May 30, 2023

2021年 第91回アカデミー音響効果賞受賞「Dune Part-one」のサウンド・デザイン

                   Mick Sawaguchi 沢口音楽工房

                   Fellow M. AES/ips

                UNAMAS-Label・サラウンド寺子屋塾主宰

 


はじめに

 

1982年Ridley Scott監督のBlade RunnerがBlade Rnner2049として2017年カナダ出身次世代監督の一人Denis Villeneuveによりリメークされ、今回1984年のDavid Lynch監督作Duneをリメークするのは、偶然とは言えない彼の創造性と時代だと思います。Blade Runner 2049の主要チームを招集・制作し、同年アカデミー10部門にノミネートされ6部門で受賞した2時間35分の作品です。私は、1984年のDavid Lynch作品 DUNEをLDディスクの時代から視聴し独特の映像とサウンドに大変感銘していましたので本作のサウンドがどのように制作されたのか興味深く分析しました。また本作は、Dolby Atmos mixされているのでハイト・チャンネルの使い方にも注目して紹介します。

 

次回レポートでは、1984版オリジナルDuneのサウンド・デザインを作り上げたAlan Spletと彼の妻でサウンド・レコーディストの先駆者であったAnn Kroeberのデザイン・アプローチも紹介します。1980年代は、現在のような様々なツールやプラグインなどない時代ですので彼が作り上げたサウンドへの情熱に改めて尊敬とプロの真髄を見ることができます。

         


 

1 制作スタッフ

 

Director: Denis Villeneuve

Sound Design: Theo Green . Mark Mangini

Final Mix: Ron Bartlett . Doug Hemphill

Music: Hans Zimmer . Matt Bowdler

Foley Artist: Sandra Fox. Goro Koyama. Andy Malcolm

Production Sound: Mar Purcell

Sound Recordist: Eric Basta



       


 

2 ストーリーと主要登場人物

 

10191年、レト・アトレイデス公爵は、宇宙生活に不可欠な香料「メランジ」の唯一の供給源である砂漠の惑星アラキスの管理をそれまでの管理者ハルコーネンから皇帝の命により引き継ぐことになりましたが、そこには皇帝の権力掌握のための謀略が隠されていました。彼は、愛妾のレディ・ジェシカ、息子で後継者のポール、そしてアラキスの最も信頼できる部下達を連れてアラキスに降り立ちます。


      


 

息子のポールは、不思議な女性の夢を見ておりそれが何なのか謎を解こうとしています。

ポールの母ジェシカは、預言者ベネケセリットの教え子で数千年にわたり真の力を持った人物を見つけその血統を守ってきましたが、その後継者にポールは、当たるのではないかと予感し心の声でコントロールできるよう訓練しています。

惑星アラキスには、振動に反応してそれらを飲みこんでしまう巨大な砂虫(サンドワーム)と青い目をして地下の洞窟に暮らすフレメンが存在しフレメンは、何世紀もの間救世主-マフディが現れ我々を助けてくれることを願っており、ポールにその資質を見出します。




  

皇帝の策謀がついに発動されアラキスを襲撃し父アトレイデスは死亡しますが残されたジェシカとポールを救出したのは、夢にみた女性とフレメンの人々でした。


       


 

3 起承転結毎の特徴的なサウンド・デザイン

 

3−1起 00’00”- 33’00”

 

510“ポールと母ジェシカ 朝食時の心の言葉『Give me a water

ジェシカは、息子ポールに潜在的な能力があることを確信し、彼女の先生である教母ベネ・ケセリットの術を教えています。ここでは、ポールがその術で母ジェシカに『水をとって』と会話するシーンです。後ほども何度か出てくるこのベネ・ケセリットのセリフ・デザインは、ほぼ共通でベースチャンネル+ハイトチャンネルで構成されています。




●先遣隊として惑星アラキスにいる忠実な部下ダンカンが飛行船で基地の格納庫に戻りポールと再開するシーンです。ここでは、リアルな空間再現デザインとしてハイトチャンネルに格納庫のアンビエンス ・セリフの反響が密やかなレベルで配置されています。この後もリアルな空間再現デザイン例は、たくさん登場しますがいずれもアプローチは、同じです。




●ポールが、有能な部下ガーニと格闘のトレーニングを行う室内シーンです。

ハイトチャンネルは、剣の反響・セリフ反響がメインでベースチャンネルには、それらの効果音と相手を負かした時のパルス音が配置されています。



●教母がポールの夢の中身と能力を試すため惑星カラダンを訪問するシーンです。ここでも教母の心の声『Come here』がベースチャンネルとハイトチャンネルで構成されています。




3−2承 33’00’- 49’25”

 


 





●トンボの形をしたヘリコプター:オーニソプターがこの後何度も登場し密閉空間を大変よくデザインしています。ハードセンターは、操縦操作音のFoley中心で、ベースチャンネルの周囲は、エンジンのLowHigh,風切り音や後ほど登場しますが、砂嵐がぶつかるアタックや窓のクラック音が配置されハイトチャンネルには、メカ音反響とエンジン進行空気音が配置されています。



3−3転 49’25”- 1H45’11”

 

Sand Warm

本作Part-oneでは、あまりSand Warmは、活躍しませんが多分Part-twoで盛大に暴れ回ると期待しています。砂塵を舞い上げるSEがベースチャンネル全面で広がり、ハイトチャンネルには、砂塵高域成分が配置され、Warmの巨大さは、LFEであらわしています。



●惑星アラキスの主であるSand Warmは、振動に反応して攻撃する性質があり香料採集船の振動を検知して向かってきます。この乗員21名を救出するため着陸したトンボ型ヘリから降り立ったポールは、Sand Warmの心の声と言える救世主の声が聞こえてきます。激しい砂嵐と緊迫した救出そしてポールに聞こえる謎の祈りと音楽と絡み合った素晴らしいデザインの230“です。



●皇帝の親衛隊サドーカ3個大隊が惑星アラキスのアトレイデス一家を攻撃に向かう出陣式です。雨降る中に壇上預言者が唱えるホーミー風の声が響き渡ります。このヴォーカル素材は、何と89トラックも多重合成して作りあげたそうです。



3−4結 1H45’11”- 2H27’26”

 

●トンボ型ヘリコプターから無事脱出したジェシカとポールは、Sand Walkという歩き方でSand Warmに検知されないよう岩場を目指します。突然砂場に空洞-Sand Drumがある場所に足をふみいれその振動でSand Warmに検知されます。目の前まで迫った大迫力のSand Warm,しかし突然向きを変えて去ります。フレメン人チャニがサンパーと呼ぶ起震杭を始動しWarmを移動させたのです。





 

4 ハイトチャンネルの使われ方

 

本作でのハイトチャンネルの使い方を大別すると以下のような分類になります。

 

4-1リアルな空間再現のためのさりげないアンビエンス 

 

これは、意図的な空間デザインではなくあくまでその場の雰囲気を補強するためですのでさりげない反響などのアンビエンスが主体となります。

 















4-2 預言者の声や巨大Warm特殊加工音

 

これは、明確な目的があってデザインした空間ですので様々な素材を加工して作られています。

 









これ以外にも4748“で教母がハルコーネンに皇帝軍が支援するのでアラキスにいるアトレイデス一族を抹殺せよ!と伝えるシーンでハルコーネンのペットに『出て行きなさい』と命令する言葉、1H27’40”で皇帝軍兵士に捕らえられたジェシカとポールが兵士に『我々を解放せよ』と命令する声も同様の加工です。

 

4-3 独立音声

 

本作の中では、大変凝ったデザインでポールの幻想に出てくる救世主を求める様々な声が移動しながらコラージュされています。

 





4-4 閉塞空間の再現

 

密閉狭空間表現にもサラウンドは、大変有効です。ここでは、ジェシカとポールが研究所を脱出して砂嵐のさらに高いところを2人乗りのトンボ型ヘリコプターで飛行している閉鎖空間が表現されています。閉塞空間で筆者が素晴らしいと思ったのは、2009 スウエーデン『ドラゴン・タツーの女』オリジナル版ラストに登場する犯人が逃走し崖に横転した車内クローズアップで周りからスパークやガソリン漏れ、スチームノイズなどが登場するカットです。大変印象的なデザインでした。








4-5 広大なopen空間の再現

 

広大なopenシーンの表現は、まさにハイトチャンネルの真骨頂と言えます。

ここではアラキスに攻撃を開始する親衛隊の出発の儀式が、雨と祈祷師の祈りで表現されています。







5 Sand Warmのスペクトル分析

 

本作は、音楽も含めて低域成分が非常に多く配分された作品です。ここでは、

Sand Warmの振動について紹介します。

 

5-1 Sand Warm

 

音響チームは、砂漠に出かけて様々な砂や振動素材をフィールド録音して組み上げています。図は、Warmの進行時全体のスペクトル分布です。






このLFE成分だけでは以下のようになります。


                         


Warmを呼び寄せる振動発生器が登場します。これも全体とLFE成分スペクトルを紹介します。



 




 

スコアリング音楽『ME

 

音楽を担当したのは、Hans ZimmerMatt Bowdlerです。監督のDenisからは、いわゆる従来のスコアリング音楽でなく、優しくて、抽象的で音響効果とも融合したものにしたいというリクエストがあったそうです。制作の一年前から方向性について実験を行い、アメリカ各地の砂漠を訪れそこで何が聞こえるか体感し、結果オーケストラ・サウンドではなく合唱-ワールドミュージックーロックーシンセサイザーが渾然一体となるサウンドを設計し特別な楽器、特別な声をもつミュージシャンを世界各地から選抜しレコーディングしています。『私のお決まりのComfortable Zoneを飛び出した』と述べています。






Mixは、いつものコンビであるAlan Meyersonが担当し、35ステムにまとめFinal Mixを行っています。Mixは、個別楽器が主体なのでベースチャンネルで4CH,ハイトチャンネルは、ややリアがレベルを大きめにした4CHという構成です。


7 サウンド・デザインチームと素材録音

 

サウンド・チームは、Theo GreenMark Manginiがサウンド・デザインをRon BarklettFinalを担当しこの3人がDenis監督のA-チームです。もう一人Final Mixには、Dug Hemphilが担当しています。3人に言わせるとDugは、Mr.Reductionと呼ぶほど不要と思った素材をどんどんカットする名手だそうです。


  




 

本作のデザイン・コンセプトは


●本物であたかもそこに存在しているようなサウンド。惑星アラキスにドキュメンタリー・チームが行ってロケしたような自然さ

●深層心理に響くオーガニック・アコースティックな素材を全てこのために新規録音し既存ライブラリーは使わない

●古代人のセリフは、ADRで様々な声の素材を録音し、これに意図的な低域付加、スピーカ再生「World-tizing」や胸の共鳴を強調、

Atmosハイト・チャンネルは、意図的にならない程度に画面に集中できるデザイン

 

Part-oneでは、あまり登場しませんがSand Warmの素材は、チームが砂漠にセットした各種マイクで主に低域振動の素材を録音しています。




また繊細な砂の動きを録音するために使ったマイクは、Sanken CO-100Kです。

CO-100Kマイクは、これまでも2014Godzillae2 studioのチームがFoleyに使用し高い評価を得ています。






終わりに

 

監督のDenis Villeneuveは、メインの制作チームを常に撮影最初から参加してもらいそこでお互いが触発されることで生まれる結果を重視しています。この考え方は、本作でも一貫していますがそのためには、かなりコストもかかることになります。前作Blade Runner 2049から撮影スタジオをハンガリー・ブダペストにあるOrigo Studioを拠点としたのもこうした彼の哲学を実践する上で重要だったと思います。

 








ここは、撮影用のSound Stageが8、VFX スタジオ2を有する東ヨーロッパ有数のスタジオです。ヨーロッパの国々は、映画を芸術表現の一つと位置づけ国立映画学院をどの国も持っておりそこから優れたスタッフや俳優、監督を輩出しています。金と票しか頭にない極東の国の政治家と異なり政府もそれを積極的に支援しています。 END


///// 分析!アカデミー Best Sound Editing受賞作品 ///// 
第2回 作品の構成把握とデザイン要素 - 作品終了後のレビューの重要性


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