May 24, 2009

第59回サラウンド塾 SRS方式を利用した SRSサラウンドデモDVDと音響デザイン 井上哲 喜多真一 永田秀之


By. Mick Sawaguchi
日時:2009年5月24日 ソニーPCL 408スタジオにて
テーマ:SRS方式を利用した SRSサラウンドデモDVDと音響デザイン
講師:井上哲(テレビ朝日映像)、永田秀之(1991)、喜多真一(ソニーPCL)

沢口:2009年5月のサラウンド寺子屋は、フィールドで色々な音をサラウンド録音し、映像とともにDVD制作するというSRS企画のテクニカルディレクター兼ミキシングを担当したテレビ朝日映像の井上さん、実際にサウンドデザインを担当した1991の北村さん(当日は代理で永田さん)、ファイナルミックスを担当したソニーPCLの喜多さんにお願いしました。このDVDはSRS Circle Surround IIというマトリックスサラウンド方式を使用しているので、技術的な話も含めてお願いします。今回はサラウンドCM研究会と寺子屋のジョイントという形です。どちらも同じテーマを井上さんにリクエストをしたので、じゃあシェアしようかということになりました。では井上さん宜しくお願いします。

井上:テレビ朝日映像の井上と申します。私もこの寺子屋は2003年に始められた頃の初期からのメンバーでして、メンバーの方も学生さんが増えたりとか新鮮な感じがして、ちょっと引き締まった気がします。簡単に自己紹介をしますと、私はテレビ朝日映像というテレビ朝日直系のプロダクションで主にテレビ朝日関連の番組のサウンドエンジニアをやっております。16年位勤めていて、2000年にBSデジタル放送が始まった時に、学生の頃から立体音響に興味があったので、これはチャンスかなと思い、色々トライをしてみたんですが、当時なかなかサラウンドというのがあまり認知される状況になくて、その時に沢口さんをはじめ業界の先駆者の方たちに色々なアドバイスをもらったりすることによってBSデジタル放送、それから2003年に地上波デジタル放送で5.1chサラウンドの放送をずっとやってきています。現状それから5、6年ほど経っていますが、業界にも一般にもサラウンドというものが徐々に認知されている状況にあると思います。テレビの話をすると、テレビ朝日グループではスポーツ番組に関しては9割方サラウンドで放送しています。プロ野球、サッカー、それから水泳、フィギュアスケートなども何か事情がない限りはサラウンドで制作するようになっております。音楽番組も「題名のない音楽会」という老舗の音楽番組もここ5年ぐらいサラウンドで放送を続けていますし、そういった意味でスポーツ番組や音楽番組ではある程度サラウンドというのは認知されてきていると思います。それに続いて何か違う分野で出来ないかというのを模索しているのがここ何年かの状況です。そういった中でSRSさんのサラウンドデモDVDという話が来ましたので、これを良いきっかけにしたいなと思い仕事をしたのが今回のお話です。
内容が制作的な話から技術的な話まで色々多岐にわたるので、今回のセミナーは、

・SRSデモDVD。どういう形で制作体制を構成していったか、SRS Circle Surround IIという技術がどういったものか。
・ロケやサラウンドのフィールド録音においてどうやっていたか。
・その素材をどういうかたちで整理、プリミックスして、同時に映像の編集をどういった考えで行ったか。
・サウンドデザイン、音響効果などのお話を1991の永田さん。
・ファイナルミックスなどのお話をソニーPCL喜多さん。
という流れでお話ししたいと思っています。

-SRSデモDVD-
井上:SRSはアメリカに本拠があるオーディオのエンコード、デコードなどの技術をやっている会社で、Circle Surround IIという、5.1chをアナログのマトリクス2chにエンコードしそれをデコードすると5.1chに復元できる、というシステムが核になっています。そのSRSの技術をPRできるような企業VPのサラウンドDVDを作ってみたいという話がありました。内容はどういうものかというとサラウンド技術を売りにしている会社なのでサラウンドの効果がわかりやすいもの、なおかつオリジナリティのあるものを作りたいということです。目的はオーディオ業界にSRSという技術を認知、浸透させることがということでした。ある程度低コストで、アイデアを出して効果的な作品にすると。つまり普段私がやっている通常のテレビ番組や映画やゲームという割と大きなコンテンツに比べるとこのDVDは、それほど大きいバジェットは当然望めないです。その中でサラウンド効果があってオリジナリティもあって、なおかつ低コストというのが自分の中で理解したことで作品作りに望みました。

まずデモDVDのお話をいただいた段階で、制作体制をどうするかということで。私どもテレビ朝日映像という会社は制作会社としては大きな会社で、通常仕事のお話を頂いた場合では、本来では営業部で予算交渉含め交渉しまして、そこから制作部門に話が行き、我々技術の方に話が戻ってくる。これが普通の会社の流れになるのですが、今回お話を頂いた段階でSRSさんの技術を使ってPRするという制作の中身が、なかなか営業や制作に言っても伝わらないだろうというのがまず1つ。やはり私自身SRSさんの技術をずっと今まで利用してきたものですから、私が直接クライアントと話をしたほうが相手に対して失礼がないかなということもありまして、今回うちの会社でもこういう説明をして、会社の許可を得て私の方でコントロールしようかなと話を進めました。制作するにあたってサラウンドとは何かというのを知らない制作会社も多くて、サラウンドとは何か?SRSの技術ってなんだ?という事を理解しておかないといけない。そして、限られた制作費を最大限有効に使う事。単純にうちみたいな会社を通して普通の仕事の流れでいったら、営業で何パーセントか、制作で何パーセントか、プロデューサー費、ディレクター費などが発生します。限られた制作費を最大限有効に使うにはどうしたらいいか?そういった事をいろいろ考えた上で、自分自身でプロデューサーを兼ねて全体を統括した方が今回の仕事は良いのではないかと思い進めることにしました。
結果イデアワークスさんという、私も付き合いの何回かある会社で、企業もののVPですとかサラウンドに関しても毎年「ジョンレノンスーパーライブ」というのを年末にやってるのですが、その辺をずっと一緒にやってきて私のサラウンドに対する思いとかサラウンドの素晴らしさもよく分かっている会社にお願いして私と共同プロデューサーということで、プロデューサー1人とディレクター1人立ててもらいました。撮影に関しても今回カメラマン1人という形で考えたのですが、一緒に演出しながらロケを録って行かなければならない、サラウンドがどういうものでどういう画を録ったらサラウンドが活きるかというのをある程度話が出来る人間じゃないと難しいなということで、これはうちの社内の人間に任せました。今回のカメラマンは2001年に初めてBSの番組で格闘技のサラウンド放送を実現した時のTDやスイッチャーをやっていて、それからずっとこの6年くらい私のやっているサラウンド放送のほとんどに携わっている人間だったので、彼にお願いするのが一番いいだろうと言う事で、これも私の方から直接お願いしました。録音は現場の録音だけではなくて仕上げまでのイメージを持った上で効率的に録音出来るということで、私自身がやるつもりでいて実際に私がやりました。
後処理に関しては、MAと音響効果は当たり前ですがサラウンドに理解があってSRS技術にも理解があると。今回の作品、DVD作品とはいえクライアントさんの意図を含めると音の部分が非常に重要で、ここは最後の仕上げの部分なのでかなり力を入れたいなという思いがありまして、1991さんとソニーPCLさんにお願いしました。とにかく少人数というのは当然コストの事を考えてですが、少ない人数と少ない制作過程日数で最大限のクオリティーを出す為にスタッフを選んだということになります。
実際のDVDの内容なのですが、これもゼロからの状態でクライアントであるSRSさんの今日もいらっしゃる橋田さんが企画の中心になっていたのですが、橋田さんと私とイデアワークスの制作のスタッフと何回か議論を進めていき、企業VPにありがちな商品の紹介ですとか、企業紹介的なものはあえて排除して、作品として成立するものにしようじゃないかと。ということで、私の方の提案だったのですが、「TOKYO SURROUND」というタイトルで総尺が10分位で、東京のサラウンドの景色っていうんですか?言葉でいうと難しいのですが、東京のサラウンドを10分でまとめたようなものを作りましょうと一回目の会議の時に提案しました。
だんだんそれを具体化させていく上で制作陣からも活発な意見が出て、東京の象徴的な街角を映像と音で紹介するというメインのテーマで、映像に関してはなるべくサラウンド効果の出るような演出とカメラワークにしていきたいと。これに関しては事前にカメラマンとかなり話して、カメラマンに言ったのが、ビューファーの外の絵をイメージしてくれと。カメラマンとは、いかにビューファーに見せたいものを入れていくかというのが仕事なんですけども、いかにビューファーから外に逃がすか、ビューファーの外から絵を入れていくかみたいなことで、簡単に言うとフレームイン、フレームアウトとかを意識的に使ってくれ、というような話はしたんですけれども、そこまで言わなくても彼はちゃんと分かっていてくれていて、ビューファーに映っていないものを常に意識して録るっていう録り方をしました。今回はカメラにステレオマイクが付いているので、そのアウトを両耳でiPod用のイヤホンなどで聞きながら録ってもらったんです。そうするとどういうことになるかというと、ステレオマイクの音ってヘッドホンできくとリアルに聞こえるじゃないですか。そうすると人がフレームアウトした時の音とかって、ヘッドホンで分かるんです。生音聞いてるよりもステレオマイクの音をヘッドホンで聞いている方が、ビューファーの外に音が動いていく様子っていうのがよく分かる。というのをカメラマンが言っていたので両耳ヘッドホンの状態で撮影しましょうか、と実践しました。
最終的に、「Circle Surround World in Tokyo from sunrise till midnight…」という副題ですけど、そういうタイトルの作品を作る事になりました。
1回どんな作品なのかをプレビューしてみたいと思います。まず、ディスクリートで作った方を。12分位です。

<作品デモ (ディスクリート5.1ch)>

井上:というような作品で、今聴いていただいたのはSRSのエンコードをかける前のディスクリートの状態で、実際の作品はSRSさんのエンコードをかけてステレオの素材になったものをDVDにしていて、ステレオのDVDとして配っています。ステレオのDVDとしての作品になっているのですが、実際にその(制作)過程でサラウンドで聴いた人っていうのは、1回これをエンコードしてさらにデコードしたサラウンドの音を聴いているので、やっぱり私もこうして聴いてて大分変わったなと思ったのは、これは喜多さんからお話があるとおもうのですが、実際の完パケの納品でやっぱりディスクリートじゃなくてSRSさんのエンコードデコードした状態でいい音にしなければいけないので、結構直しをしなきゃいけなくて。パンニングなどを結構派手にしてるので、ディスクリートで聴くと不自然なくらいのパンニングだったと思うのですが、その辺はあとで、SRSさんのエンコードデコードするとどう変わるか?というのもちょっと聴いて頂ければなと思っております。

-SRS Circle Surround II-
井上:5.1chの音声をアナログのマトリクスエンコードで2chステレオの素材にするというのが、SRSサークルサラウンドIIの技術です。似たようなものとしてドルビープロロジックIIというものもあります。これと技術的には割と近く目的としては同じような技術で中身のエンコード技術に特色があるということです。これの最大のメリットは5.1ch=6ch分の素材を2chのステレオとして使える。同じように、6chを2chに圧縮するドルビーEというプロ用のエンコード技術ですとか、AACDTSに代表されるような5.1chのデータ量を圧縮するという技術はありますが、(SRSサークルサラウンドIIは)アナログでもできると。用は、5.1ch素材のものが2ch扱いできるので、アナログだろうがデジタルだろうが何でも使える。ステレオの素材として使えるのが最大のメリットです。ただしデメリットも当然ありまして、セパレーションが完全ではない。当たり前ですが、サラウンドのものを一回ステレオの音に戻しちゃう訳ですから、それを再度デコードでサラウンドにするものなので、当然完全にはできない。これは限界は当然あります。私のやってみたイメージから言うと、音の移動感っていうのか、ちゃんと動かす音っていうのはわりと1回ステレオにしているとは思えないぐらいちゃんと再現するのですが、逆に密度の濃い包まれ感というか作品で言うとその場所場所の空気感っていうのがあると思うんですけれども、そういうものが多少失われる部分が多いのかなと思ったのが私の印象です。なので、逆にこの辺をうまく意識して作ればいいんです。エンコードデコードにやっぱり特色がある。これはSRSさんの技術もそうですし、ドルビープロロジックIIにはまた違う癖があるんですけれども、癖は当然ある。この癖は単純にこうだこうだと言い切れないところがあって、この辺は経験して癖を見抜いて行かなくてはいけない。これを理解してやれば、完全ではないセパレーションながらもある程度良いものが出来るのではないかというのが私の考えです。

この技術は実際にどういうふうに使われているかというと、我々放送局の分野では、アナログ伝送しかできない部分ですとか、デジタルでもステレオの回線しか取れない海外の衛星中継ですとか、国内でも事情によってはステレオしか取れない時にでも例えば中継の出先でエンコードして放送局側でデコードをして、それにさらにSEとかいろんなものを組み合わせて実際にはディスクリートサラウンドとしてオンエアーと言ったところに使われています。あとは、VTR収録で、VTRも8chのVTRっていうのもあるんですけれども完全に出回っている訳ではないので、私らでもよくあるのは録って出しって言って、実際には7時から生放送っていってるんですけれど、実際には6時台くらいにイベントは始まっていて、ちょっとずつ簡単な編集をしながら出して行くという番組がスポーツなどでは多いのですが、そういうノンリニアの収録機っていうのは、4ch使用だったりっていうのがまだ多いので、そういう時にSRSエンコードを使えばステレオと同じ扱いで出来て出しの時にデコードするという事ができるので、こういうことが結構行われています。

井上:一例として世界フィギュア国別対抗戦という代々木第一体育館でやってテレ朝で4日間ゴールデンでオンエアーしたイベントがあったんですが、これもスポーツはとにかく5.1chだということで、5.1chでやったのですが、今言ったノンリニア編集っていうのが発生してですね。(図の)真ん中の「伝送」の右側が本社。「伝送」の左側が現場。現場で実況がしゃべって「放送現場MIX」というところでミックスを作り、それをどんどん社内に伝送して本社の方でオンエアーしながらどんどん編集して即出して行くというスタイルなんですが、こういう時に本社編集がサラウンドに対応していないというのがあって、全部をディスクリートで出来ない。この時はSRSさんの技術を使ったのですが、これを頭から順を追ってみます。この時のように国際大会になると国際配信というものが発生するので若干ややこしくなっているのですが、まず国際配信があるので競技のミックスは別のミキサーがやるんです。これはオンエアーを5.1chでやるがために、ISは5.1chで統一しています。ISとはインターナショナルサウンド、国際配信のことで競技ノイズとも言いますがコメント抜きの音声の事を呼んでいます。これもいずれ5.1chで配信するという事もでてくるとは思います。オリンピックなどでは実際に競技ノイズを各国に配信して、日本もそれを受けて5.1chで配信しているのです。現状まだオリンピックやワールドカップ以外の国際大会ではISはステレオで配信されているので、わざわざステレオミックスを作らないで5.1chでミックスしたものをSRSエンコーダーでステレオ化してそれを国際配信しているということです。矢印の太いのが5.1chで細いのがステレオという意味です。その配信しているSRSエンコードされステレオになった5.1chサウンドが放送現場ミックスという放送の実況をつけたり実際にオンエアーされる現場の実況付きの音声です。これは卓としてはステレオのモードでミックスをしているのですが、ここに入っている競技音というのはSRSエンコードされたものなのでこれをステレオのまま伝送する。本社で簡単な編集を施してそれをSRSのデコードでもう一度5.1chに戻す。それに本社出しのVTRですとか音楽、BGMというものを本社でつけて5.1chのディスクリートで放送します。実際には5.1chで放送しているので、現場のミキサーもステレオモードでミックスしているとはいえ5.1chでのバランスを確認しなきゃいけないので、現場でもSRSのデコーダーを通してモニターも5.1chで出しているということです。
こういう形でSRSサークルサラウンドIIというのを活用しています。このパターンは結構多くて。同じ4月にヤマハレディースオープンという静岡でのゴルフ中継がありまして、ゴルフ中継というのは基本すべて時差出しで、なるべく細かく細かく選手のプレイを見せるので現場でノンリニアで録って時差出ししているのです。そういう事情もあって同じような形でSRSエンコードしてVTRに録ってすぐ出してそれをデコードして放送するという形が多いです。現場の中ではこういう使われ方をしているんですが、アナログのFM放送さんとかですと、実際の音声はSRSエンコードしたものをオンエアーして家庭用のSRSデコーダーを通して聴いて下さい。というような方法を取っています。
というように5.1chで作っている作品なのですが実際にはステレオの音声のみが入っていると。そのかわりステレオなのでDVDの規格上ステレオだったらリニアPCMという圧縮はかけずに高音質で収録ができるので今回の作品はそれで作られています。

-ロケ&サラウンドフィールド録音-
井上:先ほども話しましたが、カメラマンはHDVのステレオマイクをモニターして撮影しています。ロケ地に着いたら最初に映像をどう撮るかという話をしました。それに対してカメラマンがこうしたら良いんじゃないか?私もこっちから撮ったら音がこうだから、などという話を現場でしました。そして映像を撮っていくと同時にサラウンド音声も同時に録っていくと。マイクはsanken WMS-5とCUW-180というXYステレオマイクをダブルで組み合わせたマイクです。レコーダーはEDIROL R-4PROを使っています。これは昔から使っている物でして、4chのHDDレコーダーです。R-4PROは本当に素晴らしくて値段も10万円ちょっとなのにタイムコードも入ったりと十分プロクオリティで使える物です。現場を撤収する準備をしている間に私だけでアンビエンスをもう一回録り直しています。それは動かない音用の素材です。映像に合わせた音だけではパンニングで動きを加えてしまうので、その場の空気を録りたかったのです。マイクは無指向が良かったのでDPA 4061を使いました。当初はクロスバーを作って立てようと思ったのですが前日にたまたま傘を見て思いつきでアンブレラアレイを作って持って行きました。以前NHKの緒方さんのセミナーでサラウンドアンブレラの事を知り、音も空気感があって良いなと思っていたので私もやってみました。そのほかに現場の生音で後でポスプロで後ろに振ったりパンニングさせた方が面白いと思われる単発の音、例えばビリヤードのショット音などはなるべくモノで録ってあります。R-4PROは、96kHzで4ch録れるので、すべて96kHzで録りました。今回街のアンビエンスは全部自然音で自然音は高音の成分が多分にあると思ったのでそれを活かそうと思いすべて96kHzで録りました。実際のミックス、収録の段階では48kHzに落ちますが、それまでの過程で編集作業を96kHzでやっていきたいと。
ちなみにCUW-180との使い分けは、CUW-180はS/N比も良くハイも拾えて音質が良いマイクなんですが物が大きいのと元々ステレオマイクを籠の中で組み合わせているものなので安定があまり良くない。つまりガンガン振り回すと中のマイクが動いてしまったりズレてしまったりという事があって機動力的には欠けるので、激しい動き、機動力が必要な所ではWMS-5を使いました。WMS-5の特徴はつながりが良くてバランスが良いのとコンパクトで使いやすいマイクです。若干S/N比が良くなかったりするのですが、CUW-180と比べると価格の差もあるのでしょうがない部分だと思いますが、WMS-5はこのサイズで価格でこれだけの音が録れれば十分かなと印象があります。

なぜアンブレラにしたかっていうと、サラウンドアレイなどを持って渋谷などで音を録っていたら目立って格好わるいだろうなと思い、傘のほうが目立たないだろうなとイメージしていたのですが、予想と外れて結構恥ずかしいというのが分かりました。(一同笑い)作ってみたらフロントLRとリアLRの場所がよく分からなくなってしまって車の中で1個ずつ探ってマスキングテープで目印を作ったという即席なんですが。さらに風防などを色分けして分かりやすくしています。これは簡易的ですがNHKの緒方さんはちゃんと骨組みだけにして作って使っていました。
ストリートミュージシャンのライブのシーンでは、前日に彼らには許可を取っていたのですが、現場に着いてすぐ録らなければいけない。分岐も出来ない状況だったのでこの時だけR-4PROをもう1台持っていってヴォーカルマイクの音を直接R-4PROに入れてそのモニターアウトを彼らのスピーカーに入れて私がPAミックスするという変な状況になってました。ギターの音はピンマイクをマイクスタンドに付けて録りました。ヴォーカル2本、ギター2本だけ別録りして、後はアンブレラを同時で回して録りました。
最後のビリヤードのシーンは、WMS-5で録りました。なぜPoolBarにしたかっていうとダーツがあったりビリヤードがあったり結構音で遊べるかなと思いわざとカメラが入っていってパンさせて振り回す事で音が動く感じが出せるかなと思ってああいう場所を選びました。

-プリミックス-
井上:プリミックス作業では、まず会社の倉庫みたいな部屋でサラウンド環境を組んで、仮設ですが測定してちゃんと組みました。ここ(ソニーPCL)みたいな環境ではないので仮のモニター環境で素材を全部確認して、編集側から上がってきた映像を見てどこにどういう音を貼り合わせるか?例えばアンビエンスは割と長回ししているのでどこの部分を使ってあてるか?など。単発で録った音などをまだ覚えているうちにある程度貼付けをしておく。もしファイナルミックスの時に合わなければそれは差し替えて頂くという形で、ある程度イメージした完成に近い位のミックスを作っておく。全てをミックスしてWAV化するのではなく、基本的に素材ごとに分けて後のファイナルでミックスバランスを調整して頂く形です。SE1、SE2、アンビエンスなどといった風に分けておきました。多い所で4レイヤー位になりました。

普通のドキュメンタリーなどに比べると、すごく少ないかもしれません。ある程度出来てきた段階で音響デザイナーの北村さんに来て頂いて、ざっと中身を見てもらってどういう音を足すかというような事を確認しました。実は最初の段階ではコストの問題もあるし効果付けというのはあまり考えてなかったのです。ある程度本編は生音でSEは軽く付けてもらう程度で良いんじゃないかなと思っていたのです。北村さんにみてもらって何か付けた方が良い所ありますか?と聞いた所、画を見ながらこういう所にこういうような音があった方が良いなど、提案をして頂いて、成る程なと思う所が結構あったのです。そう考えると生音で録りきれないものが結構あったんです。あと生音ではあまり聞こえないのだけれど、見ている人の心理的には無いとおかしいという音っていうのが結構あるというのに気付かされました。そういうくだりもあって、私の気付かない所を色々提案してもらって目から鱗な事がありました。この打ち合わせからファイナルミックスまで1日しかなかったので、非常に大変な作業だったと思うのですが、次の日にあげて頂きました。それと同時進行で今回は映像編集の段階でも私が立ち会ってここは使った方が良い、ここは音は面白くないから使わなくても良いんじゃないかとか議論しながら編集はやっていたのですが、実際音をはめてみると細かい直しがどうしても出てきて、音を貼り合わせた後でもう一度映像を直してもらうという作業もやりました。
こういう手順を踏んで、最大限に準備をした上で最後は設備の整ったMAスタジオでファイナルミックスに持ってきました。

-サウンドデザイン-
永田:1991の永田といいます。実際は(1991の)北村がこの仕事をやらせていただきました。先ほどはディスクリートの5.1chで再生したので、今度はSRSエンコード、デコードしたものをもう一度お聞きください。

<作品デモ (SRSサークルサラウンドII 5.1ch)>

永田:5.1chのVTの10分ものがあるので、それのサウンドデザインとMAをやってくれないかというお話でした。喜多さんに相談しましてサウンドデザインはウチがやりましょうと、そのかわりミキシング・ファイナルミックスは、テープメディアの戻しの話とかもありましたのでソニーPCLさんの方にお願いします、というように話を進めていきました。
まず打ち合わせからというのがサラウンドの仕事の基本なのですが、井上さんとの打ち合わせがまず始まりでありました。1991としましては、同録・プリミックスが出来ている状態で1991ではそこにどう効果を足していけばいいのか、ということでの係わり方です。基本プリミックスで出来ている、井上さんは放送録音や中継でフィールド録音には非常に経験があるので、そうやって完成されたものに北村がどうやってデザインをやっていきましょうか、ということで画を見ながら打ち合わせをさせて頂きました。正直言って井上さんが作られているのもので、クアッドで録ったり、5chで録ったり、現場でされているので、さほど足す音は無いのかなというイメージを持っていました。私も随分前にDolby Pro Logicの時代にレーザーディスクの作品というのを随分やってきた事があって、意外と手こずったという経験もありながら、連絡を頂いてからファイナルミックスの日まで1週間くらいしかありませんでしたが、お引き受けするスタンスで取り組んでいました。
打ち合わせ1は最終型イメージの共有という打ち合わせのテーマで、東京の1日というサウンドスケープをどうやって行っていくか、フィールド録音されている臨場感にどんなふうな効果音を足していったならば効果的なサラウンド、サウンドデザインというだけではなく、サラウンド感を付加していけるかということで北村の方で打ち合わせを重ねていきました。そしてまた、SRSのサークルサラウンドのデモとして、非常に自然に効果を表現できるものということで、それってどうしたらいいのだのろうかということで井上さんと打ち合わせをしました。

打ち合わせ2ではソニーPCLの喜多さんと打ち合わせをしました。私らは通常CMやVTのときには撮影をする方は撮影をする方、編集をする方は編集をする方といわゆるパートごとに分かれていて最終のMAミキサーと話をしないままサウンドデザインをすることが非常に多いという経験を持っていて、それは非常に反省することだという風に我々も思っています。まずはスタッフが決まったところで、全体のコンセンサスというと大げさですが、どんな状況でどういう風に持ち込んで、どんな状況にしていくかということを喜多さんと打ち合わせをしました。

サウンドデザイン、要するにウチで準備する分はどういうふうにしていったら良いかということで、まず音効をやっていく段階ではいつも通り1991の通称1スタというところが、(オタリテック)石井さんに入れて頂いたGENELEC 8020Aというモニター環境があるんですけれど、そこで5.1chの作品をやるのと同じように仕込みの時はエンコードデコードしないでやってしまいましょうということにしました。イコールそれはどういうことかというと、ファイナルミックスの段階で定位感その他など損なわれるものを調整しましょうということでした。経験的にはマトリクス系のこういったものは、どうも自分たちの意図とはちょっと違ったところに定位してしまったりとか、予測できない部分があるということで、エンコードデコードしておいた方がいいのではということはちょっとあったのですが、この段階ではファイナルミックスで整理しましょうということで仕込みは5.1chのままでした。

ほか打ち合わせの中身としてはデータの持ち込み方法、技術面のものをどうしましょうかということです。今回は井上さんが収録をされて、それはNuendoで録られて、ウチはProToolsで、ソニーPCLさんはFairlightベースでここのところを誰がどうしてどうしましょうかというような交通整理を行いました。それから持ち込む時にステム分けをするのですが、それはどういうふうに持ち込みましょうかということです。分け方としては、アンビエント、フォーリー、モノラル、ステレオ、音楽、この5つに分けて持ち込みましょうという風に打ち合わせをしました。ステムに分けて、作業していく時に私の場合はそれぞれバスを作って、アンビエントのバス、フォーリーのバスという形でバスを回して最後にミックスを聴いていくというのが一般的かもしれないのですが、1991の場合はSCアライランスの山本さんと話していたのですが、ProToolsの中でぐるぐるバスを回していると、なんか音がチリチリするような気がして、まあ、ver.4とかver.5の時代からやっているからいけないのかもしれないですが、私がやるときにはある程度系統分けをしたとしても、バスに送らないでグループで処理をしてみたりしていました。ですので1991での仕込みの段階ではバスに分けていなくて、ここに来てからI/Oセットアップでそれぞれ分けて、チャンネルごとに整理してあったものは分けてそれを出したということになると思います。

永田:まずどんな風にやっていこうかと北村と話したのですが、オープニングそれから各パートがあるんですけどそれぞれにキーワードを設けてサラウンド感だけでなく、サウンドデザインという意味でそれぞれのシーンのキーワードというのを設けました。

「動き始める前の東京」
永田:今回この作品は、全編クアッドなり5chで収録されているのでやっぱりサラウンド麻痺ということが起こるんじゃないかなということでした。ですから朝のシーンの静かなところというのは5.1chという感覚にしなくていいのかなという話も出ていました。逆にどこで5.1chの部分をお休みして麻痺させないようにする場所が必要かなといっていたのですが、気が付けば全体が5.1chになっているかもしれません。ですのでこのオープニングの部分では基本的にはベースの音にすずめの鳴き声をちょこっと足していたりというようなサラッと、あまりコテコテにやらないというように計画しました。

「活動を始めた東京」
永田:特にここで新宿駅のシーンで後ろ側で山手線の警笛がホワンと一発あったと思うのですが、あそこで一発動き始めたキーワードで電車が動いている音をやりましょうということでリアに山手線の警笛を足しました。雑踏のシーンが意外と難しくて、人間が動いているだけではその音は移動感には繋がりません。
ということで北村の考えで歩く女性のバッグに金属の飾り物がついているのですけど、そういったチャラチャラした音をハードセンターなどでわかりやすく足したり、ということを細かくやっています。この金属系の音を使ったというのは比較的東京の音というのは暗騒音が高くて結構うるさいじゃないですか。その中で移動感であるとか存在感がわかりやすいのでこの金属のチャラチャラした音をここでは選びました。

「情緒ある東京」
永田:「情緒ある東京」ということで浅草にいきます。ここでは画に出てくる仲見世の部分であるとか、仲見世であればやっぱりハトであろうとか、実際同録には入っていないのですけれどハトが入っていたり、あられに塩を振るのがあるんですけれど。そこではガラス越しで聞こえなかった細かい音が足されています。(映像の中の)風鈴の部分はちょっと聴いていただきたいと思います。それから人力車ですね。人力車のシーンがあったと思うのですが、これはちょっと聴いていただいてから諸々をご説明しようと思います。

<浅草のシーンSE効果あり、なしのデモ>

永田:人力車のところは大分印象が違ったかと思います。同録で録られたものは人力車の音は何もしなかったんですね。車輪の音もそんなにしてない、それから足音がしていない、でも足はバッチリ映っているという。そこでアイディアの一つとして、移動感っていうのが足音だけではうまくいかないので実際にはあの人力車の方には鈴は付いていないのですけど鈴を付けました。その鈴を右、左、前後と人力車の移動に合わせてパンしていったということです。これは面白いアイディアだなと私も思いました。これは北村のオリジナルだと思います。

井上:私も人力車に乗り込んで録ったのですが、音がすると思ってSennheiser MKH816っていう長いマイクを使いました。そういう音が欲しかったのです。やっぱり人力車の音ってまったく無くて、足袋の音もまったくしないし、私的には音は無いんだなと思って終わっていたんですね。(一同笑い)打ち合わせの時にやっぱり北村さんが無い音でも付けましょうと鈴っていう音も付けて、私らには考えてもしない発想だったので、そういう考えもあるのだなと思って私はとても印象的でした。

永田:この鈴はスタジオで録ったんですね。フォーリーといえばフォーリーです。足音もそうです。最後の人ごみっぽいところは路地の感じをだそうと別に効果音を足してみました。仲見世はこんな構造になっています。

「ダウンタウン・静かな都会」
永田:ここは都電が走ってくるシーンです。ここでもやっぱりあそこはロング、長玉で狙っているものがあって、カメラマンの方も良くわかっていらっしゃるみたいで、人ごみとかと撮っているときにあんまり長玉でとっていない感じはしていました。ワイドまではいかないですが、音とのバランスに気を使って撮影をされているなという感じがしました。都電のところは長玉で撮っていたりして、その画から見える印象と現実の音に少しギャップがあるということと、夏の雰囲気で少し蝉が足されていたり自転車のところで細かくベルが一発足されています。特に都電のところというのは遮断機の音が後ろから聴こえていたと思うのですけど、これは実際にはない音だったと思います。それから江戸切子の工場に入っていくシーンがあるのですけれど、ここは外の拡散音場、エアーな感じというか。そこから部屋の中へ入っていった密閉感の感じにするために、これは同録の5.1chの素材にエアノイズを前に足しました。中に入った時に少し狭めるようにして定位がグッと中に入って閉鎖空間に入ったという感じになっています。ここには井上さんの方で同録の時にすごい工夫がされていて、サラウンド感を出すために作業している作業員の方をわざわざ配置して後ろから音を出しているという工夫をされています。

井上:工場の中で左側に作業をしているおばさんがいて、そっちを見せてから右にパンを振ると職人が出てくる、パンすると左側のおばさんの音が後ろに行くというものです。元々あの工場って職人さん1人でやっている工場なので、あのおばさんは存在しないです。(一同笑い)あの場所には何も無いです。画を撮っているうちに、中に入って右側に職人さんがいてその作業を録っているだけだとサラウンド感がやっぱり出ないので、その時演出でおばさんを呼んで座ってもらいました。実際は何の音もしていないです。それはおじさんの作業音を左に付けただけなのですけど、思ったのは演出が重要なんだなと。ただ単に番組やるときにこれはサラウンドなのでこういう画を録ります、こういう音を付けます、ではたぶんサラウンド効果が全然出ないところもあると思うんですが、1人、人を配置してそこからパンを振ることによってサラウンド感を出せるので、今後そういうことは意識的に普通の番組でもやった方がいいのではないかと思いました。
永田:おばさんは作業の経験はないそうです。(一同笑い)

「人々が活動する東京」
永田:(渋谷の)スクランブル交差点では画では人間がピューピュー動いたりカメラが回ったりするのですが、もちろんベースを聴けばそれは聴こえているのですけど、それ以上にもっといろんなことが無ければいけないのではないかということで、北村の方では色々とヒールを足すとか細かいところでは3秒後に目立つヒールを1歩とかですね、細かく足すことでたくさん人が往来しているような感じを出していったということです。原宿の駅前のところは山手線が入線してくる音があるのですがカメラが丁度パンするんですね、それに対して音の方がうまく追いついて聴こえて来ていなかったのでそれも足しました。ただここらで、自分たちはステレオで仕込んできて、5.1chといいながらステレオの素材、ライブラリーはステレオとモノ、それを5.1chあるいはクアッド、つまりサラウンドのベースですね。それを同録に足していく時にですね、やっぱり溶け具合が非常にうまくいかない、うまく溶けないということがファイナルミックスの段階で非常に出てきました。その辺は喜多さんの力をお借りしてディレイであるとかリバーブであるとか、そういうものをまぶしながらやっていきました。

<渋谷、原宿シーンSE効果あり、なしデモ>

「夜の新宿・六本木」
永田:ここも同じように同録のベースに色々なものを足しながら、かつ前後の移動がわかりやすい車であるとかバイクであるとかに関しては追加しました。私らがロケしているときにSennheiser MKH416であるとかそういうものでロケ取材してきた経験がすごく多くあるんですけど、サラウンドで録るからというわけでは無いのですけど、HOLOPHONEで録ってみたりだとかSANKEN WMS-5で録っていたりだとか、ステレオを前後に付けてしたりしてやっているときに、意外とSennheiser MKH416と比べると見えているんだけど取れていない音が多いのだなという印象をちょっと持っているんです。センターchをある程度指向性の強いものにしてやっていくような方法は、もしかしたらありなのかなとこの頃から思っていました。このシーンのビリヤードのところが私らも仕上げしていて面白かったのですけど、これも井上さんの方で非常に良く計画されていてビリヤードのショットの打撃音が後ろからするというようなことで、ここはかなり極端なアタックの強い音がサラウンドのRからだけ出てしまうとかそのような定位感になっています。それは後で喜多さんのお話で出てくると思うのですが、SRSの弱みといってはなんですがステアリング回路というんでしょうか、そういうもののせいでどうも歪んでしまい、ここはとても大変でした。後、ここのシーンはプールバーにBGMが流れているのですけど実はこれは選曲で付けたもので、それをUnWrapなりで拡げて無定位にしました。ですからこの処理は1991でやってきても良かったのですが、SRSとの絡みもあったのでファイナルミックスでしました。

<六本木シーンSE効果あり、なしデモ>

「課題・まとめ」
永田:まずやっぱり打ち合わせが大事でしょう、ということです。今回の場合は井上さんのプロデューサーサイド、私たちの音効サイド、ファイナルミックスをして下さったソニーPCLの方々、ここで最終的な仕上がりのビジョンを皆できちんとして、それに向かって進んでいくということが非常に大切ではないでしょうか。そして、サウンドデザインの中ではやっぱり画に見えている音だけに囚われているのではなく、色々な自由な発想を持ってやっていきましょうと。人力車のところはわかりやすいかもしれませんし。あと音の選び方としても足しておく音っていうのはリアルである必要があって、これは足しましたという音になってはいけないと思います。定位感が比較的わかりやすい音色であるとか、素材を一つ選ぶというのは良いのではないでしょうか。それからハードセンター、これはセンターの定位感は非常に象徴的というか実態があるので積極的に使っていきましょう。ここではモノの音源でもいいのではないでしょうか。画に囚われない発想力を持ってサラウンドというのを成し遂げていったら良いのではないでしょうか。
先ほどちょっとお話が出ましたが、やっぱりベースがクアッドや5chになっている時には、そこにステレオの音源やライブラリーを足していく時には結構無理がある場合があるので、それには気をつけた方が良いでしょう。
それからフォーリーはマイクセッティングです。空気感であるとか距離感であるとか、そういうものに注意してやっていきましょう。今回の鈴なんかはそうなのですけど、一応、同録のプリミックスは上がっていたのですけど、そういうところにきちんと溶かしていく形で、それを聴きながらやっていくのが非常に良いです。どうしても素材的に揃わないということであれば、リバーブやディレイなどの処理で空間を作っていくという作業が必要でしょう。理想的にはサラウンドのライブラリーが豊富にあればそういうのを活用していけば良いのではないでしょうか。
それからSRSの特性を理解してやっていく必要があります。理想的には音を仕込んでいくときにもこういうファクターを考えて、エンコードデコードする必要があるのかは疑問がありますが、そこのところを理解していく必要があります。

「サラウンド感のある人間関係を活かして」
永田:こういった研究会や寺子屋にはエキスパートがたくさんいらっしゃるので、やっぱり色々な人に相談できるし、色んなことの実現が出来ます。そういうものを上手く活かしてやっていくのがいいでしょう。

-ファイナルミックス-

喜多: SRSさんとしては評判が良かったようで、私も関わらせていただいて良かったなと思っています。まずサラウンドの作品がきたら関わらせてもらって、一緒に入っていってやることが大事なのではというのが私の感想でした。サラウンドの仕事はないね、というのではなくサラウンドの仕事はつくるという方向に持っていけたら良いなと思っています。
最後にビリヤードのシーンをもう一度聞いてください。

<ビリヤードシーン ディスクリート、エンコードデコード デモ>

井上:私たちは(ディスクリートの)サラウンドで作ったものをエンコーダー、デコーダーを通すだけで、ある程度再現されるというイメージで作っていたんですが、どうもそれをやると特に極端な音を後ろにやったり後ろで動かし たりすると他の音まで引っ張られてベースノイズまで動いてしまうという現象が結構あって。そうした時にSRS橋田さんの方から大阪の毎日放送さんで色々試 した時にディスクリートで作った音のリアの音をフロントに少しダイバージェンスしてやるとあまり(引っ張られる現象が)出なくなるという話を聞いたことが あるということを伺って。実際に試してみたのはリアに送っているものを、アンビエント系以外を一律25パーセント前に戻してエンコードしてやると、先ほどのような現象は起こらないということがわかって。この辺はどういうアルゴリズムなのかはちょっとわからないんですが、経験則としてわかったので。

橋田:ステアリング効果で、単一音源がどこかからポンと出た場合に、そこに引っ張られるのがアナログマトリクス方式の欠点なんですね。なのでそれを少し前に流してあげることによって中和されて多少押さえられるという感覚になるんですね。
結果的には、最終的に一番大事なクライアントさんが満足されていたか、という部分で非常に良い評価をSRSさんからいただいたので良かったなと思うのですが、今回は仕事自体がある種特殊な事例であって、サラウンドを普及させたいという同じベクトルを持った企業さんからお話をいただいて、サウンドエンジニアである私がある程度管理できたという実は特殊例でして。今後に向けてどういう風にしていったら良いかと、現実を見なければいけないなということで課題を話させていただきます。
現状でいうとサラウンドエンジニアが少なすぎる。サラウンドが出来るエンジニアが企業の規模に限らず普通にサラウンドがみんなが出来るようになれば、バジェットに応じたサラウンド制作は可能だと思うんですね。実際今回私たちが現場で使ったサラウンドの機材等の費用って本当にかかっていません。編集もAvidだけでやっていると。そういう意味での手応えはちょっとあったんですね。映画や地上波の何千万何億円という仕事と、今回のような仕事と、それ相応にサラウンドは出来るんだなというのが今回実感としてわかったので、ここはサウンドエンジニアの力の見せ所かなと思いました。そういう裾野を広げる為の努力をしているのが、寺子屋なりサラウンドCM研究会だと思うんですが、ぜひともそういう活動でサラウンドを広げていけば、バジェットに応じたサラウンドがどんどんできてきて、より普及するのではないかなと。前向きにいうとそういう気持ちになっています。
もう一つ、音の仕事って今は現場の録音、効果、ミックス、音楽ですとマスタリングなど作業が分業化している中で、すべてを理解していなくとも演出のサイドに立てて、演出の意図が理解出来て、録音、効果、ミックスという技術の視野にも立てて、サラウンド、サウンドをトータルである程度管理できるそういう視野に立てる人材を育てていかなければいけないのではないかと。今回自分自身がそういうことをやってみようと思ってやったんですが、目が行き届かなかったり経験不足な部分が合ったんですが、ある意味音に関しては自分のイメージとクライアントさんと共通認識で出来たのでやってよかったなと思いました。今回は特殊な事例ではあるので、一般的な番組の仕事でもそういう立場を確立していかなければいけないかなと。「サラウンドスーパーバイザー」という立場を認知させると。そういう人材を育成するというのが、音の業界でサラウンドを良い方向に持っていく為に必要なんじゃないかなというのが今回の仕事で思ったところであります。

沢口:みなさんどうもありがとうございました。ではまとめて質問タイムにします。

Q:SRS Circle Surround (I)の時にも同じ(ステアリングの)問題が出ていて、ある程度係数が出てきているのでそれをエンコーダー側で調整するということは将来的には?
橋田:本社の方には今回の結果が出てきていますのでそちらは報告してありますので、これから検討されていく予定になっています。
井上:エンコーダー側にそういう切り替えがあった方が、エンジニア側がコツだけでやるよりは親切ですね。

Q:SRS Circle SurroundとSRS Circle Surround IIの違いは?
橋田:デコーダー機能が5.1chまでだったのが6.1chまで対応になっています。

Q:井上さんのシートにプリミックスというチャート部分で、今回収録が96kHzだったというのもあったと思うんですが、編集上がりで6chの音をAvidに投げ込んでしまうと、6chをEDLに合わせて並べ込む作業を割愛できるかなと思うのですが?
A:たしかに今回すべて手作業で、それはタイムコードがレコーダーとHDVの間でガッチリ合っていないというのがあったので手作業でいいやというのがあったのですが。たしかにおっしゃるようにAvid上で切り貼りが出来た状態でくれば微調整でいけるのでフローとしては楽ですよね。

Q:Avidのエディターは音は何トラックまで扱えるのですか?
A:ものにもよりますが、8トラックはいけますよね。32トラックまでいけるのではないかと思います。

Q:フィギュアでのフローでありましたが、LtRtにエンコードしたものに何か載せて、それをデコードした時に良い結果が出た経験がないのですが、SRSの場合はいかがでしたか?
A:これはISミックスが存在したのでこういう特殊な例になったのですが、この時のチーフミキサーに同じことを聞いたことがあるんですよ。現場から5.1chのディスクリートでもらって5.1chでミックスして、その後エンコードして本社に送った方が良いんじゃないかと提案したんですが色々な事情があってこれでいくと。放送現場ミックスというのは競技ミックスに何を足しているかというと、実況と国際映像で載るCGの効果音MEのようなものが足されていて、その場でモニターして検証したらあまり破綻はしていなかったですね。実況に関しても定位は変わっていなくて、実況とノイズのバランスって最終的にはステレオのバランスで聞いてるんですね。だからサラウンドはある程度破綻しなければいいやという発想があって、そういう意味では大丈夫だったんですけど。ただ定位を変えたりするものではわからないですね。私は若干疑問に思っていてせっかくなのでディスクリートでミックスしたものをエンコードしたほうがいいのではないかと思ってはいたんですが。

Q:エンコードデコードの特性変化を前提としたEQをしたりは?
A:特にしていないですね。

Q:井上さんの方での同録のプリミックスは1日だけということでしたが、1991さんの方での準備作業は?
A:丸二晩ですね。二徹です。
井上:私の1日というのも正確に言うと24時間以内が1日だとすれば、完全に1日以内ですね。

Q:実質のトータルの時間はどうなっているのですか?
A:ロケが丸2日、プリミックスが10何時間か、一晩ですね。その後1991で北村さんが2日。ファイナルミックスが1日ですね。実質6日ですね。

Q:ロケハンが出来なかったということでしたがカット割りはあったのでしょうか?
A:大まかなカット割りと指向性は行く前に話をして決めて、実際の具体的な部分は決めたままのものもあれば、現場で決めて録ってあとは編集でおいしいところをつないでというのもありました。結局録りたい画があっても周りは一般人なのでどういう動きをするか、どういうおいしい画音が録れるかはやってみないとわからないので。

Q:ということは編集に立ち会って見せたい部分のアレンジなどもその場で判断したところがありましたか?
A:その場である程度指示を言ったところもあるし、ラフ編集が終わって見たときに変更の指示も出したこともありました。ただ大体は現場で録ったときに私はずっとモニターしているので、その時に良い悪いはディレクターには伝えてあるのでそれにそって編集はやってもらいました。

Q:ロケの音でセンター方向の音が足りないことがあったということですが、映像があるというのが条件にして足りないということだったのでしょうか?
A:そうです。映像がなかったら多分そうは思わなかったかなと思います。

Q:サラウンド慣れという言葉が出てきましたが、今回は12分という短い作品ですが、割合としてはどれくらいでメリハリを付けていけばいいのでしょうか?
A:時間の分数ではないと思うんですね。同じような音が続いているのであれば1分でもサラウンド慣れするかもしれないし。今回は同じようなベースが続いていたので、余計にサラウンド慣れしてしまうとは思いました。例えばプロ野球中継であれば、野次や売り子さんの声が聞こえていたりするとそんなにすぐにはしないと思うんですが、それでも2時間あればサラウンド慣れするし。なのでシチュエーションや中身だとは思うんですが今回割と単純なベースが続いていた部分で、もうちょっとメリハリを付けないとサラウンド感を感じなくなるなとは思いました。

Q:日常の映像ということだったので、その辺は難しかったのかなとは思うのですが?
A:ストーリーがもう少しあって、それに心情など色々な描写を入れていける形であれば違ったのかもしれませんが、今回は場所のクリップを張り合わせたというところから抜け切らなかったのかもしれないですね。

Q:サラウンド収録の時に撮影の方と定位の切り替えなどで普段から気を付けていることはありますか?
A:カメラの切り返しに全部を合わせて音も定位を変えることはしないです。例えばセンターだけ画に合った音を強調的に出したりはしますが、あまり場面によってベースの定位まで変えたりすることはないですね。

Q:中継などではあまり変えないと思うんですが、こういう作品の場合はどうしたらいいのか私も普段悩むので、なにかセオリーがないかなと思うんですが。
A:制作が撮ってきて編集してはいと渡されるものだと極端に画作りを変えたりされることもありますよね。なので今回の作品はそういうことがないように作ったんですけど、普通の作品だとそういうことはありますよね。

沢口::井上さん、永田さん、喜多さん、そしてスタジオをご提供いただいたソニーPCLの皆さん、ありがとうございました。 せっかくの機会ですのでセミナー終了後、日本で初めてTHX pm3の認証を取得した408スタジオの概要説明も喜多さんからお願いしました。(了)

[ 関連リンク ]
SRS Labs
THX pm3
Sony PCL 408 THX Suite

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