Dimensions ~ 大賀ホールにおけるソロピアノ録音と9CHサラウンド制作レポート
by Mick Sawaguchi UNAMASレーベル代表
UNAHQ-2010 DIMENSIONS
はじめに
UNAMASレーベルのクラシックシリーズ録音では、定点として軽井沢大賀ホールでの録音を行っています。本作は、第4作目となる初ピアノソロアルバムで録音は、2016年2月10−11日で実施しました。これも9CH Immersive
surroundでのマスターを念頭に制作を行いましたので、その舞台裏をリポートしたいと思います。
UNAMASレーベルのピアノソロアルバムは、これまで3アルバム制作し、いずれもスタジオ録音です。Yuki
Arimasaさんの初ソロピアノアルバム「Forest」も音響ハウスでの録音です。スタジオらしいタイトなピアノ演奏も素晴らしいと感じていますが、最近軽井沢大賀ホールでクラシックシリーズを録音するようになって、Yukiさんにここで演奏してもらうとどうだろうと考え、Yukiさんへシミュレーションしたピアノソロサンプルを送り「検討してくださいね」と依頼したのが昨年の春でした。もし実現すれば、ご本人もホールでのピアノソロ録音は、初めてですしUNAMASレーベルの私も初めてのホールピアノ録音となります。「やってみましょう」ということになり、レーベルの3つの基本コンセプト(ART/TECHNOLOGY/ENGINEERING)を以下のように検討しました。
1 制作コンセプト
1 ART
大賀ホールのSteinway
Hamburgのピアノと共鳴するすばらしい響きを活かすためにJazzでありながら、クラシックの要素も取り入れたオリジナルな演奏で構成。そのために取り上げた主旋律は、Bach ,Debussy、Beethovenなどになりました。これらのテーマを借りて、そのあとは、自由なインプロビゼーションで進行するというJazz演奏と同じ手法です。スコアもありませんし、リハーサルもない、まさにその場でしか実現しないテンションと大賀ホールの美しい空間再現を捉えることにしました。YUKIさんの調律は、最近のピッチが高くなる傾向と異なり、440Hzのピッチでの調律となります。最近他のホールなどでは、ピッチ固定で変更不可といった所も見受けられますが、私は、ピアニストの望むサウンドを生み出すのにそれぞれが望むピッチ指定ができないという官僚的な雰囲気は、とても納得できません。幸い大賀ホールは、そうしたことは、なく松尾楽器の長野OFFICE宮澤基一さんが調律を行ってくれました。その時にこのピアノにまつわる歴史を披露してくれましたので少し紹介します。
〜使用されたピアノはスタインウェイ・ハンブルク製の最高峰モデルD274で、かつてアルトゥーロ・ベネデッティ・ミケランジェリが70年代に来日した際に運び込まれ、キャンセル魔の名に恥じぬ彼が最後の公演を待たず帰国してしまい、招聘元が残されたピアノ(S/N
#427700)を没収後,縁あって大賀ホールに落ち着いたそうです。現在は、ボディ部はそのままで、パーツ類を更新しているそうです。
ピアノの足にある車の方向を変えると何故音が変わるのか?についても紹介してくれました。それはピアノの荷重が足の開き方で微妙に変化し、鍵盤が左右で湾曲するためハンマーと弦の間隔に1mmもいかない差が出るからだそうです。またスタンウエイのピアノは演奏者が3時間ほど弾き込むと自然にその人に寄り添った音色に変化してくれるそうです。この柔軟性が他のメーカーのピアノにない特徴なので録音は、すぐ始めないで弾き込む時間を考えておいてください。とアドバイスをいただきました。〜
2 Technology
今回は、ピアノソロということもあり、楽器の鳴りを最大限活かすという基本点を重視しました。すなわちステージでのピアノ周りの不要共振を排除するという対策です。これには、毎回マイクケーブルで活躍していますAccousticReviveの石黒さん自らが、様々なチューニングキットを用意していただきました。マイクスタンドの3点指示部やマイクハンガーなどの共振排除グッズ、そして音響ハウスでのピアノ録音でも採用しているピアノ下部の音の拡散パネルといった、アコースティックな処理を加えています。ピアノ下部に拡散体を設置する方法は、音響ハウス録音のときに、AGS拡散体を設置してYUKIさんから弾きやすいと感想をいただいていましたので、今回は、AGSでなくAccousticRevive製のシルク生地拡散パネルを設置しました。スタンウエイのピアノ録音で毎回頭を悩ますのは、ペダルワークによるダンバーノイズと床鳴りです。これは、なんともエンジニアリングで解決できないのでひたすら、ピアニストの技に期待するほかありません。
前作2015年12月録音の「Death and Maiden」で導入しました、オールバッテリードライブ駆動とEMCノイズ対策は本作でも継続しています。
3 Engineering
本作もImmersive
surround 9ch録音を行いました。前作「Death and Maiden」でトライしたハイトCH用マイキングをさらに改良し写真でもお分かりのようなステージ面位置への平行4CHマイキングとしています。
今回は、Top-CHのL/RはゲッッフェルM-300カーディオイドペアにTop Ls/RsはSANKEN CO-100Kオムニ指向性としてフロントに位置するメインのピアノサウンドを明瞭にして、リアにやや豊かさを持つようなイメージで配置しています。(2Lモートンからこれを聞いてMICKなぜハイトマイクが4CH分同じではないのか?という質問がきました。)
2 録音系統とノイズ対策
本作の9CHサラウンドマイキングは、大変シンプルで使用マイク数とサラウンドチャンネルアサインは、1:1です。メインCHの5CHはピアノの近接にフロント成分L-R-C 3CHを設置しLs-Rs2CHは、ホール方向でなく側面初期反射音を狙いました。ハイトCHの4CH分は、前作「Death
and Maiden」で試みたステージ最前面へ平行4CH設置とし中側の2CHをTOP-L/Rへ外側の2CHをTOP-Ls/Rsにアサインしています。ハイトCHのマイキングについては、いろいろ試行錯誤の段階ですので、次回録音時には、また異なったマイキングを行う予定です。
ステージに設置したRME デジタルとアナログMIC PREは大型インシュレーターの上に設置し、マイクケーブルの終端側は、前回同様ファインメットEMCノイズ対策を行ったキャノンコネクター経由で接続しています。ステージ側の機器専用にEliiypower社のバッッテリドライブ電源から100vを供給しここからはいつも通りMADI光ケーブルでモニターROOMに設置したDAWへ送っています。モニターROOMでも専用のバッテリー電源供給で機器をドライブし使用機材単独電源もACアダプターやUSBケーブル、HDなどにノイズ対策を実施しました。「ノイズバスター」の宮下さんのサポートは、今回も音質面で大いに効果を発揮できたと感謝しています。
ピアノソロというシンプルな録音でしたので今回はSB DAWを用意せずPyramix NATIVEだけで録音しています。
3 FINAL MIX
インプロビゼーション演奏ですのでいつものクラシックでおこなうような細かな編集作業は負担なく!ベストテークを選ぶだけですのでポストプロダクションといっても特別のことはありません。MIX DOWNは
⚫ ステレオ2CH
⚫ 5CHサラウンド
⚫ 9CHサラウンド
⚫ HPL9コーディング用ファイル
そして本作はCDでもリリースしたいというYUKIさんの希望で
⚫ CD用DDPファイル・i—tune用ファイル
またMQAコーディングでもリリースしますのでイギリスのメリディアンBobへ2chマスターを送りMQAコーディング2CHファイルも作成しました。
4 ハイレゾ録音(192KHz24bit以上)とEMCノイズ分析
本作のMIXが終了して、大変興味深い現象の解明に取り組みました。その現象とは以前から192-24録音したデータをスペアナで分析すると50KHz~60KHzあたりに楽音ではない特有のスパイクノイズが見られるという現象です。
これは使用しているDAWや収録場所、電源電圧、マイクの種類そして制作レーベルに関わらず見られているので、なんとかその原因を究明したいと思っていました。スパイクノイズがどこで飛び込んでいるのか?対策はあるのか?、、、、、、DAWのメーカーなどにもデータを送って解明策がないかを問い合わせましたが、いずれもその現象は認められない!というアンサーでした。
そこで私のスタジオで切り分けをしながらどの段階でノイズが飛び込むのか?を実験しました。
1Pyramix DAW+HORUSインターフェース単体のみで録音入力接続は、なしでカラ録音を測定
図でもわかりますが、単体機器だけでは、スパイクノイズは発生していません。
2アナログMIC PREを接続し入力終端しマイクゲインゼロ測定
50KHzから上に見られるノイズ分布は、MIC PRE単体が持つ固有雑音だと考えられます。ここでもスパイクノイズはみられません。
3アナログMIC PREにマイクケーブル接続でダイナミック・コンデンサーマイ
ク接続しマイクゲインゼロで測定
ここでスパイクノイズが見られます。しかしこれまで観察してきたスパイクノイズの分布より小さいことが確認できます。これはMIC PREの内部でEMCノイズが干渉している結果ではないと考察しました。
4アナログMIC PREにマイクケーブル接続でダイナミック・コンデンサーマイ
ク接続ゲインフル(60db)で測定
ここで出ました!中心周波数は、これまでより少し低めですが、スパイクノイズの分布パターンはこれまで観察したノイズと同じです。(これは、使用している機器の相違ではないかと思います。)
測定結果を宮下さんと検討し、まず録音で毎回使用しているMIC PRE内部のEMC対策を行いMIC
PRE内部での干渉と飛び込みを防止する対策を実施しました。いずれもノイズを発生しそうなパーツとノイズが混入しやすいと思われる電源ケーブル終端部の対策及び筐体全体のシールドをいずれもファインメットシートやビーズで対策しています。
その後改めて項目4を実施し測定しました。これでもスパイクノイズが出ています。その時偶然マイクケーブルを安定化電源の近くへ持っていった時に猛烈なスパイクノイズが観測されました。ここから言えるのは、「ハイレゾ録音でゲインを上げた録音時に、マイクケーブルにEMC干渉ノイズが飛び込むのではないか?」ということです。96KHz録音では、40KHz帯域制限がかかり自然なLPF効果ができる結果ノイズは、物理的にカットされていますので現象が認められませんが、DXDや192KHz以上のハイサンプリング録音では60KHz付近の干渉スパイクノイズが記録されるということです。マイクケーブルの見直しを検討しなければならないかもしれません。EMCノイズがいかに空気中を飛んでいるか!が再認識できました。現在宮下さんがマイクケーブルの改良に取り組んでいますので、サンプルが出来次第また測定して見る予定です。ハイレゾ余話でした・・・・・・・
ライナーノーツ:Masaaki
Fushikiより
記録媒体から楽器そのものをここまで彷彿とさせるピアノ録音は聴いたことがない。響きを通してその肌触りに触れるような感覚は視覚的でさえあると思った。特徴のひとつは音の純度のようなものだが、雑味がなく研ぎ澄まされた音の実在感に一種の衝撃を覚える。特にピアノが減衰していく微弱音のエンヴェロープが限りなく美しい。
この録音を最初に聴いたのは9chミックスだった。ハイレゾ・ピュアオーディオの2chからいわゆるサラウンドの5chへ、さらに高みの9chへと再生環境を移行すると、聴き取る音感覚のファクターが音質という地平から確実に変質して行く。僕はそれを『音の佇まい』と形容するのだが、佇まいは直接音と間接音の関係性そのもので、楽器の直接音と同じところから間接音が聞こえても所詮実体感には繋がらない。ここで沢口氏の狙いは大賀ホールの響き全体を客席的に俯瞰することよりも、あくまでも楽器と聴き手の位置関係の構築に主眼を置いている。まさに聴き手にとっては至高の鑑賞条件だ。
制作クレジット
Rec. Date 2016 11/Feb at Ohga Hall
Karuizawa Nagano JAPAN
Piano Tuner: Kiichi Miyazawa (H.MATSUO
MUSICAL INSTRUMENTS CO.LTD)
Apf Model: Steinway Hamburg D274 NO427700
Producer: Mick Sawaguchi (Mick Sound Lab
UNAMAS Label)
Venue Organizer: Seiji Murai (Synthax JAPAN
Inc)
Rec/Mix/Mastering: Mick Sawaguchi (Mick
Sound Lab)
MADI Rec by DMC842/Micstasy/MADI face XT
(Synthax Japan Inc)
Digital Mic KM-133D as MainMic (Sennheiser
JAPAN K.K)
Mic Cable /tuning kits: AccousticRevive
(Sekiguchi Machine CO.LTD)
Peripheral Facility by Kiyotaka Miyashita
(JINON)
Battery Power Supply by PowerYIILE PLUS
(ELIIYPower co.ltd)
DAW: Pyramix V-10 192-24 Rec-Master
(DSP-JAPAN LTD)
Album cover Illustration by Alessandramart・7MARU
Photo: Alan Narez/Mick Sawaguchi
J.K Design IV-Planning
「サラウンド入門」は実践的な解説書です。
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