August 7, 2016

UNAMASレーベル 9.1CH サラウンド制作

Death and Maiden at 大賀ホール 9.1CHハイト.サラウンドでの新たな試み

By Mick Sawaguchi沢口音楽工房 UNAMASレーベル









   


はじめに

臨場感を向上させるためのハイトCHあるいは3D-AUDIOまたは没入感サラウンドと呼ばれる音場表現が、音楽ジャンルでも実用域で動き始めています。最近では、2016年のグラミー賞サラウンド部門にノミネートされた2Lレーベルの「MAGNIFICAT」が音楽性と空間性を活かしたすばらしいアルバムとして筆者の記憶にあります。(http://www.e-onkyo.com/music/album/twl106/

UNAMASレーベルでも9CHハイトサラウンド制作において、前作「The Art of Fugue」では、5人のフーガの奏法を明確にすべくホールの残響音でなくステージ上の間接音をハイトチャンネルとしました。今回紹介するF.Schubert String Quartet No. 14 in D minor 「Death and the Maiden」の録音では、原曲の持つハーモニーとアンサンブルを重視したホールの響きを取りいれるべく前作とは異なったハイトチャンネルを設定しました。

もう一つの試みは、基幹録音システムに加えハイレゾ録音で影響の大きい電源の強化のためにオールバッテリー給電の採用とEMCノイズ対策に重点をおいた制作を行いましたので、その舞台裏をリポートしたいと思います。

1 制作コンセプト

UNAMASレーベルのアルバム制作で変わらぬ基本は、「ART」「Technology」そして実現のための「Engineering」のトライアングルをどう構築するかにあると考えています。
今回の制作でこの3要素をどのように具現化したかについてまず、紹介したいと思います。

1-1「Art」
 UNMAS STRINGS QUNTETのみなさん




UNAMASレーベルが取り組んでも実現可能な原曲をリサーチし、今回は、シューベルトの14作目となる「Death and Maiden」を取り上げました。この曲は、構成がダイナミックで、ドラマ性があり、端正なストリングス演奏ではなく、現在世界で人気の2Vcというデュオグループが演奏しているようなノリをクラシックで実現したいと思って選択しました。
次に編成をどうするかについては、ロックのノリを実現するために低域を充実させるべくこれまでのキーメンバーとなっていますVnx2 Cbの3人に加えてビオラパートをVcで受け持ってVcを2人とした合計5人で編成しています。

1-2「Technology」

基幹部分は、すでに確立している「デジタルマイク」「RME MIC PRE」「MADI 16CH 192-24光伝送」「MADI-DAW録音」というメインの系統になります。加えて今回は、電源供給をオールバッテリーから100V変換して駆動することと、徹底的な外部ノイズ対策(EMC電磁適合性対策)を行いました。この詳細については、3項を参照してください。

1-3「Engineering」

基本9CH没入感サラウンドであることは、これまでと変わりませんが今回のハイトCH用のマイキングを少し工夫してみました。これも詳細は、4項を参照してください。

2 アーティストとアレンジ

アレンジが出来上がると私は、土屋氏に毎回フィナーレという楽曲ソフトで5人分の演奏データを書き出してもらい、その5つのWAVデータをPyramix上で5CHサラウンドに展開しながら、どうような配置がまとまりよくサラウンド音場も構成できるかを事前シミュレーションして配置を決めています。

 5重奏スコア

  

今回は、FL-Vn1 FC-Cb FR-Vn2としリアは、LS-Vc1 RS-Vc2という配置にしました。大賀ホールでのステージもこれと同じ配置とします。


3 オールバッテリー駆動とノイズ対策

3-1オールバッテリー駆動

 ステージ録音機器に供給したELIIYPOWER社バッテリー電源





 モニタールーム機器に供給したELIIYPOWER社バッテリー電源



Hi-Res制作のように情報量も多く、ダイナミックレンジもあり、S/N比にも優れた制作では、録音時の基幹部分の機材構築に加えてノイズフリーを目指したクリーンなインフラの構築が新たな課題となります。これまでもバッテリー電源が持つS/N比のよさは、バッテリー駆動のアンプやファンタム電源、最近ではHi-Res対応のD/Aコンバーターといった単体機器で使われてきました。

UNAMASクラシックシリーズの制作では、ホール録音をメインとしていますので、スタジオと異なり電源事情も、クリーンで安定した電源を必要としますので、なにかそれに匹敵する製品はないものかと考えていました。
偶然2015年11月のInterBEE展示会場DSP-Jブースに設置していたEliiypower社のソーラーハウス家庭用バッテリー電源が目にとまり、担当の方から説明をきくと大容量で蓄電しそれを100Vに変換でき7~8時間連続給電可能な製品だということで、本作で借用しテストしてみることにしました。

3-2 電磁気誘導ノイズ対策(EMC電磁適合性対策)

もう一つのインフラ整備は、外部電気磁気誘導ノイズ対策です。室内音響設計の考え方にも防音と遮音という2面の設計方法があるように、電子機器の活用の増大につれて、機器自体からのノイズの発生防止と外からのノイズ混入防止の両面が必要となりEMC規格として制定される状況にあります。
デジタル録音主流の今日では、まさにこのEMC対策が音質の維持に大きな要件となります。PC主体DAWベースのシステムに加え、本体以外にもマイクケーブルや電源ケーブル、USBケーブルやHD、マイクプリそしてACアダプターといったパーツ部でのノイズ対応が必要なのではないかと感じています。

今回は、メインで使ってきたAccousticRevive社のケーブル類に加えて日立金属が製品化しているFINEMET(http://www.hitachi-metals.co.jp/product/finemet/fp07.htm参照)と言われるアモルファスを使用した電磁気ノイズ対策製品を研究しているJion社の宮下さんの協力を得て外部誘導ノイズ対策を行いました。
具体的には、ケーブルコネクター類へのFINEMETビーズの挿入やFINEMETシートの基盤への貼り付け、電源アダプター部への貼り付けといった対策です。
  

電源・ノイズ対策系統図

またHDやステージに設置したマイクプリアンプ機器には、振動対策インシュレータも設置しました。


 デジタル・アナログマイクケーブルの終端側に挿入したファインメット・ビーズコネクター






モニタールーム機器への各種ノイズ対策ケーブル・トランス等


HDには、インシュレータで振動を軽減




4 9CHサラウンドマイキング~前作との相違~

4-1 ハイトCHの考え方

没入感サラウンド・ハイトサラウンドとか3Dサラウンドといった名前で従来の水平面サラウンド(5.1CH/7.1CH)の表現に加えて半球面音場を表現可能な手段が登場してきました。筆者は、MBS入交氏の取り組みに触発され、2013年大賀ホール録音「四季」から取り組みを始め本作で3回目となります。
前作「フーガの技法」は、楽曲自体が楽器それぞれ独立しかつ正確なタイミングで進行するというフーガの形式で、音楽全体が美しく共鳴したりハーモニーを奏でるといった作品ではなかったので、ハイトCHのマイキングは、ステージの天井に向けて一次反射音を捉え、全体の音場の明確さを重視しました。

本作「Death and Maiden」は、これとは異なりそれぞれのパートがアンサンブルを奏でることで響き合う美しさが作曲されています。そこで今回は、ハイトCHのマイキングを天井初期反射音でなく、ホールへ飛んでいく残響成分を主体に捉えることにしました。(この考え方ではホールのベストシートの上方へ吊り下げた4-8CHのオムニスクエアー方式を提唱している入交方式があります。)
この方式を採用すると規模も設置にもかなり気合をいれないと実現できませんので、他の方法を検討し、筆者が自然音サラウンド録音で用いているリニア4CHアレンジを応用してみました。
これは、海岸の波打ち際など一方向にしか大きな音源がない場合に、サラウンドで収録するときの配置で波打ち際へ一直線に4CH分のマイクを設置し外側のNO-1とNO-4でLs-Rs成分をNO-2とNO-3の内側でFL-FR成分に振り分ける方法です。

 今回のマイキングと録音系統図



ステージ全景 ステージの前面に設置したのがリアニア4CHハイト用マイク





大賀ホールの響きは、とても均一分布していますので、ステージの距離を十分使ってNO-1からNO-4のマイクを設置し、定位も自然音録音と同様にしました。(写真ではステージ中央にもワンペアありますが、これは実験用に設置したマイクで実際には使用していません)

4-2 メインの5CH+サイド2CH+LF
E
今回の配置は、あらかじめシミュレーションで決めた配置に沿ってサークル状に配置し、その中心部にメインの5CHを設置、サークルの外側でちょうど真ん中に7.1CHを想定したサイド2CH分を設置し、さらに楽曲の勢いを強調したかったので、CbにLFE送り専用のマイクを初めて設置しました。

写真 メイン5CHデジタルマイク KM-133D



5 録音システム
本作もこれまでと同様に基幹録音系統は、変わりません。
すなわちデジタル・アナログマイクからステージ上に設置したマイクプリを経て光MADI回線でモニタールームへ伝送し、MADIルーターで2分岐したMADI信号から現用DAWレコーダと予備DAWレコーダへ分配し、D/AOUTを2CHでモニターしています。

写真 ステージ側に設置したRME MIC PRE・下部にはインシュレータ設置



モニタールーム側のPYRAMIX DAWとSequoia DAW







MADI信号を2分配するMADIルーターとDAWへ接続するMADI face XT


 DAWへUSB経由でMADI信号を伝送・モニターOUT・トークバック機能とホール録音に最適化した RME MADI face XT




まとめ

ホール録音におけるハイトCHの表現とマイキングについては現在世界的にも模索の段階です。筆者の知る範囲で形になっているのは2Lレーベルのメインとハイトが2段重ねになったワンポイント.サラウンドアレイや入交方式でしょうか。
1990年代後半に5CHサラウンドのメインマイク方式について2桁を超える方式がヨーロッパや日本から提案されました。それから20年を経て現在「使えるサラウンド.メインマイク」方式として現存しているのは、Decca-Treeとそのバリエーション方式のみとなっています。
3D-AUDIOの方式についても、AESやドイツのトーンマイスターコンファレンスなどで昨年来活発な研究とマイクアレイが提唱されるようになってきました。多分この中から将来実用に耐えうるマイク方式が生き残るのではないかと思います。筆者も機会をみて様々なマイキングにトライしていきたいと思います。



本作「Death and Maiden」は、
️ 2CHステレオ
️ 5.1CHサラウンド
️ 9.1CHMIXをヘッドフォンリスナー用にコーディングしたHPL9
の3種類のフォーマットでいずれも192KHz-24bit でリリースです。

本作の録音にあたり機器の提供やノイズ対策にご協力いただきましたEliiypower社及びJION、並びにSennheiser Japan K.K及びSynthax Japan各社に紙面を借りて感謝申し上げます。(了)

写真 ノイズバスター宮下氏を囲んで入交氏と筆者



終了後のスタッフ記念撮影




 「サラウンド入門」は実践的な解説書です。

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