はじめに
2003年公開されたロードオブザリング『王の帰還』でアカデミー最多11部問を受賞し一躍ニュージーランドの映画力を世界に示したピーター・ジャクソン監督2005年作品です。ここでは3時間20分になるEXTED版を基にサウンドデザインを分析します。音楽もSEも盛り沢山ですが、総計150.00にも及んだ各種効果音制作と重層構造のレイヤーでデザインされたサウンドは圧巻だと思います。
1 制作スタッフ
Director: Peter Jackson
Sound Design: Ethan Van der Ryn
Final Mix: Christopher Boyes Michael Semanick Michael Hedges Tom Johnson
Music: James Newton Howard
Rec: Joel Iwataki Mix: Alan Meyerson at Todd AO-WEST
Ambient Music: Mel Wesson
Foley Artist: Carolyn Mclaughlin John Simpson
Production Sound: Hammond Peek
Sound Recordist: David Farmer Brent Burge David Whitehead
Production at Park Road Post N.Z
2 ストーリーと主要登場人物
1933年、世界恐慌下のニューヨーク。映画監督のカール・デナムは、退屈な動物映画の試写でスポンサーたちから制作中止を言い渡されます。危険を察知したカールは、映画を完成させるためキャスト・スタッフを引き連れて一枚の地図を手に入れこの幻の島での撮影に打開を見出そうとします。劇場で活動する女優アン・ダロウは興行主が夜逃げしたことで仕事を失った失意の中カールと出会い、彼に誘われ映画に出演することにします。
彼は撮影地がシンガポールと説明していましたが本当の行き先は地図に載っていない謎の島「髑髏島」だったのです。ベンチャー号は霧の中で方向を見失い、髑髏島に到着します。
そこには先住民が暮らしアンは先住民が崇める巨大猿キング・コングの生贄-トレ.コングとして差し出され、キング・コングに連れ去られてしまいます。連れ去られたアンはコングを拒絶していたものの、やがてコングはアンに強い興味と理解を示し始めアンもまたコングの内なる優しさに心惹かれていくようになります。コングの襲撃でカメラを破壊されたカールは船長を説得しキング・コング捕獲に計画を変更しカールの投げつけたクロロホルムによって意識を失ってしまいます。
ニューヨークに戻ったカールは、ブロードウェイ劇場でコングを見世物とした舞台を開催し一獲千金を狙います。大勢の観客が集まる中アンの不在とカメラのフラッシュに興奮したコングが暴れ会場は大パニックとなり劇場を出たコングはアンを探して街中を暴れ回り、アンと再会します。コング排除のためアメリカ軍が攻撃を開始しコングはアンを守るためにエンパイア・ステート・ビルディングに登り、コングは6機の飛行機を相手に戦い3機は、撃墜後機銃掃射を受けて重傷を負い転落死します。コングの周囲には群衆が押し寄せ記者が「飛行機のお陰だ」と語るとカールは「飛行機じゃない、美女が野獣を殺した」と呟き、その場を立ち去ります。
3 起・承・転・結・別の特徴的なサウンド・デザイン
3−1起 00‘00’―24‘11’
時代背景や主な登場人物の紹介シーンで自然体の表現なので特段のデザインは見られません。
3−2承 24‘11’―1h12’43”
● 31‘11’船内で台本を書き続ける脚本のジャックと監督のカール。行く先はどこに設定するのか?質問するジャックに『まだどこにも存在しない幻の島だ。』と答えるカール。それをタイピングする文字クローズアップのスローモーションのシーンです。アンビエンス は、船倉の低いエンジン音、船の軋み、セリフは、4CHで船倉に響き、SKLUSという島の名前のクローズアップにシンクロしてディーゼルエンジンのピストン音がLFEを伴って強調されます。
● 39‘50’SKLUS島の話に恐怖を感じてベッドに入るアシスタントのピストン。
船内に静かに響くエンジン音、ディーゼルエンジンのピストン音がLFEとともに強調されると彼のベッド横に置いたコーヒーカップが振動で揺れ、机の上から床へ落下します。落下音にシンクロしてVenture号船首のカットとなり波を切るクローズアップ音となります。このデザインは、1990年の『レッド・オクトーバーを追え』でも見られますがシーンチェンジを印象的に転換できるデザインだと思います。カットが変わった船のワードショットには、キング・コングを予感させる息音がリアCHにデザインされ、この先の不吉な撮影を観客に予感させています。
● 44‘09“霧の中で何も見えなくなり羅針盤も狂い始めます。汽笛が2度海上に響きわたると全方に黒い島陰がぼんやり見えはじめ嵐の中を船が必死に座礁を逃れようと格闘するシーンです。フロントーリアでモノーラルの岩との接触音、波と風,船の軋み、金属音が4CH,乗組員の少年ジミーが見張り台で大波に揺れセリフはFLY-OVERします。LFEにはエンジン音、船の接触音と盛り沢山の効果音素材盛り沢山の7’09‘ハラハラ・ドキドキシーンです。
● 59‘25“ 撮影隊一行は、ボートで島に上陸します。異様な風景にたたずむ一行に雨が降り始め原住民の攻撃に晒されます。狙いはアンをこの島に君凛するキング・コングへの生贄にするためです。雨と攻撃の声は4CHで重層レイヤー、攻撃のアップセリフや祈祷師の『トレ・コング』と言ったセリフ、アタックやパンチFOLEYはハードセンターです。
● 1h5’54’アンは、捕らえられキング・コングの生贄として壁の向こうの生贄台へ捧げられる儀式が始まります。原住民の祈りの声,太鼓の低いリズムが4CH、リアには、風心象音、祈祷師セリフがハードセンター,LFEに太鼓のリズムと分厚いサウンド・ウオールが構成されています。
● 1h09’42”キング・コングの登場
原住民の祈りの声は低くフロントに定位、樹木の倒れや軋みはリアにあり、キング・コングが登場すると足音がフロント3CH、吠える声はモノーラルでフル5.1CH使い初登場のキング・コングの存在感をアピールします。ハード・センターには、アンの悲鳴と縛られたロープの軋みFOLEY、悲鳴は、4CHで島全体に響いています。
3−3転 1h12’43’-2h30’19’
● 1h24’23’静かなジャングル・アンビエンス 。本作ではラウドネスの大きなサウンド・デザインが大部分を占めるので静かなデザイン例を紹介します。
アンの捜索にジャングルに入った一行を静かなアンビエンス と顔面を移動する巨大なトンボが目に入ります。
● 1h27’59”恐竜群の逃走
ここは、SENOMIDE50“の巨大恐竜と捜索チームがキング・コングに驚いて狭い谷間を逃げるシーンです。センターCHでは様々な種類の恐竜の声、映像に合わせてフロントーリアへと動きがFly-Over,岩壁にぶつかるアッタク音はモノーラル4Ch定位し、LFEに倒れた時の迫力が加えられています。シーンの70%以上は、セグエ手法でアンダースコアー音楽と並存しているのですがここのようにSEのみの表現は貴重だと思い紹介しました。
● 1h39’38”沼池で怪魚と格闘
捜索チームは、イカダを組んで不気味な沼池を進んで行きます。今度は、巨大エビや巨大ナマズといった怪魚が一行を襲いそれらとイカダの上、水中で格闘するシーンです。L-Rに沼の流れアンビエンス 、水しぶき、リアにはイカダの軋み、沼アンビエンス 、モノーラル4CHで攻撃する怪魚の水しぶき。LFEには、巨大怪魚の動きを強調するBOOM、リアCHにも怪魚が飛んだ時のBOOM音があり、ハードセンターはセリフ、FOLEY,怪魚たちの声が配置されダイナミックなデザインです。
● 1h57’02”絶壁に絡まった餡とキング・コングそして怪鳥ドラゴンとの戦い
ここも絶壁に巨台なツタがぶら下がり、そこに落下したアンとキング・コングそして怪鳥ドラゴンの戦いが展開します。ツタに絡まっている設定は、ローラー・コースター的激しい移動を表すことができますのでサウンド・デザインを堪能できるシーンになっています。
フロントL-Rでシーン冒頭のバンパーとなる鳥の群れが飛んでいくと、アンの悲鳴がセンターにON リアにOFFで谷底の響きを表現、ツタの軋み、キング・コングパンチ、恐竜の声もセンター。映像の動きに合わせてこれらはFLY-OVER移動します。LFEにはキング・コングのパンチ、リアL-Rで戦いの岩ぶつかりが配置されています。
3−4結 2h30”19’-3h20’00”
● 2h39’46” N.Yブロードウェイでのキング・コング興行。鎖に繋がれたキング・コングの唸り17”。
これまでもキング・コングの唸り声は、幾度となく登場していますがアンダー・スコアーや他のSEなどがMIXされていてなかなか単独の声だけのシーンがありませんでしたがこのカットで紹介します。同時に同一シーンの1933年オリジなるキング・コングでのスペクトルとも比較してみました。
声のONはハードセンターで顔の動きに合わせて様々な動物の声が加工されています。別のブレス音がL-Rにあり、さらにOFFのブレス音はリアに配置、LFEもたっぷり使って大きさと迫力を出しています。
参考にこれらのスペクトルを示します。
*トータル
* C-CH
* L-R CH
* Ls-Rs CH
* LFE CH
1933年時の同一シーンキング・コング
● 2h43’18’ キング・コング N.Yタイムズ・スクエアーでアンを探し闘争
このシーンは、各種Field録音した破壊音、衝突音、ガラスや足音などの各種Foleyが大活躍しています。一番ベースになっている控えめなタイムズ・スクエアーのアンビエンス を土台にして群衆の逃げ惑う悲鳴が4CHで取り囲み、キング・コングの息がリアから群衆を見下ろします。群衆の声が単独で出る場合は、ハードセンターに、タクシー車内からの主観ショットでは車内音が4CH、投げられた車はFLY-OVERしています。メインのSEとなるキング・コングの動き、各種交通音衝突、破壊された消火栓アラーム、ガラス破壊はハードセンターです。ここではキング・コングのブレスのみがLFEです。
● 2h56’37’エンパイヤー・ステートビル屋上キング・コングと戦闘機
6機の戦闘機と戦うキング・コングのシーンです。ここもField録音した戦闘機の素材音と機銃素材が大活躍し本作の中で一番動きがあるデザインとなっています。4CHにはモノーラル機銃音、飛行機の移動が前後左右移動、ハードセンターで機銃メイン、キング・コング、エンジンが配置されLFEはエンジン重低音とキング・コングの息という配置です。
4 効果音
ロードオブザリングでも活躍したニュージーランド音響チームは、本作でも多様な素材録音とFoley録音を行い、3週間というタイトなスケジュールで完成させた成果がベスト音響効果、およびベストmix受賞に結びついています。Sound Designを担当したEthan Van der Rynを中心にクレジットされたスタッフは7名。
延べ15.000にも及ぶ効果音素材の制作はフィールドでのVenture号 ボート、各種車の衝突や破壊、飛行機録音、ガンショット録音から細やかなFoleyまでがmaking videoに紹介されています。
*参考資料編 1933年 king Kongのサウンド・デザイン先駆者 Murray Spivack
By Andrew R. Boone 1933-04 POPULAR SCIENCE MONTHLY
RKOスタジオのMurray Spivackはサウンド・デザイナーの先駆者として現代のサウンド・デザイナー達から高い評価と尊敬を受けています。彼が1933年のking Kongのモンスター・サウンドをどう制作したのかが1933年のポピュラー・サイエンス誌で紹介されています。その手法はまさに現代のモンスターの声を制作するお手本と言えます。ここではページ数の限界がありますのでキング・コングサウンド・デザインと音楽についてPART-02で次回取り上げたいと思います。
5 音楽
作曲を担当したのは、これまで150作品にも及ぶスコアリング音楽を作曲してきた名手James Newton Howardです。
彼は、どんな内容でも、締め切りがタイトでも淡々と仕事をするプロフェッショナルとハリウッドでは言われています。今回も予定では、ピーター・ジャクソンとコンビを組んできたHoward Shoreが事前にヨーロッパでレコーディングを進めていたにもかかわらず公開3週間前に彼にオーダーが来たそうです。
彼は急遽週末に空きのあるハリウッドのスコアリング・ステージを綱渡りでレコーディングしています。
音楽は、100名を超える大編成で6つのオーケストラを使い一日15分―20分を効率的に進行させ2時間55分もあるスコアリングを無事完成させた点でもまさにプロ中のプロと言えます。
メインテーマは3種類でこれらをシーンに合わせてどんどん発展させいくという手法が良かったとインタビューで述べています。この中で筆者が参考になったのは、スコアリング作曲方法のところで彼が『通常作曲できるのは1日に2分程度、本作では1日5分のペースで作曲した』と述べている部分でした。
監督のピーター・ジャクソンもニュージーランドで編集の追い込みですので打ち合わせやチェックは全てインターネット回線で行ったとのことです。
参考資料を調べていると1933年のオリジナルKing Kongの音楽を担当したMax Steinerと2005年の本作を担当したJ.N.Howardの作曲手法を比較研究した文献がありましたのでポイントだけ要約して紹介します。興味ある方は以下のURLから全文を読まれることをお勧めします。
*参考資料 1933年と2005年作曲主法の比較研究by David Allen
https://davidallencomposer.com/blog/king-kong-max-steiner-james-newton-howard-comparison
1933キングコングは、映画黄金時代のスコアリングの特徴であるキャラクター別モチーフとミッキーマウス手法を取り入れています。例えば足音に同期、崖の上のジャックを探しているコングの動きやジャックとアンが走るときのテンションを高める太鼓、飛行機を模倣した低弦楽器などです。恐怖表現、激しいアクション音楽、感情的なメロディー、不協和音、そして孤独–これらはすべて当時のスコアリングの代表的な手法です。
一方2005年king Kongでハワードはムードを主体にしたアンダースコアを作曲しさまざまな表現に発展できる簡潔で恐怖を誘発するモチーフでコングを表現しました。しかし彼は、「シュタイナー手法」に敬意を表して劇場シーンでのシュタイナーのスコアーやventure号での撮影シーン・king Kongのライトモティーフなどにそれらを反映しています。
1933年のバージョンでは、コングも破壊的で執拗なモンスターであり続け、アンのモティーフも無力な乙女として表現が固定されています。ハワードはKongのモチーフを最大限活用し、シーンによって発展させています。コングの勇敢な男性的なモチーフからより叙情的でフェミニンさへとモチーフは進化して愛のテーマを形成しますが、これは控えめに使用されています。
KongとAnnは、2005バージョンでより細やかな陰影が加えられ。残忍で原始的なコングのモチーフは、コングのキャラクターを強調するテーマによって発展し、徐々に変化しています。
オープニングキューで聞かれるスカルアイランド・モチーフは、最も頻繁に使用されるアイデアでホルンと弦が低く神秘的で島の神話を表しています。そして島に着くと、それは異なる感情を意味するように発達し、弦楽器と木管楽器でクライマックスを迎えます。
ニューヨークのモチーフは、1933年には必要なかった派手でジャズ風なスタイル方法で2000年代の観客にとって1930年代の文化を表しています(以前の映画は現代音楽風に設定されました)。このモチーフは、アン(たとえば、彼女が島でコングを楽しませるとき)と現代の世界に結びついています。
終わりに
1933年のKING KONGを現代のCG技術でリメークしたいと願望していたピーター・ジャクソン監督の情熱が結実した作品です。ニュージーランドのVFX技術は、前作Road of Ringで世界に認知され加えて彼の所有するPark Road Postの素晴らしいスタッフがサウンド面でも実力を発揮しています。豊な自然があるメリットを活かした各種Foley Field録音は、やはりRoad of Ringのノウハウを反映しHHBが製品化した当時の新鋭ポータブルレコーダーPDR-2000も筆者には、この時代の懐かしいモデルです。
///// 分析!アカデミー Best Sound Editing受賞作品 /////
1933年king Kongのサウンド・デザイン - Murry Spivackと音楽 - Max Steinerの功績
第1回 連載に当たって - クリティカル リスニング トレーニング
第2回 作品の構成把握とデザイン要素 - 作品終了後のレビューの重要性
第4回 第87回アカデミー音響効果賞受賞「アメリカン・スナイパー」のサウンド・デザイン
第5回 第85回アカデミー音響効果賞受賞「Gravity」のサウンド・デザイン
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