Mick Sawaguchi UNAMAS Label
Fellow M. AES/ips
UNAMAS-Label・サラウンド寺子屋塾主宰
はじめに
5回目は、第85回アカデミー音響効果賞受賞作品「Gravity」のサウンド・デザインを取り上げます。当初7.1CH MIXを前提に制作が予定されていましたが、Dolby Atmosの登場によりこの作品は、没入感を表現するのに最適な例だと考えた監督と音響スタッフがImmersive Audioの世界で作り上げたセリフや音楽のダイナミック・パンニング。そして真空の宇宙空間でいかにサウンドを表現するかのアイディアが興味深い作品です。
監督のAlfonso Cuaronは、本作のサウンドについて以下のように述べています。
「今までの映画音響では、セリフはハードセンターという常識がありますが、私は、DolbyAtmosという没入感空間表現を使うことでセリフもダイナミックにパンニング、音楽もダイナミックにパンニングという常識破りをやりました。
Atmosのメリットは、意図した定位が劇場で正確に再現できる点です。特に本作のように人物がダイナミックに飛び回る映画では、とても有効だった」と述べています。
1 制作スタッフ
Director: Alfonso Cuaron
Sound Design: Glen Freemantle
Final Mix: Skip Lievsay /Niv Adiri/Christopher Benstead
At WB De Lane Lea London /WB Burbank
Music: Steven Price at Abby Road Studio/British Grove London
Foley Artist: Nicolas Becker
Production Sound: Chris Munro
Sound Recordist: Glen Freemantle/ Nicolas Becker
2 ストーリーと主要登場人物
初宇宙体験を行っている医療技師ライアン・ストーン博士とスペースシャトルの指揮をとるマット・コワルスキーが主要登場人物です。船外で望遠鏡の修理をしているとNASAヒューストンからロシアの衛星破壊により膨大な破片がそちらに向かっているので至急作業を中断し計画を中止との指令がきます。
しかし、間に合わず2人は、宇宙空間に投げ出されてしまいますが何とかシャトルへ帰還します。国際宇宙ステーションへたどり着けばそこからソユーズ宇宙船で近くの中国の宇宙ステーション「天空」へいき、そこから地球へ帰還というシナリオを考えたマットは2人で行動しますが、残念ながらマットは、宇宙に漂流、宇宙の中でただ一人残ったライアンが、多くの困難を乗り越えて無事地球へ帰還します。
3 起承転結と時間配分
3−1起 00:00:00——00:24:23
ロゴからストーン博士とコワルスキーが船外で望遠鏡の回路を修理。「イヤな予感がする」というコワルスキーの元へヒューストンから「直ちに中止して帰還せよ」との指令が入ります。宇宙へ投げ出されたストーン博士を救出しスペースシャトルへ帰還する2人は、破壊された船内を見て、我々しか生存者は、いない。ソユーズ船で帰還しようと計画します。事故の発生によりたった2人が宇宙へ取り残されたという状況説明シーンです。
3−2承 00:24:23——00:44:46
2人をロープで連結したまま国際宇宙ステーションへと進むうちコワルスキーの燃料がなくなります。ロープを外してライアン博士を鼓舞しながら一人宇宙を漂流するコワルスキー。一人で孤立したライアン博士は、国際宇宙ステーションへたどり着き、内部へ入ることに成功します。酸素を充満した船内で、ようやく宇宙服を脱いで付属のソユーズ衛星に乗り込み中国の「天空」ステーションを目指します。
3−3転 00:44:46——01:03:06
ソユーズをなんとか操縦しながら「天空」へ向かうライアン博士。しかし衛星は、燃料切れとなり絶望の中で地球から受信したアニンガのDJが流れる中で
宇宙を漂流します。突然船外からドアを叩く音が聞こえます。
3−4結 01:03:06——01:23:54
船内へ入ってきたコワルスキーの励ましの声は、ライアン博士の幻想でした。
勇気を振り絞って「天空」へ乗移り、付属の衛星「神舟」に入り込みます。
緑色のマニュアルを読みながら、着陸の操作を実施。「死か生還か」の瀬戸際で無事パラシュートが開き、ヒューストンも「神舟」を確認します。海上へ着陸したライアン博士は、内部の火災でパニックに陥りますが、無事船外へ脱出し海岸の浜辺へたどり着きます。ふらふらと立ち上がったライアンは、地球の重力を感じながら空を見上げます。
エンドロール:01:23:54−—01:31:00
4 特徴的なサウンド・デザイン
4−1起
3人の平和な作業風景が続きます。宇宙空間そのものでは、音がしませんのでDr.ストーンの息、ISSへのタッチ音、ネジの回転、など画面から聞こえる音は、すべて宇宙服内のヘルメットの中で聞こえる音のみです。この素材は、振動をピックアップする各種のコンタクトマイクで録音後、音の濁りの感じを出すためにエフェクターで加工しています。
(Futz加工)
NASAコールセンターから「ミッション直ちに中止して帰還せよ!」と通信が入りますが、時すでに遅くDr.ストーンは宇宙空間へ投げ出されてしまいます。ここでDolbyAtmosの持つImmersive Audioデザインが登場します。なんと音楽全体もDr.ストーンの息やセリフも360度回転します。
4−2承
生き残った2人Dr.ストーンとコワルスキーがISSの電池パネルにしがみつくシーンでも360度回転した音楽が登場します。
コワルスキーは、宇宙へ流され一人Dr.ストーンのみがソユーズへ到着。船内に入り酸素を充満させると、船内の様々なノイズが、初め通常の音として聞こえ始めます。また船内で使われるME風の音楽は、5.1CH水平面のみの音場で宇宙での360度音場とコントラストをつけています。
突然火災が発生。その炎がこれまた360度の回転でスクリーン全面を駆け巡ります。
4−3転
ソユーズ本体から離脱したDr.ストーンのパラシュートが宇宙船に引っかかり再び緊迫する場面でアラーム音が360度の回転音で登場。
パラシュートをレンチで切り離すシーンでは、ロープをカットする音がヘルメット内で聞こえます。先ほども紹介したように常にヘルメット内で聞こえる音は、水中マイクやコンタクトマイクで録音した素材が使われています。
4−4結
転のラストシーンとなるDr.ストーン「コワルスキーが助けに来た」との幻想シーンで、彼が船内に入る37”は、全くの無音にしています。しかしアラームが鳴り我に返ったDr.ストーンは、中国の天空に乗り移ります。ここの音楽も360度の表現です。
天空内で脱出用の小型船「神舟」に乗り移り地球へ帰還の途に着きます。降下していく背景ではリア側から様々な破片が落下します。
無事着水した水中シーンでは、耳鳴りのような緊迫したSEが360度で展開。
海岸へ泳ぎ着いたDr.ストーンは、歩きながら虫や落下してくる破片の音を客観的に聞いています。
4−5 エンドロール
1h24’53”からのブラックアウトしたのちスタッフロールになると交信音が登場。
5 スコアリング音楽
大きな特徴は、
● 宇宙空間のシーンで使う音楽は、360度のデザイン
● 宇宙船内のシーンで使われる音楽は、平面5.1CHのデザイン
です。
本作の音楽が占める割合は、81%とほぼ常に何がしかの音楽が使われていますがこれは従来のスコアリング音楽というよりもMEの位置付けで制作したからだと思います。
作曲を担当したSteven Priceは、通常のオーケストラ録音でなくアビーロード・スタジオで素材をサンプリングしオーケストラを組み上げるという手法を採用しオーケストラの新しいサウンドを作りたかったと述べています。中でもグラス。ハープの素材は、とても有効に活躍したとインタビューで述べています。
音楽の360パンニングは、まず5.1CHでステムをPRE-MIXしそれらのグルーを幾つかまとめてから360パンを行ったそうです。
6 Foley.効果音 素材録音
サウンド・デザインを担当したのは、イギリスのベテランサウンド・デザイナー
Glen Freemantleです。『彼は、2008年の第81回アカデミーSlumdog Millionaireで音響効果賞にノミネートされています。このサウンドデザインも秀逸ですので別途紹介します。』
インタビューの中で無音の宇宙空間をどう音で表すか検討した結果宇宙全般は、常にME風の音楽サラウンドで表現し、実音についてはヘルメット内で聞こえる音、人体の鼓動や息、タッチ音という対比を考えたそうです。
このためFoley録音では、コンタクトマイクをメインにしてギターを水中で鳴らした素材などを活用しています。またメカニックな音素材は、アメリカの自動車メーカーGM社に出向き自動ロボット組み立てや空調音などをロケーション録音したそうです。
NASAとの交信素材は、ホテルで一人SKYPEに喋ってそれを素材にしたそうです。
終わりに
当初7.1CH MIXで仕上げる予定だった本作は、没入感サラウンドの可能なDolbyAtmosの登場により急遽Atmos MIXに変更し、セリフも音楽も360度のダイナミックなパンニングを行うことでその優位性を立証した記念碑的作品と言えます。
サウンドデザイン以外のロケ現場での録音についてProduction MixerのChris MunroがAMPS2014号で述べている内容も紹介します。彼は、ブームマイクも仕込みマイクもSANKENマイクの愛用者でもあります。「みなさんは、本作が、VFX特撮シーンの連続なので全てADRだと思うかもしれませんが20Weekの撮影期間ほとんど同録しています。ヘルメットには、DPA DaCappoミニチュアマイクをコミュニケーション用にSanken COS-11を同録用にセットし送受信機をセットし監督と2人が独立して会話できる系統と同録系統を作りました。そして二人が個別の特撮セットに長時間いるためリラックスしてもらえるようミニラジオ放送機を作ってYouTubeから色々な音楽を流していました。サンドラ・ブロックもこんなに身近で気配りしてくれるサウンド・クルーと仕事ができて嬉しかった」と述べていました。(了)
///// 分析!アカデミー Best Sound Editing受賞作品 /////
第1回 連載に当たって - クリティカル リスニング トレーニング
第2回 作品の構成把握とデザイン要素 - 作品終了後のレビューの重要性
第3回 第88回アカデミー音響効果賞受賞「MAD MAX FURY ROAD」のサウンド・デザイン
第4回 第87回アカデミー音響効果賞受賞「アメリカン・スナイパー」のサウンド・デザイン
「Let's Surround」は基礎知識や全体像が理解できる資料です。
「サラウンド入門」は実践的な解説書です。
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