はじめに
しばらく過去にさかのぼって受賞作品を分析していましたので今回は、新しい年代に移り2019年の音響効果賞受賞作をとりあげます。レーシング・カーの設計者キャロル・シェルビーと自分の哲学を持ったドライバー・ケン・マイルズの葛藤と友情を縦軸にしてブランド・イメージを刷新したいフォード経営陣・フォード会長欲望を横軸にして打倒フェラーリを目標に開発し1966年に挑んだル・マン24時間レースを山場にした感動作です。
作品は、Dolby Atmos MIXがおこなわれていますので今回は、ハイト・チャンネルをどう使っているのか?にも注目してみました。
1 制作スタッフ
Director: James Mangold
Sound Design: Donald Sylvester. David Giammarco
Final Mix: Paul Massey . David Giammarco
Music: Marco Beltrami . Buck Sanders
Music at Pianella Studio . Capitol Studio
Foley Artist: John T. Cucci . Goro .Koyama .Dan O Connell . Andy Malcom
Production Sound: Steven Morrow . Stepane Bucker『ルマン』
Sound Recordist: Jay Wilkinson .Tim Gomillion .John Soukup
Final Mix at 20C FOX John Ford Dabbing Stage
2 ストーリーと主要登場人物
レーシング・ドライバーのキャロル・シェルビーは、1959年のル・マン24時間レースでアストン・マーティンを運転し初のアメリカ人ドライバーとして優勝しましたが心臓病のため引退を余儀なくされ理想のスポーツカーを設計するシェルビー・アメリカンを設立、富裕層を顧客に成功していました。一方イギリス人レーサーのケン・マイルズは、家族とアメリカへ移住し、妻のモリーと息子のピーターから敬愛され睦まじい家庭を築いていますが自動車整備工場を経営しながらレースに参戦する日々をすごし経営は苦しく工場は差し押さえになってしまいます。
1963年、アメリカの巨大自動車メーカーであるフォード・モーターを率いるヘンリー・フォード2世会長は、会社の現状に飽き足らず全従業員に『何も考えない奴は明日から工場へこないで良い!』と激を飛ばします。同時にフォードの副社長兼総支配リー・アイアコッカは、従来のフォードのブランドイメージを一新することを考えていました。
その一つとしてフェラーリの買収工作を行い結果失敗したアイアコッカですが、ヘンリー二世への報告では正直にフェラーリ会長の言葉を伝えます。
激怒したヘンリー二世は「フォードの優秀なエンジニアを結集し、社の総力をあげて1964年のル・マンでフェラーリを打ち負かす」と決意します。レースに勝つためには経験豊かな監督とドライバーが必要になると心得ているアイアコッカは、シェルビーに、90日でマシン開発を依頼し、彼は、テストドライバーにケン・マイルズを推薦します。大組織の横槍を危惧したマイルズは即答を避けましたが、イギリスから空輸されたフォード・GT-40の試乗でマイルズは、マシンの素質に心を動かされレーサーとしての自分を何より愛している妻と息子の存在が後押しとなり、マイルズはシェルビーと手を組み開発に参加します。
課題や組織との軋轢と格闘しながらも2人の力でGT-40の開発は加速し、ル・マン直前の1966年デイトナ24時間レース、セブリング12時間レースという大レースを立て続けに優勝,マイルズを含めた3台で1966年のル・マンに臨みます。ヘンリー二世とフェラーリ会長エンツォも見守る中、王者フェラーリと挑戦者フォードの、24時間の長く過酷な戦いが始まります。
3 起承転結毎の特徴的なサウンド・デザイン
3−1起 00H00’00”―34’10”
冒頭タイトルシーンで、ルマン会場を印象付けるデザインが登場します。まずFRチャンネルからリアを回りFLに至るレースカー音に続き各国別の解説者音が全面に配置されこれから始まるルマンのサラウンド空間をアピールします。
1‘08“からドラーバー キャロル・シェルビーが運転するアストン・マーティンが走行最後の1周で見事トップに立ちアメリカ人初のルマンドライバーとして優勝します。この車内シーンは、車種がことなりますが度々競技シーンで登場し基本的に同じようなデザインとなっています。すなわち車内アンビエンス 音が360度でベースを作り、FL-FRにエンジンやギア、クラッチ、ペダル、タイアが、LS-RSは、排気音さらに後ほどまとめて紹介しますがハイト・チャンネルに走行風切り音という構成になっています。
3‘27“歓声に沸くルマン会場のサラウンド音響に先行して『シェルビー!シェルビー!』という声がリアチャンネルから登場、これをキッカケに場面は、アメリカ・シェルビーが診察室で心臓がもたないから競技はやめないと命が危ないと医者に告げられるシーンになります。
16‘00“ ウイロー・スプリングス100マイルレース会場。ケン・マイルスが愛車MGを疾走させてトップに出る場面で先ほど紹介した車内サラウンドデザインが登場します。
3−2承 00h34’10”-55’03”
43‘32“フォード ・ムスタングの発表会でスピーチするために重役達と飛行機で会場へ向かうシェルビーの機内シーンは4CH機内音、操縦音 LFEで構成、その後会場上空をアクロバット飛行します。ここでは、ハイトも有効に使った前後・左右のフライ・オーバーが活躍します。派手なフライ・オーバーが使われたのはここだけです。
3−3転 00h55’03”-1H43’23”
転のシーンは、スコアリング音楽とセリフがメインとなり目立ったデザインは、ありません。
1H24’19”からフォード会長が900万ドルをかけたGT-40を視察、シェルビーが車に乗せて疾走する場面で車内サラウンドデザインが再び登場します。
1H33’16”からのデイトナ24レースで、シェルビーは、重役の反対を押し切って運転させたケン・マイルスに最後の1周で7000PRM出せと指示します。
ここでそれまでの迫力、轟音デザインから一転 ケンのブレスを大きく強調した心象音で映像への集中が一気に高まるデザインが秀逸です。
3−4結 1H43’23”-2H33’00”
1H43’23”ルマン会場当日。ここは、会場の広大さと観客の興奮を表すためにフロンとではマーチング音楽、ON目の拍手、リアでは会場のアンビエンス 、ハイトにヘリコプターと残響といった立体的なデザインがおこなわれています。
1h44‘44’から2h18‘25“フォード車3台が同時ゴールインするまでの間は、レースカー車内、車外、クラッシュ、タイア、ブレーキ、ピット整備とロック音楽が交錯したみごとなデザインでこのシーンで音響効果賞を受賞したことが納得できます。
4 Atmos ハイト・チャンネルのデザイン
ハイト・チャンネルがどういったシーンで使われたかを取り上げてみます。作品全体でハイト・チャンネルがデザインされたのは、トータル26シーンになり目的別でまとめると以下のようになります。
レースカー車内カットでの走行風切り音
単独効果音-フォード工場操業停止アラーム・ルマン会場のチャイム
全体の空間アンビエンス -
フェラーリ工場・ジェット機通過・ヘリコプター通過・ルマン会場アンビエンス
雨音 遠雷 鳥などの自然音
レース・カークラッシュ飛び散り
上空フライオーバー
以下に代表的なデザイン例を紹介します。
● 01 ルマン-アストン・マーティンの走行風切り音
車内カットのシーンはこの後もGT-40シーンで何度も登場します。
● 02 フォード工場内操業停止アラーム
フォード会長が全従業員にスピーチするために生産ラインを止めるアラーム音です。
● 03 ウイロー・スプリングス MG車内風切り音
これも同様のデザインですがOPEN CARなので質感は、ことなっています。
● 04 レースカー・クラッシュ舞い上がり
カー・クラッシュ時の砂埃や破片が空中に舞い上がるシーンが度々登場しますが、ベース・チャンネルだけの表現に比較して圧倒的な立体空感が表現されハイト・チャンネルのメリットを改めて実感しました。
● 05 フォード・ムスタング発表会場アクロバット飛行
このデザインだけが唯一意図的なフライ・オーバーとなっています。これ以外は、ほぼ自然な空間サポートです。
● 06 ルマン会場前日雨雫
これは、大変地味なデザインと思われがちですが、ルマン会場前夜に現地を訪れたケンに彼より早く来てピットの下でビールを飲んでいるシェルビーが『ルマンはいつも雨だ!』と声をかけるシーンです。明日起こるであろう怒涛のような競技を前にした穏やかさと「期待してるよ」という2人の信頼感をピットの屋根に落ちる雨の雫で表した内省デザインとして素晴らしいと思います。
● 07 ルマン当日会場
ルマン当日の会場の興奮をデザインしています。マーチングバンドの反響・上空ヘリコプター・観衆アンビエンスなどが広さと立体感を出しています。
● 08 ルマン雨を暗示する遠雷
夜に入りそろそろ雨が来ることを上空遠雷が暗示しています。
● 09 GT-40フロントにあたる雨音
ケンは、フェラリーを運転するバンディーニと首位争いをおこなっています。夜、激しい雨がフロントガラスに打ち付ける場面です。
● 10 テスト会場 OPEN
見事ルマンを制して帰国したシェルビーとケンがさらに改良した試作車を運転する広々としたコース遠景です。
5 スコアリング音楽
作曲を担当したのは、マリブにHome Studioを構えて活動しているMarco Beltramiと相棒のBuck Sandersです。Marcoは、Hans Zimmerのスタジオでインターンとしてスコアリングのノウハウとスキルを研鑽したのち独立して活動している一人です。Hans Zimmerは、別のインタビューでも述べていますが、スコアリング作曲は、とても革新的な挑戦ができるジャンルとして私は、大いに評価しているのでこの考えやノウハウを多くの次世代の音楽家に実践を通して伝えたいのでインターンを採用し、彼らにも機会を作っているのだ。と素晴らしいコメントを語っています。
監督のJames Mangoldからは、『60年代から70年代のJazz・ Rockを基調にして欲しい。洗練されたスコアリング音楽でなく生々しく、荒削りサウンド-ローリング・ストーンでスティリー・ダンではない』というリクエストがあり結果15人のバンド編成を同時録音しほとんどワンテークで録音した。と述べています。
『従来のスコアリング音楽は、全てのことが録音前に決めてありダイナミックスやニュアンスなども事細かに決めてから録音に臨むのがノーマルだが、今回は、準備に5ヶ月、録音は、1-takeであっという間に終えたし同時録音とすることで、その時のフィーリングをお互いが感じながら演奏することで良いバイブが得られた』と述べています。
バンドの編成は
Gtx3
El Bsx1
Cbsx1
Drumsx1 Apf/Hamondx1
Percx1 これにTp/Tb/Fl/Saxのブラスセクションで計15名編成バンドです。クレジットにCapital Studioがありますので多分ここで録音だと思います。
筆者が興味を持った部分はケンがデイトナ24レースで7000rpmを出した時のPADでした。てっきりシンセサイザーかと思いましたがインタビューの中でスティールGt/ブラスのサスティン部分/Gtフィードバックといった素材を組み合わせて作ったそうです。
バンド編成の各楽器をディスクリートでチャンネルに配置したデザインは、途中が抜けていわゆる包まれ感が欠けるのですが、逆にこの空間に間があることでレースの様々な効果音とぶつからずに済んでいます。
Jazz RockバンドとPad系スコアリング時のサラウンド配置を以下に紹介します。
● Jazz
● Rock
● Pad
本作と直接関係ありませんが彼らの音楽制作スタイルは、大変合理的といえ大編成オーケストラの録音以外は、彼らのHome Studioに楽器編成別で録音しそれらを組み合わせていく手法で時間の節約や制作コストを抑えています。
6 車素材録音 FINAL MIX
フォードGT-40 V-8とフェラーリP3 V-12の車素材音がいかに得られるかは、大きなポイントだったと思います。サウンド・チームは、アメリカのビンテージ・カーコレクターに協力を求めたそうですが、高価な愛車を傷めたくないという理由からなかなか協力者が見つからず、オハイオのコレクターがレプリカを所有しており録音することができたそうです。2日間の録音でチームは16チャンネルにあらゆる素材を録音しています。筆者が関心を持ったのは車内音にアンビ・ソニックマイクを使用して自然な室内空間を録音している点でした。
フェラリーについては、同様のエンジンを積んだ250 Testa Rossaをフロリダで録音しています。
ロケ現場のproduction soundについても140dBある轟音の中でのケンのセリフ録音が課題で90%仕込みマイクを使用、ダイアローグ・エディターが優秀でレストレーション・プラグインを駆使しほぼ使用することができたと述べています。
またFoleyも膨大な数に上り2つのFoley Studioで録音しています。2017年受賞作Blade Runner 2049の記事でも紹介しましたが、本作でもトロント・One Step INCのGoro Koyamaも師匠とともに活躍しています。
Final mixを担当したPaul MasseyとDavid Giammarcoは、それぞれ15トラックの5.1ch music ・8トラックのセリフ・GT-40素材が16トラック・フェラーリP-3が4トラックそしてSEトラック24を使用しています。
終わりに
作品は、ストーリー展開も起承転結を正調に進めどこも奇を衒うことなく実に土台がしっかりした作品だと思います。サウンドのみならず映像設計も素晴らしいと感じました。レース・シーンはもとより夕景のシーンなども印象的でした。
///// 分析!アカデミー Best Sound Editing受賞作品 /////
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