UNAMASレーベル「UNAHQ 2011 A.Piazzolla by Strings and Oboe」
没入感サラウンド9.1CH制作
By
Mick Sawaguchi UNAMASレーベルC.E.O
はじめに
UNAMASレーベルの9CH没入感サラウンド表現への取り組みは、2014-06にリリースした「Four Seasons」から本作で6作目となります。毎回異なったハイト・チャンネルのマイキングを行うことで、様々な高さの情報が持つサウンドの違いを検証することができています。2016年にケルンで行われたドイツ・トーンマイスター・コンファレンスでも大きな話題は、没入感サラウンドとバイノーラル・コーディングによるサラウンド再生環境への取り組みでした。
本作は、タンゴの異端児「踊れないタンゴ作曲家」と言われたA.ピアソラの名曲をストリングスとオーボエでアレンジしたアルバムで192-24
9.1ch制作した舞台裏を紹介します。
1アルバムコンセプト
UNAMASレーベルは、個人経営のブティックレーベルですので筆者が企画から制作まで稟議書をかいくぐることなく実現できる点が大きな強みです!!
今回は、2016年6月にリリースした「Death and the Maiden」の次回作として以下のようなコンセプトで取り組みました。
2016年に、Astor Piazzolla生誕95周年を迎えました。元々JAZZの好きな私は、彼の音楽からタンゴの伝統を踏まえながらもヨーロッパのクラシックとニューヨークで過ごした子供時代のJAZZのエッセンスが融合した「SOUL」を感じるのです。JAZZが元々ダンスの伴奏やクラブでのBGMとしてスタートしその後独立した鑑賞のための音楽へと発展したように、きっと彼もタンゴの昇華を追求した結果、現在でも聴く人に「SOUL」を与えているのだと思います。
Piazzollaの音楽は、華麗さよりも力強さが必要だと考え、まず表現に最適なレコーディング場所を探すことから始めました。これまでのクラシック・ジャンルの録音は、軽井沢・大賀ホールをホームベースに実施していますが、本作では、あまりに華麗なサウンドになるのではないかと思い、まず候補に浮かんだのは、2010年7月の深町純UNAHQ 2003「REIMEI」でピアノソロをレコーディングしたNihon
Onkyo Engineering Sound Lab (AGS studio)です。実現すれば6年ぶりとなります。ここは、柱状拡散体AGSという「森の響きを再現する」目的で開発されたディフーザーを全面に採用した研究施設で録音スタジオではありませんが、力強いサウンドが必要な場合に優れた録音結果を得ることができます。Piazzollaのタンゴは、リードがバンドネオンですがUNAMAS流でそれを実現するために彼の楽曲を弦楽アンサンブルとリードにObを起用し、楽曲によってはVnもリードを担当する構成としました。
UNAMAS A.Piazzolla Septetの皆さん
Vnリード曲
Premavera
Portena
Liber
Tango
Tanguedia
Fugata
参加アーティストは、
Vn:竹田詩織
Vn:田尻順Va: 大角彩Vc: 西谷牧人Vc: 小畠幸法Cb:北村一平の皆さん。
Obリード曲
Oblivion
Adios Nonino
Soledad
Ob荒木奏美
Vn:田尻順Vn: 竹田詩織Vc:西谷牧人Vc: 小畠幸法Cb: 北村一平の皆さん。
というSeptetです。大賀ホールでのクラシック・シリーズとは異なる力強さがこのスタジオでどのように反映されるのかが、レーベルとしても大きな挑戦となったアルバムです。Piazzollaのオリジナルスコアーがなかなか完璧に残っていない状況ですのでアレンジの土屋氏は、現存する色々なスコアの収集や時にはオリジナル楽曲からの耳コピーで仕上げてくれました。
2 実現のためのTECHNOLOGY
UNAMASレーベルが現在導入しているメインシステム構成は、本作でも同様でデジタルマイクをメインマイクとし、アンビエンスやハイト・CHをアナログマイクとしてスタジオ近傍に設置したRME-デジタル・アナログマイクプリから光MADIケーブルで16CH分をモニタールームへ伝送し、そこでMADI信号を2分配しメインDAWA Pyramix ver10とMAGIX Sequoia DAWで録音という系統です。また2016年リリースしたUNAHQ 2009「Death and the Maiden」から導入したオールバッテリードライブやEMCノイズ対策や機材の防振も同様に行っています。
今回は、AGSが全面に設置された空間で弦楽器を録音するということで
Nihon Onkyo Engineeringの崎山さんをはじめとした皆さんのアイディアでアクリル反響板を周囲に設置していただき高域の響きを補強していただきました。
3 収録モニタールームとハイトマイキング
いつもの楽屋室の改造モニタールームと異なりここには専用のモニタールームスペースがありますのでモニタリングも実に快適、正確に行えました。
今回の音響条件は、大賀ホールとは異なり豊かな響きがハイトCHで再現できるわけではありません。スタジオ空間でのハイトCHをどうとらえようかと検討し、天井ぎりぎりまでスタンドをあげてそこへSANKEN CUW-180 XYペアを左右にセットしました。ハイトCHだけを聞けば、ホールに比べてドライなサウンドですが、MIX時に少し4CHリバーブ(FLUX
IRCAM VERB 3)を加えました。
4 MIXからマスターまで
編集が終わりますとリリースフォーマットに応じて
*2CH(通常の2CHとMQA 2CH)
*5.1CHサラウンド
*HPL-9用Auro3Dサラウンド
*MQA-CD
そして今回は、世界初のMQA-CDもOTTAVA RECORDからリリースとなりました。
RED BOOK規格で44.1KHzの整数倍に当たるハイレゾマスター音源がCD-デジタルアウトにMQA-デコーダを接続すればハイレゾ音楽がCDディスクから再生できるのは、まさに驚きで「OLD BOTTEL NEW WINE」を実感しました。
各MIXは、別々のPyramix編集画面を設定しそれぞれに最適なMIXを行いますのでいわゆるDown MIXは使用していません。
あとがき
PCM記録とTPについて
Pyramix v-10からFinal
Checkというラウドネスやダイナミックレンジ、そしてデジタルPCM記録では、歪みの防止に有効なTP(ツルーピーク)の表示などが2CHと5CHMIXでモニターできるツールが導入されました。
現在AES Recommendations AES TD
1004.1.15-10 の勧告でストリーミング音楽配信やインターネット音声の運用企画が出されていますが、この中でもTP=-1.0を 上限としています。この勧告に適合させるとこれまで筆者などが行っていたMIXのピークレベルは-1.4dbほど低くしないとTP overとなってしまうことがわかりました。参考にJ-POPや他社レーベルの様々な音楽をこれでチェックしてみましたがハイレゾ・クラシックなどでもTP=-0.2といったMIXも見られています。
本作は、2016-12月に2CH/5CHサラウンド版を、そして2017年1月にHPL-9とMQA版をリリースしました。また2017年1月よりドイツを拠点としてハイレゾ配信サイトHRAでワールドワイド配信も実現することができました。
リスニングの環境は、SPOTYFYやI-TUNE MUSIC からTI-DAL、NATIVE DSDそしてリニアハイレゾ配信やヘッドホンリスナー向けなどめまぐるしく変化しています。マスター音源の多様性は、これからも拡大していくと思います。