November 19, 2021

自然界におけるノイズの性質とRestorationの実際

By Mick Sawaguchi UNAMAS Label



はじめに

音楽を始めとして様々な素材に含まれる不要ノイズ修復技術―Restorationは、音声解析技術の飛躍的な進歩とデジタル技術の貢献により格段の進歩を遂げ現在は、目的別・価格別・DAW・ハード機器対応別に多くのRestoration製品が登場しています。

筆者は、2000年以降国内外でフィールド録音を行いUNAMAS Label からUNAHQ 4001-4014まで14作品をNatureシリーズとしてリリースしてきました。


その過程で毎回Restorationした個々のノイズ源をデータベース化してきましたので本稿では、Restorationソフト自体の使い方に重点を置くのではなく各種ノイズは、どんな振る舞いとスペクトラム構造で構成されているかに重点を置いて紹介しますので参考にしてください。


1Restorationの基本機能

Restorationの原理と機能は、現在のどのような製品でもほぼ同一で修復したいノイズの性質と目的に応じて最適な製品やプラグインが選択可能となっています。すなわち不要なノイズを選択し、それを除去するのにノイズの無いエリアから分析したスペクトラム構造を移植するという仕組みで写真の編集で使われるRe-touchと構造は同じと考えればわかりやすいかと思います。

筆者は、Restorationソフトのデファクト・スタンダート言えるRXシリーズ-3から始めましたが、扱う素材が自然界録音素材で4CH、音楽ではメインマイクの8CH(7.1CH)を同時に修復する必要があるのと各種パラメータを追い込んで最適な結果を出すワーク・フローになじめず現在はPyramixに特化したCEDAR-Retouchを使用していますので本稿ではこの機能を使った分析データを紹介します。


1-1 Restorationを効率的に行うためのヒント

● 修復したいノイズ源を画面のセンターにして前後にノイズの無いエリアを選択しキャプチャーする。

● ノイズ源がたくさんなければ取り込む時間軸は30秒くらいまで可能

● ノイズ源が密に集中した音源では、視認性の良いノイズ・フリーエリアを確保するために10秒くらいでキャプチャーします。その分修復には忍耐と時間が必要です。

● 画面でノイズとノイズ・フリーのエリアを見極めてノイズ源の左右で極力広いノイズ・フリーエリアを確保し解析精度を高めます。デファクトでは、ノイズ源の左右均等に補完用エリアができますが、キャプチャー画面内でどちらかにより多くのノイズ・フリーエリアがあれば均等に拘らずそちら側を広めにすると精度が向上します。

● 1ステップで修復がうまくいく場合は、稀ですので修復機能をうまく組み合わせて追い込みを行うと綺麗な修復が完成します。


1-2 Retouchの基本機能

Retouchには、現在8つの修復機能がありますが、筆者が使っている機能だけを紹介します。

Interpolation

Erase

Repair

Patch

Cleanseです。

 


ここでは、上記の機能と特徴をパルス性ノイズを例に紹介します。


                  

●Interpolation

補完修復という名前のようにノイズのある前後のノイズフリー範囲からノイズを修復する機能でRestorationの80%くらいはこの機能が活躍します。デファクトでは、図の点線のように左右均等に選択され修復後の前後のつながりもスムースなのがメリットです。弱点は、ノイズ源の持つエリア以上のノイズ・フリーエリアがないとうまく解析・修復できない点とあまり広いエリアを欲張って選択すると解析NGとなることです。




●Erase

この機能は、ノイズの前後から分析して修復するのではなく、いきなり選択範囲を更地にしてしまうやや強引な機能ですがノイズの前後に有効なノイズ・フリーエリアが見つからない場合に有効です。しかし図に見られるように選択エリア以外も更地にするので、この部分を改めてInterpolateやPatchで補完しなければなりません。


                                                   Patch

この機能は、パルス性ノイズではなくブロードな範囲でノイズを修復したい場合に有効です。まずノイズフリー・エリアを確保し、それを元にノイズ源にコピーし差し替え修復するという方法になります。注意点は、コピーを繰り返した場合、境界部分でベースノイズに違和感が出ることがあります。その場合は、境界線前後で短いInterpolateを再度行って滑らかにします。



●Cleanse

細かいランダムノイズが広い範囲で分布し上記の機能では修復できない時に有効です。例えばランダム・ノイズエリアとノイズの無いエリアが断続してあるといった場合に使えます。分析と修復にかなり時間がかかり自然界音にはそうした状況が見られないので筆者は、あまり使いません。



Repair

Eraseの改良版と言え選択範囲内のノイズを分析して修復します。特徴は、ノイズゲインをo-から無限大まで可変できることで、自然音よりも楽音ノイズなど前後にノイズ・フリーエリアがない場合には有効です。


2 3タイプ別ノイズのスペクトラム構造とrestorationの実際


基本機能を紹介しましたのでここからは、3タイプ別にデータ・ベースから20種類ほどを選びノイズが持つスペクトラム構造とRestorationの実際を紹介します。


2-1スパイク・短時間パルス性ノイズ


パルス性のノイズは、楽器などでもよく起こりますが、ほぼInterpolate機能で修復できます。短いパルスですが、選択範囲は極力ノイズ周辺だけを選択しないとノイズの無いエリアも修復の影響で音が変化しますので限りなくノイズ源エリアを狭く選択してください。


この例は、条件が良かった森で録音した雨音がいくつかマイクにあたったノイズです。これくらいノイズの左右にフリーエリアがあれば、Interpolate一回で修復できます。

 



                             


これは、風に揺れて枝が折れた時に出るパチンというノイズで意外に音が目立つので修復した例です。


                               

 

これは、どこか遠くで家の戸板が閉まる音ですが、反響して前後にエコーも出ています。

 

 



これは、渓流の録音時に気泡が弾けて生じたノイズです。単発なので簡単に修復できます。こうした低域中心の吹かれPOP音は、InterpolateよりもEraseでノイズ源を選択した方が綺麗に修復できます。


 

これは、山道を歩いてきたハイカーの足音で少し複雑なスペクトラムです。

フリー・エリアを確保するためにキャプチャーの時間軸は、極力短くして足音の前後にフリー・エリアを確保しInterpolateとEraseを組み合わせ細かくフリー・エリアを広げていきます。一定範囲が確保できれば最後にPatchでコピーしていくことで効率を上げられます。




2-2 時間経過を伴ったブロード・ノイズ


2つ目は、パルス性でなく時間経過を伴いながら周波数範囲も広めのノイズ源になります。

風の通過でマイクが吹かれたボコボコ音、草原で録音すると必ずマイクによってくるブヨなどの羽音、カラス、ハイカーの話声やストリートでの人々のお喋り、子供たちの遊び声などに見られます。







これは、難物のノイズで録音中に突然雷と夕立に見舞われマイクがズブ濡れになった時の音源です。時間軸を見ればわかるようにほぼ1秒に一回の頻度でボタボタと水滴が落ちていますが貴重な音なので一つ一つ細かくEraseとPatchを組み合わせて修復した例です。


 


カラスの声は、特別な目的でもない限りあまり気持ちが良い声では無いのでInterpolateまたはEraseでデリートすれば予想以上に綺麗に消すことができます。

 



 

人の声は、低域から高域まで階層構造のスペクトラムなので前後にフリー・エリアがあればInterpolateで修復できますが、ベースノイズが多いところではEraseで各階層ごとに細かくデリートします。

         

 子供たちの声は、非常にランダムなスペクラムをしていますので一つ一つ細かくEraseし、ほぼ綺麗になったら仕上げにInterpolateで編集点を整えます。



この例は、森の中でバード・ウオッチ中のカメラマン数人がお喋りしているスペクトラムです。この素材には、鳥の声やバックグランド音も混在していますので時間軸は拡大して細かくEraseしていきます。



2-3 定常持続性ノイズ


時間経過とともにスペクラムが変化しない定常音は、時間も長くなかなか厄介なノイズになります。遠くの高速道路の走行音、朝夕時間を知らせるチャイム放送、小型飛行機、電車の走行、漁船エンジン、チェーンソー、など。これらは基本細かくEraseでデリートし編集点部分は、PatchやInterpolateで補正します。

これは、海岸で朝6時を告げるチャイム音です。

 


 

これは森でヒグラシを録音中に遠くで聞こえる伐採チェーンソーの金属音です。



 

車やバイク等通過音はスペクトラムが階層構造になっていますので細かく区切ってEraseでデリートし、フリー・エリアができればそこをPatchではめ替えていきます。



これは救急車がサイレンを鳴らして走行しているスペクトラムです。


           


これは早朝港から漁船がエンジンをスタートして海上へ出かける音になります。



 

上空を飛行するジェット機は、なかなか修復できにくい音源の一つです。

この例は比較的低空を小型のジェット機が通過したスペクトラムで意外に狭いスペクトラム分布でしたので修復可能でした。




 

2-4 勝ち目のないノイズ

Restorationは、万能というわけではありません。明らかにノイズが広範囲、かつレベルも大きい場合は、諦めるのが賢明です。この例は、大型のジェット機がはるか高い上空を飛行しているスペクトラムでホワイト・ノイズのオンパレードですので勝ち目はありません。


終わりに

楽器やVoのノイズ低減、昔の貴重なマスターのヒス低減やドロップアウト修復、ロケーション・セリフ同録の整音・残響の低減などは皆さんも馴染みがあり既に多くの経験とノウハウも積み上げておられると思います。

ここではハイレゾ、Immersiveアルバムに適応した品質をもつ自然音に見られるタイプ別ノイズの特徴とRestorationの実際を紹介しました。