September 10, 2000

クラシック サラウンドマイキングの検証

抄訳:Mick Sawaguchi 沢口真生

[ はじめに ]
現在オーディオの世界で、ホットな話題と言えば5.1chサラウンドである。
ステレオ録音に関した文献や書籍は、すでに溢れるばかり存在しているが、5.1ch録音に関した文献は、まだ道半ばといった段階である。世界中のエンジニアが現在様々な5.1 ch録音技法を開発中である。この記事も現在我々が実験しているマイキングについて述べたものである。

1  目指すものは?
クラシック音楽録音を行っている私の考えは、「5.1chマイキングで自然な録音が可能か?」にある。私は、良い録音とはコンサートホールの体験を家庭で実現することだと信じている、やや古いタイプの人間に属し「Hi-Fi」を目指している。これとは逆に、自然界には存在しないような音を創作し、優れた音を作り出すことに意義を感じているエンジニアもいる。5.1chが作り出す環境が録音現場の正確な再現能力を持っているかどうか?を検証するには、ロケット科学者並の知識と能力がいるわけではない。古くは1972年の安藤の研究やDamaske、そして1988年のHolman等の研究から自然な広がり感を得るには、最低でも5チャンネルの情報が必要なことが分かっている。この特徴は、2チャンネルステレオでは全ての直接音、間接音、音情報が前方からのみ再生されることによる、基本的な欠陥を補うことにある。チャンネル数が増えることで、我々エンジニアが考える音世界をより柔軟に再現できるようになったと言えよう。

2  実際の録音で何が問題か?
5.1chの録音と家庭での再生を行う場合、常に私の頭をよぎる疑念が4項目ほどある。それを以下に述べよう。

2-1:5.1chのマイキングは全く新たな考えで開発しなければならないのか?
それとも今までのステレオ録音のマイキングを基礎に3つのマイクを付加していくのでいいのか?

2-2:リア用マイクは、どこに設置するのがベストなのか?フロントマイクから離してホールの後方なのか?
それともフロントマイクに近接するのか?

2-3:音楽専用の5.1chではセンターチャンネルは、どの程度重要なのか?

2-4:ステレオとのコンパチビリティはどうすればいいのか?ステレオが登場した初期には、同様な問題がモノーラルとの両立性という観点で行われてきた経緯がある。5.1chの素材からステレオdown mix を行うことでいいのか?それともステレオ専用の録音をしなければならないのか?あるいは自動的にステレオへのdown mixが行える機器で十分なのか?

3 解決方法
私は、まず5.1chのマイキングを検討することから始め以下の方式とした。
CH-1 LEFT-FRONT
CH-2 CENTER-FRONT
CH-3 RIGHT -FRONT
CH-4 LEFT-REAR
CH-5 RIGHT-REAR

マイキングは「自然さ」に注目し極力ワンポイントに近いマイキングを検討し、また極力標準化できることを目指した。最初の試行は、ステレオマイキングに3本のマイクを付加する方式である。その理由としてはステレオマイキングと極端に異なることは無いだろうという思いからである。クラシックのホール録音では、フロント側が殆どの情報を捉えており、リアは反射成分を捉えているからである。このため私が25年間使用してきたステレオマイキングを応用することにした。ここでの挑戦は、センターマイクとリアをいかに臨場感を高めるために寄与できるか?にある。

4 センターチャンネル
センターチャンネルに着目して多くの実験録音を行った。先にも述べたがセンターチャンネルの本来の目的は、映画におけるスクリーンと台詞の定位を安定させるためであり、故に「台詞チャンネル」という呼び方をされるくらいである。
オーケストラ録音では、同軸方式のブルメラインやM-Sステレオ録音で十分な音像が確保されていると思っているので、私は、センターチャンネルの音楽的な意義はあまり感じていないのが実際である。また頭の間隔くらいに広がりを持たせたBDTやORTFペアマイク方式でも、同様にセンター情報が十分捉えられている。こうした現実の中ではセンター専用のマイクをどのように扱えばいいのだろうか?家庭でセンタースピーカを設置した場合は、通常のステレオ配置に比べL-Rの間隔は広がるだろうと仮定してみた。このことでより大きな音場を形成することができ映画のダイナミックなサウンドを堪能することができる。
この状態でステレオ録音の音楽を耳だけで聞くと多分中抜け状態となることだろう。そこでL-R信号をセンタースピーカへ少しこぼす実験をしてみた。しかしこれは音場を狭くするだけで効果的ではなかった!
次に行った実験は、ステレオペアマイクにセンターマイクを付加して録音することだった。これは先ほどの方法よりも効果があったが、ペアマイクの近接距離が災いしてクシ型フィルター効果を生じ音質劣化を発生してしまった。
使用したマイクがAKG C-414だったためもありセンターマイクはL-Rペアの逆さに取り付けてみたが十分すばらしいフロント音場を形成することができた。「これぞオーケストラ!」といった印象である。ステレオペアの時に比べて間隔を離し27cmで録音を行ってみたが、芳しい結果ではなかった。

次にリアマイクの設置についての実験を試みた。これは2種類行い、ひとつはメインマイクの近傍に設置、もうひとつはホール後方に離して設置してみた。近傍に設置した場合は、マイクの指向性を単一指向、または超指向性にして、前方からのかぶりを極力抑制するようにした。私が気に入った結果は、メインマイクから40cm離して、単一指向性でリアに向けたセッティングである。もうひとつのホール後方に設置した場合は、録音レベルも低く使いものにならなかったので、レベルを上げてみたが、フロントとの位相差が感じられ、特に全指向性のマイクを使用した場合に顕著であった。リアの音が良かったのはメインマイクから30cm離し単一指向性でリア側に向けた場合であった。17cm 20cm 27cmと様々距離を変えてみたがこの30cmが一番好ましい音であった。だがその差はわずかである。リアマイクにショットガンマイクを使った場合は、レベル的に十分なゲインをとれるが、音質的には、単一指向性と殆ど変わらず、残響音が不自然に感じられる結果であった。

一連の実験を終えた後、私はVillage blacksmithの所へ行き、特注で5.1ch用のマイクマウントを制作してもらった。これはH型をしており前後の距離は30cmにしてある。バーの長さは30cmでORTF用の17cm BDTマイク用に20cmそして一般用に27cmの穴も作ってある。このマウントキットにより各種の実験が手軽に行えるようになった。

5 レベル
自然な広がりを得る上でリアチャンネルのレベルは大変重要である。そのためには同じマイクを5本そして出力も揃ったマイクを選択しておく必要がある。
フロントの3本はほぼ同じレベルをピックアップし、リアはそれに比べてレベルが低く録音されることになる。しかし、これで自然な空間が再現されるはずである。

6 ステレオとの両立性
私のマイキングの基本は、ステレオに3チャンネルを追加した方式なので、ステレオとの両立性は問題ない。試しに5チャンネルの出力からステレオ2チャンネルのMIXを作ってみたが、L-Rのマイクで録音した場合に比べ不満足な結果であった。将来5.1CHと2CHステレオが同時に記録再生できるとすれば、この方法で何も問題なく実現できることになる。

おわりに
様々な実験を行った上で、私が下す結論は、5.1CHのサラウンドは従来のステレオに比べ、はるかに素晴らしいコンサートホールのリアリズムを提供出来るということである。マイキングについても従来のステレオ手法に3本を追加する方法で何ら問題はなく、複雑な手法を用いる必要もないことが確認できたことは有意義であった。映画に限らずピュアオーディオの世界でも5.1CHサラウンドがクラシック音楽の新たな楽しみ方を提案できる可能性に大いに期待が持てる実験であった。(了)

「サラウンド制作情報」 Indexにもどる
「サラウンド入門」は実践的な解説書です

No comments:

Post a Comment