July 12, 2018

MQA技術とMQA-CD制作フロー : MQA Production seminar 2017

2017 InterBEEカンファレンス・スポンサーセッション
by Bob Stuart ( C.E.O MQA ) and Mick Sawaguchi ( C.E.O UNAMAS-Label )


はじめに

2017年のInterBEEから新しくスポンサー・セッションという時間帯が設定され参加企業が、それぞれの技術やマネージメントなどをアピールできるようになりました。コンスーマー市場では、MQA(Master Quality Authenticated)技術が、数年前から注目されていますが、国内の制作側に体系的に紹介する機会があまりなかったため今回のInterBEEというプロ用の展示会にてセッションを開催しました。
セッションは、MQAの基本技術とそれを応用したMQA-CD制作についてMQA 開発者でありC.E.OでもあるBob Stuartが来日して11月15日の午後に開催されました。筆者もMQAの技術に注目してUNAMAS-Labelから継続的にMQAフォーマットでアルバムをリリースし、また世界初となったMQA-CD[A.Piazzoll a Strings and Oboe]OTTAVA-Recordsからリリースした関係で講演に参加しましたので概要を紹介します。

1. MQAコーディングの目的と音楽の動向


Bob: みなさんMQAセッションへお越しいただきありがとうございます。本日は、制作側のプロフェッショナルな方々へMQAとは何を目的とし、どんな応用があるのかを体系的に紹介する機会ができたことを大変嬉しく思います。

最初に、ここ50年の音楽ソフトにおける品質対利便性の関係を見てみます。



アナログ・オープリールテープは、品質はマスター同等と言えますが、扱いやすいとは言えません。カセットテープは、品質は良くありませんが手軽に扱うことができDVD-ASA-CDは、高品質ですが、これも専用再生機が必要です。インターネット・ストリーム配信は大変利便性が高いですが、品質は良くありません。

ではMQAが目指す目標は、何でしょうか?図の右端にあるように高品質かつ利便性も良いというのが目標でこのためにMQAは3つのゴールを設定して開発しました。以下順を追って具体的なアプローチを紹介します。


2. スタジオ・マスター品質のために:周波数領域でなく時間軸情報を重視するMQA-De-Blur技術

CD品質を超えたハイビット・ハイサンプリングによる音楽制作が行われるようになり音源はダウンローという形で普及してきました。図は、我々が欧米のトップエンジニアやマスタリングエンジニアに各種フォーマットと得られる品質の関係について主観評価した結果を示しています。


この結果から96KHzサンプリング以上では、データ量を消費する割に大幅な品質の向上は見られていないことがわかります。一般的にハイビット・ハイサンプリング録音すると周波数特性が向上し品質も向上すると考えてきました。我々が着目したのは、最近の脳内聴覚研究の結果です。すなわち「周波数領域の拡大以上に時間軸特性の正確な再現が品質に重要な要素である」という点です。ハイビット・ハイサンプリングにするほどこの時間軸情報を正確に録音しているからハイビット・ハイサンプリングを行っていると言えます。


時間軸が正確という意味は、音源を正しく認知できる精度が向上すると言え、音楽であれば楽器の音質や定位や奥行き、距離感が正確に再現できることを意味します。人間の聴覚検知限は、5μsec-8μsecと言われています。これは、自分を中心にして1m-mの距離までの音源を検知できるということになります。

この図は、Fs:48KHz192KHzでの時間軸特性の正確さを示しています。


MQAは、録音から再生までのワークフローで変動した時間軸の揺らぎをいかに極限まで少なくしてエンドユーザーまで届けるかを目標に開発しました。

これを我々は[De-Blur][De-Smear]と呼んでいます。
すなわち録音の場でA/D変換されたデジタル信号の持つ時間軸情報をD/A変換時に同じ時間軸情報に再現する技術です。


MQAの時間軸再現精度は現在、10μsecの分解能まであり、距離で言えば2.5mまでの距離を検知できます。



3. 利便性を実現するためのコーディング技術 " Audio Origami "

LPCDが音楽ソフトの主流であった時代は、一つのフォーマットだけでシンプルに音楽を楽しむことができました。デジタル・オーディオの時代になると圧縮音源からHi-Res音源まで実に様々なフォーマットが氾濫しリスナーは、再生機器に混乱を生じています。我々は、極力標準化されたフォーマットで音楽を提供し、かつ高品質であるためにどうするかを検討し、その結果がこれから述べるAudio-Origamiという方式になります。

その基礎となった研究は、多くのHi-Res音楽ファイルを分析した結果からヒントを得ました。これまで分析した音楽信号が持つ平均的な周波数は、我々が、Golden-Triangleと呼ぶ3角形の分布をしています。


ハイビット・ハイサンプリングの大きなデータ量の器の中の高周波領域は、余白がたくさんあるということになります。Audio-Origamiの原理は、この音楽信号領域を大きく3つの領域A-B-Cに分けてそれぞれが持つ情報を折りたたんで全体のデータ量を軽くしながらエンコードして逆にデコード時には、折りたたんだデータを開くことでマスター品質を軽いデータで扱うという考え方です。







こうしてできたMQAファイルは、配信で扱う場合、すべてのマスターがそのフォーマットにかかわらず48KHz-24bitのフォーマットに統一され転送レートは約1・4Mbps程度となりますのでダウンロードでもストリーミングでもストレスなく扱うことができます。

以下に各種デジタルファイルとMQAファイルの特性比較を紹介します。



     上段左のサンプリング周波数Vs音質というグラフでは、通常のハイサンプリング・ ハイビットになれば96KHzから緩やかに音質が向上していますが、MQAエンコード・デコードデータでは96KHzからほぼ一定となります。赤のグラフはMQAデータをデコードしないで既存再生機器で再生した時のグラフですが、この場合も時間軸情報のボケが解消されている分音質も向上しています。

     上段右のグラフは時間軸のボケ(Temporal Blur)がどれくらいの範囲に分布しているかを示しています。通常のハイビット・ハイサンプリングなどでは、10μsecを実現するには1536KHz程度のSFが必要となりますが、MQAでは192KHZのマスター以降はほぼ10μsecに収まっています。

     下段左のグラフはデータの転送レートを示しています。通常のデジタル・フォーマットではハイサンプリング・ハイビットになるほど膨大な転送レートとなりダウンロードも時間が必要ですが、MQAファイルは、ほぼ1・4Mbpsで収まっています。現状のネットワークインフラであれば、大変軽いデータとして扱うことができます。



みなさんから-140db以下の信号レベルにB領域やC領域信号をどうやって埋め込んでいるのか?とかDe-Blurの仕組みは?といった質問をいただきますが、この原理を説明すると多くの時間を費やしてしまいますので、今回は、省略しますが、MQAWEB解説やAESの論文はフリーでダウンロードできますので、そちらを参照してください。JASジャーナルにBike鈴木氏が私の論文を翻訳掲載している記事が参考になると思います。


参考:Stuart, J. R. and Craven, P.G., A Hierarchical Approach to Archiving and Distribution, 9178, 137th AES Convention, (2014). http://bit.ly/JRS_AES
JAS-ジャーナル2015-11月号(上記論文の和訳)

Oppenheim, J. M., et al., Minimal Bounds on Nonlinearity in Auditory Processingq-bio.NC (Jan 2013). arXiv:1301.0513 

Lewicki, M.S. Efficient Coding of natural sounds, Nature Neurosci. 5, 356363 (2002). 
http://dx.doi.org/10.1038/nn831 
Jackson, H. M., Capp, M. D. and Stuart, J. R., The audibility of typical digital audio filters in a high-fidelity playback system, 9174, 137th AES Convention, (2014).

Stuart, J.R., Sound Board: High-Resolution Audio, JAES 63 No 10 pp. 831-832; (October 2015) http://bit.ly/AES_Soundboard


4. 既存メディアとの互換性 MQA-CD

MQAデータは、既存のフォーマッとも互換性があるのが特徴です。ここではMQAファイルへエンコードする場合のワークフローと各種ツールを紹介します。MQA-CD制作のワークフローについてはこの後MICK SAWAGUCHIが紹介してくれます。







  

5. MQA-CD制作ワークフローの実際


ここからは、UNAMAS-LabelMick SawaguchiMQA-CD制作の実際と注意点などを紹介します。UNAMAS-Labelでは、配信ダウンロードの音源(192-24 WAVフォーマット)も48−24FLACMQAでリリースしていますが、20166月に世界初となるMQA-CDOTTAVA RECORDSからリリースし、以降OTTAVA RECORDSCDは、MQA-CDとしてリリースしていますのでここでは、MQA-CDのワークフローについて紹介します。








では、実際の音源を用意しましたので、同一音源を
1 192-24 WAVマスター
2 MQA-CD-MQAデコード再生(44.1-16から176.4-24にデコードされて再生)
3 MQA-CDMQAデコードなしで通常再生(通常の44.1-16として再生)
4 通常CDフォーマットで制作した音源

以上のタイプでお聞きください。MQA-CDをデコードしない場合でも、De-Blurにより音のぼやけが改善されていますので、定位や音場の再現にすぐれていることがお聞きいただけると思います。








Bob: みなさん、どうもありがとうございました。私のアカデミックな話を通訳してくれましたMQA-JAPANBike鈴木にも感謝致します。


MQA Music production workflow for professional