Immersive Audioによる音楽制作と表現
By. Mick沢口 UNAMAS Label C.E.O
期日:2018年5月15日(火)
会場:東京都港区赤坂2-22-21 5F m-Ex Lounge
村井:シンタックスJAPANの村井です。今回は、サラウンド寺子屋塾開催100回目という記念すべき回となりました。塾長のMICKさんが手弁当で始められたのが2002年だそうで、以来16年間の継続は、世界的にも例のない偉業だと思います。今回は、これまでゆかりのある方々の招待という形で開催します。サラウンドの表現は、水平音場である5.1CHから最近の取り組みは球体音場となる没入感サラウンド〜IMMERSIVE AUDIOへと発展をしつつあります。塾長からこうした取り組みの一端を紹介するという100回記念SPECIALをどうぞお楽しみください。
本日の再生環境ですが、AV AMPからのサラウンドソフトは、OPPO BD再生をmarantz AV-8805 PREから、またWAVファイルは、PC再生に切り替えてGenelecのスピーカでハイト4CH+ベース7.1CHの環境で再生します。ではMICKさんよろしく。
沢口:皆さんこんにちは、これまで私自身は、講演する立場でなく舞台裏の黒子に徹してきましたが100回記念SPECIALということで、UNAMAS Labelが大賀ホールを拠点として2014年から現在まで7アルバムの制作で取り組んできた音楽におけるImmersive Audio(9・1CHまたは11.1CHサラウンド)とハイト・マイキングと楽曲との関係などについて紹介します。
大別すると4タイプのハイト・マイキングに分かれますのでそれぞれのコンセプト及び制作例とデモ再生を
タイプ−01
UNAHQ 2007 J.S.Bach The Art of Fugue 2015年3月録音
タイプ−02
UNAHQ 2009 F. Schubert Death and The Maiden2015年12月録音
タイプ−03
UNAHQ 2012 P.I. Tchaikovsky Souvenir de Florence 2016年12月録音
タイプ−04
UNAHQ 2014 G. Bottesini Grand Duo 2017年12月録音
として紹介します。
1これまでの制作で得られた成果から言える音楽とハイト・チャンネルの考え方
1 Immersive Audioは響の美しいホールや教会・歴史建造物などで有効でありその再現は、あくまで自然な球面音場の再現にある。
元々デッドに設計した録音スタジオでは響を生かすImmersive Audioでなく楽器音源を半球面で組み立てていくような創造型Immersive Audioが有効でこのためには作曲の段階で明確な完成形をイメージした楽曲作りが成功のキーとなる。
2 ハイト・チャンネルのマイキングは、どのような楽曲を制作するのかによって自由にマイキングし常に固定アレイ・マイキングにこだわる必要はない。
但し、マイキングは一定の原則を採用し、位相や遅延を考慮した配置を採用。
3 ハイトに使用するマイクロフォンの指向性については
● オムニ
● ワイド・カーディオイド
● カーディオイド
を音場と楽曲編成の相違で選択する。ヨーロッパの様々なハイト・マイキング研究で紹介されている中に超指向性が有効という研究があるがこれは、単にメイン・チャンネルとのセパレーションを優先した考え方と言え、使用するマイクの持つ音質や特性を吟味しないと音楽として半球面が成立しない。
2 基本録音システム
大賀ホールにおけるクラシック録音システムは、2014年開始以来進化を遂げてきました。以下に紹介するのが現在の基本録音システムとなります。
3 ベースチャンネルのマイキング「UNAMAS流主観サラウンド」
音楽におけるサラウンド表現はこれまで
● 臨場感サラウンド
● 創造型独立サラウンド
● 全周囲ウオールサラウンド
に大別されてきました。それぞれにメリット・デメリットがあります。
臨場感サラウンドは主にクラシックやLIVEコンサートで採用されメイン音場は、フロント3CHにありリアCHは響きのみとなります。一方の創造型サラウンドは、スタジオなどでマルチトラック録音したそれぞれの楽器を5・1CHに振り分けて音場を再構築するアプローチです。それぞれのデメリットと言われているのは以下の2点です。
● 臨場感サラウンドは、リアに実音がないので「ステレオとあまり変わらない」というリスナーからの反応となる。
● 創造型サラウンドでは、「全周囲から常にタイトな音が出ると長時間聴いていて疲れる」
そこでUNAMASでは、その両者のメリットを融合した音場設計はどうすればいいかを検討し、全チャンネルに実音があるが、かぶりを利用してタイトな実音にならずに、かつ録音という表現でしか実現できない主観音場(リスナーの周りを取り囲むアーティスト)というデザインに挑戦しました。この考えのヒントは、2013年4月に音響ハウスで制作したUNAHQ 1009 「After Glow」というアルバムです。ソロピアノの周囲に弦楽カルテットを配置したデザインがサラウンドとしても納得出来るデザインでしたので、これをさらに進めることにしました。
現在のメインチャンネル(Bets等と呼ばれます)のマイキングは、以下に示すような7.1CHを基本としています。この上層部を受け持つのが、以下に述べる4CHハイト・チャンネルのマイキングになり全体で11・1CHとなります。
4 ハイト・チャンネルのマイキングと音楽表現
没入感と呼ばれるImmersive AudioでUNAMASが取り組んでいるのは、ホールの響の美しさを実現するアプローチでこれは、自然なアコースティックを半球面で捉えるといういわば臨場感Immersive Audioになります。ここでは、大賀ホール内の様々なポイントに設置したハイト・マイキングと楽曲の関係を紹介します。
将来は、才能ある作曲家とチームを組んでハイト・チャンネルにも実音が存在するような創造型のImmersive Audioにも取り組みたいと考えています。
最近私が、なるほど!と刺激を受けたアルバムはドイツの2人組チームLICHTMONDが制作したAURO 3D作品です。これはまさに半球面を実音と素晴らしいCG映像で構成した意欲作で全CHに実音があります。
4−1 タイプ−01
UNAHQ 2007 J.S.Bach The Art of Fugue 2015年3月録音
a:2014年の2月に大賀ホールでの制作をスタートし、第1作目となった「Four Seasons」をレコーディングする時にホールのハイト・チャンネルとはどんな音がするのかを検証する意味で弦楽カルテットの周囲を取り囲む配置(これはAfter Glowで実施したアイディアになります)で高さ4m四方のマイキングを天井向けにセットしました。後日Playbackしてみると天井付近でも大変バランスの良い音がしていることが発見でき、次回作での導入を計画したわけです。
b:フーガの技法でなぜステージ上の天井反射音を狙ったのか?
フーガという形式は、「モノフォニー」と呼ばれ、アンサンブルから美しいハーモニーを空間へ放出する「ポリフォニー」形式と異なりそれぞれの楽器が単独で、一定の規則に従って演奏されるという音のパズルのような形式です。
大賀ホールのステージ上部には大きな反射板が3つあり、天井からの反射によりアーティストへ自分達の演奏が聞き取りやすいような構造をしています。フーガは、単独楽器の音がメインなのでホールで響く豊かなアンサンブル音を捉えるよりもこの初期反射を捉えて音楽を補強するのは、どうだろうかと検討した結果このような天井向きのハイト・マイキングとしました。
この時は、初挑戦ということもありハイト・チャンネルをMID-レイヤーとTOP-レイヤーの2レイヤー構成で配置してみました。「この方が半球面の表現がより濃密に出るのではないか?」と考えたからです。しかし、3レイヤーで再生してみると音像が上の方へ浮いてしまい失敗でした。もしこうした3レイヤー構成をとる場合は、広い会場でレイヤー間の距離も広く取ればうまく音場を捉えられるのかもしれません。
4−2タイプ−02
UNAHQ 2009 F. Schubert Death and The Maiden2015年12月録音
a:ステージ端からホール客席を狙うハイト・マイキング
シューベルトが最晩年に書いた弦楽4重奏「死と乙女」を聞いて大変ダイナミックで勢いがあることに感銘を受け制作しました。この勢いとアンサンブルをハイト・マイクで捉えるにはどうすれば良いか?ソロピアノのアルバムDimensionsを制作している時にステージで音を聞いていると客席へ向けて音が飛んでいく軌跡がよくわかります。ホールの音響スタッフの方々に話を聞いても「私たちも、リハーサルなどで舞台からサウンド・チェックをしていると音が飛んでいくという感覚がありますね」というお話でした。そこで本作では、「死と乙女」のアンサンブルが客席へ飛んでいく音をハイトに使うことにしました。(同一ステージ上にあるのでそれでは高さが取れずハイト・マイクと言えないのではないか?という疑問がお有りかと思います。)図を見ていただければステージ端に配置した4本のマイクは直線配置で最端の2本がTOP-Ls/Rsへ真ん中の2本がTOP-FL/FRへ配置しています。これは筆者が、フィールドサラウンド録音を行う時に海岸波音を4CH録音する方法を大賀ホールに応用したマイキングです。
4−3 タイプ−03
UNAHQ 2012 P.I. Tchaikovsky Souvenir de Florence 2016年12月録音
a:2階バルコニー席からのハイト・チャンネル
大賀ホールの響きをどう捉えるか?を色々考えながら制作するのもアルバム制作の魅力の一つと言えます。本作は編成も大きく十分な響きがホールに拡散すると思いハイト・マイクをステージから離してステージ上部の合唱バルコニー席に配置しました。ここですとステージから約20mの距離差となりハイト・マイクと言える関係ができあがります。使用したマイクは、Sanken CUW-180というワンポイントX-Yマイクです。ワンポイントのL-CH/RCHマイクカプセルをそれぞれステージと客席方向に120度で広げそれぞれの定位はTOP:FL-Lsともう片方がTOP:FR-Rという4CH定位にしています。
完成したアルバムを9.1CHで再生しましたが、大賀ホールでコンサートをよく聞いているという方から「これは大賀ホールの響きですね」というコメントをいただきました。編成が大きくなれば距離を取っても十分な響きがS/N良く捉えられるという感触を得た1作でした。次の機会には、ぜひ2階席中央付近にハイト・マイクを設置したレコーディングをしたいとこの時に構想していました。
4−4 タイプ−04
UNAHQ 2014 G. Bottesini Grand Duo 2017年12月録音
a:2階席中央でのハイト・マイク
BottesiniがCbとVlのソロパートを取り入れたGrand Duoという楽曲で
いよいよ大賀ホール2階席中央部での組みあわせを実施することができました。編成もCbとVlソロで2名、それを支える5名の計7人編成でCbがバックにも加わっていますので、ホールでの響きもS/Nよく捉えられると思い、ホール客席側の響きを多めに捉えることを趣旨としました。
これも使用したマイキングは、Sanken CUW-180ワンポイントX-Yのペアで前回と同様に120度でステージ側と客席側へ指向性を向けて定位も前作と同様にしています。2階バルコニー席と比較してどう言った違いがサウンドに出るのか皆さんも聴き比べしてください。
沢口:以上、大賀ホールにおけるクラシック録音の楽曲編成とそれにふさわしいハイト.CHマイキングの考え方の紹介とデモでした。ここではUNAMAS流のハイト・マイキングという側面で「同じホールであっても楽曲によってハイトのマイキングをその楽曲イメージに相応しい設置として響きは、異なっていても良いのではないか。」という視点を紹介しました。
一方で、楽曲編成によらずホールのベストな響きを捉えてそれをハイトにするという考え方もありだと思いますし、多分そうしたアプローチの制作が一般的かもしれません。
私個人としては、1980年の半ばからまずアナログ・マトリックスによる3-1サラウンド制作、そして1990年から2014年までの水平5.1サラウンドを経て最近は、こうした半球面音場を構成することのできるImmersive Audioの表現に取り組んできました。それぞれの段階で得られた経験と実績の積み重ねは、大変貴重な財産でもありそれを一人だけのノウハウに留めておくのではなくこうした活動を通じて多くの方々と共有するのがワールド・スタンダードに基づいたプロの役目だと信じています。
本日は、どうもありがとうございました。(拍手)
筆者略歴:Mick 沢口
沢口音楽工房UNAMAS- Label 代表。Fellow member AES and ips
1971 年千葉工業大学電子工学科卒、同年NHK 入局。ドラマミキサーとして芸術祭大賞・放送文化基金賞・IBCノンブルドール賞・バチカン希望賞等受賞作を担当。
1985 年以降サラウンド制作に取り組み海外からは「サラウンド゙将軍」と敬愛されている。2001 年よりAES や東南アジアを中心にサラウンドセミナー・技術発表を行ないアジアでのサラウンド制作を推進。
2002 年よりサラウンド寺子屋塾を開設。
2007 年より高品質音楽制作UNAMAS Labelを設立。2013 年の第20 回日本プロ音楽録音賞ノンパッケージ・ハイレゾ2ch で『黎明』(UNAHQ-2003)優秀賞を受賞。2015 年リリースの『The Art of Fugue』(UNAHQ-2007)同年フロ音楽録音賞サラウンド部門受賞、2016 年には『Death and the Maiden』(UNAHQ-2009)そして第24回の同賞にてサラウンド・ハイレゾ部門最優秀・ベストスタジオ賞受賞。第25回同部門で「UNAHQ 2014 Touch of Contrabass」が最優秀賞BEST STUDIO賞を受賞。2015 年からImmersive Audio音楽制作に取り組んでいる。近著は「サウンドデザイン・バイブル」兼六館出版
1985 年以降サラウンド制作に取り組み海外からは「サラウンド゙将軍」と敬愛されている。2001 年よりAES や東南アジアを中心にサラウンドセミナー・技術発表を行ないアジアでのサラウンド制作を推進。
2002 年よりサラウンド寺子屋塾を開設。
2007 年より高品質音楽制作UNAMAS Labelを設立。2013 年の第20 回日本プロ音楽録音賞ノンパッケージ・ハイレゾ2ch で『黎明』(UNAHQ-2003)優秀賞を受賞。2015 年リリースの『The Art of Fugue』(UNAHQ-2007)同年フロ音楽録音賞サラウンド部門受賞、2016 年には『Death and the Maiden』(UNAHQ-2009)そして第24回の同賞にてサラウンド・ハイレゾ部門最優秀・ベストスタジオ賞受賞。第25回同部門で「UNAHQ 2014 Touch of Contrabass」が最優秀賞BEST STUDIO賞を受賞。2015 年からImmersive Audio音楽制作に取り組んでいる。近著は「サウンドデザイン・バイブル」兼六館出版
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