Mick Sawaguchi UNAMAS-Label
Fellow M. AES/ips
サラウンド寺子屋塾主宰
2006年の映画「Flags of Our Fathers」・「Letters from Iwo Jima」など戦争をテーマにしながらも人間性に焦点を当てたクリント・イーストウッド監督作品「American Sniper」を取り上げます。
第88回で受賞した「Mad Max Fury Road」に見られる全編すべての音がフルに炸裂する作品とは対照的な、戦闘シーンも控えめで、かつスコアリング音楽と言える音楽パートもほとんど無いといったドキュメンタリータッチの構成を分析します。
1 制作スタッフ
Director: Clint Eastwood
Sound Design: Alan Robert Murray/ Bub Asman /Tom Ozanich
Final Mix: Gregg Rudolf/ John Reitz at WB Burbank
Music: Clint Eastwood/Josephs DeBeasi
Foley Artist: John T.Cucci/Dan O’Connell
Production Sound: Walt Martin
Sound Recordist: John P Fasal /Mitch Osias/Bryan O.Watkins
2 ストーリーと主要登場人物
SEALSの狙撃兵となったクリス・カイルは、子供時代父とハンティングに行き動く標的の狙撃に天才的な腕があることを発見します。対照的に弟のジェフは内省的でいじめられっ子でした。父は兄のクリスに「お前が番犬となって安全を守るのだ」と教えられます。
やがて成長した兄弟は、ロデオ競技で生活するカーボーイとして各地を転戦しますがある日ニュースでナイロビのテロ事件を見た兄のクリスは、国を救うという番犬魂が湧き上がり海兵隊でも過酷なSEALSの訓練を受けます。やがて妻となるタヤと知り合い、無事SEALSメンバーとしてイラク戦地へ赴きます。動く標的の狙撃が得意なことからカイルは、伝説のスナイパーとなります。しかし、戦友たちの死や失明と言った現状から自身も心の病「PTSD」に蝕まれ2人の子供を持った妻タヤからも「あなたはもう十分国に尽くしたわ。あとは私たち家族と暮らして欲しい」と懇願されます。親友ビグルスが過激派組織の俊敏スナイパー「ムスタファ」から狙撃され失明した病室でムフターファと最後の決着をつける覚悟で4度目のイラク戦地へ赴きます。
砂嵐の中、宿敵ムスタファを2000mの距離で狙撃したカイルは、妻タヤへ「もう終わった国へ帰るよ」と告げ、帰国します。故郷で当初 PTSD症から幻覚に襲われますがやがて家族と幸せな日常を送るカイルは、PTSD症の退役軍人に射殺されます。
3 起承転結と時間配分
3−1起 00:00:00—00:25:22
イラクの戦場で海兵隊がパトロールする中、クリスは、M-1戦車へ向け自爆攻撃を行う少年を狙撃します。一転してクリス一家の回想シーンとなりクリスの人生と妻となるタヤとの出会いが紹介されます。動きのある標的を射撃する特異な腕を見込まれたクリスは、SEALSのスナイパーとして第1回目のイラク戦地へ派遣されます。クリスの人生哲学である「番犬精神」ともう一人の主人公タヤが今後の展開の基礎として紹介されたイントロです。
3−2承 00:25:22—00:57:35
ファルージャへ派遣されたカールの実力と後に宿敵として戦うテロ組織のスナイパー「ムスタファ」の存在がアピールされます。テロ組織の最重要人物とされるザルカウイを捜索していた海兵隊はその片腕であるアミールという人物の手がかりを町の長老から聞き出し10万ドルで情報を買うため家に向かいますが、途中でムスタファに狙撃され計画は失敗に終わります。
故郷では妻のタヤが妊娠し男の子であることをクリスに告げます。喜びの一方で弟もイラクへ派兵されたことを知ります。
3−3転 00:57:35−01:33:25
2回目の派兵となったイラクで、クリスはアミール捕捉作戦を上申しチームを編成します。アミールの組織が潜伏するレストランを発見したクリスチームは、銃撃戦の結果アミール抹殺の目標を達成します。この戦闘で窓からクリスを発見した住民の連絡でムスタファがクリス暗殺へ出かけます。
帰国したクリスは、後に幻覚症PTSDにかかる前触れのような症状を見せます。タヤも「戦場から帰った人は皆心を蝕まれているわ!」とクリスを心配していますが、再び3回目の派兵に赴きます。戦場で親友ビグルスがムスタファに狙撃され失明、相棒だったマークも死亡した失意の中で妻タヤは「もう十分国に尽くしたわ。もう家に帰って」と懇願しますが親友の仇を取るという番犬魂から4回目の派兵に赴きます。
3−4結 01:33:25—02:04:33
町に防護壁を作る作業がスナイパーに狙撃され進まないという情報を受けクリスと海兵隊がテロ防止の役目でビル屋上へ配置されます。どこから狙撃しているかを察知したクリスは、2000m離れた屋上にいるムスタファを狙撃し親友の仇を取ります。激しい銃撃戦の中、妻タヤへ電話したクリスは「もう十分だ。国に帰って平和に暮らすよ」と告げ帰国します。
しかし、当初PTSDの幻覚に悩ませられたクリスも退役軍人のボランタリーをすることで普段の生活を取り戻し2人の子供達と平和な暮らしが戻ります。2013年2月退役軍人の若者に射撃訓練を教えると出かけたクリスはその若者に射殺され帰らぬ人となります。
エンドロール 02:04:33—02:13:00
クリスの葬儀の実写シーンが流れ、エンドロールとなります。
4 特徴的なサウンド・デザイン例
4−1起
● WBのロゴからタイトルクレジット
暗転すると同時にコーランの祈りが全面で響き渡り、M-1戦車の低域が先行してフロントから聞こえます。やがて戦車が登場するとM-1の移動音はリアへ移動し、その後は映像カットに合わせて定位が変化し4CH全面には市街のアンビエンスが配置されています。
● クリスのライフルスコープ
戦車に向け自爆攻撃を行う少年を狙撃するクリスのライフルスコープのカットのデザインです。ハードセンターにクリスの息がONで定位し、デフォルメされた息が4CH全面に配置されています。シンプルは構成ですが、スコープというカットの緊張をサウンドで表した良い例だと思います。
● ライフル射撃訓練場
SEALSの訓練も山場を迎えクリスたちが射撃訓練を受けているシーンです。
金属の標的がフロントにあるカットではリア側からライフル発射音があり、フロントへ飛翔します。逆打ちカットではフロントでライフル発射音がL-C-Rに配置され標的に着弾するアタック音がリアに配置され全体の空間を4CH全面で表現しています。
● 父とハンティングに出かけた森の雰囲気・タヤとの桟橋でのデートシーン
本作ではさりげないサラウンドのアンビエンスが大変秀逸です。一般的な映画でのアンビエンスレベルに比べ大きめに設定されているのも特徴で、これ以外にもタヤと出会うバーの雰囲気・帰国した飛行場・ヘリコプター機内音などでその傾向が見られます。インタビュー記事などから想像するとサラウンドマイクでフィールド録音した素材が使われているせいかもしれません。
● 9.11 TVニュースから射撃場への場面転換
射撃場のシーンにクリスとタヤのシーンがカットバックで入りますが部屋でTVニュースを見ていたタヤとクリスが9.11テロの映像を見ます。驚いた2人に不気味なMEがBGMで流れ、次の射撃場カットとの転換点でライフルの発射音とその飛翔音へと続きシーン転換しています。
● ヘビの狙撃アタック
動く標的を狙うのが得意だというクリスの腕前を暗示するスコープ内でヘビが狙撃された時のデザインです。時間にすれば3“と短い印象的なスローモーションで、ハードセンターのヒット音とL-Rに広がる余韻、さらにLS-RSへ広がる余韻の組み合わせで、ハードアンビエンスと言える音の壁を作り出し後に伝説のスナイパーと言われる腕前を予感させています。
4−2承
● 狙撃ライフルスコープのME
ライフルのスコープカットのもう一つの特徴としてME音が4CH全面に配置されている例です。このMEもONの質感なのでハードな音の壁で緊張感を表しています。
転のパートだけではありませんが「先行・残像効果」の使用例を幾つか紹介します。
● 承00:50:54 パンチング・ボール音の先行効果
ムスタファの狙撃により現金受け渡しに失敗した担当将校が、クリスたちに「計画は中止だ。しばらく基地に待機しろ」と命令します。このカットのラストに次の基地でアスレティックをして時間をつぶすパンチング・ボールの音が先行します。
● 転 01:12:41 人々の非難の声 残像効果
アミール達テロリストを襲撃したクリスのチームに付近の住人が集まり非難の声をあげます。この声は、次のカットとなる帰国したクリスのシーンへ残像として残っています。これは次にクリスがタイアを修理しているドリル音に異常に反応して始まるPTSD症を暗示する伏線になっています。
● 転 01:27:08 マークの遺書朗読の先行効果
テロリストの拠点を急襲したチームの仲間マークが狙撃され死亡します。
遺体を輸送するC-38輸送機内に安置された棺のシーンに次の墓地のカットで母親が読むマークの遺書の朗読が先行します。
● 転 01:31:50 第4回派遣へのヘリコプター先行音
親友ビグルスの仇を取るため第4回の派兵に応じるクリスにもう十分国に尽くしたわと諌めるタヤとのシーンに先行してイラク基地のヘリコプター音がリアからフロントへFlyoverし場面が基地へと転換します。
4−4結
● 本作の最大の山場となるクリスチームとスナイパー・ムスタファそしてテロリストとの攻防戦ですが、砂嵐が屋上で舞い上がります。砂風はR-Lへ移動し、風音は高域成分がL-Rフロントへ、低域成分がLS-RSで広がりを出し、アクセントとして屋上で看板を吹き抜けるきしみなどが配置されています。
01:48:24からこのシーンの終わり01:52:14までの約3分にわたる砂嵐の中でのチーム脱出シーンは、ダイナミックレンジの使い方という点でも秀逸なデザインだと思います。砂嵐の轟音の中でクリスが妻のタヤへ電話をかけたカットバックが2つあります。このタヤの部屋のカット「クリス?」と「どうなってるの?」の数秒ずつが部屋の響きだけというほとんどノンモンのカットバックが入ることで猛烈な砂嵐の連続で耳が慣れることを回避しています。
茶褐色の砂嵐の中でストーリーを展開しているのは音だけですので観客は、より画面に惹きつけられる効果があります。
サウンドデザイナーのR・トムもサウンドの効果が発揮出来るシーンの一つとしてこうした「不明瞭な映像」をあげていますがその好例だと思います。
● 帰国したクリスは、PTSD症に苦しめられます。最初は居間で一人TVの前に座り一見TVを見ているかのようなカットに戦闘ニュースの音が始まりカメラがTV裏から回り込んでクリス越しTVになると実は、TVは消えたままで彼の幻想だというカットです。カメラがドリーするにつれてヘリコプター音がRからLS-RSへ移動し、センターでは子供の叫び声、そして幻想イメージMEが4CH全面に展開します。
● 庭でバーベキュー中の幻想-02
その後みんなで庭に出て近所の人たちとバーベキューを楽しんでいます。庭で子供たちが犬とじゃれあい愛犬がボールや洋服の袖を噛みます。それを見たクリスは、とっさに攻撃態勢で犬を押さえ込み周囲の人々が驚くというカットです。ハードセンターで犬の悲鳴があり、4CH全面でMEが展開し、びっくりした子供達の悲鳴がLS-RSからフロントへ響きます。これも一瞬ですが楽しげな庭のバーベキューのアンビエンスに割り込んだ幻想イメージが観客をドキリとさせます。
5 スコアリング音楽
Final Mixを担当したJohn Reitzは、永年クリント・イーストウッド作品を担当している一人ですが、彼も述べているようにクリント・イーストウッドは、ハリウッド風のスコアリング音楽を多用するのは好みでないとのことで本作もMEで27‘とタヤのモチーフで4’35”しか用いておらず作品に占める音楽の割合は、23%しかありません。タヤのモチーフは、前半の起パートのクリスとの出会いで3ヶ所、承パートのクリスとタヤの部屋で1ヶ所の4パートのみで楽曲もシンプルなApfのリフです。MEは、音楽を担当したJoseph DeBeasiも「最初オーケストレーションで検討したが、試写を見て十分過ぎる感動と力がすでにあるので音楽は極力シンプルにピンポイントで使いムードを作りだすといった役目はしない方向にした。」と述べているようにサンプリング素材を打ち込みで制作しクリスのスコープやPTSD,ムスタファの狙撃、そして短いバンパーなどで使っています。
6 効果音素材録音
戦争アクション映画ではないといえ、登場する各種の武器や戦車、車両、飛行機、ヘリコプター、銃火器、各種アンビエンスは重要なサウンドなのでサウンド・レコーディストがその役目を担当しています。John Fasalは、この道の専門でNagraからSound Device 788-Tまで必要に応じて使い分けています。
本作でのアンビエンス・サラウンドは,自然な包まれ感が再現されていますが、インタビュー記事などから見るとDPAのワンポイントサラウンドマイク5100でロケーションしているようです。
7 セリフのアンビエンス
ハードセンターに基本配置するセリフですが、本作では、各シーンに応じて細やかなセリフの響きが付加されているのも特徴です。イラクの街を進む海兵隊のセリフの反響音、長老や住民の部屋内の壁の響き、兵舎内、クリスの住居内 射撃訓練場 病室、庭、教会や森と場所と大きさに応じた響きが4CHでさりげなく付加されているのも特徴だと思います。
終わりに
「クリント・イーストウッドの監督術」というドキュメンタリーの中で彼は、私の映画音響は、「大きな音がいいとは思わない」「これが映画だ!といった作為的な構成ではなくセリフや効果音、音楽がまるで現場で鳴っているような融合性(Intimacy)を感じるデザインが好きだ」「実際の状況では聞こえないセリフもあるので、なんでもしっかり聞かせなくていいんだ」といったことを述べています。
彼の撮影現場も、メガフォンで「よーい、スタート」といった大きなキューは出さず、カメラマンにインカムで「回していいよ…」と静かに言っておいてからまるでリハーサルのような雰囲気で撮影しています。
個人的に興味を持ったのは彼が、首から下げたワイアレスの映像モニターで、製品名はTransvideo(http://www.transvideo.eu/product)と書いてありました。
永年チームを組んだ音響スタッフらしく、Final mix担当のJohn Reitzは1979年以来だそうです。
「本作は、Dolby Atmos MIXですがこの点でも意図的なハイトCHの使用はしていない、しかし基本CH(Beds)のサラウンドにLFEがあるのは質の向上に寄与している」と彼は、述べています。(了)
///// 分析!アカデミー Best Sound Editing受賞作品 /////
第1回 連載に当たって - クリティカル リスニング トレーニング
第2回 作品の構成把握とデザイン要素 - 作品終了後のレビューの重要性
第3回 第88回アカデミー音響効果賞受賞「MAD MAX FURY ROAD」のサウンド・デザイン
第5回 第85回アカデミー音響効果賞受賞「Gravity」のサウンド・デザイン
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