July 1, 2007

第46回サラウンド塾 神々の響きを求めて BS-iドキュメンタリー制作から 小田嶋洋

By. Mick Sawaguchi
日時:2007年7月1日
場所:三鷹 沢口スタジオ
講師:小田嶋洋(TAMCO)
テーマ:神々の響きを求めて BS-iドキュメンタリー制作から

沢口:2007年7月は本日と27日の持ち出しと2回開催となります。今日ははBS-Iで再放送された熊野の自然に魅せられ玉置神社での奉納コンサートを行うまでの環境音楽家 長屋和哉さんをメインにした2時間のドキュメンタリー制作がテーマです。大変気合いの入ったサラウンド ドキュメンタリーでしたので是非寺子屋でお話をとお願いをして実現しました。今回はポストプロダクションを担当したTAMCOのミキサー小田嶋さんとサウンド デザインを担当したNSL宮川さん、そして環境音楽家の長屋さんにもわざわざ山梨からおいでいただきました。それでは小田嶋さんよろしく。
小田嶋:TAMCO でミキサーを担当しています小田嶋です。この企画段階から宮川さんが深く関わり熊野の自然の神秘性と長屋さんの四角形に配置した演奏型式からこれはサラウンドでやるしかない!と思いサラウンド制作が行われました。BS-Iでは2000年スタート時から映画やスポーツなどでサラウンド制作を行ってきましたが、我々は、その場の雰囲気が臨場感豊に伝えられるジャンルとしてドキュメンタリーのサラウンド制作をテーマにしていました。また熊野の奥深くに位置する玉置神社の重要文化財である建物と長屋さんが表現する響きを重視した演奏空間はステレオでは捉えきれない広さ 深さ大きさがあったからです。それでは最初にロケーション制作から説明します。

使用したマイクはアースワークスの全指向性マイクで配置はITU-Rに準拠して前方30度 リアは110度で配置したオリジナルのマイクハンガーを制作して使いっています。システム構成を図に示します。当時ポータブルでサラウンド収録できる機材としてはこうした構成をとらざるを得ませんでした。

取材時はカメラにはステレオでインタビューなどをVE/A担当が録音し、サラウンド収録は別チームでサラウンド音声を収録するといった2クルー編成です。玉置神社でのコンサート収録は図に示すような構成でこちらは据え置きしましたので機材的にはゆとりのある構成です。山の中なので電源事情が心配でしたのでバッテリードライブも用意し収録はDA-98HRとデジタルパフォーマにパラ収録しています。モニターはサラウンド ヘッドフォンを使用しLAKE社のシアターフォンでモニターしています。

サラウンドのロケが手軽に行えることがドキュメンタリーでは必須ですのでSDカメラで通常行っている1クルー体制で実施できるような機材と方式、及び収録後の通常フローによる編集作業が可能なことが条件となります。このための機材検討を我々も行っていますが、HD-カメラの2-4トラックへサラウンド音声が記録できかつ編集室のステレオモニターでも再生できることがポイントとなりますので例えばアナログエンコードでも十分つかえると考えています。デジタルエンコードで音の遅延が生じるよりはいいからです。ロケーション関係までで質問などありましたらどうぞ。

Q-01:機材は全てバッテリー駆動ですか?
A:そうです。BP-90X6でドライブしました。
Q-02:マイクを全指向にした理由は?
A:色々な組み合わせをTAMCOの桑原が実験してきました。その結果アンビエンス向きのサラウンド収録には全指向性マイクが大変スムースで特定の音源のピークディップもないので適していると判断し全指向にしています。
Q-03:風防はついてないようですが?
A:我々は風の自然な吹かれもサラウンド空間ではいいではないかと判断して風防はつけていません。
Q-04:パソコンでの収録ですがなにかバックアップ対策はしていますか?
A:機材の軽量化を優先してバックアップはしていません。時にフリーズした場合は再度録音するという方法で乗り切りました。それではポストプロダクションの説明にはいりたいと思います。ポスプロでのモニターはGENELEC 1031-AX5と7070をLFEに使っています。最終的なMIXイメージはフルレンジ小型スピーカで再生してもメッセージが伝わることを目指しました。MIXの要所要所では市販小型シアターシステムのスピーカでもチェックを行いました。DAWはプロツールズ24MIX PULS VER5.3です。リバーブ系はレキシコン960を補正程度に使用したくらいです。今回トライしたひとつにLFEチャンネルをサラウンドでの音源移動のスムース化に使ったことです。映像編集は通常のステレオモニターです。FINAL MIXのサラウンドイメージとしては
NR:センター
同録:L-Rステレオ
アンビエンス:サラウンド
ME:サラウンド
イメージモノローグ:全チャンネル+LFE
といった配置です。
 



サウンドデザインを担当した宮川さんからもコメントお願いします。
宮川:この番組は2004年11月放送でまだサラウンド制作については我々も手探りの時期でした。完プロ納品の形態も決まっていなかった時でもあります。企画の段階から関わった立場で言えば、制作側の反応は、予算内でできるか?が最優先でした。しかしBS-Iとしての特徴を早く出したいということもありサラウンドでのドキュメンタリーが決まりました。現在なら3年前に比べて機材面もコスト面もはるかに安くできる状況になっていますので我々も粘り強くアピールしていきたいと思います。番組内のモノローグバックのMEも私がイメージしてデザインしました。ついでにフィラー用のサラウンド版も作成しました。熊野という自然が持つ独特の気配や力そして聞こえていない音までもが想像できるという点でサラウンド音響は大変魅力があります。

それでは番組を再生します。

デモ

Q-05:オンエアー後の制作側の反応はどんなでしたか?
A:ドキュメンタリーでのサラウンドはあまりに自然なので耳が馴染んでくるとステレオとあまり変わらないね!といわれてしまいます。そのメリハリをどう設計するかが我々の課題です。この番組では冒頭のシーンで最初はモノーラルからつぎにステレオへそして3カット目でサラウンドへとデザインしてサラウンド感を強調しました。
Q-06:リソースの短縮化はどういったことが考えられますか?
A:現状のカメラクルーで実施できる体制をどう考えるかです。我々は1クルーでの実現と編集環境がステレオ出来ることを考え例えばSRSといったアナログエンコードでの収録を検討しています。
Q-07:別録音のサラウンド素材の編集はタイムコードベースで行ったのですか?
A:タイムコードはカメラ側からもらって記録していましたが、実際の仕込みでは力業で貼り付けています。アンビエンス素材が多いため映像とのシンクを優先しないでもよかったからです。全体スケジュールは1週間でPRE-MIXに6日FINAL MIXに1日くらいです。実際には後半かなり徹夜でしたが(笑い)。ちなみにロケーションはやはり1週間です。
Q-08:LIVEコンサートの収録は大変すばらしいサラウンド空間ですがマイクは?
A:ここも長屋さんを中心に四角に配置された楽器のちょうど真上にワンポイントでサラウンドマイクをつりました。リハーサルで長屋さんにも聞いてもらいバランスの良い場所を微調整していますが全てこのワンポイントだけで補助マイクなどは使っていません。
Q-09:電源対策は?
A:山の中で良くないと思い、トランスは持参しています。では演奏をされた長屋さんからもコメントをお願いします。

長屋:私のキーワードは「気持ちがいいことです」ですから楽器のチューニングは本来のチューニングではなく私が聞いて気持ちがいい!というチューニングに変えています。今回つかった楽器は
ヤンチン
ハガネ
チベットのシンギングボール
オリン(日本の仏具チーンとなる)
タイのゴング
けいす(日本の仏具)
5寸釘・ウインドチャイム

です。私の目指す音楽は西洋音階でなく響きがそれぞれに共鳴しあって作られるあらたな倍音やハーモニーそして差音という実際には無い音が聞こえるという響きの世界です。ここに大いなる魅力を感じています。西洋音階は倍音を削ってブロックを積み上げていく手法のように私は思えるのでこうした偶然性混沌性から生まれる空間の独特な響きを追求しています。以前はコンテンポラリーロック系のガンガンギタリストでしたが(笑い)。こうして出来上がる空間の表現はステレオでは出来ない空間なので私の表現にはサラウンドが適しており通常の音楽ではない音へ注目して作っていくと新しい音楽表現が出来るのではないかと思っています。これは作曲という行為とは対極にある作業なので一瞬一瞬を大事に作業しています。以前吉野山中で音楽制作を始めましたが湿気に悩まされ八ヶ岳にうつりました。環境も明るいので作る音楽も変わってきましたね。また生活のためのインフラコストが安いので制作しやすいというメリットもあります。

Q-10:ハガネなどのチューニングはどうしているのですか?
A:切り出して加工するのは大変なので自分がたたいて気持ちがいいと感じる音にチューニングしています。これは全ての楽器に同じです。例えば仏具の中から叩いて響きのいい音を捜していると仏具屋の人が珍しがっていろいろ出してくれたり、本来とは異なった使い方をしているので話し込んだりと・・・・これも底に穴をあけていくつかひもで吊してつかっています。
Q-11:こうした音楽制作アプローチをしている人は他にいますか?
A:私の知る限りではイギリスにややサイケよりで一人いますがそれ以外はしりません。
Q-12:いつもは演奏の場の中心で聞きながら演奏しているわけですがこれをサラウンドできいてみて感じは違いがありますか?
A:いや、いつも私が聞いている空間が良く再現できています。いつもは私が観客に比べ一番条件の良いスイートスポットで聞いていることになりますね!逆にこうして外側で聞いたことはなかったのですが外で聞くのもいいですね!

沢口:小田嶋さん、宮川さんそして長屋さん、どうも有り難うございました。今回寺子屋メンバーの野川さんがサウンドスケープのサラウンド作品を持ってきてくれましたので最後にこれをみんなで聞いてみたいと思います。
野川:これは私が仕事で色々な環境音楽をデザインしている中から最近できた六本木ミッドタウンのエントランスで流れている素材をサラウンドにRE-MIXしたものです。今日の話しを聞いていて私が追求してきた自然の音や響きのコラージュという考えに大変波長が似ているのとても共感するところが多かったです。では、お聞き下さい。

デモ(一同拍手)

この後は、様々な楽器の響き論議で大いに盛り上がりました。ハガネや砂鉄そして小田原の鈴や明珍火箸・・・・・小田嶋さんとは20年ぶりくらいですかね、なんという再会でしょう。また当日参加した永田さんや土方さんや山本さん、そして野川さんとみなさん自然の音のサラウンド収録に大変経験と関心の高いメンバーが集まったのはさすが嗅覚が鋭いですね。八ヶ岳からおいで頂いた長屋さんにも感謝です。次回是非おじゃまして自然の音を満喫してみたいですね。(了)

「サラウンド寺子屋報告」 Index にもどる
「サラウンド入門」は実践的な解説書です

No comments:

Post a Comment