June 26, 2019

第6回 分析!アカデミーBest Sound Editing受賞作品:第91回音響効果賞ノミネート 「A Quiet Place」のサウンド・デザイン

Mick Sawaguchi 沢口音楽工房
Fellow M. AES/ips
UNAMAS-Label・サラウンド寺子屋塾主宰



はじめに

脚本校正、監督そして主演とマルチなスキルを発揮したJohn Krasinskiが、無音の世界をどのようにDolbyAtmosで表現したのかを分析します。サウンドチームは、古くは、TerminatorからGodzilla・Argo・Transformers・King Kong・などのサウンド・デザインを手がけてきた2人が運営するE Square スタジオです。
メジャー作品は、通常制作費100億から200億かけていますが、本作は、20億弱という低予算で世界的にも大きな観客動員を行い、映画批評家からもサイレントをメインにした斬新なサウンドが高く評価されました。




1 制作スタッフ

Director: John Krasinski
Sound Design: Ethan Van Der. Ryn Erik Aadahl
Final Mix: Bandon Proctor. Michal Barry
Music: Marco Beltrami and Buck Sanders at Pianella Studio Malibu
Foley Artist: Steve Baine
Production Sound: Michal Barosky
Sound pre-mix at E Square
Foley Studio at Foley One
Final mix at Warner Brothers Stage-10



2 ストーリーと主要登場人物

2020年、宇宙からやって来た怪物のために世界中が恐怖に陥っていた。怪物は盲目であったが、ており極めて鋭敏な聴覚を有し、それを利用して人間を攻撃していたのである。リトル・フォールズの街も誰もいなくなりわずかに生き延びていたのがエンジニアのアボット5人家族である。一家は手話を使用し、裸足で歩くなど音を立てずに生活していた。Larkinという無人となった雑貨店内で次男ビューは、棚にあるおもちゃのロケットを見つけ、乾電池も見つけた。それを見つけた父リーは、電池を抜いてロケットも置いていくようビューへ手話で話す。見かねた姉のリーガンは、帰り際にロケットを渡し、ビューはついでに電池も持ち出してしまう。そこから悲劇が起こり橋の上で突然ビューがロケットに電池を入れて遊び始め音に敏感な怪物に殺されてしまった。

医師であったリーの妻イブリンは、妊娠しており着々と出産のための準備を地下室に準備している。一年後、アボット一家は引き続いて音を立てない生活を心がけていたが、怪物の方は一家の存在を感知していた。リーは耳の聴こえない娘のリーガンのために様々な人工内耳補聴器を地下室で制作しているが、娘のリーガンは、いくらやっても無駄と父に反抗しリーとリーガンの関係は徐々に険悪なものになる。

ある日、リーが息子のマーカスと釣りに行くと知ったリーガンは同行を願ったが、妊娠中の母親(イブリン)を見ているようにと言われた。釣り場の近くの滝で、リーとマーカスは数ヶ月ぶりに普通の会話をすることができた。2人はビューの死とリーガンが抱えている家族への不信感について話し合った。リーはマーカスから「リーガンを愛しているなら、はっきりそう伝えないとダメじゃないか」と言われた。

洗濯をした後にイブリンは産気付いていた。安全な場所で出産するために、イブリンは地下室に移動することにしたが、階段で釘を踏み持っていた死んだ息子ビューの写真額を落下させその音に反応してモンスターがやってくる、屋根の上を徘徊し、ついに地下室までやってくる。浴槽内で無事男の子を生んだ妻イブリン、釣りから戻ったリーガン、怪物の関心を家から外すため花火を上げた息子マーカス、そして死んだ弟のロケットを橋に置いてきた娘のリーガン、それぞれが怪物と死闘を繰り広げ、最後の結末を迎える。

3 起承転結と時間配分

3−0 アバンタイトル 00:00:0−00:10:20

DAY89のクレジット後、無人の街リトル・フォールズの雑貨店で物資を調達するリー一家。手話で会話し、姉のリーガンは、耳が聞こえないことがサウンドで表され、雑貨屋の棚からおもちゃのロケットと乾電池を持ち帰る弟ビューを連れて家路を急ぐ。橋のたもとでビューは、電池を入れてロケットを手に遊びはじめるが、その音でモンスターが攻撃し、弟は還らぬ人になってしまいます。



3−1 起 00:10:20−00:20:27

DAY472のクレジット後、家族の日常が紹介されます。姉のリーガンは、自分のせいで弟が死んだことを後悔し、父リーは、ビューの回想を、母イブリンは、妊娠していることを…
4人の夕食が終わりマーカスと姉リーガンがサイコロゲームに興じているとマーカスがランプを倒し、大きな音が響きます。窓際へ近づいて父リーは、その音でモンスターが感づいてないかを調べます。

3−2 承 00:20:27−00:25:12

いよいよモンスターの登場です。屋根裏を徘徊するモンスターの不気味な低音がTOP-CHから響き、見上げているとアライグマが2匹屋根から落下し走り去ります。トウモロコシ畑で2匹は、モンスターに殺戮されここでモンスターの実態が登場です。地下室では、エンジニアの父リーが無線で世界に呼びかけ交信を試みています。またすぐ横には、娘リーガンの聴覚を少しでも改善しようと様々な人工内耳補聴器が作られ感度の高い最新モデルが出来上がります。作業しているところへ妻のイブリンがヘッドフォンをかけて現れつかの間の2人のダンスで平和をかみしめています。


3−3 転 00:25:12−0:55:29

DAY 473のクレジットから3人の生活が紹介され妻のイブリンは、地下に蓋つきのベビーBOXと酸素吸入器を準備し、父は娘リーガンに新しい人工内耳補聴器を試すよう渡します。父は、息子マーカスを連れて川へ鱒の仕掛けを引き上げに出かけそこで滝壺の裏側へ回って、初めて通常の会話を行います。姉との関係が良くないと感じている息子マーカスは、「愛していると言葉で伝えないとダメだよ」と父を説得します。

妻のイブリンは、写真を手に死んだ息子を思い出していると突然産気づきます。慌てて地下に降りる途中で階段の釘で足を踏みぬき驚いて写真を落としてしまいます。この音でモンスターが登場し、家中を徘徊する緊迫したシーンが続きます。産気付いた妻イブリンは、2階のバスタブで一人男の子を出産。急いで家に戻った父リーは、妻と赤ちゃんを連れて地下室へ身を隠します。このシーンは、TOP-CHも有効に使った優れたサウンド・デザインですので後ほど詳細に分析してみます。



3−4 結 00:55:29−01:23:49

地下室での家族3人と徘徊するモンスターの緊迫したシーンが続きます。一方娘のリーガンは、死んだ弟にロケットを橋のたもとのお墓に供えて帰宅の途中です。そこへモンスターが攻撃に背後から襲ってきますが、リーガンが思わずスイッチを入れた人工内耳補聴器から出る発振音にモンスターが驚き逃げ出してしまい、モンスターの弱点が示されます。畑には、弟マーカスも隠れていました。2人でトウモロコシのサイロの屋上へ逃げます。

「子どもを守って」という妻の言葉で地下を出たリーは、2人を探しに外へ出ます。残された妻イブリンの地下室には、以前洗濯をしていて閉め忘れた水道から水があふれだし、その中をモンスターが獲物を探しにやってきます。このシーンも水音が緊迫したストーリーを盛り上げていますので後ほど紹介します。

サイロの2人は、父を待っていますが、しびれを切らした娘が一人で行動しようとし止めようとした弟はサイロ内へ転落。助けに入ったリーガンとともにサイロ内で孤立します。物音に気付いた別のモンスターがサイロを攻撃しますがここでも娘の人工内耳補聴器の発振音のおかげでモンスターがサイロに穴を開けて逃げ出していきます。 





2人を見つけた父は、畑の外の車に隠れるよう伝え自分は、斧でモンスターに立ち向かおうとします。車に向かうモンスターから2人の子供を守るため父は、娘リーガンに手話で「愛しているよ」と伝えると叫び声を出してモンスターをおびき寄せ自ら命を絶ってしまいます。

車を動かした2人は、家の地下室へ戻り3人と赤ちゃんが再開しますが、モンスターとの格闘が開始です。あわや、というところで娘が発振音でモンスターが逃げ出したことを思い出し、父のマイクに補聴器を当てフルボリュームで鳴らし、倒れこんだモンスターをいぶりんがショット・ガンで打ちのめし、さらにフルボリュームで補聴器を増幅しモンスターを追い払います。

3−5 エンド・ロール 01:23:49−−01:31:00

エンド・ロールに流れるエンディング音楽もTOP-CHをいろいろと活用した素晴らしい音楽として鑑賞できます。

4 特徴的なサウンド・デザイン

4−1起

リトル・フォールズの街がワイドショットで紹介。ここに流れる-50 dBくらいの微小なサラウンド・アンビエンス風音楽+TOP-CHの高域メインの音楽リフ、ハードセンターに登場するFoleyのレベルが-38dB程度、これでこの作品の基本的な音場設定が提示されます。すなわちとても静かな映画であるということです。



一家の姉リーガンは、耳が聞こえない少女であることを示すために彼女のアップになると低域だけの-40dBほどのサラウンド空気音が提示されます。これは、この後も彼女の主観的な聞こえ方としてなんども登場するデザインです。



この音は、Neumann KU-100ダミーヘッドで収録したそうで、主観ショットのサウンド録音に工夫が見えます。

4−2承

17‘51“からの音楽は、この作品で現れる2つのモティーフのうち『家族愛のテーマ』になります。ベースの5.1CHは、ストリングスとApfでTOP-CHに、ややOFFのストリングスという配置です。

19‘22“
息子マーカスが誤って石油ランプを床に倒すSE

それまでの平均音声レベルが-40dB前後で推移してきましたが、このランプが割れる音で-2dBと突然フルレベルになります。こうしたダイナミックなレンジの使い方も本作の特徴です。

19‘31“
父リーが火を消してみんなに黙るようにジェスチャーすると今度は、全くの無音が40“続きます。その後TOP-Lsから鳥が飛んでいくというレンジ感も観客を引き込む良いデザインです。

20‘27“
モンスター登場です。ここは、音楽とモンスターの声が一体となったデザインで音楽は、ベース 5.1CH位ありTOP-CHの前後をモンスターが動き回るというデザインです。スコアリング音楽を担当したMarco Beltramiは、サウンドチームに早めにモンスターの声のデザインを送ってもらい、そのイメージを壊さない音楽パートを作曲したと述べています。こうしたアプローチは、『ジュラシック・パーク』でJ.Williamsが恐竜のサウンドを聴いてから音楽は、Vcまでとして作曲したアプローチと同様です。


21‘45“
屋根から逃げた2匹のアライグマがトウモロコシ畑を逃げているとその音でモンスターがアタックします。フルビットのLFEとメタル素材のSEがベースCH全面で展開しTOP-CHではFL-FRにシンセMEでアタック音が定位します。

こうしたTOP-CHのFL-FR 2CHのみでの使い方は、スクリーンととても統一感があり、映画ではTOP-2CHの使い方も有効だと思います。





24‘00“
つかの間の平和。妻イブリンがヘッドフォンで音楽を聴いています。最初は、ハードセンターだけですが、2人でヘッドフォンを分かち合ってダンスを踊るカットからソース音楽が純粋なサラウンド・MIXとして流れます。これも音楽として素晴らしいMIXです。画面は、ブラック・アウトして承パートが終わります。




4−3転

34‘41“
父リーが息子マーカスを連れて川のワナから鱒を引き上げに行くシーンです。この川の流れは、異常にレベルが大きく強調されていますが、これは、「川音でそれ以外の音がマスキングされるので普通の音を立ててもモンスターには聞こえないのだ。」と息子に説明するためのデフォルメです。



38‘11“
2人は、滝壺の裏側へ行き、初めて普通のレベルで会話をします。滝の音でマスキングされているからです。ここでは、滝の流れがベースとTOP-CHで全面に展開します。






45‘58“
妻のイブリンが産気付き、そこへモンスターが登場という緊迫シーンです。モンスターが最初天井を徘徊し、やがて地下へ降りてきます。ここから55‘29“までの9’29”は、とても素晴らしいデザインでTOP-CHの使い方も秀逸です。





49‘02“
イブリンは、モンスターの注意をキッチンタイマーに引き寄せ、身を守ろうとタイマーをセット。
そのカチカチという音は、モンスターの異常に敏感な聴覚を表すために全面で響きます。次にタイマーの客観ショットになると通常の小さな音で鳴り、セットしたアラームが鳴り始めると5.1CHで響き渡ります。




49‘08“
階下に来たモンスターは、標的を探し、動き回りますがイブリンは、アラームに注意が向けられている間に2階のバスタブへ逃れ、出産します。
52‘08“
息子マーカスが外で点火した花火が盛大に夜空を照らしイブリンの呻き声とともに赤ちゃんが生まれます。この一連の展開をTOP-CHに配置する様々な音の変化でテンポと緊張を高めています。TOP-CHのメリットを最大限利用した本作の秀逸なデザイン例だと思います。




52‘20“
川から戻ったリーが部屋に駆け込むと花火は、TOP-CHのFRでOFF君に聞こえ、

52‘41“
2階へ上ったリーは、血の流れたバスタブを見て座り込みます。ここで52“もの長いノンモンが登場し、

53‘25“
突然の血の付いた手がシャワールームに映るとフルビットで5.1CHのアタックMEが登場し、先ほどのノンモンーフルビットという大きなレンジ感を発揮しています。

55‘29“
リーは、妻と赤ちゃんを抱いて地下室へ逃れ、その背後にモンスターが近づいてきます。マットで蓋をするとブラック・アウトで転が終わります。

ここまでの9‘29“のシーンで登場するSEや音楽のデザインは、大変秀逸だと思います。

4−4結

57‘25“
隔離された地下室内でリーとイブリンが、ノーマルレベルで会話を行います。「子どもたちを守って!」この台詞が次の新たな展開のキーとなります。

1h03’23’
ここのシーンは、2‘33“ですが、地下に流れ込んだ水の溢れる地下室でモンスターとイブリンが赤ちゃんを守ろうとする緊迫したデザインも秀逸です。
特に水音のベーシックCHとTOP-CHの使い方に着目です。またFoleyで水の上を流れていくガラス瓶のかすかな音質も素晴らしいと思います。


1h09‘20“
トウモロコシのサイロ内に落下したマーカスとリーガン、その音で攻撃してきたモンスターがサイロの周りを徘徊し、2人を攻撃します。しかしリーガンは、以前人工内耳補聴器のS.Wを入れるとモンスターが逃げていくことを思い出しS.Wを入れます。
ースCHでは、モンスターの鳴き声が全面で展開し、TOP-CHの音は、最初低域の息、やがて緊迫したストリングスが加わり、鳴き声はONで唸り、人工内耳補聴器のS.W ONで逃げ出すとTOP-CHの鳴き声もだんだんOFFになります。





1h18‘44“
残ったイブリンと2人の子供に赤ちゃんが地下室でモンスターと再び遭遇し、対決する山場です。モンスターは、1階から階下へ降りてくると標的を探し徘徊しますが、父リーが設置している様々なTVモニターが出す発振音に反応します。再び弱点に気付いた娘のリーガンは、再び人工内耳補聴器のS.Wを入れると父が交信に使っているマイクに近づけて発振音を一層拡大します。
フラフラになったモンスターは、ついにイブリンのガンショットで倒され、リーガンは、さらに大きな音で発振音を響かせての頃のモンスターも逃亡。一件落着となります。ここも2‘43“のシーンを音楽とTOP-CHで展開するモンスターの様々な声のMEが緊迫感を盛り上げています。



5 スコアリング音楽


スコアリング音楽は、トータルで47’30”となり全体に占める比率は、52%です。これは、最近のハリウッド映画が、全編音楽で塗りたくる傾向と異なり極めて正調のアプローチと言えます。
●  家族の愛のテーマ
   モンスターのテーマ
でライトモティーフが使われています。愛のテーマに使われるApfは、黒鍵のみ少し調律をずらして不思議なサウンドを狙ったとMarcoは述べています。音楽の構成は、大きく4つに分類でき

1 ベーシックトラック録音時のOFFマイクをTOP
2 ベーシックトラック用に録音した中から特定のパートを抜き出してTOP-CH
3 まったく新たな楽器をTOP-CH
4 ベーシックトラックの特定パートの楽器のリバーブのみTOP-CH








録音時の写真を見るといわゆる典型的なデッカツリー5CHマイキングではなくほぼ楽器一つにマイクを設置し、ダイナミックマイクなどカブリを避けたマイクが多用されています。これも後で自由な配置やTOP-CHへの展開を考えた結果だと思います。





スコアリングのレコーディングは、MarcoとBuck Sandersがロスから海岸部へ行ったマリブの丘の上に2010年建設したプライベートスタジオPianella Studioで録音しています。


6 Foley.効果音 素材録音

サウンドデザインチームは、Godzilla・Transformers・King Kongなどで様々なモンスター・サウンドを作り上げてきたE2のチームが担当しました。
得意のモンスターのサウンドは、大4つに分けて制作したと述べています。

アイドリング時
静かな息
捜索で徘徊時
アタック

で、素材の例としては、スイカを割る、氷を入れて割る、濡れタオル、動物のいびきや息などを加工したと述べています。




彼らがGodzillaでSANKEN CO-100KマイクでFoley録音しているVideoも大いに参考になりますので参考にURLを紹介します。https://vimeo.com/114853672

ME風のサウンドが多く登場するためスコアリング担当のMarcoとは、緊密に音源をやり取りしながらそれぞれがうまく融合するサウンド・デザインを行ったとインタビューで述べています。



Foleyは、カナダトロントのFoley One Studioで録音しておりモンスターの足音『蟹の足』や異常に敏感な聴覚を表す素材『スタンガン+ぶどう キャベツ・セロリ』、などを録音しています。





終わりに

サイレントをデザインして作品をデザインするのは、大変難しいため本作のように耳の聞こえない娘リーガンの登場や音にのみ反応する視覚のないモンスターによるストーリーは、観客にも評論家にも新鮮なインパクトを与えたと思います。

1時間31分の全体をラウドネスメーターで測定してみました。
意外にも平均ラウドネス値は:-25.9LKFS T.P:-1.4
そしてダイナミックレンジは、40dB前後です。
平均ラウドネス値が、−23LKFSに近かったのは、多分フルビットに近いモンスターSEが多く登場しているので通常のサイレントレベルである-40dBをうまく平均化できたからではないかと思います。


アバンタイトルのリトル・フォールズ雑貨店内のレベル分布。-40dB程度にあるのは、ハードセンターのFoleyでそれ以外は、-50dB以下のアンビエンスです。


サイロ内の2人を襲うモンスターとのダイナミックレンジ差。1‘30“前後が
緊迫した2人が耳を澄ましているレベルでその後がモンスターのアタック音です。(了)


///// 分析!アカデミー Best Sound Editing受賞作品 /////

第1回 連載に当たって - クリティカル リスニング トレーニング
第2回 作品の構成把握とデザイン要素 - 作品終了後のレビューの重要性
第3回 第88回アカデミー音響効果賞受賞「MAD MAX FURY ROAD」のサウンド・デザイン
第4回 第87回アカデミー音響効果賞受賞「アメリカン・スナイパー」のサウンド・デザイン
第5回 第85回アカデミー音響効果賞受賞「Gravity」のサウンド・デザイン

「Let's Surround」は基礎知識や全体像が理解できる資料です。
「サラウンド入門」は実践的な解説書です。

June 22, 2019

第5回 分析!アカデミーBest Sound Editing受賞作品:第85回 音響効果賞受賞「Gravity」のサウンド・デザイン

Mick Sawaguchi UNAMAS Label
Fellow M. AES/ips
UNAMAS-Label・サラウンド寺子屋塾主宰


はじめに

5回目は、第85回アカデミー音響効果賞受賞作品「Gravity」のサウンド・デザインを取り上げます。当初7.1CH MIXを前提に制作が予定されていましたが、Dolby Atmosの登場によりこの作品は、没入感を表現するのに最適な例だと考えた監督と音響スタッフがImmersive Audioの世界で作り上げたセリフや音楽のダイナミック・パンニング。そして真空の宇宙空間でいかにサウンドを表現するかのアイディアが興味深い作品です。

監督のAlfonso Cuaronは、本作のサウンドについて以下のように述べています。

「今までの映画音響では、セリフはハードセンターという常識がありますが、私は、DolbyAtmosという没入感空間表現を使うことでセリフもダイナミックにパンニング、音楽もダイナミックにパンニングという常識破りをやりました。
Atmosのメリットは、意図した定位が劇場で正確に再現できる点です。特に本作のように人物がダイナミックに飛び回る映画では、とても有効だった」と述べています。


1 制作スタッフ

Director: Alfonso Cuaron
Sound Design: Glen Freemantle
Final Mix: Skip Lievsay /Niv Adiri/Christopher Benstead
At WB De Lane Lea London /WB Burbank
Music: Steven Price at Abby Road Studio/British Grove London
Foley Artist: Nicolas Becker
Production Sound: Chris Munro
Sound Recordist: Glen Freemantle/ Nicolas Becker



2 ストーリーと主要登場人物

初宇宙体験を行っている医療技師ライアン・ストーン博士とスペースシャトルの指揮をとるマット・コワルスキーが主要登場人物です。船外で望遠鏡の修理をしているとNASAヒューストンからロシアの衛星破壊により膨大な破片がそちらに向かっているので至急作業を中断し計画を中止との指令がきます。


しかし、間に合わず2人は、宇宙空間に投げ出されてしまいますが何とかシャトルへ帰還します。国際宇宙ステーションへたどり着けばそこからソユーズ宇宙船で近くの中国の宇宙ステーション「天空」へいき、そこから地球へ帰還というシナリオを考えたマットは2人で行動しますが、残念ながらマットは、宇宙に漂流、宇宙の中でただ一人残ったライアンが、多くの困難を乗り越えて無事地球へ帰還します。



3 起承転結と時間配分

3−1起 00:00:00——00:24:23

ロゴからストーン博士とコワルスキーが船外で望遠鏡の回路を修理。「イヤな予感がする」というコワルスキーの元へヒューストンから「直ちに中止して帰還せよ」との指令が入ります。宇宙へ投げ出されたストーン博士を救出しスペースシャトルへ帰還する2人は、破壊された船内を見て、我々しか生存者は、いない。ソユーズ船で帰還しようと計画します。事故の発生によりたった2人が宇宙へ取り残されたという状況説明シーンです。



3−2承 00:24:23——00:44:46

2人をロープで連結したまま国際宇宙ステーションへと進むうちコワルスキーの燃料がなくなります。ロープを外してライアン博士を鼓舞しながら一人宇宙を漂流するコワルスキー。一人で孤立したライアン博士は、国際宇宙ステーションへたどり着き、内部へ入ることに成功します。酸素を充満した船内で、ようやく宇宙服を脱いで付属のソユーズ衛星に乗り込み中国の「天空」ステーションを目指します。

3−3転 00:44:46——01:03:06

ソユーズをなんとか操縦しながら「天空」へ向かうライアン博士。しかし衛星は、燃料切れとなり絶望の中で地球から受信したアニンガのDJが流れる中で
宇宙を漂流します。突然船外からドアを叩く音が聞こえます。


3−4結 01:03:06——01:23:54

船内へ入ってきたコワルスキーの励ましの声は、ライアン博士の幻想でした。
勇気を振り絞って「天空」へ乗移り、付属の衛星「神舟」に入り込みます。

緑色のマニュアルを読みながら、着陸の操作を実施。「死か生還か」の瀬戸際で無事パラシュートが開き、ヒューストンも「神舟」を確認します。海上へ着陸したライアン博士は、内部の火災でパニックに陥りますが、無事船外へ脱出し海岸の浜辺へたどり着きます。ふらふらと立ち上がったライアンは、地球の重力を感じながら空を見上げます。

エンドロール:01:23:54−—01:31:00

4 特徴的なサウンド・デザイン

4−1起

3人の平和な作業風景が続きます。宇宙空間そのものでは、音がしませんのでDr.ストーンの息、ISSへのタッチ音、ネジの回転、など画面から聞こえる音は、すべて宇宙服内のヘルメットの中で聞こえる音のみです。この素材は、振動をピックアップする各種のコンタクトマイクで録音後、音の濁りの感じを出すためにエフェクターで加工しています。
(Futz加工)




NASAコールセンターから「ミッション直ちに中止して帰還せよ!」と通信が入りますが、時すでに遅くDr.ストーンは宇宙空間へ投げ出されてしまいます。ここでDolbyAtmosの持つImmersive Audioデザインが登場します。なんと音楽全体もDr.ストーンの息やセリフも360度回転します。


4−2承

生き残った2人Dr.ストーンとコワルスキーがISSの電池パネルにしがみつくシーンでも360度回転した音楽が登場します。

コワルスキーは、宇宙へ流され一人Dr.ストーンのみがソユーズへ到着。船内に入り酸素を充満させると、船内の様々なノイズが、初め通常の音として聞こえ始めます。また船内で使われるME風の音楽は、5.1CH水平面のみの音場で宇宙での360度音場とコントラストをつけています。



突然火災が発生。その炎がこれまた360度の回転でスクリーン全面を駆け巡ります。


4−3転

ソユーズ本体から離脱したDr.ストーンのパラシュートが宇宙船に引っかかり再び緊迫する場面でアラーム音が360度の回転音で登場。

パラシュートをレンチで切り離すシーンでは、ロープをカットする音がヘルメット内で聞こえます。先ほども紹介したように常にヘルメット内で聞こえる音は、水中マイクやコンタクトマイクで録音した素材が使われています。

4−4結

転のラストシーンとなるDr.ストーン「コワルスキーが助けに来た」との幻想シーンで、彼が船内に入る37”は、全くの無音にしています。しかしアラームが鳴り我に返ったDr.ストーンは、中国の天空に乗り移ります。ここの音楽も360度の表現です。

天空内で脱出用の小型船「神舟」に乗り移り地球へ帰還の途に着きます。降下していく背景ではリア側から様々な破片が落下します。


無事着水した水中シーンでは、耳鳴りのような緊迫したSEが360度で展開。

海岸へ泳ぎ着いたDr.ストーンは、歩きながら虫や落下してくる破片の音を客観的に聞いています。

4−5 エンドロール

1h24’53”からのブラックアウトしたのちスタッフロールになると交信音が登場。



5 スコアリング音楽

大きな特徴は、
宇宙空間のシーンで使う音楽は、360度のデザイン
宇宙船内のシーンで使われる音楽は、平面5.1CHのデザイン
です。

本作の音楽が占める割合は、81%とほぼ常に何がしかの音楽が使われていますがこれは従来のスコアリング音楽というよりもMEの位置付けで制作したからだと思います。




作曲を担当したSteven Priceは、通常のオーケストラ録音でなくアビーロード・スタジオで素材をサンプリングしオーケストラを組み上げるという手法を採用しオーケストラの新しいサウンドを作りたかったと述べています。中でもグラス。ハープの素材は、とても有効に活躍したとインタビューで述べています。




音楽の360パンニングは、まず5.1CHでステムをPRE-MIXしそれらのグルーを幾つかまとめてから360パンを行ったそうです。

6 Foley.効果音 素材録音

サウンド・デザインを担当したのは、イギリスのベテランサウンド・デザイナー
Glen Freemantleです。『彼は、2008年の第81回アカデミーSlumdog Millionaireで音響効果賞にノミネートされています。このサウンドデザインも秀逸ですので別途紹介します。』


インタビューの中で無音の宇宙空間をどう音で表すか検討した結果宇宙全般は、常にME風の音楽サラウンドで表現し、実音についてはヘルメット内で聞こえる音、人体の鼓動や息、タッチ音という対比を考えたそうです。



このためFoley録音では、コンタクトマイクをメインにしてギターを水中で鳴らした素材などを活用しています。またメカニックな音素材は、アメリカの自動車メーカーGM社に出向き自動ロボット組み立てや空調音などをロケーション録音したそうです。

 NASAとの交信素材は、ホテルで一人SKYPEに喋ってそれを素材にしたそうです。


終わりに

当初7.1CH MIXで仕上げる予定だった本作は、没入感サラウンドの可能なDolbyAtmosの登場により急遽Atmos MIXに変更し、セリフも音楽も360度のダイナミックなパンニングを行うことでその優位性を立証した記念碑的作品と言えます。

サウンドデザイン以外のロケ現場での録音についてProduction MixerのChris MunroがAMPS2014号で述べている内容も紹介します。彼は、ブームマイクも仕込みマイクもSANKENマイクの愛用者でもあります。「みなさんは、本作が、VFX特撮シーンの連続なので全てADRだと思うかもしれませんが20Weekの撮影期間ほとんど同録しています。ヘルメットには、DPA DaCappoミニチュアマイクをコミュニケーション用にSanken COS-11を同録用にセットし送受信機をセットし監督と2人が独立して会話できる系統と同録系統を作りました。そして二人が個別の特撮セットに長時間いるためリラックスしてもらえるようミニラジオ放送機を作ってYouTubeから色々な音楽を流していました。サンドラ・ブロックもこんなに身近で気配りしてくれるサウンド・クルーと仕事ができて嬉しかった」と述べていました。(了)

///// 分析!アカデミー Best Sound Editing受賞作品 /////
第1回 連載に当たって - クリティカル リスニング トレーニング
第2回 作品の構成把握とデザイン要素 - 作品終了後のレビューの重要性
第3回 第88回アカデミー音響効果賞受賞「MAD MAX FURY ROAD」のサウンド・デザイン
第4回 第87回アカデミー音響効果賞受賞「アメリカン・スナイパー」のサウンド・デザイン

「Let's Surround」は基礎知識や全体像が理解できる資料です。
「サラウンド入門」は実践的な解説書です。