Dolby Atmos MIXで仕上げられた
2016年第89回音響効果賞受賞
「Arrival」のサウンド・デザイン
Mick Sawaguchi 沢口音楽工房
Fellow M. AES/ips
UNAMAS-Label・サラウンド寺子屋塾主宰
はじめに
2016年のアカデミー音響効果賞を受賞した斬新なSF作品Arrival(邦題:メッセージ)を取り上げます。本作の特徴は、難解なテーマを楽器、声、などアコースティックな素材をテープ・ループというクラシックな方法で制作したアンビエント風のスコアリング音楽とカナダ、ニュージーランドとフランスの音響チームがこれまた自然素材をもとに作り出した宇宙人の声や動作音、様々なアンビエンスなどが渾然一体となったImmersive Audio音響デザインにあります。
監督のDenis Villeneuveは、本作後2017年に名作Blade RunnerをリメークしたBlade Runner2049も担当したカナダ、モントリオールをベースにした新時代のディレクターです。
1 制作スタッフ
Director: Denis Villeneuve
Sound Design: Sylvain Bellemare
Vessel sound: Olivier Calvert
Heptopod vocal sound: Dave Whitehead. Michelle Child
Final Mix: Bernard Gariépy Strobl,
Music: Jóhann Jóhannsson
Music Sound design: Simon Ashdown
Scoring Recording: Daniel Kresco
Scoring Mix; Paul Corley
Foley Artist: Nicolas Becker. Greg Vincent
Foley Rec: Yellow Cab Poly Son Post
Production Sound: Claude La Haye
Sound Recordist: Steve Perski Justin Wilson
7.1CH Final Mix; MELS Post at Montreal Canada
Dolby Atmos Mixはパリのスタジオですがクレジットは見つかりませんでした。
2 ストーリーと主要登場人物
未婚の言語学者、ルイーズ・バンクスは、娘の誕生から難病により死に至るまでの様々な光景をデジャブのように経験する。授業の途中で世界12ヶ所に飛来した謎の宇宙船のニュースを聞き世界中が騒然となる。アメリカ軍ウエーバー大佐が彼女の研究室に持参した録音を再生し、その意味をルイーズに質問するが、現地に行かないとわからないと返答し、結局物理学者のイアン・ドネリーと共にモンタナに飛来している宇宙船を警戒している基地へ向かう。
2人の任務は、2体の地球外生命体(「ヘプタポッド」)の飛来の目的を探ることだった。試行錯誤の末、墨を吹き付けたようにして描かれるヘプタポッド文字言語の解読がはじまる。その途中でも娘との生活がフラシュバックされ、その原因に悩みながらもヘプタポッドとの交流を実現しヘプタポットが、地球に来た本当の理由を知る。彼らは3000年後に人類から助けられるため贈り物をするのだという。ルイーズはヘプタポッドが時間を超越していることそしてフラッシュバックしていたのは自分の未来であることも知る。
宇宙船が、消滅し、任務を終えた基地でイアンがルイーズに結婚を申し込む。その後イアンとの離婚や、娘ハンナが早逝する運命を避けられないと知りながらルイーズはプロポーズを受け入れる。
一見するとお決まりのSFアドベンチャー映画とみられるが、メインテーマとして扱っているのは、“時間の流れは過去だけでない、死を迎えるまでの未来も人は、認識できる力がある”というテッド・チャンの短編小説「あなたの人生の物語」をベースにした哲学的なテーマである。
3 起・承・転・結・毎の特徴的なサウンド・デザイン
3−1起00h00’00”-15’18”
ルイーズの娘と過ごした日々のフラッシュバック映像にメインテーマが静かに流れ、冒頭の大学に数人しかいないクラスルームで徐々に鳴るPCや携帯音そして大学構内から避難する人々、アラーム、救急車、L-Rに大胆に飛行するジェット音と徐々にダイナミックレンジを広げ、宇宙船の飛来という緊張感が表現されます。成分としてはハイトCHと水平5CHのLs−Rsでアンビエント風の音楽が包み、残りのCHに効果音というデザインです。また会話がメインのシーンは、大胆にハードセンターのみとし逆に空間を表すシーンでは、ハイトCHを使って柔らかく包むという基本デザインコンセプトが示されます。
自宅に戻ったルイーズが居間で母と会話するシーンや次のルイーズの教授室内でのウエーバー大佐との会話など会話が重要なシーンは、ハードセンターのみです。
起のラストで登場するのがウエーバー大佐一行がイアンを迎えに自宅の庭にヘリコプターで到着するシーンです。
ベッドにいるイアンは、TVニュースを聞いています。ここもハードセンターのみの潔さで、突然フロントハードセンターからリアに向けてヘリコプターの飛来音がフライオーバーで広がり、レンジを一気に高めると、次の居間から外を見るイアンのワイドショットでハイトCHからヘリコプターのホバリングが盛大に響きます。『出発だ!』ウエーバー大佐とともにヘリコプターへ乗り込むワイドショットになると完全なフロントL-C-Rのみとなるといった一連の音場の展開はテンポ感もある素晴らしいデザイン例です。
3−2承15’18”-23’09“
ヘリコプター機内シーンもハイトCHの有効性が表されています。シンプルですが、水平5.1CHだと、お互いがマスキングされてしまう各種機内音をBASIC CHとハイトCHを分離することで密閉閉塞空間を表しています。その後ルイーズと物理学者イアンが『言語は、文化だ!』『言語は、科学だ!』とヘッドセットで会話する場面になるとハイトCH成分はなくなり水平5.1CHのみで進行します。
PS:同じようにヘリコプターで島へ向かう機内シーンの展開がある1993年の第66回受賞作Jurassic Parkと是非比べてください。ハイトCHの有効性が理解できます。
3−3転23’35“-1h16‘15”
テント内で世界各地の基地と交信する司令室シーンが何度も登場します。ここもテント内に反響する司令室のざわめきがハイトCHにもひそやかに配置されテント内という閉塞空間を表しています。一方の隣接したルイーズとイアンチームの分析ルームは、セリフの意味に集中するべくハイトCHアンビエンスは、ありません。
3回目となる宇宙船SHELL内に入ったルイーズは、突然防護服を脱いで顔を見せ自分の名前を言います。それに応えるかのようについにエイリアン・ヘプタポットの2人がガラス壁に現れ声をあげます。このエイリアンVOICEは、BASIC CH全てとハイトCHを駆使した壮大なVOICEです。ここで一体となって流れる音楽は、サウンドデザインチームが制作したVOICEの素材を送ってもらい相互がマスキングしないように帯域を棲みわけて作曲しています。
3−4結 1h16‘15“—1h56’30”
中国軍がヘプタポットに戦いを布告し、世界12ヶ所の基地は、撤退を始めモンタナの基地も撤収命令が出て慌ただしいシーンとなります。
ここも上空を旋回するヘリコプターと地上で撤収を始めている様々な状況音が立体的な空間を形成しています。
4 スコアリング音楽
スコアリングを担当したのは、アイスランド出身で現代音楽や民族音楽、POPS演奏、作曲で活躍をしているポストクラシック作曲家と言えるJóhann Jóhannssonです。彼は、台本を読んでから直感的にテープ・ループをメインにしたアンビエント風音楽のイメージを持ち、撮影に入る前に幾つかのサンプル制作を事前に監督に送り、そのサウンドが気に入った監督は、撮影中それを流しながら撮影したと語っています。
テープ・ループと言っても半端でなく、Studer A-16アナログマルチ・テープレコーダに2インチテープをループにして様々な音源を録音・再生するという手法で作り出した音楽です。間やサイレントを重視したコンセプトでサウンドデザインチームとも協力して純スコアリングというよりもME風の仕上がりになっているのが特徴です。
音楽のデザインは、以下に示すようにサウンド・デザインの有無によって4パターンに変化しています。これもステムMIXで用意してFinal Mixで調整した結果だと思います。
音源は、プラハ、SMECKY MUSIC STUDIOで録音した65人編成のオーケストラやVOICE ロンドンのコーラスグループ、Apfの余韻のみ、ドラムの16ビート音などを使用しています。
このため録音メイン・マイキングは、正調DECCA TREEでなくモノーラル、またはステレオ録音で、出来上がった音楽も基本2CHを別々のステムとしており、最終的な配置やバランスは、Final Mix時に行ったと述べています。BDディスクの特典映像にその舞台裏が紹介されていますが、16トラックのStuder A-16のテープ・ループが回る様子は、迫力があります。
彼のフルオーケストラ正調スコアリングの作品例としては、ホーキンス博士の生涯を描いたイギリス映画「Theory of Everything」で堪能できます。
音楽が占める時間は、62‘で作品に占める割合は、53.4%と控えめです。
彼は、監督の次回作Blade Runner2049も担当する予定だったそうですが、惜しくも2018年初頭にベルリンで急死、48歳の生涯を閉じてしまいました。
5 Foley.効果音 素材録音
効果音の制作は、主にフランスのYellow CabスタジオとPoly Son Postで録音しています。
2013年の受賞作{Gravity}のFoleyもパリのスタジオを使用していますが、パリはこうした録音に適したスタジオやFoley Artistが多いのかもしれません。
もう一つの場所は、ニュージーランド・ベースのサウンド・デザインチームで彼らが、エイリアン・ヘプタポッドの声をデザインしました。
これに使った素材もまさにアナログ・素材でニュージーランドの野鳥、マオリ族の笛の息、ラクダの喉声、バグパイプの収縮音、そして紙パックの箱に水を入れて収縮させたり、ストローで息を吹き込んだ素材から2人のキャラクターに合わせた声を作り出しています。
宇宙船のサウンドも専任で制作しており、この素材には、Tpやホルンといった楽器が使われています。
シーンには、TVニュースやヘリコプター機内ヘッドセット会話、防護服会話、携帯電話といった会話が登場しますが、これらもこだわって実機の送受信機を入手して、実際にその機器を通じて送信〜受診した音声を使ったそうです。
モントリオールを活躍の基盤とするサウンド・スーパバイザーのSylvain Bellemareがインタビューの中で「通常こうした加工は、プラグインツールを使いますが、我々は、それぞれのリアルさを求めてこうした手間をかけた」と述べています。
彼が、モントリオールの芸術大学で講義したvideoがありますが、彼はその中で
サウンド・デザインに必要なスキルとして以下をあげています。
● 音楽との関係を大切に
● 映画そのものを勉強し歴史を学ぶ
● 最新のテクノロジーを貪欲に吸収しておく
● 自由な発想でサウンドを捉える
● 耳で見る集中力
これは筆者も大いに同感です。最近は目で音を見る人々が多くなりすぎました!
終わりに
カナダのモントリオールを基盤としたDenis Villeneuveは、それぞれの特技を組み合わせるために各国を横断していくまさに今日的な制作スタイルが特徴といえ「脱ハリウッド」監督の一人といえます。アメリカで本格デビュー作と言える2015年『Sicario』も機会があれば是非鑑賞してください。
本作サウンド・デザインの特徴は、一般的なSF映画とは異なったサウンドと映像にあると言えるでしょう。主軸で展開しているエイリアンと地球の危機管理というストーリーは、ハラハラ・ドキドキで観客を引き込んでいきますが実は脇役であり、フラシュバックとして挿入されるイアンの記憶を主軸とし原作の持つ『時間と記憶』という哲学的テーマを表すためにDolbyAtmosのハイトチャンネルを使い全体をふんわりと包み込むようなデザインが貢献した作品です。
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