August 9, 2019

Immersive Audio 大賀ホール録音集大成から見えたもの

大賀ホールImmersive Audio制作6年の集大成
「UNAHQ 2015 ViVa The Four Seasons」の11.1CH制作リポート

Mick Sawaguchi C.E.O UNAMAS Label


はじめに

UNAMASレーベルがクラシック・ジャンルの制作を始めたのは2014年で最初に取り上げたアルバムは、[Four Seasons]でした。その理由の一つは、ポスト5.1CHと言われるImmersive Audioが音楽としてどんな表現の可能性があるのかを研究や実験でなく実際の制作を通じて表現してみたいと思ったからでそのためのジャンルとしてはJAZZではなくクラシック演奏の持つ豊かなアンサンブルや響きの空間性がImmersive Audio表現のために大変大きな優位性があると考えたからです。現在でもこのPVは、YouTubeで60万以上の視聴をされています。

それから6年を経た大賀ホール録音は、スタート時に比べ音楽性も、マイキング手法も、機材構築面でも大幅な試行錯誤を重ねて現在に至っています。本作は、改めてA. VivaldiのFour Seasonsを取り上げ、これまでのART-Technology-Engineeringの集大成として制作したアルバムとなりましたのでその舞台裏をリポートします。



1 アルバム楽曲



UNAHQ 2015 ViVa The Four Seasons-
M-01 Concerto No.1 in E Major. RV 269. [SPRING] 11’28”
Allegro. Largo. Allegro
M-02 Concerto No.2 in g minor. RV 315. [SUMMER] 11’07”
Allegro non molto - Allegro. Adagio Presto Adagio. Presto

M-03 Concerto No.3 in F Major.RV 293. [AUTUMN] 12’11”
Allegro. Adagio molto. Allegro

M-04 Concerto No.4 in f minor. RV 297. [WINTER] 09’53”
Allegro non molto. Largo. Allegro

YouTube PV:
https://www.youtube.com/watch?v=FCS_vGrH1Wg&list=PL0SQ5wEqfkKVzjArvfv1LfNl_vXnF4-33

https://www.youtube.com/watch?v=NZEIG2dOyS0&list=PL0SQ5wEqfkKUgABWd7EKKNnSHxRv20Rea


UNAMAS Strings Sextet
Vn Solo Shiori Takeda
Vn1 Jun Tajiri
Vn2 Fuuko Nakamura
Va Atsuko Aoki
Vc Makito Nishiya
Cb Ippei Kitamura


2 制作スタッフと録音情報



Rec. Date 28TH-29TH January – 2019
At Ohga Hall Karuizawa Nagano Pre JAPAN

Producer: Mick Sawaguchi (Mick Sound Lab UNAMAS Label)
Recording Director: Hideo Irimajiri (Armadillo Studio)
Venue Organizer: Seiji Murai (Synthax JAPAN Inc)
Rec/Mix/Mastering: Mick Sawaguchi (Mick Sound Lab)
Digital Edit: Jun Tajiri
Artist Booking: Shiori Takeda
Recording System Engineer: Jin Itoh (Synthax JAPAN Inc)
Peripheral Facility by Kiyotaka Miyashita (JINON)

MADI Rec by DMC842/Micstasy/MADI face XT
 (Synthax Japan Inc)
Digital Mic KM-133D as Main Mic (Sennheiser JAPAN K.K)
Mic Cable: The Chord Company
AccousticRevive (Sekiguchi Machine CO.LTD)
Battery Power Supply by PowerYIILE PLUS (ELIIYPower CO.LTD)
DAW: Pyramix V-11 192-32 Rec-Master (DSP-JAPAN LTD)
     Magix Sequoia V-13

4K HD Production: Tad Hosomi (Studio C'est la vie Co. Ltd.)
Photo by Tad Hosomi Mick Sawaguchi
J.K Design : M-Works

3 アルバムコンセプト

UNAMASレーベルは、毎回アルバム制作を行う前に3つのキーコンセプトを設定し実際の制作に入ります。今回もそれに準じてART Technology, Engineeringの三つについて具体的な取り組みを紹介します。

3-1 ART

前作では、若手アーティスト4人により弦楽4重奏のスコアを元に各4楽章のソロパートを4人それぞれがオーバーダビングによりソロ演奏するというレコーディング方式を取りました。まずアンサンブルパートを仕上げてから、春のソロはVn2で夏は、Vc秋はVaそして冬はVn1の方々にソロパートを演奏していただきました。元々Vnソロのために作曲しているスコアをそれぞれの楽器に合うようにアレンジし特にVcでの演奏では、その素晴らしい運指さばきで見事な夏が完成しました。このアルバムは、現在でもベストセラーアルバムを維持し、YouTube にアップロードしているUNAMAS—4Kチャンネル内でもこのPVは、60万に及ぶビューイングを数えています。

クラシック・アルバム制作を経てこの「Four Seasons」に新たな味を加えてみたいと2018春からアーティストの皆さんとどんな編成が有効かを検討しました。今回はソロパートをVnで単独演奏し、それ以外に最低4−5名で編成可能なスコアを前提しました。VnソロはこれまでもUNAMASクラシック・アルバム制作で常連でもありアルバムごとのアーティスト・ブッキングも担当している竹田詩織さんに依頼しました。彼女にとってもアルバムでのソロは初となります。その結果、弦楽5重奏+パイプオルガンという編成のスコアがありましたので、このパイプオルガンのパートをコントラバスで演奏する弦楽6重奏でアルバム制作することにしました。UNAMAS Labelの特徴の一つである低域成分の重視を今回もコントラバスによって表現しています。
前作では、弦楽4重奏でしたのでVcが低域を受け持っていますが、これがコントラバスまで拡大すると同じホールであっても表現力が大きく拡大していることがお聞きになれると思います。




もう一つは、Four Seasonsには、作曲者であるA. Vivaldiが情景描写の解説-Sonnetを書いていますので本作ではこれを元にアーティストの方向性と演奏ニュアンスを統一しました。

例えば、春の第一楽章アレグロでは春がやってきた、小鳥は喜び囀りながら祝っている。小川のせせらぎ、風が優しく撫でる。春を告げる雷が轟音を立て黒い雲が空を覆う、そして嵐は去り小鳥は素晴らしい声で歌う。鳥の声をソロヴァイオリンが高らかにそして華やかにうたいあげる。

最後の冬第3楽章 アレグロ。私たちはゆっくりと用心深く、つまづいて倒れないようにして氷の上を歩く。ソロヴァイオリンは弓を長く使ってこの旋律を弾き、ゆっくりと静かな旋律に続く。しかし突然、滑って氷に叩きつけられた。氷が裂けて割れ、頑丈なドアから出ると外はシロッコと北風がビュービューと吹いていく。そんな冬であるが、もうすぐ楽しい春がやってくる。
といった情景描写です。特にVnソロの竹田詩織さんはこれに基づいて演奏のニュアンスを設定しています。


世の中には、何百枚という「Four Seasons」アルバムがありますが、本作は、その中でも11.1CH 192KHz-24bitという大きな表現を実現した挑戦的なアルバムといえます。



3-2 Technologies

UNAMAS Labelのレコーディングシステムは、これまで7年間の積み重ねの中でほぼ一定に集約されてきました。ポイントは、

マスター・チャンネル数と同じ数のマイキング(現状は、Immersive Audioマスターなので11.1CHがファイナル・マスターとなりレコーディング時のマイキングも12CH)
メインマイクは、インパルス・レスポンスに優れ外来ノイズにも強いデジタル・マイクロフォン
演奏者近傍に設置したリモート・マイクロフォンプリアンプとDAW機器までをMADI 192-24 光伝送
S/N比向上、外来ノイズ排除のための様々なノイズ対策やアース対策
機材の電源は、バッテリー給電しインバーターノイズも対策
マイクロフォン・ケーブルや電源ケーブルの吟味・ACアダプターの専用化
リスナーの聴取環境の多様化に応じたリリース・フォーマット








3−3 Engineering

本作の最大の特徴は、Immersive Audio録音用に開発されたメインマイクツリーの導入にあります。7.1CHのメインマイキングは、図に示すようなツリー構造です。このツリーを中心にして演奏者は、それを取り囲むように配置します。




 もう一つは、SONY社が26年ぶりにリリースしたハイレゾ対応マイクロフォンC-100をハイトチャンネルに4本設置し、同時にさらに離れたホール2階席のバルコニーにもハイトチャンネル用にSanken CUW-180X2を設置したことです。同じ演奏で異なるハイトチャンネルの録音で再現される音場にどのような相違があるのかを検証するためでした。




3-4 2タイプのハイト・マイキング比較

今回は、同一メインマイキングに2タイプのハイト・マイキングを行いました。これまでは、場所は異なりますが、ハイト・マイキングはそれぞれ1個所の設置でしたので今後の検証も含め2タイプ設置して特徴などを比較し、最終的にはどちらかを使用するという目的で設置しました。

タイプ−01:「UNAHQ 2012 フローレンスの思い出」で設置した2階バルコニー席からの設置
タイプ−02:「UNAHQ 2009 死と乙女」で設置したステージ両端からの設置

以下に春第一楽章と夏第3楽章のそれぞれのスペクトルを示します。

春第1楽章
ステージ両端(SONY C-100X4)

2階バルコニー席(SANKEN CUW-180X2)

夏第3楽章
ステージ両端(SONY C-100X4)

2階バルコニー席(SANKEN CUW-180X2)


両者のハイトチャンネル成分だけを聞いてみると
ステージ両端のサウンドは、メインマイクからのカブリが少なく豊かな響きが多く捉えられている。
2階バルコニー席からでは、意外にもメインマイクと同様なメインの成分が多く、響きはやや少ないという結果でした。

当初の予想では、逆の結果が出るかと想像していましたので、こうした検証も大切だと痛感しました。

細部で言えば、メインマイク用のデジタルマイクケーブルに今回イギリスThe Chord Company社のデジタルケーブルを使用しています。Chord社としても初めてのデジタルケーブルを輸入元であるアンダンテ・ラルゴ社のご好意で特注していただきました。



UNAMAS Labelの音楽の特徴である静寂から音楽から浮かび上がってくるS/N比の良さと解像度の良さが一層高まったと思っています。


参考:ライナーノーツ抜粋
麻倉怜士(AV評論/津田塾大学音楽史講師)

今作品、ヴィヴァルディ『四季』ViVa The Four Seasonsは、UNAMASの大賀ホールプロジェクトの集大成だ。「集大成」という意味は音楽的、技術的、録音テクニックの3つの領域での総決算ということだ。

『四季』はイ・ムジチ以来、数百のアルバムがリリースされている超人気作。UNAMAS『四季』は第1作「Four Seasons」からして実にユニークだった。弦楽4重奏スコアをそのまま演奏し、アンサンブルパートを録音。次ぎにソロパートをオーバーダビングで重ねた。ソロは弦楽4重奏の4人のそれぞれが取った。春のソロは第2ヴァイオリン、夏はチェロ、秋はビオラ、冬は第1ヴァイオリンがソロパートを演奏するという世界初の企画だった。ヴィヴァルディは「ヴァイオリン協奏曲」として書いたが、季節毎にソロ楽器が変わるというのは、前代未聞だ。「ViVa The Four Seasons」の新『四季』の注目はまずは音楽性だ。そのポイントは3点。

1.竹田詩織のソロヴァイオリンの魅力竹田は、UNAMASプロジェクトではこれまで第2ヴァイオリンのセクションを担当。表に出ず、アンサンブルを和声と対旋律で支える地味な存在だった(本職の東京交響楽団も第2ヴァイオリン)。今回は躍動感に溢れ、エモーションとテンションが立つ見事なソロを披露している。特にディミニーク表現が感動的だ。バロックならではの強弱の対比を文字通りダイナミックに表現している。

2.アンサンブルの魅力。縦線の揃った繊細で俊敏なリズムの切れ味が堪能できる。UNAMAS Strings Sextetと名付けられた本楽団の正体は東京交響楽団。これまでの作品でも奏者の多くが東響メンバーからセレクトされている。第1ヴァイオリンの田尻順氏は、東響のアシスタント・コンサートマスターだ。広く世界を見渡すと、大きな管弦楽団には、そのメンバーが集まって小規模の室内楽団を結成する例が多い。日頃から研鑽している仲間同士ならではの細部まで息の合ったアンサンブルは、天晴れだ。

3.『四季』のソネットを深く意識した。『四季』には春夏秋冬の情景を表したソネット(小さな詞)が添えられている。ソロの竹田詩織とメンバーは、この詞を意識して演奏している。竹田詩織は言った。「2013年の『四季』の第一回の演奏の時は、音符を勢いよく弾くことがメインでしたが、今回は、ソネットで描かれている情景をいかに音で表現するかに、こだわりました。まるで当時の映画音楽のように、景色が具体的に書かれているのです。例えば冬の第三楽章は氷上のぎこちない歩行の情景です。ここは弓の木の部分で弦を叩くコルレーニョという特殊な奏法でカチカチとした氷の触感をあらわしました。聴く人にどんなイメージを持ってもらいたいかをはっきり演奏で示したかったのです」

音楽監督の入交英雄氏は「これまでのバッハ作品などは純粋に音楽的な追求に終止しましたが、『四季』は標題音楽です。写実的な躍動感を奇抜でないような正統的な形で、音にすることに気を払いました」と、述べた。

大賀ホールで本録音に立ち会っていた体験から書くと、シンタックスジャパンのリスニングルームで再生したイマーシブサラウンドの再生音には、この時、この楽器は実はこんな音を鳴らしていたのかという、実演では分からなかった新しい発見がある。大賀ホールの客席で聴いていると、楽団の各楽器が積層されたトータルの音が耳に入ってくるのだが、きちんとしたチャンネルアロケーションにて編集され、そのとおりに再生されたイマーシブサラウンドは、各楽器の演奏がまるで、スコアを見ているような明確さで分析的に聴けると同時に、トータルでの音場取聴が楽しめる。それこそ、イマーシブサラウンドで小編成を聴く、醍醐味であろう。


「Let's Surround」は基礎知識や全体像が理解できる資料です。
「サラウンド入門」は実践的な解説書です。

June 26, 2019

第6回 分析!アカデミーBest Sound Editing受賞作品:第91回音響効果賞ノミネート 「A Quiet Place」のサウンド・デザイン

Mick Sawaguchi 沢口音楽工房
Fellow M. AES/ips
UNAMAS-Label・サラウンド寺子屋塾主宰



はじめに

脚本校正、監督そして主演とマルチなスキルを発揮したJohn Krasinskiが、無音の世界をどのようにDolbyAtmosで表現したのかを分析します。サウンドチームは、古くは、TerminatorからGodzilla・Argo・Transformers・King Kong・などのサウンド・デザインを手がけてきた2人が運営するE Square スタジオです。
メジャー作品は、通常制作費100億から200億かけていますが、本作は、20億弱という低予算で世界的にも大きな観客動員を行い、映画批評家からもサイレントをメインにした斬新なサウンドが高く評価されました。




1 制作スタッフ

Director: John Krasinski
Sound Design: Ethan Van Der. Ryn Erik Aadahl
Final Mix: Bandon Proctor. Michal Barry
Music: Marco Beltrami and Buck Sanders at Pianella Studio Malibu
Foley Artist: Steve Baine
Production Sound: Michal Barosky
Sound pre-mix at E Square
Foley Studio at Foley One
Final mix at Warner Brothers Stage-10



2 ストーリーと主要登場人物

2020年、宇宙からやって来た怪物のために世界中が恐怖に陥っていた。怪物は盲目であったが、ており極めて鋭敏な聴覚を有し、それを利用して人間を攻撃していたのである。リトル・フォールズの街も誰もいなくなりわずかに生き延びていたのがエンジニアのアボット5人家族である。一家は手話を使用し、裸足で歩くなど音を立てずに生活していた。Larkinという無人となった雑貨店内で次男ビューは、棚にあるおもちゃのロケットを見つけ、乾電池も見つけた。それを見つけた父リーは、電池を抜いてロケットも置いていくようビューへ手話で話す。見かねた姉のリーガンは、帰り際にロケットを渡し、ビューはついでに電池も持ち出してしまう。そこから悲劇が起こり橋の上で突然ビューがロケットに電池を入れて遊び始め音に敏感な怪物に殺されてしまった。

医師であったリーの妻イブリンは、妊娠しており着々と出産のための準備を地下室に準備している。一年後、アボット一家は引き続いて音を立てない生活を心がけていたが、怪物の方は一家の存在を感知していた。リーは耳の聴こえない娘のリーガンのために様々な人工内耳補聴器を地下室で制作しているが、娘のリーガンは、いくらやっても無駄と父に反抗しリーとリーガンの関係は徐々に険悪なものになる。

ある日、リーが息子のマーカスと釣りに行くと知ったリーガンは同行を願ったが、妊娠中の母親(イブリン)を見ているようにと言われた。釣り場の近くの滝で、リーとマーカスは数ヶ月ぶりに普通の会話をすることができた。2人はビューの死とリーガンが抱えている家族への不信感について話し合った。リーはマーカスから「リーガンを愛しているなら、はっきりそう伝えないとダメじゃないか」と言われた。

洗濯をした後にイブリンは産気付いていた。安全な場所で出産するために、イブリンは地下室に移動することにしたが、階段で釘を踏み持っていた死んだ息子ビューの写真額を落下させその音に反応してモンスターがやってくる、屋根の上を徘徊し、ついに地下室までやってくる。浴槽内で無事男の子を生んだ妻イブリン、釣りから戻ったリーガン、怪物の関心を家から外すため花火を上げた息子マーカス、そして死んだ弟のロケットを橋に置いてきた娘のリーガン、それぞれが怪物と死闘を繰り広げ、最後の結末を迎える。

3 起承転結と時間配分

3−0 アバンタイトル 00:00:0−00:10:20

DAY89のクレジット後、無人の街リトル・フォールズの雑貨店で物資を調達するリー一家。手話で会話し、姉のリーガンは、耳が聞こえないことがサウンドで表され、雑貨屋の棚からおもちゃのロケットと乾電池を持ち帰る弟ビューを連れて家路を急ぐ。橋のたもとでビューは、電池を入れてロケットを手に遊びはじめるが、その音でモンスターが攻撃し、弟は還らぬ人になってしまいます。



3−1 起 00:10:20−00:20:27

DAY472のクレジット後、家族の日常が紹介されます。姉のリーガンは、自分のせいで弟が死んだことを後悔し、父リーは、ビューの回想を、母イブリンは、妊娠していることを…
4人の夕食が終わりマーカスと姉リーガンがサイコロゲームに興じているとマーカスがランプを倒し、大きな音が響きます。窓際へ近づいて父リーは、その音でモンスターが感づいてないかを調べます。

3−2 承 00:20:27−00:25:12

いよいよモンスターの登場です。屋根裏を徘徊するモンスターの不気味な低音がTOP-CHから響き、見上げているとアライグマが2匹屋根から落下し走り去ります。トウモロコシ畑で2匹は、モンスターに殺戮されここでモンスターの実態が登場です。地下室では、エンジニアの父リーが無線で世界に呼びかけ交信を試みています。またすぐ横には、娘リーガンの聴覚を少しでも改善しようと様々な人工内耳補聴器が作られ感度の高い最新モデルが出来上がります。作業しているところへ妻のイブリンがヘッドフォンをかけて現れつかの間の2人のダンスで平和をかみしめています。


3−3 転 00:25:12−0:55:29

DAY 473のクレジットから3人の生活が紹介され妻のイブリンは、地下に蓋つきのベビーBOXと酸素吸入器を準備し、父は娘リーガンに新しい人工内耳補聴器を試すよう渡します。父は、息子マーカスを連れて川へ鱒の仕掛けを引き上げに出かけそこで滝壺の裏側へ回って、初めて通常の会話を行います。姉との関係が良くないと感じている息子マーカスは、「愛していると言葉で伝えないとダメだよ」と父を説得します。

妻のイブリンは、写真を手に死んだ息子を思い出していると突然産気づきます。慌てて地下に降りる途中で階段の釘で足を踏みぬき驚いて写真を落としてしまいます。この音でモンスターが登場し、家中を徘徊する緊迫したシーンが続きます。産気付いた妻イブリンは、2階のバスタブで一人男の子を出産。急いで家に戻った父リーは、妻と赤ちゃんを連れて地下室へ身を隠します。このシーンは、TOP-CHも有効に使った優れたサウンド・デザインですので後ほど詳細に分析してみます。



3−4 結 00:55:29−01:23:49

地下室での家族3人と徘徊するモンスターの緊迫したシーンが続きます。一方娘のリーガンは、死んだ弟にロケットを橋のたもとのお墓に供えて帰宅の途中です。そこへモンスターが攻撃に背後から襲ってきますが、リーガンが思わずスイッチを入れた人工内耳補聴器から出る発振音にモンスターが驚き逃げ出してしまい、モンスターの弱点が示されます。畑には、弟マーカスも隠れていました。2人でトウモロコシのサイロの屋上へ逃げます。

「子どもを守って」という妻の言葉で地下を出たリーは、2人を探しに外へ出ます。残された妻イブリンの地下室には、以前洗濯をしていて閉め忘れた水道から水があふれだし、その中をモンスターが獲物を探しにやってきます。このシーンも水音が緊迫したストーリーを盛り上げていますので後ほど紹介します。

サイロの2人は、父を待っていますが、しびれを切らした娘が一人で行動しようとし止めようとした弟はサイロ内へ転落。助けに入ったリーガンとともにサイロ内で孤立します。物音に気付いた別のモンスターがサイロを攻撃しますがここでも娘の人工内耳補聴器の発振音のおかげでモンスターがサイロに穴を開けて逃げ出していきます。 





2人を見つけた父は、畑の外の車に隠れるよう伝え自分は、斧でモンスターに立ち向かおうとします。車に向かうモンスターから2人の子供を守るため父は、娘リーガンに手話で「愛しているよ」と伝えると叫び声を出してモンスターをおびき寄せ自ら命を絶ってしまいます。

車を動かした2人は、家の地下室へ戻り3人と赤ちゃんが再開しますが、モンスターとの格闘が開始です。あわや、というところで娘が発振音でモンスターが逃げ出したことを思い出し、父のマイクに補聴器を当てフルボリュームで鳴らし、倒れこんだモンスターをいぶりんがショット・ガンで打ちのめし、さらにフルボリュームで補聴器を増幅しモンスターを追い払います。

3−5 エンド・ロール 01:23:49−−01:31:00

エンド・ロールに流れるエンディング音楽もTOP-CHをいろいろと活用した素晴らしい音楽として鑑賞できます。

4 特徴的なサウンド・デザイン

4−1起

リトル・フォールズの街がワイドショットで紹介。ここに流れる-50 dBくらいの微小なサラウンド・アンビエンス風音楽+TOP-CHの高域メインの音楽リフ、ハードセンターに登場するFoleyのレベルが-38dB程度、これでこの作品の基本的な音場設定が提示されます。すなわちとても静かな映画であるということです。



一家の姉リーガンは、耳が聞こえない少女であることを示すために彼女のアップになると低域だけの-40dBほどのサラウンド空気音が提示されます。これは、この後も彼女の主観的な聞こえ方としてなんども登場するデザインです。



この音は、Neumann KU-100ダミーヘッドで収録したそうで、主観ショットのサウンド録音に工夫が見えます。

4−2承

17‘51“からの音楽は、この作品で現れる2つのモティーフのうち『家族愛のテーマ』になります。ベースの5.1CHは、ストリングスとApfでTOP-CHに、ややOFFのストリングスという配置です。

19‘22“
息子マーカスが誤って石油ランプを床に倒すSE

それまでの平均音声レベルが-40dB前後で推移してきましたが、このランプが割れる音で-2dBと突然フルレベルになります。こうしたダイナミックなレンジの使い方も本作の特徴です。

19‘31“
父リーが火を消してみんなに黙るようにジェスチャーすると今度は、全くの無音が40“続きます。その後TOP-Lsから鳥が飛んでいくというレンジ感も観客を引き込む良いデザインです。

20‘27“
モンスター登場です。ここは、音楽とモンスターの声が一体となったデザインで音楽は、ベース 5.1CH位ありTOP-CHの前後をモンスターが動き回るというデザインです。スコアリング音楽を担当したMarco Beltramiは、サウンドチームに早めにモンスターの声のデザインを送ってもらい、そのイメージを壊さない音楽パートを作曲したと述べています。こうしたアプローチは、『ジュラシック・パーク』でJ.Williamsが恐竜のサウンドを聴いてから音楽は、Vcまでとして作曲したアプローチと同様です。


21‘45“
屋根から逃げた2匹のアライグマがトウモロコシ畑を逃げているとその音でモンスターがアタックします。フルビットのLFEとメタル素材のSEがベースCH全面で展開しTOP-CHではFL-FRにシンセMEでアタック音が定位します。

こうしたTOP-CHのFL-FR 2CHのみでの使い方は、スクリーンととても統一感があり、映画ではTOP-2CHの使い方も有効だと思います。





24‘00“
つかの間の平和。妻イブリンがヘッドフォンで音楽を聴いています。最初は、ハードセンターだけですが、2人でヘッドフォンを分かち合ってダンスを踊るカットからソース音楽が純粋なサラウンド・MIXとして流れます。これも音楽として素晴らしいMIXです。画面は、ブラック・アウトして承パートが終わります。




4−3転

34‘41“
父リーが息子マーカスを連れて川のワナから鱒を引き上げに行くシーンです。この川の流れは、異常にレベルが大きく強調されていますが、これは、「川音でそれ以外の音がマスキングされるので普通の音を立ててもモンスターには聞こえないのだ。」と息子に説明するためのデフォルメです。



38‘11“
2人は、滝壺の裏側へ行き、初めて普通のレベルで会話をします。滝の音でマスキングされているからです。ここでは、滝の流れがベースとTOP-CHで全面に展開します。






45‘58“
妻のイブリンが産気付き、そこへモンスターが登場という緊迫シーンです。モンスターが最初天井を徘徊し、やがて地下へ降りてきます。ここから55‘29“までの9’29”は、とても素晴らしいデザインでTOP-CHの使い方も秀逸です。





49‘02“
イブリンは、モンスターの注意をキッチンタイマーに引き寄せ、身を守ろうとタイマーをセット。
そのカチカチという音は、モンスターの異常に敏感な聴覚を表すために全面で響きます。次にタイマーの客観ショットになると通常の小さな音で鳴り、セットしたアラームが鳴り始めると5.1CHで響き渡ります。




49‘08“
階下に来たモンスターは、標的を探し、動き回りますがイブリンは、アラームに注意が向けられている間に2階のバスタブへ逃れ、出産します。
52‘08“
息子マーカスが外で点火した花火が盛大に夜空を照らしイブリンの呻き声とともに赤ちゃんが生まれます。この一連の展開をTOP-CHに配置する様々な音の変化でテンポと緊張を高めています。TOP-CHのメリットを最大限利用した本作の秀逸なデザイン例だと思います。




52‘20“
川から戻ったリーが部屋に駆け込むと花火は、TOP-CHのFRでOFF君に聞こえ、

52‘41“
2階へ上ったリーは、血の流れたバスタブを見て座り込みます。ここで52“もの長いノンモンが登場し、

53‘25“
突然の血の付いた手がシャワールームに映るとフルビットで5.1CHのアタックMEが登場し、先ほどのノンモンーフルビットという大きなレンジ感を発揮しています。

55‘29“
リーは、妻と赤ちゃんを抱いて地下室へ逃れ、その背後にモンスターが近づいてきます。マットで蓋をするとブラック・アウトで転が終わります。

ここまでの9‘29“のシーンで登場するSEや音楽のデザインは、大変秀逸だと思います。

4−4結

57‘25“
隔離された地下室内でリーとイブリンが、ノーマルレベルで会話を行います。「子どもたちを守って!」この台詞が次の新たな展開のキーとなります。

1h03’23’
ここのシーンは、2‘33“ですが、地下に流れ込んだ水の溢れる地下室でモンスターとイブリンが赤ちゃんを守ろうとする緊迫したデザインも秀逸です。
特に水音のベーシックCHとTOP-CHの使い方に着目です。またFoleyで水の上を流れていくガラス瓶のかすかな音質も素晴らしいと思います。


1h09‘20“
トウモロコシのサイロ内に落下したマーカスとリーガン、その音で攻撃してきたモンスターがサイロの周りを徘徊し、2人を攻撃します。しかしリーガンは、以前人工内耳補聴器のS.Wを入れるとモンスターが逃げていくことを思い出しS.Wを入れます。
ースCHでは、モンスターの鳴き声が全面で展開し、TOP-CHの音は、最初低域の息、やがて緊迫したストリングスが加わり、鳴き声はONで唸り、人工内耳補聴器のS.W ONで逃げ出すとTOP-CHの鳴き声もだんだんOFFになります。





1h18‘44“
残ったイブリンと2人の子供に赤ちゃんが地下室でモンスターと再び遭遇し、対決する山場です。モンスターは、1階から階下へ降りてくると標的を探し徘徊しますが、父リーが設置している様々なTVモニターが出す発振音に反応します。再び弱点に気付いた娘のリーガンは、再び人工内耳補聴器のS.Wを入れると父が交信に使っているマイクに近づけて発振音を一層拡大します。
フラフラになったモンスターは、ついにイブリンのガンショットで倒され、リーガンは、さらに大きな音で発振音を響かせての頃のモンスターも逃亡。一件落着となります。ここも2‘43“のシーンを音楽とTOP-CHで展開するモンスターの様々な声のMEが緊迫感を盛り上げています。



5 スコアリング音楽


スコアリング音楽は、トータルで47’30”となり全体に占める比率は、52%です。これは、最近のハリウッド映画が、全編音楽で塗りたくる傾向と異なり極めて正調のアプローチと言えます。
●  家族の愛のテーマ
   モンスターのテーマ
でライトモティーフが使われています。愛のテーマに使われるApfは、黒鍵のみ少し調律をずらして不思議なサウンドを狙ったとMarcoは述べています。音楽の構成は、大きく4つに分類でき

1 ベーシックトラック録音時のOFFマイクをTOP
2 ベーシックトラック用に録音した中から特定のパートを抜き出してTOP-CH
3 まったく新たな楽器をTOP-CH
4 ベーシックトラックの特定パートの楽器のリバーブのみTOP-CH








録音時の写真を見るといわゆる典型的なデッカツリー5CHマイキングではなくほぼ楽器一つにマイクを設置し、ダイナミックマイクなどカブリを避けたマイクが多用されています。これも後で自由な配置やTOP-CHへの展開を考えた結果だと思います。





スコアリングのレコーディングは、MarcoとBuck Sandersがロスから海岸部へ行ったマリブの丘の上に2010年建設したプライベートスタジオPianella Studioで録音しています。


6 Foley.効果音 素材録音

サウンドデザインチームは、Godzilla・Transformers・King Kongなどで様々なモンスター・サウンドを作り上げてきたE2のチームが担当しました。
得意のモンスターのサウンドは、大4つに分けて制作したと述べています。

アイドリング時
静かな息
捜索で徘徊時
アタック

で、素材の例としては、スイカを割る、氷を入れて割る、濡れタオル、動物のいびきや息などを加工したと述べています。




彼らがGodzillaでSANKEN CO-100KマイクでFoley録音しているVideoも大いに参考になりますので参考にURLを紹介します。https://vimeo.com/114853672

ME風のサウンドが多く登場するためスコアリング担当のMarcoとは、緊密に音源をやり取りしながらそれぞれがうまく融合するサウンド・デザインを行ったとインタビューで述べています。



Foleyは、カナダトロントのFoley One Studioで録音しておりモンスターの足音『蟹の足』や異常に敏感な聴覚を表す素材『スタンガン+ぶどう キャベツ・セロリ』、などを録音しています。





終わりに

サイレントをデザインして作品をデザインするのは、大変難しいため本作のように耳の聞こえない娘リーガンの登場や音にのみ反応する視覚のないモンスターによるストーリーは、観客にも評論家にも新鮮なインパクトを与えたと思います。

1時間31分の全体をラウドネスメーターで測定してみました。
意外にも平均ラウドネス値は:-25.9LKFS T.P:-1.4
そしてダイナミックレンジは、40dB前後です。
平均ラウドネス値が、−23LKFSに近かったのは、多分フルビットに近いモンスターSEが多く登場しているので通常のサイレントレベルである-40dBをうまく平均化できたからではないかと思います。


アバンタイトルのリトル・フォールズ雑貨店内のレベル分布。-40dB程度にあるのは、ハードセンターのFoleyでそれ以外は、-50dB以下のアンビエンスです。


サイロ内の2人を襲うモンスターとのダイナミックレンジ差。1‘30“前後が
緊迫した2人が耳を澄ましているレベルでその後がモンスターのアタック音です。(了)


///// 分析!アカデミー Best Sound Editing受賞作品 /////

第1回 連載に当たって - クリティカル リスニング トレーニング
第2回 作品の構成把握とデザイン要素 - 作品終了後のレビューの重要性
第3回 第88回アカデミー音響効果賞受賞「MAD MAX FURY ROAD」のサウンド・デザイン
第4回 第87回アカデミー音響効果賞受賞「アメリカン・スナイパー」のサウンド・デザイン
第5回 第85回アカデミー音響効果賞受賞「Gravity」のサウンド・デザイン

「Let's Surround」は基礎知識や全体像が理解できる資料です。
「サラウンド入門」は実践的な解説書です。