August 7, 2016

ピアノソロ 9CH制作 at 大賀ホール


Dimensions ~ 大賀ホールにおけるソロピアノ録音と9CHサラウンド制作レポート

by Mick Sawaguchi UNAMASレーベル代表





UNAHQ-2010 DIMENSIONS




はじめに

UNAMASレーベルのクラシックシリーズ録音では、定点として軽井沢大賀ホールでの録音を行っています。本作は、第4作目となる初ピアノソロアルバムで録音は、2016年2月10−11日で実施しました。これも9CH Immersive surroundでのマスターを念頭に制作を行いましたので、その舞台裏をリポートしたいと思います。

UNAMASレーベルのピアノソロアルバムは、これまで3アルバム制作し、いずれもスタジオ録音です。Yuki Arimasaさんの初ソロピアノアルバム「Forest」も音響ハウスでの録音です。スタジオらしいタイトなピアノ演奏も素晴らしいと感じていますが、最近軽井沢大賀ホールでクラシックシリーズを録音するようになって、Yukiさんにここで演奏してもらうとどうだろうと考え、Yukiさんへシミュレーションしたピアノソロサンプルを送り「検討してくださいね」と依頼したのが昨年の春でした。もし実現すれば、ご本人もホールでのピアノソロ録音は、初めてですしUNAMASレーベルの私も初めてのホールピアノ録音となります。「やってみましょう」ということになり、レーベルの3つの基本コンセプト(ART/TECHNOLOGY/ENGINEERING)を以下のように検討しました。

1 制作コンセプト

1 ART

大賀ホールのSteinway Hamburgのピアノと共鳴するすばらしい響きを活かすためにJazzでありながら、クラシックの要素も取り入れたオリジナルな演奏で構成。そのために取り上げた主旋律は、Bach ,DebussyBeethovenなどになりました。これらのテーマを借りて、そのあとは、自由なインプロビゼーションで進行するというJazz演奏と同じ手法です。スコアもありませんし、リハーサルもない、まさにその場でしか実現しないテンションと大賀ホールの美しい空間再現を捉えることにしました。YUKIさんの調律は、最近のピッチが高くなる傾向と異なり、440Hzのピッチでの調律となります。最近他のホールなどでは、ピッチ固定で変更不可といった所も見受けられますが、私は、ピアニストの望むサウンドを生み出すのにそれぞれが望むピッチ指定ができないという官僚的な雰囲気は、とても納得できません。幸い大賀ホールは、そうしたことは、なく松尾楽器の長野OFFICE宮澤基一さんが調律を行ってくれました。その時にこのピアノにまつわる歴史を披露してくれましたので少し紹介します。

〜使用されたピアノはスタインウェイ・ハンブルク製の最高峰モデルD274で、かつてアルトゥーロ・ベネデッティ・ミケランジェリが70年代に来日した際に運び込まれ、キャンセル魔の名に恥じぬ彼が最後の公演を待たず帰国してしまい、招聘元が残されたピアノ(S/N #427700)を没収後,縁あって大賀ホールに落ち着いたそうです。現在は、ボディ部はそのままで、パーツ類を更新しているそうです。 
ピアノの足にある車の方向を変えると何故音が変わるのか?についても紹介してくれました。それはピアノの荷重が足の開き方で微妙に変化し、鍵盤が左右で湾曲するためハンマーと弦の間隔に1mmもいかない差が出るからだそうです。またスタンウエイのピアノは演奏者が3時間ほど弾き込むと自然にその人に寄り添った音色に変化してくれるそうです。この柔軟性が他のメーカーのピアノにない特徴なので録音は、すぐ始めないで弾き込む時間を考えておいてください。とアドバイスをいただきました。



2 Technology 

今回は、ピアノソロということもあり、楽器の鳴りを最大限活かすという基本点を重視しました。すなわちステージでのピアノ周りの不要共振を排除するという対策です。これには、毎回マイクケーブルで活躍していますAccousticReviveの石黒さん自らが、様々なチューニングキットを用意していただきました。マイクスタンドの3点指示部やマイクハンガーなどの共振排除グッズ、そして音響ハウスでのピアノ録音でも採用しているピアノ下部の音の拡散パネルといった、アコースティックな処理を加えています。ピアノ下部に拡散体を設置する方法は、音響ハウス録音のときに、AGS拡散体を設置してYUKIさんから弾きやすいと感想をいただいていましたので、今回は、AGSでなくAccousticRevive製のシルク生地拡散パネルを設置しました。スタンウエイのピアノ録音で毎回頭を悩ますのは、ペダルワークによるダンバーノイズと床鳴りです。これは、なんともエンジニアリングで解決できないのでひたすら、ピアニストの技に期待するほかありません。

前作201512月録音の「Death and Maiden」で導入しました、オールバッテリードライブ駆動とEMCノイズ対策は本作でも継続しています。











3 Engineering 

本作もImmersive surround 9ch録音を行いました。前作「Death and Maiden」でトライしたハイトCH用マイキングをさらに改良し写真でもお分かりのようなステージ面位置への平行4CHマイキングとしています。
今回は、Top-CHL/RはゲッッフェルM-300カーディオイドペアにTop Ls/RsはSANKEN CO-100Kオムニ指向性としてフロントに位置するメインのピアノサウンドを明瞭にして、リアにやや豊かさを持つようなイメージで配置しています。(2Lモートンからこれを聞いてMICKなぜハイトマイクが4CH分同じではないのか?という質問がきました。)





2 録音系統とノイズ対策

本作の9CHサラウンドマイキングは、大変シンプルで使用マイク数とサラウンドチャンネルアサインは、1:1です。メインCH5CHはピアノの近接にフロント成分L-R-C 3CHを設置しLs-Rs2CHは、ホール方向でなく側面初期反射音を狙いました。ハイトCH4CH分は、前作「Death and Maiden」で試みたステージ最前面へ平行4CH設置とし中側の2CHTOP-L/Rへ外側の2CHTOP-Ls/Rsにアサインしています。ハイトCHのマイキングについては、いろいろ試行錯誤の段階ですので、次回録音時には、また異なったマイキングを行う予定です。
ステージに設置したRME デジタルとアナログMIC PREは大型インシュレーターの上に設置し、マイクケーブルの終端側は、前回同様ファインメットEMCノイズ対策を行ったキャノンコネクター経由で接続しています。ステージ側の機器専用にEliiypower社のバッッテリドライブ電源から100vを供給しここからはいつも通りMADI光ケーブルでモニターROOMに設置したDAWへ送っています。モニターROOMでも専用のバッテリー電源供給で機器をドライブし使用機材単独電源もACアダプターやUSBケーブル、HDなどにノイズ対策を実施しました。「ノイズバスター」の宮下さんのサポートは、今回も音質面で大いに効果を発揮できたと感謝しています。
ピアノソロというシンプルな録音でしたので今回はSB DAWを用意せずPyramix NATIVEだけで録音しています。






3 FINAL MIX

インプロビゼーション演奏ですのでいつものクラシックでおこなうような細かな編集作業は負担なく!ベストテークを選ぶだけですのでポストプロダクションといっても特別のことはありません。MIX DOWN

⚫ ステレオ2CH
⚫ 5CHサラウンド
⚫ 9CHサラウンド
⚫ HPL9コーディング用ファイル
そして本作はCDでもリリースしたいというYUKIさんの希望で
⚫ CDDDPファイル・itune用ファイル

またMQAコーディングでもリリースしますのでイギリスのメリディアンBobへ2chマスターを送りMQAコーディング2CHファイルも作成しました。


4 ハイレゾ録音(192KHz24bit以上)とEMCノイズ分析

本作のMIXが終了して、大変興味深い現象の解明に取り組みました。その現象とは以前から192-24録音したデータをスペアナで分析すると50KHz~60KHzあたりに楽音ではない特有のスパイクノイズが見られるという現象です。


これは使用しているDAWや収録場所、電源電圧、マイクの種類そして制作レーベルに関わらず見られているので、なんとかその原因を究明したいと思っていました。スパイクノイズがどこで飛び込んでいるのか?対策はあるのか?、、、、、、DAWのメーカーなどにもデータを送って解明策がないかを問い合わせましたが、いずれもその現象は認められない!というアンサーでした。

そこで私のスタジオで切り分けをしながらどの段階でノイズが飛び込むのか?を実験しました。

Pyramix DAWHORUSインターフェース単体のみで録音入力接続は、なしでカラ録音を測定 



図でもわかりますが、単体機器だけでは、スパイクノイズは発生していません。

2アナログMIC PREを接続し入力終端しマイクゲインゼロ測定 



50KHzから上に見られるノイズ分布は、MIC PRE単体が持つ固有雑音だと考えられます。ここでもスパイクノイズはみられません。

3アナログMIC PREにマイクケーブル接続でダイナミック・コンデンサーマイ
 ク接続しマイクゲインゼロで測定 



ここでスパイクノイズが見られます。しかしこれまで観察してきたスパイクノイズの分布より小さいことが確認できます。これはMIC PREの内部でEMCノイズが干渉している結果ではないと考察しました。

4アナログMIC PREにマイクケーブル接続でダイナミック・コンデンサーマイ
 ク接続ゲインフル(60db)で測定




ここで出ました!中心周波数は、これまでより少し低めですが、スパイクノイズの分布パターンはこれまで観察したノイズと同じです。(これは、使用している機器の相違ではないかと思います。)

測定結果を宮下さんと検討し、まず録音で毎回使用しているMIC PRE内部のEMC対策を行いMIC PRE内部での干渉と飛び込みを防止する対策を実施しました。いずれもノイズを発生しそうなパーツとノイズが混入しやすいと思われる電源ケーブル終端部の対策及び筐体全体のシールドをいずれもファインメットシートやビーズで対策しています。

その後改めて項目4を実施し測定しました。これでもスパイクノイズが出ています。その時偶然マイクケーブルを安定化電源の近くへ持っていった時に猛烈なスパイクノイズが観測されました。ここから言えるのは、「ハイレゾ録音でゲインを上げた録音時に、マイクケーブルにEMC干渉ノイズが飛び込むのではないか?」ということです。96KHz録音では、40KHz帯域制限がかかり自然なLPF効果ができる結果ノイズは、物理的にカットされていますので現象が認められませんが、DXDや192KHz以上のハイサンプリング録音では60KHz付近の干渉スパイクノイズが記録されるということです。マイクケーブルの見直しを検討しなければならないかもしれません。EMCノイズがいかに空気中を飛んでいるか!が再認識できました。現在宮下さんがマイクケーブルの改良に取り組んでいますので、サンプルが出来次第また測定して見る予定です。ハイレゾ余話でした・・・・・・・



ライナーノーツ:Masaaki Fushikiより

記録媒体から楽器そのものをここまで彷彿とさせるピアノ録音は聴いたことがない。響きを通してその肌触りに触れるような感覚は視覚的でさえあると思った。特徴のひとつは音の純度のようなものだが、雑味がなく研ぎ澄まされた音の実在感に一種の衝撃を覚える。特にピアノが減衰していく微弱音のエンヴェロープが限りなく美しい。

この録音を最初に聴いたのは9chミックスだった。ハイレゾ・ピュアオーディオの2chからいわゆるサラウンドの5chへ、さらに高みの9chへと再生環境を移行すると、聴き取る音感覚のファクターが音質という地平から確実に変質して行く。僕はそれを『音の佇まい』と形容するのだが、佇まいは直接音と間接音の関係性そのもので、楽器の直接音と同じところから間接音が聞こえても所詮実体感には繋がらない。ここで沢口氏の狙いは大賀ホールの響き全体を客席的に俯瞰することよりも、あくまでも楽器と聴き手の位置関係の構築に主眼を置いている。まさに聴き手にとっては至高の鑑賞条件だ。

制作クレジット
Rec. Date 2016 11/Feb at Ohga Hall Karuizawa Nagano JAPAN
Piano Tuner: Kiichi Miyazawa (H.MATSUO MUSICAL INSTRUMENTS CO.LTD)
Apf Model: Steinway Hamburg D274 NO427700

Producer: Mick Sawaguchi (Mick Sound Lab UNAMAS Label)
Venue Organizer: Seiji Murai (Synthax JAPAN Inc)
Rec/Mix/Mastering: Mick Sawaguchi (Mick Sound Lab)

MADI Rec by DMC842/Micstasy/MADI face XT
 (Synthax Japan Inc)
Digital Mic KM-133D as MainMic (Sennheiser JAPAN K.K)
Mic Cable /tuning kits: AccousticRevive (Sekiguchi Machine CO.LTD)
Peripheral Facility by Kiyotaka Miyashita (JINON)
Battery Power Supply by PowerYIILE PLUS (ELIIYPower co.ltd)
DAW: Pyramix V-10 192-24 Rec-Master (DSP-JAPAN LTD)

Album cover Illustration by Alessandramart7MARU
Photo: Alan Narez/Mick Sawaguchi
J.K Design IV-Planning


「サラウンド入門」は実践的な解説書です。

UNAMASレーベル 9.1CH サラウンド制作

Death and Maiden at 大賀ホール 9.1CHハイト.サラウンドでの新たな試み

By Mick Sawaguchi沢口音楽工房 UNAMASレーベル









   


はじめに

臨場感を向上させるためのハイトCHあるいは3D-AUDIOまたは没入感サラウンドと呼ばれる音場表現が、音楽ジャンルでも実用域で動き始めています。最近では、2016年のグラミー賞サラウンド部門にノミネートされた2Lレーベルの「MAGNIFICAT」が音楽性と空間性を活かしたすばらしいアルバムとして筆者の記憶にあります。(http://www.e-onkyo.com/music/album/twl106/

UNAMASレーベルでも9CHハイトサラウンド制作において、前作「The Art of Fugue」では、5人のフーガの奏法を明確にすべくホールの残響音でなくステージ上の間接音をハイトチャンネルとしました。今回紹介するF.Schubert String Quartet No. 14 in D minor 「Death and the Maiden」の録音では、原曲の持つハーモニーとアンサンブルを重視したホールの響きを取りいれるべく前作とは異なったハイトチャンネルを設定しました。

もう一つの試みは、基幹録音システムに加えハイレゾ録音で影響の大きい電源の強化のためにオールバッテリー給電の採用とEMCノイズ対策に重点をおいた制作を行いましたので、その舞台裏をリポートしたいと思います。

1 制作コンセプト

UNAMASレーベルのアルバム制作で変わらぬ基本は、「ART」「Technology」そして実現のための「Engineering」のトライアングルをどう構築するかにあると考えています。
今回の制作でこの3要素をどのように具現化したかについてまず、紹介したいと思います。

1-1「Art」
 UNMAS STRINGS QUNTETのみなさん




UNAMASレーベルが取り組んでも実現可能な原曲をリサーチし、今回は、シューベルトの14作目となる「Death and Maiden」を取り上げました。この曲は、構成がダイナミックで、ドラマ性があり、端正なストリングス演奏ではなく、現在世界で人気の2Vcというデュオグループが演奏しているようなノリをクラシックで実現したいと思って選択しました。
次に編成をどうするかについては、ロックのノリを実現するために低域を充実させるべくこれまでのキーメンバーとなっていますVnx2 Cbの3人に加えてビオラパートをVcで受け持ってVcを2人とした合計5人で編成しています。

1-2「Technology」

基幹部分は、すでに確立している「デジタルマイク」「RME MIC PRE」「MADI 16CH 192-24光伝送」「MADI-DAW録音」というメインの系統になります。加えて今回は、電源供給をオールバッテリーから100V変換して駆動することと、徹底的な外部ノイズ対策(EMC電磁適合性対策)を行いました。この詳細については、3項を参照してください。

1-3「Engineering」

基本9CH没入感サラウンドであることは、これまでと変わりませんが今回のハイトCH用のマイキングを少し工夫してみました。これも詳細は、4項を参照してください。

2 アーティストとアレンジ

アレンジが出来上がると私は、土屋氏に毎回フィナーレという楽曲ソフトで5人分の演奏データを書き出してもらい、その5つのWAVデータをPyramix上で5CHサラウンドに展開しながら、どうような配置がまとまりよくサラウンド音場も構成できるかを事前シミュレーションして配置を決めています。

 5重奏スコア

  

今回は、FL-Vn1 FC-Cb FR-Vn2としリアは、LS-Vc1 RS-Vc2という配置にしました。大賀ホールでのステージもこれと同じ配置とします。


3 オールバッテリー駆動とノイズ対策

3-1オールバッテリー駆動

 ステージ録音機器に供給したELIIYPOWER社バッテリー電源





 モニタールーム機器に供給したELIIYPOWER社バッテリー電源



Hi-Res制作のように情報量も多く、ダイナミックレンジもあり、S/N比にも優れた制作では、録音時の基幹部分の機材構築に加えてノイズフリーを目指したクリーンなインフラの構築が新たな課題となります。これまでもバッテリー電源が持つS/N比のよさは、バッテリー駆動のアンプやファンタム電源、最近ではHi-Res対応のD/Aコンバーターといった単体機器で使われてきました。

UNAMASクラシックシリーズの制作では、ホール録音をメインとしていますので、スタジオと異なり電源事情も、クリーンで安定した電源を必要としますので、なにかそれに匹敵する製品はないものかと考えていました。
偶然2015年11月のInterBEE展示会場DSP-Jブースに設置していたEliiypower社のソーラーハウス家庭用バッテリー電源が目にとまり、担当の方から説明をきくと大容量で蓄電しそれを100Vに変換でき7~8時間連続給電可能な製品だということで、本作で借用しテストしてみることにしました。

3-2 電磁気誘導ノイズ対策(EMC電磁適合性対策)

もう一つのインフラ整備は、外部電気磁気誘導ノイズ対策です。室内音響設計の考え方にも防音と遮音という2面の設計方法があるように、電子機器の活用の増大につれて、機器自体からのノイズの発生防止と外からのノイズ混入防止の両面が必要となりEMC規格として制定される状況にあります。
デジタル録音主流の今日では、まさにこのEMC対策が音質の維持に大きな要件となります。PC主体DAWベースのシステムに加え、本体以外にもマイクケーブルや電源ケーブル、USBケーブルやHD、マイクプリそしてACアダプターといったパーツ部でのノイズ対応が必要なのではないかと感じています。

今回は、メインで使ってきたAccousticRevive社のケーブル類に加えて日立金属が製品化しているFINEMET(http://www.hitachi-metals.co.jp/product/finemet/fp07.htm参照)と言われるアモルファスを使用した電磁気ノイズ対策製品を研究しているJion社の宮下さんの協力を得て外部誘導ノイズ対策を行いました。
具体的には、ケーブルコネクター類へのFINEMETビーズの挿入やFINEMETシートの基盤への貼り付け、電源アダプター部への貼り付けといった対策です。
  

電源・ノイズ対策系統図

またHDやステージに設置したマイクプリアンプ機器には、振動対策インシュレータも設置しました。


 デジタル・アナログマイクケーブルの終端側に挿入したファインメット・ビーズコネクター






モニタールーム機器への各種ノイズ対策ケーブル・トランス等


HDには、インシュレータで振動を軽減




4 9CHサラウンドマイキング~前作との相違~

4-1 ハイトCHの考え方

没入感サラウンド・ハイトサラウンドとか3Dサラウンドといった名前で従来の水平面サラウンド(5.1CH/7.1CH)の表現に加えて半球面音場を表現可能な手段が登場してきました。筆者は、MBS入交氏の取り組みに触発され、2013年大賀ホール録音「四季」から取り組みを始め本作で3回目となります。
前作「フーガの技法」は、楽曲自体が楽器それぞれ独立しかつ正確なタイミングで進行するというフーガの形式で、音楽全体が美しく共鳴したりハーモニーを奏でるといった作品ではなかったので、ハイトCHのマイキングは、ステージの天井に向けて一次反射音を捉え、全体の音場の明確さを重視しました。

本作「Death and Maiden」は、これとは異なりそれぞれのパートがアンサンブルを奏でることで響き合う美しさが作曲されています。そこで今回は、ハイトCHのマイキングを天井初期反射音でなく、ホールへ飛んでいく残響成分を主体に捉えることにしました。(この考え方ではホールのベストシートの上方へ吊り下げた4-8CHのオムニスクエアー方式を提唱している入交方式があります。)
この方式を採用すると規模も設置にもかなり気合をいれないと実現できませんので、他の方法を検討し、筆者が自然音サラウンド録音で用いているリニア4CHアレンジを応用してみました。
これは、海岸の波打ち際など一方向にしか大きな音源がない場合に、サラウンドで収録するときの配置で波打ち際へ一直線に4CH分のマイクを設置し外側のNO-1とNO-4でLs-Rs成分をNO-2とNO-3の内側でFL-FR成分に振り分ける方法です。

 今回のマイキングと録音系統図



ステージ全景 ステージの前面に設置したのがリアニア4CHハイト用マイク





大賀ホールの響きは、とても均一分布していますので、ステージの距離を十分使ってNO-1からNO-4のマイクを設置し、定位も自然音録音と同様にしました。(写真ではステージ中央にもワンペアありますが、これは実験用に設置したマイクで実際には使用していません)

4-2 メインの5CH+サイド2CH+LF
E
今回の配置は、あらかじめシミュレーションで決めた配置に沿ってサークル状に配置し、その中心部にメインの5CHを設置、サークルの外側でちょうど真ん中に7.1CHを想定したサイド2CH分を設置し、さらに楽曲の勢いを強調したかったので、CbにLFE送り専用のマイクを初めて設置しました。

写真 メイン5CHデジタルマイク KM-133D



5 録音システム
本作もこれまでと同様に基幹録音系統は、変わりません。
すなわちデジタル・アナログマイクからステージ上に設置したマイクプリを経て光MADI回線でモニタールームへ伝送し、MADIルーターで2分岐したMADI信号から現用DAWレコーダと予備DAWレコーダへ分配し、D/AOUTを2CHでモニターしています。

写真 ステージ側に設置したRME MIC PRE・下部にはインシュレータ設置



モニタールーム側のPYRAMIX DAWとSequoia DAW







MADI信号を2分配するMADIルーターとDAWへ接続するMADI face XT


 DAWへUSB経由でMADI信号を伝送・モニターOUT・トークバック機能とホール録音に最適化した RME MADI face XT




まとめ

ホール録音におけるハイトCHの表現とマイキングについては現在世界的にも模索の段階です。筆者の知る範囲で形になっているのは2Lレーベルのメインとハイトが2段重ねになったワンポイント.サラウンドアレイや入交方式でしょうか。
1990年代後半に5CHサラウンドのメインマイク方式について2桁を超える方式がヨーロッパや日本から提案されました。それから20年を経て現在「使えるサラウンド.メインマイク」方式として現存しているのは、Decca-Treeとそのバリエーション方式のみとなっています。
3D-AUDIOの方式についても、AESやドイツのトーンマイスターコンファレンスなどで昨年来活発な研究とマイクアレイが提唱されるようになってきました。多分この中から将来実用に耐えうるマイク方式が生き残るのではないかと思います。筆者も機会をみて様々なマイキングにトライしていきたいと思います。



本作「Death and Maiden」は、
️ 2CHステレオ
️ 5.1CHサラウンド
️ 9.1CHMIXをヘッドフォンリスナー用にコーディングしたHPL9
の3種類のフォーマットでいずれも192KHz-24bit でリリースです。

本作の録音にあたり機器の提供やノイズ対策にご協力いただきましたEliiypower社及びJION、並びにSennheiser Japan K.K及びSynthax Japan各社に紙面を借りて感謝申し上げます。(了)

写真 ノイズバスター宮下氏を囲んで入交氏と筆者



終了後のスタッフ記念撮影




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