October 15, 2006

第36回サラウンド塾 角田健一 Big Band Stage DVD-A制作について 内沼英二

By. Mick Sawaguchi
日時:2006年10月15日
場所:三鷹 沢口スタジオ
講師:内沼英二(ミキサーズラボ)
テーマ:Big Band Jazzのサラウンド制作

沢口:今月は29日と本日と2回講演になります。今日は日本J-POP音楽の大ベテランで現在ミキサーズ ラボ代表も務めています内沼英二さんを講師に今年の春制作したDVD-A サラウンド「Big Band Stage」角田健一Bandの制作とサラウンドへのアプローチについてお話していただきます。内沼さんは2005年12月の「音の日」10周年特別表彰で音の匠にも顕彰されました。
内沼:ミキサーズ ラボ内沼です。私は今月で62才を迎え、ミキサー人生は40年になります。テイチクから日本ビクターそして現在とJ-POPという売れる音楽を制作してきました。「いい音より売れる音」とも言われた時代です。最近こんなことを感じています。専門学校でクラスを持っているのですが3年前から生徒に我が家で音楽を何で聴いているか?アンケートしてきました。3年前は170名の生徒の中で50%弱がスピーカできいていました。それが2年前は20%になり今年は何と10%を切ってしまいました。将来音響で身を立てようと言う若者が空気を振動した音を聞いていないことに愕然としたわけです。彼らにラージスピーカで音を聞かせると「うるさい」「分からない」といったコメントが帰ってきます。こんなこともあり、またミキサーズ ラボを設立して29年という段階を迎え私は「いい音を提供する」という役目を担わなくてはならないのではないかと考え、今回の企画を考えました。

企画意図
40年のミキサー人生で私の音の原点は、Big Band Jazz にあります。38年前新宿厚生年金会館できいたカウント ベーシーの生音とBig Bandの感動は私のいい音という原点にあります。いつかそうしたサウンドを私自身で制作したいと思ってきました。それが今なのかなと思い制作に着手したわけです。Big Band Jazzとして選んだのは角田健一バンドです。みなさんもあまり馴染みがないかも知れませんが、私も数年前に聞く機会がありアンサンブルの良いすばらしいバンドだなあと記憶に残っていたバンドです。これを高品質、かつサラウンドで制作したいと思い角田さんへ打診しました。彼はサラウンドが何か当初知識がありませんでしたが、我々のスタジオでサラウンド ソフトを聞いてもらうと「内沼さんこれいいね。すごいよ!やろうよ」となって企画が進行したわけです。ただしBig Band Jazzはあくまでステージ音楽なので楽器を四方に分散させずにフロントに集中して録音して欲しいとリクエストがありました。私もその考えでしたので意見はぶれることなく進行することができました。

DVD-Aだけですと再生環境が限られるのでアメリカのW-パッケージ方式を取り入れDVD-AとCDの2枚組でDVD-AのビデオレイヤーにはDolby-DとDTSエンコードのサラウンドもいれてありますので合計4週類のサウンドを楽しむこともできます。一部問い合わせが来たのは初期のDVD-A再生機はDVD-A音声が入っているとビデオゾーンへ行けないという機種があり困りました。パイオニア製品は切り替え機能があるので問題ありませんでしたが(笑い)。

ではバンドリーダーの角田さんの経歴を紹介します。1951年生まれ。桐朋学園、バークリー音楽院卒業後、日本の名門ビッグバンドでTb奏者として活躍。1990年に自己のビッグバンド角田健一ビッグバンドを結成。毎年意欲的なコンサートを開催し 現在唯一レギュラーでBig Band活動を行っているバンドです。特に角田さんはサックスのアンサンブルに大変気合いが入っているバンドでもあります。
今回選曲はこの年代のかたなら誰もが懐かしいと感じる名曲スタンダードを取り入れました。一聴するとオリジナルの譜面をそのまま使っているように聞こえるかも知れませんが、角田さんの絶妙なアレンジが随所に施されています。ゲストプレーヤーには、マルタさんをお願いしソロでも3曲とほかでもアンサンブルで参加しています。



録音について
録音は、このクラスのメンバーが入りかつ音が飽和しないという点でビクター青山スタジオ301 としました。
基本的にサックス ブラスセクションはメインエリアで配置し、ピアノ・ベース・ドラムスを前方のブースへ、鉄弦のギターとソロAsaxは後方のブースへ配置しています。アンビエンスマイクは、フロント2本リア2本の4本です。Sax セクションを一番後ろにしたのは、従来配置ですとブラスの音がSaxセクションへ飛び込んでくることを避けこのバンドの特徴であるSaxのすばらしいアンサンブルを十分活かしたいと考えたからです。Saxブラス関係はノイマン系マイクを、ドラムのTopにはSONY C-37A を使っています。このマイクは私のお気に入りで大変素直で高域も十分伸びており後の加工が必要になった場合も音が汚れないという特徴があります。ソロのAsaxはノイマン系とSONY800Gをたてて聞き比べた結果800Gにしました。

マイクプリはほとんどOLD NEVE 1073を使用しています。決してレンジの広いマイクプリではありませんが、実に音楽としてまとまりが良いからです。この回路に使用している手巻きのトランスがその一因かもしれません。
各マイクプリOUTはプリズムA/Dコンバーターでデジタル信号になりプロツールズへ入力。そのOUTをSSLへ返してモニターしています。

192Vs96
これは私も色々実験した結果ですが、ハイビット ハイサンプリングになればなるほど原音に近い再現は出来るのですが、歪みが少なくなる分楽器の迫力も薄められていくので、その両者のバランスをとると96/24が良いところかなと考え今回も96/24で収録しています。

ミキサーズ ラボのコントロールルームのサラウンド化
ここは元々2チャンネル仕様で設計し、メインモニターはGENELEC 1035Aです。ここにサラウンド化を行うに当たり、様々検討した結果同一ユニットを使って小型版の1038AC/1037Bをセンターとサラウンドに設置しています。全て同じモデルでないとダメかなと心配しましたが音を出してみると大変自然なつながりで安心しました。多分メインのユニットが全て同一だったのが幸いしていたのかも知れません。MIX-DOWNはSSL6000の3系統のステレオ出力バスを利用して6チャンネルをアサインして使っています。ステレオMIXとサラウンドMIXは個別に行い通常のサラウンドからのDOWN MIXをステレオへ使うことはしませんでした。2 チャンネル ステレオではスタジオ録音風の迫力を重視し、サラウンドでは厚生年金会館で聞いているようなホールトーンを重視したかったからです。マスタリングも別々のエンジニアが担当していますので印象も異なっていると思います。定位は図に示したように極めてシンプルで見た目とおりです。
 
では、3曲程再生します。ついでに2チャンネルMIXも聞いてみましょう。

デモ

内沼流サラウンド アンビエンス制作方法
私たちは永年スタジオ録音という音場で録音をしてきました。2チャンネルステレオの場合は何の問題も無かったのですが、サラウンド録音をやるようになって困ったのは、スタジオはどんなにアンビエンス マイクをたてても十分なアンビエンスがとれないということです。サラウンド制作では音場をどう作るかがポイントになると考えましたので、さてスタジオ録音でどうするか?そこで考えたのは、和差動トランスというMS-LR変換で使用するトランスです。クラシックなどではこれで良い雰囲気のアンビエンスを取り出すことができたという経験があったのでアンビエンスステレオマイクをこのトランスを経由してL+RとL-R 成分を取り出しこれをサラウンドチャンネルへ定位させてみました。これにわずかのリバーブとディレイを加えると結構イメージしたアンビエンス空間ができあがりました。次のデモで聞いてみてください。これは冨田さん作曲のNHK大河ドラマ 天と地のテーマですがこのトラックの中のアンビエンスマイク成分をいま言った方法で作り出しています。

デモ

もうひとつは、UP-MIXという機能を持ったDSPプロセッサーの利用です。このデモは角松敏生のLIVEですが、LIVE音源のようにアンビエンス成分が多く含まれたステレオ音源ではこのUP-MIX という機能を使ってかなりの程度疑似サラウンド化ができるなあというのが素直な感想です。
冨田:私も使ってみたいね。なかなかおもしろいね。緻密なデザインには向かないかも知れないがこうしたLIVE 音源では有効だね(笑い)

もう一つは、スタジオ収録したアンビエンス成分を約64msec遅らせてレベルは6dBほど下げた成分をサラウンドに持っていく方法です。これは2年前のサラウンドチェック ディスクを作成するときに斉藤ネコさんと「どうせならなにか変わったことやろうよ」ということでスタートした録音曲シエラザードで取り入れた方法です。この時はオーケストラのパート毎にスタジオ録音しました。合計80トラックあまりをコンソールに立ち上げるともののみごとに全て全面に一直線に並んでしまいます。これを楽器パート毎で奥行きをだして立体的にするために、マルチ録音時にセットしたアンビエンス成分を先ほどの方法でサラウンド化しました。これもかなりいい方法だと思います。

デモ

以上でデモと話は一区切りとします。

沢口:どうも有り難うございました。感想や質問があればどうぞ。
冨田:イヤー角田さんのJAZZはすごいね。中学一年で終戦しそれから聞いたJAZZ は SPだったからね。こんなすごいサウンドと演奏を今聴けるのは感激だね。JAZZはSPという考えが変わったね。

Q-01:192のステレオ版はどの段階で作ったのか?
A:SSLでMIX し2チャンネルになった段階でSTUDERのハーフインチアナログへ録音しこれを192 でデジタル化しています。
Q-02:リアのアンビエンスはどれくらい使いましたか?
A:収録したレベルはほぼそにまま使いました。フロントのアンビエンスに比べれば6 dBほど少ない感じです。
Q-03:リアへ楽器はこぼしていないのですか?
A:大胆な配置していませんがリズム系はやや後ろまでこぼしていますので聞く位置では後ろに定位したように聞こえるかもしれません。
Q-04:ステレオMIX とサラウンドMIXはどちらを先に行いましたか?
A:ステレオMIX を先に行い、基本設計を構築したうえで、サラウンドMIX しています。
Q-05:LFEのレベルはどれくらいにしましたか?
A:私は大きめに作る傾向にあるのですが、マスタリングの段階で大きすぎると抑えられました。(笑い)
Q-06:CD-4を制作していた時代と何か変化がありますか?
A:あの時の経験は今でも十分活用できます。音楽の場合あまり四方に配置するとどこをむいて聞いて良いのか分からなくなる場合があるので、私はあくまでフロントメインという定位を心がけています。
冨田:確かに存在感のある生楽器の場合は、そうかもしれないけど、私のようにゼロから作った存在感のない音源で曲を構成する場合はどこに配置しても自由度がありますね。トレバー ホーンの制作したアート オブ ノイズなどもその良い例だと思います。
Q-07:LFE スピーカの設置位置と音質の関係は?
A:これはなかなか一定の基準がないのと家庭でどれくらいのレベルで聞いているか分からないので今のところ決め手がありません。
冨田:LFEは定位を感じないのでどこにおいてもいいと言われるが、私は長くきいているとどうしても定位を感じてしまいます。ですからLFEは横とかに置かないでヤジロベエのバランスのようにやはりフロントの中間がいいと思いますけど。他の人はどうですか?
石井:GENELECで以前エンジニアにLFEの定位を検知できるかというアンケートをやりました。結果は20%が感じる、残り80%は感じないという結果でした。
沢口:横に置く場合は、シングルではなくペアで置くことで部屋全体の低域分布を均一化しようという目的ですね。また最近はフロント置きにしてもペアで配置して均一化させようという傾向にあります。
好美:LFEで定位を感じる一つの要素は、LFEが十分なパワーハンドリングを持たずに結果歪みを生じてこれが高い周波数で発生し、定位を感じると言った場合もあります。
SEIGEN:僕はLFEのスピードがメインに比べて遅いのでLFEBOXにキャスターを付けて最適場所をいつもさがしています。タイミングが合っていない気がするので。
沢口:細井さんが研究しているメインとLFEのタイミングを制作段階から合わしましょうという「フェーズコントロール」の考えをさらに普及させないと解決しませんね。メインとタイミングが合うと低域は実にシャープで豊かになります!

その後議論は様々展開し、広帯域と迫力の関係、生演奏と優れた録音再現の相違、同一音源の2チャンネルとサラウンドの印象、LFEチャンネルは定位が分かるか?などなどその続きはWINE PARTYにまで持ち込まれました。(了)

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