はじめに
マット・デイモンが演じる凄腕殺人マシン-ジェイソン・ボーン誕生の真実を知ろうとするシリーズ3作目で2007年公開作です。2002年からシリーズとして制作されていますが、音楽と音響チームは、ほぼ変わらず以下のようなスタッフです。
第1作『ボーン・アイデンティティー』(2002年)
Direct Doug Liman
Music John Powell
Supervising sound editor Karen Baker Landers Per Hallberg
Final mix Scott Millan Bob Beemer
Production mixer Bernard Bats
第2作『ボーン・スプレマシー』(2004年)
Direct Paul Greengrass
Music John Powell
Supervising sound editor Karen Baker Landers Per Hallberg
Final mix Scott Millan Bob Beemer
Production mixer Kirk Francis
本作受賞理由もシーンのデザインよりもジェイソン・ボーンとCIAが送り込んだ暗殺者ディッシュとのファイトシーンで見られる細かなアクションFoley音と警官とのカー・チェース・サウンドが評価されての受賞だと思いますのでこうしたシーンを中心に分析しました。
アクションシーンは、手持ちカメラとクレーン・カメラによるたたみ込むようなカットの連続で撮影にはLIBARAというスタビライザーが使用され大画面では船酔いしそうな展開が特徴でもあります。
筆者の好みで言えば第1作目の方がサウンド・デザイン という点では優れていると思います。特にジェイソン・ボーンがパリの自分のアパートへ辿り着きキッチンにいるときに暗殺される予感として360度回転するSEなどは、秀逸だと思います。
1 制作スタッフ
Director: Paul Greengrass
Sound Design: Karen Baker Landers Per Hallberg
Final Mix: Scott Millan David Parker
Music: John Powell
Music Mix Shawn Murphy
Score recorded at Air Lyndhurst Studios
Final Mix at Todd-AO Studios (West)
Foley Artist: Dan O'Connell John T. Cucci
Production Sound: Kirk Francis
Sound Recordist: Eddie Bydalek Joe Dzuban
2 ストーリーと主要登場人物
アメリカ合衆国の秘密プロジェクトとして、CIAが計画した人間兵器作成計画「トレッド・ストーン作戦」の第1号として世へ送り出されたジェイソン・ボーンは、ロシアでの初任務を遂行後次々と任務を遂行してきた。しかしある任務を失敗後に記憶を喪失してしまい、ボーンは記憶を取り戻す旅を続けながらCIAと戦い、現場責任者であったコンクリンを追い詰めて行方をくらまします。
この作戦総責任者のアボットはコンクリンを暗殺し全ての責任を彼へ被せ「トレッド・ストーン作戦」を中止。新たなプランとして「ブラック・ブライアー作戦」を開始します。しかし、イギリスの新聞記者サイモン・ロスが闇に葬られたはずの「トレッド・ストーン作戦」の存在を嗅ぎつけ世間に暴露しようと取材を続け元「トレッド・ストーン作戦」の監督官で今は、CIAマドリッド支局長N.ダニエルに接近します。イギリスで彼に接触したボーンの忠告を受け入れないサイモン記者は、CIAのスナイパーに射殺される直前ボーンにトレッド・ストーン作戦」の発展版「ブラック・ブライアー(黒薔薇)作戦」が進行中と告げます。サイモン・ロスへ接触し存在をCIAに察知されてしまったボーンは、CIA局長ノア・ボーゼンに命を狙われながら、自分を追う者の正体と自分が誰であるかを捜し求めて、ついに彼が訓練され誕生したN.Y特別研究所を突き止めます。
3 起承転結毎の特徴的なサウンド・デザイン
3−1起
● 35“− 01‘27”のアバンタイトル・キエフ駅シーン
毎回前作のストーリーを継続していく構成で、このアバンタイトルではモスクワで彼が初仕事として実行した人物の唯一の生存者である娘に会い、両親は自殺でなく自分が殺害したのだと告白し逃亡するシーンの継続としてキエフ駅構内を逃走するボーンのカットから始まります。キエフ駅の構内ワイドショットで広さを示す構内アナウンスがリアに定位し、フロントは列車の警笛や車内音などステレオアンビエンスで構成する典型的なサラウンド・アンビエンスです。
構内アナウンスをリアに定位したデザインはこの後も数回登場しますが、手軽にサラウンド音場を認識できる方法と言えます。
● 24“56”-27’51”ロンドン ウオータール駅アンビエンス
このシーンも典型的なサラウンド・アンビエンスデザイン例で、駅のワイドショットでは、構内アナウンスがリアに定位し、フロントには人々の雑踏がステレオで配置、ハードセンターで各種Foleyが明確に定位します。
3−2承
● 46‘18“- 48’51’カフェのL-R CHポンピング アンビエンス
マドリッド支局に転属していた元ベルリン支局のCIAニッキーと支局を逃れた2人がしばしの休息を雨の降るカフェで過ごしている静かなシーンです。
セリフとフロントのカフェのアンビエンスしかありませんが、ハードセンターの同録にあるアンビエンスは一定なのに比べてL-R CHのステレオ・アンビエンスはポンピングを起こしたような揺れ方をしています。単独で聴くとおかしなサウンドなのですが3CH合わせて聴くと不安感を生じ蠢くようなアンビエンスに聞こえるのが興味あり紹介しました。2017年の受賞作Blade Runner 2049でサウンド・デザインを担当したMark Manginiが(一定のアンビエンスは、リアリティがないので揺れを作り出すプラグインなどでうごめく感じを出す)と述べていますがこれもその例だと言えます。
3−3転
● 58’06”- 58’27”ダニエル暗殺後のCIAコントロールルーム
マドリッドからタンジールに資料を持って逃走したダニエル支局長とそれを追ったJ.ボーンとニッキーを暗殺せよとの命令を帯びたディッシュの動向を監視しているCIAオペレーションルームのアンビエンスです。とても静かな中にも緊張感を持ったアンビエンスのデザイン例でそれまでの爆発のダイナミックスとコントラストした静かなコンピューターノイズがフロントとリアからステレオで定位し、作戦実行を告げるアラームが静かに鳴っているだけですが、大変緊張感と前後のダイナミックス・コントラスト表現したデザインだと思います。
● 1h07’21’- 1h09’18”暗殺者ディッシュとボーンの密室ファイトシーン
本作はこの2分ほどの密室ファイトシーンの見事なFoleyによって受賞したと思われるほど躍動感あるFoleyの連続でFoleyを担当したDan O'Connell とJohn T. Cucciコンビの仕事が評価されたと言えます。後ほど彼らのコメントも紹介します。
使用したトラック数で言えば100くらいのFoley素材が使われているのではないでしょうか。これらは、ほとんどハードセンターのFoleyのみでたまに破片や破砕音がサラウンドに定位する程度です。ボーンが防護に使ったタオルの空気音やディッシュが操るカミソリの空気音も緊張感あるFoleyだと思います。
暗殺者ディッシュとのファイトシーンで2度犬の鳴き声が登場しますが、一度目はファイトが本格化する前触れとして少しONで、2度目はディッシュがバスルーム内で息絶えたラストシーンで通りの向こうから聞こえるOFFで登場します。さりげない素材の使い方ですが2分のファイトシーンの句読点になっていると思います。
3−4 結
● 1h29”08”- 1h00’31”NY PD・スナイパーとボーンのカー・チェイス
このカー・チェイスもメインはハードセンターのFoleyが活躍し様々な素材がテンポ良く組み合わされています。サラウンドはたまに通過する車や警官のセリフの移動やGun Shotの空気音程度です。
カー・チェイスのデザインは、サウンド・デザイナーにとってそれぞれの腕のみせ所をだと思います。
4 スコアリング音楽
John Powellはアニメーション作品のスコアリングを多く手がけていますが、音楽は1作目から彼が担当しハイブリッドと呼ばれる生楽器と電子音楽の打ち込みを組み合わせたスコアリングが特徴でロンドンAir Lyndhurst Studiosでオーボエ等アコースティック楽器だけを幾つか録音しそれ以外はプログラミングで組み立てています。基本は2CH MIXでシーンによってフロント3CHやリアにもリバーブでこぼした4CHと言った使い分けがされています。
スコアリング音楽の占有率は88%でほぼ全面的に音楽が流れています。
MIX DOWNはFinal mixが行われたTodd-AO Studios (West)の5つあるFinal Dubbing Stageの一つをShawn Murphyの音楽チームが占有し残り4スタジオでそれぞれpremixやFinal mixが並行して行われたという厳しいスケジュールだったそうです。
5 Foley.効果音 素材録音
本作では主人公のJ・ボーンが行動した時に発する足音や動作音が重要な役目を果たしています。Foleyを担当したOne Step Up スタジオは、1994 年バーバンクに3人でopenしたFoley専用スタジオでFoley ArtistのDan O'Connell とJohn T. Cucciそれにmixerの3名で運営しています。Dan O'Connellは、final mixerとして活躍しているKevin O'Connellの兄だそうでハリウッドにはこうしたファミリーでの活躍も多く見られます。
今回のFoleyについては、
● 現場で同録したような自然な音質
● J.ボーンのブレない、正確、迅速、機敏といった性格をFoleyで表現する
● 短いカットで様々なシーンをまたぐ編集でもリズムよくFoleyがつながること
を目標に通常Foley録音で作業する10日間を超えて25日間を費やしたと述べています。
終わりに
音響とは関係ありませんが、筆者も以前からよく撮影現場メイキング映像で見かける車の走行やスカイ・カムのようなダイナミックな撮影を行うジグに興味がありましたので本作でも多用されたLIBRAというカメラヘッドを紹介します。
このカメラヘッドは、350度のパンと270度のチルトが可能で搭載したカメラごとワイアレスでコントロールできます。本作では、1H2’30”から7’21”までのボーンと警官がタンジールの家屋の上で展開するチェースシーンで家屋に設置したタワーをケーブルで結んで連続的なトラッキングショットを撮影しています。
後半の1H29’08’から31’55”まで展開するNYPD,暗殺者とボーンのカー・チェイスシーンで搬送車両に設置して撮影するなどダイナミックな映像が表現されています。
最近では、ドローン搭載カメラ撮影が手軽でより自由な映像が撮影できることから多用されていますが、このLIBRAは老舗の風格があります。
///// 分析!アカデミー Best Sound Editing受賞作品 /////
「Let's Surround」は基礎知識や全体像が理解できる資料です。
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