May 30, 2020

2017年 第90回アカデミー音響効果賞ノミネート「Blade Runner 2049」のサウンド・デザイン

                        Mick Sawaguchi 沢口音楽工房
                        Fellow M. AES/ips
                   UNAMAS-Label・サラウンド寺子屋塾主宰



はじめに

2017年のアカデミー音響効果賞は、『ダンケルク』が受賞しましたが、全編に音楽がある構成でデザイン的には、筆者の関心を呼びませんでしたので、1982年の名作『Blade Runner』35年後のリメーク『Blade Runner 2049』がノミネート作品として素晴らしいサウンド・デザインですのでこれを分析します。本作もDlbyAtmos mixですのでハイトチャンネルの使い方などを参考にしてください。前年2016で音響効果賞を受賞した『Arrival』を監督したカナダのDenis Villeneuveが、ここでもSF映画のパターンを崩しCGやグリーンバックで撮影するのではなく、リアルなセットで撮影することを重視した映像に音楽とサウンド・デザインの融合というコンセプトを見事に実現しています。




1 制作スタッフ

Director: Denis Villeneuve
Sound Design: Mark Mangini
              Ted Green. Dave Whitehead
Final Mix:  Ron Bartlet. Dug Hemphill
At Sony William Holden Theater by Dolby Atmos
Music: Benjamin Wallfisch. Hans Zimmer. Howard Scarr
Music Final Mix: Alan Meyerson
Foley Artist: Andy Malcolm. Goro Koyama
Production Sound: Mac Ruth
Sound Recordist: Eric Potter





2 ストーリーと主要登場人物

2049年地球は、気候変動と核汚染で荒廃し裕福な人間は、OFF WORLDと呼ぶ地球外の星へ移住。主人公のKは、ロサンゼルス警察(LAPD)で「ブレード・ランナー」として働いている第2世代のレプリカントです。
合成タンパク質農場で、彼は、旧レプリカントであるサッパー・モートンを抹殺し木の下に埋められた箱を見つけます。調査の結果遺骨や女と子供の写真が入っており骨は、レプリカントの女性で帝王切開が原因で死亡したことが判明。
Kの上司ジョシは、これが人間とレプリカント間の戦争につながる可能性があることを恐れKにレプリカントの子供を見つけて抹殺するように命じます。

Kは、ウオーレス本社を訪問しDNAアーカイブから死亡した女性は、かなり昔のレプリカントであることまでがわかります。ウオーレス社のウオーレスは、植民地を拡大するためにレプリカントに生殖能力をもたせたいと考えており、そのために死亡したレプリカントの骨とその子供から生殖機能を実現したいと考え秘書のLuvにその実行を依頼します。

再び訪れたモートンの農場で、Kは木の幹に彫られた日付6-10-21を見て、彼の幼年期の記憶から自分がレプリカントとではないと考えます。彼はDNA記録を検索し双子のデータを発見、少女は、死亡し生きていると記載されているのは、少年だけであることを発見します。 Kはサンディエゴの孤児院で子供を調査し Kは自分の記憶からそこに隠している裏に6-10-20と刻印された木堀の馬を見つけます。
Kは、その記憶が本物かどうかを確かめるために記憶デザイナーであるアナ・ステリン博士の研究室を訪問し、そこで彼の孤児院の思い出が本物であることを知り自分は、その骨の女性の息子であると確信します。彼は、ラスベガスの廃墟に生命反応があることを発見し現地を訪問。デッカードと遭遇します。彼は、女性の名前がレイチェルで、彼が子供を保護するために出生記録を抹殺しレプリカントに預けたと話します。Luvは、ラスベガスのデッカードの隠れ家まで追跡し彼を誘拐し本社へ連れ帰ります。
ラスベガスでの戦闘で負傷したKは、レプリカント解放運動指導者、フレイサーから彼がレイチェルの子ではなくステリンが彼女の娘で、木堀の馬の記憶は、彼女のものであることを伝えられます。そして秘密を守るためにデッカードを抹殺するようKに依頼します。


Luvはデッカードを本部に連れて行き、彼が知っていることを明らかにすることと引き換えにレイチェルのクローンを提供しますがデッカードは拒否。 LuvがデッカードをOFF WORLDで尋問するため輸送途中をKが迎撃しデッカードを奪還します。戦闘で重傷を負った彼はデッカードをステリンの研究所に連れて行き、静かに雪が降る空を見上げながら死を迎えようとし一方のデッカードは、建物に入り初めて彼の娘と会います。


3 起-承-転-結毎の特徴的なサウンド・デザイン

3−1起 00‘00“−23’31”

冒頭

3‘08“で観客をひきつける音楽の使い方が秀逸だと思います。
一般的な映画のストーリー導入部は、観客の聴覚をなじませるためにレベルを抑えて静かに入り、徐々にレベルを上げていく方法がとられますが、本作は、TV的にフルレベルで音楽が入ります。状況説明が終わり眼のビッグ・クローズアップからメインタイトルが登場すると音楽は、それまでの4CHからハイトまでを使ったImmersive空間となり、ベーシックCHのLs-Rsからフロントセンターに向かってブレード・ランナーKが乗ったSpinnerが飛行していきます。映像も、ビッグ・クローズアップから2049年の汚染したLAのワイドショットまでを使い切った表現です。



サッパー・モートンの部屋内空間表現

ここは、セリフがメインですが、キッチンでグツグツと音を立てているニンニク料理のかすかな音と閉鎖空間に響くセリフが、ハイトCHまで響いて大きさをよく表している例です。ベーシックCHは、セリフにリバーブを付加しただけですが、ハイトCHの成分は、少しピッチを下げたセリフにリバーブが付加され両者の相違で立体感を出しています。



Kとサッパー・モートンの争い

Kは、旧型レプリカント抹殺のためにここへ来ています。ここで2人の争いが56“のシーンで展開されますが、パンチやナイフ、足音といったFoleyがハイトCHのフロントL-Rにも配置され映画の大画面での上下に広がるリアリティが出ている例です。(7.1CH MIXですと画面の真ん中に水平な音場があるのですが、ハイトCHを生かすことで画面いっぱいに広がる音場を表現できます。)



LAの街Bi-Bi Barの立体的なアンビエンス

アンビエンス音だけで見事なImmersive空間をデザインした例として秀逸です。
世界各地の話声、車の走行、人々の足音、販売機のメカ音、特にハイトCHからは、様々な宣伝が街に響き、全体を雨音が包むといった多種多様な要素で街を立体的に表現しています。このシーンは、その後もたくさん登場し、素晴らしい喧騒がImmersive Audioで表現された例と言えます。



3−2承 23‘31“—58‘36“

雨の7.1CH録音

雨は、本作の重要な音ですが、これまでサラウンドでなかなか良い素材がなかったとのことで、Mark Manginiは、サラウンドで雨を録音したいと機会を狙い、機材を用意していたところ偶然夜中に降り出した雨と遭遇しそれを録音できたことで様々なシーンに活用されています。
LAPDのKのBossジョシのシーンやKがウオーレス社へ向かう飛行、LAの街といったシーンが登場します。

3−3転 58‘36“—1h40’34”

サンディエゴのゴミ処理場へ向かうSpinner

Kの乗ったSpinnerが雨の上空を飛行している車内音のデザインです。
フロント・ガラスに落ちる雨音、車の揺れる振動がメインですが、この空気感を出すためにデザイン・チームは、Mark Manginiの奥さんのHONDA SUV車の後部にサブウーハーを置いてLFE信号を再生し、それをサラウンドマイクで録音したそうです。




3−4結  1h40‘3“−2h32‘51“

ラスベガス廃墟内のデッカードとK

生命反応を見たKが廃墟のラスベガスの街からデッカードが隠れ住んでいる家に入り、2人が争い、その後静かにレイチェルと子供の行方を話し合うシーンです。ここは、15‘30“ある長いカットですが、監督から音楽は使わないでデザインして欲しいとリクエストがあり、とてもやりがいのあったシーンといえます。基本ベースCHのみでたくさんの素材を重ねて何気ない空気アンビエンスの立体感にウインドチャイムとGtを素材にしたMEで表現されています。



Kに呼びかける広告塔の女

デッカードをウオーレス社へ拉致され自身も深い傷を負ったKがアパートへ戻るシーンです。街の広告塔から女性が甘い声で『大変な1日だった?私と遊ばない?』と声をかけます。LAの街の空間から広告塔の女が、ひざまずいてKにクローズアップとなるとそれまでハイトCH全面でOffに響いていた声が、ハイトCH F-L F-Rのみの明確な声となります。ここも全画面とハイトの表現が生かされた例といえます。



エンドロール 2h32’51”-2h43’27”


4 スコアリング音楽

音楽は、当初前作『Arrival』で担当したJohann JóhannssonがTed Greenと担当することでスタートしましたがオリジナルで音楽を担当したVangelisへのオマージュをメインとしてYAMAHA CS-8 アナログ・シンセサイザーのサウンドをベースにすることになり、Benjamin WallfischとHans Zimmerが担当しました。



監督のDenisは、音楽とサウンドが一体となった混沌とした音響を希望し、音源には、Vo 民族楽器 Vc Bass Gtを録音しそれらをHans ZimmerのHome Studioである、Remote Control Productionで制作。各種ステム素材をスコアリングの名手Alan Meyersonが仕上げをしています。



ステムは、サラウンドで仕上げるのではなく、2CH MIXステムとしておき、シーンごとのサウンド・デザインとうまく融合するように定位は、Final Mixで決めています。例えばハイトCHのフロントL-Rだけとか、ハイト4CHとベースCHのLs-RsなどトータルでImmersive Audioが成立するMixと言えます。

音楽のスタイルとしては、混沌としたサウンドでどれがスコアリング音楽でどれがサウンド・デザインなのか明確に区別できないような構成ですが、(Blur the Music and Sound)こうした表現は、正調フルオーケストラによるスコアリングと異なる、新しいアプローチとして監督のDenisが積極的に取り入れている手法です。こうしたアンビエント風の音楽と言える方法を行っているのは、伝統的なスコアリング音楽作曲家でなく日頃は、他のジャンルで活躍している作曲家が多く199年の受賞作品『Matrix』で音楽を担当したTrent Reznorなども先駆者と言えます。

5 Foley.効果音 素材録音 MIX

チームスタッフ全員が音楽演奏をしていると述べたサウンド・デザインのスーパ.バイザーMark Manginiは、数千に及ぶ素材を準備し、作品全体をオーガニックなサウンドにしたと述べています。その様子がYouTubeにも紹介されていますので是非見てみてください。

クレジットに日本人のgoro koyamaとクレジットがあったので検索してみました。彼はカナダで勉強し1994年に卒業後Foley ArtistのAndy Malcolmの仕事に感銘を受けカナダのFoley StudioでFolry Artistとして仕事をしているそうです。N.Yなどでかつての無声映画と音楽の共存のような映像と効果音によるlive showなどもJapan Societyで行っており今後のご活躍を期待します。







特定のサウンド・デザインを担当したのは、イギリス生まれの作曲家であるTed Greenで、彼は、Spinner車、DNA記録機のサウンド、室内・外の多様なアンビエンス制作を行っています。


監督は、映像編集・音響スタッフも制作当初から参加すべきで撮影が終わってからポスト・プロダクションだけを担当するだけでは、真のチームとして成立しないという考え方で、ブダペストの撮影現場からTedと映像編集のJoe Walkerを呼んで、撮影現場を見ながら素材制作ルームでサウンド・デザインを行ったと述べています。
幾つか印象的なサウンド・デザインを紹介していますので参考にしてください。

Spinner車の車内音

素材は、オーストラリア原住の牛の声、木の板やケーブルを回した空気音、そして振動音は、Mark Manginiの奥さんのHONDA SUV内にスピーカを持ち込んで低域振動を7CHで録音。




ブラスター銃

sniper銃としては最大の発射音がするBarrett社の銃をフィールドで録音。これの余韻だけ、そしてRoland サンプリングキーボードTR-909のキック素材を合成。とてもシンプルな構成で最大の効果が出た例です。

ラストの雪の降る音

Mark Manginiがバスタブ内にシェービング・フォームを充満させここへ小物を落として録音。ガンショットや爆発のデザイン以上に静かなアンビエンスのデザインは、難しいと述べています。

雨おと

Mark Manginiが特製のレインカバーを制作し、これを搭載した7CHマイクフォロフォンマイクロフォンで録音しています。


静かな室内アンビエンス

Tedのリビングルームのアンビエンス音や友人のスタジオがとても暗騒音が低いのでそこの空気音を7CH録音し素材にしたと述べています。

街の喧騒

LAの荒廃した街を立体的に喧騒が覆っています。このデザインは、まさにImmersive Audioのメリットが最大限に発揮されているシーンだと思います。
多国籍の話声、車の走行、人々の足音、自動販売機、雨とアンビエンスが渾然一体となって素晴らしい立体空間が出来上がっています。ビルに反響する様々な広告音は、スタジオでスピーカに出して録音するWorldize手法が使われています。




ラストの海岸防波堤の争い

Sound RecordistのEric Potterが多種類の波音を録音してくれたものに波の飛沫といった強調音を別途4CHで録音し、それらを合成しています。
4CHで録音したことで観客が、波の中にのみ込まれる感じが出たと述べています。このシーンは、効果音と音楽が絶妙のタイミングIN-OUTしている素晴らしいMIXです。



Final Mixでの各種プラグインの使い方

プラグインをオーガニックな素材に使用してデザインしたとインタビューで述べていますので幾つか紹介します。



DSpatial
スペインのソフトでプロツール用のサラウンド・リバーブです。最大48CHのコンボリューションリバーブを構成できます。通常8CHまでのリバーブはありますが、48CH対応はIMMERSIVE Audio対応として素晴らしいソフトだと思います。



LoAir
素材録音した音は、どうしても変化のない定常音なのでこれに揺れるようなリアリティのあるランブル感を出すためのツールです。


Mondomodo
フェイザー効果を出すプラグインでSpinner車の動きを作り出しています。




終わりに

本作は、音楽とサウンド・デザインチームがお互いに融合を目指して作り上げた音響世界です。2012年にDolbyAtmosというImmersive Audioが映画音響に導入されて以来、Immersive Audioを映画のデザインにどう活用していくか?のノウハウが確立してきていることが本作でも感じられることと思います。