August 15, 2023

2006年第79回アカデミー音響効果賞受賞 「Letter from Iwo Jima」のサウンド・デザイン

Mick Sawaguchi 沢口音楽工房

                   Fellow M. AES/ips

                UNAMAS-Label・サラウンド寺子屋塾主宰


はじめに

2014年音響効果賞受賞作American Sniperをここでも紹介しましたがクリント ・イーストウッド監督作品の戦争をテーマにした2006年作品が本作です。


クリント ・イーストウッドは太平洋戦争で敗戦半年前の硫黄島での戦闘を日本側の視点で本作を、アメリカ側の視点でFlags of our Fathersを同時に制作し2作品ともノミネートされました。ここでも必要最小限の音楽とフルビットに及ぶ戦闘と陰影を与えるロングショットの静かな戦闘音の対比が素晴らしいと思います。90歳を過ぎた年齢でも意欲的に1-2年間隔で制作を続けているエネルギーには生涯映画人というスピリットを感じる一人です。近作は2021 年のCry Machoで監督と主演を担当しています

 

1 制作スタッフ

Director: Clint Eastwood

Screen play: Iris Yamashita

Sound editor: Alan Robert Murray Bub Asman

Sound Design: Charles Maynes 

Final Mix: Dave Campbell John Reitz Gregg Rudloff

At Stage 21, Warner Brothers Burbank Studios

Music: Kyle Eastwood Michael Stevens

Scoring mixer: Robert Fernandez

Foley Artist: Sarah Monat Robin Harlan

Production Sound: Walt Martin

Sound Recordist: Charles Maynes . John Fasal Dave Fencil Gary Harpe


2 ストーリーと主要登場人物

2006年、東京都小笠原諸島硫黄島での調査隊が、地下壕の地中に埋められた袋を発掘します。太平洋戦争の戦況は日本軍の敗走の連続となる中で1944年6月、小笠原方面最高指揮官・栗林忠道陸軍中将が硫黄島に着任します。彼は、着任早々海軍の伝統的な水際防衛作戦を否定し、坑道設置による持久戦に変更、また部下に対する理不尽な体罰を戒めた栗林に兵士たちは驚きます。硫黄島での日々に絶望を感じていた応召兵・西郷陸軍一等兵は、この人柄に好意を持ちます。

1945年2月19日、事前の砲爆撃を経て、ついにアメリカ軍が上陸を開始します。その圧倒的な兵力差から5日で終わるだろうと言われた硫黄島の戦いは、死傷者数が日本軍よりアメリカ軍の方が多いという、36日間にも及ぶ歴史的な激戦となりました。栗林中将は、最後の打電で“国のため重きつとめを果たしえて矢弾尽き果て散るぞ悲しき”を送り最後を迎えます。

しかし大本営は、文章を改ざんして発表しています。



3 起承転結毎の特徴的なサウンド・デザイン


3−1起00h00’00”-38’03”

起パートが少し長いですがここでは硫黄島の陣容や栗林中将そして参謀や、将兵、盟友西中佐との出会いなどが淡々と描かれていますのでサウンド・デザイン 面ではごく自然なデザインです。

ハードセンターにFOLEY動作音、フロントとリア4CHで海岸の波ON-OFFや風ON-OFFという構成です。



島内で射撃訓練が行われます。

全体を通じて言えるのは、モノーラル音源をチャンネルごとに配置して定位感はよく出ていますが、いわゆる包まれ感は少ないドライな音場デザインが特徴と言えます。



 

ハードセンターで小銃の発射音ON,フロントL-Rで銃声反響音、リアL-Rで弾着音や風切り音

が配置されています。

硫黄島は、飲み水の確保が重要な将兵の仕事です。ここではこれまでの自然なAMBIENCE中心のサウンドから一転して雷鳴や雨音がレベルも大きく印象的にデザインされています。


3−2承 38’03’-49’13”

 





水際作戦から坑道を摺鉢山に掘削し長期戦を戦うために洞窟を張り巡らす工事現場です。ここもツルハシ・トロッコといった工事音を誇張しサラウンド感を強調したデザインです。

サラウンド空間表現の特徴の一つにトンネルや地下水道、倉庫、車内など閉塞空間の表現があります。本作も日本軍が立て篭る洞窟内のシーンが多いのでこうしたデザインが有効に発揮されています。一つは、遠方からの控えめな空爆音、もう一つは摺鉢山至近距離での空爆音です。前者の低域は、待機している兵士に不気味な恐怖を与え、後者の全面フルビットの空爆音は、まさに戦場の狂気をあらわしています。低域周波数だけではコントラストが出ないので天井から落ちる岩や砂といった高域素材とバランスをとっています。BOOM音の全周囲デザインは、RICHARD KINGもINCEPTIONのシーンで多用しているデザインです。



全周囲Boomサラウンドのスペクトル分析を示します。LFE帯域は40-60Hzに分布しています。

 

3−3転 49’13”-59’49’

アメリカ部隊がサイパンを出たという打電を受け取り栗林司令官がいよいよ決戦と覚悟を決め全軍に訓令を出すシーンです。

ハードセンターにマイクに向かう訓令ON、そして4CHにはモノーラル音源で洞窟内に響く拡声器の訓令、同じく4CHで洞窟内AMBIENCEというでザインです。

拡声器で響く訓令は、同じ洞窟内で兵士が交わす会話で聞かれる深めの響きと異なりショート・リバーブにして明瞭度を維持しています。

栗林司令官の『予は常に諸氏の先頭にある』という言葉で締めくくられているのがストーリーとして感動的です。最近の日本のリーダーに噛み締めてほしい覚悟ですね!


3−4結 59’49’-2h20’00’



派手な戦場シーンは、大変少なくいかにもクリント ・イーストウッド監督の哲学がここでも反映されています。筆者が本作で最高のサウンド・デザインとシーンだと感じたのは、兵士も弾薬も尽き果てもはや最後の突撃で全員総攻撃と覚悟を決めた栗林司令官が大本営に向けて打電した『とこしえにお別れ申し上げる』の打電後無線から流れる長野の子供たちの応援合唱歌です。


太平洋の波の上 

帝都の南千余キロ 

浮かぶ眇たる一孤島 

今皇国の興廃を

決する要衝硫黄島


物量たのむ敵国が  

マリアナ侵し今すでに 

大和島根に迫り来て 

ただ一線に残されて

最後の砦硫黄島 


この島こそは仇敵の 

飽くなき野望の墓場たれ 

来たりても身よ全島は 

一木一草分かちなく 

武装を終われり硫黄島


拠る武士は皇国の 

選び抜きたる決死隊

敵撃滅の火と燃えて 

日夜耐えざる訓練を 

重ねてぞ待つ硫黄島 


千早に拠りし楠公の 

故事にも例えんこの守り 

敵兵百万寄するとも 

寸土も侵すことならじ 

磐石の城硫黄島 


われらこの地にある限り 

皇土は安し永遠に 

日本男児の名を賭して 

苦難に克ちて護り抜く 

誉れも高き硫黄島 


史実では東京中央放送局が1943年から「前線に送る夕」というラジオ番組を前線の将兵に向けて放送する中2月28日には硫黄島の将兵向けの特別番組「硫黄島勇士に送る夕」という特別番組を硫黄島に向けて放送しています。時間は午後7時45分からの15分間であったが、ラジオが聞ける環境にあった将兵は栗林以下こぞって聴取したので、その日の夜間斬りこみ攻撃は殆ど実施されなかったと記録されています。

この静寂ののち最後の突撃が行われ栗林司令官は『予は常に諸氏の先頭にある』

という言葉通り将兵の先頭に立って総攻撃をおこないます。夜の雨4CH,雷鳴も4CH、ハードセンターに兵士たちのFOLEYというでザインです。





 砲撃のLFEスペクトラムを示します。ピークは52Hz付近です。 



本作で唯一ノンモンと言えるシーンは、39‘17’からの栗林司令官が彼の方針に反対する参謀を更迭する命令書を手交し彼が栗林司令官に捨てセリフとも言える『これでは硫黄島は5日と持ちません!』と反論した後の栗林司令官の苦悩のアップ 7秒間です。

4  効果音 素材録音

本作で様々な武器の録音とサウンド・デザインを担当したCharles Maynesは、2000年に音響効果賞を受賞したU-571でも潜水艦の様々な素材録音を担当しておりFAST CALL武器サウンド・レコーディストと呼ばれこれまでに40種類にも及ぶ武器の録音をおこなっています。





本作では3ヶ所で素材録音を実施しています。

戦車 大砲 爆発

L.Aのパームス海兵隊基地内で録音

大型銃器

サンディエゴの牧場で機関銃関係。ここでは特にGary Harpeが持参した1890

年代のガトリング回転式機関銃を録音し、これが日本軍の重機関銃の素材に有効だったと述べています。

戦闘機

パソローバルズ砂漠にてF4U P-51戦闘機を録音


こうした新素材録音に加えて第2次世界大戦時の実写フィルムから様々な背景音となる戦闘音を使用したそうです。こうすることでリアリティが高められ効果があり、加えて当時の歪んだ音も有効だったと述べています。


彼がインタビューの中でサウンド・デザイナー10の信条というコメントがあり大変参考になる内容なので概要を紹介します。


ハリウッドで古くからある比喩―早く・安く・良いものをーというジレンマに向き合わなくてはならずそのためには初心者でもベテランでも多くの失敗を重ねそこから学ばなくてはならない。

我々は、クライアントにサービスを提供しその対価を得るサービス業なのでクライアントの考えを全く無視するデザインは、できません。しかしThe MatrixやGravityのように定説を覆す大胆で示唆に富むデザインを行っても観客に受け入れられる場合もあるのです。

アクションには、それにふさわしい音を使うな! これは1930年代のアニメーション効果音を開拓したワーナー・ブラザースのTreg Brownの格言です。

…すべきという言葉は使うな。これはルーティン・ワークを戒めた格言です。

一方で全ての作品が極上のサウンド・デザインを求めている訳でもなくセリフが重要であったり、音楽が重要な役目をする作品もあります。

●迷った時は、最初にディレクターの意見を求めよ。ディレクターは、作品の全ての要素を把握し明確な視点を持っています。同時にプロデューサーもそれぞれの視点を持っていますので可能であれば編集者も交えて事前に方向性を確認しておくのが良い結果を得る近道です。その結果評価も高まりこれまで以上の素晴らしい仕事の機会に出会うことができます。

● メッカへの道は一つではなくそのいずれにも道理がある。

 これは第2次世界大戦の猛勇将軍パットンの言葉です。彼は次のようにも述べています。『人々にあれをしろと命じるのではなく、何をすべきことなのかを伝えて彼らの創意工夫を生み出すようにすれば良い結果が得られる』と。

これを私流に言いかえれば人に何かを押し付けるのではなく創造性を発揮できるようなヒントだけを与えてあまり細々指示を出さない方が良い結果が得られると思います。

サウンドは、常にカッコ良い仕上がりにしなくてはいけないのか?

私が駆け出しの頃ハリウッドの仲間内で『クソを磨く』という比喩が人気でした。これはもともと作品性が低い映画にいろいろ厚化粧をしても良くはならないという意味で物事を多面的に見る大切さを教えています。


私の経験で言えば名作と言われる作品では、概してサウンド・デザインは重要ではありませんでした。私がこの例として印象深い作品イギリス作品のスパイ映画『Tinker Tailer Solder SPY』をあげたいと思います。このサウンド・デザインはとても秀逸ですがそれ以上に音楽がエモーションを作り上げサウンド・デザインは背景の役割となっています。もちろんThe MatrixやSaving Private Ryan, Jurassic Parkようにサウンド・デザインが重要な役目を果たした作品もありますが。

Projectで最初につまずくとがっかりしてやる気を失いがちになりますが、そこでどのような最善の方法があるかを考え前に進ことが大切です。

Try to Find a Joy in the Project精神です。

●スタジオを出て世の中に存在している様々な音を注意深く聞く事はサウンド・デザインにとても重要なヒントとなります。

●音を言語化してみる。これはアイディアが煮詰まって方向を見失った時に良い解決のヒントになり、時にそれが最終的に採用されることもあります。多くの先輩たちも編集室でこうして問題を解決してきました。

●サウンド・デザインー編集―final mixは、全て編集というプロセスと言えどの音は必要でどの音は削除すべきかを整理することで方向性が明確になります。

これは、私が尊敬するRandy Thomの格言です。

●これもパットン将軍の言葉ですが『予測不能な事態に他の人がどのように対処したかを過去から学ぶことで我々は、未知のことに対処できる知恵が生まれる』サウンド・デザインにおいても過去の偉大な先輩たちの仕事から多くを学び実際にその音を聞いてみることがprojectを成功させる結果になります。


5 スコアリング音楽

スコアリング音楽は、極力シンプル・必要最小限とし音楽で感情を煽ることはしないというのがクリント ・イーストウッド監督の哲学です。ここでも息子の

Kyle Eastwoodが主旋律を作曲し Michael Stevensがオーケストレーションを担当していますがトータルの音楽時間は、34‘57“で作品に占める割合は25%と大変控えめです。

スコアリングを担当したRobert Fernandezは、1955年のマディソン郡の橋、から2018年15:17’パリ行きまでクリント ・イーストウッド作品のスコアリングも多く手がけており彼のインタビュー記事がありましたので要約して紹介します。

クリント ・イーストウッドの作曲手法は、スコアリング・ステージで映像を見ながら彼が色々なアイディアをピアノで演奏し、それをキーボード奏者が譜面にして必要なオーケストレーションを行うという流儀だそうです。全て彼の直感で頭だけで考えても良い結果は出ないと日頃述べているそうです。


彼は永年ワーナー・ブラザース スタジオのチーフ・スコアリングミキサーを担当したのちフリーランスとなり現在に至っています。彼のオーケストレーション・マイキングは、典型的なハリウッド流でメイCHは、DECCA-TREEベース、使用しているメインマイクはノイマンM-150です。




スポットマイクのお気に入りは、ワーナー・ブラザース クリント ・イーストウッド・スコアリングステージに古くからある24本のノイマンU-67他にはSchoepsも使うそうです。チューブマイクU-67を愛用するのは、その偶数次高調波が自然で暖かいことが理由だそうです。MIX ROOMには、96CH NEVE 88RSがあるのでIN THE BOX MIXはしないでアナログMIX、マスターは、オーケストラ5.1CH STEMとピアノパート5.1CH STEMで48KHZ-24BIT納品です。好みのリバーブはTC-Electronics M-6000サラウンドプログラムだそうです。




彼がスコアリング・ミキサーになったきっかけになる育ての親で先輩であったDan Wallinとの出会いも語られていますので紹介します。



 Danは、経歴を調べるとなんとハリウッドスコアリング音楽ミキサーの大ベテランで、1965年以来現在まで60年のキャリア、延べ500本以上のスコアリングを担当しています。

Danがワーナー・ブラザースでチーフ・スコアリングミキサーをしていたときにRobert Fernandezは、1970年駆け出しでしたがDanからマイキングとマイクの使い方を教わり、彼のマイクセッティングを行うようになりそれが認められるとコントロール・ルームでDanがmixするノウハウを教えてもらったそうでDanは、とてもopenでなんでも教えてくれたと述べています。


終わりに

クリント ・イーストウッドと彼の制作チームにとって全て日本語のみの映画制作は、大変だったと述べています。しかし日本が硫黄島戦も含めて昭和の歴史を十分教えていないことに疑問を持った彼は、栗林中将の絵手紙

栗林忠道、吉田津由子(編) 『「玉砕総指揮官」の絵手紙』 小学館、2002年

を読んで興味を持ち、同時に栗林中将に興味を持った2世 Iris Yamashita

の脚本をベースに制作しています。




本作では日本人キャストの人選や撮影中の通訳など多くの日本人も参加しているのが特徴と言えます。

彼の制作チームMalpaso ProductionsでProduction designを永年担当しているJames Murakamiも本作で活躍しています。



 

訃報もありました。チームのサウンド責任者Alan Robert Murrayは、これまでクリント ・イーストウッド作品「1979年−2019年」まで32本を担当してきたサウンドのキーマンですが2022年2月に永眠したとのニュースがありました。

RIP.