャマールの背景でラ.ティーカの愛のモティーフが登場します。この音楽は、後に彼女との再会シーン等で何度も登場します。


ラストシーンに「スルダースだ」というジャマールの回答が入り場面は、スタジオへ転換です。スタジオの大歓声はサラウンドから音質を変えながらモノーラルとなり取り調べ室のビデオ再生へ変化します。「女の子は、どうしたんだ?」警部の質問でカメラは、TVの後ろをトラック移動しブラック画面になると、突然列車の進行音が全面サラウンドで展開、LFEも十分入っています。


兄弟がインド中を転々として生活した様子が4シーンで紹介され、取り調べ室で「どうやって100万ルピーを獲得したのか?」を回想するかたちで兄弟がラ.ティーカを探すため再び大都市へと変貌したムンバイへ戻ります。


地下道で盲目のストリート・チルドレンと再開しラ.ティーカがチェリーという名前で歓楽街ピラ通りのダンサーになっている事を聞いた2人は、ラ.ティーカと再会します。しかしそこには、ギャング アマンもいたのです。ここは、サスペンス風のBGMが主体です。ラ.ティーカを救出する場面で、兄サリームが取り出したコルト45が火を吹きます。このSEは、ブレス音がハードセンターでフロントとリアにはピッチを落とした鼓動が定位し、ガンショットのアタックはハードセンターとLFEへ、金属片がひとつひとつ360度で広がるというデザインで迫力満載です。


そして次の質問「リボルバーを発明したのは?」を兄の銃からヒントを得て回答したジャマールが、見事250万ルピーを獲得し次の質問もジャマールがお茶汲みとして働いているコール・センターでの出来事をヒントに500万ルピーを獲得。兄と再開したジャマールは、兄の働くムンバイのギャングの家まで追跡します。


3−4 転 96’00”

そこでラ.ティーカと再会します。直前に一瞬ノンモンが入り緊張感を出していますが、本作でのノンモンの使用は、ここだけでラ.ティーカの愛のテーマがBGMとして使われています。「毎日17:00に駅で待っているよ」というジャマール。これがクイズ番組にジャマールがなぜ出たのか?の伏線になっています。また、ボスが見ているクリケットのTV番組が、次のクイズの質問とも関連しています。


「クリケットで最高得点選手は?」司会者の声が先行しスタジオへ戻ります。

「挑戦します」ジャマールの声で場面は、ラ.ティーカを待つ駅へ転換です。ここは、汽笛がスタジオへ先行し駅構内が全面サラウンドで展開です。しかしやって来たラ.ティーカは、兄一味に取り戻されてしまいます。緊張感のあるBGMから司会者の「ここでCMです」という声を先行してスタジオへ転換、これ以上賞金をジャマールに獲得させないと考えた司会者は、トイレでニセの回答Bを鏡に書いておきます。

「Dです」ジャマールの回答が正解し見事1000万ルピーという賞金を獲得。サラウンドの歓声から、取り調べ室へ転換、「彼女が見ていると思ってクイズ番組に出た」と警部に語りながら疲れて眠ってしまうジャマール。



3−5 結 113’00”

ギャングのボスの家では、ジャマールが最高賞金額1000万ルピーを獲得し、次の2000万ルピーを獲得すれば頂点にたつとTVニュースが報じています。2人の強い絆を感じた兄は、車のキーと携帯電話をラ.ティーカに渡し逃がします。BGMは、次の取り調べ室でジャマールの顔にかけられる水音でカットアウト。「スタジオへもどってよい」と無罪を確信した警部から告げられます。


町中は期待と興奮に包まれ各地でもTVを観戦しています。渋滞に巻き込まれたラ.ティーカも車を降りて近くのTVに見入ります。ここは、期待感をBGMサラウンドで支え、スタジオの会話はCのみです。「最後の質問。三銃士にでてくる3人目の名前は?」子供の頃の学校が、フラッシュバックでインサートされ、おもわずジャマールに笑いがでます。

「ジャマール!」という客席からの応援をきっかけに緊張感のある音楽が5分20秒の山場を支えます。「分からないのでライフラインを使う」兄の携帯が鳴り響きます。この音は、2通りで表現されラ.ティーカが街で持っているリアルな呼び出し音とスタジオ内に響き渡るサラウンド呼び出し音です。このシーンは、スタジオの進行と街にいるラ.ティーカそしてギャングの家で札束を浴槽へ敷き詰めて最後の一戦を迎えて死を覚悟した兄という3シーンがカットバックし、それを音楽が接続していく構成です。


制限時間が刻一刻とせまり時間切れ寸前「HELLO」というラ.ティーカの声がスタジオにサラウンドで響きます。スタジオで回答をせかせる司会者のカットにボスの家で兄の閉じこもったバスルームのドアを激しく叩く音がはいり複合的な緊張感をデザインしています。

ここで一度音楽は、カットアウト、そしていよいよジャマールが回答「正解だ!」の大歓声とともに音楽は、再開します。歓声と同時に兄がボスにめがけて発射した1発の銃声がフルビット最大レベルで轟きます。

歓声のどよめく中をラ.ティーカは、夜の駅へ走ります。愛するジャマールに会うためです。再開した2人に愛のテーマが流れ「運命だった」ということばで、山場の結が終わります。 

3−6 エピローグ 7’00”

2人だけの駅は、突然インド版M-TVとなりヒット曲Jai hoに合わせて大フィーバーです。ここは音楽サラウンド全開で、スタッフ・クレジットで終了です。



4 デザイン上の特徴

本作のサウンドデザインを担当したGlenn Freemantleの経歴をみるとイギリス映画界のサウンド・デザイナー歴30年、これまでに70作を担当という重鎮です。彼の近作では初Dolby Atmos mixでアカデミー音響効果賞を受賞した2013年「Gravity」があげられます。



日頃我々は、ハリウッド系のサウンドとサウンド・デザイナーに着目していますが、ヨーロッパの動向にあまり関心をむけなかったことを反省させられるデザイナーです。サウンド・デザインは、Sound24というPine Woodスタジオの系列にある彼のスタジオで写真にあるように小振りなスタジオです。アカデミー賞を受賞後は、このスタジオ もDolby Atmos対応スタジオに更新され業界紙に登場することも格段に増えていますが、まさにアカデミー受賞のブランド力だと感心します。




本作の特徴は

モノ-ラル−3CHステレオーサラウンドの音場を効果的に使い分け

スタジオ/取り調べ室/回想の場面転換/に『先行予告・残像デザイン』を駆使したスピード感の表現にあると思います。代表的な場面転換例をいくつか紹介します。








 

   







 

 

       

LFEの大胆な使い方

周波数帯域バランスは、低域の重心のある重厚なバランス

ノンモンからフルビッットまでのレンジの使い方(これはどちらも使ったのは一カ所だけですが、そのことでレンジ感が拡大しています)

FINAL MIX担当のIan Tappは、イギリスの老舗映画スタジオPine Woodスタジオのポスプロ部門のmixerです。Pine Woodスタジオには2室のDolby Atmos対応ダビングステージを更新し、Pyramix DAWをコアにした大規模ネットワークによるファイルベースの構築を行っている点でも注目してよいスタジオです。

5 音楽

音楽は、全体で60分となり作品に占める比率は、50%と少ないと言えます。ドラマの中のソースMUSICは、なくクイズのバンパーとなる短い音楽を除けば大部分がアンダースコアMUSICです。

コンポーザーのA.R Rahmanは、1967年インド マドラスの出身でスコアリング音楽を手がけ始めたのは、最近です。主な活動はワールドMUSIC等をメインにイギリスで人気です。


 監督やサウンンド・デザイナーとはチームを組んでおり、前作「127HOURS」での制作の様子が以下のサイトにありますので、参照してください。http://soundworkscollection.com/videos/127hours

本作の音楽は、単独で聞いてもサラウンド音楽として十分聞き応えのあるPOPな音楽です。特にLFEは、大胆に使用しています。テーマやライト・モティーフは特になく「ラ.ティーカの愛のテーマ」が5回登場します。

音楽のLFEのみを残してシーン転換に使う等、大胆な音楽の使い方は、新鮮です。打ち込みの音源にPERC/シタール/Gt+voというシンプルな構成ですが、迫力でぐいぐい引き込んでいく強さは、ムンバイの風土を音楽でもよく表していると思います。音楽制作は、タイ.チェンマイにある素晴らしい環境の彼のHome Studioを活用し最終MIXは、ロンドンのスタジオです。

 




 彼は、インドでの音楽創作活動に並行して音楽教育にも熱心で自らのアカデミー財団活動も行っています。

6 効果音 Foley

効果音は、ムンバイの様々なアンビエンスが作品の空気感をだすのに貢献しています。人々、汽車、トリ、虫、風や、遠くの喧噪、3輪タクシー、オートバイなどです。リアルな音では、ヘリコプター、列車の通過音、雷、ジェット機、爆発や炎などが大変秀逸です。参考になるのは、サラウンドでデザインした単発のアクセント音です。

●尋問室のバケツの中へ沈める音

●学校の先生が本でジャマールを殴る

●狭いトイレの空間

●コルト45によるアマンの殺害

●ラストの大歓声と銃声

などは、多くの素材でデザインしています。

Foleyは、特段目立つ音はありません。確実に必要な音をフォローしたといえます。ゴミ山のテントで暮らす3人を誘拐にきたギャング アマンが差し出したコーラの栓を開ける動作音は、秀逸でした。

おわりに

筆者は、2010年11月ムンバイでStar TV Indiaの皆さんに1週間のサラウンド制作ワークショップを担当し滞在しましたが、ワークショップの制作テーマは、まさに本作に登場する視聴者参加のクイズや歌への挑戦というジャンルのサラウンド制作でした。

その当時は、テロに対する警戒が各所で厳しくマーケットから、ホテルまで毎回所持品検査でした。また道路は、舗装部分ありますが、少し裏手へいくと土埃の舞い上がる道がたくさんあり毎回ホテルへ戻ると浴槽に茶色い土が残っていました。交差点では物乞いの人々が車に群がり、信号無視と3輪タクシーの喧噪、高層ビルと対称的なトタン屋根のスラムが存在する状況でした。

ワークショップ終了後にムンバイの映画ポスト・プロダクションスタジオをいくつか訪問しましたが、その規模の大きさと設備の充実ぶりに大変感銘を受けた記憶があります。

本作は、サウンドとしてそうした空気感が見事にデザインされていることを感じた作品です。



///// 分析!アカデミー Best Sound Editing受賞作品 ///// 
第2回 作品の構成把握とデザイン要素 - 作品終了後のレビューの重要性

第3回 第88回アカデミー音響効果賞受賞「MAD MAX FURY ROAD」のサウンド・デザイン
第4回 第87回アカデミー音響効果賞受賞「アメリカン・スナイパー」のサウンド・デザイン
第5回 第85回アカデミー音響効果賞受賞「Gravity」のサウンド・デザイン

「Let's Surround」は基礎知識や全体像が理解できる資料です。
「サラウンド入門」は実践的な解説書です。