November 22, 2022

2008年 第81回アカデミー音響効果賞受賞「The Dark Knight」 のサウンド・デザイン


沢口真生(Mick Sawaguch沢口音楽工房
Fellow AES.ips
サラウンド寺子屋塾主宰


はじめに

2008年作品、第81回アカデミー音響効果賞を受賞したバットマン・シリーズ「The Dark Knight」を分析します。監督のクリス.ノーランが手がけたバッドマン作品として2作目になりサウンドにも非常に神経を使うクリス・ノーランとそれを実現させた音響チームと音楽チームの共同作業から生まれた油絵風の「Gritty and Real」を目指したサウンドを分析します。


1 スタッフ

Director: Christopher Nolan

Music: Hans Zimmer/James Newton Howard

Lorne Balfe

Ambient Music Design: Mel Wesson

Music Rec: Geoff Foster

Music MIX: Alan Meyerson

Music Editor: Alex Gibson

At Air Lyndhurst London

Sound Design/Sound Editor: Richard King/Hamilton Sterling

Production Sound: ED.Novick

Re-Recording MIX: Lora Hirschberg (sky walker sound)

                 /Gary Rizzo (sky walker sound)

At Warner Brothers Stage 9

Foley Artist: John Roesch/Alyson Dee Moore

Sound recordist: John Fasal Eric Potter

 



2 ストーリーと主要登場人物

ゴッサムシティを平和な街にしたいと願うバットマンの前に新たな課題が持ち上がります。麻薬の売人グループとその巨大な利益をマネー・ロンダリングしている5つの銀行と資金を運用している香港の投資会社C.E.Oラウです。

マフィアを撲滅し、平和な街にしたいと願うバットマンと警察のジム.ゴードンに新たな協力者が赴任してきます。検事のハービー.デントです。バットマンは、彼の行動を評価し、彼をゴッサム・シティの表の守護者「White Knight」にして自らは、バットマンを引退し、恋人レイチェルと幸せな人生を送ろうと考えました。


一方、マフィアを破滅させ、全ての悪を一手に掌握し、人々の心から善を消滅させようとするJokerという人物が登場します。平和な街にしたいと願うバットマン/ゴードン/ハービーの3人の善とJokerの悪の対決を巡るアクションをバットマンの新兵器Bad Mobile Bad Podと恋人レイチェル、忠実な執事アルフレッドを絡めて進行します。昼間は、ウエイン産業の要職にあり、人知れず平和を願って活動するバットマンを「暗黒の騎士 Dark Knight」として描いています。


 

3 作品の起承転結と特徴的なデザイン

●  起  37’43”

アンビエント風の打ち込みによる音楽が始まります。ゴッサムシティのロングショットに変わる部分で低域を中心にした4CHアタック音でクレジット部分との差を提示しています。街のアンビエンスがさりげなくサラウンド空間を作る中で映像は、銀行を襲撃しようとしているJoker一味の行動を捉えています。ここでは、ロープや壁を伝って銀行屋上へ移動する滑車、屋上での配線BOX破壊音や、銀行内での銃声、金庫のドリル掘削といったFoley音がリアルに活躍し銀行内ロビーでの台詞には、サラウンド空間が付加され広さを表しています。


 

ギャングが「みんな床に伏せろ!」という台詞が全面サラウンドで響き、このコントラストが空間を大きく感じさせる良いデザインだと思います。冒頭から継続している音楽は、頭取の「誰の金か分かっているのか?」の台詞前でレベルダウンし、壁を破壊して突入したスクールバスの破壊音がフロントからリアへFlyoverし、いよいよ悪役主人公Jokerが登場します。仮面をとり、Jokerの口の割けた顔のアップで音楽は、ピークとなり5’18”で終止します。

Jokerが、頭取の口の中へスモーク弾を入れピンをはずす導線をバスにつけ、発車します。ピンが抜ける音とともに、ほぼノンモンとなり、緊張感をセコンド音だけで表しています。ここで、冒頭から始まった激しい攻撃音は、一転最少レベルとなり、冒頭のシーンで大きなダイナミックレンジがあることを観客に示したデザインになっています。

Joker一味が、銀行から逃走したスクールバスは、通りに出ると通常のスクールバスの長い車列へ紛れ込み街のロングでおわります。逃走するロングショットでは、通常のスクールバス内で生徒がはしゃいでいる声と逆方向から銀行に駆けつけるパトカーの警笛がさりげなく使われています。

このシーンからオーケストラによるSCORING MUSICが始まります。本作では、Jokerに関係したSCORING MUSICが、打ち込みのアンビエント風楽曲で、それ以外の通常のSCORING MUSICはオーケストラという使い分けがなされています。シーンは、変わって、夜の街となりバッドマン.モービルがここで登場しこのシーンまでを3‘25“の音楽で包んでいます。

ここまでは、サラウンド音場を活用してきましたが、次のゴードン警部がいる警察の部屋では、一転して台詞中心のハードセンター定位で進行します。 本作では、大事な台詞が中心のシーンは、殆どハードセンター中心でそれ以外の派手なアクションシーンは、フルにサラウンンド音場を使うという大胆な対比をデザインしているのも特徴と言えます。



一方マネーレンダリングが発覚したマフィアと会計士ラウたちが今後の計画について相談しています。ここのSCORING MUSICは、前半通常のオーケストラですが、そこへJokerが登場し、「お前達の資金の半分をもらえばバットマンを片付けてやる」と乗り込むシーンでJokerを表す打ち込みのアンビエント音楽へセグエの手法で乗り変わっています。そして「気が変わったら電話くれ」とスイングドアを開けて出て行くJokerのカットでスイングドアのSEと同じ音質、ピッチの低域アンビエンス音楽フレーズが締めくくっています。

夜の警察ビルの屋上へ初めて3人が集まりマフィア撲滅の計画を相談します。ここは、夜の都会を表す派手目のアンビエンスがサラウンド音場で設定され会計士ラウを香港から連れ戻すことが話されます。香港でラウを誘拐しゴッザムシティへ連れ戻したバットマンは、彼を警察へ渡します。香港のラウのビル内のアクションシーンでも見事なガラスの破砕音や各種Foleyが活躍しています。




このシーンのSCORING MUSICは、最大レベルを使い切り「起パート」が終わって新たな承
展開へ進むことを明示しています。


● 承  70’51”

香港からゴッサムシティへ連れ戻したラウがいる警察の屋上から取り調べ室へと転換します。ここは、台詞中心で殆どハードセンターのみです。RICO法を適用してマフィア一味を全員逮捕できると確信したカットからギャングの一斉逮捕そして裁判所での判事の判決までをSCORING MUSICで包みテンポを出しています。


しかし、Jokerが、反撃にでます。ここから次の標的となるレイチェルを守るためバットマンは、身を引く事を決意するまでを16‘00“の音楽が使われ途中パーティー会場に登場するJokerのシーンでは、Jokerのモティーフとなる打ち込みのアンビエント風に変化しています。


●  転  135’00”

ゴッサムシティを平和に導くWhite Knightとしてバッドマンは、ハービー検事にその任務を託すべく記者会見を開きます。しかしここでバッドマンの正体を解明せよとの声があがり、ハービーは、「それは私だ」と名乗り刑務所に入ってJokerをおびき出すべく拘束されることになります。ここから刑務所へ移送されるハービーを載せた護送車の車列とそれを襲うJoker一味の緊迫したチェースシーンが9分間登場しますが、このシーンの優れたサウンド・デザインでアカデミー音響効果賞を受賞したと思いますので、少し詳しく分析してみます。

〜サウンド.デザインを担当したRichard Kingもインタビューの中で、「監督のクリスからこのシーンは、音楽を使わず音響効果だけでやって欲しいと言われ、我々音響チームもその期待に応えるべくベストをつくしたシーンだ。」と述べています。〜 



レイチェルからの「真実を話して、刑務所には行かないで」という忠告をハービーは、コインで決め護送車へ乗り込みます。護送車のドアが閉まる音がL-C-Rで響く音をきっかけに、夜の街へ出発です。護送車と上空のヘリコプターのSEは、徐々にフェードアウトし、ノンモンに近くなったところで本作の特徴的なサウンドといえる「SHEPARD TONE」が使われます。


これは、散髪屋さんのサイン灯(Barber Pole)で見られる無限に回転上昇していく音をサイン波によって作り出したRoger Shepardの名前に由来した無限音階音です。このサウンドが、大変効果的に使われています。

どんなサウンドかはYOUTUBEで聴いてみてください。https://www.youtube.com/watch?v=BzNzgsAE4F0

Shepard Toneは、一台目のパトカーがトラックに追突され炎上するカットまで50”継続します。2台目のパトカーは、追突後川へ転落しますが、このカットは、ロングショットでサウンドは、L-C-Rのフロントのみです。Jokerの乗ったトラックの側面が開くと、護送車へ機銃掃射が始まります。


ここは、フロントでドア音、走行音、ガンショットが定位し、リアで風きり音が定位し、護送車内の弾着音は、360度移動しています。護送車内のカットは、全て4CHの走行音で構成し閉鎖空間を表現しています。

         

機銃は、段々エスカレートし、最後はバズーカ砲での攻撃となります。このシーンでのLFEの使い方は、ヘリコプター音/車両アタック音/爆発各種/機銃弾着/バットマンモービル走行/モービルPOD走行/ワイアーの壁着地/Jokerのトラックの大回転着地/などにふんだんに使われています。


護送車が、窮地になったところでバットマン・モービルが登場し、護送車へのバズーカ砲攻撃を身代わりになって防ぎバットマンモービルは、破壊され動かなくなります。ここまでは、サラウンド全開のデザインでしたが、動かなくなったバットマンモービルのカットでハードセンターにチリチリとエンジンの焼けた音がかすかに聴こえるだけのノンモンに近いサウンドとなり、耳をリフレッシュしています。

システム警報が働き車体は自爆、代わりにBADPOD2輪車に乗り継ぎ脱出するシーンでは、それを見ているホームレスの顔アップで一瞬ノンモンとなり、緊張感を高め走行音素材にもShepard Toneを応用したとRichard Kingは、述べています。

護送車は、上空からヘリコプターの応援を求め、Jokerへの反撃開始か?と思わせるカット28“で期待感を感じさせるSCORING MUSICが使われます。

バットマンもPODで街の中を最短距離で駆け抜けJokerのトラックへ追いつこうとします。バットマンの走行ショットでは、リアにマントの風きり音、フロントは、走行音とLFEという組み合わせです。この音楽は、バットマンがPODで道路を疾走し停車中の車のミラーを吹き飛ばすアタック音でカットアウトしています。

しかし、Jokerの周到な計画でビルの谷間へワイアーが張られ、ヘリコプターは、墜落、炎上してしまいます。このシーンも、ワイアーが壁へ打ち込まれる金属音や、ワイアーがヘリコプターに絡まり、ビルの壁面に接触しながら道路へ落下、炎上までを全面サラウンドで盛り上げています。





Jokerのトラックへ追いついたバットマンは、PODからワイアーをトラックに飛ばしそれを街灯へ絡めてトラックを横転させます。ここでは、ワイアーの発射音/PODが道路を走行するきしみ/等が一瞬ですがすばらしいアクセントをつけています。

ワイアーに絡まったJokerのトラックは、スローモーションで大回転し、横転します。ここでもトラックのきしみ音の後で瞬間ノンモンとなりスローモーションの時間経過を表しています。


このシーンの撮影は、大変な準備と努力があったと感じられるシーンです。

まず入念な走行テストを重ね、トラックの下からシャフトを突き上げることで見ごとなトラックの回転ができていますが、これを運転したドライバーは、撮影後クルーから大歓声で祝福されています。

         

         

横転したトラックからJokerがはい出してくるとハードセンターで車輪が空回りするかすかな音にL-Rで夜のアンビエンスが低レベルで定位しています。

ここから再びShepard Toneが登場し、Jokerとバットマンの一騎打ちシーン内でレベルを上げながら緊張感を高め、バットマンがJokerを轢かずにPOD毎Jokerを避けて横転するカットまでの54”間、継続しています。不思議な音を緊張感に応用するというアイディアは、1960年制作のA.ヒッチコックの名作「サイコ」で現金を持ち逃げした女が浴槽で宿の息子に惨殺されるシーンでB.ハーマンが使ったバイオリンによる表現を現代のテクノロジーで表した例と言えるかもしれません。

Jokerが、ナイフを取り出し、横たわったバットマンの正体を暴こうとした背後から死亡したはずの警部ゴードンが現れJokerを逮捕します。逮捕の一報に湧く取材陣と誇らしげなハービーとゴードンのシーンに今度はSCORING MUSICでやや不安げな雰囲気を出し何か新たな展開が起きる事を予測させています。

この9分間のために用意した効果音素材の中でも工夫したのは、

● バットマンモービル/POD音

高速ボートレースや車の疾走時のガス排気音/発電所ガスタービン/動物の声/電気自動車レース音


● タイアの走行音

様々な車種のタイア走行音を録音していますが、エクササイズに使うルームランナーと裏が剥げたランニングシューズの素材が活躍。



この逸話は、本人がエクササイズ中に靴の裏が剥げてルームランナーのゴムベルトに引きずられて面白い音がしたのでこれをタイアの走行音素材に使おうと持っていたPCM D-1ハンディレコーダで録音したそうです。(どこの国のサウンドマンも、ハンディレコーダを持ち歩いているのですね。)


● トラックやエンジン音各種、走行音だけでなく停車させたままでフルスロットル全開までの様々な素材を録音

●  ガンショット各種

サウンドレコーディストJohn FasalとEric Potterが様々なガンショット素材をマルチトラックレコーダで録音したとRichard Kingは、述べています。この2人は、ハリウッドでベスト.サウンドレコーディストとして信頼されているチームだそうです。


転には、もうひとつ大きな山場が構成されています。こちらは、なんと46’30”にもわたる長大なSCORING MUSICとその間で挿入する間欠的なShepard Toneという組み合わせです。転における2つの大きな山場をこうしたコントラストで使い分けしている大胆さも参考になると思います。


 

逮捕されたJokerの刑務所シーンから2つ目の山場が始まります。ここは、殆どハードセンターのみで一安心したゴードンの帰宅シーンには、平和なSCORING MUSICが58“で包んでいます。

Jokerは、刑務所内で手下の腹に仕掛けた爆弾を爆発させラウとともに脱走します。この脱走カットは、低域のみの効果音だけで構成し再びScoring Musicへ渡すというデザインです。




レイチェルが、死亡、生き残ったハービーは、やけどで入院し、そこへJokerが「お前も復讐の悪になるのだ」とそそのかし病院を爆発してバスで逃走するまでの24’07”をSCORING MUSICと3ヶ所のShepard Toneで包んでいます。Jokerが市民の乗ったフェリーの爆発を楽しもうとするビル内を透視分析するCG映像にサラウンドを活用したEFX効果音がテンポ感を出しています。


Jokerがバットマンによってビルの屋上から吊り下げられるまでのビル内は、効果音全開のアクションシーンで展開し、「ハービーを悪人にしてやったぞ」と笑うJokerのシーンまで、22’30”のSCORING MUSICが続きます。


●  結  144’33”

ゴードンが家族を連れ去ったビルへ向かうシーンから8’12”のSCORING MUSICが続きます。Jokerは、光のヒーローを闇のヒーローへ変えようとしたのです。ハービーをゴッサムシティのWhite Knightのままにしてバットマンは、再びDark Knight として闇に消えていきます。


● エンドロール 7’33”

エンドテーマにのってクレジット部分です。

4 デザイン上の特徴

まだ映像を撮影していない前から台本をもとにひと月かけて音響素材を準備したと言うくらい入念な素材が用意されているのが大きな特徴です。サウンド.デザインを担当したRichard Kingは、アクション映画で活躍しており最近担当した映画では、2003年のアカデミー受賞作「Master &Commander」2010年の「Inception」。2012年のバッドマンシリーズ「Dark knight Raises」等があります。

自らWeaponコレクターというくらい様々な武器の録音に熱心な様子がインタビューや映像から伺い知れます。「新作を担当するとこれまでの手法が同じように使えない作品ばかりなので、毎回新しい事に挑戦している。特に本作は、効果音と音楽のコラボが重要だったのでH. Zimmerたちが予めデモクリップとして制作した音楽を送ってもらい、それらを聴きながら音質やピッチ.テンポなどが音楽とうまく融合できるデザインを検討した」と述べています。以前も述べたと思いますが「音響効果と音楽がぶつからない=Don’t Crush with the Music」という基本をしっかり実現しながら素材を用意したことが大きな特徴ではないでしょうか。

サラウンド・デザインでは、全面定位を使った音場が多く、音の移動を表すFly Overや回転といったデザインは数カ所です。ただし全面定位を使ったサラウンド音場は、各チャンネルを分析すると細やかなパーツで構成されている事が分かります。全体を聴いた時には、マスキングされて目立ちませんがJokerのBad-Podの風切り音やバットマンのマントの風音、トラックのクラクションや追突されたパトカーのサイレン音などがあります。一方で、台詞が中心のシーンは、殆どハードセンターのみでコントラストをつけ、一瞬のノンモンをインサートすることでダイナミックスを拡大しています。

金属系のFoleyは、ガラス破砕音/ワイアーや鎖/起爆ピン/弾着/といった瞬間音やチェースシーンでの車の衝突アタックなどです。

撮影現場も困難な録音だったと想像できますが監督のC. Nolanは、現場の台詞のほうがリアルだという考えで90%以上同録を使用したので台詞MIXを担当したGary Rizzoは、整音に多くの時間を費やしたと述べています。ちなみに彼ともう一人のRe Recording MIXER :Lora Hirschbergは、Skywalker sound所属で本作のMIXは、ワーナーブラザースのStage9で行っています。ここは、ワーナーブラザースの12室あるダビング.ステージの中で初めて96KHzで運用しているスタジオだそうです。


プロダクション・サウンドを担当したEd Novickの録音をRichard Kingは、絶賛していますので彼のインタビューから今回の取り組みを紹介します。

*プロダクション・ミキサーの役目は、撮影現場で可能な限りADRが不要な品質のセリフを録音すること。

*監督のクリス・ノーランは、音にも非常に配慮する監督なのでロケハンには同行してノイズの有無、発電機の場所、部屋の空調などノイズの少ない場所を選んだ。

*どうしてもブーム・マイクでフォローできないシーンは、仕込みマイクやPlant Micと呼ぶセット内に仕込んで録音。それでもダメな部分は、撮影後すぐにWildサウンドを録音した。

*衣装デザイナーもセリフの録音の重要さを理解しているので仕込みマイクを取り付けやすいような工夫を行ってくれたおかげだ。

*香港ロケでは、セリフ以外にも香港の様々なアンビエンス を録音した。使用したのはZaxcom Deva VとShoeps M-Sマイク。  





*シカゴロケは、ビルの反響が多いのでブーム・オペレータがうまく反響をコントロールしてくれた。

6 音楽

Hans ZimmerとJ.N. Howardの2人が、オーケストラによる音楽部分を担当しておりLFEも多めのバランスです。もうひとつの打ち込みによるJokerに関連した作曲は、AMBIENT MUSICとクレジットにあるLorne BalfeとMell Wessonが担当しています。Hans Zimmerは、Ostinatoと呼ぶ繰り返しを多用する手慣れた作曲手法で映像のアクションやストーリーの転換点等キューポイントを押さえた音楽となっており本作では、特徴的なライトモティーフは、使われていません。使用した音楽のトータルは、110分に及び作品に占める割合は、72%になります。

ドラマの中で使われるSource Musicは、起の部分でハービーとレイチェルの2人が食事をしているレストランに流れるBGMと承パートでブルース.ウエインがハービーの資金集めのために開催したParty 会場BGM、市警本部長葬儀のパレード音楽「これは撮影時に実際に演奏したLiveが使われたそうです」、ギャングのボス マローニがいるディスコクラブBGM 等です。

おわりに

アカデミーの受賞の中でも音響効果賞(Best Sound Editing)とベストサウンド賞(Best Sound)は、どういった区別をしているのか?年代別受賞リストを眺めてみると一定の傾向があるように思います。

派手なアクションが多い作品が音響効果賞となりミュージカルなど音楽が主体の作品がベストサウンド賞を受賞するといったように分かれているような傾向です。サウンド.デザインといった観点からは、音響効果賞を受賞または、ノミネートされた作品のほうが、参考になるヒントがたくさんあると思います。2020年以降は、Best Soundという分類に統一されその中にこの2つが受賞カテゴリーとして変更されています。


September 21, 2022

2009年第81回アカデミーBest Mix受賞作「スラムドッグ.ミリオネア」 のサウンド・デザイン


Mick Sawaguchi 沢口音楽工房
    Fellow M. AES/ips
                UNAMAS-Label・サラウンド寺子屋塾主宰

はじめに

第81回アカデミー賞で、作品賞をはじめトータル8部門受賞したイギリス制作「スラムドッグ.ミリオネア」を取り上げました。そのテーストは、映像/音響ともに鮮烈で、インドの熱気や猥雑さ十分感じることができる作品です。

インド国内向けのヒンディー版が、2005年に制作され、そのヒットを受けてワールド・ワイド版を2008年イギリス制作で実施、インドで人気の「億万長者に挑戦」というクイズ番組で次々と賞金を獲得するムンバイのスラム街生まれの孤独な少年ジャマール.マリクの人生と初恋のラ.ティーカそしてムンバイの今を伝える作品です。音響効果賞は受賞しませんでしたが、筆者は、イギリスでSound24を運営しているGlenn Freemantleのデザイン・センスに敬意を表して分析しました。(彼は、Gravityで第85回アカデミー賞Best音響効果を受賞しました。)またBest Original ScoreとSongを受賞したインドの音楽家A.R Rahmanについても紹介します。

 

1 スタッフ

監督:Danny Boyle/Loveleen Tandan

Sound. Design: Glenn Freemantle/Tom Sayears

Foley Artist: Jack Stew/Andrea King/Andi Dewick/Peter Burgis

Foley Studio: Anvil Post (London)

Final Mixer: Ian Tapp/Richard Pryke

Final Mix: Pinewood Studio (London)

 

Music Composer: A.R Rahman

Recording Studio: AM Studio/Panchathan Record INC/KM Music Studio/NIRVANA     

                 Studio

Recording Engineer:H.Sridhar/Viviane Aditya Modi

Music Mix: Andy Richards at Out of EDEN (London)



2 ストーリーと主要登場人物


大きく3つのシーンで構成され、

●クイズが行われているTVスタジオ

●取り調べ室

●クイズの解答に関連したジャマールの回想

がリンクしていく展開です。


年代は、2006年のインド ムンバイ。アジア各国でも人気の視聴者参加番組「億万長者に挑戦」というクイズ番組に参加したムンバイのスラム育ちジャマール.マリックが次々と正解を回答しついに後1問解けば1000万ルピーを獲得するとこまで来ました。番組の司会者Drem Kumarは、きっとインチキをしていると警察へ彼を引き渡し、厳しい尋問が、始まります。

どうやって次々と正解を応えたかを、ジャマールのスラム街での生活から現在の電話会社のコール・センターのお茶汲みとして働いてきた18年間に起きた苦難の道が偶然にも関係し正解につながったと警官に語ります。


 彼が、5歳の頃のムンバイ、スラム街の母と兄との生活、1992年−1993年1月に起こったボンベイ争乱により兄弟は、同じ孤児となった少女ラ.ティーカを連れ3人は、固い結束をしながら放浪の生活を始めます。18歳で少女ラ.ティーカの行方を探しにムンバイへ。兄は、ギャングの仲間として働き、ジャマールはコール・センターのお茶汲みをしながら電話検索で兄の電話番号を検索し再会します。兄が働いているギャングJavedの家まで兄を追跡したジャマールは、そこにいるラ.ティーカと再会し、「もう離さないよ。毎日17:00に駅で待っているので一緒に逃げよう」と説得します。 


監禁されたラ.ティーカとどうやって連絡すればよいかを考えたジャマールは、インドで人気のクイズ番組に出れば見つかるかもしれないと考えクイズ番組に出たと話すと警官は、彼はインチキをやっていないと確信しジャマールをスタジオへ戻します。そして最後の2000万ルピーという頂点の賞金獲得問題がだされます。それは、ジャマールが5歳の時に学校で読んでもらい、3人が固い絆と愛情を分かち合うきっかけとなった三銃士物語の3人目の名前は、誰か?という問題です。インド中の視聴者が見守るなか、ジャマールは、見事2000万ルピーを獲得。そして毎日17:00に待つと約束した駅でラ.ティーカと再開、永遠の愛を誓います。


3 代表的なサウンド・デザイン例

3−1 プレオープニング 6‘06“

冒頭からサラウンド全開の作品で、デザインを分析するには、期待の持てる始まりです。ロゴの冒頭からリアでリズムがSR-SLへ移動して始まります。2006年ムンバイという時代背景のテロップからは、蒸し暑さをあらわすサラウンドのアンビエンスと息苦しい息が、密やかに始まり、取調室とクイズを放送しているTVスタジオがそれぞれカットバックされますが、そのきっかけがシーンごとに『先行・残像効果』が活用されており本作のテンポ感表現する基本手法となっています。本作でそれが使用された例は、後ほどまとめて紹介します。

取り調べ室の中では、ジャマールがバケツの中に顔を突っ込んで尋問されL-Rでバケツのアタック音。LS-RSで水中のショック、アクセント音、ジャマールの喘ぐ声は、CからLS-RSへフランジングがかかった加工音で構成され時間でいえば3秒のアクセント音ですがバンパーの役目を構成しています。

スタジオで司会者が「では次の問題を始めましょう!」という声が先行しスタジオに転換しスタジオ終わりで尋問室のドア音開閉と警部の足音が先行し、尋問室へ転換していきます。

「インチキはやってない、僕は知っていたんだ」というジャマールのセリフで、プレオープニングの6分が、終了です。アクセント音のサラウンドやLFE、さりげないサラウンドアンビエンスと派手な音楽サラウンドというデザインで十分観客を引きつける役目を担っています。

3−2 起 20’31”

時代は、ジャマールのスラム街の子供時代へ回想されます。空き地でクリケットをして遊ぶジャマール達、タイトル名がかかれたT-シャツ姿の男の子がボールを投げると頭上を勢い良くジェット機がフロントからリアへフライオーバーします。テーマ音楽は、まずRSからLSへリズムがパンニングし、フロントL-RにVO、リアLS-RSにもVOで、全体をPERCが乱舞、LFEもタッブリというこってり味の音楽で典型的なハリウッド・スコアリング音場と異なり明快なモノーラル音源定位が特調です。

監視員がオートバイで現れ子供達は、スラムへと逃げ、監視員とのチェースシーンが次々と展開します。母の元へ逃げ帰ったジャマールと兄のサリーム「母ちゃん!」というかけ声のタイミングで音楽は、カットアウトしますが、なんとLFEだけの余韻が残っています。

2人が通う学校で先生が「三銃士」を読み聞かせる場面は、台詞中心で殆どハードセンターです「早く本を開きなさい!」と先生から頭を本で殴られるカッットのアクセントは、大胆なサラウンドで本のアタックがCにありL-Rにその余韻が、そしてリアに長めの余韻がありますが、センターのアタック音にはムンバイ名物3輪車タクシー(リクシャ)の警笛がシンクロしています。


こうしたアクセントのデザイン手法は、「1997年ピースメーカ」や「1990年レッッドオクトーバーを追え」、等でも見られます。LFEの余韻は、次の現在のムンバイ取り調べ室へこぼれて場面が転換します。一転してここは台詞中心のCのみです。

本作のデザインでは、大胆なサラウンドデザインを使った後は、C中心の点音場にするというコントラストを随所に使っているのも特徴です。取り調べ室にあるTVからジャマールが出演しているクイズ番組のビデオが流れます。カメラは画面へズームインし、場面はリアルなスタジオとなりますが、この転換も画面がズームインするにつれてモノ〜ステレオ〜観衆の歓声入りのサラウンドと音場を拡大していきます。


最初の問題「1973年の映画 鎖の主演俳優の名前は?」という質問からジャマールの回想へ入ります。この転換音は、ジャマールが河原のトイレにいる閉空間をリアで飛ぶ「ハエ音」を強調して転換します。 


ヘリコプターが空き地へ着陸し登場した人物がこのクイズの回答になるボリウッド映画の人気スター「アミターブ」だったのです。彼のサインをもらったジャマールは、大喜び、しかしそれを兄は、映画館主に売り払ってしまいます。このシーンは、ムンバイの夕景にサラウンドで街のアンビエンス、リアでオートバイの通過音をアクセントにして取り調べ室へ戻ります。

ここは、Cの台詞中心で進み、ビデオではジャマールが次の問題へ挑戦しています。「インドの国章の下にかかれた言葉は?」これも正解し「4000ルピー獲得」という司会者の声をきっかけにスタジオへ場面は、戻ります。ここは、歓声、拍手などでサラウンド音場とし前の取り調べ室のC中心音場とコントラストをつけています。「では次の問題。ラーマ神が右手に持つ物はなにか?」の問いかけをきっかけにスラム街へ回想しますが、このきっかけは、スラム街の横を通過する列車の轟音で転換です。


LFEも十分含んだ通過音は、カメラがスラム街へパンニングするとRSへのみ残ります。通過した列車の後ろからは「イスラム教徒を倒せ!」というかけ声とともに暴徒がスラム街をおそいパニックになります。世に言う1992年暮れにおきたボンベイ騒乱です。ここは、様々な襲撃シーンが、派手なアクションシーンとしてサラウンド全開で3分間展開されます。


「答えは、知らない方が良かった」というジャマールの台詞のアップで、取り調べ室へ、「弓と矢だ」というジャマールの回答でスタジオへ転換します。 



3−3 承 60’00”

スタジオのジャマールの顔アップへリアCHからカラスの声が先行し、場面は、襲撃を受けて燃え上がるスラム街のワイドショットで転換します。燃える炎は、LFEのみで遠景でも燃える迫力を加えています。不安げな兄弟二人にサラウンド全開の雷がとどろくとシーンは、夜の街へ。雨が降る中でトタン屋根のバラックに雨宿りしている2人です。ここでの雨音は、屋根に落ちる雨音がリアを強調してデザインされ、フラッシュバックで母が撲殺されるアクセントがサラウンドで一瞬インサートされます。一緒に逃げ出したラ.ティーカが雨宿りできず、路上で雨に打たれながら道路に絵を書いているシーンは、逆にフロント3CHのみで、雨宿りしている兄弟のサラウンドシーンとのコントラストを大胆につけています。ジャマールが、兄を説得しラ.ティーカを雨宿りさせ「3人はいつも一緒」という後半は、愛のテーマ音楽と静かな雨音となり、シーン前半のダイナミックなサウンドとの対比を出しています。


スタジオへの戻りかたは、これまで普通の声が単に先行するという方法ですが今回は、司会者の声がぼけた音質からだんだん明瞭な声に変わることで再びスタジオだという転換を使っています。次の問題「クリシュナの神の歌を書いた詩人は?」という質問が次の回想シーンである3人がゴミ山で生活している画面へこぼれ回想がはじまります。ストリートチルドレンを誘拐しては、街で稼がせるギャング・アマンが近寄ります。「暑いね、」といって差し出したコーラの栓を開けて渡すFoleyは、大変印象的です。このシーンは、ゴミ山とロングのムンバイのアンビエンスがサラウンド空間を丁寧に作っています。 



子供達を誘拐したアマンの隠れ家は、夜の虫.トリにロングの汽笛がさりげなくサラウンドアンビエンスを作りしずかなシーンです。ジャマールの目をつぶして盲目の歌い手として金を稼がせようと企むギャングは、ジャマールにクイズででた「クリシュナの神の歌」を歌わせます。ギャングの考えを見抜いた兄は、2人で逃亡し少女ラ.ティーカも後を追います。駅にたどり着いた3人は、夜行列車に飛び乗り逃走しますが、ラ.ラティーカは、手を離した兄のせいでギャングに捕まってしまいます。ここは、ダイナミックな音楽主体で、後半残されたラ.ティーカを思うジャマールの背景でラ.ティーカの愛のモティーフが登場します。この音楽は、後に彼女との再会シーン等で何度も登場します。


ラストシーンに「スルダースだ」というジャマールの回答が入り場面は、スタジオへ転換です。スタジオの大歓声はサラウンドから音質を変えながらモノーラルとなり取り調べ室のビデオ再生へ変化します。「女の子は、どうしたんだ?」警部の質問でカメラは、TVの後ろをトラック移動しブラック画面になると、突然列車の進行音が全面サラウンドで展開、LFEも十分入っています。


兄弟がインド中を転々として生活した様子が4シーンで紹介され、取り調べ室で「どうやって100万ルピーを獲得したのか?」を回想するかたちで兄弟がラ.ティーカを探すため再び大都市へと変貌したムンバイへ戻ります。


地下道で盲目のストリート・チルドレンと再開しラ.ティーカがチェリーという名前で歓楽街ピラ通りのダンサーになっている事を聞いた2人は、ラ.ティーカと再会します。しかしそこには、ギャング アマンもいたのです。ここは、サスペンス風のBGMが主体です。ラ.ティーカを救出する場面で、兄サリームが取り出したコルト45が火を吹きます。このSEは、ブレス音がハードセンターでフロントとリアにはピッチを落とした鼓動が定位し、ガンショットのアタックはハードセンターとLFEへ、金属片がひとつひとつ360度で広がるというデザインで迫力満載です。


そして次の質問「リボルバーを発明したのは?」を兄の銃からヒントを得て回答したジャマールが、見事250万ルピーを獲得し次の質問もジャマールがお茶汲みとして働いているコール・センターでの出来事をヒントに500万ルピーを獲得。兄と再開したジャマールは、兄の働くムンバイのギャングの家まで追跡します。


3−4 転 96’00”

そこでラ.ティーカと再会します。直前に一瞬ノンモンが入り緊張感を出していますが、本作でのノンモンの使用は、ここだけでラ.ティーカの愛のテーマがBGMとして使われています。「毎日17:00に駅で待っているよ」というジャマール。これがクイズ番組にジャマールがなぜ出たのか?の伏線になっています。また、ボスが見ているクリケットのTV番組が、次のクイズの質問とも関連しています。


「クリケットで最高得点選手は?」司会者の声が先行しスタジオへ戻ります。

「挑戦します」ジャマールの声で場面は、ラ.ティーカを待つ駅へ転換です。ここは、汽笛がスタジオへ先行し駅構内が全面サラウンドで展開です。しかしやって来たラ.ティーカは、兄一味に取り戻されてしまいます。緊張感のあるBGMから司会者の「ここでCMです」という声を先行してスタジオへ転換、これ以上賞金をジャマールに獲得させないと考えた司会者は、トイレでニセの回答Bを鏡に書いておきます。

「Dです」ジャマールの回答が正解し見事1000万ルピーという賞金を獲得。サラウンドの歓声から、取り調べ室へ転換、「彼女が見ていると思ってクイズ番組に出た」と警部に語りながら疲れて眠ってしまうジャマール。



3−5 結 113’00”

ギャングのボスの家では、ジャマールが最高賞金額1000万ルピーを獲得し、次の2000万ルピーを獲得すれば頂点にたつとTVニュースが報じています。2人の強い絆を感じた兄は、車のキーと携帯電話をラ.ティーカに渡し逃がします。BGMは、次の取り調べ室でジャマールの顔にかけられる水音でカットアウト。「スタジオへもどってよい」と無罪を確信した警部から告げられます。


町中は期待と興奮に包まれ各地でもTVを観戦しています。渋滞に巻き込まれたラ.ティーカも車を降りて近くのTVに見入ります。ここは、期待感をBGMサラウンドで支え、スタジオの会話はCのみです。「最後の質問。三銃士にでてくる3人目の名前は?」子供の頃の学校が、フラッシュバックでインサートされ、おもわずジャマールに笑いがでます。

「ジャマール!」という客席からの応援をきっかけに緊張感のある音楽が5分20秒の山場を支えます。「分からないのでライフラインを使う」兄の携帯が鳴り響きます。この音は、2通りで表現されラ.ティーカが街で持っているリアルな呼び出し音とスタジオ内に響き渡るサラウンド呼び出し音です。このシーンは、スタジオの進行と街にいるラ.ティーカそしてギャングの家で札束を浴槽へ敷き詰めて最後の一戦を迎えて死を覚悟した兄という3シーンがカットバックし、それを音楽が接続していく構成です。


制限時間が刻一刻とせまり時間切れ寸前「HELLO」というラ.ティーカの声がスタジオにサラウンドで響きます。スタジオで回答をせかせる司会者のカットにボスの家で兄の閉じこもったバスルームのドアを激しく叩く音がはいり複合的な緊張感をデザインしています。

ここで一度音楽は、カットアウト、そしていよいよジャマールが回答「正解だ!」の大歓声とともに音楽は、再開します。歓声と同時に兄がボスにめがけて発射した1発の銃声がフルビット最大レベルで轟きます。

歓声のどよめく中をラ.ティーカは、夜の駅へ走ります。愛するジャマールに会うためです。再開した2人に愛のテーマが流れ「運命だった」ということばで、山場の結が終わります。 

3−6 エピローグ 7’00”

2人だけの駅は、突然インド版M-TVとなりヒット曲Jai hoに合わせて大フィーバーです。ここは音楽サラウンド全開で、スタッフ・クレジットで終了です。



4 デザイン上の特徴

本作のサウンドデザインを担当したGlenn Freemantleの経歴をみるとイギリス映画界のサウンド・デザイナー歴30年、これまでに70作を担当という重鎮です。彼の近作では初Dolby Atmos mixでアカデミー音響効果賞を受賞した2013年「Gravity」があげられます。



日頃我々は、ハリウッド系のサウンドとサウンド・デザイナーに着目していますが、ヨーロッパの動向にあまり関心をむけなかったことを反省させられるデザイナーです。サウンド・デザインは、Sound24というPine Woodスタジオの系列にある彼のスタジオで写真にあるように小振りなスタジオです。アカデミー賞を受賞後は、このスタジオ もDolby Atmos対応スタジオに更新され業界紙に登場することも格段に増えていますが、まさにアカデミー受賞のブランド力だと感心します。




本作の特徴は

モノ-ラル−3CHステレオーサラウンドの音場を効果的に使い分け

スタジオ/取り調べ室/回想の場面転換/に『先行予告・残像デザイン』を駆使したスピード感の表現にあると思います。代表的な場面転換例をいくつか紹介します。








 

   







 

 

       

LFEの大胆な使い方

周波数帯域バランスは、低域の重心のある重厚なバランス

ノンモンからフルビッットまでのレンジの使い方(これはどちらも使ったのは一カ所だけですが、そのことでレンジ感が拡大しています)

FINAL MIX担当のIan Tappは、イギリスの老舗映画スタジオPine Woodスタジオのポスプロ部門のmixerです。Pine Woodスタジオには2室のDolby Atmos対応ダビングステージを更新し、Pyramix DAWをコアにした大規模ネットワークによるファイルベースの構築を行っている点でも注目してよいスタジオです。

5 音楽

音楽は、全体で60分となり作品に占める比率は、50%と少ないと言えます。ドラマの中のソースMUSICは、なくクイズのバンパーとなる短い音楽を除けば大部分がアンダースコアMUSICです。

コンポーザーのA.R Rahmanは、1967年インド マドラスの出身でスコアリング音楽を手がけ始めたのは、最近です。主な活動はワールドMUSIC等をメインにイギリスで人気です。


 監督やサウンンド・デザイナーとはチームを組んでおり、前作「127HOURS」での制作の様子が以下のサイトにありますので、参照してください。http://soundworkscollection.com/videos/127hours

本作の音楽は、単独で聞いてもサラウンド音楽として十分聞き応えのあるPOPな音楽です。特にLFEは、大胆に使用しています。テーマやライト・モティーフは特になく「ラ.ティーカの愛のテーマ」が5回登場します。

音楽のLFEのみを残してシーン転換に使う等、大胆な音楽の使い方は、新鮮です。打ち込みの音源にPERC/シタール/Gt+voというシンプルな構成ですが、迫力でぐいぐい引き込んでいく強さは、ムンバイの風土を音楽でもよく表していると思います。音楽制作は、タイ.チェンマイにある素晴らしい環境の彼のHome Studioを活用し最終MIXは、ロンドンのスタジオです。

 




 彼は、インドでの音楽創作活動に並行して音楽教育にも熱心で自らのアカデミー財団活動も行っています。

6 効果音 Foley

効果音は、ムンバイの様々なアンビエンスが作品の空気感をだすのに貢献しています。人々、汽車、トリ、虫、風や、遠くの喧噪、3輪タクシー、オートバイなどです。リアルな音では、ヘリコプター、列車の通過音、雷、ジェット機、爆発や炎などが大変秀逸です。参考になるのは、サラウンドでデザインした単発のアクセント音です。

●尋問室のバケツの中へ沈める音

●学校の先生が本でジャマールを殴る

●狭いトイレの空間

●コルト45によるアマンの殺害

●ラストの大歓声と銃声

などは、多くの素材でデザインしています。

Foleyは、特段目立つ音はありません。確実に必要な音をフォローしたといえます。ゴミ山のテントで暮らす3人を誘拐にきたギャング アマンが差し出したコーラの栓を開ける動作音は、秀逸でした。

おわりに

筆者は、2010年11月ムンバイでStar TV Indiaの皆さんに1週間のサラウンド制作ワークショップを担当し滞在しましたが、ワークショップの制作テーマは、まさに本作に登場する視聴者参加のクイズや歌への挑戦というジャンルのサラウンド制作でした。

その当時は、テロに対する警戒が各所で厳しくマーケットから、ホテルまで毎回所持品検査でした。また道路は、舗装部分ありますが、少し裏手へいくと土埃の舞い上がる道がたくさんあり毎回ホテルへ戻ると浴槽に茶色い土が残っていました。交差点では物乞いの人々が車に群がり、信号無視と3輪タクシーの喧噪、高層ビルと対称的なトタン屋根のスラムが存在する状況でした。

ワークショップ終了後にムンバイの映画ポスト・プロダクションスタジオをいくつか訪問しましたが、その規模の大きさと設備の充実ぶりに大変感銘を受けた記憶があります。

本作は、サウンドとしてそうした空気感が見事にデザインされていることを感じた作品です。



///// 分析!アカデミー Best Sound Editing受賞作品 ///// 
第2回 作品の構成把握とデザイン要素 - 作品終了後のレビューの重要性

第3回 第88回アカデミー音響効果賞受賞「MAD MAX FURY ROAD」のサウンド・デザイン
第4回 第87回アカデミー音響効果賞受賞「アメリカン・スナイパー」のサウンド・デザイン
第5回 第85回アカデミー音響効果賞受賞「Gravity」のサウンド・デザイン

「Let's Surround」は基礎知識や全体像が理解できる資料です。
「サラウンド入門」は実践的な解説書です。