はじめに
2004年制作のPIXER ANIMATION『The Incredible』第77回アカデミー音響効果賞受賞作のサウンド・デザインを分析します。現在Sky-Walker Soundの音響部長になっているRandy Thomがサウンド・デザインを担当しています。彼は、マネージメント担当になってからは主にアニメーションのサウンド・デザインを担当することが多くなり後身に活躍の場を継承しています。2004年はもう一つのアニメーション『Polar Express』でもノミネーションされました。
彼は、駆け出しの1970年代にWalter Murchに師事し多くの勉強をした背景が彼のデザイン哲学に反映されていますので後述したいと思います。
1 制作スタッフ
Director: Brad Bird
Sound Design: Randy Thom Will Files
Final Mix: Randy Thom Gary Rizzo
Music: Michael Giacchino
Music Rec and Mix: Dan Wallin
At Sony Pictures scoring Signet Sound and Abbey Road. Air Lyndhurst
Foley Artist: Jana Vance Dennie Thorpe Ellen Heuer
Dialogue ADR: Doc Kane
Sound Recordist: Jan Hessens
2 ストーリーと主要登場人物
1960年代に活躍したスーパー・ヒーロー達も近年訴訟を起こされるなど風当たりが強まり政府は、全てのスーパー・ヒーローを引退させ彼らは正体を隠して普通の生活を始めます。15年後その一人であるMr.インクレディブルことボブ・パーは、保険会社に勤務、一方妻となったイラスティガールことヘレンは生活に適応していますが長女ヴァイオレットは、能力を隠そうとするあまりネクラになり長男ダッシュは窮屈な生活にストレスを感じています。ボブもかつてのヒーロー仲間フロゾンとこっそり人助けをしてストレスを解消していました。
ある日、上司と口論となり会社を解雇されたボブのもとへ、謎の女性ミラージュからメッセージが届きます。彼女の依頼は「絶海の孤島にある政府の極秘研究施設から脱走した高性能戦闘ロボットを捕獲してほしい」という内容です。指定された孤島にてロボットを捕獲し自信を取り戻したボブに待ち受けていたのは更に強化されたロボット・オムニドロイドと、かつて自分が邪険に扱った少年バディ・パインことシンドロームでした。彼は、オムニロイドを強化し大都市を攻撃させそれを自分が倒すことによって、彼自身がヒーローになる計画を持っていたのです。ボブはシンドロームと対決しますが囚われてしまいます。一方、ヘレンはボブのスーツが修復されているのを発見しデザインしたエドナに相談しますが、逆に彼女が開発した新たなスーツを受領し探知装置からボブが孤島にいることを発見しジェット機で救出に向かいます。
ヘレンは、シンドロームの基地に潜入しボブと合流、こっそりついてきた子供ダッシュとヴァイオレットもシンドロームに立ち向かいますが全員囚われてしまいます。暴走を続けるオムニロイドに立ち向かうボブ一家は、スーパー・ヒーローに復帰したフロゾンと協力しオムニロイドを倒して街を救います。
家に戻ったボブ達の前に、再びシンドロームが現れますが一家の活躍でシンドロームは、爆死、一家も平和な生活を過ごすようになりますしかし今度は、地底からアンダー・マイナーと名乗る悪人が出現し彼らは、再びヒーローとして活躍することを暗示します。
3 起承転結毎の特徴的なサウンド・デザイン
3− 1起
●イントロは、ストーリーの紹介と主な登場人物の紹介がメインですので派手なサウンド・デザインはありません。ここでは女性のバッグを奪った泥棒を捕まえたボブと警官たちが街にいるワイドショットのアンビエンス 、次のヘレンとの結婚式へ向かうボブの車のリア移動のシーンを紹介します。ひそやかな素材ですが、とても奥行きが表現されていると思います。
3−2承
●15年後ボブは、平凡な保険会社員となっています。広いOFFICEに個々に仕切られたスペースがたくさんあり、粛々と仕事がおこなわれている雰囲気のデザインです。OFFICEの空調アンビエンス が4CH、リアで鳴るひそやかな電話のベルが広さをあらわしています。
●毎週水曜日にかつてのスーパー・ヒーロー仲間フロゾンと車の中で警察無線を傍受して事件があれば救援することで平凡な日常のストレスを発散しているとビル火災の一報を傍受しビルの室内で人々を救出するシーンです。
全面で燃え盛る炎、フロントでは、高域を含んだ落下する柱、燃える柱から吹き出る水蒸気、立ち上る炎のONが、リアでは低域中心の炎や軋みで包んでいます。シーンのラストでビルが崩落するカットのみ落下LFEがありますがビル内には使われていません。このシーン全体のスペクトラムも参照してください。
3−3転
●かつて邪険にしたインクディブル・ボーイは、今や強大な力を持つシンドロームとなりこれまでのスーパー・ヒーローたちを彼が開発したロボットにより次々と抹殺しています。そしてボブを倒すべく新たに開発した最新鋭オムニ・ロボットに乗ったシンドロームが、ボブと対決するシーンです。シンドロームの『It’s Bigger and Better』という声がリアから誇張されて響きロボットの大きさを表し、ロボットのファイト各種メカ音がフロントに、アタックLFEも強力です。
●シンドロームの司令室クロノスに侵入したボブは、巨大画面に現れたロボットの大都市攻撃まで残り時間8H10M41SECとの表示を見て脱出し救助に向かいますが、部屋を出ると四方が壁で粘着スティッキー砲弾を全周囲に構えた広場に出ます。
走り抜けようとするボブとリアからのアラート、全周囲から打ち込まれる砲弾の嵐という全面サラウンド定位で、砲弾は前後からFly-Overする迫力あるデザインです。このシーンのLFEスペアナも参照してください。
3−4結
●エドナが作った探知機でボブの居場所を発見したヘレンがジェット機で島へ救出に向かいますが、シンドローム側からミサイルが発射されてファイトする1‘38’のシーンです。ジェット機のファイト・シーンで筆者が印象に残っている作品の一つに1986年Tony Scott監督のTop Gunがあります。このジェット機のサウンドは、実際のフィールド録音で収集したそうですがこれだけではドラマティックにならなかったので動物の声を様々に加えたそうです。
本作では、素晴らしい飛翔音を聴くことができます。
●Velocipod円盤とダッシュ・ボブファミリーとの戦いシーンも全面サラウンドデザインで移動感も迫力たっぷりのデザインです。Tomは、この円盤がどうやって恐怖を観客に与えるかを検討しF-1レースの各種素材をベースにナイフ・金属片の高域成分で構成したと述べています。このシーンのLFEも参照してください。
4 スコアリング音楽
音楽は、Michael Giacchinoが担当です。彼は、1977年最初のビデオゲーム用フルオーケストラ音楽『The Lost World -Jurassic Park』で注目され、その後2004年本作が映画音楽デビューという経歴です。監督のBrad Birdからは、1960年代の雰囲気が欲しいとリクエストがあり、Scoring MixerのDanに相談したところこの時代は、アナログ録音で同時演奏同時録音だったので今回はそうした方法でやったらどうかとアドバイスをもらい、その方法でレコーディングしたと述べています。写真でもわかるように24TRKアナログレコーダー3台を同期して録音しマイキングにも多くのリボン・マイクロフォンが使われています。
10秒の短いバンパーから結パートの25’11’の組曲までトータル78‘13“の音楽で作品に占める割合は、67.8%になります。
レコーディングは、Sony Picturesのスコアリング・ステージです。ここは映画音楽に適した響きがあり一度も改装せずにそのまま現在も使っている歴史を持つスタジオです。
Scoring MixerのDan Wallinの名前は、2006年のLetter from Iwo-JimaでスコアリングMixerを担当したRobert Fernandezが私の師匠だとインタビューで語っていたのを思い出し、彼の経歴を調べてみました。1960年代から延べ500作品を60年にわたって活躍、2013年のStar Trek- Into Darkness を86歳で担当後現役を引退し現在は、ハワイで余生を楽しんでいます。
5 Foley.効果音 素材録音
Foleyは、Sky-Walkerのスタジオで録音したと思われ3人のFoley Artistが活躍しています。
ダッシュがVelocipodに追いかけられ超スピードで走る足音は、こんな具合で録音されています。
どんな素材がどのように使われたのか?想像してみるのも楽しいと思います。
Tomがインタビューで述べていた主なサウンドの素材は以下のようになります。
ベロシポッド
最初ジェット機を素材に考えましたが、この音は、どの映画でもすぐに思いつく素材でよく使われますし同様にロケットも同じです。ベロシポッドは時々ホバリングもしますのでそれにも対応できる素材を検討し最終的に私はF1レースカーをメインに使用しました。「ハイテク」な音ですし走行時だけでなくピットにいる間のアイドリングもホバリング用に適切と思いました。聴衆が「私は空飛ぶ円盤を見て、車を聞いている」と思わないように音を加工する必要がありました。最終的には、F1レーシングカー、ジェット通過音、ナイフの切れ味、鋭い金属片の摩擦音を組み合わせ観客は、ベロシポッドから危険を感じることができるサウンドにしました。
ボブの車
エンジンの回転は、さらにハイテクに聞こえるようにプロセスされたジェットタービンから作りました。
バイオレットが使うシールド
主要なコンポーネントの1つは、サンタローザとメンドシノの中間の山頂にある高圧送電線にぶつかる宇宙線と無線周波数信号の録音素材です。こうしたエキゾチックな音は特徴がありすぎてあまり役に立たないことがよくありますが、ここでは見事にはまりました。
バイオレットのシールド飛翔音
これに決まるまで多くのCUT&TRYがありましたが最終的に巨大なエクササイズボールをバウンドさせた素材を弾道音に使用しました。
エラスティック・ガールの着ているスーツの伸縮音
彼女の伸縮性のあるサウンドを作成するのは特にトリッキーでした。シルクのシーツを見つけてきたフォーリー・アーティストは、シルクのシーツに指をかけ非常に滑らかなシューッという音を作り出してくれました。
シンドロームが開発したロボット
以前から、カリフォルニア大学バークレー校のロボット工学研究室で実際の小型ロボットを録音してアーカイブしていました。ある生徒は、クラスプロジェクト用にロボットを設計および構築していました。彼の設計したロボットがお披露目になる1、2日前に、私はたまたまロボットの素材を録音したいと思い再び訪問し私が部屋に入ったとき彼のロボットはトラブルから電子フィードバックが発生し揺れ動いていました。これは使えるサウンドになるとすかさずレコーダーの電源を入れ録音したのがこの素材です。
終わりに
筆者は、2002年に兼六館から『サラウンド・ハンドブック』を出版しましたが、その時にもRandy Thomのサウンド・デザイン哲学を紹介しました。彼のサウンド・デザインがとても自然で、かつ大胆なところが印象に残っています。
例えば
⚫️ 1991年のBackdraftでの地を這う炎、
⚫️1994年Forrest Gumpの仲間にいじめられて走り義足が外れるスローモーション・シーン、
⚫️1997年Contactの冒頭のシーンで事故かと思うほどの長いノンモン、
⚫️2000年Cast Awayで音楽を使わないで表現した島の生活での風と波音などです。
彼の経歴は、1970年代バークレーでKPFA局のプロデューサーをしながら映画にのめり込み編集者であったWalter Murchに心酔、直接コンタクトして彼の仕事を後ろで見学する機会を得、彼から『ここで学んだことをまとめてみなさい。』と言われたことに始まっています。その後Walter Murchがフランシス・コッポラの『Apocalypse Now』のサウンドを担当することになりRandyも後ろで見学する機会を得て、そこで得た結果が今日の彼の考え方の土台になっていると回想しています。写真の左後ろにいるのが彼です。
言われたことを問題なくやれば十分といった受け身でなくチャンスを自ら掴む行動力の賜物だと思います。
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