第1回 中国で開催された初サラウンド フォーラムに参加して at 広州リポート
By Mick Sawaguchi 沢口真生
[ はじめに ]
中国の南、香港の裏側に位置する広州がアジアの音響文化向上を目指したフォーラムをやるが、その第一回目のテーマにサラウンド音響を取り上げるので、講演に来ませんか?と誘いをうけたのは、2004年の4月ころでその話は、香港の出版社で「サラウンド制作ハンドブック」の中国語版を出版してくれた出版社からの誘いでした。中国は、まだ放送はモノーラルが多いし、ステレオから勉強するのが着実かな?と考えましたが、世界の動きに敏感な国ですし、中国の音声事情も知りたいと思い、OKとアンサーしておきました。
いかに広州での開催となった第一回アジア音響フォーラムとサラウンド事情をリポートします。
10月9-12日まで中国広州市で開催された第1回アジア音響フォーラム
(Forum of Asian Recording Arts and Science in Guangzhou)
中国本土の放送界を中心としたサラウンド音声への取り組みは、殆ど我々が知ることができないこともあり、今回は貴重な経験ともなった。
本フォーラムFARASは、広州市と広州文化局 広州市音楽家協会、広州新聞放送局と中国音響協会が主催してアジアでの音文化の向上と、それを支える音楽、放送、映画のサウンドエンジニアのスキル向上を目指したフォーラムである。期間中は広州市の各イベント会場で最新機器展示、ホームシアターデモ、コンサート、ジャンル別録音賞審査なども開催され、これと並行してサラウンド制作に関するセミナーが2日間広州市のオリエンタルリゾートと呼ばれる郊外の会議場で開催された。海外からの講演者は3名でDolby Europeのアンドレ氏、私とTC-エレクトロニクスから京田氏が参画した。
広州がこうした大規模なフォーラムに多額の予算を負担し開催するという背景には、近年の広州の経済発展が大いに関係している。
彼らいわく「中国の3大都市北京、上海そして南の広州はお互いにその覇権を競ってきた。広州は、経済面で大きな成長を成し遂げたが、ここで文化芸術でのイニシアティブをとることで、アジアにおける地位をアピールしたい」と開会式冒頭の挨拶で市長が述べている。
こうした戦略にもとづいて今回中国各地から初めて放送、映画、音楽に関わるエンジニアが一同に参集するというフォーラムが実施されたわけである。
1 フォーラムの概要
写真に示すのが今回の会場となったオリエンタル リゾートのメイン会場である。
国連の会議場を思わす石作りの建物内は、円形配置で周りはガラス張りである。9日のプログラムは午前がDolby Europeのアンドレ氏で中国語の通訳は、Dolby北京支社のkateが担当し世界の放送界におけるサラウンド状況やDVD-Vの制作、Dolby社の取り組みなどが講演された。
この中で痛感したのは、BBCやORF、FOX ,ABC,NBCなどの放送機関がDolby社へデモ素材や情報を多く提供し、放送界におけるサラウンドの先駆者は我々である!とアピールしていることである。NHKは1980年代半ばから先駆的にとりくみ、1990年からハイビジョン制作と放送を行っているといってもこうした世界を駆けめぐって講演している人々とネットワークしていないことから極めて限定した情報しか彼らが手に入れていないことである。NHKがハイビジョンとサラウンド制作のと理組で彼から紹介されたのは、今期アテネオリンピックでの放送のみであった。
「みなさん!まめに世界にむけた情報発信をしましょう。」ドメスティックで満足しては決してグローバルに認知はされない。ちなみにBBCのプロモーションビデオ、これはNHKとの共同制作ソフトブループラネットの一部だがそこには大きくBBCこそHD制作の先駆者!と高らかに謳ったロゴが最後についている周到さがある。
講演を終了したアンドレは、夕方の飛行機で北京へ飛び11日の日曜日に中国、フランス文化交流50周年記念の一大イベントの模様をヨーロッパHD 5.1CHサラウンド中継するための機材準備へと出発した。これは、同日NHKでも放送したので見られた方がいるかもしれないが、制作はヨーロッパアルファカム社で天安門広場からのフランス現代音楽の演奏会をHD/サラウンドで中継したものである。13日には上海TVにいきそこでもサラウンドの講演を行うという精力的な行動で、プレゼン用のパワーポイントも英語と中国語併記の充実ぶりである。北京OFFICEのKATEによれば3年前に北京にOFFICE をだしたが当初はさっぱりの反応であったが、最近になってようやく各州の拠点局クラスでサラウンドにたいする関心が高まってきたと言っていた。機材の貸し出しやデモDVD-Vのマスタリングなど様々なリクエストに応えておりハード面は香港のACEという会社がハンドリングしているそうである。
午後は、私の講演で午前の概要編を受けてサラウンド制作の実際編、各種マイクアレンジ例やデモ素材の再生を行った。来場者の多くは、日本製の高品質デジカメ(SONY、キャノン、オリンパスなど)とノートブックパソコンを持参しており、マイクアレンジ例など自分が必要なデータがスクリーンにでると一斉に撮影を開始する熱心さ!であった。私の技術通訳は広州ラジオのBAY WAY君が担当してくれたが、「MIKING」という業界用語にとまどった以外は、極めてスムースな通訳を行ってくれた。デモで持参した素材に中国のPOPSでSA-CDサラウンドソフトを2曲ほど入れていったのだが、それを再生したときは、音楽スタジオのエンジニアの人々が一斉に会場の真ん中に歩み寄って熱心にききいっていたのが印象的であった。ほかでは、ラジオドラマやFUKADA-TREEで録音した楽曲やINA-5 HAMAZAKI-SQ SEIGEN ミONOのスタジオ内に、サンプリングリバーブを介して同時に収録した楽曲などが気に入ったようである。
兼六館から出している筆者監修「サラウンド制作ハンドブック」の中国版を昨年出していたのであるが、参加者の10名ほどはそれを参考書にして大部分の基礎知識やサラウンドのメインマイクアレンジなどは学習していた。
「Itユ my Bible」と言ってくれたのは、大変光栄であった・・・
サラウンドソフトで実際の音を様々なジャンルで聞いたのは、これが始めてという感触であったがその熱心さはワールドワイド!
講演終了後の反応が、大変興味深かったのでご紹介したい。
AES等では、内容が良かった場合、講演者席にきて握手とコメントを述べる例が多いが、ここ中国ではやおら壇上に駆け上がってツーショットをデジカメでとる・・・のである。一人終わるとまた一人と言った具合でコメントなどは、いっさい無し。
しからば、筆者もまねをして午前の講演者アンドレとそして今回の講演以外の通訳を担当してくれたMOONとドクターそして今回のフォーラムの事務局担当のフォン氏とデジカメにポーズ。
2 中国サラウンド事情
中国のサラウンドの取り組みはどういった状況なのであろうか?
筆者を招聘するのに尽力してくれた現深川TVの音響コンサルタントでAESメンバーでもあるELITEN CHENGから色々な話を聞いた。
現在中国では、2008年の北京オリンピックのHD放送とサラウンド制作にむけインフラを整備している。
サラウンド制作は、3年ほど前から熱心な各地の放送局キーメンバーと北京電影学院(BFI)やCTDPCといったアカデミーレベルで実験や試作を行い始めた段階である。中国のTV局はCM収入の状況がいいのでハード面の導入は急速に進んでいるようである。
事実彼が今在籍する深川TVは10月に新社屋がOPENNし写真をみると巨大な高層タワーである。
11日の午後にこうした人々15名ほどが広州TVの試写室に参集しそれぞれが試作した番組を互いに視聴して意見交換するワークショップが独自に計画されこれにも参加して意見を求められた。彼らは、いわば中国におけるサラウンド ソフト開発のパイオニアなのである。中国全土から集まるというこの機会を利用してそれぞれのサラウンドソフトの試写と意見交換会を行っているわけで、大変OPENな態度ではありませんか!
CCTVの Lix Xianpei氏がmixした作品は、現代もののドラマであった。台詞はしっかりハードセンター、SEはシーン毎にサラウンドアンビエンスも変化し音楽もサラウンドにしてあるなかなかのできであった。これはCCTVで初めてトライしたドラマのサラウンド版だそうである。続いて北京電影学院(BFI)の制作した登翔平氏の歴史ドキュメンタリーの作品を試写した。これは、LFEの使い方も含めて自然な音場設計でフイルムオリジナルの音源も丁寧にノイズやスクラッチの除去が行われた秀作であった。
担当したJoe Zhao氏は、英語も流ちょうで日本語もよくわかるので聞いたら、今彼のクラスには大阪から留学生がきて映画音響制作を学習しているとのことである。
続く試写は地元広州TVが初挑戦したクラシックコンサートのサラウンドである。現在広州TV放送はモノーラル放送だがサラウンドに挑戦する態度はあっぱれ。オーケストラと合唱の組み合わせでオーケストラメインと合唱にSM-69をリアはAKG単一指向をペア ステージ3名のソロ歌唱スポット3本をハードセンターというシンプルなマイキングだがホールトーンを十分感じる内容であった。北京のCTDPCというアカデミーが収録した中国現代音楽はDTS-CDでDVD-Aにもしているという純音楽サラウンドで、中でもマリンバとビブラフォン5台の演奏はサラウンドマイクを中心に同円心に配置し収録している。
現在使われているサラウンドメインマイクの様々な方式も収録実験しており、どういったときにどんなマイキングが適しているのか?など実践的な質問も多く寄せられた。音楽エンジニアからは「ハードセンターはどう使うのか?」といった質問があり特にPOPSのミキシングに興味があるようであった。中国では放送界がサラウンドに大変熱心な状況が見られるといっていいだろう。試写を行った広州TVの試写室もM&KモニタースピーカとベースマネージメントそしてFOSTEXのサラウンドモニターコントロールが設備されておりしっかりインフラを整えつつある。特に中国の各州の拠点局クラスは、大変熱心である。
恐るべし3000年のパワー!
3 フォーラム周辺雑感
広州は、経済的に豊であり広大な市内にはあちこちに巨大ビルの建設ラッシュで4スタークラスのホテルも数多くある。
国際飛行場も建設中で市内にあった旧飛行場は香港資本が買収し、やがて一大ビル群になる予定だそうである。
私が抱いていた「中国」すなわち朝は自転車のラッシュで、道には鶏や豚が歩いている・・・といったイメージはうち砕かれてしまった。
広州は世界のメーカが進出し海外部の都市特有の経済発展をしているため収入も豊で人々のマイカー購入は日に30台ベース。
町は高速道路が張り巡らされ交通渋滞は東京並である。夜12時頃でも若者は公園でバトミントンに興じているのは広州か?
アテネオリンピックでも広州のバトミントン選手が活躍したそうである。
イメージのずれのもうひとつは、こってりした油料理と「乾杯攻め」になったらどうしようという点であったがこれも杞憂であった。
広州は食材の新鮮さとシンプルな味付けで大変日本人好みの味で中国全土からも広州料理を味わいにくるそうである。
乾杯の件はここ広州では中国産ワインがブームのようで宴席では3点セットの飲み物が好まれていた。
ひとつはワインそれも赤。ひとつはヨーグルト飲料。そしてもう一つが中国茶である。
このワイングラスで各席をめぐり乾杯・・・となるわけである。
日常生活を見る限りではもはや中国が共産主義であるといた雰囲気はここ広州では感じられない。
がさすが宴席や式典では市の幹部や党委員といった面々が長々と演説を行う。
「我が同胞は人生の半分をこれで無駄にした・・・」とELITENNが耳打ちしてくれたのである。
彼は文化大革命についても大変興味ある考えを述べてくれた。これは2人で世間話をしているときのことである。
彼は68歳であるが当時数少ない大学卒業のインテリであったが農村に追放され豚の飼育をやっていたそうである。
昼間はそうして暮らし夜になると英語の音響関係の本を取りだしては勉強したおかげで今世界が開いているといっていた。
私にはとても想像できないがきっと今にそれが役に立つと信じて勉学に励んだ話は感動的だった。
中国ミキサーの生活レベルは、いかほどか?
ELITENNによると拠点局放送局レベルの収入は、現在の中国都市部の平均的な額で最低生活するには困らない程度だそうである。
しかし、業務がないときは音楽家の依頼でオフタイムの仕事が認められておりこれがミキサーのレベルとスキル
(1級2級とランク分けがある)によって1時間の単価設定がなされておりスキルがあれば1時間2000元から3000元
(15000円から20000円くらい)となる。
道理でセミナー会場に参加している面々の持ち物は最新だったのだ!
おわりに
私にとっても初の中国訪問であったが、全土から参集した60名あまりのミキサーとの交流は、文化。芸術でも成長を遂げようとしている中国の力を感じる機会でもあった。ここサラウンド寺子屋のメンバーと同じ波長を感じましたね!
今回の参加のきっかけは、中国版を出す際に知り合ったLuiesa FuからEliten氏への紹介があり実現し、今回また7名くらいのミキサーを知ることもできた。人の出会いの大切さと発信し続けることの大切さを、今回も再確認できたフォーラム参加だった。ちなみにこの後11月に行われたInterBEEでの国際フォーラム「音楽サラウンド制作」には、香港のPOPSエンジニアステファンリムを招聘し、大変しっかりした考えでPOPSのサラウンドに取り組んでいる状況を講演してもらいました。このリポートは、また掲載しますのでお楽しみに。
彼とのPRO-SOUND ASAIが行ったインタビューなども追加します。是非参考にしてください。(了)
「サラウンド制作情報」 Index
「サラウンド入門」は実践的な解説書です