December 13, 2002

" 5.1chサラウンドを実現するために
は「ボスを説得しろ!」ということです " 井上哲 サラウンド制作への熱き思いを語る


5.1サラウンド制作セミナー

2002年12月13日 
事務局担当 西田俊和



今回の講師は、テレビ朝日映像(株)の井上 哲(いのうえ さとし)氏です。井上氏は1994年に全国朝日放送に入社。2000年よりテレビ朝日映像(株)に所属し、音楽、バラエティ、スポーツ中継等のミクサーとして活躍されています。
2001年10月、BS Asahiの格闘技レギュラー番組「パンクラス・ハイブリットアワー」で、国内初のスポーツ中継5.1サラウンド放送を実現したのをはじめ、音楽番組、日本シリーズ「西武vs巨人」での5.1サラウンドを手掛けています。
井上氏は1971年生まれで、現在31歳という若手ミクサーですが、その情熱やパワーには、私たちも見習うべき点が多くありました。
講演にあたり、下記のデモクリップ(DVD)が5.1サラウンドで上映されました。


●「パンクラス・ハイブリットアワー」5.1サラウンド
● 西武ドーム・プロ野球5.1サラウンド試験収録

●「はっぴいえんど・トリビュートライブ」(音楽ライブ5.1サラウンド)

セミナーにはドラマ番組技術・音声、音響デザイン部を中心に約25名が参加しましたが、特に同年代の音声マンにとっては、大きな刺激となったと考えます。
以下、井上氏のセミナーの内容を紹介していきます。

Persuade your boss!
5.1chサラウンドを実現するために
はじめに
今回のセミナーで私が一番強調したいことは、「ボスを説得しろ!」ということです。
これは、NHKのサラウンド先駆者である沢口さんが、多くのセミナーの場で必ずおっしゃっていることに感銘を受け、使わせて頂いた言葉ですが、サラウンドを実現するために一番大切なことは、やはりこれではないかと思います。
では、まず私がボスを説得して、サラウンド放送を実現するまでに、どんなことをやってきたかについてお話したいと思います。


1.「パンクラス・ハイブリットアワー」
サラウンド実現まで

●「パンクラス・ハイブリットアワー」について
・BS Asahi開局と同時に放送開始した格闘技レギュラー番組。
・毎月1回の収録・放送。

・2001年10月より5.1chサラウンド放送開始(スポーツ中継初)

・2002年4月まで計6回を5.1chサラウンドで放送。映像情報メディア学会賞受賞映画テレビ技術協会賞受賞


BSデジタル開始直後、家電メーカーは、「BSデジタルチューナーと組み合わせれば、家庭でサラウンド放送が楽しめます!」という宣伝文句で、AACデコーダー内蔵のAVサラウンドアンプを発売していましたが、その頃まだサラウンド番組は皆無だったと思います。それは放送の音に関わるエンジニアとして、とても「いやだな」と思いました。
サラウンド番組がないなら「自分が一発やってやろう!」と考えていたところへ、ちょうど昨年3月から私がこの番組の担当となった訳です。

● 制作との信頼関係確立
(いきなり5.1chなんて、なかなかやらせてもらえない!)

私がこの番組のミクサーとなった2001年3月から、すぐにでも5.1サラウンドでやりたかったところですが、私のような若手ミクサーが、いきなり5.1をやりたいといっても、やらせてもらえないのが普通なのです。
そこでまず大切なことは、制作(ディレクター、プロデューサー)との信頼関係を築くことでした。
ディレクター、プロデューサーは、映像のことには細かく注文をつけても、音は「あれば良い」という人が多くいます。たとえそうであっても「ミクサーが替わって、音が変わった!」あるいは「こいつに音をやらせたら凄いぞ!」ということを、まず彼らに認識させたかったのです。
そこで、私なりにリング上で闘う選手の発するパンチ音を大胆に強調したミクシングを心掛けていました。
ある日、収録が終わった後で、ディレクター氏から「今日の音、以前よりパンチや選手の息づかいが凄かったね!」と声を掛けられ、今がチャンスだと思い「実はもっと凄い音ができますよ! ちょっと話を聞いていただけませんか?」とサラウンドの話を持ちかけたのが、全ての出発点でした。
「5.1って、映画や音楽じゃないの?格闘技で5.1って効果あるの?」という意見もかなりありました。当初、私もその意見に反論できる材料を持ち合わせていなかったのですが、まずは「百聞は一見にしかず」で、デモ素材を作ろうと考えました。
しかし、プロダクションの場合、研究やデモといった取り組みで、いちいちギャラが発生するようなことはやらせてくれないのが普通です。
そこで、まだステレオで収録していたときに、現場で無理矢理後ろに小さなスピーカーを置き、通常のステレオ収録を行いつつ、簡単な形で4chサラウンド(2chステレオ+リア用416×2)をβcamSPに収録してみることにしました。
それを会社に持ち帰り、キャメラマン、VE、音声メンバーと共に4本のスピーカーで試聴したところ、ものすごいリアクションが得られたのです。
そして、このβcamSPをデモ素材として番組スタッフ、社内・上司、放送局関係者、スポンサーなどへのプレゼン攻勢をかけました。
そのなかで、自分自身が「格闘技の5.1は凄いぞ!」という自信を深めると同時に、番組の関係各社、スタッフにもそう思ってもらえるように半年間にわたるアピールを続けた結果、ついに昨年10月から5.1サラウンド放送を実現することができた訳です。

● 最低限の予算・機材・時間で制作
 (マイクプラン、サラウンド収録システムの構築)
NHKさんでも似たような状況かもしれませんが、民放のBSデジタル番組の予算は本当に少ないのです。
パンクラスの場合も「サラウンド放送はOK。ただし予算、スケジュールは現状のまま」というのが基本でした。
スポーツ中継番組の5.1サラウンドは、生放送で行うことを考えれば、あくまで現場で一発ミクシングすることになります。その分、映画やドラマのように大がかりなポスプロを行う必要はなく、会社にある機材をうまく使い、知恵と工夫さえあれば、今までとあまり変わらない予算とスケジュールで5.1を行うことができるということを、ボスを説得する上での「売り」としました。
 下図は「パンクラス」サラウンド収録のマイクプランです。
詳しくは「放送技術」の資料をご覧いただければ写真入りで解説していますのでご参照下さい。
コーナーポスト上の4本のマイク(C-747)で、リング上の選手の動きや息づかいを収音しています。プロレス等では下でガンマイクを振ることが多いのですが、今回のパンクラスではカメラマイク(MKH-416)を使い、これで実際の
選手の闘っている迫力のある音を録っています。デモ(DVD)で聴いていただいたリング間際のパンチの音は、この416で録ったものです。
更に、この416を卓にダブルアサインして、片方はLow cutしてPAが出ている時にも上げられるようにしておき、もう片方は逆にHigh cutして重低音成分をウーハーに送り、ゲートをかけるといった使い方をしています。
 のリング下のマイク(MD-421)は、リング上で選手が投げられたときのドンという音を拾い、サブウーハーに送る為のものです。
これは当初、U-87iを使っていたのですが、感度が良いせいかゴーという低音を拾ってしまい、ゲートでも切れないため、途中からMD-421に変えています。
サラウンド用マイクは、M/Sマイクを前後に2本吊しています。私たちのプロダクションの実情として、マイクの数がそれほどないので、いつでもレギュラーで持ち出せるマイクとして、VP-88を選択しました。
写真1(次ページ)は、ステレオ収録の頃のミクシング風景です。ご覧のように、私たちテレビ朝日映像の機材をかき集める形で、ハイエースの荷台に組み、卓はソニーのMX-P61を2台使用していました。
それがサラウンド収録では、写真2のようなシステムになりました。
これは音声中継車ではなく、銀箱トラックの中に5.1サラウンドMixのシステムをバラックで組んだものです。
このようなマイクプランや、サラウンド収録システムの構築、ミクシングで苦労することは、私も好きですし、またミクサーとして当然だと思いますが、やはりそれ以上に大変だったのは、制作を説得して、放送にこぎ着けるまでの半年にわたり、また繰り返しになりますがサラウンド先駆者の先輩方が言うように、ボスを説得してきたことです。
でも実際に、「ボスを説得する」ことが、サラウンドを普及させる早道だと信じています。

●サラウンド知識の習得も重要

ディレクターをはじめとする制作スタッフは、私たちミクサーに何でも質問してきます。
例えば「サラウンドで一体どんな事ができるのか?」、「サラウンドで放送したとき、ステレオで聞いている人はどう聞こえるのか?」、「ステレオからサラウンドに切り替わったとき、音量感はどうなるのか?」等々です。
「サラウンドをやりたい!」という以上は、こうしたディレクターの質問に、きちんと答えられるだけの技術的知識を持つことが必要です。
私もこれまでにサラウンドに関する文献、資料を読んだり、各種セミナーに参加してサラウンドに対する知識を深める努力をしました。
この1年でサラウンド関係の資料、文献は急速に増えており、どれも簡単に手に入れることができますし、「放送技術」や「PROSOUND」といった業界誌には毎月のようにサラウンド制作レポートが掲載されています。
最近、自分より若いエンジニアもサラウンドに興味を持ち「自分もサラウンドやりたいんですけど、教えて下さい」と言われることがあります。反面、その人が意外と、これまでに制作されたサラウンド番組を見ていなかったり、いろいろな文献、資料のことを知らないことに驚くこともあります。
ただ「やりたいやりたい」と言だけではなく、映画や他社の5.1ch作品を積極的に試聴したり、制作レポートを読んだりしながら、先駆者たちの技術を吸収することも重要だと思います。
その点、NHKさんであれば、同じ職場の中にサラウンド経験者、先駆者の皆さんがいる訳で、それは私達からみて、とても羨ましい環境です。

●制作・収録・送出体制の確立
(“そこから先は知らない、関係ない”では実現不可能)
私は普段の仕事の中で、送出関係に関わることはありませんが、今回、サラウンド放送を実現するためには、送出系のことも知らなければなりませんでした。
 「自分の仕事は現場でミクシングすることで、5.1をどうやって送出するか?ということは関係ない」という考では、やはり関係者を説得することはできないと思います。
これはNHKさんでも同じ状況だと聞いていますが、BSデジタルの送出系は、恒常的にサラウンド放送に対応できていないのが実情です。
 運行、マスターの技術者は、決して音の専門家ではありません。
「こんど5.1をやるんだけど、どうやって送出すればいい?」と聞いても、「5.1って、何?」とぃう答が返ってきます。その方々に、きちんと説明して、どうやって6chを送出し、オンエアまでもって行くか?ということを音声エンジニアである自分がリードしていく必要がありました。
BS朝日の5.1ch送出系統 
5.1ch番組の送出は、マスター室VTR、番組バンク、サブから送出可能
各設備は手動にて通常のVTR出力とドルビーE出力を切り替える
今後、新たに設置する設備に関しては8ch対応のVTRを利用することも検討課題


●5.1→2ch
ダウンミックス
映画やDVDとは違い、放送の大半の視聴者は、まだステレオ聴取です。
BSデジタルでは、サラウンドで放送されたものを受信機側で2chにダウンミックスするのが前提ですから、制作、ミクシング段階から受信機側のダウンミックスの仕組みを把握しておくことが大切です。
「パンクラス」の5.1の実現を目前に控えた2001年7月に、どうすれば魅力ある5.1サラウンド放送ができるか?というテーマで、テレビ朝日の技術局とテレビ朝日映像の技術局が共同で、試聴会とアンケートを実施しました。
試聴会の素材は、「パンクラス」を試験的に5.1で収録したものを使っています。
確かに5.1で聞けば素晴らしいのですが、それを擬似的にダウンミックス2chで聞いたとき、従来からのステレオ2chで制作したものより劣るという結果がでました。
これは、まだ受信機のダウンミックス係数についてあまり考慮してミクシングしていなかったことが原因です。5.1で制作する際に、受信機側のダウンミックスの仕組みを勉強して、ダウンミックスを視野に入れたミクシングを行えば、双方のコンパチビリティは取れるものと考えました。


●ダウンミックスの仕組み
右図は、ダウンミックスの概念図です。
センターチャンネルは、1/√2をかけてL、Rに振り分けられます。
リア(SL、SR)はフロントL、Rとミックスする訳ですが、そのままのレベルでミックスするのではなく、あるダウンミックス係数に基づいてレベルを下げてミックスします。
この係数をkといい、送出側で規定することができます。
更にダウンミックスしたトータルレベルが上昇することを考慮して、aという係数に基づいて抑えています。
しかし、ダウンミックスの各パラメータ設定は、BSデジタルチューナーの各メーカーにおける商品企画マターとなっており、統一規格がないということが、実は私たちミクサー泣かせな部分なのです。
 そこで、各メーカーが、実際にどんなダウンミックス方式を採用しているか調べて見ました。

受信機メーカー各社のダウンミックス手法

送出側のダウンミックス係数「k」にしたがってミックス処理    5社
送出側のダウンミックス係数「k」にかかわらず固定のミックス   2社

(k=1/√2固定)


「a」の値、「k」に依存して変化                0社

「a」の値固定            1/√2           5社

1/(1+√2)                          2社
疑似サラウンド(pseudo_surround_enable=1)のとき
set1,set2を選択可能 0社

set1 固定                                       5社

set2 固定(pseudo_surround_enable=0 時も同じ)            1社
不明                                   1社


上記のように各社まちまちですが、私が「パンクラス」をMixするときの目安として、現在、一番市場に出回っていると考えられるメーカーの設定を指針としました。
そのメーカーのチューナーでは、kの値は送出側の設定に従ってダウンミックスを行います。現在、BS朝日ではダウンミックス係数k=0.5固定ですので、現場でMixするときに、5.1でMixしたものをもう一度卓へ立ち上げ、この係数で2chにダウンミックスする系統を組み、5.1とダウンミックス2chを切り替えてモニターできるようにしています。
こうして5.1とダウンミックス2chを聴き比べながらMixし、コンパチをとるようにしました。
 ダウンミックスの最大の課題は、やはり制作側、メーカーが共に協力しあい、統一した規格でダウンミックスが行えるようにすることです。
現在、NHKの皆さんの協力も頂いて、各局で「ダウンミックス検討会」という集まりを行っており、将来的にはチューナーメーカーに統一したダウンミックス方式を採用してもらえるような働きかけを行っていく動きがあります。

●無音時間の問題

ダウンミックスと並んで問題だったのは、「無音時間」です。
民放では必ずCMが挿入されます。CMは通常、2chステレオですから、放送本編(5.1)との間で音声モードを切り替える必要があります。
 この際、送出側、受信側で下記のような「無音時間」が発生します。
無音時間
STD-B20
「全ての音声パラメータ切り替えは、音声エンコーダに0.5秒以上の無音を入力した状態で行われること。なお、将来的には無音時間を短くできる可能性を考慮すること」
TR-B15
「・・入力信号において、切り替え時に0.5秒以上の無音を挿入すること。ただし、マルチステレオが関係する切り替えにおいては(TBD、たとえば1.5)秒以上の無音を挿入する事。」
CMにはぎりぎりまで音が入っていて、本編に切り替わった直後にドンと音が出るというケースが多い民放では、この「無音時間」は大きな問題となります。
現在BS朝日(送出側)の設定では、5.1chの関係する切り替えは、前0.5秒、後1.5秒の無音時間が生じます。これは改修でもっと短くすることができるのですが、いくら送出側でミュート時間を短くできても、チューナー側で生じるミュート時間はそのままであり、無音時間を完全にゼロにすることはできません。
 その対策として、5.1chモード切替の場合は、CMの前に2秒の無音時間を設け、そこでモード切換を行うことでCMを守るという方法をとっていますが、実際には本編の終わりがきっちり2秒の無音というのは難しく、3秒以上の無音のバンパー(自社ロゴ)をいれています。


●編集、送出関係者に理解を得ることの重要性
NHKさんでは「サラウンド収録したときのVTRテープの運用はこうする」といったインフラが整っているかもしれませんが、民放の場合はまだ浸透していないのが現状です。
例えば、今回の「パンクラス」での素材運用の方法として、VTRの1,2chにはダウンミックスを、3,4chには5.1をドルビーEで記録しておき、編集はダウンミックスを聴きながら行い、完成後、エンコードする際に差し替えるという方法を提案しましたが、これは制作をはじめ、マスター、編集、編成、テープ管理といった方々に理解してもらわなければ実現できないことです。
彼らは音の専門家ではありませんから、音声エンジニアである私が各部署に何度も通って、理解を求めていく以外に方法はないことを痛感しました。
「自分は現場でMixするだけで、その後のことは関係ない!」という考えでは、ボスを説得することはできないのです。

2. その後の展開~音楽ライブでの挑戦~

●BS朝日9月8日OA メはっぴいえんどトリビュートLIVEモ5.1chサラウンドで制作・OA
 「パンクラス」は2002年3月で放送を終了してしまいましたが、この経験を是非、次に生かしたいと考えていたところに、音楽ライブで5.1サラウンドを制作するチャンスがめぐってきました。
 音楽番組は私たちミクサーにとって、なかなか難しいジャンルですが、5.1制作のチャンスには何でも食らい付くという精神で取り組んでいた私にとっては、またとないチャンスでした。
 この「はっぴいえんどトリビュートライブ」は、もともと私と仲の良いプロデューサーと共に、企画段階から関わっていたのですが、やはり予算はありません。でも、そのプロデューサーが、「じゃ、お前が技術を全部仕切ってやってよ。それなら5.1サラウンドでやってもいいよ。ぜひやってみようよ!」と言ってくれたのです。
 この番組で、私はTDという立場で関わり、トータルの予算も含むコーディネートを行いました。
 本当に予算が少なく、キャメラマンにはかなり泣いてもらっていますし、音声も泣いているのですが、各セクションが「5.1サラウンドでやろう!」ということに理解をしてくれました。

●基本は「バラック?」 倉庫でトラックダウン

音楽番組でサラウンド制作する場合、やはり現場一発Mixという訳にはいかず、トラックダウンが必要ですが、5.1に対応するトラックダウンスタジオを借りる予算など、当然ある訳がありません。
 収録は「パンクラス」でも使用した我社でたった一台しかないソニーのディジタルミクサーを使い、DA-98にマルチ収録しました。
それをテレビ朝日映像に持ち帰り、会社の倉庫に、収録で使ったソニーのディジタルミクサーを中心に5.1サラウンドMix環境をバラックで組み、トラックダウンしています。


3. さらなる前進
日本シリーズ「西武vs巨人」~
サッカー「日本vsアルゼンチン」へ
さらに、10/29、31の西武ドームでの日本シリーズは、5.1で放送することになりました。

(西田 記)

以下、このセミナーの後、日本シリーズ終了後に届いた井上さんのメールから紹介したいと思います。
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【井上さんのメールより】
日本シリーズは残念ながら4試合で終わってしまい、予定していた第5戦は幻に終わってしまいました。
ご覧いただいた方もいらっしゃると思いますが、初めての生中継だった第3戦は、伝送、送出などに事故も無く、無事に5.1サラウンドでOAされてホッとしました。
が、肝心のミクシングに関しては課題を残しました。(中略) 第5戦では修正したいと思っていただけに、巨人の4連勝とは・・・これは是非次回に繋げたいと思っております。
今回の件で編成・営業の理解もより深まり、11月20日のサッカー日本代表VSアルゼンチンも、5.1サラウンド放送が実現できそうな状況です。


4. 質疑・応答
Q1. デモの中で、西武ドームの野球は、サラウンド収音をどのようなスタイルで行ったのですか。また、その中で、どのような問題点がありましたか?
A. 
デモでお聞き頂いたのは、2002年6月の段階で試験収録したものであり、まだ解決しなければならない問題が多くあります。
ステレオの場合、ベースマイクはバックネット裏の高いところに置くという
のが基本となっています。サラウンドの場合も、この基本は変えずに行おうと
考えました。
サラウンドの基本マイクとして、「パンクラス」と同じようにM/Sマイクを前
後にダブルで置く方法から始めました。ドーム球場ですから、天井に置いたら
どうなるか?実際に天井の音を聞きに行ったのですが、逆に反響が多すぎて、
場内アナ等が「ぐしゃぐしゃ」になり、あまりはっきりしなかったので、放送
ブースの上のあたり、通常、ステレオマイクを置く場所に、サラウンドマイク
を立ててみました。
その位置にフロント、リアマイクを立てると、リア側は何もない状況になり
ます。そこで、前後というよりも上下に配置にしています。
フロント用M/Sマイクは少し上目を狙い、リア用M/Sマイクは放送席の真下
くらいを狙う、というマイキングです。相関関係が崩れるため、リア側にディレィを入れるといった工夫は必要になりますが、これでも球場の空気感は割と出ると感じました。
ミクシング全般の課題でいえば、スポーツの場合、常にサラウンドになって
いると、メリハリがなくなり、聴く側が「飽きて」しまうことです。
 そこで、客席の通路(売り子が通る)に無指向性マイクをペアで置き、売り
子の「ビールいかがですかー!」といった声が通るような効果を加えてみまし
た。これは、緊迫した場面では使えませんが、イニング間等で生かせば、かな
り変化が付けられると思っています。
 ただ、観客がメガホンを叩いて応援をしている場合、このマイクを上げるこ
とは難しくなります。メガホンを逃げるため、マイクを高くセッティングする
と、売り子の声や「ヤジ」が拾えないことになりますので、今度の日本シリー
ズ本番では、この通路マイクを1,3塁側に用意しておき、守備に回っている
側(あまりメガホンを叩いて応援していない)を使って、売り子の声を拾おう
と考えています。
 更に、デモの中でもありましたが、途中でインサートされるVTR(リプレ
イ等)は、あえてステレオにしておくことで、「VTR明け」で現場音が入ると
パッとサラウンドに広がるという効果を狙っています。
 日本シリーズ本番では、映像と連動して、よりメリハリある音づくりを行い
たいのですが、そのためにマイク本数も、もっと増やす予定です。


Q2. デモにあった「はっぴいえんどトリビュートライブ」で、あるフレーズでヴォーカルをサラウンド側に動かしていましたが、どのような狙いだったのですか?

A. 通常、音楽ライブでは、あまり音源を動かすことはないと思います。
 今回、一緒にやったプロデューサーが、5.1サラウンドでやっていることを売りにしたいという希望もあり、曲を選んで、思い切った作り方をしてみました。
 デモの中の1曲目「台風」という曲のイントロは、ギターが「風のイメージ」表現していますので、これをグルグル回し、更にヴォーカルも「きっかけ」の歌詞で、後ろへ吹き飛ばされるようなイメージを作ってみました。(何回も聴いていると、やっぱり違和感を感じるかもしれませんが・・・)

Q3. 「パンクラス」の場合、アップでのパンチの音でLFEも使われており、迫力があったのですが、実際にLFEを作るときに注意している点は?

A. サラウンドの場合、どうしてもリアスピーカーの使い方に気が行きますが、本当の5.1の魅力はサブウーハーにあると思います。
 「パンクラス」では、前述のようにリング下のマイク等でLFEを得ていましたが、ここで注意しなければならなかったのは、サブウーハーの生かし方です。
 現場では、PAのカブリや選手の歩く足音等で、LFEを聴かせたくないところでもサブウーハーがゴロゴロとなってしまうため、必要のないときは、サブウーハーへ信号を送らないようにコントロールする必要がありました。
実際にはディジタル卓のゲートを使い、LFE用マイクのインプットで切っています。

Q4. 「パンクラス」「野球」は、実況コメントをハードセンターに加えてLRにも「こぼし」ていましたが、これはどのようなアプローチを経て、そのようになっていったのでしょうか?

A. 「パンクラス」では、最初に実況はハードセンター、リングノイズをファンタムセンターという形で作ってみましたが、実況だけハードセンターにすると、何となく「浮いて聞こえる」というか、ちょうど実況だけが「小さいところ」から聞こえてくるような感じがしました。
 画面に映っているものがハードセンターにあると、すごく定位感が出て良いのですが、実況は、全ての音より「前」にいるべきものであり、その点でハードセンターだけにすると何となく違和感があったのです。
 もう一つは、実況をハードセンターのみとした場合、ダウンミックス2chを聴くと、すごく前に聞こえて、非常にうるさく感じました。
5.1でファントムセンターで作ったものは、ダウンミックスしても変わらないのですが、5.1でハードセンターで作ったものは、1/√2でL、Rに振り分けられた場合、ダウンミックスされた他の音との位置関係が変わってしまうように思えたのです。
 そこで、デモで聴いて頂いたように、実況をハードセンターにおいた上で、L、Rに50%のダイバージェンス(漏らし)を行う方法に変えました。
 逆に、映像に映っているパンチの音やリングノイズ、野球のPC収音マイクはハードセンターに置き、実況はL、C、Rに配置するやり方です。
 今日、このセミナーの前に、西田さんが担当されたFMシアター「アンチノイズ」を聴かせて頂きましたが、やはり通常のセリフはハードセンター、モノローグをL、C、Rに配置しており、同じようなアプローチをしていると感じました。


まとめ

デモで上映させて頂いた素材は、DVDに焼いたものです。
私は、このDVDを持ち歩き、制作プロデューサーやスポンサー各社を回って、プレゼンを行い、5.1サラウンドの素晴らしさ、可能性をアピールしています。
そこで、また最初にもどってしまいますが、5.1を実現するためには、やはり「ボスを説得しろ!」ということが一番大切です。
デジタル放送が始まって2年、まだこの時点でもサラウンド番組は少なすぎると思います。これは音声マンである私たちにとって、少々まずい状況ではないでしょうか?
DVDの普及に伴い、どこの電気店でもホームシアターを売りにしていますし、安価なサラウンドシステムも売れています。あとはソフトさえ整えば、サラウンドを普及させる千載一遇のチャンスです。
折角、サラウンドシステムを買ったのに、BSデジタルの番組表を見たら、サラウンド番組がない・・あっても月に1~2本というのでは、やはりサラウンドは普及しないと思います。


最近、同じ音声エンジニアの間で、「俺も5.1をやれと言われたときのために勉強しなきゃ」というセリフを聞きますが、ただ待っているだけでは駄目なのではないでしょうか?
5.1サラウンドの素晴らしさを一番知っているのは、何と言っても私たち音声エンジニアです。そのエンジニアが先頭に立って「ボスを説得」して、多くのサラウンド作品を作り、放送していくことが、サラウンド普及の原動力になると思います。
生意気なことを言いましたが、私もNHKのサラウンド番組をもっと見て、ミクシング技術のグレードをあげたいと思っていますし、今回のセミナーを通して皆さんと知り合えたことで、お互いに情報交換、意見交換の行っていきたいと考えています。
共に魅力ある5.1サラウンド番組を創っていきましょう!
 ご静聴ありがとうございました。

「サラウンドめぐり 井上哲 (テレビ朝日映像)」
「サラウンド制作情報」 Index

「サラウンド入門」は実践的な解説書です

December 10, 2002

サラウンド サウンドはどこまで来たか?

By B.Owsinski 2002-12 抄訳:Mick Sawaguchi 沢口真生

・はじめに
サラウンド サウンドが注目を浴び始めて数年が経過した今、我々は、サラウンド サウンドが何を達成し、どこは発展途上なのかを振り返ってみたい。
ある人は、大いなる期待と予測をもってサラウンドの発展を希求したし、別の人は考えたよりも立ち上がりが遅いことに多少の失望といらだちを感じている。我々が今まで来た道をここで振り返ってみることで、何らかの手がかりが見えて来るはずであろうと考えてまとめてみることにしたのが本レポートである。

・制作現場
サラウンド制作の現場は、現在この方式を今までの「ステレオの兄弟」として認知し、多くの変革が生じている。機材面に関しては従来仕事をしようと思っても自分が欲しい機材が無いといった現象は減っており、ステレオ機器を選択するのと同様に、多くの選択肢がサラウンド機器に出現している。
マイクロフォンを例にすれば、SOUNDFIELD社HOLOPHONE社SPL/BRAUNER 社ATOMOS システムなど手軽にサラウンド録音ができる製品が入手できるようになった。コンソールに関しては今まで最も弱点であったが、以前に比べはるかにサラウンド機能が充実してきたといえる。製品例でいえば、EUPHONIX SYSTEM-5.AMEK MEDIA 5.1.SONY DMX-R 1000 .MACKIE d8Bなど機能とコストをバランスさせた製品群の登場が目的別の選択を容易にしている。
エフェクター関係は、サラウンド対応が最も遅れ、エンジニアを苛立たせていた分野であったが、TC-ELECTRONICS S-6000やLEXICON 960L等の機器が登場しメインツール化しつつある状況である。6チャンネル構成のコンプレッサーについてもDRAWMERやALAN SMART社を始め各種登場してきた。
96KHz、24bitといった高品質オーディオ用の製品も、この分野で各種の製品群を提供しつつある。
マスターとしてのフォーマットは、テープベースのTASCAM DA-98からMO-ディスクタイプのGENEX GX-8500や、各種ハードディスクベースのフォーマットが選択可能である。ハードディスクレコーダについては、DAW機器の初期設定機能としてサラウンド対応の機能を取り込み始め、ユーザへの利便性をアピールするまでに至っている。DIGIDESIGN社.MOTO.STEINBERGを始め各社各様の多彩な製品がサラウンド対応を競っている現状である。
サラウンドエンコード機能もプラグインソフトや、単体としてKIND of LOUD.MINNETONKA社などからDolby DigitalやDTS エンコーダーが提供されている。モニタースピーカーについても、各種サラウンドモニターシステムがパッケージとして提供されている。この中でも先進的な設計思想を持った製品例としてBLUE SKYがあげられよう。これはバスマネージャーや各種コントロール機能を一体型として盛り込んでいる点が特徴である。
既存のステレオシステムを活用してサラウンド制作を行いたいユーザーに対してはMARTIN SOUND ミMULTIMAX.ADGIL DIRECTOR.STUDIO TECH-STUDIO COMM等が有効活用の手足となってくれよう。マスタリング機器は対応が最も遅れていた分野だが、ここにもZ-SYSTEMS.WEISS.JUNGER社などが台頭してきた。既存のステレオマスターからサラウンド制作を行いたいユーザに対してはTC-ELECTRONICS UNWRAPやZ-SYSTEMなどがプロセッサーを提供している。
レコード会社の動きはどうであろうか・DVD等でのサラウンド制作は当初乗り気ではなかったようであるが、ここにきて各社ともDVDの制作を重要なマーケットと位置づけ始めている。「SPECIAL DIVISION」担当のA&Rも実現性を検討しはじめているが、動きとしてはまだゆっくりしている。
映画業界はホームシアターではサラウンド音声が当然といったユーザからの要求を受け、活発なサラウンド制作を行っている。
アーティストの中ではどうだろうか?彼らの中にも今までの2チャンネルでは表現できなかった新しい表現や、今までと別次元の手法の可能性に気づきはじめた人々もいる。こうした例ではICKY FLIX.STUDIO-VOODOO等があげられよう。


・販売 配給
サラウンド音声の供給先は、現在2カ所である。ひとつは映画館で、もうひとつは家庭である。家庭へは多くがDVDで配給され衛星やケーブルからの配給はまだ少数である。これは周知の事実であるが、サラウンドサウンドが配給された最初は映画館からであるが、今や多くのメディアで一般的な音声方式までに認知されるに至っている。DVDでサラウンド音声でないソフトを見つける事自体が難しくなったという状況がその進展ぶりを表しているだろう。
家庭での再生機器のサラウンド対応もかつてのCD再生機やVHS-VCRに比べてもはるかに急速度で拡充されている。アメリカ国内のDVD保有率は30%に及び2000万の家庭がDVDソフトを楽しんでいる。またC.E.Aの予測では2004年までに17500万家庭にまで浸透するだろうとしている。
DVDソフトの制作数は、1997年の販売開始以来46000万タイトルとなり、さらに8000万タイトルが2001年第二四半期で発売されている。これは先年同期間で比較しても2.5倍の発売数である。今現在をみても10000タイトルの映画や音楽DVDが市販中である。直近の統計ではDVD-MUSICで950タイトル、DVD-Aで165タイトルが販売されている。今やユーザは再生環境の如何に関わらずDVDではサラウンド音声を当然のこととして期待している状況である。

・カーオーディオ
今日多くのユーザは家庭再生以上に、車内で音楽を聴く機会が増えている。
しかし、多くのユーザは簡易に車内でサラウンド音声が楽しめる環境が出来るまでは機器の更新をするつもりはなさそうである。サラウンド音声に日常的に関係している我々も、カーオーディオ向けの多種多様なサラウンドの可能性が提示されることで最も実用的で受け入れやすい方法が見いだせると予測している。昨年はALPINE.SONY.PIONEER.PANASONICといったカーオーディオメーカーがDOLBY DIGITALやDTSデコード出力を持ったDVDプレーヤを投入、なかでもPANASONICは、初のDVD-V/Aユニバーサルモデルを登場させている。車の製造メーカがこうしたことに立ち後れているのは新車の設計に3-4年の期間がかかるためである。しかし、VOLVO C-70モデルではビルトインしたサラウンド対応カーオーディオが搭載されている。残念ながら搭載機器はDOLBY PRO-LOGICのため、現在のディスクリートサラウンドソフトを楽しむことはできないが・・・・
前回のCE-SHOWに行った人なら気が付いたかもしれないが、家族向けのレジャーカーやミニバンの後部座席で家族がゲームを楽しむためのサラウンド再生が話題になっていた。この流れは2002年にブレークするかもしれない。
ドライバー席で楽しめないではないか?と思うかもしれないが、車メーカーは 2003年にはカーオーディオの市場の20-30%がDVDになるだろうと予測している。さらに最新のサラウンド対応DVD-AやSA-CDモデルは2004年の登場を予測している。
これまで俯瞰してきたことから「サラウンドは活発に運動している」と言ってもいいだろう。悲観的な予言者の存在があるにも関わらず一定の地位を築いたと言って良い。「このまま進んでもいいのだろうか?」勿論答えは「GO」である。「道のりは遠いのだろうか?」「多分そうだろう」「歩みは加速されるのだろうか?」「これまで予測したよりもはるかに速い進展をしている」
でもまだ長い道のりだろう。でも来年何が起こるか早く見たい気持ちでいっぱいでもある。(了)

・付属資料
PROJECT STUDIOから(STUDIO VOODOO)
サラウンドという不思議な世界へ一歩足を踏み込んでみると、入り口のドアが大きく開いているのが見えます。3名で始めたSTUDIO VOODOOは、サラウンドが持つ技術的、芸術的優位性を認識し私たちが手がけるワールドミュージックの世界に反映したいと考えました。
こうした背景には70年代のPINK FLOYDや80年代のバイノーラル録音があり、我々はいつも2チャンネル以上の音楽表現を考えてきました。このためスタジオではSPATILIZERなどのプロセッサーを使用し立体的な音楽を創造し空間表現に努めてきたのです。しかし満足のいく結果ではありませんでした。
DTS-ENTERTAIMENT社が我々に6.1CHでの制作の機会を与えてくれて大きな経験ができました。サラウンド音声制作は、全く新しい制作工程とアイディアや手法そして挑戦を与えてくれるという点です。
新しい工程は新しいツールを必要とし、我々はその実現のために高予算から低予算まで我々のMIXをサポートしてくれるツールを見いだすという使命を持ちました。SOUNDFIELD-MICは我々が必要とする空間とアンビエンス情報を正確に録音するための道具となりました。またSONY DRE-S777やAKAI HEADRUSH- DELAY.FEDERATION BPM D-JツールなどがサラウンドMIXで有効なエフェクターとなりました。
別の面で新しいルールは、スピーカ配置の問題です。きちんと設計されたスタジオであれば、ほぼ満足のいくサラウンドリスニング環境が出来上がっていますが、我々のようなPROJECT STUDIOでは様々な場所に座って、様々な方向に耳を向けてモニタリングしてみないと良い結果が得られません。特に我々の制作する音楽のコンセプトがリスナーをいつもフロントのスピーカむきに強いているわけではなく、リスナーがどこを向いていようともセンタースピーカの音が中心点に存在するような設計をしています。
この制作が完了した時点でDTSからDVD-Aでの発売を打診されました。このためには純粋音楽以外にも付加すべきコンテンツの制作を行う必要が生じてきます。我々は音楽にあわせた写真や15分の動画、ナビゲーション画面やダウンMIX、スクリーン画面用のBGM、バイノーラルMIX等を完成させ、さらに音楽マスタリングとは全く無縁なオーサリングやスキルを経験したのです。
これは人によっては挑戦でありある人には長い苦痛でしかないでしょう。
本作品は2001年のBEST DVD-A CREATIVE EXCELLENCE を受賞しました。

・録音現場から(R.Tozzoli)
マルチチャンネルMIXが登場する前は何が起きていたでしょう?マルチチャンネル録音ではないでしょうか・・・このために必要なのは、事前計画と予測と良いマイクロフォンでした。しかし現在のPROJECTで私がプロデュースしたり、エンジニアリングを担当する場合は、当初から「マルチチャンネル サラウンド」での発売を念頭にいれた制作が行われます。
アルゼンチンのギタープレーヤーROMEROの場合は「LIVE at TRINITY CHARCH」というアルバムでサラウンド制作し、今進行中のPROJECTではいくつかの異なった響きの部屋でベーシックトラックを録音しています。
サラウンド制作で重要な点は、さりげなく部屋の響きを収録することで、そのためのマイキングは最終的な作品の質を左右する重要なテクニックです。
ROMERO の音楽はとてもたくさんのパーカッションパートがあり、私はこれらをサラウンドの要素として使いたいと考えました。これ以外のボーカルやギター、オーバーダブした SAXなどはサラウンドリバーブで空間を作りました。ベーストラックは、N.YのBEAR TRACKSスタジオの石と木で出来たすばらしいLIVE ROOMで収録し、次の曲は出来たばかりのN.Y CLUBHOUSE STUDIOで録音。ここは木張りのすばらしい響きを持ったLIVE ROOMがあります。ここではSONY DMX-R100コンソールからPRO TOOLS 48KHz/24bitへ録音しました。モニターはGENELEC 1031とLFE用に1094をセットアップしました。
サラウンドモニタリングの恩恵は、適切なマイキングを得るための修正が非常にやりやすいという点です。
パーカッションプレーヤのDAVID のキットはLIVE ROOMの真ん中にセットアップし、ROMEROはブースに、またBsのMarioの出力は2チャンネルのラインで送られてきます。パーカッションキットのマイキングはフロント正面に、B&K4007ペアをリア用にはB&K 4011をフロントと対照的に配置し、高さは少し高くしました。楽器毎にスポットマイクは使いましたが、この4本のB&Kがサラウンドサウンドのキーとなります。この4本をFL-FR/SL-SRに定位させると、あたかもLIVE ROOMで演奏している空気そのものが再現出来ます。ROMEROの収録ではSONY C-800Gを2本使い、1本は口元に他方を体の響きを録音するために使いました。我々がこの録音から得たのは、実にリアルな音楽と音場でした。オーバーダブのなかでVin,Cello violaのストリングスセクションではこのサブMIX 出力をLIVE ROOMへ返しその響きをEARTH WORKS TC-30K/QTC-1の組み合わせで再び録音しました。このことで空間表現はさらに高まったと思います。ベーシックトラックをサラウンド収録することで、MIX-DOWNでのアイディアがさらに広がり、SONYやYAMAHAやTC-ELECTRONICS社のサラウンドリバーブを付加する場合も、音質が実に無理なく馴染ませることができ、EQやコンプレッサーといったエフェクト処理も殆ど必要としませんでした。

・ツール開発の現場から(B.Michaels)
コンスーマDVDの成功はプロ用DVDのデベロッパーにどういった影響をもたらすのだろうか?この疑問は私がDVD-Aの制作に関わるようになって以来数年間頭に焼き付いていることです。いつもコンスーママーケットの動向の一歩先を見ようとしていますが、私の録音やマスタリングの経験からDVD-A へのIK移行は大変自然に感じたからです。しかしDVD-Vの開発に携わった経験から言えば、DVD-Aの開発ツールや市場への適合性にはもうしばらくの期間が必要だと感じています。まずそれを必要とする強力な要求が市場になくてはなりません。DVD-Aの中にどんなモノを入れるかで長い時間がかかりました。その中にはコピーガードをどうするかも大きな争点でしたが、それよりもDVD-Aのオーサリングやディスク製造のためのツールを誰が作るのか?がより重要な問題でした。コピーガードについてはDVD-FORUMが仕様をまとめる努力をしてくれました、ディスク製造ツールについて今は2義的な扱いとなりより内容について関心が持たれるようになりオーサリングについては様々な要素が包含された形となりました。
ソフト制作者は、コンスーマ側あるいは業務用のいずれかで何らかの前進があることを期待しています。DVD-Aを聴きたい!あるいは制作側は効率よくDVD-Aを作りたい!・・・・等です。コンスーマ側ではDVD-Aというフォーマットがあることすら周知されていませんし、制作側では効率の良いディスク制作ツールが提供されていないため制作に多くの工程を費やさなくてはなりません。また販売側はタイトル制作がDVD-V並にできることを希望していますが現実には高価な機材とオーサリングソフトさらに長い時間を要求しています。
DVD-Aのソフトは当初昔の名作マスターの焼き直しで出発しました。今はDVD-Aにむけた内容をはじめから考えた制作が行われるようになりつつあります。この観点はDVD-Aを発展させる上で重要なポイントです。

カーオーディオの現場から(D.Navone)
今年はカーオーディオ業界が「サラウンド」に関心をよせる初年度となりました。1984年にテキサスのHOUSTONで開催された第一回国際カーオーディオコンテストの規範を書いた時「もしカーオーディオで全帯域が再生可能」となればすばらしいことだと書きました。このIASCA憲章は将来のカーオーディオのあるべき姿を想像しながら書かれたものです。再生音場は家庭での再生と等価なフロントステレオ音場をイメージし、かつ家庭では後方からの反射があるため(REAR FILL)これを模してカーオーディオの配置は高域スピーカを車内の後方に設置しました。この方法は反面正確なステレオ音場再現を損なうというデメリットを持つことになりますが、後にモバイル サラウンド サウンドの出現に結びついていきます。再生機にDELAYや、帯域分割手法や、強力なDSPエンジンを採用することで、疑似サラウンド音場が出来上がったわけです。
しかし、私の考えではこのいずれも失敗だったと言えます。サラウンド情報とはあくまで全体で構成されていなければならないからです。
カーオーディオ技術が過去3年でサラウンドに取り組んだ内容はすばらしい進歩だと言えます。いまでは殆どのカーオーディオ メーカがサラウンド対応の再生機を発表しています。もとよりホームシアター並の音場が密閉空間車内で得られるわけではありませんが試行錯誤とメーカ同志の競争原理が一層の改善に拍車をかけることでしょう。
DTS技術のおかげでカーオーディオでもサラウンドが楽しめるようになりカーオーディオ品質チェックディスクにもサラウンドのソフトが入る時代になりました。我が社AUTOSOUND社はこのチェックディスクの制作に関わることができサラウンド音声がどう評価されるか関心を持っています。(www.autosound2000.com)このディスクには通常のL-R他にCやLFEそして実際録音されたリアサラウンド音声が含まれこれらの評価ディスクでカーオーディオでのサラウンド品質を向上させることができます。
実際の所カーオーディオでベストなサラウンド音場を設計することは容易ではありません。ビデオモニターや多くの調整箇所、スピーカ配置や設置方法など課題がステレオシステムにくらべ山積しています。ステレオの場合は低域成分の可否が品質の証明となりますがサラウンドの場合は低域が車内を移動しても認識できるかどうか?がポイントとなります。
繰り返しますがカーオーディオで優れたサラウンド再生環境を得るにはまだまだ解決しなければならない課題が多くあります。
しかし「サラウンド再生」というジャンルをカーオーディオに加えることでモバイル環境での再生品質向上のための重要な要素となることは間違いありません。(了)

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November 23, 2002

InterBEE2002国際シンポジュームサラウンド講演より 「サラウンド制作から広がるマルチメディア」

By Mick Sawaguchi 沢口真生(M-AES/C.A.S/IBS InterBEE企画コーディネーター)

[ はじめに ]
機器展と併設の国際シンポジュームも今年で13年目を迎えることになった。
11月20日-22日まで幕張メッセ国際会議場をメインとして今回は、

1 映像部門 4名の講演でデジタルプロダクションの新たな展望
2 放送制作者部門 4名の講演で時代劇制作について
3 音響部門は4名の講演でサラウンド制作から広がるマルチメディア

のデモと講演が行われた。ここでは、プロオーディオ読者の関心が高い
サラウンド制作部門について企画運営の立場からリポートしたい。


今回の講演者とテーマを以下に示す。それぞれの講演者のデモ音源は22日の講演に先立ち20-21日に特設デモルームにおいて毎回15名限定で一時間おきのサラウンド再生をおこなった。
1 内村和嗣(NHK)中小規模ポストプロダクションとサラウンド制作
2 JEFF LEVIESON(DTS-E) DVD-A制作の実際と市場へのアプローチ
3 高橋幸夫(ソノプレス独)サラウンド時代にむけてPART-2
4 富田勲(作曲家)北京の廻音壁からサラウンドの世界へ


1 内村和嗣氏講演~中小規模ポストプロダクションでのサラウンド制作
内村さんは札幌映像プロダクションをキャリアスタートとして東京に移り、
デジタルエッグで初のネットワークとサラウンド環境を構築し、98年にNHKにキャリア採用という海外型の経歴を持つミキサーである。日本国内では、物理的な制約からポストプロダクションでサラウンド制作を行おうとした場合十分なスペースとモニタリング環境がとりにくいというハンディがある。氏は今回の講演でそうした制約の中でいかに失敗をしないサラウンド制作を行えるかを自身の経験に基づき必要な機材からモニタリング調整方法、特にLFEの調整方法、ステムMIX を活用したコンポジットMIXの実際、そして様々なサラウンドミキシング手法の実際を豊富なイラストとデモクリップで講演した。
LFEの調整のヒントでは、バンドレベルと全帯域オールパスの意味の違いと一般的にLFEは他のチャンネルより10dB大きく調整するといわれているが、これはオールパスレベルでは、4dBであること、LFEが一台の場合で小規模なポストプロスタジオで定在波の影響を最小限に抑えた最適設定位置の探り方などは、大変実用的な内容であった。
会場からは、大変わかりやすく、どうやれば失敗しないサラウンドMIXができるかの有益な参考になった・・
とか、今まで疑心暗鬼の手探りでMIX していたが、今までの経験があまり間違ってなかったことがわかり安心した・・・といった感想が寄せられた。

氏が述べたMIX のポイントは
● 言葉は明瞭に聞こえることを第一に
● 人は画面方向をむいているので不要な混乱をおこさない音場設計を
● ハード・ファンタム・ダイバージェンスの効果的な使い方
● ステレオ・モノーラルとの両立性
● LFEの注意点
● サラウンドでストーリーを伝えるために。
である。


2 JEFF LEVESON(DTSエンターテーメント)~DVD-A制作の実際と市場へのアプローチ
JEFFとは、我々が数年前にNHKサラウンドのデモクリップdts-CDを制作したり、2001年の独で開催された第一回AESサラウンドコンファレンスで再会してからのつきあいとなる。昨年の来場者アンケートでDTS のサラウンド制作の実際を知りたいというコメントが多くよせられたので、彼に打診したところ快諾してくれた。彼も多忙のため来日直前に入院するというアクシデントで関係者も心配したが、無事講演を遂行してくれたことに感謝。
講演は現在のCDオーサリングとDVDオーサリングとの相違点そしてDVD-Aでは、オーディオとビデオそしてROMの3ゾーンの提供が必要であると述べた。これはいままでのユーザーを満足させ、かつDVD-VユーザーとDVD-ROMユーザをも両立させるソフト形態でないと市場が受け入れてくれないと分析した結果である。このためのロジックフローとメニューの設定の考え方を紹介したのち、メインのオーディオのマスタリングの実際を紹介した。

この中で重要なことは
● 統一したオーディオ、映像ファイルフォーマットと同期の一致
● サラウンド音源とステレオ音源の時間軸の一致
● オーディオとDVDあるいはサラウンドとステレオのラウドネスの統一
● ヘッドフォンによる2チャンネルユニットの品質管理。                                
これでも全体のソフトをチェックするのに1時間のプログラムでその10倍という時間が必要。これをいかに短縮できるかが今後の課題。
● ボーナスコンテンツの提供。
このためにフォトギャラリーや歌詞、WEB-リンク、技術解説や歴史資料、ライナーノーツ、経歴、音楽ビデオクリップなど今までのCDでは楽しめなかったコンテンツを追加しマルチプラットフォームでどれかが再生可能といった新たな楽しみを提供

JEFFは、今回来場者へのボーナスとして最新のDTS-DVD-A ディスク2種類を100セットづつ持参し当日会場での質問者や希望者へ提供してくれたことにも感謝。


3 高橋幸夫(独ソノプレス)~サラウンド時代にむけてPART-2
氏はInterBEE1997で講演。今回はヨーロッパ市場を俯瞰しながら、どういった方向でサラウンドが展開できるかを豊富な市場データを交え講演した。
まず音楽業界の現状分析を国内外で行った結果を示しながら

● 若年層偏重の制作から中年層顧客の呼び戻し
● ダウンロードやオンラインショップでの流通形態と購買開発
● カタログ販売。経営コスト削減
● DVDを中心として新商品の立ち上げ
をアピールした。
現在DVDソフトはビデオソフトが到達した販売量を、その半分の期間で達成したといわれるほどの急激な伸びを示している。この要因として氏は

● 既存のソフトがもつ利点と新しい特徴を融合した。すなわちコンパクトで高品質、パソコン対応に加えて長時間、ボーナスソフト、サラウンド音声を楽しめる
● 早い段階でブロックバスターとなる低価格商品がでた
● 同様に早い段階で低価格プレーヤーがでた
● パソコンやゲーム機などマルチプラットフォーム化ができた

では、今後サラウンド音声が普及するためのキーについて氏は
● DVDでのオーサリングやデザインを定型化したDVD-LITEといった商品による納期とコスト削減
● オリジナルマスターからの効果的なサラウンド変換技術の開発
● サラウンド視聴環境環境に左右されない許容度の大きな収音技術、再生技術の開発
● ユーザーケアの充実

デモで使用された音源で興味深いのは、前方2チャンネルの上に上方2チャンネルスピーカを設置した収音例である。これは既存のDVD6チャンネルを利用し、センターチャンネルと、LFEチャンネルに上方2チャンネルを記録している。
この録音例では、メインの音楽が4-CH 録音でセンターチャンネル、とLFEチャンネルを使用していないことを利用していると同時に、通常のDVD プレーヤーで再生しても音楽的なバランスに留意している点がポイントである。
このメリットはサラウンドリスニングエリアが増大することにあると述べていた。最近の「高さ方向」のアプローチではチェスキーレコードが前方同一面で4チャンネルを使用し、そのなかの1ペアは音場の一次反射音を再生するという試みがみられる。またテラークのM-BISHOPもLFEチャンネルの120Hz以上の高域を利用しモノーラルながら、再生時は1ペアの天井スピーカで再生するという試みを行っている。また映画の方面ではDOLBYム LA で今後のE-CINEMA にむけた天井チャンネルの実験が行われている。サラウンド表現の次の研究目標として、その有用性を含め70年代の課題の再取り組みとなるかもしれない。

4 富田勲(サラウンド作曲家)~北京の廻音壁からサラウンドの世界へ
富田氏も昨年の来場者アンケートで大変希望の大きかった講演である。快く講演を引き受けていただき、関係者として大変感謝している。また、講演内容もサラウンド音楽に取り組んできた50年余の歴史が、ドラマとして再現された大変興味深い内容とデモであった。紙面の都合上すべてを紹介できないが、当日の要約を述べる。

4-1 北京天壇公園の「廻音壁」
私がサラウンドに興味をもった発端はいまから60年以上前にさかのぼる。私は6歳の頃医師であった父の仕事で家族とともに北京に住んだことがある。今でも鮮明に記憶に残っているのは北京近郊にある天壇公園の「廻音壁」で、ここには湾曲した塀が連なり、父の呼ぶ声がそれに反射をして違う方向から聞こえるだけでなく全体に不思議な音空間が存在していることを子供心に感じた。

4-2 立体音楽堂
それから何年も経ちやがて私は作曲をすることを職業にした。1950年代の半ばより盛んにステレオという言葉を耳にするようになり、NHKでは、私にとっては画期的ともいえるAMラジオの第1放送と第2放送の二つのチャンネルを使用した「立体音楽堂」というステレオの豪華音楽番組が企画された。ミキシングルームでは今まで一つであったモニタースピーカーが左右に二個置かれ、その両方に広がった音は、まるでサウンドに入浴しているかのような、自分の耳が左右にあることの幸せを彷彿とさせるサウンドであった。しかし、まだステレオ装置が市販されていなかったため、一般家庭では重いラジオを二台揃えなくてはならなかった。当時のNHKの先駆的なステレオミキサーは西畑氏といい、けっこう音の遊びの好きな人で私とうまが合った。まだ私が新人であったにもかかわらず、私の意見をよく聞いてくれた。
私は二人のフルート奏者をオーケストラの正規の木管楽器の位置ではなく左と右に配置し、フルートどうしの対話を試みたが、森の中の離れた二羽の小鳥の対話のようで、朝の森のすがすがしい雰囲気を出すことができた。いまでこそなんでもないことであるが、それまでのモノラルでは絶対に表現することのできなかった世界で、私にとってはあり得ない驚くべき初体験であった。

4-3 クワドロフォニック
それから10年以上が過ぎ、1970年にアメリカでMoog Synthesizer というアイデアと技術次第では、どのような音でも合成でき、いかような表現の演奏も可能である装置が発明されていることを知り、それが自分の将来にとって極めて重要なものであろうことを直感的に察し、輸入した。既成楽器にとらわれない自由な発想で音を作ることができ、時間の経つのも忘れて作曲とアルバム制作に没頭した。かくしてできあがったアルバムは米RCAレコードが取り上げてくれることになり、世界的な販売網で売ってくれた。しかしその音は、当の私ですら存在感を持つべきなにものかが不在になっている物足りなさを感じてしまうのだ。そこで4チャンネルステレオ(クワドロフォニック)を利用することに思いついた。つまり前後左右の音場をフルに活用することにより、楽器の配置、広がったコーラスなどの音場設定、パンニング、遠近法(あくまで聴感上)などにより、当時平面的になりがちなシンセサイザーの音を立体的に音場演出することを試みた。

当日の参考曲
1 ムソルグスキー(Moussorgsky)作曲「展覧会の絵」(PICTURES AT ANEXHIBITION)の中から「卵の殻をつけたひなの踊り」(Ballet of the Chicks inTheir Shells)
2 ムソルグスキー(Moussorgsky)作曲「禿山の一夜」(A Night on Bald Mountain)
3 オネーゲル(Honegger)作曲「パシフィック231」(Pacific 231)
4 ラベル(Ravel)作曲「美女と野獣」(Lentretiens de la belle et de la bete)

4-4 サウンドクラウド(Sound Cloud)
その後せっかくのマルチチャンネルステレオの全ての方式が、10年足らずして崩壊の道をたどってしまい、誰も話題にしなくなってしまった。私にとっては将来への可能性に夢を抱いていただけに衝撃的で、この挫折にはかなり大きなものがあった。しかし、幸いなことにその頃は万博がたてつづけにあり、私が音楽を担当した政府館をはじめ多くのパビリオン内での音楽は、ほどんどがサラウンドでという要望があり、決して好条件とはいえなかったが、かなりのサラウンドの実験を試みることができた。
1982年にオーストリアのリンツ(Linz)市から「アルスエレクトロニカ(Ars Electronica)」への出演要請が来た。ブルックナーハウスを中心にしたドナウ川も含む河畔での広いエリアで、2年おきに巨大野外コンサート(Sound Cloud)が行われているが、その出演と企画構成を一切任せるので1984年にやってみないかという、天から降ってきたような話しであった。その後「トミタサウンドクラウド」として1986年にニューヨークのハドソン川、1988年に岐阜の長良川で、1989年に横浜港、同1989年にシドニー湾で催した。

サウンドクラウド参考資料
1 1984年「Ars Electronica」オーストリアリンツ市
2 1990年「ヘンゼルとグレーテル」(Hansel und Gretel) オーチャードホール
3 1989年「オーストラリア建国200年祭」シドニー湾

4-5 最近の作品
最後に、最近のサラウンド作品として2001年のディズニーシーのアクアスフィアのために、ディズニー社から「波のフーガ」と称して3つのオーケストラが3方向で共演するという形の曲を依頼された。演奏はロンドンフィルであったが、3つのオーケストラを分離よく録音するスタジオがロンドンで見当たらないので、ロンドンフィルがメトロノームの音を聞きながら3回演奏するという方法をとった。バッハの手法で波が幾重にも繰り返し打ちよせる様や、オーケストラどうしで大きな波の受け渡しなどをオーケストラの譜面上で描いた。スコアは各々3冊書いた。かつてのNHKの「立体音楽堂」の頃を想いだし、その時の手法が応用できて嬉しく懐かしかった。そのミックスダウンは最終まで私自身がDELLのノートパソコンにインストールしたスタインバーグのヌエンド(SteinbergNUENDO)を使用して完成させた。この小さなスーパースタジオを手でもって現場へ行き、その場で音を聞きながら修正することができた。

試聴曲
7.1サラウンド曲
2001年作曲「波のフーガ」

5 講演後の会場からのQ&Aから
今回は満員の聴衆の方々にふさわしく、一時間にもわたる熱心な質疑が会場で交わされたのも印象深い。主な質疑は

● 今後のサラウンドのチャンネルとして上と下のチャンネルの可能性?
● 5.1CHを越えた多チャンネル研究の動向
● スポーツのサウンド制作にリスナーは何を期待するか?
● SA-CDやDTS-CDが入手しにくいが流通形態は?
● 音楽サラウンドでは何チャンネルが必要と考えるか?
● アウトドアやヘッドフォン、2スピーカバーチャルへの取り組み
● 2チャンネルマスターからの疑似サラウンド化への取り組み

おわりに
サラウンド制作関連のテーマは、InterBEE国際イベントでも5年ほど継続して取り組んできたが、今年はデモルーム、講演会場ともに熱心かつ満員の参加者で「サラウンドの土台ができつつある」ことを実感できるセッションであったことを関係者として喜びたい。特に今回は映像部門での多様な再生機器HD-VCRに関してはHD-CAM(F-500) HD D-5(AJ-HD3700H) さらにデジβ(DVW-A500)と映像・音声のマルチフォーマットに対応。と35mmプロジェクターとデジタルシネマプロジェクター(Christe DCP-H)の提供と多種多彩な機材が関係者の尽力で設置できた。
加えて音響部門での7.1CHレイアウトや4CH+前方2CHスピーカレイアウトなど機材協力の面で多方面のメーカやスタジオのご協力をいただいたことにも深く感謝したい。(了)

図:高橋氏がデモした上方チャンネルを有したDVDサラウンド
図:冨田氏の最新作品「波のフーガ」で使用した 3つのオーケストラ、サラウンド構成 

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September 10, 2002

ゲームのサラウンド音声制作

By K.Hilton 2002-09 抄訳:Mick Sawaguchi 沢口真生

[ はじめに ]
RIK EDEは1998年にゲーム「Lander」で初の5.1CH音声を制作し、以来ゲーム音声で「サラウンド伝道者」を自認するゲーム音楽音声クリエータで、昨年ヒットした「WIPE-OUT-BURN-OUT」や、現在進行中の「INDY 500」などが彼の近作といえる。彼は最近のサラウンドゲーム音楽を大変厳しく批判している。
以下は彼と交わしたインタビューの概要である。

1 スタジオではどんな機材を使用していますか?
以前はO2-Rをカスケードにして使用していましたが、現在のメイン機材はYAMAHA DM-2000です。YAMAHA R&DのメンバーとともにTERRY HOLTON と私は、DM-2000の開発に参画し、何がサラウンド制作に必要かを検討しました。
基本は5.1CH制作がこのコンソールだけでできるような機能を取り入れることでした。モニタリング エフェクター パッチング などすべてオールインワンで可能です。DAWとのインターフェースも大変良くできています。コンソールの横にはTASCAM MX-2424や、3台のNUENDO ADAT等が置いてありますが、これらの接続も大変シンプルになりました。O2-R の時代は、正直いって内蔵エフェクターなどあまり実用に耐えられなかったので、いきおい外部機器が増えましたが、現在のデジタル技術の進歩は驚異的で、今残しているのはレキシコンPCM-80とTCエレクトロニクスのDELAYのみです。モニターはGENELEC 1031にB&WのLFEです。編集ソフトはSOUND FORGEをメインで、マスターレコーダはDA-98です。再生チェック用にDOLBYやDTSのエンコーダー・デコーダも用意しています。

2 ゲーム音楽はいまでも良い評価をえていません。これは安いスタジオとキーボードシンセサイザー中心で制作しているからでしょうか?
その評価は今も変わりません。私は、ゲーム音楽といえどもモスクワ管弦楽団で録音したり、アメリカのLAで映画音楽を制作している人々と協力関係を持っています。彼らはゲーム音楽にも新しいアイディアをいれたいと考えていますし、「ハリウッドライクなサウンドトラック」をゲームでも実現したいと考えています。必要な音は外部スタジオ録音で行いこれらをMX2424または、RADARに録音し自宅でMIXします。

3 サラウンドにたいして、どういった考えで取り組んでいるのですか?
DVDがホームシアターで家庭に受け入れられ、次はTVだと思っています。ここUKではSKY-DIGITALチャンネルがそうでしょう。この傾向は音楽やニューメディアにも波及すると考えています。作曲家の立場でいえば、ディスクリートのサラウンド音響はすばらしいと思います。残念なのは、今のゲームサラウンド音楽が既存のステレオから擬似的にサラウンド化したものが多く、5.1CHの評価を結果的に悪くしていることです。私はサラウンドをこけおどしで使うのではなく、総合的なメッセージとして使いたいと思います。

4 ゲームのサラウンド音楽とは?
サラウンド音声は、ゲームの体験をより高めることに貢献できると考えています。
ヘッドフォンやバーチャルスピーカで体験するより、実際のスピーカをゲームプレイヤーの周りに設置するのが一番効果的です。疑似サラウンドは多くが逆相成分のみで効果的ではありません。ゲーム音声がサラウンドへと向かうのは必然だと考えています。自分で5.1CHの制作スタジオを持っていることは実に幸運で、そこで様々な試行錯誤を行うことが出来ます。楽器がどこへどう定位するとどんな効果があり、逆に効果がないのかといったこともDM-2000の機能を活用して経験することが出来ます。

5 ゲームのグラフィック部門とは、どういった関係で仕事をしていますか?
ゲームの映像部門はたいがい最後まで残ります。私は映像デザイナーやプロデューサと連携していつも最終的な仕上がりを予測しています。またデザイナーへ仮音楽をわたしてイメージの統一を図ったり、全体のスタイルを考えるヒントにしてもらいます。映像が完成した段階でまず、スポット効果音を入れ、その後音楽を作曲します。アンビエンスを形成するための効果音は最優先で、ゲーム音楽はあくまでゲームのノリを形成する役目としてリズム関係から作曲しています。(了)

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August 10, 2002

5.1ch サラウンド モニタースピーカの校正手順

BY Bobby Owsinski 抄訳:By Mick Sawaguchi 沢口真生
                                      
[ はじめに ]
ステレオモニタリングにおいて部屋の特性に応じたチューニングが必要なことは、万人に良く知られた事実です。しかし、5チャンネルのサラウンドモニタースピーカーとサブウーハを設置した場合の校正方法については、多くの誤解とたくさんの議論が混在している状況です。
みなさんが、いくつかのスタジオをまわり技術担当者と話せばその事実が容易に理解できるでしょう。あるスタジオは基準レベルより10dB高いサブウーハレベルで校正し、別のスタジオでは逆に10dB低く、あるスタジオは4dB高く校正していたりします。まさにミステリアスな現象で校正に用いた正確なツールは何と、目であったり耳を頼りに校正している状況です。
ここでは、スタジオごとのばらつきの生じない校正方法と相互関係について述べ部屋がもつ特有の「鳴り」については省いて純粋に正確なレベル校正方法についてのみ述べます。

1 基準レベル(REFERENCE LEVEL)
まずやらなければならないのは、5台のサラウンドスピーカの基準レベルを一致させることです。スタジオで制作する内容によっては基準レベルについて厳密な校正を行う必要のないものもありますが、映画音響のスタジオでは基準レベルが85dBと統一されています。これは素材毎に異なったモニターレベルにすれば全体を統一したレベル管理ができなくなることと、一方の映画館での再生環境をどこでも統一しておく必要から基準化された値です。このレベルが可変されることはありません。
では、音楽ミキサーの場合はどうでしょうか?彼らは様々なモニターレベルで煩雑に変化させています。例えばまず標準的なレベルで聴いてみて(例85dB等)次に低域成分をチェックするために10dBほどレベルを大きくし、つぎに全体のバランスをチェックするのに72-75dBといった小さなレベルで聴いてみます。ですから常に一定の基準となるモニターレベルは存在せず、再生側のリスナーでも同様のことが言えます。
TVの場合は、どうでしょうか?ここでは小さなモニターレベルの方が家庭で再生された場合にバランスを維持出来るという点で、79dBのレベルが基準レベルとして用いられています。これがもし映画のように85dBといったような大きなレベルでモニターしたとすれば、家庭で再生された場合に、肝心な台詞が聞こえなくなる現象を生じます。
まとめると以下のレベルを基準として推薦します。

映画音響 :85dB SPL/CH
TV   :79dB SPL/CH
音楽   :79---82dB SPL/CH

もし小規模な部屋で、小型のサラウンドスピーカをミキシング席の近傍に設置して使用した場合、リアのレベルはフロントに比べて2dB低く設定しておくほうがバランスが良いとDolby社は推奨しています。

2 サブウーハの配置
校正を行う前に、優先すべきは部屋の中でサブウーハを、どこに設置するのが最適かを見つけることです。理想的にはサブウーハからの特性がフラットで部屋の影響で生じる定在波からの影響が最少であるポイントということになります。これを見つける唯一の手段は、スペクトルアナライザーを用いることです。
またサブウーハ自体が他のスピーカとクロスオーバーポイントで位相が同相となっていることです。これをチェックするには、部屋の最少距離ポイントに立ちサブウーハに付属している位相反転スイッチを切り替えてみて音響的な位相がスムースな方を選択します。

3 校正手順
メインモニタースピーカの校正方法は、2つのやり方があります。リアルタイムアナライザー(RTA)を用いる方法とSPLレベルメータを用いる方法です。
リアルタイムアナライザー(RTA)を用いる方法は、最も正確な校正方法です。
測定エリアは各分割帯域(バンドレベル)で70dB SPLとなるよう調整し全帯域を総合した値が85dBになれば校正完了です。
(70dB+10log31=85dB)
SPLメータを使用する場合は、スピーカから再生しているピンクノイズの各帯域で最も高いレベルを読んでいるので、正確なレベルを表示している訳ではないと言う点に留意しておかなくてはなりません。ウエイティングカーブの選択は、C-ウエイトでSLOW表示を選択しこれで85dBとなれば完了です。
ミキシング席に座りメータを胸の高さでセンタースピーカにむかって45度上向きにメータのマイク部を向けます。体から離して反射の影響を防止しフロントのL-C-Rのレベルを読みとります。リアのSL/SRについては、そのままの姿勢で体を測定する側のスピーカの方へフロントから90度振り、壁向きのレベルを測定します。
測定は、必ず各チャンネル毎に行い、不要なチャンネルはミュートしておくことを忘れないようにしてください。

4 ベースマネージャーを使用する場合のサブウーハの校正
ベースマネージャーをモニターに使用する場合は、サブウーハ成分が2つの要素の総合値となります。ひとつは、5チャンネルの信号成分から80Hz以下を抽出した信号成分と単独にLFE信号成分として創成された信号成分です。
測定には、市販のテストテープを使用するのが安全確実な方法としてお勧めです。
テストテープを基準レベル(-20dB SPL)で5チャンネル再生すると20-80Hzのフィルタリングされた信号がサブウーハチャンネルへ出力されます。RTAで各帯域毎に70dBとなるよう調整し(メインモニターレベルを85dBで調整の場合)全帯域の測定値が79dBとなるよう調整します。
次にLFE信号単独での調整に移ります。LFEレベル-30にセットしたテストテープを再生しRTAで同様に各帯域毎70dBとなるよう調整します。これで全帯域での測定値が79dBとなるよう調整します。テストテープのLFEレベルを-20dB FSで使用した場合は、各測定値は10dB増加し各帯域値で80dB、全帯域値で89dB SPLとなります。
こうしたテストテープを使用しない場合の調整は、フィルタリングしていないピンクノイズをコンソールから出して測定することになります。

5 ベースマネージャーを使用しない場合のサブウーハの校正
RTAを使用しないで、簡便なラジオシャック製レベルメータを使用する場合は、低域の応答特性に単体のばらつきがあるので注意してください。
メータはC-ウエイトで、SLOWモードにしピンクノイズにLPFをいれ20-80Hz帯域にします。この状態でメータ指示値が基準レベルより+4dB高くなるよう調整します。例えばメインモニタースピーカの基準レベルを85dB SPLで校正したとするとサブウーハの基準レベルは89dB SPLとなるわけです。
サブウーハの指示値はスピーカの設置場所やメータによって変動しますが(+3~5dB SPL)おおむね+4dB高く指示するレベルを測定値とします。
これでバンドレベルの全帯域で基準レベルに比べ10dBのゲインを確保したことになります。

6 全体のレベル関係は?
サブウーハのレベル校正には、ひとにより異なった方法が用いられておりみなさんは混乱するかもしれません。ある人は,基準レベルより-10dB低くサブウーハを校正していますが、これは-10dB低く信号を送ることで相対的に基準レベルより10dB分高いバンドゲインを確保していることになります。
また+10dB高く調整する場合は、LFEに送るレベルが、メインチャンネルと同等のレベルとなります。20-80Hz帯域でRTAの指示値をみるとバンドレベル各帯域値で80dB SPLとなり全帯域値では、89dB SPLとなります。
また基準レベルから+4dB SPL高く設定すると言う人の方法もメインチャンネルレベルにくらべバンドレベル値が10dB高く、全体値では89dBを指示しますのでメインチャンネルの全体値85dBにくらべ4dB高い指示をすることになります。
どの方法でも指示値は同じです。
まとめると、フィルター(20-80Hz HPF)したピンクノイズでメインモニタースピーカを基準レベル(例85dB SPL)に調整。
LFEレベルは20-80Hz LPFピンクノイズで、基準値より4dB高い89dBに設定し部屋の影響を極力受けない場所を選択して微調整する。

* 沢口注:RTAを用いた場合に使用する用語BAND LEVELとALL PASS LEVELとは、
  1/3octバンドで31分割したひとつひとつの帯域
(例 20 Hz 25Hzノノノ..20KHzまで31分割した各バンド域)が指示する値を意
味し, ALL PASS LEVELとはこれらの31バンド域全体を総合して指示される
値を意味している。(これがSPLメータでの指示値となる)

* RTA測定しバンド値が70dBとなればこれらを総合した全帯域値は、85dBとなる。
  SPLメータではこの全帯域値を直読した値と考えれば良い。

31 バンドで各バンド値が70dBだと総合して:70+10log31=85dB
LFEレベルでは、バンド値80dBでバンドが7バンド(20-80Hz)
なので80+10log7=89dBとなる。全体指示値で+4dB高くなるのはこの結果である。
+10dBという値は、バンド値での指示値なので混同しないよう。(了)

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ポップスサラウンド制作ガイドライン P.36 -

July 10, 2002

2002FIFAサーカー スポーツサラウンド制作

サッカーワールドカップ2002の5.1チャンネル音響はいかにして創られたか
By Mick Sawaguchi 沢口真生

インタビュー:NHK中継チーム

(中継制作) 副部長 綿引 澄男さん
(中継制作) 居石 浩己さん
(中継制作) 稲田 一俊さん

6月30日、世界中が注目するFIFAワールドカップ2002の決勝戦をAAC5.1chで観戦しました。
残念ながら開催期間中会場には足を運べなかった私には、生の音声と比較することはできなかったのですが、その音響はおそらく会場の迫力を伝えるのに充分だったはずです。なぜならアナウンサーや解説者のコメントはセンタースピーカーによって明瞭に聞き取ることができ、しかもピッチ上での繰り広げられる様々な技から発せられる音、そして7万人収容したスタジアムがうなりをあげて一喜一憂する様が、そのほかの左右と後方左右からその場にいるように思えるほどの臨場感で伝わって来ました。よく表現される「スタジアムが揺れている」とはこのことかと、納得してしまうほどの重低音がサブウーハーから再現されて、その音響に身を置くこちらも興奮とともに揺れていました。まさに放送音響における新しいステージが訪れたと思わずにはいられません。
決勝戦の会場である横浜スタジアムには中継用の駐車場に仮設のスタジオが用意されました。もちろんモニターシステムは5.1チャンネルです。中継現場の音響を担当されたのが、居石さんです。

「視聴者がロイヤルボックスに居るようにサウンドデザインしました。コメントはセンターに定位、スタジアム全体が視聴者を取り囲むようになっています。」
実際、居石さんのデザインした音響はスタジアムの歓声が視聴者を取り囲む様に配置され、ピッチに近いほぼセンターライン当たりに居るように聞こえました。スタジアムのうなりを再現したLFEについては。
「実際の運用は決勝トーナメントからで、専用のマイクをピッチ側に立てて音を拾いました。重低音の採用は効果的だったと思います。全てのチャンネル言えることですが、スタジアムによって音響特性が違うのでフィルターやエフェクター等で効果的にしました。」
毎回変わる会場の音響特性には苦労されたようで、中継を指揮された綿引さんは
「主催者からのマイクやカメラ位置に制限があったり、多の放送グループとの共有があったり、5.1以外のことも考えて設置しなくてはなりませんし、そもそもスタジアムの建築構造の違いや当日の観客の入り具合で変わる音響に苦労しました。しかもリハーサルありませんから常にぶっつけ本番ということです。」
様々な条件をクリアして収録は行われました。

居石さんは付け加えて
「基本的には全て5.1チャンネル放送時のマイキングは同じです。この図には無い音源として主催者サイドで用意されるピッチ上でのモノラル音声があります。このピッチ上のサウンドはセンターに定位するようにデザインしました。」
「現場でそのスタジアムに最良なマイクポジションを探し出すのは多くの制約や時間的問題から困難です。たとえばグランドにはカメラマンしか入ることが出来ません。従ってグランド内のマイクは会場がからの時に設置し回線チェックを行うのみで、試合中のマイク位置修正等は出来ませんでした。」と綿引さん。
「いざ本番になって客席マイク近くに大声のお客さんがいらっしゃる等、いろいろと苦労はありました。」4年に1度のワールドカップならではといえる想像を超える音量を巧みにコントロールした居石さんの手(耳)によって創られた5.1チャンネルサウンドは横浜から東京渋谷のNHK放送センターに送られました。このスタジアムと放送センターを結ぶために使用されたのが“Dolby E"という音声圧縮技術です。

<実際の中継現場のDolby Eの写真>

横浜からの音声はAES/EBUを3本使い3つの音声が東京に送られました。5.1チャンネルをミックスしたステレオ2チャンネルがコメントの有無で2種類と、5.1チャンネル音声です。通常5.1チャンネルをAES/EBUで送るだけで6チャンネル分つまり3本のAES/EBUを使用してしまうのですが、Dolby Eを使用すると1本のAES/EBU以外必要ありません。もちろんNHKさんとしては回線チャンネルの制限がなければ非圧縮の状態で中継したかったとのことです。しかし多くの中継で5.1チャンネルの伝送に非圧縮を用いることは現実的ではありません。そこでNHKさんでは事前にいくつかの圧縮伝送方式を評価しDolby Eを採用して頂きました。
その理由として音質変化の少ないこととサポートの得やすさだったそうです。
そのほかにもDolby Eには採用していただけるよう工夫されたビデオ信号との調相可能という特徴があります。
渋谷のNHKに到着した横浜スタジアムからの中継信号は映像と音声に分けられます。Dolby Eで圧縮された5.1チャンネル音声はデコードされ音声ミキサーに入力されます。

NHKの渋谷で音響を担当されたのが稲田さんです。
「横浜の中継現場にもVTRはありますがバックアップ用で、放送中のプレイバック用には渋谷のVTRを使用します。特にハーフタイムのVTRと渋谷スタジオのコメント、横浜からの5.1チャンネルをミックスため工夫が必要でした。設備的には横浜と渋谷のリファレンス(シンク)が異なるためDolby Eの信号をそのままVTRに記録することが出来ませんでしたので、ミキサーの2チャンネル出力をプレイバックには使用しました。」
残念ながらDolbyにはDolby E信号のためのフレームシンクロナイザーDP583があるのですが、機材の手配が出来ませんでした。これが用意できればAES/EBUでデジタル音声記録可能なVTRやATRにもDolby Eを収録し再生や編集もできたのですが 申し訳ありません。
「でもこれは効果的でもありました。」と居石さんにフォローして頂きました。
「試合中の実況は5.1チャンネルで放送し、ハーフタイムのスタジオからの放送が2チャンネルだったことで、後半に横浜に切り替わったときより5.1チャンネルが効果的になりました。生放送にふさわしく現場に帰ってきたことが伝えられたと思います。」

おっしゃる通りです。当日TV観戦していた私の緊張も横浜に中継が戻ったと同時に前半終了時点のテンションまで一気に駆け上がって行きました。
これまでもハイビジョン3-1音声など立体音響に携わってこられた居石さんは5.1チャンネル放送について

「全ての作品が5.1チャンネルで効果的とは思いませんが、音楽等のステージやインドアスポーツは臨場感の再現を、モータースポーツなどスピード感が演出できるものは前後左右のパンニングでエフェクト中心のサウンドデザインが面白いと思います。こうした作品を5.1で放送していきたいと思います。」

NHKの綿引さん居石さん稲田さん、有難うございました。これからの5.1チャンネル音響制作に期待しています。デジタルハイビジョン放送で5.1チャンネルを伝送するためにはAACという技術が使われています。(了)

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May 10, 2002

アメリカ 公共放送 ALL-JAZZ KUVO-FMのDSD-サラウンド導入

PRO-SOUND NEWS 02-MAY 抄訳:Mick Sawaguchi 沢口真生

デンバーを拠点とした公共放送KUVO-FMは、収録作品をDSDでアーカイブすることにした。1999年からチーフエンジニアを努めるM.Papasは番組とその保存を高品質なメディアで録音しておきたいと考え各種フォーマットを検討した。「我々は当初96-24で行こうと考えていました。しかし投資に見合う成果が得られないと考え99年からDSD録音を行いました。これにGenex GX-8500を組み合わせることでステレオMIXとサラウンドMIXを同時に記録しておくことが可能になりました。これは市場のニーズが高品質音声ソフトを希求してきた場合に我々も備えたかったからです。」コンバーターはEMM Lab製のコンバータを使用しプリアンプはGrace Desin 801を使用し今後収録番組をSA-CDで発売出来るような体制がKUVO-FMで整ったといる。

KUVO-FMには1000 Sqftの広さのlive録音スタジオがあり週に8番組以上のJAZZ LIVEを放送しているが一方で局外録音も実施している。最近の例ではミシガン大学で行われたカウントベーシー オーケストラの「デュークエリントンへ捧げる」というコンサートやJazz set with DE DE Bridgewaterのlive録音を行っている。これは 全米140の公共放送でオンエアされ、また実験的に5.1CHでも収録している。「LIVEの会場で満足できるサラウンド収音とモニタリングを行うのはまだ研究が必要です。こうした会場では2-CHでもモニタリング環境を完璧にすることすら難しい環境ですから・・・しかし、これをSONYに持ち込んで再生したときは、まさに感激ものでした。」「プリアンプのGrace Desin社長のM.Graceも同席していましたが、彼が椅子からひっくり返るほどの感激をしていました」2-CH録音の音はステージから2列目で聴いている感じでしたが、サラウンドMIXは、ステージから4フィート目で聴いているような臨場感がありました。」「平均年齢22才の16名のサックスセクションのキーの開閉音が水平面で並んで聞こえるのは驚きでした」「SA-CDのアルバムタイトルはすでにDVD-Aを上回る勢いで我々は、ユニーバーサルプレーヤが登場することで大きな市場を得ることができます」

「ラジオ局にとって今後IN-BAND ON-CHANNEL DEGITAL RADIOに移行することは避けられません。そうなれば衛星ラジオとの激しい競争が予想されますしそこで生き延びるためにもいずれ市場が希求するサラウンド音声での配信や放送が可能なように準備しておかなくてはなりません。」(了)

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April 10, 2002

1987年 初サラウンド ドラマ 制作記 復刻版

FMサラウンドドラマ「シュナの旅」制作記(「放送技術」87年9月号 復刻版!)
鈴木清人 沢口真生 若林政人
  
[ はじめに ]
 85年11月以来、ラジオドラマをPCM制作で行ってきたが、今年5月放送の「シュナの旅」では、それに加えて、サラウンドでのドラマ制作を試みた。放送になった作品としては、NHKで初のPCM-サラウンドドラマとなったが,その制作を担当した立場から初体験記を紹介したい。

1.サラウンド制作への試み
 サラウンドは,元来映画の制作手法として、ここ数年のうちに定着してきた手法で、大画面と迫力ある音響効果が、観客をその作品の世界への没入させる有効な方法となっている。
一方、ビデオの世界でもこうしたサラウンド制作が多く出されるようになってきている。
NHKでは、来るハイビジョンの実用化を目指す観点から、A-Vの相乗効果によるサラウンドミクシングについてのノウハウの積み重ねを行っているが、あくまでもクローズの世界でしか行われていないのが現在である。
現行メデイアを利用し、実際のリスナーの方々へ届いた反応は、どうなのか、またそうした試みに最適のメデイアと作品はないものかと、演出スタッフとも検討を行っていたが、今回の“シュナの旅”は、壮大なイメージの世界で、無限の広がりを感じさせる原作であり、こうした試みには適した内容であったので、サラウンドドラマの第1歩として,制作を行うこととした。

2.作品について
 本作品は,4月約2週間の制作期間を経て5月2日にFMで放送された1時間ドラマである。「遥かなる昔のことか、それともずっと未来のことなのか定かではない…」とナレーションで始まる時代を超越したドラマである。
穀物を持たない貧しい国の王子シュナがふと訪ずれた旅人に「西の国には金色の種が実る豊かな土地がある」と聞き、苦難の旅へと出発する。旅ではさまざまなアクシデントに遭遇し、ついには金色の種を手に入れるというストーリーである。

 原作は「風の谷のナウシカ」など数多くのアニメ映画を手がけているアニメーター宮崎駿氏によるものである。宮崎氏の作品を音の世界でイメージしてみると、ステレオ音場から飛び出し、まさしくサラウンドの世界が適していると思えてくる。

3.最近のラジオドラマの流れ
 ドラマによる音声表現の手法は、昭和初期からのモノラル制作、そしてFM開始後の昭和40年代には本格的なステレオによる新たな演出手法や表現開拓に向けて多くのスタッフが英知をかたむけ、イタリア賞を始めとする内外での評価を得るに至っている。そこで培われた多くのノウハウは、TV音声多重時代でのステレオ制作へと受け継がれている。
近年のディジタル技術の発達により、音楽の分野では制作過程に急激な変貌を呈し、PCM・MIDI・サンプリングなど多種多様の新技術の応用により、高品質なミュージックソフトを人々に送り出している。
 このようなディジタル技術を音楽分野だけでなく、ラジオドラマにも応用していこうと制作された、初のPCMマルチによるステレオドラマ「アディオス・ケンタウルス」(S.59年制作)、また次弾制作放送した「ビバ!スペースカレッジ」および「不思議の国のヒロコの不思議」などはPCM録音を駆使し、再放送、再々放送を行うなど、若い聴取者から大きな反響を得ている。
このようにラジオドラマの世界にも、ディジタル技術の応用による高品質化への波が押し寄せている。
では、現行のFM波の2ch音声でサラウンドを作り出すにはどのような方法があるだろうか。

4.マトリックス方式の採用
 現行のFM波においては2chの伝送系しかないため、ディスクリート方式は不可能で何らかのエンコード/デコードマトリックス方式を取り入れた制作を行うことになる。

 そこで、現在映画やビデオメディアで一定の評価を得ている“ドルビーサラウンド”マトリックス方式を利用することにした。
この方式の特徴は、通常のステレオ機器でそのまま伝送できる。また、機器(エンコーダ,デコーダ)が規格化されているので作品制作条件の統一性が得られる。それはミクサーが意図したとおりの音響効果を、聴取者がそのスペックを守りさえすれば,家庭においてもその効果を再現できる点にある。
この方式の概略を述べてみる。このマトリックスは、レベルと位相の組み合わせによって音像がどこに行くか決定をする。
例えば、左右の両方に同レベル・同位相の信号が存在するとすれば、マトリックスはセンターチャンネルに音を出力する。

 今回の制作で使用したマトリックスシステムは、ドルビー社“VE-3”である。
VE-3はエンコーダとデコーダで構成されている。L、R、C、Sチャンネルの信号をマトリックスエンコードC、Lt(レフトトータル)、Rt(ライトトータル)の二つの信号にチャンネル化する。同時にデコーダにより、Lt、Rt信号をデコードし、4チャンネル信号を出力する.また、モニター切り替えのリモートボックスがセットされており、モノ⇔ステレオ⇔サラウンドのモニター切り替えが可能である。

5.サランド制作を可能とした設備CD-809
 サラウンド制作をするためには、音場を作り出す再生SPと4ch出力を持ったコンソールが必要である。
 今年4月に開設したCD-809スタジオは、マルチ録音スタジオCR-506,音声中継車(A-1)などでディジタル録音された素材のトラックダウンや、衛星Bモードを始めとする高音質メディア番組の制作を可能とし、コンピュ-タミクシングやテープロックシステムなど多機能な設備を備えている。
コンソールは、60chの入力対応・出力バスに4ch or 8ch アウトプットを持ち、サラウンド制作を可能としている。
本番作成および素材のサラウンド加工は、このスタジオマトリックスシステムが持ち込まれた段階で行われた。

6.サラウンドミクシングのプランニング
 番組制作に参加したスタッフは、ステレオドラマは数多く経験しているが、サラウンドでの制作はほとんど始めてである。今までのステレオドラマのノウハウを踏み台とし、映画のサラウンド手法などを参考にし、各スタッフが検討を重ねた。
音だけの世界であり、当然ながら視覚からの影響は皆無である。つきつめればリスナーの360度すべて音像表現が可能である。しかし、今までのドラマの流れや人間の両耳の特性を考えて、以下の定位置を基本として制作にあたった。
 1)セリフ ⇒ 前方L,Rの範囲内
 2)心理的セリフ ⇒ 自在
 3)ナレーション ⇒ センターが適当と思われる
 4)音楽 ⇒ ステ、モノまたはサラウンド
 5)効果音 ⇒ 自在

 ステレオ制作でも常に音像をステージー杯に拡げたままだと、ドラマ全体の流れのなかで逆にステレオ効果が薄れてしまうように、サラウンドドラマにおいても常時サラウンド音場にすると印象が薄くなり効果が半減する危険がある。ドラマをよく検討し、サラウンド効果を狙うためには、ある部分はステレオで、またある部分はモノ的扱いをするなどの工夫が必要である。
 今回のサラウンドドラマを制作するにあたり、次の方法で行った。

(1)マトリックス“3chモード”での実施
 家庭ではSP間隔も狭く、虚音像センターでも十分であろうとの判断にたち、前方SPはL,Rの2個とし、マトリックス内のモニターモードを“3chモード”で行った。これは映画方式のLCRSのチャンネルのうち、Cチャンネルを入出力させずにLRSでサラウンド効果が出せるモードである。

(2)Lt,Rtの利用によるドラマ作り
 サラウンド素材は、LRSをエンドコードしたLt、Rtを各素材テープに納めた。これはLRCSをマルチの各トラックに仕込む映画方式とは異なった方法である。その理由として、ラジオドラマは映画やTVのように絶対時間が定まっている世界とは、作成のプロセスを異にするものだからである。

 ラジオドラマは、セリフ、音楽、効果音を別々に収録して、最後にそれぞれを別々に再生しながら、新しいドラマ的時間の流れをつくっていく手法である。演出家の各素材へのキュー出しのタイミングいかんによって時間の流れが変化する。各素材の微妙なからみ、ゼロコンマ何秒の世界が作品への息吹きに影響を与えるのである。
以上のようなラジオドラマの手法上、4ch録音機がない限り、Lt、Rtを収めた2ch再生機をキューにより順番に出してゆく方式をとった。 これは、エンコードされた素材テープが再度エンコードされるという経路を通過してしまう結果となるが、われわれが危具したほどの影響は感じられなかった。

7.ステレオ受信者とのコンパチビリティの確保
 聴取者の多くは、ステレオもしくはモノラル受信者と考えられる。マトリックス内のクロストークの変化を考え、作成時には、マトリックスシステムのモニター回路でバランスをチェックしながら、ステレオ受信者とサラウンド受信者間とのミクシング上のアンバランスが生じないよう留意した。
ステレオ会場とのコンバチビリティに関していえば、ステレオ試聴においても、あたかも後方にSPを配したようなサラウンド的効果を得ていた。ただモノラルの場合、音はフェードイン、フェードアウトすると感じにとどまってしまい、完全に狙いどおりの迫力を得るという訳にはいかない。また、後方のみに音を定位させることは、モノラルにおいてはほとんど音量感が得られないため、後方に定位させた音に時間差をつけ、前方にまわすなど工夫をこらせばある程度満足できる。

8.制作過程の実際
 ラジオドラマの制作の具体的作業を順に追ってあげると、打ち合わせと本読み、セリフ収録、音楽収録、効果音の録音と加工合成、そして最終的にこれらの素材を組み合わせて構成する本番作成という手順になる。

8-1 セリフ収録
 マイクアレンジメインはU-87×2、アンビエンスU-87×2、モノローグU-87×1である。ラジオドラマの場合、セリフはマイクとの距離感による表現が大切である。今回の場合、青少年を対象とした番組内容でもあり、メリハリを重視し過度なオンオフ処理は行わず、後処理の時にエフェクタ処理で行うことにした。サラウンド効果を狙う特別なセリフについては別に収録し、後日加工処理している。ナレーションは、スタジオ内の暗騒音を避け、しっかりと落ち着きのある音質を出すため、ドラムブースにて収音を行った。

8-2 音楽収録
 音楽は、シンセサイザ奏者“AKIRA”氏に依頼し、自宅にて録音されてきたテープ(PCM-F1)にサラウンド成分を付加するオーバーダブ作業を、CD-809にて24chマルチ(PCM-3324)を使い行った。
音楽は全27曲である。そのうち7曲をサラウンド効果をもたせた音楽とした。また2曲を意図的にモノラルとして再生した。プランニングで設計したとおり、ドラマ全体を通して聞くと非常に効果が現われていた。

8-3 効果音収録
 効果音としては、まだまだPCMでの素材が少なく、どうしても従来のアナログ素材に頼らざるを得ない。また、一つの素材がそのまま単純に使われることが少なく、加工合成という多くの工程をふむケースが多く、S/N、ダイナミックレンジ、位相ずれといった問題も生じてくる。このような問題を考慮し、加工合成時にはPCM-2ch(3102)を使用した。
効果音は,サラウンド表現をさまざまに演出してくれる。今回のドラマで音の迫力を一番に伝える効果音として、“月の登場”がある。効果を発揮させる最良の方法として、後方から前方への急激な音の移動を行っている。何種類かの素材音を24chマルチにオーバーダブをし、イコライジング、エコー処理、そしてコンピュートミックスまでを駆使し作りあげた。これは十分にサラウンド音場としての迫力を狙いどおり出すことができた。

8-4 総合作成(リミックス)
 各素材の完成テープができあがり、それらを持ちよって、いよいよ組み立ての作業に入る。各素材をここで初めてからませ、ドラマの全体像を明確にするため、通しテストを行う。そこでトータルのラップやキューのタイミング、音の整理などの手直しを行い全体の読みができたうえで、PCM-24chへの各素材の仕込み作業となる。
 使用機材は、PCM-2ch×4台、アナログ2ch×3台、マスター録音機PCM-24ch×1台である。

 セリフ、ナレーション、音楽、効果音A、B、C、Dと計6名がテープの再生オペレーションに携った。
ドラマの仕込み作業は、音楽の世界でいわれている「一発録り」的なマルチ使用である。担当者のノリが良い相乗効果を生み、音楽と同様、各作品への生命力を喚起するものである。
 マルチレコーダを使用した利点として、少々のNG個所は、その素材の部分的パンチイン処理で対処できたことにより、効率よく作業が進んだ。 仕込み作業の時点で、各素材のレベルコントロール、音像幅、エコー処理などを行った。それにより仕込み作業完了時には、ほぼ9割の完成度となっていた。リミックスの際には少しの調整で済みプログラムが完成した。

8-5 音楽,SE,セリフでのサラウンド例

8-5-1 音楽パートでのサラウンド制作例
 ここではテーマ曲と、村祭りでにぎわう村のシーンに流れるBGの2曲について述べる。
テーマ曲は、主人公シュナが動物に乗って旅をするイメージから、LRステレオの音楽に、軽快なパーカッションと鈴をサラウンド成分として、音場全体にまわしている。鈴の音を全体にグルグルまわそうとすると、クオッドバンポットを一定にまわしたのでは、そうした感じに聴こえず、ジョイスティックの動かし方にも訓練を必要としそうである。
テーマのイントロが終わると、低域成分がアクセントとして出てくる。この音のみを長さに合わせて、Sから前方へとばしている。この音のリバーブ成分は前方とリア分2台のリバーブを用いて、スムーズな移動感とコンパチピリティを確保するのに利用した。
村祭りのBGMは、祭りのにぎやかさと楽しさが出ればよいと考え、LRCに各パーカッションを定位させ、アクセントとなる鳴物系の音を、ジョイスティックで自在に動かしてみた。

8-5-2 SEでのサラウンド例
 巨人の国ヘシュナが向うとその入口で巨大な音をたて、月が登ってはるかかなたへ消えていく。この音は、シーンの変わり目のブリッジの役目もしており、ダイナミックな音創りとともに、リアから前方へあざとく動かしてある。ステレオ制作での動きとよく似ていると感じたのは、音が出て、すぐ前方へ移動させると聞いていて音が、頭上位からしか動いた感じに聴こえなくなることである。そのために、リアで音が出ると数秒間そのままにしておき、やおら前へふっていくと後から前へとんだように聴こえる。これなどは、ステレオ制作での応用が活きた例といえる。

<シュナが人喰いの館でとらわれるシーン>
 旅を続けるシュナが、ある夕方人喰いの国へ迷いこんでしまう。暗闇の中を進んで行くと突然四方からナワがとんできて、シュナをからめてしまう。闇の中では、人喰いオババ達の不気味な笑い声が響く。
 この場面では、ロープのとぶ音をひとつひとつL→R,R→LへL→リアヘR→リアヘ,リアからL,Rへと、音を積み重ね、シュナを中心に、四方からナワがとんでくるイメージにした。また、不気味な笑いもLRS全体に原音を振り分け、さらに2系統のリバーブで、サラウンド音場を表現した。
 
8-5-3 セリフでのサラウンド例
 セリフは、基本的にモノラルとステレオで録音したが、シュナがオババの言葉を回想するシーンでは、そのことばをリアからも出し,全体音場の中で天上から響いてくるようなイメージにした。
モノラルでもステレオにおいても回想や過去のセリフにエコー処理を行うが、こうしたサラウンドの回想シーンもよりイメージが広がり効果的であったように思う。


今作品での体験
 音楽や効果音素材で予期せぬサラウンド効果が現れるケースがたびたびあったり、また逆に狙い目としてサラウンド効果を作り出すために多くの時間を要したこともあった。まだ始まったばかりである。今作品の経験が「サラウンドへの旅」の第一歩と位置づけ、この経験を糧とし、今後のサラウンド音場の表現方法を開拓すべく努力してゆきたい。
以下、この経験での所感を述べさせていただく。

○サラウンド制作での打ち合わせについて
 特に、サラウンドを意識した作品づくりには、綿密な音場設定が必要となり、そのためには台本を作る段階からある程度の認識を作家に与え、ドラマの展開とサラウンド音場とを相乗させ、迫力あるドラマづくりを目指してゆく必要がある。このことは効果音と密接な関係をもっている音楽にも当然いえることであり、今まで以上に、作家(脚色家)、作曲家、演出、技術、効果各スタッフがそれぞれの立場から意見を出し合う場としての打ちあわせが必要となってくる。

○システムについて
 サラウンド制作するにあたり、現状ではモニターレベルのチェックの実施、サラウンド用SPの設置など事前の準備に実作業の時間の多くをさく結果となった。今後サラウンド対応として設備の常設を望みたい。

○ドラマのコンピュートミクシングについて
 作成で使用したCD-809は、コンピュートミクシングが可能である。今作品もこのシステムを積極的に導入し、各素材のサラウンド収録などを行って成果が出ている。しかしドラマのミクシングは全体の流れの中ミクサーの感性によりその場その場でのミクシング判断がなされるという感覚の世界である。
こうした音楽のコンピュートミクシングとは、また観点の異なったソフトウェアの開発も、ドラマミクシングのコンピュートアシストに課された課題といえる。そのためには、どういった方法がよいのか、我々ドラマミクサーが、ソフトウェアを用いる立場から、積極的にデータを蓄積しておかねばならない。

○ラジオドラマ専用化スタジオへむけて
 ヨーロッバのラジオドラマスタジオの多くは、セット型式でできており、さまざまの場面設定があらかじめつくられているという、われわれもこれからのドラマ収音方法として、現在音楽録音用のマルチブース化スタジオCR-506に準じた考え方のドラマスタジオを検討したい。(注:我々のこの思いは、12年後の1998年CR-602スタジオの完成で実現)

あとがき
 番組放送後、多くの投書が寄せられてきた。サラウンドシステムを使って聴かれた人はまだまだ少ないようであった。サラウンドをシステムではなく「迫力ある音」というムードで楽しんだ人が多いようである。
ひとつには今回のサラウンドミクシングが。ステレオ受信者とのコンパチビリティの確保という点で十分に満足されていたからといえる。また、PCM録音による威力の発揮ではないかと思う。「PCM制作による音楽以外の番組をもっと増やして欲しい」、「CD化を望む」などの高品質な番組への要望が若い人たちから数多く届いている。新しい分野としての“サラウンド”はこれからである。我々ミクサーもサラウンドについて検証を重ね、BSからサラウンド制作の番組が送出され、リスナーの方々に楽しんでもらえる日まで精進してゆくつもりである。

執筆者 
鈴木清人(すずき きよと)
沢口真生(さわぐち まさき)
若林政人(わかばやし まさと)

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April 1, 2002

大きなイベントはHD-TVと5.1chサラウンドで 2002冬季オリンピック サラウンド NBC

By Jim Starzynski(NBC 音声統括エンジニア)02-APRIL 抄訳:Mick Sawaguchi 沢口真生

私は2002年冬季オリンピック ソルトレークシティでのHD-TV 5.1CHサラウンド音声制作を担当出来たことを光栄に思っています。これまでに私がNBCで手がけたサラウンド制作は、サタデーナイトLIVE等でしたがこれだけ大規模なイベントでサラウンド制作を担当できたことに興奮しています。
勿論実現のためには多くの優れた人材の集結とそれを世界へ放送しようとする熱意、加えてサラウンドでの楽しみが総合された結果でもありました。
エンジニアとしてまたこのPROJの責任者としてこのソルトレークで味わったような新技術と制作された結果のすばらしさがうまく融合した例は私自身あまり経験がありません。放送人に心からオメデトウといいたい気持ちです。
HD-TVによる生放送は家庭の視聴者と我々プロにかつて無いほどの興奮と迫力をもたらしました。これが簡便に実現するのであれば私はどのTV番組も映像はHD で、音声は5.1CHで制作したい気持ちでいっぱいです。

アメリカのD-TVは、1996年から公式には開始されました。この規格のなかには、マルチチャンネル サラウンドでの音声放送が含まれています。しかしどうしてHD-TVやサラウンド音声での制作が活発にならないのでしょうか?
アメリカの統計では、現在Dolby Digital対応の受信機は1200万台市場に出荷され5300万台のDVDプレーヤが普及しています。映画ソフトはこうした家庭向けのパッケージに熱心で5.1CHというロゴマークをセールスポイントにしています。

TV業界は映画チャンネルやスポーツチャンネル、ネットワーク局 衛星局そしてCATVと複雑な混成構造で成り立っています。流れる信号はNTSC-アナログが主流でHD-TV+5.1CHはこの基盤にさらに追加をしていく技術として放送経営にとっては2重化投資をためらう傾向が見られます。5.1CHの音声を扱うとなると既存の音声設備では対応不可能で、加えて経営者やビデオエンジニアの勉強不足から設備の整合性がとれていないという現実もあります。

ではどうすればいいのでしょうか?
我々プロは最小限のコストで最大の効果が発揮できる解決策を見いだして行かねばなりません。特にD-TVの立ち上げ初期にあたる現在ではこの視点が大切です。デジタル放送送信技術者にたいする教育と啓蒙が最優先課題でしょう。

圧縮されたデジタル音声はどう扱うのがトラブルの防止になるのか?
ビットレートとは?5.1CHトラック配置は?レイテンシーや同期は?
リップシンクがずれていた場合にどこを調整すれば解決するのか?
台詞ノーマリゼーションの仕組みは?デジタル基準信号とは?・・・

勉強しなければならないことがたくさん目の前にあります。プロならばこれらを理解する努力を怠ってはなりません。
音声の場合はどうでしょうか?ステレオ音声からマトリックスサラウンドを経験したエンジニアはD-TVにスムースに取り組むことができます。ここで得たエンコーディングや5チャンネルでのモニタリングといったノウハウが5.1CH D-TVに反映されるからです。マネージャーの立場にある人は、スタッフがこうした新しい技術や機器を習得するための円滑なサポート体制を確立しなくてはなりません。新しい送信機に灯がいれられてもすぐに順調な運用が行えるとは限りません。これは特に音声信号の扱いの部分でおきやすいでしょう。
しばらくは性急さを求めず息永くサポートしなければなりません。
キー局と映画産業は優れたソフトを考え、業界は協力して機器の普及と価格の低廉化を進めなくてはなりません。放送とイベント関係者も協力してマルチユース可能な機会を提供することで5.1CHサラウンド音声制作が容易になりこれにより視聴者がさらに5.1CHサラウンドの魅力に触れる機会が増えCMもデジタルへの移行を加速します。まさに鶏か卵か?を具体的に進めることになります。願わくば本稿をお読みになって何らかのヒントが得られれば皆さんの手近な所から映像はHDで、音声は5.1CHサラウンドで制作されることを願っています。(了)

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February 10, 2002

DTS-96-24 5.1ch DVD-AUDIOで蘇ったQUEENの名作「A MIGHT AT THE OPERA」

By S.Harvy S.P 02-02 抄訳:Mick Sawaguchi 沢口真生

5.1 CHのサラウンド音楽で実現したかったのはQUEENの本アルバムです。ここに聞かれるサウンドのすばらしは5.1CHで真価を発揮するからです。
プロデューサ・アーティストのR.Kaplanは、長い間この企画をあたためてきました。入手したアナログ24トラックのテープのコピーは、アビーロードスタジオで行われました。しかし予想したとおり25年前のテープは再生した瞬間から磁性体がはがれ落ちることととなり、その対策のためテープは高温で焼かれることになりました。これをNuendo 96-24 HDにコピーしたのです。
HD はアメリカ サンタモニカのGLEN FREY所有の「DOGHOUSE STUDIO」に送られエリオット シャイナーの手で5.1CH-MIXが行われることになりました。プロデューサとしてオリジナルのアルバムを担当したRoy Thomasも参加しています。
DTS の方針を気に入っているひとつは、彼らが大変アーティストの意向を優先することにあります。このアーティスト至上主義はあせらず良いものを制作するという環境を生みだし 本プロジェクトに最適のエンジニアやできればオリジナルを担当したスタッフやアーティストが承認したスタッフで構成することができました。アルバムのパッケージについてもBrianが当時の写真や付加資料を送ってくれましたし貴重な映像も入手できました。1975年の「ボヘミアン ラプソディ」は5.1CH音声と歌詞つきでビデオがリリースできました。シャイナーがこのプロジェクトに参画する1年半前彼はこの話しをきき大変興味を持っていました。でも実現するまではとても1年半とは思えないような長い道のりを感じたと話しています。「DOGHOUSE STUDIOが気に入っているのはここでホテル カリフォルニアをMIXしうまくいったからです」ここには 48チャンネルのNEVE VR-Pコンソールがありますが、通常の24トラックテープからMIXするには十分なチャンネル数です。しかしQUEENの場合は例外でした。

彼らは、24トラックのなかを一部の隙もないくらいに音で埋め尽くしていたからです。ですから同一トラックを別々にスプリットしてEQ、リバーブ、パンニングしなければならずチャンネル数は96チャンネル規模になりました。「これをプロデュースしたRoy Thomasの才能には脱帽です。」とシャイナーもコメントしています。MIXではできるだけオリジナルの味を出すためアナログディレイやCapitalレコードにあるエコールームなどに加えEventide-Orville ,TC-S6000, Lexicon480等を加味しました。モニターはYAMAHA NSP-10で統一しマスターはSTUDER A-827にJ.FRENCHがアッセンブルした8トラックヘッドを乗せEMT-900のテープでDOLBY-SRエンコードで録音しました。ここからプロジェクトの要望に応じて様々なフォーマットにコピーされます。今回はNUENDOとALESIS HD-24にもコピーされています。今回のプロジェクトで統一して使用したコンバータはSWISS SONIC社のコンバータです。

MIX の中で気に入っているのは「ボヘミアン ラプソディ」です。ここには200ものボイスが録音されておりこれらをまとめても30チャンネル分を占有するくらいテープの隙間を埋め尽くしています。オリジナルのMIXはすばらしい出来なのでシャイナーが行った5.1CH MIXは彼らがL-Rの間で行った表現を360度に拡大するだけだったと述べています。次に気に入っているのは「WYNES WORLD」です。ここではギターとボーカルが前後左右を移動しておりドラムは巨大な雷鳴のように轟き、ピアノは空間に浮いているような世界が出来ています。20年前の作品とは思えないサウンドと5.1CH MIXによる立体的なQUEENの音楽によって彼らが聴いていたであろうサウンドが現在に蘇ってきたのです。(了)

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