July 28, 2012

第76回 サラウンド寺子屋塾 LIVE SPACEにおけるサラウンドPA構築と制作

テーマ:LIVE SPACEにおけるサラウンドPA構築と制作
講師:阿尾茂毅 (サウンドデザイナー、DJPLAYER)
期日:2012年4月28日 渋谷ロックオンセミナールーム
By Mick 沢口 サラウンド寺子屋塾 主宰

沢口:第76回のサラウンド寺子屋塾では、屋外屋内を含むLIVE空間でのサラウンドPA構築と制作システムを取り上げました。この分野は、国内では、大変新しい分野で、そこに先駆的に取り組んでこられた阿尾茂毅さんに講師をお願いしました。阿尾さんは、多彩なキャリアをお持ちでミキシングエンジニアにとどまらずサウンドデザインやクラブDJそして演奏家でもあり自前のPA機材でライブのサラウンドを行っています。今日は、そのキャリアの中からLIVE 空間でのサラウンドPAの構築方法やサラウンドデザインの具体例についてデモも交えてお話していただきます。また今回は、初めて渋谷ロックオンのセミナー会場を提供していただきました。ロックオンの岡田さんに感謝申し上げます。それでは阿尾さんよろしくお願いします。

阿尾:みなさんこんにちは。今日は、2パートに分けてすすめていきます。最初は、私がどうしてLIVE空間でのサラウンドを手がけるようになったかの経緯を紹介します。パート2では、これまでのサラウンドPA設置例やデモ音源をきいてもらおうかと思います。


1 イントロ篇:いかにしてサラウンドPAにたどり着いたか?

私が、キャリアをスタートしたのは、1976年音響ハウスでのダビングミキサーからです。音響ハウスは、私の好きな山下達郎さんのアルバムを制作したエンジニアのかたがおりそれに憧れて入社を希望しました。入社は、音楽ミキサーではなく映画CMのフィルムの音を仕上げるダビングミキサーでした。しかし音響ハウスは、スタジオが空いていれば自由に実験録音などができる自由な環境でしたので夜中に仲間の音楽を録音し昼間は、本来業務をやるといったことで音楽録音も勉強することが出来ました。音楽MIXのできる機会を探している時にNHKのマンハッタントランスファーLIVEMIXをやる機会をえました。1週間ほどメンバーのティムハウザーやPAを担当したミキサーなどとMIXを行いそこで実に多くのノウハウを勉強することが出来ました。その後、いくつかのポストハウスを経てDNPがポストプロダクションをやるというのでここへ参画し、インハウススタッフだけでしたのでここで音楽もやろうと提案して音楽制作が実現しました。ポストプロダクションにいた頃にMAC+というパソコンが登場し、パフォーマというソフトでミキシングができるようになりました。先輩から「これからはコンピュータを勉強しておくのが良い」と言われ当時そのポストハウスで使っていたアナログ16トラックのマルチテープの代りにE-MAXとパフォーマに音を仕込んでミキシングをはじめました。今で言うDAWの先駆けだったと思います。

その後選曲を専門とする仕事に変わり映像に合う音楽に興味を持ち始めました。ここからがサラウンド空間と関わりを持つようになったのですが、1999年に長野の牧場で開催されたレイブPARTYに映画のロケーションでいく機会がありました。ここでは、大音量サラウンドPAで再生されており、音源の定位コントロールにスペシャライザーというバーチャルパンナーを使っていました。ここで大音量のサラウンド音場に取り付かれ、以来40歳を超えて都内のクラブめぐりを始めました。その中で、お客が踊れる音楽というのに興味を持ち、自身で作曲もするようになりました。その頃知り合いから中津川でのレイブPARTYへ曲を出してみないかと誘われて初めてオリジナル曲を再生しました。その時に「こんな音楽では踊れないよ」とアドバイスされ低域の成分をいかに活用するかサブウーハの使い方に気づかされました。

2002年になると、アンビエントテクノ ユニットのLIVE6-OUTコンソールでPAする機会がありましたが。会場の出音が違いすぎることに気づき自前でPAスピーカを揃えることにしました。ここで基本4CH構成のサラウンドPAという基本が出来上がった訳です。そうしたシステムでサラウンドPAをやっていると他のバンドからも4CHサラウンドでPAをして欲しいというリクエストがくるようになりました。これまでのコンソールでは、サラウンドのコントロールに制約があったのでY社のO2-Rに変えて本格的にサラウンドPAをやり始めました。
2003年に原宿のモリハナエビルでのイベントでマーチンのSPを使い始めお客が包まれた環境で音を楽しんでいるのを実感して「サラウンドPAは、いけるかも」という感触をつかんだ訳です。この時は、最大音圧で135dbになっていました。こうしてLIVEでのサラウンドPAという仕事が始まったわけです。


これまでの経験からLIVEでのサラウンドPAを構築するポイントとして以下の点を上げておきます。

● まずアーティスト側が提供する音源が2CHで作られている場合にどう効果 
  的にサラウンド化するのかが悩みです。
  最近は、アーティスト側も4CH音源を制作してくるようになりましたので、
    無理なくPAできます。

● 5.1CHのように0.1CHLFE専用音源を作るのではなく基本4.0CHです。
  サブウーハーをどうならすのかが、ポイントです。
  チャンネルデバイダーでメインとなる成分とサブウーハー帯域を
  分けているので、音源によってクラブでうまく低域が鳴らないといったことが
  起きてしまいます。こうした場合は、G-EQでうまく帯域を分けるといったこと
  も有効になります。映画と違って音楽では、低域成分が常に鳴っていますので、
  帯域を考えた楽曲作りも大切です。
  渋谷にあるクラブでLFE専用CHを設置しているクラブがあり、こうした場合は
  それを前提に低域を作ってくるアーティストもいます。

● 生バンドの場合:メンバーはステージ側にいるのでサラウンドを体感できにくい
  のが現状です。しかしバンドの音をフロントと同じでいいですが、リアから出す
  とちょうどバンドが包まれた感じになってノリのよい演奏ができます。
  またステージモニターのレベルを小さくできクリアなPAが実現します。
  VOがある場合に、唄をまわして欲しいというリクエストがありますがこれは
  結果的に集中を欠くのでお進めしません。Kickは、4CH全体で出し、
  Bsはセンターからといった配置は、効果的です。
  VOがある場合は、基本4CHサラウンドでVOはファンタムセンターにします。
  ハードセンターから再生しますとVOがやりにくいということと物理的な配置の
  制約もあるからです。

私は、こうして通常の2CH PAでは実現できない「包まれ感」をサラウンドPAで実現することで大きなメリットがあると実感しています。


2 制作の実例とデモ

それでは、実際の構築例を紹介しながら、デモ再生も行います。

 例−01
2005年 屋外サラウンドPAの例です。新島で行われたレイブPARTYの会場です。私には、初の本格的なサラウンドPAでした。

例−02
六本木SUPERDELUXでの例です。バンドと唄があり4CH5CHで検討しました。基本は、4CH+サブウーハで構成しています。リアSPから出る音は、ミュージシャンが気持ちがよいと好評です。ここは天井にも18CHSPが設置されているので新しい音場を作ることもできます。


音源再生01:ボーカル入りのバンドを再生

コンソールはDM-1000で内蔵5CHフランジャーをエフェクトで使いました。気持ち悪くならないよう、回すスピードを設定しています。音楽部分は4CHで唄はサラウンドリバーブだけをPAしています。楽器はディレイでAUX送りから飛ばしています。唄を回して欲しいと言った場合は、DM-1000内蔵パンでは、微妙な動きができにくいので外付けのジョイスティックなど大きなパンでコントロールするのがいいと思います。

音源再生02: シンプルな音源をディレイ リバーブでサラウンド化したケース。

最近LOOPERを使って一人多重演奏を行うアーティストがいます。こうした場合にD/Iを通して個別のOUTPAにもらいこれをサラウンドエフェクトとして使った例です。

音源再生03:3つの生楽器 ドラムとベースに琴の即興演奏です。モニターPAは使わずサラウンドPAだけでこちらも積極的にサラウンドPAした例です。

例−03
2005年のLIVE9.1CH構成です。ソロLIVEでも各素材をサラウンド化することで空間を構築することが出来ます。

 例−04
2011年のLIVEの例です。彼は、自身で5.1CHで音源を制作してきました。
これに天井から高域パートを追加してもらい再生することでトータル7.1CHシステムとなっています。上から音が振ってくるのも観客には効果的でした。



例−05
浅草の会場例です。ここでは基本5.1CHで構成しそれに+αを加えるという構成です。生楽器と5.1CH音源にVOという構成です。8090年代のNYクラブで天井からも音を出しているというニュースを聞いてこのアイディアをやってみました。
天井に6本のツイータを2ペア計12本設置してここに送る音源をスペシャライザーでアーティストがコントロールしています。どんな音か再生してみます。



[ 音源再生 ]

06
これは舞台での構築例です。監督が場内を雨音で満たして欲しいということでサラウンドPAとしました。客席の下には、低域成分を再生するSPを設置しています。MIX席が、キャットウオークの上になり場内のバランスが確認できないのでステージに3本のバウンダリーマイクを置いておきそれをモニターしながら出音のバランスをとりました。この時はコンソール6OUT+AUXで構成しています。



例−07
写真展覧会会場の例です。音源は、あらかじめホロフォンサラウンドマイクで録音。定位や動きの確認のために科学技術館の場内に再生SPを設置して実際の会場再生をシミュレーションしながら録音。これを会場では6本のタグチSP+
超指向性SPx3である場所に行った時にのみ聞こえる音源を用意しています。


例−08
2009年 ルーブル美術館での展示作品です。12CHの大型構成です。基本は、7.1CHで制作し、それに+してミドルCHを加えるという方法です。広い会場では、有効だと思います。


例−09
最後に5月12日に金王八幡宮で行う、LIVEの例を紹介します。屋外サラウンドLIVEは、ひさしぶりです。」DM-1000+AUXでサラウンンドにします。チェロとチェンバロにフィールド録音した音源で一人オーケストラをやってみます。
屋外LIVEの場合は、スイートスポットを決めにくいので、計測に頼るだけでなく耳できいてバランスを決めています。

ここで紹介したように2CH PAに比べて工夫すれば4CH PAの方がやりやすいし、効果的でもあると思っていますので是非皆さんも機会があればやってみて欲しいと思います。(拍手)

沢口:阿尾さんどうもありがとうございました。では、参加のみなさんで質問があれば、どうぞ。


Q-01:舞台のサラウンドに興味があるのですが、注意点はありますか?
A:スピーカー付近のお客さまのためには、レベルや音質については目立たないように音質などを調整しています。会場によりますが、4CHを基本としながら客席の下や上等効果がある場合は、こちらからも提案してシステムを構築します。

Q-02:LIVEサラウンドPAが成功する構築のポイントは、どんな点ですか?
A:アーティストが演奏しやすい音場を作ることが基本で、そのためには素材の選定も重要です。 SPについては音楽に合うSPと合わないSPがあるのでその選択も大切です。私は、基本自前でやっていますが、もし場内のSPを使う場合は、事前に現場スタッフと密に打ち合わせを行っておきます。バンドでしたらステージの配置を崩さない範囲で定位します.特にソロ楽器は、見た目と違和感のない定位にします。リアのレベルは、控えめでフロント重視です。

Q-03:阿尾さんの周りでサラウンドLIVEをやりたいというアーティストの方々は、どんなメリットを感じているのですか?
A:映像制作や映画を基本にしている人が多いので、こうした方々は、始めから音は5.1CHが当たり前の前提で考えています。演奏主体の方々は、音に包まれて演奏すると気持ちがいいので同じ音でも4CH PAを希望しています。
舞台や展示などは、音の方向性や疑似体験といったことがメリットではないでしょうか。クラブで楽しむ人々も最低4CHで聴くというのが前提になっています。楽器だけでなく、声だけでもサラウンドPAは有効で、ステージはソロ声だけでもサラウンドリバーブを付加すると声のメッセージが強まります。
LIVE会場で終ったあとのカウンター席の音などを会場の4隅においてオムニマイクでリバーブ付けてだすと不思議な空間を体験して楽しむといったこともあります。
会場に今度LIVEをやるBENも来ているので彼のコメントも聞いてみましょう。

BEN:私は、クラシックを勉強して、今は、様々なエンターテイメントを行ってきていますが、幼少のころから我々は、教会で周りが音で包まれるといった経験をしています。そうするとLIVEでフロント2CHだけの音だけだとフラットでつまらないと感じています。なにか面白いことをやるためにサラウンドは有効だと思っています。

Q-04:LIVEで演奏する楽曲を作曲の段階からサラウンドで考えているミュージシャンはいるのですか?
A:まだそこまでは進化していないと思います。映画の作曲に比べれば、まだまだでしょう。



Q-05:パンニング以外で使うサラウンドの工夫はなんですか?
A:先ほど紹介したディレイやリバーブ、フランジャー以外に、2CHPAでは、マスキングされて聞こえにくかった音を定位分離することで無理矢理EQ加工しなくてすむので源音をPAすることができます。2CHで成立するバンドであれば全体の響きだけを付加するだけでも効果的です。

Q-06:会場の音圧レベルの基準はあるのですか?またLIVEはサラウンドでもパッケージはCDという状況は、変わらないのでしょうか?
A:会場によってばらばらなので、一定の基準はないですね。耳で決めています。
パッケージもSA-CDBDとなると制作コストがかかりますので手軽にはできません。私がいいなあと思っているのはDTS-CDで、マスタリンフソフトも安く手軽に制作できるのですが、あまり普及しませんね。DVDプレーヤで純粋音楽だけを聴くと言うのは、マッチしないのでしょうか、、、、、



Q-07:4CH PA構築でやるとお話していますが、広い会場などでは中間ミッドも検討しますか?
A:そうです。やはり会場が広いとミッドSPを検討します。その場合は、広さにもよりますが、あまり遅延補正はしない方向でやります。

沢口:それでは、これで終了といたします。貴重な経験を紹介いただきました阿尾さん、そして会場を提供していただきましたロックオン 岡田さんに感謝申し上げます。ありがとうございました。(拍手)

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