June 16, 2019

第2回 分析!アカデミー Best Sound Editing受賞作品:作品の構成把握とデザイン要素

Mick Sawaguchi
UNAMAS Label Fellow AES.ips
サラウンド寺子屋塾主宰


初回は、この連載分析の目的とアカデミー賞について紹介しました。

今回は、私達日本人が、よく陥る「木をみて森を見ない」ところから森をみるためのてがかりとなる「脚本の組み立て」と作品がCHEAPに聞こえる原因のひとつである、効果音素材の収録とスコアリング音楽、制作が終了した後のレビューの重要性について述べます。

1 Introduction-Transition-Main Body-Conclusion

担当する作品の台本や仮編集素材などがきたとします。通常の音響制作フローでは、冒頭から順番に「どんな素材をどれくらい用意し、それは、どう準備すればよいか?」の詳細なリストを作成し、それに基づいて準備にとりかかるでしょう。ここですでに木をみる視点にはいってしまう危険性があります。(そんな時間もコストもない!という反論も聞こえてきそうですが、)

全体構成を理解するうえで、Screen Play」Syd Field著 という文献を紹介します。日本語版もフィルムアート社から¥2500で翻訳出版
されていますので、参考にするとよいでしょう。

サウンド・デザイナーが全体構成を把握するうえで参考になる考え方やシーン毎の時間配分など、脚本家のため以外にもサウンド・デザインを行う上で良いヒントがあると思います。ここでも力説しているのは、大きな構成をとらえるという点で
Introduction-Transition-Main Body-Conclusionという世界共通の流れを把握することにあると述べています。

日本でも起承転結とよばれる大きな構成を把握したうえで、シーン毎にどれくらいのサウンド・デザインを配分すれば、全体としてバランスが良いのかの全体構成図を描いてみることです。

次に起承転結の各要素でなにが音としてリスナーに伝われば良いのかを検討します。優先すべきはなにか?は大切な視点です。制作スケジュールとコストに密接に関連しますので、あまり重要でない素材の準備に時間をかけるのは、対コスト面からも得策ではありません。

Introductionパートでは、この作品の客観的な状況説明と登場人物の背景や社会との関係性、そしてこれから始まるストーリーのキーポイントとなるヒントなどが紹介されます。
最近のアクション映画では、このIntroductionで観客の注意をひきつけるために有無をいわさずダイナミックなアクションが次々と展開し、それが一段落してから、本編が始まるという手法も増えてきました。この場合は、冒頭から様々な音の要素を組み立てていかなくてはなりませんので、サウンド全開で取りくむことになります。

次に大切なのは、ストーリーの転換点となる映像をどう音で明快に提示できるかです。
映像作品は、可能な限り映像のショットでストーリーを表現しようと最大の努力をしています。監督もほとんど映像に注力しています!しかし映像だけをみていたのでは、この転換点のコントラストをしっかり提示するのはなかなか難しいことをみなさんも経験していると思います。ですからこうしたストーリーの転換点については、サウンドでしっかり補完をしなければ、観客は、だらだらとストーリーがつづいてばかりだ、と感じるようになりかねません。転換点の表現例をいくつか紹介します。

前のシーンのBGM音楽が新たなシーン展開点で終わる
逆に新たなシーンから音楽が始まる。
前のシーンのラストで次の展開のキーとなる台詞を強調して終わり、次のシーンは、それに関連した映像で始まる。
効果音アンビエンスのレベル コントラストで転換する(静かな湖畔から喧噪のダウンタウンなど)
効果音ハードエフェクトサウンドのコントラストで転換する(頭上を離陸する戦闘機音など)
短いアタック音やブリッジ音楽で区切りをつける(この手法は、古典的な方法となりつつあり最近は、あまりつかわれていません)

こうした素材と音のカット/クロス/フェードといった時間軸を表現するコントロールを組み合わせれば、ストーリーのテンポ感もより分かりやすく表現できます。

表現の幅をどれくらい広げられるか?
各素材を準備する段階で以下のような最終的なサウンドを想定しながら準備しておくと最終的に起伏に富んだmixを仕上げることができます。

距離感や空間の幅
これは、素材の持つ音の近さや遠さ、狭さや広さといった空間表現の起伏に富んだ素材を準備することを意味しています。映像を見れば、そのサイズと同じ印象になるような空間や距離感が分かります(音のサイズ感覚)のでこれはあまり難しい素材ではないでしょう。

レベルの大小
  ダイナミックレンジをどれだけコントロールしながら使うか?の手法は、 
  欧米のMixerに比較して日本人は、あまり得意ではないようです。(音楽で
  も同様なので国民性だと思っています)我々は、
  ついつい中庸の精神をMIXにも当てはめてしまうせいか、平均レベルの前
  後でまとまりの良いMIXになりがちです。レンジを使うというのは、常に
  フルビットでMIXしていれば良いという意味ではありません。必要なシー
  ンである時は、フルビットまで使い、逆にあるシーンでは、無音に近い
  ダイナミックスを与えることで起伏の大きさを音でも提示するということ
  だと思います。使用する素材もその最終使用レベルの大小を想定してその
  レベルで意図した音になるよう用意しておけば、全体の印象がMIXで
  もまとまりやすくなります。

周波数レンジの大きさ

  TV MIXと映画MIXの相違のひとつに周波数レンジをどこまで使うか?が
  あります。TVの場合は、近年の大型フラットTVになった反面、サウンド
  は、デザイン面からも重視されていません。結果貧弱なスピーカから中域
  中心で低域などほとんど再現不可能な状況です。そうなれば、いきおいTV 
  MIXは、周波数レンジを広げないで中域重視のデザインにならざるをえま
  せん。一方映画音響は、DCPと呼ばれるファイルベースで映像/音響が扱
  える時代になってきました。
  このフォーマットでは、48KHz-24bitリニアPCMでの音響がとりいれられ
  レベルや周波数面でのレンジは、有効に使うことができるようになりました。
  ですから低域成分が必要な素材は、十分ローエンドまで入った素材や
  高域素材を使うことができます。
  メディアの特質を活かしたレンジのコントロールは、大切なポイントといえます。

客観ショットか主観ショットか?

通常の映像ショットは、登場人物をカメラがとらえるショット、すなわち観客目線でのショットが多く使われます。これを客観ショットと呼んでいますが、カメラが登場人物の目線になった映像もあります。これを主観ショットと呼びます。この立場の違いを、サウンド面でも明確に提示する必要があります。

近年のデジタル シネマでは、サラウンド音響が、当たり前ですが、こうしたショットの相違を表現する上で、サラウンドでのデザインは、大変有効になります。最近の作品でこの相違を効果的にデザインした例として2009年アカデミーBEST MIXINGとBEST SOUNDEDITINGを受賞した「The Hart Locker」の主人公が爆弾処理に出かけるシーンは、参考になると思います。町の客観ショットでのサウンドと防護ヘルメットを身につけた主人公のグラス越しの町のサウンドのコントラストは、緊張感を高める上でとても効果的なデザイン例です。


2 効果音のリアリティ
作品がCheapに聞こえるという原因をみてみると、その要因のひとつは、効果音がHi-Fi素材からLo-Fi素材まで、レンジの広い素材が用意されていない場合が多くみられます。最近は、専用のFoley Stageが用意されるようになりましたが、まだまだFoley音を的確な品質で録音しておくという認識は、拡大していません。一方海外からの効果音ライブラリー集もHDやファイルベースでCDクオリティをしのぐものもリリースされるようになりましたので、そうした素材を利用するのも改善の点で効果的です。

さらに国内で普及していないのが、様々な素材の収録です。典型例は、武器のライブラリーではないでしょうか?これは、国内の制度上の制約で自由に武器の発射音や爆発等を録音できないという面もあります。海外では、素材を専門に録音する「サウンド レコーディスト」という分野があり、その人たちは、作品内容に応じて各地で必要となる素材を高品質で録音しています。

映画INCEPTIONのメイキングの中に銃火器の収録シーンがあります。ひとつのピストル発射に対して6〜8トラックで様々な場所にマイクをセットして録音していることが分かります。一番近接は、本体に貼付けたピンマイクで、ここからだんだんと遠くに向かって距離感の異なる発射音が録音されていることがわかります。弾道が空気を切るリアリティは、多数並べたマイク列に平行して弾丸を発射するといった収録方法が採用されています。これらの素材をマルチトラックで録音し、ポストプロダクション段階で、タイミング合わせや、バランスをとることで、リアリティのあるガンサウンドが作り出されています。

LFE成分は、爆発シーンでは、不可欠の要素になりますが、こうした素材も低周波発信器を巨大PA 低域スピーカから再生してそれを収録したり砂漠や平原でガソリンと爆薬を爆発させて収録するなど、リアリティのある素材が用意されています。

素材録音が、片手間で行われている限り効果音のリアリティは、向上しないといえます。年に一度程度で音響効果担当者が共同で特定音を録音するといったプロジェクトを作ってその素材は、参加者が共有するといった仕組み作りも必要だと思います。

3 スコアリング音楽 作曲能力
Scoringの作曲は、純音楽に比べて作曲者に求められる能力が格段に高くなればできない分野にも関わらず、国内では高い関心がなく純音楽の作曲の方が上位に位置づけられているのは、残念なことです。

音楽の様々な知識や作曲技法に加えて、脚本の解読力やトータルのサウンドがどう構築されるかの判断や映像カットの持つリズムやテンポを理解しておかなければ、優れたScoring 音楽はできあがりません。国内のMIXで良く話題になる「台詞と音楽がぶつかる」といった問題は、Scoringを作曲段階で、しっかり情報が共有されていればおこらない問題です。

台詞をマスキングしない音色を使うことはScoringでは、大前提です。そして音楽のダイナミックスも一定で、後はmixでフェーダーコントロール。。。というのではなく、音楽が主張する部分のダイナミックスと台詞が入った場合のBGレベルが最初から計算されているのが、Scoring音楽です。

効果音とScoring音楽の立ち位置についてもみておきましょう。
最も注意が必要なのは、シーンの中で強調したい音があった場合に、両者で同じことをやらないように情報交換しながらお互いが準備することです。強調したいカットの冒頭を効果音が受け持つのか?Scoringが受け持つのか?を確認しておくだけでも結果的に相乗効果になるのか、逆にぶつかって引き算になるのか、大きな相違が生じます。

Scoring音楽で特定のカットを強調したい場合には、「Cue」とよぶタイミング チャートをもとに映像と音楽の特定のフレーズやフューチャー楽器がその役割を果たします。さらに様々な映像カットがつながったシーンでは、映像のテンポやリズムに同期しながら、自然に転調したり曲想が変化しなければなりませんのでScoring音楽の作曲は、いかに幅広いスキルがないと実現できないのかが理解していただけると思います。

4 作品終了後のレビューの重要性

担当した作品が終われば、その振り返りーReviewをやっておくと次の業務で役に立ちます。(毎日自転車操業でそんな暇はない!という声もきこえそうですが)
以下のような数項目をチェックしておくだけで十分です。

当初考えたサウンドの表現は、どれくらい提示できたか?
できなかった原因は、なにか?
成功したサウンド・デザインは、なぜ成功したのか?
新たな挑戦をするとしたら課題は、何があるか?
改善可能な、ワークフローはあるか?

解説編は、これで終了です。次回からは、実際の作品を例にそのサウンド・デザインの謎解きを始めたいと思います。引用例は、皆さんにも親しみのあるアカデミー受賞作品からBest Mix / Best Sound EffectそしてBest Scoring Musicより最近作から1980年代くらいまでをたどってみる予定です。(了)


///// 分析!アカデミー Best Sound Editing受賞作品 /////
第1回 連載に当たって - クリティカル リスニング トレーニング
第3回 第88回アカデミー音響効果賞受賞「MAD MAX FURY ROAD」のサウンド・デザイン
第4回 第87回アカデミー音響効果賞受賞「アメリカン・スナイパー」のサウンド・デザイン
第5回 第85回アカデミー音響効果賞受賞「Gravity」のサウンド・デザイン

「Let's Surround」は基礎知識や全体像が理解できる資料です。
「サラウンド入門」は実践的な解説書です。

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