by Mick Sawaguchi サラウンド寺子屋塾主宰
講師:阿部 哲也
日時:2016年5月17日(火)
場所:シンタックスJAPAN 5F
では、HD-impressionsレーベルの阿部さんからの講演をお楽しみください。また今回も会場や機材のご協力をいただきましたシンタックスJAPNの関係者のみなさんにも感謝申し上げます。
阿部:みなさん、始めまして。HD-Impressionの阿部です。本日は、私が1年前に立ち上げましたハイレゾ・サラウンドレーベル「HD-Impression」のコンセプトと手がけてきたサラウンドアルバムの制作舞台裏などをデモとともに紹介したいと思います。最初に私のプロフィールを紹介します。
1 講師プロフィール
阿部 哲也 1968年10月生 兵庫県出身1988年ヤマハ音楽院入学、1989年ミキサーズ・ラボ入社。翌年、パラダイススタジオへ配属。1998年にフリーとなりルクプルの藤田恵美のアルバム Camomileシリーズがアジアで大ヒット。ベストアルバム「Camomile Best Audio」は第15回日本プロ音楽録音賞(サラウンド部門)を受賞。2009年はたけやま裕がひきいるHYPSでオーディオファンに向けた「Chaotic Planet」を手掛け、大きな話題を集める。
サラウンドを制作するために2014年に自社レーベル「HD Impression」を立ち上げ以降、作品を続々リリース中。
サラウンドを制作するために2014年に自社レーベル「HD Impression」を立ち上げ以降、作品を続々リリース中。
--最新作--
藤田恵美「Camomile Best Audio2」
みくりやクワイア「IL regalo ~贈りもの」
植草ひろみ 早川りさこ「Sound of the Sky」
たなかりか「Flowers for Blossom」
と結構長いレコーディングキャリアーを経てきました。
2 サラウンド音響との出会い
サラウンドという表現に出会ったきっかけは、藤田恵美さんのアルバムを聴いたS社でAVアンプの設計を手掛けていたK氏が大変興味を持ってくれました。ある日K-ROOMと呼ぶサラウンド視聴室で色々なサラウンド音楽を聴かせてもらいましたが、その表現力のすばらしさに圧倒され「音がよく見える」という衝撃を受けました。私は、工作も好きでしたので自宅のMIX ROOMをサラウンド化すべくDIYを行いました。ここは、通常の2CHステレオ対応のシステムでしたのでサラウンド対応のためにかなり投資をしました。(笑)
ここで色々なサラウンド音楽ソフトを聞いて勉強し、部屋の音場もK-ROOMと同じような音響へ試行錯誤しながら調整してどちらで聞いても同じ評価ができるようにしました。
3 阿部式ワンポイント サラウンド マイクの開発
藤田恵美さんの次回作「Camomile Best
Audio」をサラウンドで制作しようということになり、私なりのサラウンド表現は、どうあるべきか?検討しました。彼女のレコーディングは、アナログ24TRKマルチで録音していましたが、編成が少ないこともありONマイク以外にもそれぞれの楽器でOFFマイクを設置して録音していました。私は、人工的なリバーブでなくその場の空気を録音しておくのが好きでしたので、これをうまく活用できなかと考えた訳です。そして楽器の配置をMIX時に工夫することで立体的なサラウンド音場ができるのではないかと考えました。MIX時になんらかのリバーブを付加することでバンドが上の方へ感じられ歌は下へ定位するような音場ができないものかと思いました。それまでの経験でリバーブによっては上の方へ感じるソフトがあったからです。そのために200から300のあらゆるプラグインリバーブを検証しました。
その結果いくつかのリバーブで音が上に感じられるソフトを発見し、そこから音質変化の少ないものを選んでこれをフィドルとTpへかけています。
「5CHサラウンドで上を感じる音場」というコンセプトをここで見出すことができたと言えます。お陰様でアルバムは、5万枚を売り上げ一定の評価を得ることができ、自分の好きなことができるようになりました。
デモ再生−01
ではここからWhat’s a wonderful
worldを聞いてください。「Camomile Best Audio」より
4 ホールサラウンド録音への挑戦
「ココロの食卓」を制作するにあたり、2曲をホールで録音しようと考えました。その理由は、スタジオでモニターを各自が聞きながら演奏し、修正があればとり直しをするというプロセスでなく、演奏者自身が、その場でベストなバランスで演奏し、それをそのまま録音することで音楽自身が感動する作品になると確信したからです。都内近郊でホールを選択し、秩父ミューズパークのホールとしました。最終的な仕上がりをイメージして配置は、図に示すような配置としています。ステージ側にバンドメンバーを、メインVoは客席側からステージに向かうという配置で、ホール全体の響きをステージの奥側に配置した5CHワンポイント・マイクアレイで捉えています。楽器は、AccとAGtをオーバーダブしてサラウンドでの配置でバランス良くなるようにしました。後日ClとSnをスタジオでオーバーダブしています。
デモ再生−02
ではここから「あざみ嬢のララバイ」を聞いてください。より
パーカッションHYPSの「Chaotic Planet」というアルバムもここで録音しました。これは、SA-CD/HQCD/LPという豪華なアルバムです。LP MIX用には、アナログマルチレコーダーを持ち込みMIXは、ハーフインチアナログに、それ以外のパッケージは、プロツールズで録音と機材構成も大掛かりになりました。この中でパーカッションソロの曲がありましたので、これを図に示すようなマイキングでサラウンド録音し高さの感じも良くでたと思いますし演奏者がなにをやろうとしているのかが、サラウンド音場では、大変よくわかります。
デモ再生−03
ではここからYoull を聞いてください。
5 ハイレゾ・サラウンドが実現する時代に〜HD—Impressionレーベル
フリーのエンジニアとして色々な録音に関わってきましたが、1エンジニアとしてクライアントの希望を実現するだけでなく自分のコンセプトを実現したいと思うようになりました。そこへe-onkyo musicがハイレゾのサラウンド配信を始めたので担当者に配信の可能性を打診したところ、ちょうど始めるところなので是非サラウンドソフトを制作してくださいということになりました。
これまでのパッケージ制作では、個人レーベルの運営も難しいですがファイルベースであれば、できるのではないかと考えたわけです。制作コストを考えてワンポイント・サラウンド録音なら可能だと考え、アーティストも付き合いのあった制作の方々から紹介してもらいました。私の考えたレーベルコンセプトは、以下のようです。
〜音の感動への追求〜
生の音を聴いて感動した経験はありますか楽器の音、自然の音、物体が動く音、
様々な角度から聴こえていたその音は、立体的に聴こえているはずです。
その音を、忠実に再現出来れば、人は感動する事が出来るのではないか。
6 阿部式ワンポイント・サラウンドマイク
ワンポイント・サラウンドマイクを考える上で「定位と臨場感」をいかに実現すかをテーマとしました。最初のアレイは、50cmの長さの5本構成アレイで角度は、ITU-R
BS.775に準拠したアレイでした。このアレイで鈴を鳴らしながらサラウンドの再現性をテストしました。この中で上下の再現性を実現したいと思いアレイに双指向性マイクを上下に向けて付加しテストしたところ、かなりいい結果が得られました。これで半径を小さくしていくと、さらに良い結果が得られ、また、センターマイクは、無い方が良い結果となりましたので、センター無しの4CH水平アレイ+双指向性上下用マイクという形が出来上がりました。初期型とそれを改良した後期型のアレイは、以下のような配置のアレイです。
7 最近作のサラウンド制作例から
こうしてワンポイント・サラウンドマイクアレイが出来上がりましたので、いよいよ制作に取り掛かりました。順を追って制作例を紹介します。
7−1みくりあクワイア
麻布にある教会で、残響が4secで美しく上方から後方へ動く感じがすばらしい教会で録音しました。
初期型のサラウンド・アレイでの録音です。
デモ再生−04
ではここからアヴェ・ヴェルム・コルプスを再生します。
7−2 Song of the Heart 野田市欅ホール録音
響きは、少ないホールでしたがサラウンド録音することで2人の演奏の緊張感がとてもよく表現できたと思います。
7−3 Salone これはサローネ・フォンタナという小ホールでのピアノ録音です。
7−4 Rose des Vents これもサローネ・フォンタナでの録音です。
ホール録音に慣れていないアーティストでしたが、その場でミュージシャンがバランスをとって演奏するという基本を認識してもらったことで緊張感の高い演奏になったと思います。
デモ再生−05
ではここからDown By The Salley
Gardensを再生します。
7−6 Joint concert 吹奏楽オーケストラを兵庫県尼崎市
アルカイックホールで録音しました。
大きなホールで録音してみたいと思っていましたのでこれは尼崎のホール録音です。この制作からワンポイント・マイクアレイを変更し軸の一致と上下のレベルバランスを微調できるようにしました。
デモ再生−06
ではここからピータールー序曲を再生します。
7−7 みくりあクワイアの2作目となります。ここも後期型ワンポイント・マイクアレイで録音しています。後期型では、輪郭も明瞭になったことが分かると思います。
デモ再生−07
ではここからLACRIMOSAを再生します。
7−8 Song of the Sky これは足立区のワタナベ音楽堂での録音です。
初期反射音が早い小ホールでしたので、やはりホールは、広い方がいいなあと実感しました。
デモ再生−08
ではここからノクターンを再生します。
7−9 竹ノオト
これは竹でできた楽器を演奏する楽団で録音は、藤野芸術の家での録音です。客席を跳ね上げてサラウンドでの配置が良く再現できるような動きをつけて録音しました。
デモ再生−09
ではここから童神を再生します。
7−10 IR-データの測定とサラウンドへの応用
前作から8年を経て、どんなサラウンド表現にするかを検討しました。その結果2chステレオ再生でも高さを感じるような手法はないかを検討し、ワンポイント・サラウンドマイクアレイを使ってホールのIRデータを取り、それを活用しょうと思いました。IRのデータ録音場所は、藤野芸術の家で座席側からとステージ側の両方で計18パターンを収録しました。この中から高さを感じることのできるIRデータを選別しMIXに使いました。
デモ再生−10
ではここからSmileを再生します。
7−11 Aeolian Voyage
タイミング良く昨日の5月16日にリリースしました最新作となります。ホールで録音したかったのですが、アーティストの希望でスタジオ録音です。
マイキングは、図に示すように尺八とAGt別々にサラウンドマイキングをしています。これにIRデータで完成したリバーブを付加して浮遊感のあるDuoの音場を作れたと思います。
デモ再生−11
ではここからBlack Forestを再生します。
阿部:みなさん、長時間おつきあいいただき有難うございました。(拍手)
沢口:どうもありがとうございました。阿部さんのこれまでの取り組みを解説とデモで紹介していただきました。大変オリジナリティのあるアプローチで、みなさんも参考になる点が多かったのではないでしょうか。では残りの時間でQ&Aをやりましょう。
8 Q&A
Q-01 サラウンド・ワンポイントマイクの位置決めはどうやっているのですか?
A:ワンポイントの最適位置は、とても微妙で前後や高さをほんのわずか変化させてもイメージが異なります。最終的には、自分の耳で直接音と響きのバランスが良いポイントを探して決めています。
Q-02 どんな作品を目指しているのですか?
A:ホール録音のサラウンド制作は、演奏者のありのままを録音して、その後の加工などには頼らない作品を目指しており,そうしたコンセプトに合う音楽を探すところから始めています。
Q-03 ホール録音時のモニターは、サラウンドモニターしているのですか?
A:理想的には、そうしたいですが、現状のマンパワーと機材では2CHモニターです。しかし経験を重ねていけば、2CHでもサラウンドになった時の音を予測はできるようになりますがやはり今後は、サラウンドモニターしたいですね。
Q-04 今後の制作スタッフ構成について
A:今は、全てを一人で行っていますが、将来は、私がプロデューサーとして内容を判断し、エンジニアリングは別の方に任せたいと思っています。
Q-05 IRリバーブを使うメリットは?
A:一度最適なIRを作っておけば、スタジオ録音の制作にも応用でき、ホールのイメージを再現できる点がメリットです。私の場合は、藤野芸術の家で収録した万能IRが手にはいりましたので、有効なツールにしていきたいと思います。
Q-06 ワンポイント・アレイは4CHですが、センター成分は、どうしているのですか?
A:マイクアレイのL-R角度は120度とやや広めに設定してあり、ここからセンターCHへダイバージェンスすることでセンター成分を作っています。
Q-07 録音フォーマットは?
A:当初96KHz-24bitで始めましたが、現在は、全て192KHz-24bitです。今後は、じっくり研究して32bit録音もやりたいと思っています。32bitに取り組むには、発想も変えなければできないと感じているからです。
沢口:みなさん、長時間ありがとうございました。講師役の阿部さん並びに会場を提供していただきましたシンタックスJAPNの皆さんへも感謝申し上げます。(了)
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