April 1, 2001

アメリカHBO Stomp Out Surround !

By Ken Harn 抄訳:小出 大一

 HBOがこの番組のMIXを誰にやらせるかを検討し私に声を掛けてくれたのは光栄です。今までわたしはHBOの放送で数々のショーをミックスした経験はありますがその多くはドキュメンタリー番組でした。それは、ある「生存者の思い出(One Survivor Remembers)」、「喫煙への警告(Smoke Alarm)」、子どものための禁煙番組、「ガース・ブルークス・ライブ・フロム・セントラルパーク(Garth Brooks's Live from Central Park)」、そしていつも人気のある「真実の性(Real Sex)」のシリーズのような番組です。しかし、今回のプロジェクトは今までのMIXとは異なっていました。それらは一般的なステレオMIXではなくサラウンド(テレビのサラウンドは、レフト、センター、ライトとモノのサラウンド成分で構成されるのですが)でミックスするからです。私は今回のようなショー形式の番組はサラウンドでミックスされるべきであることを顧客(クライアント)に説得しましたが、そうした結果はそれ以降の作品を容易にサラウンドMIXにすることの糸口となります。
 
 私が担当した作品は、「ストンプ(Stomp)」と呼ばれる映画化されたステージパフォーマンスショーのRE-MIXでした。ストンプとは、ミュージカル、パフォーマンス、ダンスの複合として描写されその音楽は、ほうき、バケツ、バスケットボール、ナイフ、クズたる、トラック、手などの伝統的でない楽器で演奏されるリズムと音程で構成されます。演技者はぶつけたり、ドンドン叩いたり、こすってみたり、連打したり、コツコツと叩いたり、他にいろいろなことを言わば「演奏」するわけです。ショーの上演は本当に驚くべきものです。このパフォーマンスの創設者でありディレクターである Luke Cresswellによって率いられている役者たちが演技する複雑でシンコペーション風な音楽のリズムは眩惑的です。様々な場所(キッチンやひざまでつかる水の中、あるいは路上等)で演技する人たちとライブの観衆の前で演技するパフォーマンスをいくつか組み合わせて作品にする "Stomp Out Loud(声高々に足を踏み鳴らせ)"は、すべて一緒に編集され、HBOにてオンエアされます。

 本稿では、わたしが去年の2日間にやり遂げたサラウンドミックス(素材のレコーディングは、フリーランスの録音エンジニアのLarry Loewingerが担当サウンドデザイナーMike Roberts担当)について紹介したいと思います。
 
 技術面について
 ショーはわたしが所有するマンハッタンにあるSync Sound Inc. のスタジオBでミックスされました。コントロール ルームには148インプットのAMS/Neve Logic2ディジタル・ミクシング・コンソールが設置されています。音素材はPCM-3348 ソニー・ディジタル・マルチトラック・レコーダーに録音され、マスターはソニー・ディジタル・ベータにレイバックされます。わたしは最後の修正になるとは机上においたディスクベースのDAW AMS/Neve AudioFileを用いました。モニターシステムは5.1サラウンドで、前方3つに813sをセットアップしています(センタースピーカーはビデオプロジェクションスクリーンの後ろに埋め込んで置いています)。サラウンドスピーカーとサブウーファーにはJBLを、KRKスピーカーとオーラトーンをそれぞれミッドサイズモニターとスモールのモニターに設置しています。LCRとモノSのサラウンドエンコードにはDolby SEU-4を通し、デコードにはSDU-4を通しています。(エンコーダ出力のLtとRtのマスターミックス音声はマスタービデオテープにレイバックされます。)特注のシンクロナイザー、エディタ、マシンコントローラーはすべての機器のシンクを保ちソニーのビデオプロジェクターで映像がモニターされます。
 これらの構成機器はすべて部屋の中に常置してある機器でこれらはわたしやほかの人が日常用いてるモニターシステムです。私たちが信頼を持てるリスニング環境を持つことは、様々なフォーマット(5.1、サラウンド、ステレオ他)をミックスするとき是非ともやっておかなければならないポイントだとわたしは思います。ここでは5.1、サラウンド、ステレオ、モノの音を3つの独立したスピーカーシステムでモニターすることができます。またスタジオBでミックスされた音はそれ以外のスタジオ環境ではどのような音になるのかも把握しておかなくてはなりません。。これはテレビや映画のポストプロダクションでは特に重要です。他のスタジオで最終作業が行われる「マスターリング」のステップがない分だけ私たちは家庭でどう聞こえるかを直接判できる環境にいるといえます。

 わたしたちは、5年前シンクサウンドにLogic 2を導入するにあたりコントロールルーム環境も総合的に見直ししました。それらは5.1のモニターリング環境、新しいビデオプロジェクション、そしてオールディジタルの信号経路(シグナルパス)です。(ディジタルフォーマットで可能な音声卓以外の機器のすべても含みます。D-Aコンバーターはモニターの出力信号で20bitその他はすべてディジタルです。)わたしがLogic 2を好きな理由の一つは、すべてのシグナルパスが同期していることです。これはドルビーサラウンドの処理のようなエンコード、デコードのモニター機構を使うとき重要な絶対時間や位相の正確さを保証します。
 オリジナル・レコーディングは複数のTASCAM DA-88で行いMike RobertsとLuke Cresswellが最初の音編集とプリミックスを行いました。これらのテープは(最後の絵のカットに合わせて編集され)3348にコピーされこれが行われると、私たちはミックスを始める準備段階に入ります。

 マルチ・ミクシング
 ここで大げさにいうわけではありませんが、わたしは事前の計画と構成をすることなくこのような複雑な番組のミックスを始めることが可能であるとは思えません。私たちにはすべての音素材を知り、すべての適切な機器を使い、そして(あなたの聴衆のために)どのようなミックスが最も適切であるかを十分考えられるだけの知識が必要です。
 "Stomp Out Loud"のミックスでわたしが目指したゴールのひとつは、映像の持つ遠近感をサウンドによって増大させることです。例えばニューヨーク街の路地の濡れた舗道でバスケットボールをバウンドさせている人々をカメラで撮影した"Stomp Out Loud"ショーの1セクションでわたしは意図的にステレオ音像を相当狭くしています。また頭の上を越えるショットでは(それは屋上で撮るわけですが、)それをとても大きいアンビエントサウンドにしました。そのアンビエントサウンドにはエコーやリヴァーヴレーション、そしてニューヨークシティ・アンビエンスを含んでいます。スクリーンのイメージに合うようLogic 2のステレオ・インプットのパラメータをコントロールしモノからステレオに、また極めて広いステレオ音像にすることもできます。(位相の関係や、バランス、パンニングと、MS方式もまた巧みに操ることができます。)映像がステージ上でコツコツ叩くほうきのクローズアップから10人のワイド ショットになったとき、モノからワイドへの音像コントロールはとりわけ有効です。ディレクターと映像編集者が編集した映像の様々なカットの積み上げに全体としてマッチするようなサウンドイメージを心がけました。(ステレオ音像の左側にある音は、別のショットに絵が変わった時でも、左側に置きました。)

 わたしにとって、ミクシングとはつまりコントロールのことをいいます。わたしがマルチスピーカーのフォーマットでミックスするとき、コントロールに必要とされる要素とは音を増殖させることです。Logicコンソールでコントロールするとは時間軸に沿ってダイナミック オートメーションを使用することで、すべてのレベル、ゲインの変化、EQ、フィルタ、コンプレッサ、パンニングのすべてを私のイメージどおりに記憶 再現する事が出来ます。(ジョイスティックや他のチャンネルに対して諸々プログラムできる機能も含みます。)これは、ミクサー(つまりわたし)とわたしの顧客に、どれだけ多くのことをわたしが思い出すことができるかでなく、わたしたちがどれだけ好きな要素のすべてを引き出すことが出来るかを可能にしてくれます。
  ステージの上の演技者の何人かによって演じられるトラックが運転されているシーンのMIXは、このようなタイプのオートメーションなしでは不可能だったでしょう。トラックが遠くからスクリーンのセンターに入ってきます。トラックが近づくに連れて、トラックは右に曲がり、そして次の瞬間右から左に走り、ステージと観衆の最も近くに止まります。わたしはペアのオートメーションのジョイスティックをアサインし、スクリーン上を動くトラックに合わせてパンニングしたプミックスを様々なトラックについて用意しました。2つの異なるリヴァーブ(TC5000のアンビエンスとウェットハウス)はカメラ(あるいは見ている人)に対し、トラックの遠近感を補強するように使いました。
 
 ミキサーへのヒント
 もしあなたが様々なタイプのサラウンドやマルチスピーカー配置のミクシングに興味があるのなら、あなたは1つのルールを知っているはずで(あるいは知るべきです)それは、いつ何時でもダイアログやヴォーカルは真ん中に定位させておくということです。
 幸いにもこの番組ではそのルールを考慮する必要はありませんでした。(エレベーターの中のシークエンスは例外です。)本作品ではダイアログはありません!ミクサーの夢があります!今日多くの番組が、ステレオやサラウンドの音像を(コンサートのヴォーカルやベース、ドラムは真ん中に定位され、他の楽器は音場の中のふさわしいポジションにパンされて演奏されるようテープに録音されたバンドに対し)一定の静的な定位として扱うのに対し、今回わたしは可能な限り遠近やパンニングを、動かしたり変えてみたりすることができました。

 わたしはまた演奏された楽器のいくつかの「サイズ」を巧みに表現しました。トラックの屋根を連打することによって作った原音は、わたしが思うほどリッチで深みのあるものではありませんでしたし演技する人がレザーのビーターで打つ大きなブルーの樽の音は、望んでいたより厚い音ではなかったので、私はサブハーモニック・シンセサイザーの波長をあわせ、それらしく聞こえるようにファット(fat) や ラウド(round) あるいはビッグ・オールド・ボトム (big old bottom) といったエッフェクトを加えました。わたしはまたダイナミックな起伏を持つショーを望んでいました。他の言い方をすれば、いくつかのシーンは神秘的で静かで、そして他は騒々しく迫力があって鋭いことが必要でした。一方にはTVのオンエアが持つダイナミックレンジの制限があります。この両方の妥協点としてわたしは技術的に可能な限り広いのダイナミックレンジを番組に持たせるよう努力しました。
 こうした要素のすべては、わたしのスタジオ環境において確実に表現する事が出来ます。しかし、それらが出来上がった後に様々な再生環境でのバランスチェックをしておかなくてはなりません。例えば・・・ステレオではどう聞こえるのか?モノでは?低いレベルではどうなのか?他の部屋ではどう聞こえるのか?平均的な19インチのテレビではどうなのか?・・・わたしたちはSDU-4の「サラウンド/ステレオ/モノ」のモニターセレクターを使い、スタジオB内でスピーカーを切り替えることでこれらのすべての組み合わせを聴きましたし他のスタジオの設備でも聴きました。最後には、プロデューサーやディレクターやわたし自身が家庭のシステムで聴くためにVHSにコピーしたテープを作りました。これら視聴テストの結果、わたしはマニュアルで補正したゲインと TC Electronic のファイナライザーによって修正されたプログラムを組み合わせることで最終的なバランスを整えることにしました。

 このショーのサラウンドMIXを担当できたことはまさに働くことの喜びでした。プロデューサーの David Marks とディレクターの Steve McNicholas そして Luke Creesswell はわたしにシーンの多様さへ様々なサウンドでアプローチできる自由を与えてくれました。わたしの感謝の気持ちを彼等に送り、このような革新的なテレビ番組を放送するHBOに感謝します。"Stomp Out Loud" は言わば音のショーと言えます。サラウンド音声は視聴者やリスナーを音場の中に浸す事が出来ます。そして人々がテレビをつけ、ヴォリュームを大きくしたとき、HBOで放送されるドルビーサラウンドのミックスがスタジオで聞いているのと同じくらいの楽しみを家庭で味わえることを期待しています。
                     
 Ken Hahn はニューヨーク Sync Soundの共同オーナーである。彼は4つのエミー賞と、13 ITS モニターアワーズ、サウンドミクシングでの突出した業績に対する 1996年 Cinema Audio Society (C.A.S.) アワードを獲得している。"Stomp Out Loud" は1998年のエミー賞におけるベストサウンドミクシングの決勝戦出場作品に相当する、1998年 C.A.S. でのベストサウンドミクシングの最終ノミネート作品である。(了)

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